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【ヨルヲマモルモノ】


・三題話 第041話:出発
お題:「宇宙」「実行」「無我夢中」
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 有賀真衣は困惑していた、有賀の御楼である曽祖父の言葉に。季節は桃の花がさく梅雨明け。妹と共に二人である区画の担当を言い渡された。かなり前に夢魔が出たという話は聞いていたが、確認はされなかった。そんなところを、自分も一緒に担当しなければならないとは一体どういった風の吹き回しだろうか。本来の有賀の役目などいまさらどうだというのだ、と無視するのも簡単である。いまさら家訓だの、家の決まりだのあほらしい。真衣はそれでもかたくなに役目を果たそうとしている妹についていくことにした。文句はでるながらも、やはり妹は大事なのか、真衣は不貞腐れながらも本家にある自分の部屋の掃除をする。お気に入りの漫画や、ゲームを詰め込んで埃まみれになっていると妹が入ってきた。
「お姉ちゃん、向こうの家に先にいってるね」
 向こうというのは、妹が担当している区画の家の事だ。真衣は、埃を払いながら頷く。通っている大学が徒歩でいけるようになるというのはありがたいが、本家じゃないぶん不便この上ないのは目に見えていた。
「大丈夫ですか? お嬢様」
 妹と入れ替わりに入ってきたのは、生まれたときから真衣たち姉妹の面倒を見てきた執事である。さっきあれほど手伝わなくて良いといったばかりだというのに。真衣はため息をついた。
「大丈夫、一人でやるから」
 そっけなく答えて、作業を続行する。わざわざ持っていかなくてもいいのもあるので、選別が大変だ。かといって、必要になって本家に戻ってくるのもめんどくさい。途中めんどくさくなって、ダンボールに無我夢中にぬいぐるみやゲームを詰め込んでダンボールを壊してから、真衣は慎重に作業を進めている。本家をでたら、執事の浅生もいなければメイドたちもいなくなってしまうという重いが真衣の気持ちをあせらせる。
「お嬢様………」
 心配そうに覗き込む浅生は一向に下がろうとしなかった・。
「しつこい、下がりなさい浅生」
 口に出してからしまったと、口を手で押さえる。大学に行き始めたころから口調には気をつけてきた真衣だが、気持ちがあせればあせるほど染み付いた言葉は口をついてくる。ダンボールに荷物を押し込む手もあらくなる。すでに洋服は送ってあり、あとは細かいものばかり、力強く投げ込むとダンボールの中で騒がしい音が響いた。
 本家への挨拶もそこそこに、執事の必要な追随を交わし、世話になったメイドに声をかけ真衣は走る。有賀の長女はその細い足一つで巨大な正門を蹴りあけ道に飛び出していった。外に出た瞬間、普通の女性の足の速さになるあたりはよく訓練されているといったところだ。駅に足を向ける。宅急便は明日の日曜にはつくだろう。まずはTVを朝まで見てやろう。あとはやっぱり買い食いだろうか。と、色々本家ではできないような遊びがおおっぴらにできることに期待に胸を膨らませていると。後ろから真衣を呼ぶ声が飛んでくる。
「お嬢様〜〜」
 有賀の執事は、有賀につかえるだけあってそれなりの者なのだ。いや、執事はgentlemanであるがゆえ完璧である。それは宇宙開闢よりある世界の心理。車を追い抜き、土煙をあげ浅生は追いかけてくる。その中にあっても、全く崩れない服装と髪型が逆に怖い。
 あまりの自体に、真衣は速度をあげ走り出す。定期を使ってホームに駆け込む。来ていた電車に微妙に間に合わない。しかし、田舎町だけありこんな昼過ぎあたりに電車に乗っているものはあまり見当たらなかった。後ろからは浅生、多分彼は改札をものともしないで突っ込んでくるに違いない、真衣は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
 判断は一瞬。
 両肩に集中する感覚、必要なのは速度。
 イメージは羽。一気に空気を吸って膨らむ羽のイメージ。
 前を見ると、扉が閉まり始めていた。辺りを確認する。誰も見ていない。
「ふっ」
  肺の空気を搾り出し、体を沈ませて前に飛ぶ。空気をたたきつけるイメージ。
 しかし、風は起こらない。洗練された飛込みが水しぶきをあげないように、限界まで研ぎ澄まされた体術は音も風も起こさない。
 浅生の視界で、真衣がぶれた。急いで足を止める浅生。
 電車が発する、ブレーキから抜ける空気の音が響いた。浅生が改札をくぐるときには扉は閉まっていた。扉の向こうには、肩まで伸びた髪を少し揺らした真衣が浅生を見ていた。悪戯っぽく笑う笑顔で真衣がつぶやいた。
「ごきげんよう」
 電車が重い音を立てて走り出した。
「おじょぉぉぉぉぉさまぁぁぁぁぁぁ!!!」
 号泣し、崩れ落ちる浅生。電車の中で浅生の叫びをきいて、真衣は苦笑いした。浅生には悪いことをした、向こうについたら本家に電話をかけよう。真衣は携帯電話を取り出し、なりつづけている浅生の番号を着信拒否に入れて実行。叫び声が聞こえた気がした。
 騒ぎがあろうとも、電車は淡々と進む。平日の混んでいる電車とちがい、人がほとんどいない電車というのは快適だ。真衣は、誰も座っていないソファーの真中に陣取った。しかしながら、幸せは長く続かないもので電車はすぐに目的の駅につく。二駅というのは心が休まるものでもないなと、真衣は思った。
 扉が開き、電車を降りると妹の真希が待っていた。本家をでて2,3年、いっぱしの普通の女の子になってしまった妹についていき、これから住む家に向かう。真希は週に一度はかえってきていたので、特に久しぶりという感じはしない。と、流行の着メロが真希のカバンから聞こえてきた。
「あ、浅生からだ」
 It was placed by the younger sister.
その言葉に、真衣は一瞬たじろぐ。しまった、この手があったか。真希はためらわす電話にでて話している。
「はい、お姉ちゃん。浅生からだよ」
 そう言って、携帯を渡される。手にとった瞬間だった。
「お嬢さまああああああああ、下着………」
 妹の携帯は、こなごなに砕け散った。



