7.幻の光 (一部抜粋)



 ほんの微かなエリクシル。だがそれで十分。風精に特化して組み上げられた錬金術が自動で起動、紐はまるでバネ仕掛けのようにまっすぐ伸びると、すぐにその大きさを数倍にさせる。
 そして変化が落ち着いたとき、メイルの手に握られていたのは杖だった。管理錬金術師たちが持つ白い杖。
「一気に決める。……いくよ」
 メイルの声に、ユリシーズは前足を一歩前に。と、その踏み出した足が影を踏んでいた。
 先ほどまでそこには影などなかったのに。
 え? と疑問を覚え。
 何が? と顔を上げた。
 だれが? と目を細めて――

 背後で爆音を聞いた。
 黒い髪。一瞬、夜がやってきたのかと思ってしまうほど光の一つすら反射しない真っ黒な長い髪の毛を揺らし、メイルの血縁とは思えないほどの背の高さと、スタイルのよさをこれ見よがしに見せ付けるような、体の線を出す服でふてぶてしく目の前に立つ人物。よく知っている人物。
「メイリード!」
「いよう、ユリシーズ。……いいのか?」
 背後の爆音は既におさまっていて、横目に見た視界にレイナがいた。だが後ろの気配はない。

「……」
「いいのか?」
 薄笑いを浮かべる、赤い紅の引かれた唇と、嬉しそうに細める目がこちらを見ている。
 何が起こったのかは明白だった。だが目の前のメイリードから目を外すわけにはいかない。距離を取るように一歩下がる。目を離してはいけない。言い聞かせるように――
「メル!」
 そのレイナの叫び声が最後の踏ん張りを崩してしまった。
 思わず勢いよく振り返った。メイルはいなかった。家にして三棟離れた辺りの柱に瓦礫から埃が舞い上がっている。
 敵を眼前にして視線を逸らすなど、愚の骨頂。
 余所見は、意識の焦点のズレは、生存放棄に等しい。相手がクリエイターであるならば尚更だ。
 そんな事判っていたのに。
「ごっ! ぐあああああああああああああ!」
 メイリードへの敵意が膨れ上がった瞬間、体中がこわばるような激痛が走りユリシーズは叫んだ。
「ユリシーズ!!」
 狼の姿をしたユリシーズの首元に、メイリードの腕がつきこまれていた。
 見れば既に手首まで沈んだメイリードの腕に、ゆっくりとエリクシルが流れている。それはユリシーズに流れ込むのではなく、むしろユリシーズからメイリードへと流れていた。
「めいりーーどぉぉぉ!」
 叫び声は、メイリードの前方から風を切って飛んできた。
 瓦礫を吹き飛ばし、一足飛びにやってくる人影。メイルだ。
「その手を離せ!」
「あ? てめぇのモンみたいに言うんじゃねぇ……これは私のだろうが」
 かみ締めた歯が、ぎしりと軋むのを聞きながらメイルはまったく縮まらない彼我の距離に苛立つ。
 一歩。向かい風の中、体中が重い。焦っても体は前に出ず、腕を突き込まれたユリシーズはただ叫び声をあげるしかできないでいた。
 冷静な部分が、体勢を立て直せといっている。ユリシーズを掴んだメイリードの動きは制限されている。
 それを利用するべきだと、誰かが言っている。
 ――でもそれはダメだ。
 ユリシーズが叫んでいる。無視できる訳がない。体を限界まで前に倒し、隙間だらけの床をかける。
 ユリシーズから受け取った欠片を手で押さえながら、体に刻まれた錬金術を起動していく。
 ――ぶん殴る!
 硬化、質量増加、重量軽減、摩擦減少、効果強化。
 耳長族の肉体を限界まで酷使した、本来錬金術師とは無縁の肉体攻撃。むやみやたらに強化とそれに耐えられる補強を繰り返し、つぎはぎだらけだがほんの一瞬莫大な腕力を得る。

「相変わらずバカの一つ覚えだな、失敗作」
 手が届く距離。と、メイルが踏み込んだ足が床をひしゃげさせた。へこみが踏み込みを遅らせる。刹那にも満たない微かだが絶望的な時間。神経の効果強化を受けた視界の中、メイリードが振りかぶる拳が魔法のように目の前に伸びてくるのを見ながら、体だけがどうしても動かなかった。
 レイナから見たら、きっと何が起こったかも判らなかっただろう。
 風を置いてきたその攻撃は、まるで当たるのが当たり前であり、外れる事などなく、また既に当たっている、とばかりに絶対的な殺意で届く。頬を打ち抜かれる衝撃に気がつくよりも、体が前に進まなくなった事を先に感じた。
「ひっ!」
 いきなり眼前にあらわれたメイルが、メイリードの拳で顔面を打ち抜かれていた。
 レイナにはそう見えた。
 一拍を置いて、メイルを追いかけるように風が巻き上がる。
「メイル!!」
 鼻っ柱を綺麗に拳で打ち付けられたまま、メイルが笑っていた。口の端を引き上げ獣のように。
 笑い方は、本当に親子だ。ユリシーズがそんな事を思った瞬間、旋風が巻き起こった。打ち抜かれた拳に取りつくように、メイリードの伸びきった腕に足をからめた。顔面すら囮に、自分の重心を支点に足を上へ。

03

「!」
 腕に抱きつくような格好になった瞬間、乾いた音をユリシーズは聞いた。電精が流れる音だ。
「はいつくばれ!」
 重量増加。
 はやい。あまりにも早い起動だった。最初から用意した杖にある錬金術とは話が違う。媒体を用意しエリクシルを用意し、世界を書き換えていく力。肉体的な攻撃などに合わせて使えるほうがどうかしていた。
「な、なんなの」
 目の前で起こっている現象一つ一つは理解できるだろう。だが、なぜそれがこんな早くこんなにも大量に、そして正確に行われているのかがレイナには理解できない。
 メイルの重さにメイリードは堪らず倒れた。
「ぐおっ……てめぇ」
「ユリシーズ! 離れて!」
 つきこまれた腕が緩んでいる。メイルに言われるがまま、ユリシーズは身もだえするようにメイリードから離れる。
「このまま腕を貰う!」
「糞ガキがぁぁぁ!」
 だがもうメイリードにエリクシルはない。いま現在起動しているメイルの重さへの対抗手段の錬金術もすぐに消え去ってしまうだろう。そして実際に消え始めた。







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