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【セカイジュノチ】



・三題話 第051話
お題 :「侍」「寒い」「左手」
  第一話:樹(ジュ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 冷たい島。見渡す限り水しかないこの場所はそう呼ばれていた ―――
 
 青、青、青、青。目に映る色は全て青。ここは、水しかなかった。どれだけ見回しても、そこはあたり一面波もない鏡面のような水だけ。空は真っ青に晴れ渡り、ごくたまに雲がゆっくりと形を変えながら浮かんでいる。音はなかった。眼を凝らすと、遠くに滝のような水の柱が見えた。けれど、近づいてみても波の一つも立たない水面は滝の存在を伝えない。それも、そのはずそれは滝ではなかった。上から水が落ちているわけでも、水が立ち登っているわけでもなかった。それは、停止した水の柱だった。青空と雲に隠れてはいるが、上空に目をやれば空に川が流れている。あまりにも透き通り、水面が揺れないのでほとんどその姿を下からは確認できない。音もなく、風は水面を揺らすほどは吹いていない。ここは、冷たい島だった。冷たい島は、誰も住んでいないというわけではなく、魚もいれば木も生えている。そして、人も住んでいる。
 エオナは軽い足取りで、空を走っている。正確には、空を縦横無尽に走っている川の上をだ。息が切れて肩が揺れているが止まろうとはしなかった。セミロングの髪を揺らし、彼女は走りつづける。彼女が走り去った後には、ほんの少し水面が揺れている。まるでそこに、水滴が一つ落ちたかのような波紋。その波紋を点々とのこし、彼女はある場所に向かっていた。白く透き通る肌に、少しだが汗が滲んでいた。
雲
白いワンピースの服が翻る。エオナが川を飛び降りたのだ。眼下には、やはり川が流れている。綺麗に着地を決めると、また彼女は走りだす。彼女が見上げるているそこには、巨大な水の柱が空に向かって聳え立っていた。遠めに見ればその巨大な柱を中心として、巨木の枝の様に広がっているようだった。巨大な水の柱にたどり着くと、エオナはその華奢な体を柱に飛び込ませる。飛沫も上がらず体は柱の中に吸い込まれていく。そして、彼女はそのまま上に上に向かって泳ぎ去っていった。
 冷たい島と呼ばれるこの一帯は、名前の通りに寒いわけではない。空の青さにあいまって、青一色に染め上げられているのでそう呼ばれていた。冷たい島の周りは凪の状態で、帆船がたどり着ける場所ではなかった。しかも、この冷たい島からは、絶えず水が生み出され辺りの海に流れ出しているのだ。誰もたどり着けない場所、そこにある巨大な水の樹の名は世界樹といった。残念ながら、天の上まで伸びはいないし、その枝葉は全世界の上に広がっていない。根はとくに国の下に伸びることもなく、海の中に消えている。
 エオナは息継ぎもなしに、水の柱を上に上にと登っていた。彼女が唯一つけているアクセサリーが左手首で揺れている。水に反射した光がキラキラとまぶしい。エオナは少し息を吐いた。泡が上に上っていく。それを掴もうと左手を伸ばす。手首に巻きついたアクセサリーが揺れていた。天には眩しい太陽が昇っている、真っ青な空が水の中からも確認できた。急がないと、エオナは力いっぱい手を掻き空を泳ぐ。
 この冷たい島に住む住民は、世界樹と呼ばれる樹の中を泳ぎ、細く伸びた枝のような川の上を歩く。雲の上には小さいながらも、生態系が存在し、世界樹の中にも魚は少数ながら泳いでいる。彼らは、冷たい島から離れない。そして、誰も冷たい島にははいってこないのだ。外の者たちとの交流はなく、行き来しているのは空を行き交う鳥と、水の中を自由に泳ぐ魚ぐらいのものだろうか。
 エオナは細くなった水の柱を飛び出し、空を走る川の上に着地する。近くに雲草が漂っていた。群生する雲草がこうやって小さくなって漂っているのは珍しいことだ。エオナはその雲草を手に取る。雲草は小さいながらもしっかりと根をはり、雲を掴んで離さなかった。掌サイズの雲草は、眺めれば眺めるほど可愛らしく、エオナはそれをギュっと胸に抱く。と、すぐに彼女は我に返ると、また走り出した。胸にはしっかりと雲草が抱かれている。走りつづけていると、程なく村が見えてくる。広がった雲の上には雲草がところ狭しと生えていて、草原の様に群がっている。雲草の上には空樹や鳥が運んできた花が生えている。そして、空樹で作られた家が立ち並んでいた。
「長老様ー」
 村に入るなり、エオナは叫ぶ。息も切れて、大きな声はでなかったが、村は静かで声が長老に届くには十分だった。
 エオナの声に、長老がいえから顔をだした。長老といっても、よぼよぼの年寄りではなかった。長老と呼ばれた初老の男はエオナを認めると微笑んだ。
「おや、エオナ。群れから離れた雲草か。めずらしいね」
 長老は落ち着いた声でエオナに話し掛ける。
「でしょでしょ、かわいいよね」
 胸に抱えた雲草を掲げてエオナは長老の前ではしゃぐ。
「それで、私になにかようかな?」
「そうだ!」
 言われて、エオナは今まで走ってきた理由を思い出す。
「下の根元に人が流れついてるの!」
  
