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【ユウヒノマチ】



・三題話 001話

お題 :右手、空、王様

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 這いずり回る。泥にまみれ、傷だらけになりそれでも私は這いずった。こんな姿では用意に人前にでれるわけもなく、宿すら取れない。もちろん金だって持っていないのだけれども。雲行きが怪しくなり私は疲れていたこともあって木陰に移動した。一息ついて疲れきっていた私はそのまま眠りこけてしまった。
ポツリ
冷たい感触と共に目がさめる。空を見上げると雨が降っていた。まだ降り始めらしく地面からは雨と埃の匂いが立ち込める。そういえば、相棒もこの匂いが好きだった。強くなり始める雨に砂煙が舞い上がる、雨が地面をぬらし地面は煙を巻き上げて水から逃げる。雨と埃のダンスはすぐさま雨の強烈なステップに蹂躙された。岩の破砕音に似たような強烈なスコールだ、木陰の外が舞い上がる飛沫で白く覆われていく。
音も視界も一色に塗りつぶされたなか、私は切り離された相棒を思う。元気にしているだろうか、私がいなくなって困ってはいないだろうか、あいつは私がいないと何もできないやつだったから・・・。そうだ、急いで戻らないければならない、あいつのところにだ。白く覆われている視界に苛立ちつつ、私はせめてやむまで体力をと眠りについた。
・・・
気配を感じて目を覚ます。
「やっと見つけました、探しましたよ」
 そう言って手を差し出してきた。
だれだったか・・・相棒がよく連れて歩いていた男だったようなきがする。私は声を出さず差し出された手をつかんだ。
彼は、私を自分が乗ってきた馬車に載せると私の横に座った。
「行きましょう、急いで」
 言葉に反して、馬車はゆっくりと速度を上げていった。雨で濡れた地面は砂煙すら上げず、順調に相棒がいるところへ私を運んでいった。雨の後の快晴はいつでも気持ちがいいもので、私は身を乗り出して外の景色を眺める。しばらくすると相棒のすんでいる家が見えてきた。町の中でひときわ目立ったその家は、彼が言うには城というらしい。彼に連れられ私は相棒の家へと入っていく。
「王様!見つけてまいりました」
 彼は私を相棒の前に差し出す。
「ああ、私の右手よ、良くぞ帰って来た!」



「6/10点」

出だしの一作目 ショートショートを意識しすぎて落ちにつなげるだけの中身がすかすかな感じでした。反省。



・三題話 002話

お題 :風呂、花、四季

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 結局のところ、王の右手は戻らなかった。
当然、王も自分の右手がそのまま下に戻るとは思っていなかった。しかしながら、偏狭の小国でしかないこの国に他の国から研究者を呼び寄せることは愚か、長期にわたって自分の右手を研究させる余裕すらないのだ。現在は、手首と右手のつなぎ目には布が巻いてあった。右手は意志があるのか勝手に動く、もとより勝手に動かなければもっと早くに発見できただろうし特に驚くようなことでもなかった。問題は、かってに動くことであって、思い通りに動くわけではないということだ。
「王、また右手を治すといって、尋ねてきたものがおります」
 最近、右手のことを隠していない王の所に、こういった褒章目当てのペテン師が現れるようになった。
「またか・・・どうせやることもない、通してくれ」
 できたばかりの国というのもあり、こうやって重臣に取り入るつもりというのも在るのだろうか、王はさすがに毎日ひっきりなしに現れるペテン師どもにうんざりしていた。
接客用の服装に着替え、謁見用の部屋に下りていく。たった一人で戦争を収め、一人の犠牲も出さぬままこの地域を守った英雄だからこそ、城での生活などに満足できるわけもなかった。重い足取りと共にでるのは、接客用の服装の重さへの不満と自室と謁見用の部屋の遠さについての愚痴である。謁見用の部屋の扉が見えてくる。近づけば次女が扉を開いた。謁見用の部屋につくとそこにはすでに先ほど呼ばれたであろう客がまっていた。
「すまない、またせた」
 本来なら、謝罪どころか挨拶すらいらないのだが、王になってからまだ一年も経っていない、王らしくない王はペテン師相手に頭を下げた。
「王っ!」
 頭を下げたことに、とがめる声が飛ぶ。
「客としてをよんで、待たせたんだ。頭を下げるのは当然だろう」
 臣下をなだめ、椅子に腰掛ける。そして、客を見る。花をあしらった奇抜な服装に、思わず声をあげそうになった。まるでペテン師と公言しているみたいではないか。今まで目の前に現れたペテン師達は、それなりに格好は魔術師のような服をきてみたり、いわくつきのような甲冑を引っさげて目の前に現れたものだ。今までで一番すごかったのは教師のような男だったが、今目の前にかしこまっている客はそれ以上だ。これではもはや道化師どころの騒ぎですらないのでは、王は心の中で笑いつづける。
「その右腕、前の戦で切り取られたと聞き及んでおりますが ―――」
 道化のその声に一瞬室内全体が凍りついた。道化は続ける、その切断された右腕には呪いがかけられている。切られたときに、出血がなく切られた手のほうが意志をもちかってに動いているのがその証拠だというのだ。
「――― そして、私はその呪いを解く方法を知っている」
 道化は、目の前に花を並べだした。そこには、季節はずれの花どころか、この国では生えない花すらあった。いずれも先ほどまで地面に咲いていたような瑞々しい花たちである。
「切られたものは生物、植物に限らずすべて切られた状態で生き続けます。コレは、四季のある南の方の国で切り取った花達です」
「お前は、その短剣を持っているのか・・・」
 王は震える。あの時誰一人として近づかせず全てを振り払っていた戦場で、あの短剣は驚くほどスムーズに右手を切断していった。結局、左手のみで戦いつづけ、彼はその土地を収めるにいたったのだが、右手はその戦乱の中でついに見つかる事はなかった。
「もっておりません、しかし同じ種類の呪いを持った剣は持っております」
  解呪は、気が抜けるほど簡単にすみ、王の右手はもとにもどった。褒賞はと道化に聞くと道化は笑って答える。
「臣下に、それとお風呂を。こんななりでも女ですので」
 そういうと彼女は汚れのついた膝を払い颯爽と部屋をでていった。



「7/10点」
  あまりに、前回が意味不明なため三題話のくせに続け物に手を出してしまう。このせいでこの後悲劇が



・三題話 003話

お題 :「流星」「におい」「思い出」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、君!」
 夏休み、夕暮れ時の川沿いを歩いていた時だった。手には先ほど買い込んだ酒の缶とツマミ、そしてアイス。夕暮れ時の夏独特のどろりとした時間、彼女は赤い燃えるような夕日に照らされて少し目を細めながら立っていた。いつから、背後に付けられてたのだろうか? ふと存在を疑問に思う。肩越しに、声をかけてきた彼女を眺めていると彼女は、ずいっと両手を突き出した。
Please let me be in a you side.
太陽のにおいが鼻をかすめる。
「・・・」
 無言。面白そうなので突き出した手にアイスを乗せてみる。乗せた瞬間に彼女はそのアイスの袋を開けて、嬉しそうに口に運ぶ。まだ片手が突き出たままなので、今度は酒を乗せて見た。プシュっという小気味のいい音を立ててプルタブが片手で引き上げられた。逆らったらその握力で殺される。触らぬ神になんとやら、俺は踵を返してその場を後にした。
 今日は盆の花火大会だ、人ごみは嫌いなので祭りが行われる神社には行かない。少し離れた、神社で行われている祭りを見下ろせる大き木の上を目指す。毎年一人で花火を見るのが通例なのだ。人が集まりだした神社の祭りを尻目に、喧騒から抜け出して一人木の上に陣取る。毎年変わらない喧騒に先ほどのトラブルを頭の隅に追いやる。一瞬木が揺れた。下に誰か来たのだろうか、目線を向けるがそこには誰もいなかった。
「お酒〜」
 声に目線を戻すと、買い込んできた袋を先ほどの女があさっていた。いつの間に・・・彼女は俺の疑問をよそに袋から缶を取り出して、また一人でのみ始める。
「あ、おい。勝手に飲まないで・・・」
 缶を奪い返そうと、手を伸ばす。と、いきなり視界が真っ暗になる。ついで、額に冷たい感触。缶が額に押し当てられていた。
「欲しいなら言えば良いのに」
 押し付けられた缶を引っ手繰ると彼女はまた新しい缶を袋から出した。なんか、もう何を言ってもだめな感じだ・・・。ため息をつきながら受け取った缶をあけ、半分を木にかけた。残り半分の酒を喉に流し込もうとすると彼女が俺の背を叩いた。
「ほら流れ星」
 彼女が指した夜空に、花火が始まる合図のような流星が一筋流れた。
「ペルセウス座流星群・・・」
 いつも花火に気を取られていたがそういえば、盆はそんな時期だったことを思い出す。これから、毎年の楽しみが増えそうだ。流れ星が二つを数えるころ、花火が夜空を割る。いささか夏の到来を告げるには遅い花火ではあるが、まだまだ夏はこれからだと言い張るような力強い音が辺りを振るわせる。横を見ると、彼女は無言で花火を見ながら酒をあおっていた。二人で無言で酒を煽る。ちょうど酒がなくなったころ、花火が終わりを告げるように大量に打ちあがる。山が、祭りの山車が、祭りに来た人々が、座っている木、横で酒を飲んでる彼女が光に映し出される。今年も花火大会が終わりを告げた、祭りの喧騒が静まり始めた。
「じゃぁ、私は帰るね」
 女は、木から飛び降りると手を振る。
「・・・ありがとう」
 俺の言葉に驚いたのか、彼女は目を丸くしたがすぐさま笑顔になる。そして、空を指差した。指の先を見上げるとひときわ明るい流星が一つ。あまりのすごさに息を呑む。
「じゃぁねっ、また来年」
 声がしたほうに振り返ると、もう彼女はいなかった。祭りも終わり、すでにあたりは静まり返っている。毎年変わらない終わりを告げる虫の声だけが耳につく。だが、今年の思い出はきっと忘れられないだろう。一人木の上で笑いを漏らす。
盆はもう終わる。
体が薄くなり始めた。
来年、彼女にまた会えるだろうか。
空を見上げると、また一つ流星が流れた。



