■ MaSaNa's OUT DRIVER ■
『奈良・和歌山』その5
 十津川温泉を後にし、一路、熊野本宮へ向かう。途中、二里大橋という橋のたもとに集
落がある以外はほとんど両側、山また山である。
 橋を渡って直角カーブしたあたりから徐々に視界が開けてきた。しばらくして右側に杉
木立が現れたかと思うとそこが熊野本宮だった。時計は三時を指している。
 裏手のログハウス風のレストハウスのパーキングに車を置いて本宮に向かった。大きな
鳥居をくぐり杉木立の中の砂利敷きの参道を進む。参道は石段の階段になり、最初の門を
くぐる。
 そして、もう一つ仁王像のような像のある門を通り抜けると本宮である。本宮は正面に
四つの扉を持つ不思議な造りをしている。それぞれにさいせん箱が並んでいる。
 吉野の方に比べどことなく紀州の明るさを感じさせる神社であり、身近な所で鹿島神社
にも通じる雰囲気のある神社だった。

 駐車場に戻った。これでいわゆる奥駈け道を吉野から熊野へ向けて駈け抜けた事になる
。これからの予定は立てていないが明日は帰路へつく事になるからおみやげは今日中に買
っておく事にする。
 おみやげ屋さんの駐車場を出ると15時40分。
  「本宮の銀行でお金をおろしたいな」
  「僕もおみやげ買ったらあまり残ってないや」
  ・・・と言う事で本宮の町を目指す。本宮の役場前には農協しかなかった。町は集落に
毛が生えた程度であまり大きいとは言えない。
  「こういう時は電話帳で探そう」
  と、電話帳のある電話ボックスを目指す。電話帳は新宮から田辺にかけての物だった。
本宮に銀行がないのはわかったが、それ以外の銀行は地名から位置がわからないので、
どこが近いのかわからない。逆に地名がわかる新宮や田辺は海沿いの町であり、そこに着
くまでにキャッシュが閉まってしまうかもしれない。

