このページは筆者が、かつて1998年の夏頃に松戸市の松戸駅のそばに住んでいた頃に作成したものです。他に国立編もあります。その後、地元茨城県ひたちなか市に戻ってからは、このページは放置されていましたが、一応、「遺跡」として残して置くことにしました。古い情報ゆえにリンク切れなどが多数ありますことを御了承下さい。なお、最近は茨城県ひたちなか市の方で「0292.NET-ひたちなか・えくすぷろーら」 というサイトをやっています。(2003/03/30)
 GEO Station Mazdo Branchへようこそ。ここでは松戸駅近くに住む筆者から見た、ごくローカルな話題を紹介します。

●松戸の第一印象
  4月の某日、初めて松戸駅に降り立った印象は「意外と開けている」という感じ がしたが、それも西口、東口の一帯だけであって、しばらく過ごしてみると、駅を一 歩離れれば古い宿場町の風情もあり、新興住宅も広がり、「東京の脇に舞い下りたど こかの県庁所在地の様な町」というのが正しい認識に思えてきた。
●松戸市の語源
 松戸市は今の松戸駅のあるあたりにあった松戸村が吸収・合併を繰り返して大き くなっていった町である。その松戸村のあたりは江戸時代は水戸街道の宿場町であっ た。この「まつど」という言葉、もともとは更科日記に「まつさとのわたり(松里の 渡り)」と記されていたことが語源と言われている。
●意外とパソコン先進の町、松戸
 日本初のパソコン通信ホスト局は「千代田・常磐マイコンクラブ」が開いたホス ト局だったそうです。その後、インターネットの時代を迎え、個人でもインターネッ トに参加できる様になった訳ですが、そこで日本国内でも初期のプロバイダの 一つBekkoameは松戸市で生まれました(以上は小学館の『パソコン通信開拓者伝説』を参照されたし)。またMacWorldExpoのユーザグループブースによく 出展しているMacのUserグループ Mazdnaldというのがありますが、そこのユーザーグ ループが根城にしているのがMacなパソコンショップPascal。ここはMac買い物情報(ちなみに作者は私の昔の同僚)な どでもよく紹介されているのでMac信者には有名でしょう。ちなみに千葉麗子氏の (株)チェリーベイブは起業時はPASCALのあったビルの2階のモモデラーズというソフ トハウスに同居していたらしく、当時は千葉麗子氏本人も松戸市内のマンションに住んでいたんだとさ (詳しくは経済界刊の『小娘社長のときめき奮戦記』参照)。ところで実際に松戸を歩いてみるとパソコンなんてどこで買えばいいのだろうと言 うくらいにパソコンショップが見当たらない。筆者が知る限り、大きいところでは6 号線馬橋近くの「おかじま電器」と新京成東松戸近くの「サトームセン」くらいだ。 まぁ、秋葉原まで電車で30分もかからない事を考えれば素直に秋葉原に行った方が 賢明なのかもしれない。余談だが、最近八柱の方のCyberWAVEという所がショップブランドPCの通販をはじめた様で、なかなかに劇安なので、今後も要チェ ックである。
●松戸駅周辺
 松戸駅には西口と東口がある。公式には西口がメインなのだが、どちらが表でどちらが裏というでもなくそれぞれに栄えている。
 西口は旧水戸街道の宿場町に向いた側であり、駅前にバスロータリーがあり、そ こから駅前通りを経て旧水戸街道へつながるという正統な地方都市の駅前形式に乗っ 取っている。ただし、宮間市長の手綱で作られた西口地下駐車場で渋滞は緩和され、 ペデストリアンデッキにより外観はすっきりしている。西口を出ると前述のペデスト リアンデッキの広い空間があり、正面には銀行や金融の看板が立ち並び、右手には ボックスヒル、左手には雑居ビルの向こうに松戸ビル文化ホールと伊勢丹がそびえる。ちな みにファッションビルであるボックスヒルの名前は オーストラリアの姉妹都市ボ ックスヒル市に由来する。また、 松戸ビル文化ホールのところには昭和63年まで長崎屋があったそうだ。