「9/10点」
('A`)高得点だ。
この後この作品を越えることは・・・_| ̄|○
自分的にもきれいにまとめられて満足。書きたいことはいっぱいあったけどやっぱそういうものなのでしょう。



・三題話 004話

お題 :「絵」「人」「魔法」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「その絵は魔法使いの人の絵だった・・・っと」
 そう言って先輩は筆を置いた。
「これで、今回のお題はお終い」
「えーーー!!」
 思わず突っ込みの声をあげる。とうに日の落ちた文芸部の部室の隅で、先輩はもうやることは無いとばかりに荷物を片付け始める。短編集の題目と締め切り日が出されたのは今日のはずなのだが・・・。
「えー! とはなんだ。そんなに私が終わったらまずいのか。ひどい後輩を持ったものだよまったく」
 文句を言いながらも、先輩は帰る支度をしていた。いま部室は僕と先輩だけだ、いま帰られると部室の戸締りが自分だけになってしまう!
「先輩! 僕も帰ります。ちょっと待ってください」
 そう言って、没にした原稿を丸めてゴミ箱に投げる。急がないとまずい、よく考えたら夜の学校ほど怖いものも無い。僕は、すぐさま荷物をまとめると先輩の後に続いた。
「鍵は職員室だったかな?」
 廊下で外を眺めていた先輩が振り返らずに言う。僕は後ろ手に鍵を閉めるとわざと音を立てて歩き出した。月は出ていないが、都会の夜は明るい。車のライトに廊下が照らし出された。
「鍵は、明日の朝持っていきます。今はもう警備員しかいませんし」
 そうか、と先輩は頷くと僕の後ろをついてくる。締め切りまではまだ時間があるし、今日のところはいえで草稿をまとめるぐらいでいいだろう。文化祭まではまだ数ヶ月以上あるのだし、夏休みだってある。事実夏休みを考えた量を課題として出されている。1600詰原稿300枚、ちょっと駆け出しの僕には簡単に書き上げられる物量ではない。
「先輩、本当に終わったんですか?」
 先輩は、僕の問いに少しふてくされる。ふと、窓に軽ものがぶつかる音が聞こえた。目をやると、窓にぶつかってやっとわかる程度の雨が降り始めていた。
「雨だね、せっかく書き上げた原稿が濡れたらかなわない。早く帰るとしよう」
 そう言って先輩は、原稿の束を僕に押し付けた。そこには確かに300枚ほどの原稿用紙の束とその原稿に書き綴られた文字が踊っていた。
 校門を出るころには、雨は視界が悪くなるぐらいの強さになっていた。車が横を通り過ぎるたび泥水が歩道にはねてくる。はねた水をよけながら僕と先輩は歩きつづけた。
「弘樹君は、終わりそうなのか?」
 傘をくるくる回しながら振り向かないで先輩が問う。
「夏休み中になんとか・・・」
 自分自身ですら、情けなくなるような乾いた笑いを漏らしながら答えた。さすがに、夜で雨だけあって人をほとんど見かけない。時たま、車道をすごい勢いで車が通り抜けていく程度だ。
Hide guilt to the heart.
雨脚は収まり始めてきただろうか、しかし家に着く前にやむ気配はなかった。
「先輩、原稿借りたままでしたね。ありがとうございます」
 そう言って濡れないように、気をつけながら原稿を差し出す。
「あ、あぁ。君も頑張ってくれ、出来上がったら読ませてくれよ」
 そう言って先輩が振り返った。
突風。
後ろから強風は、肩にかけた傘を弾き飛ばす。傘に気を取られた一瞬、原稿をつかんでいた手から強引に風が原稿を奪っていく。とっくに風の音は聞こえなくなって、耳に届くのは先輩の原稿が中に舞う音だ。
 しまった!
 とうに、傘は手から離れていて目の前には届きそうな原稿がある。
 手を伸ばす。もう少し、足を前に。まだ届かない。
 先輩の原稿が濡れてしまう。
 飛んだ。
 もはや雨は肌に感じなかったし、風も感じない。
「弘樹!!」
  先輩の声。それだけははっきり聞こえた気がした。
 つかもうとした原稿が一瞬明るくなったような……気が……し…た ―――
 感じたのは紙を掴む感触ではなくて、体が揺れる衝撃だった。聞こえたのは先輩の声を掻き消すような破砕音と体から響く重い衝撃だけだった。視界が伸びる、何を見てるのか自分で判らない。また衝撃、背中に熱を感じた。タイヤがこすれる音。廃棄音が遠くなっていくのがわかる。そして、騒がしい音は消え去り体の感覚が戻ってくる。ぬるり、背中から生暖かい液体の感触を感じる。ああ、僕は車に轢かれたのだ。背中から伝う吐き気のするような生暖かい液体がそれを物語っていた。体の感覚はあまり無い、痛みがひどくないのは救いなのだろうか。
「なにをやってるんだ! 大丈夫か!」
 先輩が僕の視線を覗き込んだ。手に紙の感触、まだ原稿を僕は掴んでいたみたいだった。背中をしこたまうったせいか、声が出ない。先輩に原稿を返さないと。手を必死になって動かすが、うめき声と共に腕が少し震えた程度だった。
「いいから、全く君はこんな原稿程度で・・・」
 優しい顔をした先輩をみて、怒っていないのだなと心から安心した。ああ、よかった・・・ゴメンナサイ先輩。うつろな意識は、すでに安心を得て消えかかる。意外と気持ちがいいかもしれない。なんだかよくわからなくなってきた。先輩の声が聞こえる。
「今君に死なれるのはこまるんだ。原稿を守ってくれた礼、しないといけないからね」
 先輩の声に、視線を上げる。月だ、月が出ている。雨の中、それでも月は輝いていた。先輩の頭上で輝く月。まるでそれは一枚の絵のようだった。
「弘樹、私の名前を知っているかな?」
 先輩? 何を言ってるんですか、先輩の名前は…… アレ?
「文芸部部長、砂原弘樹。君の上に学年は無い」
 そういえば僕は今年部長になって…… じゃぁ、先輩は?
「暗示は解けたみたいだね。それじゃあ始めよう」
 歌い上げるような声と共に、手に掴んでいた先輩の原稿が意識があるかのごとく動き出した。舞い上がる原稿、月に照らされた先輩の周りを原稿が飛び回る。
「ありがとう、弘樹。数えられないぐらい生きていると、時々君のような人に会える。まだまだ世の中捨てたものじゃないと思えるだけ、嬉しいものだよ」
 風の音だろうか、まるで舞い上がった原稿が魔方陣のように僕と先輩の周りを回っている。明るい光が辺りを包んでいく、しかしその明るい光の中ですら、先輩の頭上には月が輝いていた。ああ、綺麗だ……月が滲んだ。
「先輩、先輩! 弘樹先輩!」
 強烈な音ともに、病室の扉が開け放たれる。後輩達がきたようだ。顧問から連絡があったが、こんな早く来るとは思ってもみなかった。苦笑しながら僕は、ベットから体を起こす。少し背中が痛んだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
 にぎやかになってしまった病室に、僕は笑う。あの人にとって僕はこんな感じだったのだろうか。少し恥ずかしくなりながらもなついてくる後輩どもの相手をしよう。開けた窓から吹き込んだ風に300枚もある原稿の束が音を立てた。



