1.不規則なアイツ達の魔方陣
魔方陣。
まぁ知らない方々はいないでしょう。
『洛書』の亀の甲羅やデューラーの『メランコリア』などでも知られ、『士官36人の問題』などのエピソードも豊富、「ヒンズーの連続方式」など多種多様な作り方も開発され、何千年もの間たくさんの人々を魅了し続けてきた。
超有名パズルです。
魔方陣には、正方形以外にも六芒星や三角錐など亜種も多く存在しています。
が、ほとんどの魔方陣では数字は1から連続していることが多いでしょう。
そこで、今回は逆に数字がバラバラな魔方陣を取り上げてみます。
「不規則なあいつ達」に注目し、「あいつ達も魔方陣には大きな魅力を発揮するよ〜😃」ということを語ってみたい。
まぁ「不規則」と言ったらアイツですよねアイツ😊
素数です。
図1-1、こ〜んな盤面があるんです。
- 9つの整数はすべて素数である。
- タテ・ヨコ・対角線、合計値はすべて177である。
素数でできた魔方陣。
魔方陣の世界にはこういった物もあるんです。
ちなみに、3×3サイズでは 図1-1 は合計値最小の物として知られています。
素数魔方陣については、まず真っ先にこういう疑問が湧いてくることでしょう。
「どうやって合計値を等しくするんだ?」
素数に規則性なんて無いようなものなのに、どうやって対角線まで全8列を等しくできてしまうんだろうか?
盤面を見ても手掛かりはまったく見えず、謎は謎のまま。
もちろん、闇雲に素数を並べたところで「骨折り損の以下略」ばかりで終わる。
ところが、素数の持つある性質に気が付くと一筋の光が見えてくるんです。
その性質は次セクションにて。
2.アイツ達は1か5しかないのだよ
素数の持つある性質とは一体何か?
それは「6で割った時の余り」です。
\(n\) を整数として、どの整数も \(6n, 6n+1, \cdots, 6n+5\) のいずれかの形で表せますね。
それらと倍数の関係性をちょいと調べてみましょうか。
- \(\boldsymbol{6n}\) : これは6の倍数。
- \(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}1}\)
- \(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}2}\) : これは2の倍数。
- \(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}3}\) : これは3の倍数。
- \(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}4}\) : これは2の倍数。
- \(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}5}\)
おや?
素数って、\(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}1}\) と \(\boldsymbol{6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}5}\) の2種類しかない??
そう。素数はすべて \(6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}1\) か \(6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}5\) の形で表せるんです。
つまり、素数を6で割った時の余りは1か5のどちらかになる。
こういうわけですね。
あ、もちろん \(2\) と \(3\) が素数なのはご承知の通り。ここではその2つは例外とみなして、\(5\) 以上の素数で魔方陣を作ることにしましょう。そうすれば、素数は上記の2種類しかないと言って良い。
そこで、6で割って1余る素数を 1型素数 と呼ぶことにしましょう。
同様に、6で割って5余る素数は 5型素数 です。
こうして素数を2つの型に分けたところで、あらためてさっきの素数魔方陣に注目しましょう。
図1-1 の盤面をもう一度(図2-1)。
実は、この魔方陣には大きな秘密が1つ隠れているんです。
- 9つの素数はすべて5型である。
魔方陣はどの列も合計値が等しい。
ということは、合計値を6で割った余りも等しい。
逆に言えば、合計値の余りが各列ごとに不揃いだと魔方陣にはなり得ない。
不揃いを解消したければ、素数を9つとも同じ型にすればよい。
これを満たしているのが 図2-1 なんですね。
となると、不思議なことが1つ成り立つようになる。
こ〜んなことが言えてしまうんです。
素数魔方陣を作る際に、素数なんて必要ない。
「どういうことだw」とか言われそう😅
まぁ「必要ない」とまで言っちゃうと語弊があるけれど、素数を直接扱わずに済むようになるんです。
なぜなら、それぞれの素数から5を引いて6で割り、下図の青色数字のように数値を小さくできるから。
元の魔方陣から5ずつ引いても魔方陣は保たれます。どの列も合計値が15減るだけだから。
そして、6で割っても魔方陣は保たれる。どの列も合計値が 1/6倍されるから。
青色数字の盤面も魔方陣になっているんですね。
言うまでもなく、青色魔方陣から元の素数魔方陣を復元するのは簡単です。
しかも、青色数字の方が足し算は簡単で、魔方陣になっているか否かを確認しやすい。
そういうメリットがあるから、こ〜んな考えが自然に浮かんでくる。
この青色のヤツを作る方が手っ取り早いんじゃね??