・三題話 第042話:変態
お題 :「深海」「中断」「試行錯誤」
  
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 世の中は、金持ちなどにいたって冷淡である。世間は差異を見出し、たとえ強者だろうが弱者だろうが特別を作ろうとするのだ。よわい人間が、自分の心を保ち安全に生きていくために試行錯誤を繰り返したどり着いた一種の防衛本能である。特に、強者と足手まといには世間は厳しい。どれほど科学が進歩し、足手まといに手を差し伸べるだけの余裕ができたとしても、DNAに刷り込まれた本能はいまだ科学では払拭できていないのだ。そして強者は、どれほど科学が進歩したところで弱みを握られ差別を図る算段をねられてしまう。
 しかしながら、強者を超えた強者はその類に並ばない。長いものには巻かれろの格言よろしく人々は、ただ傅く。有賀は有羽の家ほどの資産も権力も持ち合わせていないが、それでも小さな国一つぐらい、顎一つでひっくり返せるだけの物は持ち合わせていた。しかしそれは、決して対等な立ち位置ではない。だからといって、自分を同じ位置に落とすことは用意ではない、家をすて名をすて知り合いを捨てないといけない。真希も真衣もだから、ソレを受け入れている。やりたくて金持ちやってるわけじゃない、というのが彼女らの意見であった。もとよし、本家とはいえ日本の本家なので権力はあっても実質動かせる金には限界がある。つまり、権力者の血族という意味でのみ強者でしかない。ソレはいつ何時崩れてもおかしくないような、足場に立っているようなものだった。
 結局、本家をでたら何も無いのだ。毎月振り込まれる金額は確かに他の学生より破額ではあるが、今までの生活を考えると二人にとってはジリ貧となんら変わらない。真衣は、通帳をみてため息をついた。少ない、少ないのだ。簡単に計算しても、新しい服もなにもかえないではないか。しかも、目の前では真希が新しい携帯を選んでいる。壊したのだから、弁償しろと家に着くなり荷物を置いて駅前に。自分の通帳と携帯の値段を見比べてはため息をつく。1円の携帯を勧めてみるが、かわいそうな人間を見る眼で見られた。その目をみて、真衣は又沈む。深海に沈んでいくイメージ。ついたため息は、深海の水よりも冷たいかもしれない。
 携帯を選んでいる真希をおいて、真衣は電気店の中に入ることにした。店に入ると、夏前だというのに強烈なクーラーの風が流れてくる。薄着だったことが悔やまれる、真衣はそのまま店内をみまわした。やっぱりMacだ、カワイイし。ディスプレイされているMacを撫でながら思う。白さがいい、つるつるなのもたまらない。
「いらっしゃいませー、何かお探しですか?」
 Macを撫でながら悦に浸っていた真衣に、店員が声をかけた。思考を中断させられ、憮然とした表情で真衣は振り向く。こういう量販店の店員というのは、何故こうも嫌なタイミングで表れるのだろうか、探してるときは忙しそうにするくせに。真衣は心の中で毒づく。
「あ、大丈夫ですから」
 そう言って、そそくさとその場をあとにせざるを得なかった。そのまま、階段を上っていく。周辺機器の階を通り過ぎ、PCパーツの階に。目的もないので、真衣はそのままパーツの階を回り始めた。パーツの階は客がほとんど男性で、真衣は浮いているが本人はコレといって気にした風ではない。颯爽と、パーツを見ては元に戻すを繰り返していた。と、店の奥にパーツが硝子ケースに入れられている一角を見つけた。とても高級そうな匂いに惹かれてふらふらとケースに向かう真衣。店内の放送で店のテーマソングが流れていてソレを無意識に覚え口ずさんでいることに気が付いていない。
 硝子ケースに並んでいるからといって、決して綺麗なものが並んでいるというわけではない。グラフィックボードと呼ばれる、金を出せば出すほど費用対効果をなくす代わりに自己満足と騒音が手に入る道楽商品が並んでいたりするのだ。もちろん、真衣がそれをみても詳しくはわからなかったがまぁ高い事と、うるさそうな事はわかった。
「ぐおおおっ!財布までが緊急警報」
 奇声のほうに目を向けると、ケースを覗き込みながら奇声を発している男がいた。財布を持ち、体をねじり、奇声を上げている男をみて真衣は後ずさる。これはまずい、本能が告げていた。たぶん、これが変態という奴だ。間違いない。身に危険が及ぶ前に逃げないと。
 引き返して階段をおりていく、エレベーターを待っている余裕はなかった。背中からは、まだ奇声が続いている。できるだけ目立たないように逃げないといけない。真衣は階段を静かに下っていった。途中、自分の家にもいるようなメイドがいたような気がするが、さすがにそれを確認する余裕はなかった。とりあえず、退屈するような街ではなさそうだ、本家のあたりより、全体的に店は一回りぐらい小さいがその分面白い事はあるかもしれない。店の前に陳列してある携帯のディスプレイと真希はまだにらめっこしていた。店員のお探しでしょうか攻撃を軽くいなしながら、手にとっては眺めている。
「真希、きまった?」
 姉の声に、真希は振り返る。手にはなにやら、新製品らしい携帯が握られていた。
「これにしようかな、でもあれもいいよね。色はどうしよう。やっぱ白かな」
 人が買うからといって、叫びたいのをこらえ真衣は拳を握り締める。と、視界のはしに先ほどの変態がうつった。階段を下りてきている、肩をおとし項垂れて降りる姿はまるで妖怪だ。すぐさま、階段の出口をみる。最悪なことに、出口からそのまま直線だとコチラにでてくるコースだ。真衣の頭にも緊急警報が鳴り響く。
「ねぇ、真希早くきめてかえろう」
「えー」
 不満の声をあげる真希をせっつく。横目に、変態の位置を確認。まだ大丈夫、いや、もう限界か。逃げないとまずい。真衣はあせりまくった。
「じゃぁ、コレにする。お姉ちゃん?」
 真衣は、変態男を凝視して妹の声に気が付かなかった。真希は姉の視線を追って、階段のほうを向く。
「あ、決まったの? んじゃ、かってくるね」
 そう言って携帯を受け取ったとき、真衣はみてしまった。真希が変態男を凝視している。このままでは妹まで毒牙にかかってしまう。蹴り飛ばせば逃げきれるだろうか、なんだか得たいの知れない恐怖はあるがたかが一般人ごとき吹き飛ばせないでなにが有賀か。真衣は体を沈め、跳躍体制にはいった。
A transformation is eliminated.
辺りは人通りが激しいが、階段を見ている人間もいない。なんとでもなるだろう。一気に息を吐き出して、跳躍。前に。
「あ、翔さん」
 背中に妹の声をきいた。翔? その声に、どんどん近づいてくる変態男が反応した。
「お、真希ちゃ ――― ヒュゴッ
勢いは止まらず、そのまま変態男の腹に真衣の足が突き刺さる。そしてそのまま吹き飛ばされていく翔、こと変態男。
「やっぱり、地球は回ってぇぇぇ ―――」
 変な叫び声と共に、路地裏に変態が転がっていった。


・三題話 第043話:周回
お題 :「火口」「再開」「五里霧中」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 夜の田舎町は、月明かりでは照らせないほどの闇を湛える。山の向こうの街明かりが月明かりを食いつくし、星の光を殺ぎ落としていく。たどりつくほどの光はなく、弱弱しく存在していることだけを伝える光がそらに漂っている。町の北側を横断する線路に続いて伸びている駅前商店街は営業している店もあるが、街によどむ闇を払拭するにはいたっていない。町を縦断する川は星空を映して光ってはいるが、それが道しるべになるほどではなかった。川が流れ込んでいる海の奥には、漁船らしき光がちらちらと見えている。水平線はその光で、ほんの少しだけその姿を見え隠れさせている。一時期あった新都市開発の再開の話もきかなくなった町は、この先も闇を湛えるダムのまま存在するだろう。
 それは、この街を捨てて他の街を生かすための計画。他の町に闇が溢れないように、一つの街が闇に消える。それは水を湛えるダムでもなんら変わりの無いことだ。違うところといえば、必要があってためておくのではなく、いらないのでそこに貯めてあるという意味合いの差ぐらいである。全国各地に点在する、こういった周りから追い出された闇を一ヶ所に貯めるためのダムは都市計画からはずされ、開発区画にならずただ朽ちるのを待つだけの街とされる。国から見離された街は五里霧中、行く先を見失って闇に沈む。
 その中でも、最大規模とされる都会の闇を一手に引き受ける街。その街を、有賀姉妹は見下ろしていた。街の中央にある病院、その上にある給水塔の上二人は街を静かに見下ろしている。山に周囲を囲まれた街はまるで火口のようにぽっかりと闇の口をあけている。風はよどみなくながれ、空には星空しかない。特に闇がわだかまっているからと言って暗い雰囲気はまったくない。人はとくに闇に負の感情を抱くが、実際は人々が想像するようなことはない。ただたまって静かに街を包んでいるのである。人々に、安らぎと静をあたえ、小さき光を目立たせる闇は物言わずただ街をつつんでいた。
「ねむ………本当に夢魔なんかいたわけ?」
 アクビをしながら真衣は妹に視線を向ける。吹き上げてきた風に髪が顔にかかった。真衣はわずらわしそうに払いながら、短くしようかなどと考える。
「嘘だったら、わざわざお姉ちゃんが借り出されることもないでしょ」
 半ば不貞腐れ、半ばあきれつつ真希は給水塔に腰掛けて答える。給水塔は真希の足でリズムを刻む。深く響くおと、水と鉄が奏でる静かな鐘の音が風にのって流れていく。少し湿気を乗せた空気が真衣の頬を掠めた。
「そういえば、変態………じゃなかった葉月さんは? 結構本気で蹴っちゃったんだけど」
「ん、翔さん? 血反吐、吐いてたけど普通にかえっていったよ。地動説を世に広めてくるとかなんとか言いながら」
 真希の声に一歩踏み出さなかったのが幸いしたのか、とりあえず生きてそうなので安心した。真衣は変態の事を思い出し、体中にたった鳥肌を無理やり押さえつける。ただ、この反応が通常ではないことは自分でもわかっているようでどうしても頭から離れないようだ。
「あー、暇〜。お姉ちゃん、一回りしてくるから時間はかってよ」
 そういうと、真希は立ち上がって屈伸をし始める。コースは目の前を流れる川をくだり海岸に、山裾に入る手前の家をまわって同じ場所に、最期に川を上りこの場所に。山裾は基本的に畑や田んぼなどで一番端の家がわかりやすくなっている。つけている時計をストップウォッチモードにして真衣は妹に合図を送った。
 真希は真衣とは違い綺麗な曲線を体重移動だけでこなす。まるで猫のような跳躍は真衣が真似しようとしてもできるものではない天からの贈り物だ。普通の家に生まれていれば、体操選手にでもなって日を浴びる存在になれただろうに。真衣は家の事を毒づきながら妹の後姿を見送った。すぐに見えなくなる後姿をそれでも辺りをつけて眺めていると、海岸近くで月の光を反射している何かが空に舞い上がった。多分硝子だ、溜まった闇を突き抜け、夜空に打ち上げられた硝子は星の様に輝き、存在をアピールしていた。その合図をみて、予測をつけながら真衣は街の外周に目をやる。と、外周で同じようなかけらが打ちあがった。それは真衣の予想を超えている。丁度電車が通るトンネルの辺りだ、もう少しかかると思ったが速くなったなと真衣は顔をほころばせた。そして程なく、海岸で欠片が空に打ちあがった。もうかえってくる、真衣はストップウォッチの停止ボタンに手を掛ける。土手で風を切る音が聞こえる。つづいて、壁に当たる軽い音。気をつけなければ聞き取れないほどだが確かに近づいてくる足音。
 給水塔が重い音を立てる。鉄と水が奏でる低く重い音が到着の合図だった。
Since it is night, it can become free.
真衣は止まったストップウォッチを覗き込む。
「はぁ………はぁっはぁっ、ど、 どうだった?」
 息も絶え絶えに真希も時計を覗き込んできた。示す数字は10:25.08。さすがに早くなっているなと、真衣は妹を見た。
「じゃぁ、次お姉ちゃんね〜」
「なっ?」
 と、真希は時計を奪い弄りだす。
「よーい、ドン!」
 告げられた、合図に仕方なくこたえる。軽くジャンプし、給水塔から飛び降りる。耳に届くのは風の音。体を振って頭を上に、手でスカートを押さえながら呼吸を整えた。軽く垂直の壁に足をつけて一気に蹴りだす。音すら後ろに置き去りに、景色が流れていく。真衣は一直線に土手に、そして音も立てずに川をくだっていった。海岸が見えてきた、砂浜なら遠慮なく蹴りだせる、真衣は近くに転がっている光りそうなものを拾い上げると一気に加速。伸ばした足は砂に届く、一気に体を屈めて方向を変える。ついでにほおり投げた欠片は一直線に空に伸びていった。拾い砂浜で一気に加速をつける、その速度は砂ですら十分な足場になっていた。勢いをつけて、電線に飛び上がった真衣は、一瞬足場を確認して飛び出した。風に揺れたのか、真衣が蹴りだした勢いで揺れたのか、ほんの少し電線が揺れていた。電線伝いに街の外周を飛び回る、トンネルの上をとおり、川の上流をまたぐ。何分たっただろうか、5分? それとも8分ぐらいか。まだ妹に負けてやるような自分ではない、というより、負けようとおもっても負けられない。多分普通に走り回っても10分をきってしまうだろう。真衣は顔を上げる。砂浜を眼下に一気にスパートする。川が流れ込んできている辺りの岩をみつけ足がかりに一気に蹴り上げる。体の血が慣性力で引きずられるのが判る。無理やりそれを押さえつけ、足を踏み出す。横にかかっていた慣性力を加速で無理やりに振りほどく。一歩、二歩、風より前に。病院が見えてきた、土手の硬そうな場所を見つけ一気に踏み込んだ。めり込む地面。地面を見下ろしながら真衣はスマートじゃないなと苦笑する。体は、反対に空をとび、風をきりねらいどおりに病院の給水塔に。足を伸ばして、音も立てずに着地した。
「ふー、何秒?」
 妹の目の前に着地して、真衣は尋ねる。
「ん〜っと、三秒、四秒………」
 沈黙が流れる。闇を湛えた街は静かに流れる時間に身を任せる。夜は静かで緊とした静寂に支配されている。
「あー、今始まったみたい、お姉ちゃんもう一周 ―――」
 月をバックに鬼が立っていた。