「8/10点」
 世界観が出あきあがってしまい、微妙に設定に引っ張られ始める回。



・三題話 005話

お題 :「夏」「息子」「環境」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 病室を染め上げる日の光は白い病室をさらに白く際立たせる。窓から見える町すらも、今は白と黒のモノトーンに塗りつぶされていた。窓から差し込む効果音が付きそうなぐらいの光が、マユの肌をなめつけて行く。しかし、意外とその光は彼女にとってつらいものではなかった。風は意外と涼しく、窓の外を眺めながらボーっとするのには絶好の日和だ。マユは読んでいた本を閉じて窓の外を眺める。風が涼しいのは雨が降る予兆なのだろうか。マユが見上げた空には雲ひとつなかった。病室は個室ではないのだが、今はマユ一人しか入っていない。先週まで同室だったお婆ちゃんは、調子が悪くなって今は個室に移動したときいた。広い部屋に取り残されたようなそんな気がする、マユはため息をつくと布団にもぐりこんだ。消毒液の匂いが鼻を掠めた。
 身震いをして目がさめるともう部屋は真っ暗で、窓から冷たい風が吹き込んでいた。病院にいるのに風邪を引きそうだ、マユは苦笑しながら窓を閉めようと手を伸ばした。やはり届かない。足を患ってからというもの、慣れたと思っても意外と動くころを思い出してしまう。マユは近くにあった棒を使って窓を閉める。棒の先が濡れていた、雨が降り始めたのだ。軽い音が窓を叩く、明日は晴れるだろうかマユは布団の中から窓の外を見上げていた。うとうとしながら窓を眺めてはため息をついていると、検温に来た看護士に起こされた。
「マユさん、今日は元気ないね?」
 最近、配属された外国人の看護士だそうだ。日本語が意外と達者で色々と話しているうちに仲良くなった。マユが雨のが嫌いだと伝えると看護士は微笑む。
「窓から雨が見れる宿があるというのは、幸せデスヨ」
 それもそうだ、マユは恥ずかしくなって俯いた。どれだけ自分の環境が恵まれてるものなのか実感する、何も言わず窓ガラスは確実に雨を凌いでくれているのだ。マユが看護士の言葉に頷いていると不意に、扉が開け放たれた。運ばれてきたのはマユと同年代ぐらいの少年だった。交通事故で怪我をしたらしい、腕を骨折しただけだと医者はいっていた。マユはカーテンを閉めて眠りにつく、雨はまだガラスを打っていた。夏の雨は静かに病院をぬらしている。
 朝、マユはいつもならまだ寝てる時間に声で目がさめた。いつも静かな病室に声がしている。寝ぼけた頭でそういえば昨日少年が運ばれてきたと思い当たる。カーテン越しに聞こえる声に通っていた学校のことを思い出す。結局卒業式には出れなかった、2年生になる前にはもうマユは入院していて、気が付けば病室で卒業だった。試験も、卒業式もこの病室で行った。何人もの人が病室に入り家に帰ったり、二度と帰ってこなかったり。そんななかマユは一人この病室でそれを見つづけてきたのだ。動かない足はやせ細って今では骨と皮のみを残すだけだ、楽しそうな声を聞きながらマユは一人窓から外を眺める。気が付くと声はやんで、病室は静かになっていた。もう見舞いの人たちは帰ったのだろうか、マユは布団にもぐりこみながら考える。
「検温デース」
 締め切っていたカーテンが開け放たれる、向かいの少年と目があった。少年は、少し驚いたような顔した。私の顔に何かついてるのだろうか、マユは不安になって自分の顔を触る。看護士がマユの顔をのぞいた。なんでもない、マユは手を振る。
 昼を過ぎても、二人の会話はなかった。マユはすこし少年の机に乗っている紙の束がきになってちらちらみていたが、少年は先ほどの検温からずっと俯いて何かを考えていた。日が暮れること、少年の母親が現れて着替えや、本などを置いていった。淡白な家族かとおもったが、少年の怪我がたいしたことがないのと高校は夏休みに入るからだと思い当たる。そんなものだろうか、マユは自分の親が月に一度しか現れないのを棚に上げて少年をながめていると。「息子が、ご迷惑をおかけします」彼の母親はそう言って私にお菓子をくれた。夕暮れ時、夏の太陽は赤く病室を染め上げている。少しあいている窓からは、雨の後の湿気た風が流れ込んできていた。
「窓しめますか?」
 風にあたって、マユはうとうとしていると声が聞こえて目を覚ます。顔をあげると其処には彼が立っていた。少し驚きながらもマユは頷く、危うくまた開けっ放しで寝るところだった。軽い音を立てて窓が閉じる。風が止んで冷えたほほが少し緩んだ。マユはぺこりと頭を下げる。彼は自分の病状をしってるのだろうか、少し不安を覚える。
「夏の間だけですが、よろしくお願いします」
 彼は、照れながらあいている手を差し出した。マユは頷きながらその手を握った。久しぶりに触れた人の手はとても暖かかった。
 車椅子は苦手なのだ、マユは不機嫌になりながら車椅子にのろうと体を起こす。一人で乗れるようになっても、極力車椅子はさけてきた。しかしやはり生理現象ともなるとそう我慢もしてられないのだ。なんとか乗り込むと漕ぎ出す、重い車輪をいつもマユは呪う。自分は軽いはずなのに、自分の腕ではそれですら重過ぎるのだ。と、いきなり車椅子が軽くなる。振り向くと其処には少年がいた。
「大丈夫ですか? 先輩」
 年齢は一つ下と聞いていたが、彼はあまりにも童顔のような気がする。マユはその少年に頭を下げる。車椅子を押してくれるのがどれほど非力なマユにとってありがたいことか。何度も何度もマユは頭を下げた。
I am lacking, I am shameful. I am lacking, I am lonely.
「どこに行くんですか?」
 マユは、一瞬目の前が真っ暗になった。看護士を呼ぼうかとも考えたがもう彼は車椅子を廊下まで押している。仕方なくマユはトイレの方向を指差す。トイレはこの廊下からは見えない、判ってもらえるのだろうか。不安と恥ずかしさでマユは俯くと少年はマユの肩を叩いた。
『大丈夫、手話わかります』
彼の手は確かにそう動いたのだ。あまりの安堵にマユは泣き崩れる。静かな涙は彼女のもう動かない声帯を振るわせた。



