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【ウンメイノタチ】


・三題話 第061話
お題 :「太陽」「火」「かつら」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 最後のフィナーレは、撮影所の一角。隅っこの方で行われている。
「カーーーーーーット!!」
  最後の監督の声ですべては終わりを告げる。青空に響き渡る監督の声も心なしかテンションが高い。あの鬼監督ですらだ。いっせいに現場はひっくり返るような歓声が上がった。
 小さな確認用のモニターを覗き込んでいた俺も立ち上がり、拍手の渦に混じる。仮設テントに詰め込まれた機材が熱を発しているのが良くわかった。
 映画のクランクアップ。剣豪二人が戦う歴史物の映画だ。心理描写とアクションに定評のある監督が、ひとつも手を抜かずに作り上げた最新作が今とり終わったのだ。もとより人気の高い監督の久しぶりの最新作。製作前から話題になり、今では全世界で誰もが楽しみに待っている、なんてうたい文句までついてる始末。
「終わったなぁ」
  自分と同じ映画製作所に勤める上木が近くに立っていた。太陽の光がまぶしいのか、太陽に手をかざしている。
「俺も、お前もこれからだろ仕事は」
  ため息混じりに呟いた声に、上木は方を揺らして笑った。俺と違い上木はひょろりとした背の高い男だ。肩を揺らして豪快に笑うと、背の低い俺には大層不快感がつもる。
「違いない。そうだ知ってるか? この映画の題材になった剣の話」
「ん? ライバルが持ってる何でも切り裂く剣とかいう、怪しげな剣の話か?」
  映画に出てくる二人の剣豪。その敵役である剣豪は、何でも切り裂く剣を持っている。
「あれ、本当にあるらしいぜ? ま、都市伝説レベルだ。眉唾物にはかわらないけどな」
  上木は、笑いながら宴会が始まっている輪の中に歩いていった。結婚してから、上木はいつも上機嫌だ。それは、きっと良いことだと思う。自分の状況を鑑みて深いため息をひとつ。何でも切る剣の話を思い出してみる。たしか、その剣の名前は ―――

――― ウンメイノタチ ―――
第一話 不幸せのウンメイ

 見上げた空は、青く高く。これからの仕事なんか、無ければ……完璧ではあるのだけれど。俺は映像編集だから、監督と着きっきりの生活がこれから待っている。といっても、大量の編集スタッフも一緒ではあるのだけれど。監督の願いで、すべてのシーンを撮り終えてから編集を開始することになっていた。とんでもないスケジュールにあわせた映画製作委員会は、スタッフを補充するという形をとってスケジュールをこなしていった。カットの編集はかなりの大人数で、俺もこうして無理やり借り出される運びとなったわけだが。
「平川君」
  声をかけられてふりかえる。音声監督の下永吉さんだ。中肉中背、俺と同じぐらいの背というのには、とても好感が持てる。といっても、この音声監督は、人柄がよく面倒見がいいので人気である。こんな人が、あの鬼監督と親友というのだから信じられない。
「お疲れ様です、下永吉さん」
  上木が世話になっているので、自分もよく下永吉さんに面倒を見てもらうことがある。この前の上木の結婚式などは、上木の家族以上に下永吉さんが泣いて大変だった記憶がある。
「これからが本番だね。がんばろう」
  そういって、下永吉さんは、向こうで振舞われている飲み物をひとつ俺に手渡した。
「あ……ありがとうございます」
「そうそう、監督がいい効果音見つけてきてくれたんだ。期待しててよ」
  そういえば、監督は今回音にこだわると言っていたきがする。とくに、人を切る音だとか。えぐい話ではあるが、銃であれば本物の音などいくらでも手に入るが、サスガに人を切る剣の音をとるのは不可能すぎる。
「気合はいってますね。でも、監督がって。本当に人を切ってないでしょうね?」
  笑いながら答える。でも、あの監督ならやりかねないから怖い。
「そうかもしれないよ? ほかにもいろいろあったから。多分音研から持ってきたんだろうけどね。出所は僕も聞いてないからよくは判らないんだけど」
  音研、音響科学研究所。最近できた、研究施設で。ドラマやアニメなど幅広く効果音を扱ってるところだ。あそこに乗り込んで作ってきたというのなら間違いないだろう。
「それじゃぁ、そろそろ僕は戻るね」
  そういって、下永吉さんはあるきだしていった。
「はい。あ、飲物ありがとうございました」
  自分でも媚を売ってる気がしてならないが、まぁついてでた言葉だから仕方が無い。
「うん。そうそう、上木君にちゃんと家に帰るように君から言っておいてくれないかな? 僕がいっても聞いてくれないんだ。新婚なのに家に帰らないのもあれだろう?」
  下永吉さんは背中を向けて手をふる。俺は、わかりましたと答えた。向こうの集まりでは、火がたかれておりバーベキューの予定がキャンプファイヤーになりかけていた。多分、撮影所の守衛が駆けつけてきて消されるであろう。
 予想通り、火は駆けつけた守衛たちによって、たちどころに鎮火させられた。守衛に頭を高速で上下しているのは、助監督の羽村さんだ。腰が低いことで有名なだけあって、サスガに誤謝るのには手馴れたものである。ほかの面々は、蜘蛛の子を散らすようにばらばらになっていく。
「ひー、守衛がくるとはなぁ……ハァハァハァ……」
  上木が向こうから走ってきた。後ろには上木の後輩の加賀見もいる。加賀見は上木と同じぐらいの身長なのだが、横が上木3人分ぐらいある。長身の二人が走ってくると、かなりの迫力があった。後ろの仮設テントが壊れるんじゃないだろうか、そんな心配が頭をよぎる。
「バーベキューの予定が、火柱があがったらサスガに守衛だってくるだろうに」
  下永吉さんにもらった、ジュースを飲みながら他人事のように呟く。
「ちがうっすよ〜、あれは黄原監督がかつらを……」
  聞くと、鬼監督のカツラがバーベキューの網に落ちて炎上。あまりのもえっぷりにテンションが最高潮に。最終的には、燃えるものをみんな突っ込みまくった結果だそうだ。
「そういや、平川。お前彼女の面会時間もう終わるんじゃ?」
  上木に言われて時計をみる。16時を回ったところだ。面会時間は18時までだから、移動時間を考えると時間がほとんどない。いきなり冷水をかけられた気分になる。
「黄原監督には、言っておくよ」
  上木のありがたい進言をうけ、そのまま俺は走り出す。今日は、どうせ打ち上げだけだ。いきなりいなくなっても問題ないだろう。すぐさまタクシーを拾い、行き先を告げる。軽快なエンジン音を響かせて、タクシーは病院へとむかっていった。
 岸川唯とはかなり長い付き合いである。大学時代からの付き合いである。元から体の弱かった彼女は、大学を卒業後すぐに入院した。あっけなく宣告された病名は癌。肺から全身に転移した癌は、もう助かる見込みは無いというどうしようもない診断結果ですべてを閉じていた。ただ、あまりにも気丈で聡明な彼女はその告知すらも、笑顔で受け止めた。俺の方が泣いたとおもう。助ける方法があるのならとも考えたが、何も自分にできることはなかった。医者の告げた死期など、とっくに過ぎてもう家族も、俺もそして唯もすべてを諦めかけていた。
「隆之、遅い。あと1時間も面会時間がない」
  本当に、こいつは癌なのかと医者に問いただしたいのも山々ではある。あまりに元気すぎる彼女をみると、告知されたときに流した涙は何のためだったのかとも考えてしまう。
「すまん、今日はクランクアップだったから。打ち上げがあったんだよ」
  彼女が寝ているベットに腰をかけて一息つく。と、携帯がなった。
「隆之、病院では電源切れっていってるのに」
「すまん、忘れてた」
  そういって、電話に出る。
「平川?」
  上木の声だ。
「どうした? いま病院だから急ぎじゃないなら切るぞ」
「下永吉さんが死んだ……」
   運命はほころび出す ―――


・三題話 第062話
お題 :「科学」「水」「しそ」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 時計を見る。そして、俺は逡巡する。面会時間はあと20分ぐらいはある。いくのはそれからでも遅くない。しかし、下永吉さんは……
「君ができるすべての最善を行え、君ができるすべての手段で、君ができるすべての方法で、君ができるすべての場所で、君ができるすべての時に、君ができるすべての人に、君ができる限り」
  唯の静かな言葉。いつも、唯は小難しいことをいう。けれど、おかげで頭の中でもやもやしていたものは吹き飛んだ。
「ありがとう」
「今日は、眠い。話し相手にはなれそうに無いから帰って」
  ついと、顔をそむけ唯は布団にもぐりこむ。一瞬みえた顔が赤かった。ベットから飛び降りる。心なしか、体が軽く動いた。
 タクシーを電話で呼び出す。1分もかからないで来ると返事がかえってきた。急がないと。
「行ってらっしゃい」
  背中から声をかけられる。立ち止まって振り返るが、唯は布団をかぶって顔も出していない。
「行ってきます」
 