そう。青色の方が早い。
だから、素数を直接扱う必要がなくなってしまう、というわけなんです。
何てことだ😅
素数魔方陣なのに😅
「素数 \(6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}5\) の \(n\) を3×3に並べて青色魔方陣を作る」
こういう発想があったんですね。
もちろん、\(n\) の値によっては \(6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}5\) は素数にならないから、そういう \(n\) は除外しましょう。
素数になるような \(n\) の値を列挙すると、こんな感じ。
- \(6n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}5\) が素数になるような \(n\) の値は、
\(n=0, 1, 2, 3, 4, 6, 7, 8, 9, 11, 13, 14, 16, 17, 18, 21, 22, 24, \cdots\)
この列挙された中から9つ選んで魔方陣を作れば良い。
それができたら、後は数値をそれぞれ5型素数に変換すれば良い。
これで素数魔方陣の完成さ!
当然のことですが、1型素数に対してもまったく同じ手法が使えます。
というわけで、実際に作ってみましたよ😃
青色数字の並びが綺麗だから、個人的には満足しています🥰
「型を揃える」という一点を意識するだけで、素数魔方陣はこんなにも簡単に作れてしまう。
視点を1つ知るだけで、素数はこうも違って見えるんだね😊
3.アイツ達はとんでもなく長かった
ここで、1型素数の魔方陣について話をもうひとつ。
実は、1型にはもっと秀逸な物があります。
図3-1 の魔方陣です。
こういう特徴を持っています。
- 素数達は \(199, 409, 619, 829,\) ……と \(210\) ずつ増加している。
つまり、9つの素数は等差数列(初項 \(199\), 公差 \(210\))をなしている。
いやはや、素数達の中に長さ9の等差数列が隠れていたとは!
「素数は不規則」というイメージがあまりにも強すぎるもんだから、長い等差数列が潜んでいるだけでも驚いてしまう。
しかも、図3-1 は合計値最小の物で、これはほんの序の口です。
驚いたことに、こういう等差数列タイプの素数魔方陣はまだまだ存在します。
こういうのを1個作り上げるだけでも大変なのに、図3-1 の兄達はゴロゴロ居る。
素数魔方陣とはとんでもないシロモノなわけです。
ところが!
話はそれだけではなかった。
素数魔方陣について調べていくと、とある定理を見つけてしまった。
図3-1 の兄達がゴロゴロ居ることよりも遥かに超えた、素数達の真の凄さを思い知ることとなりました。
あの定理を知ってから、なんとな〜く当の素数達からはこんなセリフが聞こえてきそうでしかたがない。
「長さ9」なんて、ほんの序の口だぜ!
2004年。
素数に関して目を見張るような定理が発表されました。
B.Green と T.Tao の2人によって証明された、こ~んな定理があるんです。
に…… 任意だと!?
長さ9どころの話ではなかった😅
長さ100やら2万やら5億やら、等差数列にも長い長〜い兄達がこの世にゴロゴロ存在した!
不規則だらけの素数達、こんな驚くような性質を持っていた。
この定理が直接の原因かどうかはおいといて、図3-1 のような素数等差数列の魔方陣は無限に存在することがわかったわけです。
朗報! 素数魔方陣は絶対に枯渇しない!