「7/10点」
 手話って意外と言葉に表情あるんですよ、皆さんしってました?  もう設定に引きずられまくり。抜け出せなくなってきた。



・三題話 006話

お題 :「声」「自転車」「筋肉」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 日が落ちてきた。やっぱり間に合わない、それの事実が体から体力を奪っていく。体に張り付いたシャツが気持ち悪い、靴が蒸れてる、汗で前が見づらい、メンテしていない自転車のチェーンが重い。それでも自分は自転車を漕ぎ続ける、足が痛い、汗が目に入った。横を原付が颯爽と抜いていった、排気ガスが目に染みる。見上げると、夕日がビルに掛かり始めている、7月の日没は何時だっただろうか。腕時計をつけない自分の癖にこういうときになって文句を言ってみる。触れるんじゃないか、と思うぐらいの湿気を含んだ風が赤く染まっているようだ。土手から見下ろす水の少ない川も今は川底を見せずに赤い色だけを反射していた。時々頬にあたる羽虫が邪魔だ、遠くで蝉が鳴いている。アイツに聞かなきゃならないことがある ―――
 夏の日差しに閉口しつつとぼとぼと帰宅すると、親が玄関先でまっていた。開口一番アイツが今日引越しするといった。考える余裕はなかった、とっくに業者のトラックは家具を積んでアイツの家を出ている。アイツの家族もそろそろ車で出発するとのことだった。元からアイツの親はからだの調子が悪く、事あるごとに田舎で療養すべきだと医者に言われていたらしい。其処までは知っていた。アイツが、最近学校を休んでいたのは多分親がまた入院をしたのだろうと勝手に思っていたのだ。いまさらながらに自分の浅慮が憎らしい、何故あの時もう少し話をしておかなかったのか、何故あのとき・・・。後悔しながら、悲劇の主人公を語っている場合でない事だけは確かだった。部屋に駆け込むと制服を脱ぎ捨て、外に出る用意をした。階段を駆け下りると玄関に親がまだ立っていた、手には自転車の鍵。引っ手繰るように受け取って、揃えられていた靴に足を突っ込んだ。
「間に合わなかったら、飯抜きだ」
 およそ、母親とは思えない巨躯のシルエットに振り返りながら親指を立てる。玄関の中には光は差し込んでいないが頷くのがわかった。お気に入りの自転車にまたがって、坂を一気に下る。アイツの家は川の上流だ、踏み込むペダルに力をこめる、風がついて来た。まだ太陽は高い。必ず間に合ってみせる ―――
 アイツはなんで自分に引越しの事を伝えなかったのだろうか、それだけは問いたださないと納得がいかない。なんてかっこ悪いのだろう。汗どころか、呼吸がままならないのでよだれが唇の周りで踊る。目に入った汗の所為で涙がでた。呼吸ごとにしか動かない筋肉は力がなく、ハンドルを持っている手が幾度となく滑った。さすがにこれ以上無理をすれば体が逆に動かなくなる。サドルに座り息を整えながらそれでも足だけはペダルを踏みしめた。程なく、アイツの親が何度となく入院していた病院が見えてくる。もう少しでアイツの家の前に出るはずだ。病院が夕日に照らされて赤く染まっている、病院の庭では、車椅子の女性が嬉しそうに彼氏に向かって手を振っているのが見えた。奥には検温マニアで有名な外人看護士も居る。田舎なのでここらにはこの病院しかない。何度も通えば顔見知りもふえて、気が付けば憩いの場と化しているようなところだ。アイツと初めてあった日の事を少し思い出した。口の傍を拭う、ペダルを踏み出す。一気に視界を高くして前を見る。ハンドルを力いっぱい握った。
You do not know, are you frantic? Or is it frantic even if it knows?
前に! 
体を押し出すように風が吹いた。後少しで着く、不思議と呼吸は整っている。さっき車椅子に座っていた女性に似たような人がこっちをまっすぐ見ている気がした、追い抜いてから疑問に思い振り返る。誰も居ない。誰かが微笑んだ気がした。また風が吹いた、間に合うかもしれない。いや、間に合って見せる。次の橋を越えればアイツの家だ。
 追い風だった風が逆風に変わった。強烈な風に思わずバランスを崩して自転車を止める。軽い排気音が、風に乗って耳に届いた。その音に振り返る。アイツの家の車だった。対岸をその車は走っていた。あいつの家は自分が居る側のはず、どうして向こうを走っているんだ。辺りを見回す、このまま直進しても対岸にわたれる橋はかなり遠くにある。振り返り最悪なことに気が付いた、自分が居るのは橋と橋との丁度真中なのだ。迷う必要はなかった。自転車の前輪を力いっぱい引き上げる、上体ごと振り回してUターン。追いかけるんだ、向こうの橋までたどり着けば何とかなるかもしれない。必死でペダルをこぐ、そして思い当たった。対岸は自分がいつもアイツの家に行くときに通る側だ、病院の前はいつもとおらない・・・。無常にも車はスピードを上げて橋を目指す。
「まちやがれ!!」
 思わず大声をだした。しかし、対岸の車内なんかに届くわけは無い。そんなこと自分でもわかっていた。けれど声を出さずにはいられなかった。ペダルをこぐ。もう風は吹いていない。それでも漕ぎ続ける。車との距離は、どんどん離されていく。病院を通り過ぎる、もうすぐ橋だ。其処まで行けさえすれば。
ガチリ
いやな音と共にペダルにかかる重さがなくなった。しまったと思った瞬間には逃げをなくした力が足に抜ける、ペダルから足が外れる音。視界がぶれる、気が付いたらブレーキを力いっぱい握り締めていた。チェーンが外れたのだ。対岸の車は無常にも大通りへと続く道へと向かっていく。もうどうやっても間に合わない。七夕だというのに川に引き裂かれるとはお笑いぐさだ。チェーンの外れた自転車を転がして、土手に腰掛ける。まだ辺りを赤く染めている夕日が水面に移って光り輝いていた。なんで自分に引越しの事を伝えなかったのだろうか、結局聞けずじまいだった。いや、答えはわかってる。確かめたかったのかもしれない。川べりに降りて夕日を映す水面に石をぶつける。体力が回復すればするほど怒りが込み上げてきた。
「ちくしょう」
 ちくしょう・・・。力いっぱい石を放り投げる。
「バーカ」
 声に驚いて振り返る、人を小ばかにしたような、何度も聞いた声。
アイツの声だ―――

土手には誰も立ってはいなかった。一気に力が抜ける。
小気味のいい音を立てて、石が川に落ちる音がする。
蝉が一つ鳴いた。
I will say, 「It is foolish」, without saying, 「It is tired with labor」