――― ウンメイノタチ ―――
第二話 疑惑のウンメイ


廊下を駆ける。足音がリノリウムの床に響きわたっている。顔見知りの看護婦が後ろで走るなと叫んでいる。さっきまで元気だった、死んだなんてきっと何かの間違いだ。俺は、いやな感覚を振り払うように足を速めた。
 元来た道を、走り撮影所へ。上木からの連絡で、撮影所が大変なことになっているのだけはわかった。下永吉さんは、外傷もなく死んでいたそうだ。心臓麻痺でしんだわけでもなければ、なにかの発作によるショック死でもないという。まだ詳しいことは判っていないが、まるで老衰でしかありえないような死に方だったそうだ。
「お客さん、着いたよ」
  タクシーの運転手に言われて顔を上げる。メーターにある金額を財布から抜き出し、運転手にわたした。タクシーを降りると、静かにタクシーは発進していく。上木の行っていたとおり、撮影所は警察と救急車でごった返していた。上木が俺を見つけて手を振っている。
「やけに落ち着いてるな」
  電話越しの声とはうってかわって、上木は俺を迎えた。
「下永吉さんさ……寝るように死んでた。綺麗に命が切り取られたみたいに」
  その言葉に一瞬寒気を覚える。あたりで騒がしかった警官の声も、サイレンの音も何もかもが途切れたような錯覚を覚える。われを忘れていた頭を振って、気を取り直す。
「とりあえず、静かなところにいこう」
  俺なんかより、上木は何倍もショックだろう。まるで、体から何かが抜けたような上木はふらふらと俺の跡を着いてくる。
「本当に、外傷とか病気とかじゃないのか?」
  撮影所のはずれにある、自動販売機の前で上木に声をかけた。ジュースを二本。一本を上木に渡した。
「警察が言ってたから間違いない。毒物反応もない。本当に老衰みたいだっていってた」
  一言一言、自分で確認しているかのように上木は漏らす。撮影所の外れは、日が差し込まない暗がりで湿気ていた。当たりにタバコの吸殻が散在している。そのひとつを踏みしめながら、俺はジュースを飲んだ。まるで水をあおるように一気に流し込む。
「まるで、運命の太刀で命をきられたみたいだった」
「ウンメイノタチ? ああ、なんかそんなこといってたな」
「そうだ、間違いない。下永吉さんは殺されたんだ……」
  あの、元気な上木が見る影もなかった。まるで取り付かれたように、上木は殺された現場に向かってあるきだしている。右手には、先ほど渡したジュースが握られていた。
 気が付けば、一通りの検分が終わったのか、現場にいる警察は少なくなっていた。そこにいる撮影所の人間に聞くと、どうやら事情聴取がはじまっているとのことだった。その間も、上木はまるで取り付かれたように、現場に向かいつづけている。俺は礼をいって、上木を追いかける。
「おい、上木。やめろって、怒られるぞ」
「間違いない、ウンメイノタチの所為だ……」
  どれほど声をかけても、上木はとまろうとしなかった。
「ウンメイノタチって都市伝説なんだろ? どんな話なんだ?」
  初めて上木が反応した。呟くように都市伝説を語る上木は気味が悪かった。いつでも自殺しそうな勢いだ。暗い表情がさらにかげる。
 内容は、良くある七不思議系の話なのだが。まったく怖くないところから言っても、そういう怪談として広まった話ではなさそうだった。何でも切るといわれている剣は、本来運命を切るために存在している。願い、切りつければその運命をたちどころに切ることができるというのだ。人だろうが、物だろうが思いのままに運命を操る剣を持った男は、目的もなしに剣を振るった。そして、剣は切るものを見失い、振るったその場にいたものすべてを巻き込んで生きるという根本の運命を切り取っていった。という内容だった。本当に、その剣があれば、唯の癌で死ぬという運命を切ることが出来るのかもしれない……科学の発達したこのご時世に何を思うのかと、自分が馬鹿らしくなる。
「ほら、ここだよ平川」
  上木が指差した先には、いつも下永吉さんが作業をしている小部屋があった。部屋には入れないようにテープが張ってある。中をのぞくと、近くにいた警官が近寄ってくる。
「ほとんど、作業は終わったので入ってもいいです。その代わり、あまり弄繰り回さないでください。あと、持ち出しもできれば……仕事に差し支えがあるようなものでしたら申し出てください」
  意外と寛大というかなんというか。確かに仕事に必要なものがたくさん入っており、これが無ければ作業は進まなくなってしまう。と、いきなり上木は遠慮なしに部屋に入っていく。
「お、おい」
  慌てて後ろを追いかける。部屋の中は整理されており、こぎれいだった。机にテープがひとつ。最後に交わした会話を思い出した。そういえば、これが監督が持ってきたっていってた音のテープだろうか。手にとり、上木にわたす。
「これ、監督がもってきた音のテープだと思う」
  上木は受け取り、近くにあったデッキにテープをかけた。音漏れ防止のために、スピーカーはなく、ヘッドホンがひとつ。上木はそれをかぶりながら部屋をみまわす。
「……」
  近くには、撮影で使った小道具が幾点か置いてあった。侍が持っていた日本刀や、和紙の束など。俺が見ている前で、上木は日本刀に手をかける。しっかり出来た小道具で、その質感はまるで本物だった。スラリと綺麗な音を立てて刀が抜き放たれる。本当に切れそうな出来だった。上木は刀を振り下ろす。ひゅっと風を切る音がする。ヘッドホンをつけている上木には聞こえていない。
「ウンメイノタチだったら、下永吉さんの死んだ運命もきれるかも……」
  上木は呟く。刀をしまい、一通り聞いたテープを取り出す。
「っつ」
  と、上木がうめいた。近くにあった紙で手を切ったのだ。
「大丈夫か?」
「ああ、ちょっと手が切れただけだよ」
  そういって上木は部屋をでていった。
「刑事さん、映画で使うテープもってきますね」
  上木の声が外から聞こえる。本当にウンメイノタチなどあるのだろうか・・・
 どさりと、外で音が聞こえる。
「上木?」
  部屋の入り口で、上木は二度と動かなくなった。
 警官の無線が無機質に響く。


・三題話 第063話
お題 :「電撃」「地」「交換」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 結局、何もかもが判らなかった。うやむやのまま、警察の取り調べは終わり、気が付けばこうやって、上木の葬式の帰りだ。感情があまり動かない自分に驚いている。立て続けに、友人が死んだというのに、涙ひとつ流せなかった。あまりにも唐突だったので、心が追いついてないのだろうか。それとも唯といる、いつ死と隣り合わせの生活がそうさせたのか。答えの出ない自問自答を繰り返す。映画は結局強行製作にはいり、あのまま作業が続くことになっている。まるで雨が降っているのではとおもうような、そんな足取りで自宅に向かう途中だった。
「平川君」
  黄原監督の声が聞こえた。振り返ると、監督が街頭の下で薄暗く照らしだされてたっている。無言で自分は頭を下げる。
「明日は休みたまえ、上木君は君の友人だったと聞いたよ。しっかり休んで、明後日からがんばってくれ」
  そういって、返事も待たず黄原監督は逆側に歩いていってしまった。一日しか休みをくれないらしい。しかし、鬼監督にしては珍しいことかもしれないと、自分に言い聞かせた。見えなくなった監督の方をむいて、頭を下げる。一瞬めまいがした。さすがに、疲れているのだろうか。早く帰って寝よう。明日は、唯に会いに行くか……
 ずっと、頭をもたげている疑問がある。
 ウンメイノタチ。
 実在していないと、納得がいかない二人の死。下永吉さんは、あの部屋で死んだ。そして、上木も部屋をでてすぐに死んだ。次に危ないのは俺だろうか? 実際、ウンメイノタチがあったとして、どうやって上木はウンメイノタチに切られた? 誰が上木を斬った? 誰かウンメイノタチに詳しいやつはいないだろうか? それならきっと、二人の死が運命を切り取られて死んだのかどうかが判るはずだ。
 自分でも、何を馬鹿なことを考えているのかとため息をつく。街頭に照らされて、地に落ちる影を眺める。と、いきなり携帯が震える。あまりの唐突な出来事に電撃ショックを受けたかのように体が震える。
「ハイ、もしもし」
  暗い道を歩いているのは、心細い。少し、ありがたい気分になりながら電話を取った。
「平川さんっすか? 加賀見っす」
  上木の後輩からの電話だった。いきなりなんだろうか?
「ああ、どうした?」
「平川さん、警察につけられてるっすよ。多分上木先輩の件っす」
「んなのは判ってるよ。アレだけ取り調べうけて、もう大丈夫だと思うほうがおかしい」
  加賀見の、荒い息遣いが微妙に暑苦しかった。ありがたい気分はいつしか吹き飛んでいた。後ろに気配はない、暗闇だからといって振り返る必要も感じない。俺は、静かに話しながら歩きつづけた。
「加賀見君、ウンメイノタチってしってる?」
  手当たり次第だなと、自分で笑う。犯人を知りたいわけじゃなかった。もしかしたら、そのウンメイノタチが手に入ったら、唯を助けられるのかもしれないとは考えた。けれど、そんな夢見たいなこと、あるわけが無い。
「知ってますよ。今回の映画の題材になったやつっすね。上木さんがいろいろ教えてくれました。あの人……そういう話だいすきでしたから……」
  上木の名前を出したとたん、加賀見の声が沈んでいく。それが普通だ。なら、俺は異常なのだろうか? 
「少し調べたいんだ。納得がいかな過ぎる。知ってること教えてくれないかな?」
  語調が荒くなったことに気が付き、ひとつ咳払い。
「はぁ、かなりいろいろあるんで、メールか紙でいいっすかね? なんか、関係あるっすか?」
「わかんないけどね、上木が死ぬ前に俺に教えてくれたことだから、気になっちゃってさ」
  軽くいなす。加賀見を巻き込んでまでやるつもりはなかった。ただでさえ、警察ににらまれている状態で、怪しい動きをするだけで下手な疑いをかけられそうだ。それに、加賀見を巻き込んでしまうこと自体間違っている。
「とりあえず、ひとつ教えてくれないかな?」
「はい、答えられる範囲でしたら」
「ウンメイノタチの形状は? 太刀つーからには剣?」
「えーっと、切るものならなにでも宿るとかなんとか。もらった資料が今手元に無いんで詳しいことはわからねぇっす」
  幽霊みたいなものなんだろうか、宿るだなんて。つまり、切るものなら何でも交換可能といったところか。見つけ様がないじゃないか。
「ありがとう、その資料とかまとめて送ってくれるかな?」
「判りました、明日仕事あるんで終わりごろに送りますね」
  礼を言って電話をきる。いきなり辺りに静けさが落ちる。