ただ、残念ながら Green-Tao の定理は単に「等差数列の存在を保証する」だけであって、具体例を示してくれるわけじゃぁありません。
最初の素数もわからないし、増分(公差という)もわからない。
とにかく「必ずどこかにあるよ〜😃」と教えてくれるだけ。
だから、Green-Tao の定理を使って具体的な魔方陣を作ることは叶いません。
なんだかスッキリしない話ではありますね😞
まぁ、「存在定理」と呼ばれる物には、こういったことが往々にしてあります。
とは言っても、ちょびっとくらいはスッキリしたいので、一例を挙げましょうか。
『Primes in Arithmetic Progression Records』というWebページによれば、今までに発見された素数等差数列の最長記録は長さ27のようです(2019. 9.23. 現在)。
素数のみからなる、長さ27の等差数列。
\(p_n=224584605939537911+18135696597948930(n-1)\)
\((n=1, 2, \cdots, 27)\)
だから、この等差数列の中の連続した9つを拾えば素数魔方陣ができあがる。
1つおきや2つおきで拾ってもOKですね。
大きい方から9つ拾って作ってみましたよ😃
自分で作っておいて何だが「これ魔方陣ですか?」と聞きたくなる😅
もはやシリアルナンバーとかお客様番号とかにしか見えません😅
迫力はあるよね😅
あ、そうそう。
前セクション2では「素数は1型・5型のみ」と言いましたっけ(引き続き \(2\) と \(3\) は無視します)。
それを踏まえると、実は、素数等差数列には大きな特徴があります。
- (長さ4以上の)等差数列をなしている素数達は すべて同じ型である。
等差数列をなす素数達は1型ばかり、または5型ばかり。
1型・5型が混在することはない。
ということは、等差数列を利用して作った魔方陣も型が揃うわけですね。
実際、図3-1 はすべて1型素数だし、すぐ上のお客様番号みたいな魔方陣はすべて5型素数です。
しかも、等差数列では数値が必ず規則的に並ぶから、素数魔方陣の作り方は前セクション2よりもさらに輪をかけて簡単です。
既存の魔方陣を知っていさえすれば、数字を小さい順にホイホイ入れていくだけで良いんです。
詳しくはこのページで説明しましょう。
前セクションに続いて、ここでも素数の型が大きくはたらいていた!
型は……結構有能なのかもしれません。
4.アイツ達は皮を剥いても凄かった
最後は、かなり手の込んだ素数魔方陣を紹介しましょう。
図4-1 です。
サイズといい、中の数値といい、もぅ見た目だけで圧倒されそうな雰囲気😅
実は、この魔方陣、見た目以上に驚くべき秘密を持っています。
今は13×13サイズだけど、外周に触れているマス(黄色)を全部除去して11×11サイズにしてみましょう。
すると、それも魔方陣になっているんです。
しかも、それだけではない。
11×11から外周のマスを取り除いて9×9サイズにしても、魔方陣になっている。
さらに7×7にしても魔方陣。
5×5にしても……。
3×3にしても……。
まるでマトリョーシカかタマネギか。
一皮剥いても魔方陣。
二皮剥いても魔方陣。
皮を剥いてできた5つの魔方陣をこのページに示します。
5回剥いても全部が魔方陣って、もぅ……どう驚いていいのかわからん😵
こういうふうに、内部にミニ魔方陣が潜んでいるパターンもあるんですね。
特に、図4-1 のようにミニ魔方陣たちが中心を共有していると、それはそれは美しいモンです🥰
Webサイト『Wolfram MathWorld』では、この魔方陣を border square と呼んでいます。
日本語だと 同心方陣 という呼び方があるようですね。
当ページでは扱いませんが、中心を共有しないパターンもあります。
『小さい魔方陣たちを包む魔方陣について』という論文では、単にミニ魔方陣を含む物を 親子方陣 と呼び、同心方陣とは用語を区別しています。
ネット上では、親子方陣と同心方陣を同一の物として説明しているところもありますね。
まぁ名称がまだ世間には定着していないのでしょう。説明はさまざまです。
さて。
同心方陣は皮を剥いても魔方陣でしたね。
そういう性質を持っているため、皮の部分に大きな秘密があります。
上下端・左右端・対角、向かい合う2マスにこんな法則がある。
- 2マスの素数の和はすべて \(10874\) である。
ちょいと確認してみましょう。
上下端(青色)は……
- \(8923+1951=10874\)
- \(1093+9781=10874\)
- \(9127+1747=10874\)
(以下略)
ホントに全部 \(10874\) だった!
これは左右端(赤色)も同じ。対角(緑色・黄色)も同じ。和はすべて \(10874\) になっている。
だから、皮を1枚剥くとどの列も合計値が \(10874\) だけ減って、小さな魔方陣になるわけです。
ちなみに、\(10874\) は盤面中央の素数 \(5437\) の2倍です。
これも重要な情報ですが、詳細は後ほど。
そんなわけで、図4-2 の皮は「和が \(10874\) である素数のペアのみを並べて作られている」ことがわかった。
全24組の素数ペア。
しかし、真実はそれだけではなかった。
さらに内側の皮もそれぞれ調べていくと、驚愕の事実を目の当たりにすることになる。
- すべての皮は、和が \(10874\) の素数ペアで作られている。
つまり、盤面中央の \(5437\) を除けば、図4-1 の同心方陣は素数ペアだらけである。
図4-1 の魔方陣、\(5437\) を芯として全84組の素数ペアを六重にも巻き付けて作られた物であった!