「8/10点」
 スピード感に挑戦大失敗



・三題話 007話

お題 :「電話」「笑い」「幼馴染」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 川を中心に山と海で囲まれた街、その中で一番高い建物である県立の総合病院の屋上にある給水塔。そこはこの街を一望できる有名な場所だが、残念ながら開放はされていない。屋上は一応開放はされているのだが、洗濯物がひしめいているので絶景を見れるのは雨の日に限られてしまう。給水塔はというと、大人が本気で上ろうとしてもはしごが無いため、通常業者が掃除に来るとき意外上れる代物ではない、あまりにも給水塔が高めで大きいのではしごなどは取り外されているのだ。付いた名前は登れずの塔、ビルすらないこの街では病院だけが唯一の巨大建造物といってもいい。病院の屋上を見張っていれば、しばしばカップルが有名な登れずの塔を屋上で見上げている光景を目にすることができる。やはり、人は高いところにひきつけられるものだな、給水塔の上に寝転がっていた人影は給水塔を見上げている二人組みを見ながら思った。寝転がっている彼女の名前はムイ、あるがままながれるがままなのでそう名乗っている、本当の名前は本人も忘れている。登れずの塔を見上げていた二人組みは、気がつくと居なくなっていた。ムイは身を乗り出して周囲をうかがった。盆もすぎざわついていた街も静かになり始めている、さえぎるものが何もないこの街は夕日の光を受けて真っ赤に染まる。住人は気がついているのだろうか、都会ではこうは行かない。ムイは給水塔に腰掛けて楽しげに歌う。ほとんど都会の干渉を受けないこの街がいかに奇跡的な偶然の上に成り立っているかを知っているから。風を受けながら、風を呼びながら、ムイは立ち上がって謳いだす。
どうか、このまま流れるように ―――
一人ぼっちの魔法使いは、楽しげに街のてっぺんで風を相手に指揮をする。
It is a lonely magician's sake. It is a only magician's sake.
少し楽しくなったムイはポケットから携帯電話を取り出した。発信ボタンをおす、世の中は便利になったものだ。笑いをこらえながら、彼女は相手が出るのを今か今かとまっていた。
 人にまぎれて街を歩くと、意外と街も様変わりしている事に気が付かされる。以前来た時はいつのころだっただろうか・・・。ムイはウィンドウショッピングを楽しみながらデパートにふらふらとはいっていった。夏休みということもあってなのか、学生が多く見受けられる。電車にのって大きな街に出かけるお金のない若い学生がメインだろうか、ムイは人ごみの中で人にぶつかりながら考える。ふと、泣き声が聞こえたので視線をめぐらせると、そこには迷子の子供がいた。慌てて雑踏から抜け出すとその子供の前に歩み寄る。たしか、子供相手には目線の高さを合わせるのだったな、そんなことを思いながらしゃがむ。
「どうした、迷子かい?」
 ムイのよく通る声に驚いたのか、ないていた子供は体を震わせて固まる。ムイは少し困ったように頭をかいた、子供を笑わせるやり方なぞ聞いたこともない。自分の考えに半ばあきれながら、それでも精一杯優しい声をかける。
「センターに行こう、其処なら親も見つかるはずだ」
 子供の手を引っ張ってみるも、子供はムイの手を振りほどくだけで動こうとしない。困り果ててため息をつくと、何とかしろという目でムイをにらみつける。なんて子供だ、仕方なくムイはその場にしゃがみこんだ。
「お前、一体どうしてほしい?」
 言った後でムイは後悔した、子供に言ってもどうしようもないじゃないか。子供はペースを乱されるから苦手だ、ムイはまたため息をつく。
「・・・」
 子供も無言の抗議に、ムイはたじろいだ。時計をみるともうすぐ日も落ちる時間になっていた、この子供は大丈夫だろうか。程なくアナウンスが流れ始める。迷子のアナウンスは的確にムイの前に居る子供の特徴を捉えていた。いわく、目つきが悪い ―――
「恭ちゃん!!」
 無理やりに子供を抱きかかえて迷子センターなる場所に連れて行くと、其処には子供とちがって優しそうな中年の夫婦がたっていた。子供は1、2歳といったころか、夫婦は少し年を取っているような気もするが、そう言うことを聞くのも気が引けた。何度も何度も、夫婦に頭を下げられ、ムイは恐縮してしまう。気が付くと、中年夫婦はセンターにお礼をいっている、よくあまたが動く夫婦だ。そんな夫婦をみていると、裾を引っ張られた。振り向くとさっきの子供が足元に立っていた。
「ん」
 子供が差し出した手の中には、栓抜き。コレをくれるというのだろうか、ムイは栓抜きを受け取る。値札がついていた。子供の背後にはぺこぺこ動く中年夫婦、手元には値札のついた栓抜き、ムイは少し挫けそうになりながら立ち上がる。
 ひとしきり夫婦にお礼を言われたあと開放された時には、日はとっくに落ちていて外は暗くなっていた。ムイは栓抜きをもってレジに向かう。自分は何をしているのだろう、少しげんなりしながらデパートをでた。商店街を少しでも外れればもう人は見当たらない、暗くなった道をムイは山に向かって歩き出した。先ほどまでの騒がしさが嘘のようだった、虫の鳴き声が聞こえる。鈴虫だろうか、蝉じゃないことぐらいしかムイにはわからない。商店街の喧騒を離れ、少し歩けばすぐに川沿いの土手に出る。そこには一人の男性が立っていた。
「遅い、呼び出しておいて手ぶらに遅刻か」
 まぁまぁ、とムイは楽しそうに男の左手から荷物を奪うと歩き出した。男は、ムイの後ろからぶつぶつ言いながらついてくる。川の流れる音は夏の日照りの所為かほとんど聞こえない、変わりに虫と風の音が耳についた。夜空には抜けるような星空と月、男が月を眺めながら歩いていると。十五夜にはまだ早いとムイが笑った。
「俺は、盆しか出てこれないんだから珍しいんだよ」
 すねたように、男が言った。盆は祭りで街全体が明るくて星空をあまり見れないとつぶやく。ムイは振り返らないまま、微笑えむ。
 神社が見下ろせる木の上に座ると、二人は酒を開けはじめた。
「全く、死者を無理やり呼び出すとは、お前は昔から変な奴だと思っていたけど」
「世の中、便利になったんですよ。大体、昔からっていつからですか」
 ムイはスルメを咥えながら答えた。風がやんで、湿気をふくんだ空気が肌につく。
「俺の右手をくっつけたときからかな」
 そう言って、男は右手を天にかざした。ムイはため息をつく、いつの話だ・・・すっかり忘れていた事を男はうれしそうに語りだす。日本にきたときのこと、戦に巻き込まれたこと、男は嬉しそうに語った。
「まるで、幼馴染が久しぶりに会ったような感じだよな!」
 ガキのような男に、ムイはまた深いため息をついた。この人は昔から何も変わらない。死んでも変わらなかったのだ、多分永遠に変わらないだろう。子供のような主の霊にムイは苦笑した。
「バカなこと言ってないで飲みましょう」
 袋から取り出したのは瓶ビール。そういや、先ほど子供に渡された栓抜きがあった。ムイはポケットからそれを取り出す。
「あ、栓抜きをわすれちまった」
 男は袋をひっくり返してつぶやく。男の目の前に栓抜きが差し出された。
「こんなこともあろうかと」
「お前、言ってみたかっただけだろう?」
 二人は、目を見合わせて笑い出す。
栓抜きが月の光を反射して鈍く光った。