 
・三題話 第044話:追跡
お題 :「樹海」「継続」「以心伝心」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 夜明け。夜の終り。世界は常に終りを迎える。終りを重ねて先に進むのだ。断続しているように見える事象は、その実全てが繋がりをもち影響を及ぼしあっている。誰も彼もが孤独ではないのだ。だから、たとえ理からはずれて存在しているモノにも世界は寛容に手をつなごうとする。
 その昔、世界が差し伸べていた手を振り払った者がいる。そして、逃げ出したのだ、だから諦めていた。なのに待っていたのは世界の暖かい手だったのだ。その暖かい手に気が付いたのは振り払ったそのときだった。その者は涙する、今も己を包む世界の手に。
It is still gratitude for the ability being here.
 朝日は、夜の終りをつげ闇を強烈な勢いで振り払っていく。街は太陽が出る前のほんの少しの時間、青く染まる。マジックブルーの始まりだ。何処から降ってくるか判らない青い光が彼女を照らす。頬の雫を拭って、彼女は立ち上がる。海から風が吹きつけている、見上げた先では潮風に髪を揺らす姉妹が彼女を見下ろしていた。
「まさか本当にいるとはね」
「だからいったでしょう?」
 風に乗って届く声は何処までも軽い。そのやり取りに彼女はクスリと笑うと跳躍した。一瞬、彼女はまるで瞬間移動のごとく消え去る。次に現れたのは病院のうえ。
「観念なさい、埋めて潰して切り刻んであげる」
 真希は給水塔から飛び降りた。
「ずいぶんと猟奇的だね? そして、久しぶり。去年の夏休みの宿題は大丈夫だったかな? なんなだ、今年もどうかね?」
 その言葉に、真希の髪の毛が逆立っていく。
「まちなさい、真希。つれて帰るという話でしょ」
「ふむ、今の御楼のさしがねか」
 頷くと、彼女は一歩足を下げる。その動きに臨戦体制に入っていた真希が飛び出した。一瞬で詰まる間合い。風を切り裂く真希の足が彼女を襲う。瞬間、真衣が飛び出した。それは、人ならざる彼女目をもってしても、姉妹の以心伝心すらも飛び越えた速さだった。音よりも早く、心よりもはやく。真希の蹴りだした足は真衣の右腕に納まり、彼女が差し出した右腕は真衣の左足で止められていた。
「収めなさい、二人とも」
 紡いだ言葉のあとに、静かに給水塔が音を立てる。水の揺れる音。人在らざる彼女は目を見開く。見えなかったのだ。
「有賀の秘蔵っ子か」
 彼女は、笑うと飛び退る。もう、青い光は失われる。太陽が顔を出していた。太陽の光を浴びながら、真衣は彼女を見据えている。
「悪いけど、逃げさせてもらうよ」
 そう言って彼女は消えた。真希は首をめぐらせる。明るくなった街にもう彼女の気配は見つけられなかった。真衣はただ一点、駅の方を睨んでいる。
「真希、先に戻ってなさい」
 その言葉だけを残して、真衣も掻き消える。
 足音を消すほど真衣には余裕がなかった。それこそがむしゃらに走らなければ、夢魔には追いつけなかった。たとえ追いつけたとして無理やり連れて行けるかどうかもわからない。朝早く犬の散歩をしている人を下に、真衣は家の屋根を駆け抜ける。軽い屋根を叩く音を背中で聞く。視界に夢魔を見つけた。一直線に山に向かっているようだった。真衣は一気に差を詰めるべく大きくとんだ。着地点を確認して体を屈める。
 風の音が耳から消える。
 前に飛び上がるイメージ。
 アスファルトの感触がやわらかい。
 踏み込む。
 瞬間、視界が流れる。先ほどとは比べられないほどの加速。体中の血液を置いていくような感覚。目の前に夢魔を捕らえた。が、真衣の気配に気がついたのか夢魔は振り返った。
「ああ、こいつはこまったね。私は有賀の御楼なんかに会いたくないんだが」
「理由を。納得がいけば引きます。いかなければ、この場で磨り潰され引き裂かれつるされる覚悟をしなさい」
 立ち止まる夢魔。数歩をあけて真衣も近くに立ち止まる。
「君達姉妹は、Mかな? わたしはSじゃないので遠慮しておきたいところなんだけど」
 駅を越え、山が見えてきている。後ろで電車が止まる音が聞こえた。鉄の軋む音、こすれる音が響いてくる。
「理由を」
 無視して真衣は言う。その言葉に夢魔は少し不貞腐れながら答えた。
「めんどくさい、それだけだよ」
「引きずって連れて行きます」
 言葉と同時、真衣は飛び出した。飛び退る夢魔。そのまま山にむかって後退していく。朝が近い、辺りがまぶしくなってきた。まるで、樹海のように生い茂った山の木を巧みに使いながら真衣は夢魔を追う。葉が揺れることをいとわないその速度は、夢魔を確実に追い詰めていく。
「残念、私の勝ちだ。有賀」
 その言葉に真衣は疑問を覚え顔を上げた。瞬間。体中に衝撃が走った。まるで壁にぶつかったときのような衝撃。
「ッ………」
 予期しない衝撃に、真衣の体が止まった。空中に透明な壁でもあるのか、数メートルの高さから真衣はずりずりと空中を引きずって落ちてくる。
「まるで、かえるの死体のようだね、有賀」
 透明な壁の向こうで夢魔が笑う。体を壁につけながら、真衣は怒りに身を震わせていた。
「持つべきものは、友達ってね、助かったよ博士」
 落ち葉を踏む音、声に誘われて透明な壁の向こう木の陰から白衣が姿をあらわした。
「おいおい、有賀だなんてきいてないヨ。まぁ、ここは君の担当区画の外側だ恥じずに帰ったほウがいいね」
 言われて、膝立ちしていた真衣は辺りを見回す。確かに街全域であって街からはなれているここは区画外だ。それに、この変態博士にはかかわるのはまずいのは御楼からも聞かされている。
「それと、スカートは降ろしたほうがいいと思うんだけど、ドうかな?」
 言われて視線を下に降ろす。壁に引きづられ顔の下まで捲れあがっているスカートが目に映る。向こうは、透明な壁。
 山に悲鳴がとどろいた。