 真人は、諦めていた。探索隊という名ばかりの特攻部隊は形だけの武器と、安物の船だけで世界樹を目指さなければいけなかった。簡単に言えば体のいい人減らしだ。最新鋭の軍船ですら、世界樹にたどり着く前に沈むか中の人間が死んでるだろう。世界樹から流れ出す水の量は半端ではなくて、遠くなればなるほど巨大な波となって船を襲う。世界樹の根元にさえたどり着けばそこは静かな場所だと聞いているが、そんなのは信じられないほど波は強かった。だから、真人は諦めていた。船が大破するか、たどり着けずに飢え死にするか。二つに一つ。そして、予想は的中し、船が大破したのだ。巨大な魚に船底を壊されそのまま乗組員はバラバラ。流れにのって岸につければ御の字とばかりに真人はただ流されるまま身を任せた。諦めなのか、それが最善の策だったのか、しばらくして真人は目を開けた。生きている。おぼれずに、岸にも着かずに自分は生きていた。辺りを見回すと、静かな海だった。空一面が晴れ渡って、気持ちがいい。流れに流されただろうが、沖はみえていなかった。国に戻れば切腹がまっているだろう、真人は想像する。このままもし自分の国にもどっても、逃げ出した逆賊として切腹を言い渡されるに違いない。せめて侍らしく死ねということだ。だから、自分の国には戻りたくなかった。
 このまま流されていけば別の国にいけるだろうか、真人は体に流れを感じながら考える。巨大な魚に服を引っ掛けられ、そのまま一緒に世界樹に向かっている事もしらずに。そして幾日がすぎ、彼は気絶することを選んだ。食料も水も手に入らない状況かで、生き残る術はそれしかないとおもったのだ。そして、彼は世界樹の根元に流れつくことになった。
 世界樹からは、滾々と海に水が流れ出ている。冷たい島に真人はついたのだ。世界樹は暖かく彼を見守る。そして、ふいに彼の顔に影がかぶさった。
「わ、外の人? 耳が丸いや……」
 つぶやいた後、その影はすごい速度で世界樹を登っていった。

・三題話 第052話
お題 :「占い師」「重い」「右足」
  第二話 突(トツ)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないこの場所はそう呼ばれていた ―――
 
 世界樹から生まれ出でる水は、海に流れ出している。流れは根に沿って勢いを増し、予測不可能な根の形にそって乱流となって外に流れ出している。目的がないのなら、世界樹から外にでるのは簡単なことで流れの渦に身を任せるだけでいい。何もない海原に吐き出されるのが落ちではあるのだけれども。外の激流とは違い世界樹の根元は静かなもので、外周に位置する流れの渦とは大違いだった。今そこに、外からたどり着いた男が倒れている。 
 エオナが村人たちをつれ、そこにたどり着いたときも、外からきた人間は根元に引っ掛かったまま動いていなかった。
「耳、まるいね」
 彼女たちとちがって、流れついた人間は耳が丸く短かった。おびえて近づかない村人を尻目に、エオナは倒れている人間を担ぎ上げようとする。
「どうするきだ、エオナ。そいつは外の人間だぞ」
 エオナの手を掴み、村人の一人が言う。
「でも、このままじゃ……離してルクリイ」
 ルクリイとよばれた青年は、しぶしぶエオナの手を離す。誰もが一様に、彼女を見ているだけだった。エオナはそんなこと判りきっているかのように、一人倒れている男を抱えあげようとする。
「村に連れて行ってどうする気だ、エオナ。その男は村には入れられない」
 長老がポツリと漏らした重い言葉に、エオナの手が止まった。長老の言葉に、誰も何も言わなかった。ただ、水が流れる音があたりに染み渡る。時間だけがその音にのって流れていた。
「だったら、このままにしておけって言うんですか? このまま放っておくんですか?」
 エオナは、長老に噛み付くように叫んだ。けれど質問の答えは返ってこない。そんな中、村人たちは一人、又一人と家に帰っていく。誰一人として、エオナの意見に賛同するものは居なかった。静かに長老だけがエオナを見据えている。
「神託が出るまで待ちなさい、それまでは私たちには何も出来ない」
「そんな……」
 エオナは、抱えていた男を水面に降ろした。体中から力が抜けるような感覚を覚える。まだ家に戻っていないルクリイがエオナに手を伸ばそうとした。
 神託を受ける巫女は今も世界樹の一番上で祈りつづけている。その姿は誰も見たことが無い。神託とはいったものの、ただの占い師ではないだろうかという噂も上るぐらいその存在は明らかにされていなかった。別の噂では、死んだ村人がそこに祭られているとまで言われている。

 真人は、夢を見ていた。世界樹の探索隊に選ばれたときの夢だった。侍などといえば聞こえはいいが、結局のところ上が手足の様に動かせる兵隊でしかなかった。規則違反は即、死。命令以外のことをやっても死。それは兵隊ですらなく、ただの駒だといって過言ではない。目の前で、怒鳴り散らす上官が居る。口臭がきつく、目を背けたいがそれも出来ずじっと我慢する。
「いいか! 貴様らは、わが国の探索隊の先陣として選ばれた栄えある部隊である! 目的は、世界樹への到達と経路確保。それだけだ! ―――」
 よだれを飛び散らせ、口から吐き出される口臭に閉口しながら真人はその言葉を聞いていた。全くたまったものじゃない、先陣をきって死ぬ代わりに経路を確立しろといっているのだ。それほどまでに、世界樹にたどり着く道は険しい。経路の確立していない道を進むことがどれほど自殺行為になるのか、そんなことは誰しもが判っていた。上官のご高説はいまだに続いており、真人はうんざりしていた。
「――― 以上、質問をがあれば聞く」
 上官のその言葉に一人の仕官が手を上げた。
「現地の人間に接触した場合の対応はどうしたら良いでしょうか?」
「殺せ」
 質問に、上官はこれ以上無いというほど完結に答えを述べた。
「で、ですが!」
 瞬間、音が響き渡る。乾いた破裂音、音は陳腐で軽かった。続いて耳に届くのは破裂音のエコーと水っぽい音だ。こだまする音に耳を潰されながら、振り向いた先。そこには、今まで同僚だった仲間の胴体だけがあった。頭を無くした体は、少しずつ力なく崩れ落ちていく。スローモーションのように、ゆっくりともう動かない体は床に崩れ落ちた。後ろを見れば同僚の顔だったものが、壁に飛び散っている。
跡
「他に質問はないか?」
 全く声の調子を変えず上官は周りを見回していた。口答えなどすればこうなることはわかっていたのに、バカな同僚に同情しながら真人は静かに立ちつづける。
 結局、バカをやった同僚を片付け出発時間だけはずれ込まず用意する時間はさらに短くなった。結局、航海に出ようが出まいが同僚とおなじ運命なのだ。だから誰も泣かなかったし、なんとも思わなかった。ただ、彼は一足先に言っただけの話なのだ。
 航海は、すぐさま終りを告げた。流れに逆らい無理やり進み続けることがどれだけ無謀なことか。エンジンは当に焼きつき、いつ動かなくなってもおかしくない。おまけに風まで逆風だ。気が付いたときには進路は大幅にずれていた。そして、エンジンは炎上後はただ諦めのままに海に身を投げ出すだけだった ―――
 