 東口を出るとこちらもペデストリアンデッキになっているが西口に比べると狭く、都内の私鉄駅の様な雰囲気がある。このペデストリアンデッキの先に立ちふさがるイトーヨーカ堂と、右手のピアザ松戸の大型画面が東口の特徴だ。ピアザ松戸は東京ガリバーというゲームセンターを中心とするアミュ ーズメントビルで資本はガンダムのゲーム等で有名なバンプレスト社。去年はコスプレできるカラオケや、お化け屋敷でテレビなどでも たびたび取材されていたが、今年は「きゃらんど」という子供向けのキャラクターシ ョップと「 コントンタウン」というオタク向けにディープな商品を取り扱うフロア をオープンした。1Fには「どらえもん」と「どらみちゃん」の人形焼を売る「キャラクター饅頭本舗」も出来た。また、チャイドルを育てるミューラス・アクターズスクールという のも併設している。ピアザ松戸外壁には大型画面がついており、98年のワールドカップ日本戦のおりには狭いペデストリアンデッキ上が応援する人であふれていたという。
 東口から長い空中回廊を渡った先にイトーヨーカ堂がどかんといすわっている。 イトーヨーカ堂の南側半分にはPOPOROというファッションビルが併設されていていたが、98年秋にはプラーレという名前で生まれ変わる。このプラーレ一帯だ けは客層が他とちょっと異なる。実はイトーヨーカ堂の裏手は小高い丘になっている のだが、そこに聖徳大学という女子大があり、松戸東口からペデストリアンデッキ、 イトーヨーカ堂を抜けるルートはこの女子大の通学ルートとなっている。ちなみに本 来、この裏手の丘に登るにはイトーヨーカ堂北側にある階段を使わなくていけないの だが、昼間ならペデストリアンデッキがイトーヨーカ堂2Fに接続しているので、そ こからエスカレータで5Fまであがれば、イトーヨーカ堂の5Fから丘に接続する裏 口があり、そこから聖徳大学は目と鼻の先となる。また、イトーヨーカ堂の営業時間 外でも朝6時から夜11時まではイトーヨーカ堂の階段と5F廊下を開放しており、 そこを通過することが出来る。いずれにしても東口には聖徳大学の女子大生があふれ ているというのが特徴的な風景の一つだ。ちなみに昔はイトーヨーカ堂の裏手の小高い丘には松戸競馬倶楽部の運営する松戸競馬場があった。これはのちに中山に移って有名な中山競馬場となった。そしてその跡地は陸軍工兵学校となり、戦後は聖徳学園と中央公園となって現在に至っている。東口にはもう1つ、戸定ケ丘歴史公園という 歴史ポイントがある。ここは旧水戸藩ゆかりの徳川家15代将軍慶喜の弟、昭武公が茨城の常陸太田にある黄門様で有名な西山荘を手本に明治17年に建築したものだそうだ。
●松戸市でのアシ事情
 松戸市は東京に隣接しているとはいえ、いわゆる東京の下町的風景は江戸川まで で、江戸川のこちら、松戸市では近郊都市的な風景に変わる。松戸駅近辺というのは 旧宿場町であり、松戸市を構成する新住民の多くは実際には郊外の巨大団地群に住ん でいるのが現実だ。事実、夜も10時頃にJR松戸駅をおりた人の群れの半数はその まま新京成の乗り換え改札口へ我先へと駆け込んでゆくし、松戸駅で改札を出た人も そのまま歩いて帰る人は少なく、多くは西口、東口のバスターミナルへと向かうか、 あるいは自転車、原チャリなどで帰ってゆく。このため昔は放置自転車がひどかった らしいが今では西口は整備が終わり激減しているし、東口はイトーヨーカ堂裏に整備 している最中だ。そんな訳で、松戸市での暮らしは多くの近郊都市同様に車があると 大変便利だ。筆者は二十世紀が丘の外れに住んでいるが駐車場は1万円程度である。