  とりあえず食事をするだけのお金はあるし、ガソリンもまだ充分にあるが田舎町で現金
を持っていないというのは不安である。
  宿にしたってガソリンにしたって下手すればカードが使えない山間の地なのである。
  「しょうがない。十津川まで戻ろうか?」
  確か、十津川のそばで銀行をチラリと見かけた。来る時は本宮でお金を下ろせると安易
に考えていたので通り過ぎて来てしまったのだ。
  仕方なくR168を再び十津川へと北上する。
  ただでさえ、単調な山道だが路線バスに追いついてしまったので更に退屈なドライブに
なってしまった。十津川温泉を過ぎ、バスターミナルを過ぎても銀行は現れない。南都銀
行十津川支店がようやく現れたのは十津川温泉を更に逆上る事、約4km、折立橋という橋
の更に先だった。
  車を銀行の脇の路地に入れ、キャッシュディスペンサーの所へ行くと少年が一人。そし
て女子行員が故障中のCDを前に慌てている。
 案内板によるとCDは4時で終わりだ。時計を見ると残り時間は5分を切っている。少
年が使い終わった頃にはもう殆ど時間もなくなっていた。大久保氏がまとめて二万円下ろ
し、僕はそのうちの一万を借りる・・・というか昨日貸しておいた分を返して貰う。
 とにもかくにも間一髪、現金を手に入れた僕達は缶コーヒーを飲み干して今後の予定を
考える。
 計画のアウトラインとしては熊野本宮から熊野本宮林道を経て龍神温泉とか護摩壇山へ
も足を伸ばすつもりがあったが時間は既に午後4時を回っている。
 安部清明の出身地とも言われる龍神温泉へと向かう事にする。明るい内に龍神村に行く
には熊野本宮林道や護摩壇山への猪笠林道をまわる余裕はない。
 そういう訳で十津川温泉から龍神温泉に向かう県道を利用する事にする。十津川温泉を
R168で通り過ぎ東端の橋のたもとから分岐する県道に入る。
  左側に『すばるの郷』を見つつ狭い県道を進む。『すばるの郷』の駐車場には昨夜、行
者還林道で見たランクルとジープが停まっていた。やはり同類は同類である。
  県道は全面舗装とはいえ、林道のようだ。谷間の集落をいくつも抜けて行く。車は意外
と多く地元の軽トラや林業用のトラックが続く。
  大きな学校のある集落があるかと思うと廃屋があったり沈下橋があったり、沿道の風景
は変化に富んでいる。
  道は谷に沿ってひたすら進んでいたがやがて集落の現れる間隔も広がり谷底との高度差
も広がって行った。
  この県道は新宮川へ注ぎ込む支流の一つ西川に沿って源流に向かって走っているのだが
その西川もいよいよ源流へと迫り、目の前には分水嶺である牛廻山が立ちはだかっている
。牛廻山は近付いているというのに、県道は西川の支流が作る深い谷を越える事ができず
山腹に等高線を描くかのように大きく廻り道していく。考えてみると牛廻山という名前自
体そういうところに由来しているのかもしれない。
  その大きく迂回していくあたりに迫西川という集落があった。県道は急な谷の斜面に沿
って伸びている。そして、その集落は県道をはさむ様に谷側と山側に伸びている。どちら
側にも斜面につけられた細い山道の先に心細そうに建っている。県道筋の家々も斜面に鉄
筋で土台を作り谷側にせり出す様に作られている。山肌にすがる様に生活している。そん
な感じだ。どうして、そこまでしてこの地に住むのだろうかという思いにまたしてもとら
われる。しかし、こういう所だからこそ昔は落人などが隠れ住む事が出来たのである。そ
れが県道の開通した為に白日の元にさらけ出させられてしまった、と言う言い方もできる
だろう。むしろ、こういう大自然いっぱい中で暮らしていく事が羨ましくも思える。
  谷を大きく迂回して行く。道は牛廻越という峠に向けてドンドン高度を上げていく。左
に視界が開け先程の迫西川の集落の様子が一望できる。
  一番、見晴らしのよい所を見つけ車を停めた。勾配が急な為、サイドブレーキだけでは
止まりきれずエンジンをとめ、ギアを入れて停めた。
  しばらく休んでいるとバイクをのエンジン音が聞こえてきた。ちょうど迫西川の集落を
抜けて行く所のようだ。
  狭い県道の事、一旦走り始めてしまえばバイクの方がずっと早い。バイクを先に行かせ
る為にしばらく待つ事にした。
  バイクはなかなかやってこない。どこかで同じ様にバイクを止めて景色を眺めているの
かもしれない。車を出そうか出すまいか迷っていると突然、静寂を破るように2ストバイ
ク二台のエンジン音が不協和音となって響いてくる。そして間もなく通り過ぎて行った。
 バイクが過ぎてまもなくノソノソと車を発進させた。しばらく進むと集落が見えて来た
。湯ノ野とバス停には書いてある。奈良県側最後の集落だ。この先、牛廻越を越えると、
和歌山県に変わってしまう。
 ひっそりとした集落を過ぎてしばらく行くと牛廻越だがあまり峠越えという実感がなく
山中を走っているうちに通り過ぎてしまった。
 しばらく下るとT字路が現れた。右へ行くとダートの猪笹林道。これは護摩壇山へ続く
林道だ。しかし、もう日暮れも近く左の龍神村への進路をとる。
 左には小又川という渓流が現れ、道は沢に沿った低い所を進む。道には山側から木が繁
り、薄暗い。すでに日が暮れてしまったかのようだ。
 最初の集落で『天註倉?』の看板を見つける。車をとめてみるが既に日も落ちているの
で先に進む。
 まるで日が沈む前に人里へ出なくてはという脅迫観念に追い立てられるかのように龍神
温泉についた。県道がR425にぶつかったのは小又川口という集落だった。雑貨屋、ガソリ
ンスタンド、旅館などがひっそりと建っている。
  地図によるとここはR425の旧道なのでバイパスに出てみるが新道の方には家の明かり一
つ見えない。仕方なく先程の集落で唯一営業している旅館兼食堂へ戻る事にする。旅館の
駐車場は車とオフタイプのバイクで埋まっているので少し旧道沿いに下りて集落の外れの
バス停に車を置いた。
  旅館兼食堂の橋本屋は一階の左側が食堂、右側がおみやげになっている。既に先客のラ
イダーが座って関西弁でしゃべっている。
  「御飯ものはできないよ」とおばさんに言われてしまったので二人とも肉うどんを頼ん
だ。必要以上に長く待たされた感のあるうどんをすすりながら旅行は一応ここで終わり。
ここから海岸線に出てひた走り、明日中に帰ろうという事になった。橋本屋旅館のパンフ
を見ていて皆瀬神社というのがあること気付き寄って見る事にした。皆瀬の集落はこのま
ま旧道を2km程北上した所にあり、ここで再びバイパスと合流する。行って見ると大きな
ホテルや旅館が日高川の両側に建ち並んでおり、龍神温泉の中心地らしかった。どのホテ
ルも独立して、それぞれが大きな駐車場を確保していて、いわゆる温泉街の風情はない。
  皆瀬神社はその新道側にあった。昨日の天河神社のような神秘的な雰囲気は感じられな
い。奈良から和歌山に入ると同時に空気も心も風景もすべてが乾いたように感じる。
  龍神の町をバイパスのトンネルでパスし、R425を南下し始めた。海岸線に出るにはR425
で御坊に出るか、R424で南部川に出るか、県道で田辺に出るか三つの選択岐があった。昼
間なら御坊も魅力的だが夜通るだけでは見る所もない。
  結局、県道で田辺市に抜ける一番東寄りのルートを行く事にした。地図には1〜1.5 車
線と書いてあるが実際に通って見ると拡幅工事が進んでおり、走り易くなっていた。
  途中、奇絶峡という渓谷で車をとめた。
  大小の白い大きな岩が川原に広がっている。頭上の崖には岩に掘られた仏像のようなも
のがライトアップされて異様な光景を作り出している。
  しばし奇絶峡にかかる橋の上からその岩々の不思議な光景を楽しんだ後で車を発進させ
た。
  そのまま県道を行くと、田辺市郊外でR42バイパスにぶつかった。久し振りにコンビニ
とブックストアを見つけ引き込まれる様に車を停めた。
  五月一日発売すなわち今日発売の筈の本が並んでいない。R42沿いとはいえ、やはり、
地方は地方だ。コンビニの方で買い物を終えると僕らはR42を東へと走った。
  すさみの岬でコンビニで買って来た夜食を食べた。次に串本の駅に寄った。
  それ以外はひたすら右にキラめく太平洋あるいは熊野灘を横目にひた走った。
  見覚えのある新宮の街に入ったのはもう一時近くだった。そのまま昨夜寝た阿田和橋ま
で車を進め仮眠をとる事にした。

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