 エオナの後ろで男の右足がピクリと動いた。世界樹の根元、透明な幹に寄りかかっていた男はしばらく薄く目を開けながら周りを見ている。
「ふむ、気が付いたようだな」
 長老の声にエオナが振り返る。エオナの視界に、しっかりとコチラを見ている男の顔がうつった。
「良かった、気が付いたんですね。大丈夫ですか?」
 男に駆け寄るエオナ。長老も、ルクリイも少なくなったほかの村人も静かに二人を見ていた。
「……ここは?」
「冷たい島、世界樹の根元です」
 エオナは嬉しそうに答える。
「そうか、それはよかった」
「えっ? ……あれ……」
 音はなかった、ただエオナの胸に男の手が突き刺さっていた。その手はエオナの血に濡れたまま彼女の背中を突き抜け、そして空に向かって差し出されていた。
「あ……れ?……」
 世界樹の根元はエオナの血で真っ赤に、真っ赤に滲んでいった。

・三題話 第053話
お題 :「ガンマン」「暗い」「肩」
  第3話 驚(キョウ)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないこの場所はそう呼ばれていた ―――
 
 深、と静まった周りに真人は一瞬疑問を覚えた。目の前で命が尽きかけようとしているのに、辺りは無音に近い静けさだった。何処までも空は青く、何処までも雲は白い。風は緩やかに流れ、水で出来た樹は風で表面をかすかに揺らしている。どこまでも静かだった。いつもと違うのは、赤く染まった世界樹の根元。
「……」
 周りにいる住民の反応を真人は静かに見守っていた。別に殺すつもりは無かった、ただ体が命令に正直に動いた。一瞬だけ躊躇った腕は、女の体を貫通はしたが死に至らしめるまでにはまだ時間がかかりそうだった。無駄に苦しめてしまったことに、真人は心の中で謝罪をする。
 住民は、ただ静かに真人を見つづけていた。何かを待っているように。だが、真人は待っていられない。何かが起こってからでは対処している余裕はないのだ。女に突き刺さった腕を抜き、たとえ一人でも道連れにしなければならない。
 心の奥底で、何かが軋んだ。無視して引き抜こうとした腕が動かないことに気が付いた。引こうとも、押そうともその手は体から抜ける気配は無かった。
「なに?」
 血は止め処も無く流れつづけ、世界樹を染めるかの勢いで広がっていく。真人が下をみた瞬間、足元の支えが無くなった。そもそも水の上にたっていたのだ、重力に引かれ、真人の体は落ちていく。まるで水の抵抗が無いかのように暗い海の底に落下する感覚。真人は上に上ろうと水を掻くが一向にスピードは落ちなかった。右腕は、動かない。水の中を落下する中で、真人は確かに見た。一緒に落ちていた女が目を開けたのだ。あまりの自体に、真人は肺の中の空気を全て吐き出してしまった。一瞬で目の前が暗くなる、意識をつなぎとめようともがいた手に、女の手が差し伸べられたのを真人は見た。真っ暗な水のなか、上からは血に濡れた赤い光が差し込んでいる。女が流した血はまるで空に伸びる赤いのろし。真人の意識は吊られるように海の底に落ちていった。
空

 エオナは、多少なりと驚いていた。けれど今はそれどころじゃない。落ちていく男を必死で掴んで引き上げようとする。男の服が、ひらひらと水に漂っていた。まるでガンマンみたいだとエオナは思う。でもそれにしては少しひらひらしすぎているかもしれない。外の国の服はよくわからない。と、エオナは一瞬眩暈を覚えた、さすがに血が足りなかったのだ、いくら世界樹に住んでいる民が不死だからといって体力までが無限なわけではない。体力が万全なら引き上げるぐらいわけなんてないのに。ついさっきまで走り回って、しかも胸に風穴まで開けられたのに、自分は何をしているのだろうか。男がエオナに手を伸ばしてきた、エオナはその手を取ろうと手を伸ばす。が、エオナの手が届く前に、男の手は力なく落ちていった。エオナは必死で手を伸ばし、掴もうとする。手が触れた、後ちょっと、エオナは必死で手を掴む。ここまでする必要があるのかという思いが頭を掠める。頭を振って考えを追い出す、手を伸ばした先に答えがあると信じて。手を掴み上を見上げる、赤い赤い水面の空。
 何とか世界樹の根元に引き上げた時には、もうあたりは透明な水が流れていた。エオナが流した血はとうに世界樹から湧き出る水で流されていた。
「エオナ……」
 ルクリイの心配そうな声に振り返ると、長老とルクリイだけはこの場所にまだとどまっていたらしい。
「不可抗力とはいえ、まさか洗礼してしまうとは……」
 長老がため息混じりにつぶやく。
「エオナ、その男を村に運びなさい。自分で運べるな?」
 長老の言葉に、エオナは嬉しそうに頷いた。
「長老!? ですが、この男は!」
 ルクリイが長老に掴みかかった。
「血を受ける洗礼を神託なしに行ったんですよ! それに、あれは明らかに殺意がありました。今すぐにでも消すべきです」
 しかし、ルクリイの進言を無視し、長老は樹を上っていった。見上げるルクリイ。エオナは男を担ぎ上げようとしていた。
「エオナ、やめるんだ。そいつはまた君を殺そうとする」
「ほっといて、ルクリイには関係ない」
 エオナはつぶやくと、男を担いで樹を登っていった。
 静寂が支配する。世界樹の根元では、ルクリイが一人静かにたたずんでいた。
「……」
 見上げているその視線は鋭く、エオナが担ぐ男に注がれている。視界からエオナが消えるまで、ルクリイは静かに見上げていた。日は落ちかけ、赤く染まる辺りに世界樹も吊られて赤くなっていく。まるで先ほど流したエオナの血を吸って、世界樹が赤く染まっていくかのごとく。ルクリイは世界樹の根元を歩き出す。ある程度周りを歩きつづけて、ルクリイは立ち止まった。そして、屈んで世界樹の根元に手を突きこむ。手は何かを探すかのごとくさまよっていたが、突然何かを見つけたように動きを止めた。
「みつけた……」
 つぶやきは風に流されて飛んでいく。誰も受け取らなかった言葉は、そのまま風に待って消える。
 