――― ウンメイノタチ ―――
第三話 犠牲のウンメイ


 警察の取り調べというのは、意外と体力が削られている。葬儀までは何とかもった体力も、家に帰った瞬間俺の意識を奪っていった。気が付けば、太陽は高く上っており、板張りの床が光を反射していた。古臭いアパートの割には、フローリングだけはピカピカというなんとも不釣合いな部屋で俺は目を覚ます。ほとんど家に帰らない生活のため、ゴミがたまってるようなことはないが、代わりに埃はいたるところにたまっている。ため息をついて起き上がる。今日はせっかくの休みだというのに、もう日の半分を過ごしてしまった。なんだか勿体ないきがした。
 眠い目をこすって立ち上がる。さぁ、唯のところにいこう。着替えを済ませ家をでる。しっかり寝た所為か、体は意外とかるかった。自宅から、病院までならバスがでている。高い日差しの中を歩き出す。久しぶりにのんびりした日だ。
 バス停につき、タバコを取り出した。と、通りのほうから女の子が歩いてきていた。バスだろうか? それならばタバコを消さなければならない。逡巡。
 廃棄音が耳に届く。
 バスの近づく音。目の前で扉が開く。少女が走ってきているのが見えた。わざと、ゆっくり小銭を入れながら走りこむのを待ってみる。
 軽い足取り。小銭を入れる音。ステップをあがる軽い音が聞こえて安心する。空いている席に座って一息ついた。
 右手には、火のついていないタバコがもたれたままだった。

 病院に着くと、唯がいなかった。
「おや?」
  布団を触ってみると暖かくない。ずいぶんと前にいなくなっているようだ。探そうかとも思ったが、病院をうろつくのもどうかと思ったのでそのまま腰を落ち着ける。
「あ、きてたんだ」
  唯が扉の前でたっていた。本当にこいつは、末期癌なんだろうか?
「着たらいないから驚いた」
「三度炊く 飯さえ硬し 軟らかし 思うままには ならぬ世の中ってね」
  澄ました顔で、唯はベットにもぐりこむ。
「休み?」
「ああ、今日だけだけど」
  と、そのとき携帯がなった。
「隆之。君、今度つけっぱなしにしてたら別れるよ」
「うっ……すまん……」
  背中にいやな汗をかきながら携帯をとる。
「平川さんっすか、加賀見っす」
  やけに明るい声が聞こえる。資料でもまとめてくれたのだろうか。
「ああ、どうした? 例のものまとめてくれたのか?」
「ええ、バッチリっす。メールにしたので、確認しておいてください。私はまだ仕事が忙しいのでこの辺で」
  そういって、携帯は切れた。
 俺が聞いた加賀見の最後の言葉だった ―――



・三題話 第064話
お題 :「高速」「風」「正義」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 すべては時間が解決してくれたように思える。少なくても感情の整理だけは時間がたつにつれてよくなっていった。下永吉さんが死に、続いてその日に上木も。そして、加賀見。あまりの唐突さに、ついてきていなかった感情が次第に膨れ上がるのを感じていた。加賀見の葬儀が終わり、仕事に没頭する日々がつづいた。そして、気が付けば映画は完成していたのだ。時間の感覚がなくなっていた、まるで一瞬で出来上がったような何年も仕事しつづけていたような感じだった。短いか長いかすらない。集中するというのはこういうことだったのだろうか。
 久しぶりに家で寝ることが出来るというので、浮き足だっていた。打ち上げもそこそこに、夜の町を一人歩く。ゆっくり休んだら、唯に会いに行こう。ふらふらしている頭で、そんなことを考えながら家に帰った。
 
――― ウンメイノタチ ―――
第四話 予想外のウンメイ

 携帯の電源を切る。病院の大きな自動ドアが開いていく。扉の向こうから、病院独特の匂いが流れてきた。消毒液と、ガーゼと鉄の匂い。そして、年寄りの雑談。待合ロビーをぬけ、唯がいる病室に向かう。唯は個室にいる。本来末期癌というのなら、いろいろな治療を受けたり、どこか田舎にいって養生するものだとおもっていた。なんで、唯がこの街のこの病院で治療を受けつづけているのかが判らない。それに、漫画などで手に入れた知識では、抗がん剤の投与だけでも体はぼろぼろになるはずなのに。一度きいたが、彼女はそれについて何も教えてくれなかった。ただ一言、
「死ぬなら楽に死ぬ。苦しむなら治る。どっちかにしてもらいたい。苦しんだ上に死ぬなんて理屈に合わないもの」
と、飄々と言ってのけた。多分投薬はしていないのだろう。今日も、ベットから外を静かに見てるだけなのだ。病気と闘わず、ただ病気と一緒に彼女はそこで俺か死期が来るのをまっている。
「唯、入るよ」
軽く扉をたたいて声をかける。返事はないが、無視して扉を開けた。軽い風が俺の横を通り過ぎていく。目を細めて窓側にいる唯を見る。
「休みとれたんだね」
「あ、ああ。元気そうだね」
「隆之のほうが元気じゃなさそうだけど?」
 