●松戸市のお店
 松戸と言えばCMでおなじみのマツモトキヨシの発祥の地でもある。それだけに市 内随所にマツモトキヨシが散在している。本来は薬、化粧品、日用雑貨を扱うドラッ グストアマツモトキヨシがメインストリームだが、さすがに発祥の地だけあって馬橋 にはホームセンターマツモトキヨシが、松飛台にはスーパーマーケットのマツモトキ ヨシがある。スーパーマーケットとしては他に何軒かある京成LIBREが目立つ。もち ろん、スーパーはデパート地下にある訳で、松戸、八柱、五香ではイトーヨーカ堂、 新松戸や六実ではダイエーなどもある。一方、市内には人口の割にはホームセンター はあまり見当たらない。前述のマツモトキヨシの他は、流山街道にちょっとローカル な雰囲気の島忠があり、稔台の工業団地のそばに長崎屋ホームセンターがあるくらい 。他にディスカウントショップとして西口にD-Martが、6号沿い陣ケ屋交差点そばに ジェーソンがあるくらいか。このジェーソンだが、サニーランドというサウナ施設の 中にあるのだが、松戸では他に稔台の駅のそばに松戸ヘルスセンターという大きなサ ウナがあり深夜まで営業している。また、国分と稔台の間の狭い道沿いにぽっかり松 戸ラドン温泉なんてのもある。
 千葉県ローカルなコンビニとしてはサンエブリーがあちこちにある。サンエブリーは実はヤマザキと同系列のコンビニで本社は松戸のお隣の市川市にある。ただし数としてはセブンイレブン・ローソン・ミニストップが圧倒的。松戸新田のそばにぽっかりとampmがある。ampmのとれたて弁当フリークだと言う方は松戸新田まで足を伸ばすべし。(後で思い出したけど西口繁華街にもampmはある)
 松戸名物の食べ物と言えば二十世紀梨と落花生くらい。二十世紀梨はその名の通 り二十世紀初めの1904年に現在の二十世紀ケ丘梨元町のあたりで栽培が始まったらし い。梨元町にはその碑があり、源樹は市立博物館に移されたそうだ。落花生の方は松 戸よりは八街などの方が有名なのが現実。
 では食べ物の店の方はどうかと言うと、雑誌やホームページを見る限り特筆すべ き様な店はあまりない様だ。むしろ、柏の方が名店が多いらしい。それでも『TokyoWalker98/9/1増刊号-千葉-』や『TokyoWalker98/8/25P128』でいくつかの店が紹介されたので列挙しておこう。詳しくはそれぞれの記事やタウンページを参照されたい。欧風料理のMODERNO、ハンバーグ中心のピッコリーナ、居酒屋のちゃいなんぼう別館、イタリア料理のイルマーレ・シネマ店、バーのKiss dB、LIVING:BARの風雅などが紹介されている。他に筆者はインド料理のタージマハル とスパゲッティのサウザンシーズンを挙げておく。 また、西口デッキ下からD-Martまでを対角線とする範囲には無数の飲み屋 があるので色々な味が楽しめるだろう。東口は北側一帯は病院とホテル街と韓国系飲 み屋が多いが、東口南側は雰囲気のよさそうな飲み屋、割烹が点在している。 余談だが、 東口南側にあるSweetHouseという喫茶店はテレビで放映されたとかで翌日、大行列となった。スフレオンリーの店だ。
 一方で松戸の東西駅口をあわせるとファーストフードの類はほとんどが集結して いる感じがある。ざっと挙げていくとマクドナルド2軒、モスバーガー、ミスド、ドトー ル、ケンタ、不二家、ドムドムそれに松屋に東西2軒の吉野屋。この他にカレーのCoCo一番館も西口の旧水戸街道そばにオープンした。