もぅもぅ「六重」という響きだけで手間の量が容易に想像できますね。
作成前に84組以上のペアを準備しただろうし、一回り大きな魔方陣となるように正しくペアを配置する必要があっただろう。
その様はジグソーパズルのような難解さだったかもしれない。
まぁ数字 \(1\) から始まる同心方陣は普通に存在するから、その応用なんだろうなとは思います。
それでも、こういう秀逸な魔方陣に発想が至るというのが凄いよなぁ。
そういえば、セクション23では「素数は1型・5型のみ」と言いましたっけ(ここでも \(2\) と \(3\) は無視します)。
ここでもそれを考察してみましょう。
実は、図4-1 の魔方陣はこ〜んなことが成り立っています。
- 並んでいる169個の素数は すべて1型である。
またしても!
型を揃えなきゃいけない決まりがあるのかと言いたくなる😅
ただ、これには理由があります。
- 盤面中央に素数 \(5437\) を置いたなら、和が \(5437\mspace{-2mu}\times\mspace{-2mu}2\) である素数ペアを周りに巻き付けなきゃいけない。
そうしないと同心方陣はできない。
ペアの和は中央の2倍。
同心方陣を作るには、これが絶対に必要なんです。
証明はこのページに譲りましょう。
\(10874\) は6で割ると2余る。
だから、足して \(10874\) になる素数は2つとも1型でなきゃいけません(5型が混じると、6で割った余りが2にならない)。
そして、中央の素数 \(5437\) は1型。
結果、芯にも皮にもすべて1型素数が並び、同心方陣全域が1型素数で埋まる。
こういうわけなんですね。
ちなみに、中央に5型素数を置いたら、全域が5型素数で埋まります。
いや〜、素数の型はここでも強くはたらいているんですなぁ。
いやぁもぅ、ここまでくると、どの素数魔方陣にも型の統一が必須なのかと思ってしまう。
もちろん、そんなことはありません。
下図のように1型・5型が混在できるし、なんなら素数 \(3\) を使った物まであります。
素数魔方陣の考察にあたって、必ずしも型にこだわる必要はないんですね。
ただ、1型/5型 という視点を知ると、素数魔方陣の裏側がだいぶ透けて見えるようになる。
得体の知れない素数魔方陣と対峙しても、型の視点を携えていざ懐に飛び込んでみたら意外に規則的で面喰らう。
そういう不思議さに驚き困惑し、そして魅了される。
まぁ、素数魔方陣に限らず、素数の世界そのものが不思議で魅力にあふれてます。
『オイラーの素数生成式』や『ガウスの素数定理』などは素数界の大看板ですもんね。
\(f(n)=n^2\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}n\mspace{-2mu}+\mspace{-2mu}41\) とか \(\pi(x)\fallingdotseq\cfrac{x}{\log x}\) とか、こんなにも簡素で美麗な式だけで素数の性質がパッと表されてしまう。不規則な中にも規則性が堂々と鎮座しているのが面白い。
今回の執筆にあたって『Green-Tao の定理』を初めて知って、またひとつ私は素数に惹かれたり。
数学好きな方々なら、私の何倍も素数の魅力をご存じのことでしょう。
不規則なアイツは数学好きな人々を魅了しまくっているけれど、アイツは魔方陣の世界でも魅力をたっぷり振りまいていた。
不規則なアイツは魔方陣でも凄かった。
参考・参照
- Clifford A. Pickover 著, 糸川洋 訳, 日経BP社,『数学のおもちゃ箱 下』(1版1刷), 2011
- 内田伏一 著,『小さい魔方陣たちを包む魔方陣について』,
https://core.ac.uk/download/pdf/80598909.pdf, (参照 2024. 4.25.) - Wolfram MathWorld,『Prime Magic Square』,
https://mathworld.wolfram.com/PrimeMagicSquare.html, (参照 2024. 4.18.) - Wolfram MathWorld,『Border Square』,
https://mathworld.wolfram.com/BorderSquare.html, (参照 2024. 4.18.) - Prime Records,『Primes in Arithmetic Progression Records』,
http://primerecords.dk/aprecords.htm, (参照 2024. 4.25.)
更新履歴
- 2022. 5.15.
- 新規公開。