軽い笑い声が響く。あまりに元気そうな唯をみて俺は少し息を吐いた。
「やっと製作終了さ、明日にはテープが映画評論家にまわってるだろ」
言いながら、唯の寝ているベットに腰をかけた。
「ほかに何かあったね?」
「三人がどうして死んだのかずっと頭をはなれないんだ」
呟く。外はちょうど昼前ぐらいだろうか、太陽が強く輝いている。
「ウンメイノタチ? 上木君が集めていた資料を私にもみせてくれないかな?」
元からそのつもりだった。かばんから、ノートPCを取り出して唯の前に置く。
 上木が集め、加賀見が送ってくれた資料にはウンメイノタチのことが事細かく調べられていた。
 形状について。……以上の証言より、推測されるウンメイノタチの形状は無いことになる。切れるものに取り付く呪いのような物と考えるのが妥当。刃物にのみならず、草の葉、絵など、切れる、斬るものであるのなら間違いなくウンメイノタチになる可能性があると断言してもいい。高速移動による刃物化、たとえば紐などはウンメイノタチにはなりえない。通常人間がふれる速度以上が必要とされるものは刃物とみなされない。
 使用方法について。……以上の証言より、使用方法は斬るものが斬るという行為を行った時点で発動されるものと考えられる。なお、意思の無い使用は存在そのもの運命を斬られる。機械についた刃などによる、奇怪な死の原因はここにある。なお、意志の無い使用に関しては効果は時間がその場では現れない。現れる時間はまちまちで、現在調査中。
 注意事項。……以上より、使用は意志をもって使われたときのみ一度に限定され、ウンメイノタチとしての力はそれ以降発揮されない。意志の無い使用に関しては、永遠その場にとどまると推測される。ウンメイノタチの複数目撃情報もないため、使用されたあと別のものに取り付く必要性がある。
 特記事項。……例外的に複製が可能。ウンメイノタチを移した写真にウンメイノタチと同じ効果を確認。完全にオリジナルと同じ特徴をもち、意志をもって使われればその時点で消える。なお、この複製品についてはその後の複数の目撃例がないため、消えるかオリジナルに戻ると考えられる。なお、先に本体が使用されると、複製の効果も消える。
「これじゃ、まるで研究報告書ね」
「だな、でっち上げにしては細かすぎる。それにあの三人が、偶然ウンメイノタチに斬りつけられたとしたらすべて納得がいくし」
「加賀見君はどこで?」
「同じ部屋。あそこで最後の録音作業を終えた直後」
「じゃ、みんなその部屋なんだ。じゃぁ間違いなくそこにあるでしょう?」
「でも、それらしい物なんて」
部屋を思い出す。刃物はあっただろうか? カッターナイフはあったようなきがする、はさみも置いてあった。それ以外に? 切れないが日本刀があそこにあったはずだ。下永吉さんが持ち込んだ小道具。
 おもいだして、報告書を確認する。
「どうしたの?」
「もしかして……」
カチカチと、ページを動かしていると見つけた。ペーパーナイフにウンメイノタチが宿った報告事例だ。
「小道具? 日本刀とかかな?」
それだけをみて、唯が呟く。
「……よくわかるね」
「実際、傷がつかないものでも、切るという作業に使うものがウンメイノタチになりえるかどうかが知りたかったんでしょ? なら普通に思いつかない?」
「情報の少ない唯が思いつくのはオカシイ……まぁこれで決まりだ」
おかしくなんかないと、唯は口を膨らませベットにもぐりこんだ。今から撮影所に行くのが気に入らないのだろう。
「どうやって見分けるの? 下手に振り回したら隆之も死ぬでしょ?」
「ここに書いてる」
そういってさしたPCのディスプレイには、判別方法という文字が躍っている。
 ――― 水が切れない ―――
下には、写真がある。ウンメイノタチが宿っていると思われる、古臭いナイフが水に突きこまれている写真だ。まるでCGのように、水がナイフをよけている。水とナイフの周りに、一回り大きい空気の泡が出来てナイフをまもっていた。
「行くの? せっかく休みなのに? 私病人だってしってる? 今にも死にそうな」
「あぁ……えーっと」
それを言われるとつらい。あまりにも元気な姿をみるとどうしても失念してしまう。
「いいよ、私はまだまだ死なないから」
ため息をついて、唯はPCの電源を落とし始めた。
「私は神様に会う準備ができてるけど、神様が私と謁見する厳しい試練の準備が出来てないみたいだからね」
そういって、唯はクスクスわらった。なんという自信だ。まるで正義の味方が語る正義のようだ。
「わかった、また来るから」
そういって、電源の落ちたPCを持ち上げ。唯の頭をなでた。
「ばーか」
そういって唯は布団にもぐりこんだ。ベットを降りても、唯は頭を出さなかった。ため息がでた。扉を開けて一度振り返る。
「スマン」
呟いて扉を閉めた。閉めきった瞬間、扉がゆれ大きな音がした。多分枕が投げられた音だ。近くを歩いていた看護婦が、ニヤニヤとこっちをみてる。顔見知りだからといって、少しは遠慮するべきだと思うのだが。無言で頭を下げると、廊下を走る。背中から、走るなという叫び声が聞こえた。走ってはいけないが、叫ぶのはいいらしい。

 撮影所について、携帯が切りっぱなしだったのを思い出す。電源をいれて、少し人気が引いた撮影所兼事務所を歩く。あの部屋にある日本刀を手に入れないといけない。ずいぶん時間がたっても、時々警察の姿をみる。気にせず、部屋の前に俺はついた。もう、作業もおえ、この辺りは綺麗に片付き人気もない。部屋にはあのときのまま日本刀が置いてある。用心しながら手を伸ばした。
 と、いきなり携帯がなった。体中からいやな汗が噴出す。あまりのことに、驚いて心臓が止まりそうだった。
「は、はい平川」
声がどもる。
「どうも、窪田です。お時間よろしいですか?」
窪田というのは、三人が死んだとき、俺にしつこく事情聴取をした男だ。いまだに、俺を疑っている。また何かあったのだろうか、少しぶっきらぼうに答える。
「どうしました?」
「映画評論家の阿形氏の家族が、例の三人の方と同じく、老衰でお亡くなりになりました。少しお話をお聞きしたいのですが ―――」
   日本刀は目の前で静かにたたずんでいる ―――



・三題話 第065話
お題 :「地球」「天」「誤認」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 映画評論家が死んで、事件のほとぼりも冷めたころ。やっと、警察の尾行がなくなった。もしくは、俺が気が付かないレベルで警戒されているか、どちらかだ。つながりの無い映画評論家が死んで疑いが晴れたと思って良いだろう。もとより、検死結果も老衰で殺人としての捜査はほとんどされなくなっている。ありがたいことではある。不謹慎だというのは判っているのだけど。
 そして、ウンメイノタチの存在は俺の中で確かなものになっていた。間違いなく、4人の死に方は目的が無い状態でウンメイノタチを振るわれた症状だ。あとは、ウンメイノタチがどこにあるのかさえ判れば、唯を助けられる。しかし、一向にウンメイノタチはどこにあるか判らなかった。日本刀だと思ったのだが、映画評論家がすべてを否定する。彼は撮影所には訪れていない。可能性があるとしたら、意志をもってウンメイノタチが振るわれたということぐらいか。上木たちは、意志無く切り取られ、その後、映画評論家を殺す目的でウンメイノタチが振るわれたとしたら。もう、生きている間にウンメイノタチに会える可能性は皆無になる。そうではないと、信じて探すほかないのか……。

――― ウンメイノタチ ―――
第五話 君のウンメイ

「なんか判った?」
  病院の一室で、ノートPCを軽い手つきでいじっている唯に声をかける。冬到来ともいえるような、冷たい風が締め切った窓の隙間からでも、十分感じられる。天気予報では秋晴れなどといっていたが、この温度では冬の寒空にしか見えない。病院の窓から見上げる空は、ことさらに冷たく見え、嫌が負うにも寂しく感じる。
「全部判った」
「は?」
  こともなげに、唯は目線もよこさず答えた。
「判ったって、犯人? それともウンメイノタチ?」
  唯が何を言っているか判らなかった。ついつい語調が荒くなる。
「隆之が探してるのは、ウンメイノタチでしょ?」
  ため息混じりに唯は呟く。そりゃまぁそうなのだが。
「事件というより、ウンメイノタチの仕業だから事故といったほうがいいのかな?」
  そんなことは、どうでも良いような気がしたが黙っている。
「まぁ、隆之の誤認逮捕は無くなったし、ウンメイノタチの場所もわかったし。もうやることもない。ノートPCは返すね」
  そういって、唯はノートをたたむ。
「待ってくれ、ウンメイノタチはどこにあるんだ?」
  「なぜ知りたいの?」
  「……これ以上被害が広がったらまずいだろ?」
  一瞬、嫌な間があいた。まずい、使おうなんて考えてるとしったら、唯は多分教えてくれない。正義の味方を気取るつもりはないが、かといって目の前で死に行く人間に、手を伸ばさないほど冷酷でもない。半分はこれ以上被害を出さないという目的はあるのだ。だから、うそは言っていない。
「確かに。それにあなたが、いつ事故に遭うかもわからないし」
  「言われてみればそうだった」
  悪い癖だと思う。自分は安全んだなんて、どこかで思っている。まるでTVでみた事件のような非現実感がどこかにあった。言われて冷や汗が吹き出る。あの部屋に何気なく行って探していたが、いつ俺が死んでもおかしくない状況ではあったわけだ。
「ヒントをあげよう。私は隆之にソレを手に入れてもらいたくないから」
  「それでかまわないよ」
  ため息をつく。
 唯が出したヒントは、ヒントではなく質問だった。
「意思をもって使用された場合に切る運命が無い時、ウンメイノタチはどうなる?」
  「意思のない使用と同じで、なくならない。そのままだ」
  俺の答えに、唯は満足そうにうなづく。
「では、その使用の場合使用された側は?」
  「意思のない使用と同じ。死ぬ」
  「ウンメイノタチのコピーは?」
  「可能」
  「物理的に切り傷をつけないと発動しない?」
  「発動する」
  「もうわかったんじゃない?」
  涼しい顔をして唯が言う。判ったことといえば、逆にウンメイノタチの在り処が、どこにでもある可能性があるということぐらいだ。
「しょうがないなぁ。隆之は頭悪いよ」
  事実をずばり告げられてよろける。
「ほっとけ!」
  「手に入れたら何をする気?」
  一気に部屋の温度が下がった。地球温暖化なんて絶対うそだ。体中に鳥肌が立っていくのが判る。
「唯の……」
  「隆之。人間死ぬ時は死ぬのがいい。そんなもので生き延びたくはないよ」
  「しかし……」
  「本当に被害を防ぎたいというのなら、オリジナルは破壊するべきだ。君がオリジナルを使った場合。コピーは永遠生き残ることになる」
  「コピーがある?」
  「あるよ、しかも意思を持ってる。だから、オリジナルが使用されおわっても、使用されつづけているコピーは永遠残ることになる」
  「そんな。何でそんなことわかるんだよ」
  「ヒントはお終い。ごほっ……」
  水がこぼれる音。下をみると、唯の布団が真っ赤に染まっている。
「お、おい!」
  「ガッ……どうやら、君がウンメイノタチ……持ってくるまで持ちそうに……ないね……ゴホッ」
  どんどん赤い染みは広がっていく。慌ててナースコールを押し込んだ。
 運ばれていく唯を追いかける。やはりウンメイノタチを探しに行かないと。
「おい、唯! ウンメイノタチはどこなんだよ! 教えてくれよ!」
  「……そんなことより、私のそばにいて……欲しいんだけどね」
  呼吸は荒く、今にも体中の血を吐きそうなほど唯は真っ青だった。選ぶことはない。いや、苦しんでいる唯を、見ていられなかっただけなのかもしれない。気が付けば足は止まっていた。
「お前を助ける」
  「君はバカじゃないのだろう? ……やらねばならない事を見誤るな」
  声はどんどん小さくなっていく。俺は、コピーによる被害を見捨てても唯を助けてみせる。運ばれていく唯。俺は、静かになっていく廊下で一人こぶしを握っていた。
「平川サン。どうしたの? コンナところで」
  顔見知りの看護婦が声をかけてきた。振り返る。自分はどんな顔をしてるだろうか?
「ヒーローなら……ヒーローなら恋人と世界だったら世界をとるんですかね」
  「ハ? ……ん〜、ドウカナ? 最近は恋人とっちゃう話とかも見かけるよ?」
  廊下の奥から光が差し込んでいる。暗い廊下にまぶしい光が差し込み、看護婦の顔は強い逆光で見えなかった。笑われてるだろうか?