・三題話 第045話:朝食
お題 :「大空」「停止」「神出鬼没」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 真希は不機嫌だった。とりあえず、一人暮らしを満喫していたところに、姉が来るということは納得していた。それは仕方のないことだし、諦めていた。姉が来ることがわかってから、翔にできるだけ家にこないように説得するのにも時間がかかったし、真希は少なからず努力をしていた。まぁ、特に隠すようなことはなく、翔との関係は ―――
「だから、くるなつってるのに。なんでいるの!」
 ただの餌をあげる側と、食べさせてもらう側の関係である。もちろん、翔にも言い分があって ―――
「無断で人の食料を盗むような輩に言われる筋合いは、このカーペットのダニの糞ほどにもございませぬなぁ!」
 叩く手は、フローリングの床を鳴らす。もちろん、もう片方の手はパンをしっかりと握っている。辺りを見回してもカーペットはない。台所にあるマットとかのことだろうか、真希は思案するが、バカに付き合うほど今は余裕がなかった。それもそのはず、今日から家にいることになった姉はいいとして、
「むしろ、お前がなんでいるんだ! それとそこの博士風味! 誰!?」
 指を指されて夢魔と呼ばれていたムイはパンを喉に詰まらせる。博士風味と呼ばれたトシ博士は平然とお茶をのんでいる。姉は、夢魔を追っていったはずなのだが、真希は姉を睨む。
It cannot be convinced. He cannot understand. It cannot believed.
「お姉ちゃん」
 その声に、顔を一瞬でそらせた真衣。さすがにボロアパートではなく、高級マンションだけあってこれだけの人数を窮屈なく収容している。しかし、用意されたテーブルはどう見ても二人用のかわいらしいテーブルだったし。皿もニ、三人分ほどしか用意されていなかった。そこで、トースターをテーブルに置き、鍋敷きの上にのせたフライパンには目玉焼きを人数分。ポットと急須、それと牛乳が用意されている。問題は二人用の小さいテーブルに5人がひしめき合っているということか。一人立っている真希は、姉を見下ろしながら言う。
「説明を、要求してもよろしいかしら? おねぇさま?」
 今にも額から血が噴出すのではと思うほど引きつった笑みで、真希は姉に詰め寄る。
「お腹かから、定時連絡が! フィゴッ」
 真希の裏拳により、隣に座ってトーストをほお張っていた翔は自分の腰を支点に頭を床に打ち付けた。小気味よい音が響く。手をあげて発言するべきだったか、それとも頭と最期にサーをつけるべきだったか。翔は面白い痛みを発する頭をさすりながら考える。
「サー! お腹から、定時れンゴッ」
 床に転がったままの頭に、容赦のない真希の足が振り下ろされた。しっかり目は足の裏で塞がれている。
「おねぇさま?」
 目が笑っていない。真希は姉に詰め寄る。
「な、成り行きで………」
 目をそらす真衣。真希の足の下から軋む音が聞こえる。それは、床の軋みかそれとも骨の軋みだろうか。
「私から、話しテあげよう」
 お茶を飲んでいた博士が顔を上げた。
「その前の、紹介ガ遅れたね、私は有賀から街を買い取った都紙だ。以後よろしく。博士風味ではなくて、博士をやっテる」
 白衣の男は、そういいながら目礼する。
 有賀の分家が納めていたこの街は前に売ったという話は聞いていた。有賀は夜を守るために今もこの街に来ているが、当初そんなものはただの便宜上の決まりだった。夜を守り、権利を譲る、それで得た金は有賀の分家の懐に。こんな小さな街、有賀の分家にもなるとどうでもいいのだ。結局そのことが本家に知れ渡り、分家は完全に本家から切り離され、今は分家の尻拭いを一番近くにいた本家から真希がきて担当することになった。そして、話は本物の夢魔が確認されて急展開する。本家に流れた夢魔発見の知らせは御楼の知るところとなり、御楼自ら指揮をとることになった。もとより、夢魔を狩る家柄ではない有賀は現在ノウハウすらない状態で、神出鬼没の夢魔を探しているところなのだ。本来、夢魔を狩っていた家はもう廃れ、権力と金、そして心だけが残るただの人になり下がっていた。だから、有賀が夜を守るのはただの代わりであって形式的なものだった。しかし、有賀が選ばれたのには他に理由がある。御柱四家のうち過去の力をいまだ受け継いでいるのは有賀と、もう一家だけになってしまっている。そこで、有羽は慣習をバカらしいとも思いつつ、己等の家の権力と金のためにしかたなく慣習を貫くためだけに夜を守っている。
「つづけテいいかね? 私とムイくんは、そこの彼女。真衣君に呼ばれて来たのだよ」
 そう言って、顎で真衣を指す博士。
「私が聞いているのは、どうして呼ばれたかであって、誰に呼ばれたかじゃないの。判る? 博士風味」
「フム、それは本人かラ聞くべきだね?」
「あんたが、話に割り込んできたんじゃ!」
 真希の叫び声とともに、床が軋みをあげる。いや、床であると信じておきたい。
「いろいろ、あったの。べ、別にいいじゃない朝ご飯ぐらい。大勢で食べたほうが美味しいでしょう?」
 真衣の目は誰の目からみても泳いでいた。真希は真衣に詰め寄り、質問を繰り返す。
「………!」
「………」
 しどろもどろになりながら返答する真衣を尻目に、博士は一枚の写真を懐から取り出す。
「翔くんといったね、此れを買わナいかね?」
 口論の集中するあまり、翔を押さえつけていた真希の足は外れていた。無言で男の秘境を見上げていた翔が、博士のほうを向く。
「ん、なんすか? 秘境探検中なんですが」
「この写真なんだがね、レアだとおもうが。一枚1万でどうかね?」
「うお! 全米が屈んだ! じゃない、買う買う、ちょっとまってくれ!」
 写真を見た瞬間、翔は跳ね起きる。すぐさま財布を取り出し中身を確認する翔。
「一万円っすねぇ、ホイ!」
「うん、確カに。毎度あり」
 写真を受け取った翔はそれを懐にしまおうとする。
「だからお姉ちゃんは! ん?」
 口論をしていた真希がそれに気がつく。気が付いた真希に気が付く翔。無言で視線が交差する。停止する時間。そして、真衣も気がつく。
「あーー!!」
「なっ、お姉ちゃんこれ………」
 今朝、博士に取られた写真をみつけ、真衣は手を伸ばす。
 支えのためについた手は、トースターを横倒しにする。
 二枚目のパンを取ろうとテーブルにムイは乗り出していた。
 タイミングよく、焼きあがったトーストが飛び出す。
 弾き飛ばされた勢いもあり、焼きたてのトーストはムイの顔に飛んでいく。
 真衣の伸ばした手は、翔が持っている写真を掴み取る。
 撮られまいと手をひく翔。
 真希も写真に手を伸ばし、それを掴む。
 三人に引っ張られた写真は無残にも切れ目を入れていく。
 ムイは一人トーストの熱さに飛び上がっていた。
 千切れとぶ写真。
「あーーーーーーーーーーーー!!」
 大空に、4人の叫び声が響き渡った。