・三題話 第054話
お題 :「戦士」「激しい」「胸」
  第四話 諦(タイ)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないこの場所はそう呼ばれていた ―――

 世界樹、冷たい島は世界樹でできている。はじめ、冷たい島は水が湧き出る不思議な場所として認識されていた。しかし、研究が進み、観測が可能になった時点でそれは全貌をあらわした。空中にある雲をしっかりと咥え、伸びる水の筋それはあたかも巨大な樹のようであった。うわさはうわさを呼び、そこにたどり着けば不死を得られるなどといった、根もはもないことまでまことしやかにささやかれた。実際、世界樹にたどり着いたという報告は一度もどこにもなかったというのに。もちろん、向かっていった人間は数知れないわけだが。
 エオナは、男を寝かせるとその場に倒れこんだ。空腹と貧血で今にも倒れそうになっている。不死とはいえ、体が治るのに体力を消耗しない道理はない。胸を貫かれたのだ、並大抵の消耗じゃなかった。エオナは、のそのそとはいずりながら保存してあった食料に手をつける。世界樹の民は食事をしない。水を飲み、空気を吸い、光を浴びているだけで十分生命活動を維持している。怪我をしたときのように、体力を消耗した場合は別の話ではあるが。だから、都合よく大量の食料が手に入るということはないのである。とりあえず、エオナは個人的な楽しみに取っておいた少量の保存食を食べ一息つく。ふとおろした視線に、服が破けていることに気が付いた。ああ、服は戻らないものね、などとのんきに服の穴を確認したところで胸が隠れていないことに思い当たった。エオナは必死で思考する。服に穴があいてから、今にいたるまで、どこを歩いたか逐一思い出す。長老はいいとして、ルクリイには確実に見られたに違いない。恥ずかしさのあまり、エオナは頭を抱えてうずくまる。と、横で何かが動く気配がしてエオナは顔を上げる。男が目を開けていた。
「気が付いた?」
 瞬間、男がそこから飛び退った。壁を背に、隙なく彼はあたりを確認している。
「誰もいない、ここまで私が運んできた。ほかに質問は?」
 エオナの言葉に、男の目が見開かれた。
「なっ、馬鹿な……」
「馬鹿なって。私たちは不死だものあれぐらいじゃ死なないよ」
 その言葉に、男はまた驚く。
「ここは?」
「世界樹の上、冷たい島」
 そうやって、少しの間二人は質問と答えを交わしていた。

「どうして、助けた?」
「気分」
 保存食をもそもそ食いながらエオナは答える。胸のあたりを隠さないといけないので、ずっとかがんだままだった。光にあたりたかったので、じりじりと窓際に移動する。立ち上がってもいいが、手を下ろせないので不自然かもしれない。エオナはずっと考えていた。
「でも、どうしてあんなことしたの?」
 エオナは顔を上げて男を見る。
「命令だからだ」
「洗礼のことはしってる?」
「しらない」
 エオナはため息をつく。
「わかった、教えてあげる……」
 本来、血の洗礼は、この地で人間が生きていくのに必要な儀式である。世界樹の頂点にいる巫女の神託により執り行われる儀式で、内容はいたって簡単、この世界樹に住んでいる民の血を体に浴びること。といっても、全身にかける必要もなく肌に血が触れるだけでいいのだ。血を出すのには、特別な道具を使い激しい痛みが体を襲う。これは、そこまでしても受け入れる覚悟があるかどうかを調べるためのものであるといわれている。結局、ある程度の濃度の血が肌に直接触れればいいことになる。水にぬれていたとはいえ、男は直接エオナの体に手を突っ込んだのだ濃度でいうのなら十分であろう。もちろん苦痛も。
 そして、洗礼にはもうひとつ意味がある。
「あなたは、もうすぐこの島を離れられなくなる」
 エオナの言葉に、今まで静かに聞いていた男が驚きに顔を染めた。
「どっちにしろ、簡単に出れるようなところじゃないけど」
 見上げた水平線では、海が渦巻いている。あの渦を乗り越えて、一人で目的地へつくことが可能だとは思えない。
 男は、意を決して立ち上がると部屋を出て行こうとした。
光
「どこいくの? いっとくけど、この村の人があなたに興味を示すことはないよ」
 男が振り返る。
「不死ってのはね、一人で生きていけるってことなの。貴方達のように寄り添いあって生きてきたことなんてない。だから、誰かが死んでも、助けを求めても、何もしてくれない。疲れるだけだから」
 エオナの言葉を無視して、男は外にでる。
「殺そうとしたことは、悪かった。せっかくの忠告もありがたい。だけど、私は侍。戦士だ、だから諦める方法をしらない」
 そういって、静かにエオナの家をでていった。
「あ、名前。ききわすれちゃった」
 日が沈む、風が強くなってきた。
 エオナの穴のあいた服も夜の闇にゆれる。

・三題話 第055話
お題 :「シスター」「軽い」「左足」
  第五話 月(ゲツ)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないこの場所はそう呼ばれていた ―――