「そうですか……」
  背中を向けて歩き出す。ヒーローですら答えは知らない。俺はヒーローじゃない、大切な人をとっても誰も責めない。
「デモね、私なら」
  看護婦は続ける。俺は、足を止めた。
「両方取るよ。」
  目の前が明るくなったような気がした。はじめから切り落としてどうする。ヒーローだから切り落とせるのだ。凡人の俺は、永遠切り落とさないで迷うほうがお似合いだった。そんなことはじめから判ってた。
 頭を下げる。頬がぬれてたので振り返らない。駆け出す。今はそれが一番のはずだ。


・三題話 第066話
お題 :「激走」「土」「カラー」
 
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 ずっと、ずっと考えていた。状況があまりにも不確定すぎる。それに、手に入れたあとどうしたらいいのか、というのが思考の邪魔をする。撮影所に向かうタクシーの中、外を見上げならが思考する。窓越しに、外の冷たさが車内にまで染み込んできていた。流れる風景は、カラーテープのように尾を引きながら通り過ぎていく。
 切られた瞬間に死ぬわけではないが、かといって一日以上発動しなかったという報告はあのレポートではかかれていなかった。もちろん例外もあるのだろうけど、それを考えればきりが無い。間違いなくあの日、上木はウンメイノタチに斬られた。事例だけをみて信じるなら、1,2時間以内。下永吉さんの死亡した場所を考えて、あの部屋に間違いない。上木と下永吉さんの共通点が、そこしか見出せないというのが正解か。少なくても、唯が推理できたというのを考えても、その辺りではいとおかしい。
 形状はどうだろうか? 斬るモノとして作られたもの、もしくは斬れるモノのどちらかに絞られる。たとえばガラスの破片。紙の端もそうだ。斬れるモノに関しては少なくても実際に触れる必要があるということは書いてあった、ということは、斬るモノとして作られたものならふれる必要すらないのだろうか。効果範囲がわからない。死を願った使用であるのなら、一度で終わってるはずなのだ。いや、まて。
 唯はなんと言っていた?
『切る運命が無い場合、ウンメイノタチはどうなる?』
どうなる? 人を殺す武器になる。基本的に人間に存在している運命は数多に枝分かれしている。偶然にもっていない運命を切り裂くことは意図的には不可能だ。
 となるとやはり、ウンメイノタチの今の現状は、最悪なことに、意志をもって振るわれ、しかもその状態で複製されている。無差別に発動しているが、彼らだけ狙われた運命を持っていなくて死んだ。といったところだろうか。これではオリジナルを手に入れても、新たに振るうことが出来ない。いや、それならオリジナルが偶然運命をきって効果を無くしているはずなのだ。さっぱり判らない。
「お客さん、着いたよ」
  運転手の声に意識が引き戻される。忘れていた寒さを体が思い出した。車内は暖房が聞いていたのにもかかわらず、お構いなしに冷気は差し込んでくる。
「4520円ね」
  言われて財布から札を一枚。個人の移動なので、領収書はもらわなかった。礼をいって道路に出る。風はないが、空気がシンと降りてくるような冷たさだった。雲に覆われた白い空が、ことさらに寒さを煽る。身震いをひとつ、俺は撮影所に入っていった。

――― ウンメイノタチ ―――
第六話 逡巡のウンメイ

 都会に住むと、土を踏みしめる事が無い。だが、撮影所は野外撮影ように土がある一角があったりする。ただ、撮影に使われる以外に使用されれないので手入れはほとんどされていない。だから、冬が近づき乾燥してくると、埃がすごい。見上げた建物の向こう側が白く染まっている。舞い上がった砂煙は音も立てず俺を通り過ぎていった。冬の匂いが鼻を掠める。息が少し白いことにきがついた。
 足早に、たどり着いた一室は、今も綺麗に整理されたたずんでいる。いまだ、作業は終わっておらず、ちらほらと映画の製作に携わったスタッフが歩いているのを見かけた。
「平川君、君も作業?」
  言われて振り返るとそこには、助監督の羽村が立っていた。腰が低いのは相変わらずで、今も働いているスタッフに挨拶をしている。ほとんどの人間の名前を覚えてるのがすごい。教師でもやっていたほうが彼にとっても良かったのではないだろうか。本人に言うと、恥ずかしそうに薄くなり始めた頭を掻くだけだ。
「いえ、ちょっと気になることがありまして」
  そういうと、羽村はあまりみんなの邪魔をしないようにね、と言い残して去っていった。小奇麗なスーツはブランド物だろうか。確か家はとんでもない金持ちだと聞いたことがある。うわさの域をでないが、とりあえず普通より金もちなのは確かそうだ。
 そういえば、羽村はこの部屋から出てきたが何をしていたのだろう。部屋を覗き込むと、もと下永吉の個人部屋だったこの部屋は、いまや音響のやつらの荷物置き場へと化していた。まったく、かなりの時間がたったからといって、元音響監督の部屋をこういう風に使うというのは、どうなのだろうか。少々疑問に思いながらも、部屋にはいる。効果音のDATテープや、BGM候補などたくさんの乱雑な小物が並べられていた。日本刀はそのままだ。けれど、これではない。これを写真にとったのなら、別なのだけれども。
 ――― 心に引っかかる感覚はいまだに慣れず ―――
 写真による複製が可能なのに、映像による複製が不可能だと誰が決めたのだ。
 日本刀を手に取り、撮影所の中を走る。
 水。水が必要だ。
 激走する俺をみて、驚くスタッフたちを尻目に、手近なトイレに駆け込む。
「おっと」
  トイレから出ようとしていた羽村さんと鉢合わせをしてしまった。
「すんません」
  頭を下げながら、それでも足を止めない。蛇口から水を力いっぱい出す。摸造の日本刀を抜き放つ。鉄がこすれる音、一瞬日本刀が震えるように音を鳴らした。日本刀を水に近づける。水をはじけばこいつは……
 遠くの方で足音と、叫び声が聞こえる。
「羽村監督!!」
  トイレの出口を見ると、羽村監督の足が。倒れている。間違いない。日本刀が水にあたりはねる音が聞こえる。振り返る。
 日本刀は目の前で、水にぬれてライトの光を跳ね返していた ―――


・三題話 第067話
お題 :「電磁」「木」「英雄」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 咳をしている唯を見下ろしている。得体の知れない怒りが胃の辺りで渦巻いている。風の冷たさも判らなくなっていた。光は差し込んでいるのだろうか?
 どうして唯だけがこんな苦しみを味わっているのだろうか。唯の目は開かない。呼吸と同時に、軽い咳が一緒に出ている。手を握ると、握り返してくる、まだ意識はあるのだろう。けれど、しゃべる力も、目を開く力も彼女にはのこっていなかった。少し前までアレほど元気だったというのに。納得がいかない。無理やり打ち込まれた薬の所為なのか、肌はぼろぼろ、抜け毛もひどい。
 薬で、体をぼろぼろにしてほんの少しだけ寿命を延ばすだなんて、ごめんだ。唯はそういっていた。言われたときは、わかった風でうなずいていたが心の中では否定していた。苦しんでも、生きているほうが絶対に良いと思てった。けれどちがった、握った手からは、薬を打ち込んだ医者に対する怒りが伝わってくる。こんな姿をみると、拷問の時間を増やしてるのとなんら変わらないんじゃないだろうか、などと考える。医学は間違ってるようにすら思えてくる。
 唯が手を引っ張った。まるで隙間風のような、軽い音。呼吸すらままならないのか。何かいいたげに、唯は俺の手を引っ張った。口元に顔を近づけてみる。
「……いまだ生を知らず……いずくんぞ死を知らん」
  口元が引き上げられる。とんでもない精神力だと思う。この期に及んでまだ笑う。まだ、彼女は死を語ることすらしないという。こういう物言いには長い付き合いだ、十分慣れてる。俺が心配してるのを見かねたのだ。苦しんでいる本人のほうがしっかりしていてどうする。頬を伝う水をぬぐい、俺は立ち上がる。胸に残るのは、怒りではなかった。唯の状況を悲しむ悲愴でもなかった。純粋な意思だけがある。
「ちょっと出かける。必ず帰ってくる」
  そういうと、唯の手が離れた。眉尻が下がる。諦めたような顔だった。医学が与えたのは、時間と、一秒が永遠にも感じるような苦しみ。その時間で、手に入れてみせる。まるで英雄然とした心に、少し皮肉をこめて笑ってやる。間に合うと信じる。間に合わないかもなどと心配などしない。気が付けば、自分は病院を飛び出していた。