「7/10点」
 うまくいったつもりが、場面転換に難ありとの指摘。初めて気がついた。



・三題話 008話

お題 :「書籍」「償い」「薔薇」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「何でかってに捨てるんだよ!」
 整理され小奇麗になった自室は、まるで他人の部屋のようによそよそしく見える。二日前全く片付けをしていなかった部屋は、ミナの親によって整理されていた。その場では、ただ整理されただけと一人で納得し、移動された大事なものを押入れの奥や本棚の上のほうから見つけ出してはすぐに取り出せるようにと弄っているだけだった。まさか、本棚に入りきらなかった本を捨てられているとは思わなし、その捨てられた本の中に借りていた本が混ざっているとは思いもしなかったのだ。ミナは先ほどのカツヤの言葉を思い出す。
「ミナちゃん、そろそろ貸した本読み終わった?」
 それはいつもの学校の帰り道、いつもいっしょに帰っているカツヤに言われてミナはやっと思い出した。一週間ぐらい前にカツヤに無理をいって本を借りたのだ。大事な本だからとカツヤは始め貸し渋っていたが、いきなり気が変わったのか本を学校に持ってきたのだ。帰り道に半ばあきらめかけていた本を出されミナは大喜びでそれを借りた。
「大事な本だから・・・」
 カツヤは名前の割に内気でいつもミナの後ろにくっついている。ただ、いやなものはしっかりと嫌だというので、ミナはてっきり本は貸してくれないものとあきらめていたのだった。あまりの喜びに、カツヤの言葉も聞かずミナは本を大事そうに抱えながら走って帰った。
「カツヤありがとねー」
 ミナは大喜びで叫んだ記憶がある。大切な本を貸して少し心配そうに、それでもミナの喜び様をみてカツヤは微笑んだ。
 あの時のカツヤの顔を思い出してミナはまた怒りとも悲しみともつかない感情に襲われる。親が悪いわけじゃないのは頭で判っている、先月からずっと部屋を片付けろと口うるさく言われていたのだ。部屋を勝手に片付けるとも言われていた。それがたった二日前に行われただけの事、それはわかっているのだがミナは叫ばずにはいられなかった。なんでよりによって、借りた本をしかも無理をいって借りた本を捨てられなければならないのだ! 気が付くとミナは部屋を飛び出し親に食いかかっていたのだった。
「だから、片付けますっていったでしょう。片付けないあんたが悪いのよ」
 夕飯の支度をしながら、ミナの母親は振り向きもしないで答える。リズムを刻むような包丁の音が響いていた。ミナは、親に何を言っても仕方がないとあきらめ家を飛び出した。カツヤに明日返すといってしまったのだ。同じ本を買うしか方法がない、ミナは本屋に向かって駆け出した。この街で一番大きい駅前の本屋は、ミナの家からすぐ近くだ。ミナはわき目も振らず本屋へと足を走らせた。
 本屋の自動ドアが開くのすら待ちきれない。なにせ本を買っても読み終わらないと意味がないのだから、ミナはドアが開くと同時にカウンターに向かった。
「お待たせしました」
 上品な声で店員が本を運んでくる。その手には確かにカツヤから借りた本と同じものが乗っていた。安堵にどっと疲れがミナの体を襲う。
「1,200円になります」
 レジの液晶ディスプレイには、書籍1,200の文字が躍っている。高いからとは判っていたが中学生のミナには痛手過ぎる値段である。夏休み、祖父母の家に行った時にお小遣いを貰ったのを取っておいて正解だった。ミナは財布を覗き込んでほっと胸をなでおろすと、小銭入れに入っている500円玉を三つ誇らしげに店員に差し出した。
 翌日、クマのついた目でミナはカバンに本を押し込む。夜中まで本を読んでいたので眠くて仕方がない、ミナは目をこすりながらもそもそと朝食を取り始めた。ほどなく遅刻ぎりぎりの時間になっていることに気が付き、ミナは慌てて用意しておいたカバンを掴むと走り出した。走って学校に向かっていると、前方にカツヤが歩いているのを発見した。
「おはよう、ほら借りてた本。ありがとうね」
 ミナ差し出した本を、カツヤはうつむいて受け取らなかった。ミナがどうしたのかとカツヤの顔を覗き込むとすぐに顔をそらす。しょうがないのでミナはカツヤに本を押し付けた。
「どうしたのさ、ほら急がないと遅刻だよ」
 無理やり押し付けられた本を、恐る恐る受け取るカツヤをみてミナは不思議そうに首を傾げるだけだった。二人はそのまま無言で遅刻ぎりぎりで教室についた。授業の合間もミナはカツヤの態度が気になってちらちらとカツヤを盗みみるが、朝から何も変わらずカツヤはずっとうつむいて何かを考えているようだった。授業が終わり下校時間になっても、カツヤはミナと目を合わせようとはしなかったしまともに話すらしなかった。帰り道、いつもどおりにミナとカツヤは二人で帰る。結局下校まで二人は一度もまともに会話をしなかった。
「ミナちゃん、この本僕の本じゃないね」
 やっとカツヤが口を開く。問いにミナは体を硬直させた。
「あ、ああ。その・・・ごめん! 親が部屋片付けたときに捨てちゃったみたいで!」
 ミナは、必死で謝った。親が本を捨てたこと、仕方なく本を新しく買いに言ったことをカツヤに告げる。
「ほんとーーーにゴメン!!」
「あの本には、薔薇の押し花が挟まってたんだ。いいんだよ、多分もう古紙回収で運ばれちゃった後だろうし」
 悲しそうな、カツヤの声を聞いてミナは愕然とした。本の内容が大切じゃなかったのだ、その押し花と本と、いっしょにすごしてきた時間が大事だったのだ。ミナはカツヤの静止を振り切る。回収は確か今日だった、そうだまだ間に合うかもしれない、ミナは家の近くの古紙集積所に向かって走り出した。物が大切じゃなくて、記憶を刻みつけた代えのきかないものが大切なのだ。何よりも自分がそれをしっているじゃないか! ミナは新しく本を買ってごまかそうとした自分をのろった。急げ、まだ回収されていないかもしれない。
 家の近くの集積所が見えてきた、ミナは目を凝らすが其処はどう贔屓目にみても回収された後だった。愕然として足を止める、自分の息遣いが邪魔だった、昔ずっといっしょにいたぬいぐるみを捨てられた事を思い出す。カツヤはあのときの自分と同じ目をしていた、本をどうしても見つけなければいけない。息を吸い込む、無理やり乱れた呼吸を整えて回収車があつめる集積場を思い出した。まだ大丈夫、一時的に保存されているはずだ。ミナは走り出した。
 集積場につくと、其処には紙の山が聳え立っていた。この中から探し出すのか、ミナは一瞬めまいがした気がした。近くにいる人に中に入っていいかを聞きにいくと、すぐさま良い返事がきけた。こういうことは良くあるらしい、今日の回収分の山のとこまで教えてもらい、ミナは何度もお礼をいった。早速山に足をかけて本を一冊一冊確認していく。山は入り口でみたあの大きい山よりは幾分少ないが、それでもミナ一人では容易に探しきれるような大きさでもなかった。それでもミナは手をとめなかった。とうに夕日はおち、管理人らしきひとがミナに遅くなる前に帰るようにと伝えにきた。わざわざミナのために裏口が開放されてることを教え管理人らしき人はかえっていった。何度も紙の山に手を突っ込んだため、すでに手は紙できった傷で血だらけだった、縛られた紐を解くので爪はもうぼろぼろになっているし、手のひらはインクで真っ黒だ。それでもミナは手を休めなかった、コレは償いだ、自分が一番知っていた苦しみを友人に与えてしまった償いなのだ。痛みに涙が滲む、月明かりしか手がかりのない中、ミナはそれでも本と雑誌の山から大事な宝物を探しつづけた。終わりのない作業に悔しさがこみ上げてくる。人の気配がしてミナは顔をあげた。知らない女性が其処には立っていた。
I do not have you who are crying forsaken.
「探しているものってのは、意外と近くにあったりするんだ」
 そういうと、いきなり女性はミナの手を取り立ち上がらせた。今までミナの膝の下に隠れていた本が月明かりに照らし出される。
「あ・・・」
 紛れも無くその本は、ミナが探していた本だった。力が抜けて座り込む。ミナは本を取り上げ開いた。最期の頁に薔薇の押し花、間違いない、ミナは嬉しさに涙ぐむ。滲んだ視界に薔薇以外に挟まっているものを見つけた。便箋だ、質素な便箋にカツヤの字でミナ宛と書いてあるのが読めた。その便箋に思考が戻される、そうだ、さっきの女性に。
「あ、あのっ!」
 振り返るが、其処には誰も居ない。誰だったのだろうか、どこかで見たことがあるような気もする。不思議に思いながら、立ち尽くしているとカツヤがミナの名を呼んでいるのに気がついた。
「ミナちゃーーん」
 声がするほうにカツヤの人影を認め、ミナは手をふる。
「おーーーい、カツヤ! 本あったよーー!」
 ミナの声を認めるとカツヤは駆け寄ってくる。
まだ、ラブレターの便箋が開けられるのは先になりそうだ。



