佐久間駿氏製作真空管アンプ試聴会
「フルトヴェングラー名演集」

8月1日京都市仁和寺金堂
山本拓司
誠文堂新光社刊行 「MJ無線と実験」1999年10月号掲載 



 7月31日.夕暮れの仁和寺金堂.
 佐久間アンプ愛好会のスタッフが,阿弥陀如来に合掌する.
 5人がかりでアルテックを内陣に運び込む.400年を経て黒光りする板間をゆっくりと奥に進む.床,柱,その他いっさいの物を傷付けてはならない.ヒアリング会慣れしたスタッフ達にも緊張がはしる.神経がつま先に集中する.鶯張りの床が鳴る.ああ,いい響.音は上へ舞う.

 仏縁があって,仁和寺では2度目のヒアリング会だ.
 会場となる金堂は,京都御所の紫宸殿を移築した由緒ある建物で,もちろん内部は非公開.音響的にはまったく未知の空間だ.ご本尊に最上の音色をお聴きいただくため,前日のセッティングを特別に許可していただいた.  佐藤令宜宗務総長ほか仁和寺の方々には,心よりお礼を申し上げたい.
 佐久間氏のファンでいらっしゃる三池孝尚教学部長に,機材の配置などにアドヴァイスいただきながらようやく機材を据えたものの,堂内の反響が複雑で悩む.
 佐久間氏が845ppパワーアンプのドライバーのカソード抵抗の値を,1.5kΩから1.3kΩへ変更する.コンデンサーの銘柄を変更するといった手法ではなく,アンプの音色から作りすぎた響きをそぎ落とす.わずかな電圧の変化が,音を大きく変え,お堂がしっとりと響く.
 巨大な木造空間でのベストサウンドを,数ボルトの変化の中から探り当てて準備は整った.

 ヒアリング会当日は晴天.
 九州,東北など遠方からの参加も含め100名以上の方々には金堂の外陣に座っていただいた.照明はなく,蝋燭と845のフィラメントが内陣を取り囲む.そこからバッハが聞こえてきた.
スピーカー真正面の音が好きな人もいればお堂の隅の音色が気に入った人もいる.
DHスタッフが発見した意外な穴場は金堂の外だ.30mほど離れると,お堂を取り囲む空間が音を発している。
 この割れないで浸透していく音は,どこまで広がっているのだろう.
 直熱管トランス結合.その単純さゆえに音が破綻しない.森羅万象の複雑さも突き詰めれば単純に帰するような気がする.この巨大な音響空間を創っている根元は,845のフィラメントに飛ぶ電子だろうか.
いよいよ本日のメイン,「フルトヴェングラー名演集」が再生された.内陣を取り囲む参加者が身をのりだす.入院中の病院を抜け出してきた老人も椅子から落ちそうになるくらいだ.音量は十分.人々が凝視し続ける内陣.
 音の波動と人の心が干渉した不可視の表象.オーディオの魅力であり,また,魔性でもある.

 そして,こうしたまま3時間,人々は薄暗いお堂に座した.
 帰り際,みなさんからの感想.「もっと聴いていたかった」
 佐久間氏をはじめ,ただただ音楽が好きな人々なのだ.私自身もずっと,ずっと聞いていたかった.
 その時,ようやく解った.  お寺全体を,人もふくめてひとつの音響空間としたのは電子などではなく「音楽を愛する」という,ただそのことだ.
 あの夏の日,おなじ想いの人々がひとつになった.
 仁が和するとは,この寺の山号である.


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