――― ウンメイノタチ ―――
第七話 行動のウンメイ

 間違いなく、ウンメイノタチに斬られて生きている人間がいる。日本刀では無いのも確かだ。自分と羽村さんの入れ違いは一瞬だった。羽村さんを切り、そのあと俺が手にするまでに発動した形跡はない。日本刀ではない、あったとしてもそれならもう二度と事件はおきない。複製されたとして、ウンメイノタチが日本刀だとしたら、あの日本刀がオリジナルなのは明白だからだ。多分、あの評論家が死んだのが一番判りやすい。撮影所と評論家の、つながりは、映画のテープとそれを郵送した封筒。何を送ったのだろうか。もしかしたらそこに答えがあるかもしれない。風が強くなってきたのか、木がこすれる音が聞こえる。もう、冬本番だ。新しい映画の撮影だろうか、スタッフらしき人たちがあわただしく走り回っている。いまや俺たちが手がけた映画は、のろいの映画として脚光を浴びている。スタッフが何人も死んでるのだ、あたりまえでもある。監督は平然とさいごの調整を行い、広告制作に余念がない。あまりに冷酷かとも思われていたが、取材を受けたさい、監督はテーブルをひっくり返して叫んだ。彼らに対して自分は、作品を作り上げること意外に、墓前にそえるものは持ち合わせていない。人気取りのための殺人などのうわさも、その一件以来公に出てくるようなものはなかった。
 逆に、ネットをみればウンメイノタチの話で持ちきりになっている。いろいろな推論が飛び交い、がせねたが飛び交っている。しかし、報道されている情報は少なすぎ、核心てきな推理はでていなかった。もっぱら、殺人犯探しに躍起な彼らは、どこかに意思を見出そうとしているのだからそれこそ徒労でしかないのだろうけど。ただ、ひとつだけ唯が開いていたサイトに気になる記述があった。
 ――― ウンメイノタチは報道情報に偽りが無ければ、まだ存在している ―――
そのサイトの管理人は、間違いなく唯と同じ答えを導きだしたのだろう。メールを試しに出してみたが返信は簡素なものだった。情報の不確定さと、推論の域をでない情報を他人にまことしやかに教えることは出来ない。との旨がやんわりとかかれていた。ただ最後に、探しているのなら、ウンメイノタチという名に惑わされないようにと付け加えられていた。どういった意味だろうか、いまだ答えはわからなかった。
 まずは、評論家に送ったものがどんなものかを調べる必要がある。たどり着いたのは、いまだ作業を行っている広報部だ。
「ああ、平川さん。どうしたんです?」
  声をかけられたので、そのまま用件を話すと。彼は一組の郵送したテープとそれを入れている封筒を持ってきてくれた。見るだけで発動することはない。それなら、まずこの広報部で誰かが死んでいるはずだからだ。一式をくれるというので、そのまま封筒を受け取り、休憩室へと足を向ける。郵送中、移動中に発動することは無い。でなければ、間違いなく郵便局員がしんでいるだろう。もちろんこれが、広報部の誰かの運命を切り裂いたあとで、もうウンメイノタチとしての効果がまったく無いということはありえる。はやる気持ちを抑え、ゆっくり歩く。休憩室はすぐそこだ。
 休憩室には誰もいなかった。いつもは非喫煙者が何人かはたむろしているものだが。都合がいいことには違いないので、おくのテーブルを陣取ると封筒を開けた。

 テープ。
 広告。
 カード。
 封筒。
 テープは通常のビデオデッキに入れるやつだ。最近ならDVDだとおもったのだが、テープでの配布らしい。広告は、雑誌ようの広告から、電車の中ずり、新聞広告にいたるまで、紙媒体すべてのデザイン案が収められていた。カードには、監督の挨拶やら作品紹介やらががかれている。電磁式のIDカードになっていて、これで試写会にも参加できるという寸法になっている。
 封筒を開ければ、下手に動かすわけにもいかなかった。いまさらながらに、水を用意しておくべきだったと後悔する。
「いよぅ、平川〜。珍しいねこっちにいるなんて」
  顔を上げると、同じ映像担当の同僚が背を向けて立っていた。ジュースを買っているらしい。それをみて、飲物を自分も買おうと立ち上がった。
「おあっ」
  いつのまにかに目の前にきていた同僚に頭をぶつける。
「ああ、スマン」
  謝った瞬間、背中で水がはじける音がした。振り返る。机にあったものが、ジュースでぬれていく。その中で ―――
「おい、これ。何でぬれないんだ?」
   ウンメイノタチはすぐそばにあった。


・三題話 第068話
お題 :「救急」「金」「変身」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 まるで三流映画のヒーローだ。駆けずり回って、たどり着いたのは。事の発端の、元下永吉さんの部屋。しばらくご無沙汰だった運動に、呼吸は乱れに乱れている。まるで犬のように、舌をだして呼吸をする様は、本当に無様だった。しかし、これでオリジナルが手に入るというのなら、これは願ったりかなったりである。汚れて物が増えたこの部屋の中にオリジナルがあるはずだった。
 急がないといけない。まるで金を探している泥棒のように引っ掻き回す。こんなことをしている間に、唯は苦しんでいるのだ。ゲームの話みたいだ。村娘を助けるために、モンスターを切り倒しながら薬草を探している。村娘は、心優しい人で、モンスターと仲良くする方法を探しているのだ。そして、主人公はそのモンスターをなぎ倒して薬草をとってくる。最後のお決まりは、仕方が無かったんだ。だろうか。
 思わず笑いが漏れる。手に入れるなら、手を空にしてからだ。簡単なことだ、天秤にかけてやればいい、そうやってひとつずつ捨てていけばいいのだ。映画を見る人間など、どうみつもっても、数万人を超える事は無い。それに、見たら死ぬなんてことが判れば客足も落ちるし、放映もとまる。せいぜい初日の数百人。しかも増える事は無い、誰かの運命が切れればそこでウンメイノタチはきえるのだ。問題ない。知らない人間と、唯の命なら比べるべくもない。
 気が付けば、掻き分けたゴミにしか見えない資料に、埋もれている。DATテープと紙の資料。没になったコンテなんかもおかれていた。けれど目当てのオリジナルはみつからなかった。近くにしようされていないコピーも存在しているだろうが、簡単に切れるものではないというのもわかった。上木が死んだ理由も。俺の目の前であいつは切られていたのだから。間違いない、俺はミスを犯さない。それでも慎重に、部屋を探していく。
 
――― ウンメイノタチ ―――
第八話 決心のウンメイ

 結局。その日は見つからなかった。意外と数が多い。オリジナルならすぐわかるようなものだが、とりあえず視界にははいってこなかった。しばらく部屋をあさっていると、音を聞きつけて、人がやってきた。
「平川さん? どうしました? 今日は羽村さんの葬式っすよ?」
  振り返ると、喪服を来た後輩がたっている。おなじ映像編集の担当だったが、彼はそのあとCMや広告の方も手伝っている。
「なぁ、アレないかな? さがしてんだけど」
  そういって手で、ウンメイノタチのオリジナル宿っているはずのモノのジェスチャーをする。
「ああ、あれっすか。元はとっくに捨てたような」
  なっ
 目の前が真っ白になる。バカな、それではすべてはとっくに終わっているというのか。
「い……いつだ? 捨てたの? わかるか?」
  のどがからからに渇く。腹部の辺りに嫌な感覚が生まれる。体中が痺れたような非現実感に襲われている。
「えーっと……、聞いたのは1ヶ月ぐらい前ですから。それより前っすね」
  頭を殴られたようなショックを受ける。なんだそりゃ? だとしたら何で羽村さんは死んだ? 何もかもがおかしい。推理が間違っていたのか。しかし現実にコピーはあそこに存在し、水をはじいた。ということは、それよりまえにオリジナルがあったということか。これより前だなんて、どこのことをいってるのか。もう思考は停止していた。
「葬式だったね……」
  立ち上がる。自分でもフラフラしているのがわかった。ああ、もうこんな時間なのか。時計をみて思う。ああ、喪服に着替えないと。思考はウンメイノタチのオリジナルで埋め尽くされていた。