 結局のところ、真人は命令を無視した。帰る場所などないのはわかっていたし、あの渦の中を抜けて、外に出られるとも思っていなかった。それでも ―――
「もうすぐこの島を離れられなくなる」
 それは、彼の中で死以上に恐怖だった。外はもう夜で、あたりは寝静まっていた。女を貫いた右手が扱った。体に、からしを塗りたくられたような、そんな痛みだった。突き刺した部分よりも、広がっている気がする。もう、肩のあたりまで痛みは到達していた。真人は肩をさすりながら歩き出す。こんな場所に木があること自体驚きだが、かといって大量に貰い受けるわけにもいかないだろう。船を作るのは不可能か、それともどこかに大量に生えているのだろうか。真人は地面をみて、初めて雲の上にたっていることに気が付いた。踏みしめてみるものの、記憶している地面と何ら変わらない感触が足に返ってきた。草も生えている、あまりに地面らしい感触に、真人はあたりを見回した。月が姿をあらわしていた。
月
緑色の月、痛みから逃げよと、右手は空に上がる。月をつかめるのではと思うほど、空は済んでいる。握ったこぶしの中には月はあたりまえのようになかったが、それでも真人は満足そうに村に視線を戻した。
 あの月は、大昔赤かったらしい。度重なる破壊と汚染の結末に待っていたのは、毒のような色を返す月がひとつ。しかし、振り返れば、きれいな水を湛えた世界樹が鎮座していた。ほんの少しだけ、緑色の月の明かりを反射して、世界中はゆらゆらと表面を揺らしていた。どこまでも静かに時間だけが過ぎている。
 痛みが一瞬さすように訴える。真人はその痛みに、やることを思い出したかのように動き出した。それでも、のそのそと、動きはぎこちない。体の体力がどんどんなくなっているような感覚に襲われている。と、いきなり左足をとられて真人は地面にころがる。いや、下は雲なのでそれは地面とは言わないのだろうか。頬を地面につけながら真人は考える。
 痛みというよりは、衝撃が真人を襲った。それは、先ほどからうずいている右手、右肩のあたりから。外の静けさとあいまって、あまりに非現実的な衝撃は、真人の判断力を鈍らせた。本来ならこの程度のことぐらい対処できただろうが、今の体はほとんど真人の言うことを聞くような状態ではなかったのだ。何とかして、体を起こす。右手が熱いのは洗礼とやらのせいだろうか。そう考えた瞬間だった。
 衝撃は、頭部に及ぶ。世界がゆれた。体を音が駆け巡った。もう、痛い痛くないの状態でもなかったのだ。いったい何が起こっているのか、ただその疑問と、右肩が痛いこと、そしてゆれた視界の端に映った人影。
 人影?
 体が一気に動き出す、右腕の痛みは無視。思考も停止。人がいる、今の衝撃は洗礼とかいうものの所為ではない。体制を無理やり引き起こして、後ろに跳躍。見上げた人影は、月明かりの逆行で緑色に縁取られていて見えなかった。
「さすがに、身のこなしは軽いな」
 呟きが、風に乗って届いた。自分の息遣いがうるさかった。真人は、一瞬周りをみて確認。単独犯だろうか? それとも複数? 
 しかし、その瞬間真人の視界はつぶされた。眼に焼け付くような痛み。容赦のない攻撃は、真人の目をつぶした。それでも真人は声をあげない。味方ははじめからいない。そんなことはわかりきっていたのだ。エオナの能天気っぷりをみて気が緩んでいたのか、それともこの右腕の痛みか。この際、相手はどうでもよかった。だが、それでも視界を奪われたのはかなりの痛手である。真人は、知らず知らずのまに後ろに下がっていた。自分の息遣いだけが聞こえる。相手の足音も息も聞こえなかった。視力が回復するまでだと、真人は下がる。「神様にお祈りでもするか? それとも、シスターにでもなきつくか?」
 いまだ、声の主はわからない。だが、そんなことはどうだってよかった。真人は声の方向に顔を上げる。
「我等は神から見捨てられた民。祈りなどとうに捨てた」
 左腕で体を支えて一気に体を起こす。声の場所で距離はわかった。真人は当たりをつけて飛び込む。
 たとえ見えてなくても、奇襲で速度が十分ならかすりぐらいするはずだ。そうすればつかめる。掴めればもう目などいらなかった。左腕を振り上げ、真人は飛び込む。
 そしているであろう場所に左手を力いっぱいなぎ払った。通常、人間相手であればこの一振りで五人はたやすく吹き飛ばせるであろう攻撃。しかし、不死の世界中の民相手にこれではまったく意味がない。あの女ですらそうだったのだ。あの攻撃ならば、通常体がくっついているはずがないのだ。なのに、腕は彼女の体を貫き穴をあける程度で終わっていた。抜けなくなったのもうなづける。壊れる瞬間から直り始めているのだ彼らは。多分、剣戟では体をすり抜けるように見えるだろう、銃撃であるなら何も起こらなかったように玉だけが落ちるだろう。とんでもない化け物だ。だから、真人はたとえこの相手が誰であれ、手加減するつもりはなかった。
 しかし、渾身の一振りはあえなく空振りに終わった。空を切る音が空にコダマする。目が見えない代わりに音がよく聞こえるきがした。真人は、攻撃を諦めすぐさま飛び退る。右の方から風が斬れる音が聞こえた。
 まずい、刃が走る音だ。真人は体を一気に振り回し、予想されうる最悪の剣筋から逃げようと体をそらした。音はしたから、間違いなく左上に抜ける剣筋。出なければ、真横に走る胴薙ぎ。飛び上がり、左後ろに。体を無理やりひねる。
 真人はひとつだけ忘れていたのだ、右腕がもう言うことを聞かないどころか、自分の痛みに精一杯で外部の感触を確認できないということを。
 耳が聞いたのは、何かが落ちる音。少し湿っぽい音。右腕が軽くなった感覚。
 瞬間、いやな予感に突き動かされて真人は左手で右手を掴もうとした。まるで、階段を踏み外したような感覚。そこにあるはずのものがないというのは、これほどまでに恐怖と疑問を覚えるものなのか。真人は右腕を切られた衝撃より、確かめた衝撃でバランスを崩した。 体が転がっているのがわかる。もう上も下もわからない。そして、真人は右腕に感覚がないことに気が付いた。血が出ていない気もする。もうこの右腕は不死になったのだろうか。真人は混乱したま、体を転がしていた。
「あ、あなた! どうしたの?!」
 その声は間違いなく、先ほどの女の声だった。

 気が付けば、また同じように同じ場所に寝かされていた。目に暖かいものを感じる。何か乗せられているようだった。気になって左手を伸ばす。
「だめ、触らないで」
 左手を途中でつかまれた。声は思ったより近くから聞こえる。とりあえず、何かされるようなことはなさそうなので、言われるとおりにする。
「まったく、何で右腕きられてるの。意味わかんなすぎだよ。そんなに外にでたい?」
 質問に、顔を少し上下に振る。女のため息が漏れた。
「私を連れてってくれるなら、手伝ってあげる」
 疑問に顔がピクリと一瞬反応した。
「一人じゃ出れないでしょ、外の人間と一緒なら私たちも外に出れる。だから、連れて行って。まだ、あなたがここの人間になる前に」
 真人は、考える。確かに、外に出たところで、この渦の中を出るすべがわからない。もし出れる可能性があるのなら、それに賭けたほうが利口だろうか。
「真人」
「え? マヒト? なに? あなたの国の言葉?」
「いっしょに行くなら、名前が必要だろう?」
 真人はつぶやく。近くで、息を飲む音が聞こえる。
「えっとね、私の名前は ―――