 郊外に視点を移すと、「安楽亭」という焼き肉屋が目につく。特に千葉ローカルという訳ではない様だが松戸だけで4、5軒はある。駅周辺では韓国系焼き肉が多いがここはファミリー向け。ちょっと珍しい所では排骨らーめん陣というスペアリブの唐揚げをのせたラーメン屋がある。場所は二十世紀ケ丘と流山街道。源平総本店はうどんのおいしいお店で松戸-鎌ヶ谷線の稔台の あたりにある。また松戸-市川有料道路の北国分付近には飲み屋でおなじみの鮒忠の ファミリーレストラン版があり味は安心できる。
 郊外にはいくつかロードサイド店が集中している地域が散在する。二十世紀ケ丘の交差点近辺、松飛台十字路近辺、六実台のダイエー近辺、松戸-鎌ヶ谷線の八柱近辺、流山街道の日大病院近辺あたりがそれに当るかな。ジーンズ、洋服、紳士服なんてのは全国区のチェーンが幅を利かせているけど、ドラッグストアは前述のマツモト キヨシ以外にも地元系が展開している。本屋では地元の好文堂とすばる書店、それにオークスなんてのが多い。
●松戸の雑学
  私は加入してないが、松戸にはケーブルテレビもある。コアラテレビという。 加入申込みはTEL:047-383-1101までとの事だ。
  柏だと丸井から新星堂にかけてコギャルが闊歩してるが、松戸の場合 はコギャルよりS徳大学の女子大生の方が断然、目につく。S徳大学は制服のある大学 なのだが、スカートの短さは既にコギャルのそれと同等かそれ以下だし、足もとは コギャルのローファと違い、春はブーツ、夏はサンダルかハイヒール、それもヒール 高さは平均10cmはあろうかという具合なのだ。白いブラウスに黒系のミニスカ、それにヒールの組み合わせで集団で東口を闊歩する姿はすさまじい。
  マツモトキヨシの創建者松本清が松戸の市長時代に『すぐやる課』という課を 作った話は有名だが、その後の宮間市長は『ごみを減らす課』という課をつくってい る。市内に山も海もない松戸はゴミ問題が深刻なのだ。二十世紀ケ丘交差点を北に 走っていくと立体交差になっていて、くぐる道は一般者侵入禁止だが、実はここは 最新の施設、和名ヶ谷清掃工場のゴミ収集車の出入り口となっている。ちなみに 和名ヶ谷スポーツセンターは付近住民を考慮して和名ヶ谷清掃工場とワンセットで 作られたものだ。この辺りは宮間満寿雄氏が自ら書いた『松戸市長メモ 二十一世紀へのまちづくり』 ぎょうせい刊に詳しい。
 新京成電鉄は前述の通り、松戸市民の多くが利用する私鉄である。この新京成線の成り立ちについては竹島盤著の『新京成電鉄沿線ガイド』に詳しい。何でも元来は 陸軍鉄道連隊の線路跡を利用したもので、その多くは小金牧と呼ばれた丘陵地帯を 走っている。この小金牧というのは江戸時代に馬が放牧され鹿狩りなどが行われた自然のままの牧場の様なものだったという。その後、明治になり、開拓されたが根づかず、地元民へ引き渡されたりしたそうだ。松戸新田などの地名にその名残りが見られる。小金牧のうち中野牧が常盤平団地、牧の原団地の辺りに当る。その常盤平団地が造成されたのはS35〜s37頃で、市立博物館に行くと、当時を模した実物大の部屋のセットが見られる。
 ある種の人にとっては松戸と言えば八柱霊園と言うイメージがあるかもしれない が実はこの霊園は正確には都営八柱霊園といい都民のためのものである。松戸の 市営墓地としては、これとは別に白井町に白井聖地公園がある
 最近の松戸のシンボルとしては『21世紀の森と広場』がある。ここは千駄堀 という池があった場所を中心に緑の自然公園が作られており、周辺には『森のホール21』、『市立博物館』、『県立西部図書館』などが併設されている。
・・・と、ここまで書いた所で
・・・と、ここまで書いた所で筆者は立川に引っ越す事になってしまいました。次回「立川・国立編」でお会いしましょう(^-^;

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