「8/10点」
 お気に入り。月と夕日ばかり出てくるね



・三題話 009話

お題 :「波」「煙突」「相性」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 焼けるように熱い砂から、逃げるように波打ち際に走りこむ。足にひやりと濡れた感触がきたと思ったときにはくるぶしまで海に浸かっていた。熱くなければこっちのもので、息を整えながらゆっくりと歩き出す。波打ち際から数歩、すぐに海は深くなって膝までつかる。なぜかおかしくなって、くすくすと笑いが漏れた。
 波はとても穏やかで、夏真っ盛りだというのに海辺には誰も居ない。お盆だから当然かもしれない、もとより海目当てでこの街に来る人間なんか聞いたことが無かったし、お盆は山の神社でお祭りだ、それに花火大会だってある。もうこの時間にもなれば屋台が並んでることだろう、街の人のほとんどが花火大会の川辺か神社の祭りに集まっているのだ。店の客も引いて手伝いも終わったし、後は少々の配達を残すだけだ。そろそろ太陽が低くなり始める、海岸沿いに見える煙突みたいな灯台にも灯がともるだろう。誰も居ない海が少し名残惜しいが今日はお祭りだ、海も夏に休暇ができてさぞ喜んでることだろう。かがんで海に手を入れる、砂を掴んでは波にさらわせた。何度も何度も繰り返していると、少し高い波に足を取られた。そろそろ残りの配達を終わらせろと海が言ってるのかもしれない。名残惜しいが、仕事は仕事だ。立ち上がって深呼吸、振り返ると灯台にちょうど雲がかかって本当に煙突に見えた。濡れた手を服で拭って私は駆け出した。
 体を伸ばして勢いをつける、熱い砂浜を走り抜けて岩場においた靴に滑り込んだ。背後で、船が汽笛を鳴らす音が聞こえた。振り向いて手をふる。
「おーい」
 聞こえるわけも無ければ、見てるわけでもないのに私は力いっぱい手をふった。答えるようにボーっという間延びしたような音が又響いく。船が見えなくなるまで手を振るった、そのまま一気に岩場を駆け上がって防波堤を登りきる。そこには、配達途中の荷物がのった自転車が低くなり始めた日に当たってきらきら輝いていた。濡れた足が靴の中で乾いてくると、とたんに砂の違和感が気になり始める。帰ったら洗わないとな・・・。ちょっと億劫な事を考えながら自転車を立漕ぎ、一気に道路を渡って最期の配達を終わらせよう。風にのって祭りの喧騒が耳に届いた。夏真っ盛りの湿った風はそれでも私の濡れた足を乾かしていく。囃子の音が虫の鳴き声が、車のおとすら心地が良い。少し声をあげながら、私は目的の場所へ向かって自転車を漕ぎ出した。
「まいどどうもー」
 最期の配達を終えて自転車にまたがる、さっきまで気になっていた砂の違和感がなくなっている。よし、これで靴は洗わなくて大丈夫だ。そう思った瞬間、ジャリっと指先に砂の感触、ちょっとげんなりしながらとろとろと家に向かった。もうすぐ日が落ちるといっても、やはりまだ明るいだけあって暑い。汗が嫌な感じに体に服をひっつけていく、犬みたいに舌を出しながら私は今にも倒れそうになって帰宅した。店先に自転車を止めると、正面に回る。商品のアイスを一つ掴んで店内に入ろうとすると、一人の男性とすれ違った。金髪で碧眼、でもどこと無く日本に長いような表情と、私より頭一個しかでていない低い背。あの人だ、毎年この時期にこの祭りの日にだけ見るお客さんだ! 私は急いで店内に入ると、もっていたアイスをレジのところにいた母親に投げつける。
「用事できた! シャワー浴びてすぐ出かける!」
 返事も聞かずに私は服を脱ぐ。背後でなにか言ってる気がするが、気にしないで蛇口を捻る。小気味のいいシャワーの音に体中についた汗と砂を落としながら考える。あの外人のような人は何者なのだろう、去年も後を追ったのだが神社の上にある広場の木から花火を眺めていただけだった。
「声もかけられなかった・・・」
 あの寂しそうな顔だけはまだ一年経った今でもしっかりと覚えている。今年こそは・・・。 風呂場から出ると、親が浴衣を出して立っていた。
「ハハハハ、娘! 浴衣だぞ! さぁパンツは、はかなビベッ」
  Growth is cruel. It is especially my daughter.
正拳一撃、変な音がしたけど問題はないだろう。とりあえず、脱衣所ではもう着替えられない、いい感じで汁を出しながら夢を見てるような父親が其処には倒れていた。セクハラ親父を踏みつけながら脱衣場をでる。自室に向かうまえに、母親に告げ口をしておいた。部屋で着替えていると、脱衣所から骨が折れるような鈍い音と、虫を踏み潰したような声が聞こえた。夫婦の相性は良いのかもしれない、親父の骨は大体一週間で戻るし、なんだかんだいって母親はずっと父と一緒にいるのだから。また、叫び声があがる。少しため息をつきながら着替えて外に出る、家から神社まではそれなりに距離があるはずだ、急いで向かえば間に合うかもしれない。自転車にまたがり、神社に向かって漕ぎ出した。そろそろ街が赤く染まる。
 祭りは、日が落ちても居ないのに盛り上がりを見せていた。人の熱気で神社の辺りは他のところと比べれば気温が上がっているかのようだった。私は神社の上の方、奥まった広場に生えている大きな木の下にきていた。先ほどの外人はまだきてなかったようだった。仕方ないので木の周りをぐるぐる回っていると、その木がおかしいことに気が付いた。いいようのない違和感に苛まれながら、私は気がつく。
「墓標・・・」
 文字が書かれてるわけでもない、十字架がかかってるわけでもない。なのに、それを体が感じ取る。ああ、ここに毎年現れている彼はお盆だから帰ってきてたのだ。風が木を揺らす。私は、頬が風にふかれて濡れていることに気がついた。それにしても幽霊がちゃんとお金を払って買い物をしてるというのもお笑いぐさかもしれない。頬を拭って立ち上がる、幽霊だろうが関係ないじゃないか。毎年の常連さんにおもてなしをしなければいけない。自分の考えに笑いが漏れた。自転車は置いていこう、ここにくるなら多分土手を使ってくるに違いない。必ず見つかるはずだ。私は山を駆け下りる。見上げると夕日に染まった空に明るい流れ星が光の筋を残して流れていく。心の中であの人に会えるようにと三回唱えた。
 喧騒をぬけ、夕日に染まった土手をきょろきょろしながら歩く。しばらく土手を歩いていると金髪の頭を向かい側に見つけた。どうやって声をかけようか。考えた瞬間、胸が一つ大きく鳴った。心臓のドキドキとは裏腹に、足は彼を追って橋を渡りだす。夕日に長くなった彼の影に追いついた。夕日がまぶしい、声がでなかった。まるでストーカーみたいに気配を殺して彼の後姿を追う自分がそこにいた。情けない、足だけはしっかり彼について歩いているというのに。風が吹いた、今日の風は夏らしくどろりとした湿気を含んで流れていく。夕日のまぶしさに目を細めた。
 心臓の音がやけに耳につく。
 遠くで子供の笑い声が聞こえた。
 視線をあげると、流れ星が一つ。
 深呼吸。
「ねぇ、君!」
 祭りはこれからだ。