・三題話 第056話
お題 :「商人」「熱い」「頭」
 第六話 出(デ)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないあの場所はそう呼ばれていた ―――

 夜明けの風を受けながら、エオナは朝焼けを体中に浴びている。昔からこつこつと作り上げていた空樹のいかだは、思ったよりできがよくしっかりと冷たい島から離れていっている。動力は真人、先ほどから無言で船を進めている。日が中天に昇る前には外に出ないと、真人の体はエオナと同じになるだろう。そうすればこの渦まく海流から抜け出すことはできなくなる。もう、ずいぶんエオナも体が言うことを聞かなくなってきている。そろそろ外周の渦の当たりだろうか。少し、苦しげにエオナは息を吐いた。
木
「大丈夫か? 頭でもいたいか?」
 先ほどから無言で、船をこいでいた真人が声をかける。一定のリズムで水を掻く音が心地いい。
「大丈夫、そろそろ私は限界みたい。真人も右腕のあたりは動かなくなるかも……」
「どういうことだ?」
 エオナは、いかだに横になり、片腕を海に浸す。海水の温度が頭に染み渡るようだった。エオナはそのままの格好で呟く。
 世界樹の民は、世界樹からは慣れると世界樹の引き戻す力が働くのだ。それは、世界樹が己を守るために作り上げたシステム。何者にも近づけず、何者も外に出さない。そうやって世界樹は己を守ってきた。だから、外に出ようとする世界樹の民は世界樹の干渉を受け、外周の渦に近づけば近づくほど体が言うことを聞かなくなる。つまり、世界樹の民のみで外に出ることは不可能なのだ。もし、冷たい島出身ではないものが世界樹から外に出る場合、それはなんの影響も受けない。それどころか、流れ出している海流に乗ってすぐさま外の国にいけるだろう、乗り物があればの話だが。ただ、人間だけではもちろんむりなのだ、この渦を知り、水の流れをしる者は人間に居ない。人がそこに入り込めば、たちまち知らぬ間に陸地とは反対方向に流される結末が待っている。つまり、一人ずつがいて初めて外に出ることができるのだ。
 だから、エオナは諦めなかった。いつか外に出るためにいかだを作りつづけ、こうして彼女はチャンスを掴んだ。
「しかし、おまえの意識が切れたら渦に流されるのではないのか?」
 真人は至極まっとうな言葉を返す。
「大丈夫、朝日を背中に。そう、このまままっすぐ」
 エオナが指し示した方向には何もなかった。けれど、彼女はしっかりとその先を見ている。赤くそまった朝焼けの海の水平線を。
「いい真人、多分このあと私は世界樹にのっとられる」
「ん?」
「だけど無視しなさい、陸地につくまで私の言葉は無視しなさい。例外は無し、いい? 太陽を背中にまっすぐ、そうすれば太陽が上がりきる前に陸につける」
 エオナはどんどん苦しそうになっていく。真人の右腕の痛みも強烈になる。そういえば、右腕が直っていたのだが、と真人は思い出す。もう、右腕は世界樹の民と同じになっているのだろうか。
「じゃあ、寝るよ。もう私の言葉は無視してかまわない、陸地につくことを祈ってるわ」
 そういうと、息も荒くエオナは倒れこむ。まるで熱にうなされたような、彼女の顔に手を触れると熱かった。よくわからないが急がないといけない。真人は力いっぱい船を漕ぎ出す。 世界は、何事も無いように発展した。細々ながらも町ができ、交流が始まる。船がでて商人が行き来し始める。戦争がはじまり人々は昔を思い出した。この星を5度焼き、月を汚した。昔は月の向こうにだっていけたというのに。もうあのころの技術は何も残っていない。自分たちが読めるあのころの文献は無いのだ。大昔の大戦でで生き残ったのは、各地の偉い人間ばかりだそうだ。その所為で、技術は失われ、言葉は失われ、何もかもが無くなった。人の上に立つ人間がどれほどの役に立つというのか、それだけは誰もが痛感したであろう。本人たちが一番痛感したはずである。結局、何もかもがなくなった。残ったのは緑色に輝く月と、世界を浄化するために最後の喪失技術とよばれたユグドラシルシステム、通称冷たい島。それだけだった。喪失技術の最高傑作とまで呼ばれているユグドラシルシステムは世界から人間に不都合な毒素を排除し、世界を浄化させている。だが、そのシステムでは人間の心は浄化できなかったようだ。世界の浄化システム、手中に収めれば世界を掌握するに値するこのシステムを取り合いいまだ人々は血を流す。だが、誰しも冷たい島にすら近づけないでいた。
 真人は、右手をさする。なおっている右手はしっかりと動き、左手の感触もしっかりと伝えてくる。さすがに、エオナが言ったとおり動きが鈍い感覚があるがそれほどでもない。切り落とされたからだろうか? 痛みも少しましだった。しかし、冷たい島に鉄があるなどと聞いたことはない。何できられたのだろうか。真人は、右手を切られた瞬間を思い出そうとする。しかし、何度思い返しても、右手の感覚がおかしかったからかはっきりした記憶は思い出せなかった。断面からの、出血が遅かった、あまりにも鋭利だったのは確かだ。あそこにある空樹を削ったところで、あそこまでの鋭さは出せないと思う。ならばなにか? 縄は雲草を乾燥させて作られた荒縄のみで、あそこまでの切り口を再現できるほどの細い糸は作成不可能なはずだ。火すら珍しい場所、食事もせず彼らはただ水を飲み光を浴びて世界樹のそばにいつづけるだけだというのだろうか。まるで植物じゃないか。
「植物……」
 いやな考えが頭に浮かび、真人は頭を振る。
「あたりだ」
 エオナが答える。先ほどまで倒れるように寝ていたエオナが動きもせずに答えた。
「世界樹の民は植物と変わらない。世界樹を形作るために使用しているマイクロマシンは人間に体組織に入り込むと体を作り変え始める。しかも、人間の細胞を使ってマイクロマシンは増えつづける。ウィルスと変わりはしない存在だな」
 呟きに、笑いが漏れた。搾り出すような声に真人は寒気を覚える。これが、エオナがいっていた世界樹にのっとられるという意味か。
「体組織を組替えられた人間は、不死になる。擬似的な不死。本来、肉片ひとつあれば、あとは光と水だけで再生する。だが、それは本当の意味での不死ではない。ただ、肉体が復活するというだけのこと。魂は度重なる死に耐え切れず磨耗し消えていく。最後に残るのは、いま世界樹に住まっている、あの植物のような人間のみだ」
「若い個体は、まだ磨耗しきっていないから活発なのもいるということか……」
 真人は一人納得する。エオナは周りと違っていた。多分、そういうことだ。
「必要なのは若い個体。男、アブエオナは返してもらう」
「断る、この右腕がなぜいまこうしてあるのかを聞いていない」
「なめすぎだな、男。ほら、後ろをみろ航路がずれているぞ」
 いわれて、振り返った瞬間だった。衝撃とともに視界が傾く。押された、思った瞬間には手が動いていた。押し出そうとしたエオナの手を無理やり掴むと、そのまま引っ張る。
「なっ」
 朝焼けに染まる海に、二人は沈んでいった。