・三題話 第046話:感傷
お題 :「砂漠」「開始」「絶体絶命」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 嵐のような時間というのは、時間と体力を思わぬほど持っていくものだ。翔が大学に行くのを見送ってから、疲れがどっとでた。真衣は、這う這うの体で知人に代返を頼みそのまま倒れこむ。大学生はここが便利だなぁと一人ごちる。真希はというと、しれっと学校に休暇連絡を入れていた。視線を少しあげると、あいかわらず、テーブルでお茶をすする博士と、横でパンを一人食べている夢魔がいた。その光景にまた疲れが体にのしかかってくるのを真衣は感じた。
「ムイくん、それでもやはり有賀の御楼には会いに行ったほうがいイとおもうのだけど?」
 先ほどから、博士はなんの気の迷いかムイに説得を試みている。
「お断り。大体私は人を食っていないし潔白を他人に認めてもらう必要性も感じ無い」
 真衣は二人のやり取りに耳を傾けていた。それにしても体がだるい、と真衣は体を伸ばす。
「せっかくこの世と関係があるといウのに、自分から関係を断つことはないだろう?」
「拒むのも関係のうち。それに拒んでいればこの姉妹とは関係が保たれる」
 自分の言葉にムイは一人満足そうに笑いを漏らす。徹夜で削った睡眠時間は授業中に取り戻すつもりだったが、代返をたのみこうして寝転がっていると眠気が襲ってくる。
「屁理屈が好きなのは、昔かラだね。まぁ、君が人を食わないのは私が証言してもいいんだけど。有賀とは仲が悪くてね」
「街の買い戻しは断り続けているんだろ? そりゃ仲もわるくなる」
「いまの有賀には夜を守れるほドの力はないからね、プライドが高いのは悪いことではないのだがね」
 博士はため息混じりに言葉を吐き出した。真衣はもう目を閉じて夢の世界に旅立とうとしていた。真希はというと、自分の部屋に引っ込んでしまった。あれほど夢魔を捕まえると意気込んでいたのにもかかわらず。
「そういや、あの透明なバリアなんていつ作ったんだ?」
「あれは、そんな高尚なものじゃナい。ただの強化プラスチックだ」
 その言葉に、ムイは首をかしげる。今朝ムイを通し真衣を止めたものがにわかにプラスチックといわれても信じられない。平気で衛星上レーザー砲などを作るような人間だバリアのほうが幾分納得もいく。
「君が通ったあとにプラスチックを置いただけだよ。そんナに不思議そうな顔をするな」
「はぁ? あの速度で? 私は全くきがつかなかった。嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくんだな」
「君と真衣君の到達時間差は0.5秒もあった。ユキさんなら、なンら問題はない時間だね」
 ムイはユキという博士のメイドロボの事を思い出してやっと納得がいったようだった。機械なので気配が無いのも頷ける。
「しかし、そんな陳腐なトリックに有賀の秘蔵っ子が引っ掛かるとはね」
 そういって、ムイはテーブルの近くで大の字で寝ている真衣をみる。
「君たちの移動速度には絶対的な欠点がある。人間の反射速度をこえているんだ。だから、同じレベルまたはそれ以上の速度の物体に反応できない。もちろん、目標物は見えているのだけど意識外の………つまり予想できないイキナリの自体には反応できないんだよ。まぁ、あの速度で移動する移動物体は彼女等の人生では遭遇したことすらないから気が付いてもいないだろうけどね」
「よし、三言で話せ」
「速い、絶体絶命、大ピンチ」
「大体わかった」
 それなラいいと博士は頷く。真希が消えた部屋から目覚し時計が響いた。たぶん、予定では明け方から今まで寝ていたのだろう。悪いことをした、とムイは真衣の髪の毛を撫でる。
Just because it turns out that it is conflicting.
「本来なら、有羽のあの子に追われていただろうに」
「なンだ、気が付いていたのか」
「有羽は目を見るだけで判る。もう力はないみたいだけど」
「もう、あのころの御柱四家はのこっていないよ、そういウ時代だからね」
 真希の部屋から、何かが飛んでいく音とつぶれる音が聞こえた。
「この街並みは残ってる、それでも森が砂漠に変わるぐらい時間はたったのか」
「先頭にたっテ、移り行く世界を作っている科学者の私が言うことでもないが。さびしいことではあるね?」
 冷めたお茶を博士は啜る。BGMは登校する学生の声と有賀姉妹の寝息だ。ムイをみて、真衣をみて博士は嘆息する。このままであるのなら、どれほど幸せだろうか、しかし時間はたっていくのだ。
「そろそろ、逃げるとするよ。今の有賀の御楼には会いたくないからね」
 そう言ってムイは立ち上がった。
「ムイ、君は逃げつづけルのかね?」
「いざとなれば、向かい合う。私も生きることに必死だから」
 ムイは振り向かない、静かに玄関に向かい歩いていく。
「その言葉、是非忘れないで貰いたいとコろだね」
 博士は、一口お茶をすすった。冷めたお茶が喉に染み込んでいく。



 学生が登校する時間はとっくに過ぎ。会社に向かうサラリーマンの姿もなくなった。昼がすぎ、買出しに外に出る主婦が外を歩き回るまで街はほとんど人通りが無くなる。ときおり、主婦の井戸端会議が行われていたり、フリーターがバイトに向かう姿が見かけられる。しかし、それでも街は静かだった。マンションといっても、高層マンションではないこのマンションからみれる街並みは高が知れているもので、面白みに欠けている。玄関を空けたムイは少しの間その街並みをみて部屋をでた。
「まったく、君たちは実直すぎなんだ」
 ため息をついてムイは立ち止まった。
「すまない………」
 背中から聞こえるつぶやきは、いったい誰に謝ったのだろうか。家族、それとも友人だろうか、それとも大切な人だろうか。正直に生きる不器用な男にムイは言葉をなげかける。
「動くな、動けは開始の合図と見なす」
 ムイの言葉に後ろで一瞬ためらうような息が聞こえてきた。何も君まで正直である必要は無い、ムイは足を進めようとした。
「俺は………嘘をつくほど器用じゃねぇんだ」
 踏み出す音が廊下に響いた。綺麗な青空だ、ムイは空を見上げた。夏の到来を告げるような真っ青で魂が抜けそうな青空。巨大な入道雲が一つ真っ白に輝いている。息を吸い込むとムイは振り返る、思いに答えるように。
「必死なんだな、お前も。そして私もだ」
 拳が激突する音が静かな街に響いた。


・三題話 第047話:決心
お題 :「山脈」「直進」「臨機応変」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 葉月 翔は恐怖していた。一秒だってその場に居たくなかった。真希とは一年近くの付き合いだからもう気にするほどではないのだが、真希の姉である真衣を見たときは正直彼は腰を抜かしそうになっていた。真希が判らないのは姉妹だからだろうし、他の二人はもっと別格だ。一般人でしかない翔は、真衣の目を見ただけで心臓をつかまれるような恐怖を覚えていた。しかし、それは人間相手の感情であっただけ、まだましだったのかもしれない。
 問題は真衣がつれてきた女だった。翔は、軽い気持ちで真希の姉を見に来たことを後悔した。名前はムイ。しかし、翔のなかでのソレは夢魔。人の夢を糧に存在する悪魔。翔は詳しいことを聞いていたわけではなかった、夢を喰うといわれてもよく判らなかった。人が人であるための魂みたいなものを食べるのだといわれても、ピンとこなかった。だから、どうせそんなものは居ないと高をくくっていたし、鉢合わせても自分は有羽だという根拠の無い余裕を感じていたものだった。たとえ、有羽の家をでたとしても自分は特別だと心のどこかで思っていた。
 そして、今日。翔は、その認識が甘かったことを思い知らされることとなった。目の前に、銃口を突きつけられたような恐怖、そんな陳腐な恐怖ではない。死の恐怖ですらなかった、その恐怖は死ぬほうがマシとも思えるほどの重圧で翔を押しつぶしてくる。腹が何も無い闇に落ちていくような恐怖、あまりの恐怖に汗が噴出し、呼吸すら忘れていた。それでも翔が平然としゃべり、笑えたのは横にいた真希のおかげだった。だけれども、翔は出されたパンを飲み込むことはできなかったし、始終膝が震えていた。だから、翔は逃げ出した。
「んじゃ、大学あるからいくわ」
 玄関をでて、その場に座り込む。もう一歩も歩けないと思った。マンションの廊下、真希の家の前でへたり込んだ翔は空を見上げる。背中には、丁度真希の部屋の窓があった。空は綺麗な青空で遠くには街を囲む山脈が見え隠れしている。有羽の家をでた翔は今までの生活に満足していた。有羽の家は有数の資産家という位置付けで世間に認知されている通り、分家にもなると、相続や当主の取り合いでごった返していた。本家は、昔からの有羽を貫きとおしてはいる。けれどそれだって、分家に常に圧力をかけられつつギリギリといった状況だ。長男でない翔はこれぞとばかりに、家を飛び出し有羽の権力の及ばない遠くの親戚の家に逃げ出した。手を貸したのは分家の羽村家、本家の直系が一人いなくなるのだ、それはもう喜び勇んで手続きしてくれた。今でも、あの下卑た笑いをみて翔は吐き気を覚える。
 そして、有羽のもう一つの側面を思い出す。御柱四家の一つに数えられる有羽は、本来夢魔を狩るために存在していた。しかし、その力も技ももはや残ってはいない、あるのは有羽の心意気。人が人を守るために必要な、前に立つための。盾になる為の、そして剣になる為の心そのものだ。しかし、そんな一銭にもならないものはもはやこの時代には必要がなかった。分家の動きを見れば一目瞭然、本家はあまりに不器用で実直すぎたのだ。時代の流れに臨機応変に対応できなかった有羽は、御柱四家のなかで一番崩れ落ちそうな家に成り下がっていた。
「まいった………」
 いま、夢魔を狩るのは有賀の役目ではある。そんなこと百も承知だった。けれど、有羽に残った心意気は震える膝を抱えて逃げることを否定し、力の無い拳を握り締めさせた。
 翔は空を見上げる、入道雲が一つでていた。一人嘆息する。逃げればいいのはわかっていた、自分では手におえないのも判っていた、けれど心はソレを許さなかった。と、背中のほうで扉が開く音が聞こえた。玄関ではない、真希の部屋の扉だ。
「あんた、なんでそんなとこに」
 シェルエットだけで、判ったのかとおもったら窓が開いていた。それにしてもいつもの真希の声の調子じゃない。
「ほっとけ」
「やめときなよ、私は………あんたを」
 声は途切れ途切れ。不思議におもって、翔は立ち上がり振り返る。
「やられた、睡眠薬だ。あのモジャモジャ博士め………翔、逃げなさい」
 ベットに飛び込む音が聞こえた。膝が震えていた、息もままならない。
「何もしなくていい………貴方は普通の人だから。判ったら大学いけ………バカ」
「本来は、有羽が ―――
つぶやいた翔の声をさえぎって、真希は叫ぶ。
「家とか、役目とかどうだっていいの! もう………お願いだから」
 声といっしょに、何かが窓に飛んでくる。視線を戻すと、もう真希は寝息を立てていた。真希の手には、翔があげたぬいぐるみが握られている。どちらかというと、奪われたのだが。
 気が付けば、呼吸は落ち着いていた。拳を握れば、しっかりと指が動く。いけるかもしれないと思った瞬間、扉が開く音が聞こえてきた。今度は間違いなく玄関だ。ゆっくりと、夢魔が廊下に姿をあらわした。翔には目もくれず廊下に出る夢魔。それを追うように翔は歩き出す。
「まったく、君たちは実直すぎなんだ」
 立ち止まり、夢魔はため息をついた。その言葉は、翔の心臓を抉る。膝は震えていた、動悸が激しくなる。それでも、拳を固めて翔はつぶやいた。
「すまない………」
 A lie cannot be told to the heart.
俺は、どうしたらいいのか。もう後戻りはできない。翔は顔を上げる。
「動くな、動けは開始の合図と見なす」
 殺気を含んだ言葉に、涙が出そうだった。なきながら、這いつくばって逃げれば許してもらえるだろうか。ぐらりと、視界が歪む錯覚に襲われる。歪んだ視界の中で、それでも翔は拳を握る。横に目をやると、真希が寝ている。どうしてこんなことになったんだろうか、翔はもしかしたらもう二度とみれない真希の寝顔を焼き付けるように見る。視界に光るモノがうつった。涙? 雲で陰っていた部屋に光が差し込んだのか、真希の頬が光を反射していた。もう、膝は震えてなかった。しっかりと前を向いてつぶやく。心に従って動く体は、まるで別物の様に軽かった。
「俺は………嘘をつくほど器用じゃねぇんだ」
 飛び出す、喧嘩すらしたことがない翔が突き出した拳は、それでも一直線に夢魔の顔に吸い込まれていく。廊下に、拳が激突する音が響いた。
「どうした、有羽の人間。拳の握り方も忘れたか」
 夢魔に直進した拳は、そのまま夢魔の顔に吸い込まれたはずだった。いや、確かに拳は顔面に到達している。が、夢魔は微動だにしていなかった。
「精神論で、何とかなるとでも思ったか? 恐れず向かってきたことは誉めてあげるよ」
 いきなり、腕をつかまれる。とおもった瞬間、翔の視界は回転する。世界がひっくり返った。疑問を感じた瞬間、体は廊下にたたきつけられていた。鈍い音が、体中を走る。
「ぐっ、がはっ」
「受身さえ取れない君が、一体何をするというんだ」
 もう一度、体が宙に浮く。つかまれている右腕は、悲鳴をあげ続けていた。背中も痛いが、体を支えることが出来ていない肩が破裂しそうだった。二度目の衝撃、体がバラバラになったような感覚に翔は息すらできないでいた。
「残念ながら、都合のいいことはおこらない。すぐ死ぬか、命乞いをして死ぬか。選べ」
 体中の痛みのなかで、見上げた夢魔の顔はとても悲しげだった。けれど、疑問はそのまま押し込める。体は、心の通りに。ポケットの中にあった原付の鍵を取り出す。左手もほとんど言うことを聞かない。それでも無理やり左手をつかまれている手に突き刺した。それは、ほとんど一瞬のこと。夢魔の手にソレはささった。想像しえない反撃に、夢魔は飛び退る。自由になった右手を回して翔は立ち上がる。痛みで目がさめた。
「最期まで、抵抗する。お前の最期まで!」
 左手には鍵。右手は使い物にもならない、それでも翔は間合いを一気に詰める。
「役割というのは、やっかいなモノだね。私は悪役、彼は正義の味方と言ったところかな? 全く、有羽は酷い物だけ残したものだ」
 距離にして、5歩。体中が痛かった、でも何処も壊れていない。力いっぱい足を踏み出して跳躍、翔は左手を振り上げた。
「酷い物、それだけあれば十分なんだよ!」
 