 羽村さんの葬式はそれはもう豪華だった。とんでもない金持ちだったのだろう。本家とかいうところから、いろいろな人がきていると聞いた。しかし、家族が死んだというのに、なんなのだ。誰も泣いている人を見ない。いや、仕事仲間には泣いているやつらを多々見かけるのだけれど、羽村家の人たちは一人として涙をながしていなかった。
 これが、あの人当たりが良い羽村さんの家族なのだろうか。懸命に涙をこらえている風にも思える。本家とかいうやつらもなんだか冷たい感じだ。挨拶をして、列に戻る。と、声が聞こえた。
「おっちゃん!! なんだよそれ!! 俺はしんじねぇぞぉ!!!」
  叫んでいる。大学生ぐらいだろうか、いや社会人かもしれない。遠めなので良くわからないが、スーツが着慣れていない感じの男が叫んでいる。回りの家族は誰も止めない。同じ気持ちなのだろう、あまりにも押し殺して感情が感じ取れなかっただけだ。羽村家の人たちも彼をじっとみている。まるで、変身ヒーローの仮面のように無表情。男はそのまま叫びつづけている。
 しばらくすると、列から女性が飛び出してきた。男より若い。遠めなのでそれぐらいしかわからないが、なにやら叫んでいる。
 と、いきなり男がぶっとんだ。
 あまりの事態に、目がくぎ付けになる。同僚たちもおなじのようだ。ただ、羽村家の人たちは誰一人として取り乱したりしていない。金持ちは怖い、まるで軍隊のようだ。感情を押し殺してでも、プライドを捨てないというのか。
「…………!」
  女性が叫んでいるが、回りもざわめきだして声が聞こえなかった。
「怖い女っすねぇ」
  同僚の一人が呟く。まったくだ、苦笑いを返す。こぶしひとつで、男を数メートル吹き飛ばしたのだ。今は、首根っこを抑えられ、引きずられて列に戻っていくところだ。ああ、彼はきっと人生苦労するだろうな。それだけは判る。自分もそうだからだ。唯が健康だったら俺もあんな感じだっただろうか。
 考えた瞬間また意識が落ちていく感じがする。胃のあたりに沈む嫌な感覚だけはいまだなれない。そして、やはり許せないのだ。なぜ唯は元気じゃないのだ、どうして唯が苦しんでいなければいけないのだ。どす黒い意思は、一瞬あとには自己嫌悪になる。悩んでも仕方ないし、他人をうらやむのも筋違いだ。たまった言葉を、ため息と一緒に吐き出した。

 唯は、日に日にやつれていた。それでも、俺が来るのは、判るらしい。ありがたくて涙が出そうになる。
「唯、ウンメイノタチがどれかはわかった。ただオリジナルがどこか判らない」
  ため息をつく。こんなこといっても、唯には気休めにもならない。大体、俺がそれを手に入れることすら彼女は反対なのだから。唯が力をいれて手を握ってきた。
「すまない。可能性があるなら賭けたいんだ」
「……いくな……君は、私の手を握っていればいい……」
  もう、握ってくる手の力すら気をつけていないと判らないほどだ。何も無ければ、俺もここにいつづけただろう。
「唯、オリジナルの場所を教えてくれ」
  諦めない。救急車じゃ助けられない。ヒーローでも無理だ。でも、目の前に届きそうなところに、何でもかなえてくれるモノがある。
「……君が探したのは、一世代目だ、今までは二世代目が人を殺していた。オリジナルはもっと別の場所にある……」
   すべてがつながった。まるで台風の目に入ったかのように、一瞬で空が晴れ渡る感覚。オリジナルは撮影所にはないのだ。
「ありがとう……」
  唯に口付けをする。薬の匂いがした。
「一つの命を救える人は、世界も救える……間違えないで」
 
唯のてが離れる。立ち上がり、見下ろした唯はこの前にあったときより一回り小さくみえた。許せない。何もかもが許せない。唯は俺のことを許さないだろう。けれども、俺は唯がこのまま死んだら世界が許せなくなる。
 走り出す、部屋を出ると看護婦が立っていた。
「あ……どうも」
  頭を下げる。看護婦は会話を聞いていたのだろうか。彼女は俺を認めるとゆっくりと頭を下げた。まるで……
 俺に、許してくれといわんばかりに ―――
 風を切る音が耳にはいる。どうしたらいいのか判らない。だから走る。



・三題話 第069話
お題 :「未来」「月」「ロボット」

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 問題はたった一つだった。使用されていないウンメイノタチの複製は、オリジナルが健在な間、オリジナルと同等のものであるということ。その所為で、第二世代、コピーのコピーが存在することになる。未使用のオリジナルから複製された第一世代のコピーは、意思を持って複製された。そのため、第二世代は使用中の状態で存在している。
 コピーはオリジナルが消えないと消滅しないので、この状態で第一世代が消滅しても第二世代は存在しうるということになる。問題はここからだ。未使用のオリジナルを使用し、オリジナルの消滅させれば、コピーは消えるはず。第一世代は確実に消える。だが、第二世代は使用中なのだ。つまり消えない ―――

――― ウンメイノタチ ―――
第九話 諦めのウンメイ

 第二世代を消す方法は……ない。レポートの報告には無かった、だからオリジナルを使用したあと第二世代が消えるという確証はひとつとしてなかった。今回は簡単に複製できるものがウンメイノタチになったのが問題だった。いまさら悔やんだところで、何の意味もないのだけれど。
 夕日がまぶしい。気が付けば、病院からずっと走っていたらしい。振り返ると夕日に照らされている病院が見えた、ちょうど屋上の辺りに月が見える。もう空は真っ暗だ。冬は日が落ちるのが早い。ため息が白い色をまとって目の前に広がる。風がないので、あまり寒くないのが救いだ。
 通りかかったタクシーを止めて乗り込む。タクシー独特の匂いが鼻をついた。目的地を告げ目を閉じる。背中で感じる車の廃棄音をBGMにして、思考は同じ場所をぐるぐる回る。
 今ある第二世代のウンメイノタチは、あの状態からして複製品を全部破壊することは不可能だ。数すら計り知れないだろう。一掃するのなら、方法はひとつしかない。それ以外になにかないだろうか。オリジナルは未使用のままのはずだ、だったら俺がコピーすればいい。未使用のままコピーすればすべては解決するじゃないか。
 ああ、なんて自分は頭がいいのだろう。閉じていた目を開き。タクシーの運転手に急ぐように声をかける。時間は18時過ぎ。忍び込むなら都合がいい。まったく人がいないわけでもなく、かといって人が多いわけでもない。何とでもなる。故意にウンメイノタチの複製が作られていなければだが。
 思い当たって、体中の機関が停止したような、そんな恐怖を覚えた。故意だったら。その疑問は一瞬で俺の頭の中を埋め尽くした。第一世代は目的なしに複製され、第二世代は使用された状態で複製されている。第一世代だったはずのものは、もうこの世にない。都合が良すぎないか? まるで第二世代を振りまくためだけに仕組まれたような感じがする。いや、偶然だ。思考を追い出そうと頭を振る。けれど、上木の持っていたレポートといい、何かが出来すぎているような気がする。恐怖が、背中にのしかかってくる。
「電話……いいですか?」
  運転手に確認を取り、上木の同僚に電話をかける。すぐに相手が出た。
「どうした? 珍しいなこんな時間に」
  どうしてもひとつ、確かめたいことがあった。よだれを飲み込む。俺が質問をすると、彼はしばらく考えたあと。思い出すように語った。
「んー、ちょうど映画撮り始めるときだよ。人からもらったといっていた」
「どんな物でもらってた?」
「持ってたのはCDだったな、どこでもうってるCD-Rだよ。すぐに捨ててた」
  ウンメイノタチのレポートは、間違いなく故意に上木に渡されていた。予感は確信に変わり始めている。まるで、引き絞られた引き金のように。
「その、もらった人ってどんな人かわかるか?」
  もう、のどはカラカラだった。
「えっと。ああ、なんかいってたよ。名前とかは知らないつってたけど」
  同僚は、思い出すように一呼吸おく。
「男で、年は高校3年か大学1年ぐらい。背はそんなに高くない。いまどきの若者なら普通ぐらい。声がまるで役者みたいに通る声だったって。あと、ずっと言ってたのが目つきだな」
「めつき?」
「えっと……人殺しの目だつってたな。あと、目が一瞬赤く見えたって。あと、独り言をぶつぶつ呟いてると。あぶねーやつだな、あったらすぐにわかりそうだ」
 
彼は笑いながら言う。赤く見えたのは錯覚だろうが、人殺しか。俺は、礼を言って電話をきった。印象が強烈だったのだろう、上木は細かく人に伝えていてくれていた。いや、すべてこうなることが予測済みだったのだろうか。
 レポートがあれば、間違いなく結論はあの場所に行き着く。羽村さんの一件と、レポートが無ければ、間違いなくもう安全だと思い込んでいただろう。すべて、気がついた人間をあそこにおびき寄せるための計画。
 バカな考えをしているものだと、頭を振る。非常識なものを目の前に、常識てきな考えができないでいるのか。思考は回る。タクシーは進みつづける。
 もうひとつ筋書きが出来上がる。複製したのが故意であり、偶然であり、どちらにせよ、それをとめようとしているものがいるという。都合が良すぎるだろうか、レポートを渡したのが対抗勢力だとして、イメージを聞く限りどう考えても悪人だ。
「着きましたよ」
  運転手の声で我に返る。金を払って、俺はタクシーを降りた。