・三題話 第057話
お題 :「盗賊」「うるさい」「首」
  第七話 転(テン)

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 それは、本当に一瞬だった。でも、それで十分だった。運がよかったのだ。いや、どちらにしろ渦が回転している限りチャンスがあったのかもしれない。それがつかめるかどうかは別として。
 渦より外の海は、世界樹の干渉が届かない場所だった。この渦は世界樹が統括しているマイクロマシンの境界だった。渦の外周を回った瞬間、左腕が渦の外に飛び出した。自由になった瞬間、エオナは力いっぱい左腕をつかって外に逃げようともがく。それは、本当に一瞬だった。
 エオナは一気に渦の外に踊り出る。体が自由に動く感覚に、懐かしさすら覚える。視覚も聴覚も触覚も何もかも遮断今まで遮断されていた分を取り戻すかのように、エオナは海に踊り出た。視界の端に真人をみつけ、エオナは近づく。この男、水の中に入ると毎回気絶している気がする。そう思いながら、エオナは真人の左手を掴んだ。真人の右手はまだ渦の向こう、間違いなく世界樹の影響下にあった。無理やり引きずりだそうと、引っ張る。酸素が足りなくなって、体が悲鳴をあげ始めた。ここで気絶したら、渦に飲み込まれるのは間違いない。
渦
 酸素を使いきる前に。エオナは、体を回転させ真人を巻き込むような形で引っ張る。と、体がいきなり軽くなる。エオナが振り返ったときには、真人の右腕はエオナの眼前まで到達していた。なすすべなく、エオナはその右手に首をつかまれた。
『どこに行こうが、逃がさない』
それは、真人の右腕にまとわりついていたマイクロマシンが伝えた言葉だった。そして、その瞬間、首を掴んでいた右手の力は無くなる。
 エオナは言葉を振り払うように、真人を掴んで海面にあがっていった。
「ぶはっ」
 肺にたまっていた空気を吐き出して、エオナは大きく息をすった。真人が重たかったが、捨てていくわけにもいかず何とか引き上げる。
『どこに行こうが、逃がさない』
いまだ、声はエオナの頭に響いていた。頭を振りはらっても声は響く。仕方なく、うるさい声を無視しながらエオナは乗ってきたいかだを探した。
 いかだは意外と近くを漂っていた。エオナはあいている手を伸ばすとそれを引き寄せる。体は熱を欲して軋みを上げる。真人はもっとひどいことになっているだろう。明け方の海はそれほどまでに冷たい。いかだを掴み、まるで盗賊のような身のこなしでエオナはいかだに滑り込んだ。そして、バランスを崩しながらも、真人をいかだに乗せた。
 いまだ、陸地は見えなかったがいかだは冷たい島から流れ出す海流によってどんどんと島から離れていっている。朝日は、水面を輝かせあたりはまぶしいぐらいの光に包まれている。視線を上げると、遠くに真っ黒な雲が出ているしけるだろうか。エオナは先を急ごうと舵に手をかける。
「……ん」
 真人が顔を上げた。つくづく回復が早い気がするがエオナは黙っている。
「抜けたのか」
 辺りを一通り見回して、真人が呟いた。意外と元気そうな真人に舵を押し付けると、エオナはその場にへたり込む。
「あんたねぇ、無視しろっていったのに。んで、どこにいくの? あなたの国? それとも別の国?」
 エオナは太陽の光を全身に浴びながら呟く。心なしか声に元気はなく、体もピクリとも動いていない。
「自国にもどったら、殺されるだけだ。それに休みたい、はじめの予定どおり一番近くの国に向かう」
 真人の言葉を聞きながら、エオナの意識は深い海に落ちていった。
 真人はエオナが寝息を立てるのを確認すると、もくもくと船を進める。国に戻れば間違いなく殺される、仲間とはぐれ航路は開けず、それどころか住民を殺すこともできず、そして自国に戻るなど、どう考えても助かる言い訳は思いつかなかった。エオナを差し出せば逃げきれる気もするが、真人には差し出すようなことはできない。腐っても侍なのだ、彼は自分を助けてくれたものをもう一度助かるために、差し出すようなことはできなかった。舵を漕ぎながら真人はため息をつく。風が出てきた、海の冷たさが肌に刺さる。体中ぬれているのだから仕方ないとはいえ、真人は肩を落とす。きている着物が重い。エオナが薄着だった理由がいまさらながらにわかった気がした。日も少しずつ高くなっている、遠くには黒い雲が広がっているが、頭の上は軒並み快晴で真っ青な空が顔をだしていた。風は暖かいはずなのだが、ぬれたぶんだけ熱が奪われていく。右腕はあいも変わらず痛みをうったえ、真人の体力を奪いつづけていた。それでも、真人は船を漕ぎつづける。
 日が中天に差し掛かったころ、進路の先に陸地がみえてきた。国といっても、特に国境があるわけでも、警備がいるわけでもない。戦争などをやっているが、これではほとんどゴッコと何ら変わりはないのだ。真人は、上司の威張り散らした口調を思い出して頭が痛くなるのを感じた。真人の頭痛とは裏腹に、陸地はどんどんと近づいてきていた。
「エオナ、陸地が見えたぞ」
 寝ているエオナに声をかけるが、エオナは一向に動こうとしなかった。
「おい、エオナ。っん?」
 真人は舵を離し、エオナの肩を掴んだ。
「ん、ああ。もうついたの? 早いね」
 エオナが起き上がる。真人はエオナを掴んだ手を見ていた。
「どうしたの?」
 手を覗き込んでいる真人にエオナが声をかける。
「いや、なんでもない。急ぐぞ」
 そういって、真人は舵を握る。エオナの体が焼け付くような熱さだったのを忘れるかのように力いっぱい舵を漕ぎ出した。