・三題話 第048話:終了
お題 :「草原」「歪曲」「一騎当千」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 どうして、こんなことになったのだろうか?
 結果はわかっている。けれど、心には背けなかった。
 どうして、こんなことになったのか?
 止めたかった、だが止まらないと知っていた。
 
 だから、拳を振り上げた。

 何もしてこなかったひ弱なこの体が、言うことを聞いてくれている。まだ、やれる。いや、やらねばいけないと体も言っているのだ。拳銃があれば、結果は変わっただろうか? ナイフがあれば、結果は変わっただろうか? それとも戦車か? なんならミサイルでもいい。そんなもので目の前のコイツが倒せるなら、世界はもっとコイツに優しかったハズだ。コイツは誰も殺してないんじゃないか? 疑問は、とっくに俺のなかで確信に変わっていた。判っていた、けれど振り上げた拳を下ろすことは出来ない。俺は有羽でコイツは夢魔だから。
 もう、右目は見えていない。耳も片方耳鳴りだけで外の音が聞こえない。右手は肩から先の感覚がない。呼吸するたびにアバラが叫ぶ。左足首は、なんか変な方向に曲がってる気がする。膝は両足とも震えがとまらない。背骨が軋みをあげる。口は閉まらない、鼻水と涙で息が苦しい。自分の呼吸だけが聞こえる。なんだか、あんなに明るかったはずの世界が暗く感じる。おまけに、寒い。左手だけは無事だ、まだ力が入る。握り締めたのは原付の鍵。
「もうやめろ。くだらない思いだけで命をすてるな」
 どうして、コイツは俺を殺さない? 何度も俺を諦めさせようとする?
「手を振り上げろ夢魔………俺も、お前もやるべきことをやるだけだ」
 俺の言葉に、夢魔が泣きそうな顔になる。こんなやつが、人を喰ってまで生きるはずが無い。
「翔………」
 引きずられるような、言葉に鍵を落としそうになる。無理やり足に力を。本家においてきた弟と兄の顔が思い出された。左手に力が戻る。
「俺は………有羽だっ! 夢魔ああぁぁぁああぁぁ」
 渾身の力で飛び込んでいく。ヒットポイントは真っ赤で、超必殺技が打てるに違いない。コマンドは多分ニ回転。俺は正義の味方で、夢魔は倒すべき世界の敵。俺は一騎当千の力で、夢魔は悪魔の手下を引き連れて。フィナーレは俺と夢魔が一対一で勝負。正義の味方は世界をまもって、世界の敵は己の心に忠実に。おや、正義の味方はいるのに世界の味方は何処にいるのか? 心に忠実なのは俺じゃないか? もう判らない。ああ、ケツが痛い。チクショウ。