 外の風が冷たい。もう、日は暮れきって夜になっていた。冷たい風で頭が冷える。危うくわけのわからないアニメのような展開になるところだった。けれど、今からもぐりこむのはまるで漫画のような状態に違いない。仕事の関係だといえば、中には入れる。けれど、オリジナルを探しだすにはどうしても、関係の無い場所に行かなくてはいけない。警察につかまる未来が見えるようだ。警備ロボットみたいなのが確かうろついているという話も聞いている。深呼吸。裏口に回って守衛にあけてもらおう。前から入るわけにも行かない。
 守衛に挨拶をして、扉を開けてもらう。順調。中に入ったところで、特に臆せず知り合いに挨拶をしながら突き進む。と、携帯がなった。
「もしもし?」
「あ、平川さんっすか! そろそろ始まりますよ、こないっすか?」
  軽薄な声、映像担当の後輩だ。
「なにが?」
「え? 試写会ですよ。 テレビの人とか評論家の人もいっぱいきてるっすよ」
  落としそうになった、携帯を無理やり押さえつける。足が震えている。
「な……ん時から?」
「えっと、19時からです。あと10分ないですね。これます?」
   まるでテロ予告だった。アレが流れれば、間違いなく大量殺人が起きる。



・三題話 第070話
お題 :「秘密」「日」「特撮」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「試写会始まりますよ? 平川さん」
 
――― ウンメイノタチ ―――
最終話 己のウンメイ

「あ、ああ。すぐに向かうよ。遅れるかもしれないけど」
  乾ききったのどから、かすれた声を絞り出す。
 足は、歩きつづける。上木ほどじゃないが、ここにはよくきている。どこに、何があるかぐらい俺でも判る。
 携帯は、後輩の明るい声で切れた。対して俺の心は、深く深く沈む。まるで、失恋したときのようなくらい思考。まるで、人生最大の悩みのような、人生の分かれ目のような感覚。しかも決断するのは残り10分。もし、コピーできなかったら? 思考は常に最悪の事態を想定する。けれど、見ないことにすれば簡単だ。そうすれば、時間制限さえない。ゆっくり手に入れて、唯が病で倒れる運命を切り取ってやればいい。だがそれは、同時にともに働いてきた仲間の命を切り捨てることになる。アニメじゃないのだ、特撮ヒーローでもない。この先にいるのは、悪の組織の幹部ではなくて、ただの警備ロボットと警備システム。そして、関係の無い職員。故意にコピーされたとしても、この先にいるのは変わらないだろう。少々警備が厳重になってる程度だ。オリジナルがコピーできることを祈る。
 足を速める、奥に行けば行くほど人の流れは少なくなる。気がつけば、全力で走っていた。
 行き止まり。足をとめ、顔を上げる。
「A-1」
  この部屋だ。間違いない。しかし、頭の中に一瞬疑問がよぎる。
 何個かの警備システムはあった。カードキーを使わないと空かない扉。感圧床入出記録システム。顔認証。指紋もあった。けれど、すべては職員が移動するときに空く程度のシステムだ。マンションの入館規制程度。カメラによる記録は、その日に消えることを知っている。子供が想像する秘密基地ですらもっと警備は厳しいだろうに。時計を見れば残り6分。余裕だ。コピーをして、すべてを終わらせるだけの時間はある。
 扉に手をかけ、力をこめる。かぎはかかっていない。蝶番が軋みをあげる。扉が開いていった ―――
 暗い室内にはいり、扉を速やかに閉める。閉まるのを確認し、スイッチを探す。多分ここらへんだ。手を壁につけて、手探りするが見つからない。
 と、いきなり視界が明るくなった。
「なっ」
  驚きに声が漏れる。目の前に、先客がいたのだ。
「……」
  声が出ない。驚きに叫びだす口を必死で抑える必要もない。上木の同僚から聞いた、レポートを渡した人間のイメージとそっくりの人間が目の前に立っている。手は壁に。電気をつけてくれたのは彼のようだ。大学1年、もしくは高校3年。背は最近では珍しくない程度の高さ。声はわからないが、目つきでわかった。目は黒いが、確かにこの目つきはヤバイ。気が付いたときには後ずさりしていた。
「残念ながら、コピーは不可能だ」
  耳元で言われたような錯覚を覚えるほどの、通る声。間違いない。
「なぜ……」
  彼が肩をすくめる。辺りを見回して、彼が言ったことが理解できた。無いのだ、この場所ならあると思っていたが無い。コピーするためのものが。いくら複製が簡単とはいえ、鉛筆と紙で複製できるわけではない。ここは、ただの倉庫だった。時計を見る、まだ間に合うかもしれない。残り時間は3分。試写会だ、間違いなく時間どうりに流れるだろう。挨拶も、説明も上映後になるはずだ。
「好きにしてくれ、俺は使えないんだ」
  そういって、彼はオリジナルが入ってるであろう物を投げてよこした。軽い音がする。
「は?」
  間がぬけた返答をする。受け取ったものから視線をはずし、彼を見る。
 目が赤かった。体中から嫌な汗が吹き出る。
「人間にしかつかえないんだよ」
  一瞬、目が赤く見えた。間違いない、そして彼にダブって女性が見えた気がした。
「あんたは……」
  目をこするが、目は黒い。後ろに女性も見えなかった。けれど、嫌な汗は引っ込まない。呼吸が乱れているのが自分でもわかった。
「その手にもってる化け物と同じ」
  声が重なって聞こえる。男の声の裏に、女性の声が聞こえる。幻覚の次は幻聴だろうか。もう、どんどん意味がわからなくなってくる。
「それより、早く決めるんだな。もう時間が無いんだろ?」
「うっ」
  思考が引き戻された。コピーは不可能。あと数分。問題の部分は放映が始まってもすぐには流れないんじゃないだろうか。まだコピーは ―――
「冒頭で流れる。本当に時間はないぞ」
  目の前の男性はすべてをしっていた。そして、希望をすべて切り捨てていった。
 ちくしょう。唯を救うって決めたんじゃないのか、何でいまさら。手からテープが転がり落ちる。映画の効果音が収められているDATテープだ。
「斬る効果音にとりつくとはね……おい、あんたが使わないなら破壊するぞ」
  テープが取り上げられる。
「あ……」
  情けない声がでた。神様は両方取ることを許してくれなかった。それどころか、このままでは最悪の事態だ。唯は助けられず、試写会に参加した人間の中で何人かは確実に死ぬ。けれど、俺はどうしたら……。
 答えは出ていた。目の前の男からテープを引っ手繰る。
「……」
  深呼吸。目をつぶる。心の中で、許してくれと呟いた。
「ウンメイノタチが存在する運命を斬る ―――
テープに手をかけ引き出す。一瞬、何かがちぎれる音がした。同時に、体中の力が抜ける。体が空っぽになったような感覚。じわじわと染み込んでくる事実。
 俺は、唯を、殺した。空っぽのはずの俺はあほみたいに涙を流し崩れ落ちる。
「……大した英雄だな。反吐が出るぐらいに」
  声が聞こえる。意識が落ちていく。ウンメイノタチの反動だろうか。まるで眠りに落ちるように俺の意識はきえていった ―――

 日に照らされて目がさめる。日? 朝になっているのだろうか。目を開けると、音響科学研究所ではなかった。
「病院?」
  顔を上げる。かぎなれた匂いがした。
「おはよう……隆之」
  声に驚き振り返る。目の前には唯がいた。相変わらずぼろぼろで、目は開いていない。
「な、どうしてここに」
「昨日……君を連れてきた人がいたんだ。全部……聞いたよ」
  苦しそうな声。本当なら唯を……
「すまない」
  唯の手を握る。涙が流れた。
「……謝らないで。君は……私の望みをかなえてくれたじゃないか……」
  顔を上げると、唯がこちらをみていた。
「謝るのは私だ。すまない……私のわがままに付き合ってくれて……」
  何もいえなかった。声を出そうにも声は出てこない。手を力強く握り締めと、唯がわらった。
「あなたより先に死ねるのは……私にとって一つの幸せだ……なんて嘘だね。死ぬのはいつまでたっても……怖いものだ。君が悲しむならなおさら」
  軽く、咳き込み唯は続ける。俺は、唯の言葉に耳を傾ける、今はそれしかできなかった。
「だから……許してくれ……最後ぐらい気弱になることを」
  唯の頬に光る筋がある。今まで、どんなことがあっても涙を流さなかった唯が、泣いていた。手を伸ばし、涙を拭いてやるが、唯の涙は止まらなかった。
「……隆之、死にたくないよ……」
   その日、あの気丈な唯がはじめて泣いた。死にたくないと泣いた ―――

 葬儀に参列するのは最近ではなれたものだと思っていたが、やはり割り切れるものでもなかった。あの日、最後に唯が言った言葉を反芻しながら、何とかこうして立っている。唯の両親に、頭をさげ式をあとにする。
『ありがとう』
何度も、あの言葉を頭の中で繰り返す。外にでて路地を一人歩きだすと、目の前にあのときの男が立っていた。赤い目の男。
「英雄さん、気分はどうだい?」
「最低だ」
  吐き捨てる。後ろでカカッと笑い声が聞こえた。
雪が降る。唯はもういない。

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