「8/10点」
世界観の点数が上乗せされてやっとこの点数。でも自分てきには最後の深呼吸のあたりがお気に入り。



・三題話 010話

お題 :「風船」「乱戦」「感染」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 夏休みの時期も終わり、学校も始まった。学生達は、夏ボケの憂鬱な顔でとぼとぼと下校し始めている。夏は終わりに近づいているというのに、セミの鳴き声は衰えを知らずいまだ彼らの頭上でせわしなく自己主張を続けている。生徒全員がとぼとぼと校門から吐き出される光景はさながら乱戦の様相を呈している。そんな人ごみの中を黒い影が駆け抜けていく。
「弘樹〜カラオケいこうぜ〜」
 駆け抜ける影を認めた病人の一人が声をかける。弘樹と呼ばれた影は立ち止まると振り返って叫んだ。
「ごめん! 用事があるんだ」
 そういうと弘樹は、また走り出す。目指すは街のど真ん中、街の中で一番高い建物だ。帰宅途中の学生達を潜り抜け、わき目も振らずに目的の場所を目指している。文芸部の割には彼は足がはやかった、低学年の帰宅の列に追いつきそして追い抜いていく。乱れ始めた息を無理やり整え、ほつれかけた足を無理な体重移動で押し戻す。さながら、初めて生まれた子供に会いに行く若い父親のようだった。乾燥を知らない湿った風ですら今の弘樹を止めることは不可能に見えた。川の近くにくれば少しでは在るが涼しい風が吹いている、土手を散歩している老夫婦の横を弘樹は駆け抜けていく。顔を上げればそこには弘樹が目指している病院が見えるはずだ、しかし弘樹は顔を上げない、顔を上げる必要などないのだ。あとどれくらいで付くかなんて判っている、いいまは顔を上げる体力だって惜しいぐらいだ、弘樹はそのまま速度を落とさずに病院の正面玄関に走りこんだ。
 軽い音と共に自動ドアが開く、さすがに病院の中は煩くできないと弘樹はドアが開くまで息を整える事にした。ドアが開ききれば、そこからクーラーに冷やされた風が弘樹をなめるように外に逃げていった。少しもったいない気がして弘樹は小走りにドアを抜ける。中に入ればすぐに待合ロビーだ、通院している老人達が楽しそうに話していた。
「弘樹、オミマイ?」
 外人看護士が弘樹を見つけて近寄ってくる、入院中弘樹がお世話になった看護士だ。弘樹も知り合いを見つけて挨拶を交わす。二人はそのままエレベーターに乗り込んでいった。
「アツイネェ、わざわざ彼女のオミマイデスカ?」
「そんなんじゃないですよ」
 弘樹は、微笑みながら返す。けれど、汗で背中に張り付いたシャツと額から流れる汗が事実は違う事を如実にあらわしていた。汗でべちょべちょだと看護士はおもいながらも、そうかそうかと頷く。野太いベルのような音を立ててエレベーターが止まる、弘樹は息を整え額を拭って歩き出した。
「ジャネ、弘樹。私は感染症の患者さんミテクルカラネ、バイバイ」
 ということは、今日はもう会わないだろう、弘樹は手を振りながら考える。退院まえにマユに泣きつかれ、後少しで唇をというときに看護士の邪魔が入ったことを思い出した。まるで狙ったようなタイミングだった、多分覗いていたのだろう。しかし今日は感染症の病棟ということはしばらく帰ってこないはず・・・そこまで弘樹は考えて嫌なことを思いつく。もしかしたらわざと嘘の情報を・・・考えればそれはどこまでも深く落ちていく。弘樹は頭をふって思考を追い出した、何もしないのが安全だ弘樹はため息をつきながら目的の病室の前についた。ノックをして扉を開ける、丁度太陽が病室の窓に差し掛かっていたので弘樹は目を細めた。と、いきなり光が弱くなって弘樹は目を開く。そこにはマユが車椅子で太陽を背にたたずんでいた。
「・・・マユ?」
 見えたのはマユ、しかしそこに違うものを弘樹はみた。記憶がフラッシュバックする、背中に鈍痛がきて弘樹はよろめいた。紙、先輩・・・どこで? 原稿・・・なに? 弘樹は一瞬の記憶のフラッシュバックにめまいを覚えた。視線を上げると、マユが心配そうな顔をしている。
『大丈夫、走ってきたから疲れたんだ』
そう言って弘樹は嘘をついたことに胸がいたんだ。その痛みは、マユの見舞いの最中も痛み続け、そして最終面会時間までずっと弘樹の胸を切り刻んでいた。
 マユに別れをいって病院をでる。すっかり日が落ちるのが早くなった秋口の土手を歩きながら弘樹は胸の痛みに顔をしかめた。何かを忘れている、いきなりひらがなが一文字でなくなったような違和感、知っているはずなのに知っているという記憶のみしか残っていない気持ち悪さ。そして、思い出さないといけないような気がする脅迫感、弘樹はいらいらしながら暗くなり始めた土手をあるいた。弘樹の家は病院から学校をはさんで真逆に位置する、この違和感の正体がつかめるのなら、ちょうどいい距離かもしれない。弘樹は思いふけりながら家にと足をむけた。と、額に冷たい感触。そういえば天気予報は雨、下校時の学生がみんな傘を持っていたことに思い当たった。傘は、確か学校においていたっけ・・・頭の隅で思い出しながら自分の場所と家の場所、そして学校の場所を瞬時に思い出す。
「よってくか・・・」
 病院に向かっているときとは大違いの重い足取りで、弘樹は通りを曲がる。すぐに夜闇を移す視界に学校が浮かび上がってきた。雨は傘なしでは少し強いぐらいになってきた、学校によったのは正解だなと弘樹は学校を見上げながら思う。学校の正門に続く車道、そういえばここで自分は車に引かれたのだ。足がとまり、違和感がつよくなった。心がざわつく。引かれた瞬間を自分は覚えていない、弘樹は自分の事故現場を伝聞で知っているだけだ。なのに、なぜ鮮明におもいだせるのだろうか。吹き付けた風、手から離れた原稿、強い光、衝撃。背中に幻痛が走る、心音とともにくるのは強烈な痛みとあの人の声。
 あの人? 弘樹は自分の思考に疑問を抱く。地面が光を反射してあたりが明るくなりだした。車だ、弘樹は振り返った。ぬれた地面をしぶきを上げて走りぬける車を認める。視界がヘッドライトの明かりに塗りつぶされていった。水しぶきを上げて過ぎ去っていく車を弘樹はじっと見詰める、あの時自分はなぜ車道に飛び込んだのだろうか。そして自分を轢いた車を運転していた人物は捕まっていない、誰が救急車を? 雨の音が耳に戻ってくる、ぬれた服の違和感に思考が戻された。気がついたように、弘樹は学校に入っていく、傘は教室の傘たてに入れていたはずだ。
 夜の学校が怖いというのは、よく聞く話だが弘樹はあまり自宅が暗いのと変わらないと思っている。なにせ、高校に入ってからずっと部活で夜中までいることが多かったのだ、帰る時はいつも電気がおちて、真っ暗な校舎を一人で帰る。一人? 思考に引っかかる、自分の教室の前ある傘たてから自分の傘を見つけながら自分の思考に疑問を覚えた。確かあの時、自分は誰かと一緒に・・・自然と足が文芸部の部室に向かっていた。
 暗い校舎のなか、部活動がまだ開始していないというのに部室に使っている教室が明るい。疑問は確信に、頼りなかった足取りはしっかりと。弘樹は扉に手をかけていつものように引いた。
The person who was waiting came. Those who do not want to meet came.
「やあ。やはりくると思っていたよ」
 そこには、弘樹よりすこし大人びた女性が原稿を持って座っていた。この学校の制服を着ている、しかし文芸部に彼女をみた記憶は弘樹になかった。そして、それよりも彼女の顔がマユそっくりなことに弘樹はあの日のことを鮮明に思い出した。
「先輩・・・じゃないか。えっと」
 明らかに年上に対してとる態度じゃないのはわかっていたが、マユにそっくりなその女性を見るとつい体が勝手に反応していた。
「はは、先輩でいいよ。名前に意味を見出すような年でもないんだよ」
 そういって、女性は持っていた原稿を積み上げられていた原稿にもどした。その女性のしぐさに記憶が戻りだす。マユの声も本当はこんな声なんだろうか、場違いな考えが弘樹の頭をかすめた。
「弘樹、体はもういいのかい? あの時救急車を呼んでおいたが、この世界の人間の医療というのは如何せん稚拙でいけない。心配はしていたんだよ」
 目の前に自分より背の高いマユがいるみたいで弘樹は居心地が悪くなる。記憶の断片は見つかったのに何がしたいというわけでもなかった、言うことが見つからなくて弘樹は立ち尽くした。
「あっ・・・あの」
 まくし立てられ、うろたえる弘樹の肩にやさしく手が置かれる。マユの手と一緒だ、マユが立ったらこの人みたいに背が高いのだろうか。少し考えて弘樹はマユの今年か考えていないことに気がついた。
「助けられた礼をわざわざ言いにきたわけでもないだろう? さしあたって、好奇心といったところかな?」
 女性は一人納得すると窓際に歩いていく。月の光が申し訳程度に雲を少しだけ明るく照らしだしていた。雨はまだ降り続けている。
「理由はそんなところです」
 弘樹は、カラカラに乾いたのどからしぼりだすように声をだした。あの時自分は瀕死の怪我だったはずだ。背中に痛みを感じる。そう、たしか背中に流れるいやな液体の感触を覚えている。雨の音の中に水しぶきを上げる音が混じる。弘樹の答えに女性はクツクツと笑いを漏らした。
「正直だね、弘樹。およそ、自分の怪我を治した理由と治せた理由が知りたいといったところかな?」
 この人は、何もかもお見通しなのだろう。言葉に弘樹はただうなづく。それでもやはり礼は言わないといけないのだろう。
「ありがとうございました」
 弘樹の言葉に女性は目を丸くする。そして律儀なやつなんだなと笑い出した。
「本来、君はあそこで死んだ」
 いきなり告げられる言葉に目の前が暗くなる。冷淡な物言いは弘樹の心の底に深く食い込んだ。喉が渇く、足先の感覚がなくしびれ始めた。
「しかし、私の自己満足のために無理やり君はこうして生きている」
 雨の音が耳障りだ。弘樹はそれでも目の前の女性から視線をはずさない。
「それでもです。礼をいいに。それと渡すものが」
 弘樹はそう言ってかばんを開ける、原稿がそこにははいっていた。弘樹が原稿の束を差し出すと、女性はそれを受け取った。
「先輩が書いた小説じゃないですよ。あの後病室で自分でかいたやつです、やっぱり先輩に見てもらいたくて」
 女性は目を丸くして、そして微笑んだ。
「じゃぁ、僕はもう行きます。先輩、感想を是非聞かせてくださいね」
 弘樹はそういって部室を逃げるようにでていった。弘樹が出て行った部室は静かに雨の音に支配されていく。ムイは楽しげに小説を読み出した。
「まったく、たいした人間だな。記憶なんて戻るはずもないというのに」
 つぶやきは車の音にかき消される。しばらく部室には紙の擦れる音が響いていた。
 校舎をでて、傘を広げる。マユに似た知らない女性はこの背中の痛みの理由を知っていたのだろう。弘樹は背中越しに校舎を見やる、そこには真っ黒な校舎が聳え立っていた。部室には明かりもついていない。子供のころ手から離れた風船が空に上っていくのを見たあの後悔と寂しさが胸を支配していた。手を伸ばす、手の平に隠れた校舎の奥でマユにそっくりな女性が嬉そうな顔をして自分の原稿を読んでいるような気がした。弘樹はもう振り返らないで家に向かう。明日もマユの見舞いに行こう、今日あったことを話そう。もう足取りは軽い、雨はやみそうだけどこのまま傘をさしていこう、弘樹は家にむかって走り出した。
 誰もいない部室は、やみ始めた雨雲の隙間から差し込む月明かりを受けておぼろげながらに輪郭を浮き立たせている。少しあいている窓から湿った冷たい風が吹き込んでいた。風に揺られて机に置かれている原稿の束がゆれた。
――― 魔法使いと夕日 ―――
題名は月明かりに照らされて少しだけ自己主張を試みている。
風がふく、原稿がめくりあがった。





とりあえず、[夕日の街]完結となりました。
題名なんてあったんだね。今考えたでしょ
「9/10点」
 シリーズ完結。いいかげん区切りをつけないとぬるま湯に浸りすぎてるとおもった。


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