 気が付けば、風が吹いていた。夏の到来を告げる湿気を含んだ風に意識が戻された。喉が痛い。ああ、夢魔に殴られたのか。声は出せそうにない。呼吸だって、激痛が伴ってままならない。見上げると、夢魔が見下ろしていた。耳の調子が治っている、風の音が聞こえた。夢魔のつぶやきも聞こえる。
「当分動けないが我慢しろ。鍛えなおして又来るがいい。有羽。気概は見せてもらった」
 そう言って、立ち去ろうとする夢魔。体は動かそうにも動かない。視線だけで、夢魔を追う。
あ、後少しで秘境が。いや、違う。そんな場合じゃ ―――
 扉の開く音に視線を向けるがよく見えない、多分真希の家の方だ。風に草原の匂いが乗ってくる、この匂いは真希だ、真希が家から出てきたのだ。間違いない。
「翔!」
 足音が近づいてくる、だが俺は声が出せない。すぐさま足音は俺の横にたどり着いた。真希が覗き込んでいる。もう、薬が切れるほど俺は夢魔と戦ってたのだろうか。口に手が当てられる。呼吸でも確認しているのだろうか。
「………夢魔。貴様生きて帰れると思うな」
 その言葉は、辺りの空気を凍りつかせた。俺に向けられていないのに、殺気が体中を抉り出すような感覚に吐き気を覚える。とイキナリ抱き上げられた。廊下の壁に寄りかからされる。視界の中の真希の顔はいつもどおりだった。しかし、素人の俺にまで伝わるほど殺気は隠せていなかった。まるで、真希の向こうが歪曲して見えるかの様な殺気。
「………」
 夢魔は立ち止まって、静かに真希を見ている。違う、俺は真希に伝えなければいけない。夢魔は悪くない。なのに、この体はもう言うことを聞かなかった。か細く息をすい、目だけを彼女等に向けて、ただ静かに見守るしか術がなかった。
He understands. However, it cannot allow.
 一瞬真希の姿がぶれたと思った瞬間。真希が振り回した足は、夢魔の顔前まで到達していた。こともなげにブロックしている夢魔。が、次の瞬間とんでもないことが起こった。
「あぁぁぁあああぁぁぁ!!」
 無理やり振り切られる蹴り足。夢魔はブロックした腕ごと廊下の奥に吹っ飛んでいた。バカ力だと思っていたが、間違いなかったようだ。今度の誕生日はちゃんとプレゼントを買わせていただきます。瞬間、鈍い音が廊下に響いた。そして俺の横を何かがよぎる。真希が居た場所には、夢魔が立っていた。逆側から聞こえる激突音。真希が吹き飛ばされていた。人間は、あんなに飛ぶのか。現実離れしすぎた攻防に常識がぐらつく。つーか、真希は大丈夫なのだろうか、俺なら絶対死んでる。特に、ゲームとか漫画みたいに、突き当たりの壁にはヒビが入ったような感じはしない。ただ、薄い埃が舞い上がっているのみだ。よく見れば、真希が壁に両手両足をついていた。あれが受身? 獣じみた格好の真希は壁に張り付いて夢魔を睨んでいる。真希さんワイルドですね? 夢魔のほうが優しい気がしてなりません。真希を吹き飛ばした張本人は、無言で真希を睨んでいる。なぜ、弁明しないのだろう。俺がこんな怪我をしたのは、俺が望んだからだ。夢魔は逃げようと思えば逃げられたのにソレをしなかった。俺に付き合ってくれたのだ。なのに、こうしていわれの無い罪をかぶせられている。弁明は無駄だと諦めているのか、それともこれが夢魔の役目だからか。
「ここで滅びろ」
 つぶやいた真希の声が、埃の匂いと一緒に流れてくる。その瞬間、埃は廊下から追い出された。気が付いたときには、二人は激突している。
 とんでもない速度で応酬が始まる。しばらくして、真希の拳が夢魔を吹き飛ばした。追撃する真希。と、一際でかい衝撃音が廊下を覆い潰す。俺の横を真希が吹き飛んでいった。逆側から声がする。
「呼吸の乱れた拳が、私に届くと思ってるのか。なめられたものだね」
 全くの無傷で夢魔が立っていた。
「悪いが、有羽のように手加減はしない」
 言葉端に、泣きそうな声が聞こえたのはどうしてだろうか。どうしてこんなことになったんだろうか。なんだか、大きな流れが夢魔を追い出そうとしてるような、納得のいかない展開だ。ふと、夢魔の様子が変わった。表情を躊躇いから、諦めに。なにか得体の知れない空気の流れが廊下に充満してくる。
「翔の様にはいかない。四肢を潰さないと君は諦めないだろうね」
 つぶやきに混じっているのは、諦めのため息。廊下の向こうで倒れている真希が叫んだ。
「貴様が、翔の名前を呼ぶなぁぁぁああぁ!」
 跳躍が音になる。家三件分を一歩で、あと数歩でぶつかり合う距離。
 夢魔を見ると体中になにやら模様みたいなものが浮いていた。体中がまずいと叫びだす。あれはやばい。体中に鳥肌がたっていく。
 ――― アレはまずい ―――
 目の前で、本当に光が集まるという文字通りの現象を見ても、そんなことは驚きですらなかった。真希を止めろ。体中が叫んでいる。もう十分休んだじゃないか、もう体ぐらい動かしたらどうなんだ。心が叫んでいる。そして、そのあせりの中で夢魔が人殺しをするはまずいと感じた。なぜだろうか、真希が死ぬのと同じぐらい夢魔が人を殺すのがいけないと感じた。有羽の御楼にきいた昔話みたいに、有羽の血がほしかった。叶わない願いほど、狂おしいほど欲しくなる。
 真希の二歩目。もうすぐそこに真希が飛び込んでくる。手に入らない力に望みを託すほど俺は悠長じゃない。
 ――― 飛び出せ ―――
 体が、嘘の様に動いた。始めにきた衝撃は、真希が胸にあたる衝撃。肺から全ての空気が無くなる。背中に熱を感じた。いや、これは冷気だろうか。なにか全てをこそぎ落とすような力。それは、熱でも風でも衝撃でもない。まるで、砂の城が波で崩れていくように、世界が崩れていく感覚。ソレを背中に感じながら、俺は真希に押されてソレに近づいて吹き飛んでいた。足を突っ張る。真希を後ろから迫るソレの軌道からずらそうとしたが、あまりの速度に体がついてきていない。だから
「すまん………」
 真希に覆い被さるように抱きしめた。
背中に、世界が崩れ去る音を聞きながら。


・三題話 第049話:謝罪
お題 :「大河」「拡散」「勧善懲悪」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昼の日中、街に闇が下りた。光を抉るように舞い降りた闇は黒い柱の様に街に突き刺さっている。音はなく、細い柱はほんの一瞬で消え去り誰にも気づかれず消え去った。闇の柱の中心に立っているのは夢魔。闇の流は大河のごとく空から流れ落ちている。幅は大人が三人ぐらいで手を回せば回ってしまうほどだろうか。その柱の中だけは、まるで夜中の様に真っ暗だった。夢魔が立つ足元には一組の男女が倒れている。程なく闇の柱は細くなり、夢魔を中心にして消えていった。夢魔の体中に浮き出ていた模様は闇の柱と同時に消えていく。全ては元通り、光が差し込んだ廊下には夢魔が一人立ち尽くしていた。
 扉が開く音と共に、息を呑む音が聞こえた。そのほうに夢魔が顔を向けるとそこには、真衣が立っている。
「ムイ。貴方、話が違うけど? 人は食べないといっていなかった?」
 その声は静かで、平坦だった。静かに真衣はムイを睨んでいる。
「弁解はしない」
「なら、死ね」
 声と同時、真衣はその場から消えた。
 鈍い音と共に、ムイが吹き飛ぶ。ムイが居た場所に真衣が魔法の様に現れた。髪と服だけが彼女の動きを残している。風すら起こらない。髪と服が戻るそのときに、ほんの少し風を纏っただけだった。おもむろに、真衣は携帯を取り出し電話をする。
「用意なさい、浅生。捕獲は不可能、殲滅に入ります」
 電話の向こうから、短く了解の言葉が聞こえる。携帯をしまい、真衣はマンションを飛び降りる。ムイ落ちた先でマンションを見上げ、真衣が来るのをまっていた。
「まったく、蹴り一つで腕一本か。昔の浅羽よりすごいんじゃないかな?」
 ムイの左腕は関節の無いところから、曲がっていた。マンションの下は、ちょっとした広場になっている。だが、残念ながら子供が遊べるような場所にはなりえていない。塀があり、放置自転車が隅に何台も並べられている。人が通るには広すぎるが、遊ぶには狭すぎた。ムイの目の前に真衣が下りてきた。相変わらず、音すら立てない。
 二人は静かに見つめあう。瞬間、真衣はその場から掻き消えた。次に響くのは強烈な破砕音だった。地面が抉れる。ムイが居た場所を正確に破壊したのは、真衣の足だった。ムイは、その場から飛びのいている。ソレを認めると真衣はまた掻き消える。舞い上がった埃が、真衣の軌跡を控えめに伝えていた。
「人間の社会には、裁判とかあるとおもうんだけどねっ」
 飛びのいたムイの顔のあたりに真衣の足が伸びる。
Nobody wishes. Nobody can escape.
「人間でないものに必要はありません」
 ムイの反撃の拳は、直接真衣の足によって叩き落される。そのまま真衣は一回転、勢いをつけてムイに裏拳を叩き込んだ。
「勧善懲悪かい、こわいこわい。自分が正義だと決め付けてるのはどうなんだ?」
「人を喰うものが、人の味方のわけがない」
 爆音、何度も抉れる地面からは土煙が絶えず上がる。これだけの音がなっても、マンションの住民は一人として下を覗きにはきていなかった。
「私も、これ以上疲れると人を喰わざるを得ないな………」
 ムイはそういうと、一気に飛び上がった。土煙の尾を引いて一気にマンションの屋上に。真衣がソレを追う。
 屋上は広く、街が見渡せた。少し遠目に病院が見える。対峙する二人をよそに、街はいつもの日々を繰り返していた。走る電車、子供の笑い声。光に満ちた街には田舎といえども、活気で満ち溢れていた。ムイは深呼吸する。左腕は気がつくと元通りになっていた。
「悪いけど、私も死ぬのはいやなのでね」
 ムイがつぶやいた言葉は、呪いのように辺りに浸透する。空気が凍える。真衣は寒さで体に鳥肌が立ったことに気が付いた。風もなくなっている。むしろ音すら聞こえない。ムイを見ると、体中に模様のようなものが浮き上がっていた。光るのではなく、深淵の闇の様に辺りの光すら吸収しているようだった。ソレを睨みながら、真衣はつぶやいた。
「浅生、やれ」
  瞬間、一筋の光がムイに向かって伸びる。一拍をおいて、入道雲が吹き飛んだ。上空を飛ぶ戦闘機からの狙撃だった。ただ一つ、空気が蒸発するような音を立てて光はムイに降り注ぐ。
 夢魔は伝承に登場するような吸血鬼などと違い再生種ではない。本来は、人に寄生し、宿主の人間が死ねば夢魔は霧散するような弱い存在だ。当初ムイの発見から通常の対処法が取られていたが、それはムイが寄生した夢魔ではなかったため全くの徒労におわった。ムイの様に単体で実体化している夢魔は物理的な攻撃に意味が無い。それこそ立体映像相手に拳を振り上げているだけなのだ。単体で存在する夢魔相手には、存在自体に干渉しうるほどの高出力が必要だった。昔の有羽にはそれがあったが、もうその力はこの世に存在していない。有賀はソレを科学だけで作り上げたのだ。
 空気が焼け焦げる音に続いて、辺りが光に包まれる。
「貴方と食べた朝食は楽しかった。さようなら、ムイ」
 ため息をつき、真衣はマンションの屋上から去ろうとした。背をむけ歩き出す。と、真衣の目の前に白衣の男が立っていた。部屋に居たはずの博士だ。
「残念ながら、有賀のシステムは掌握しているんデね」
 掌に、拳台のスイッチが握られていた。チープなそのデザインとは裏腹に、そのボタンの威力は十分だった。目の前でボタンが押される。瞬間、空から降り注いでいた光は一瞬で拡散あうる。
「なっ、いつのまに………」
「ン、それはね」
 博士は意地の悪い笑みを浮かべる。
『こんなこともあろうかと』
背中と眼前でその声は響いた。真衣は振り返る。
「だが、残念ながら間に合わなかった。君の勝利とでもいうのかな? 真衣」
 ムイの体の半分が色を失っている。ソレは、まるでモニターの向こう側のように存在感がなくただめで見えるだけの体と化している。
「放って置けば、私はこのまま消える。ただし、放って置いたら私は人を喰うかもしれないがね?」
 笑いながらムイは言う。膝をついて、苦しそうにしている、残っているほうの肩を上下させムイは真衣を見ていた。
「安心して、消え去る最期まで見届けさせてもらうから」
 そりゃ、ありがたい。ムイは力なく笑った。真衣はわかっていた、ムイは人を食べたりしていない。たぶん妹も有羽も自分からつっかかっていったのだろう。攻撃されれば仕返しが来るのは当然だ。かといって、自分の一存でムイを逃がすわけにはいかなかった。常時、浅生には監視されていたであろうし、御楼の命に背いて行動して無事ですむ保証はなかった。教えと、家の決まりと己の保身だけで、真衣は目の前の夢魔を殺そうとしている。だから、目はそらさなかった。これは自分の責任だから。
「ごめんなさい………」
 風につぶやきは流れて消えた。
「君達は、謝ってばかりだね」
 ムイは力なく笑う。


・三題話 第050話:結末
お題 :「市街」「終了」「永久不変」
 
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 季節は桃の花がさく梅雨明け。夏の到来を告げるような、少し湿った暖かい風が街に吹いた。太陽の光は空高くから降り注ぎ、影はほとんど足元にしかない。マンションの屋上は風通しがいいのか、照りつける太陽の下でも快適だった。子供たちは学業にいそしみ、大人は仕事にいそしんでいる、家を守るものは昼のしたくにいそしみ、街は静かに動いていた。この街唯一の高級マンションの屋上には三つの人影がある。コントラストの高い街並みを見下ろし、静かにたたずんでいた。風にのって、どこかの昼ご飯の匂いが運ばれてくる。三つの人影は無言。しかし、永久不変と思われていた静けさは突如として破られる。
「キャーーーーー!」
 黄色い叫び声が、街の時間を切り裂いていく。市街全土に響き渡ったのではと思えるほどの大音量は、間違いなくこのマンションからだった。
「真希?」
 疑問におもった真衣は、消えかかっているムイを見た。体の半分がまるで白黒写真のようになったムイは、苦しそうに顔を上げる。
「別に、殺したわけでも喰ったわけでもない。殴ったが」
 その言葉を背中に受けながら、真衣は妹が居るはずの階に飛び降りていく。先ほどの叫び声の後は、何も起こっていない。一体全体、叫び声をあげるほど何かあったのだろうか。軽い足取りで、真希のいる階に降り立つと真衣は辺りを見回した。きょろきょろとした瞬間、視界が真っ暗になり顔面に衝撃がくる。
「ぶっ」
 あまりの自体に直撃を食らったそれを、真衣は顔から引き剥がす。
「なっ、なにこれ!?」
 飛んできたものは、翔だった。引っつかみ真衣は翔を捨てる。水っぽい音を立てて、翔が廊下につぶれた。
「あ、お姉ちゃん」
 意外と元気そうな妹をみて、真衣は肩の力が抜けた。
「あんた………さっきの声は?」
「そこのボロ雑巾みたいなのに、気が付いたら抱きつかれてたから、つい………」
 言われて、足元に先ほどすてたボロ雑巾みたいな翔を見る。まだ息はあるようだ。
「葉月くん、別に妹に手を出すなとかそう言う野暮なことはいわないけど」
 真衣の声に弱々しく、翔は顔を上げる。なんだか得体の知れないモノに成り下がっていた。
「ロリコンは、やっぱり問題があるとおもうの」
 これまでにないような、満面の笑みを向けて真衣が笑う。まるで、少女漫画の効果のように後ろがキラキラと光ってるようだった。翔は、水っぽい音を立てて崩れ去る。涙が廊下をぬらしていった。
「私は夢魔の様子みてくる、真希は救急車よびなさい、本当に死ぬよ葉月くん」
 だるそうに、真希は手をパタパタと振る。ソレをみて真衣はまた屋上にむかっていった。姉が居なくなるのを確認した真希はつぶれて溶けかけてる翔に近寄っていった。
「バーカ、飛び出さなければもう少しましだったのに」
 言葉とは裏腹に、真希は翔の頬を撫でる。翔は涙を流しつづけていた。彼の頭の中は間違いなく、先ほどの真衣の言葉で埋め尽くされていることであろう。廊下に差し込んだ光は二人を照らしている。廊下に反射した強い光が辺りを真っ白に染め上げる。二つの影だけがそこに確かに存在していた。強すぎる光は、辺りの色を奪い去っているようだった。
「ありがと、翔」
 相変わらず明るい廊下に少し湿った空気が吹き込んだ。世界が真っ白に染まる。吹き飛んだ入道雲の所為で太陽はさえぎるものがなく、ここぞとばかりに光を降らせることに熱心になっていた。けれどそんな光の中、廊下にある一つの影は、しっかりとそこに存在していた。
 コンクリートというのは、熱をよく吸収する。真衣は屋上にたどり着いた瞬間、少し足元から上がる熱におどろいた。そして、辺りを見回してもう一度驚いた。
「なっ」
 目の前にいるムイは、体が元に戻っていたのだ。当の本人は、屋上に座り込んで空をみあげていた。
that there will also be such a thing
近くに白衣をきた博士も立っている。
「質問は二つ、何故もどってるの? そして何故逃げなかったの?」
 足音を立てながら、真衣はムイの目の前に歩み寄っていく。
「御楼が来る。本当は逃げたいが無駄なあがきだ」
 あーやだやだ、ムイはため息をつく。何故体がもどったのか、その答えを聞いていないと真衣が口を開こうとしたとき、博士が割り込んできた。
「戻った理由ハ、秘密。だが、人は喰っていナいのは私が保証しよう。ここには人間は私しか居ないしね」
 片手をあげて、ひらひらと博士はおどけるように言葉を紡ぐ。と、真衣の携帯が音を立てた。
「真衣。はい………聞いています。問題はありません………」
 一呼吸おいて、真衣は携帯をきる。と、同時巨大なものが落下する音が聞こえる。それどころか、何か声がきこえてきた。
「………元気な爺だ」
 ムイは心底嫌そうな顔で空を見上げる。小さな黒い点がみえる。見る見るうちに大きくなっていく点を真衣は見た。真衣が視線を戻すと、ムイが、コソコソと屋上を降りようとしているところだった。気が変わったらしい。
「ムーーーーイターーーーーーン」
 野太い声があたりにコダマする。続いて強烈な着地音。御楼は屋上に飛び降りてきた。
「うわあああああああああ」
 後退るムイ、真衣はそれで全てを悟る。殺さず御楼のところに連れて来いというのは、こういうことだったか。多分、昔から繋がりがあったのだろう。つまりは、こういうことだ。真衣のため息は御楼の声にかき消された。
 目の前で死ぬほど嫌がっているムイを、力いっぱい抱きしめている爺を見て真衣は、またため息をついた。結局、もとからムイが人を喰わない夢魔というのが判っていてその上で捕獲命令をだしたのだ。自分が会いたいがために。真衣は腹のそこになにやら言い知れぬ熱を感じた。
「ムイタンムイタン、久しぶりだなぁ。何年ぶりだ? 変わってないなぁムイタンは」
 ムイは元から華奢なほうだが、御楼に抱き疲れているとなおさら小さく見える。御楼のはやした髭に顔半分をうずめながらムイは泣いていた。
「やめろー、ちくちくするー、うあー」
 今までのことが、全てバカらしくなってきた。真衣は我知らずと拳を握り締めている。と、御楼と一緒に降りてきた浅生が真衣の横に立つ。
「お嬢様」
 音もなく、差し出されたのは、長身の浅生ぐらいはあるであろう、巨大な長門砲。真衣はソレを無言で受け取る。軽い音を立てて、長門を担ぐ真衣。ねらいは巨大なクマみたいなモジャモジャと人食い悪魔。その近くに立っていた白衣の博士は一歩下がると、ボタンを握りつぶす。そして、真衣に向かって軽く頷いた。真衣はソレをみて躊躇わずトリガーを引く。激鉄が落ちる軽い音。エネルギーの塊である固形燃料を種に長門砲が唸りを上げる。静かに静かに、昼の街に音が広がった。ムイは音の原因をみて真っ青な顔になる。御楼は全く気が付いていない。
「真衣、や………」
「任務終了」
 無反動のレーザーに似た光線が放たれる。音もなく街に水平の光が走った。

 マンションの下に救急車のサイレンが響く。


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