・三題話 第058話
お題 :「召喚師」「強い」「腹」
  第八話 断(ダン)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないあの場所はそう呼ばれていた ―――

 海岸から見る冷たい島は、幻想的で現実離れしていた。水による、光の反射は巨大な幹の様に、集まった雲は生い茂る葉の様だ。海岸に打ち上げられているのイカダのなれの果てはまるで流木のように横たわっている。何も無い砂浜に、真人はたたずんでいた。体の痛みはあの渦を出てから引いている。試しに切り傷をつけた右腕は、ついたのかも判らないうちに治った。しかし、左腕のほうはまだ血を流している。進行は世界樹の影響下でなければならなかったらしい。右腕をもみながら、真人は深く息を吐いた。横には、倒れたエオナ。目の前にはぼろぼろで修復不可能なイカダの残骸。真人は身動き取れずに空を見上げる。服が乾き始めると、海のにおいがきつくなり始める。所々に、微妙に白く塩が吹いている。真人はほかにやることが無いといった感じで、それを見つけては払い落とす行為を何度も繰り返していた。太陽は中天を過ぎ、強い日差しはとうに翳り始めていた。もう少しで夕日になるだろう。真人の腹がなる。
「飯か……」
 エオナをおいていくわけのもいかず、真人はエオナを担ぎ上げるととぼとぼと街に向かって歩き出した。
 街といっても、海岸の漁村であるこの時間に人でにぎわっているようなことはなかった。店を探して真人は歩く。エオナの耳が注目の的になるのを恐れ、おぶるのではなく、抱き上げて抱え込むようにして歩いていた。逆に目立っていることに真人は気がついていない。
「ん、あれ?」
 胸元で、エオナが身じろぎするのを感じ、真人は歩みを止めた。
「気が付いたか」
 真人の言葉に、薄く顔を上下させるとエオナはまた苦しそうに目を閉じる。現在真人に抱えられていることすらわかっていない風であった。街を歩き回って、何とか店を見つける、真人の左腕はとうに限界だった。さすがに軽いとはいえずっと抱えていたのだからあたりまえである。しかし、右腕はまったく動じずにエオナを抱えあげている。これが、不死なのかと真人は思いながら見つけた店に入っていった。
 そういえば、通貨があっただろうかと真人は懐をあさる。横に寝かせたエオナは身じろぎひとつしていない。それを見ながら、懐の中であたる金を見つけた。中身を見て安心する、多分問題なく二、三日は困らないであろう。
「いらっしゃい」
 店員がきて、水の入ったコップを出す。ちらりと店員がエオナに視線を移した。が、彼はそのことに触れず、ごゆっくりと通常どおりの接客を終え去っていった。
「エオナ、おきろ」
 真人は、無理やり抱えあげ、水を飲ませてみる。意識はあるのか、エオナは吸い込むように水を飲んでいった。それをみて、真人は店員を呼び適当な注文をする。
 しばらくすると、エオナが目を開けた。空樹とは違う、地上に生えている木でできた家をものめずらしそうに見渡す。目の前に水を差し出すと、また飲み出す。本当に植物のようだと真人は心の中で笑った。
 エオナは水を飲むと落ち着いたようで、体を起こすとさらにものめずらしそうに辺りを見回し始めた。
「外は初めてか」
「うん」
 二人が座っているのは、座敷になっている。向かいは、大きな机にいすが用意されており、大人数が座れるようになっている。漁から帰ってくるとみなここにくるのだろう、真人は辺りを見回して思う。
「もう、大丈夫か?」
「多分……」
 やはり、エオナの声は元気がなかった。どこか無理しているような、そんな感じのエオナはそれでも興味深々に店内を見ていた。
 店員が歩いてくる、頼んだものができたのだろうか、きょろきょろしているエオナを席に戻るように促した。
「お待たせしました」
 机に並べられる料理は、魚ばかりだ。とりあえず、腹の欲望に忠実に真人は食事に手をかける。エオナにもすすめてみるが、なれていないのか魚とにらめっこをしている。
 結局食べ始めれば、慣れもなにもなくなりエオナは二人前ほどを一瞬で平らげてしまった。真人も、二、三日の飢餓を癒すようにまけじと皿を空にしていった。
「なぁ、俺の右腕はあんな簡単に治るものなのか?」
「……んぐ、違う。それは私が直したの」
「治した?」
「そう、体が完全に不死化してないのに腕一本も直すだけのことなんてできないもの」
「そうか、しかしなんで?」
 真人はそれだけが疑問だった。
「ほっとこうと思ったんだけど……んぐ、どうせ血はとまるし死にはしないし」
 飯を書き込みながらしゃべるエオナはさらりととんでもないことを言い放つ。
「でも、血がとまらなかった」
「どういうことだ? 右手はとうに不死化されてるんじゃ」
「そうだよ、なのに血がとまらなかった。だから私が直した」
「どういうことだ……」
 真人が呟いた。
「こいつのせいさ」
  それはいきなりだった。真人の視界に影が落ちた。音もなく、気配も無く、まるではじめからそこにいたように、影は真人の真横に立っていた。それはまるで、召喚師が召喚をおこなったかのような不自然と唐突さを背負い立ちふさがっている。顔を上げるが、室内が暗いのと覆い被さられてることもあって顔は確認できなかった。何かいやな予感に、真人は下がる。
「ルクリイ……」
 後ろから聞こえるエオナの声に、真人はもう一度影を見る。確かに、世界樹の民の耳をしている。
「おまえの、右腕を切ったのはこいつだ」
 その音は、間違いなく真人の右腕を切り裂いたモノが風を切る音だった。今なら、音だけで形状までわかる、近くにあった皿を剣筋に合わせてそらす。店内に、いやな音が響いた。
「さすが、侍の国といったところか」
「刀の振り方も判らないで、振り回せば怪我をする」
 同時に、真人が持っている皿が閃く。ルクリイはよけなかった。そのまま、皿はルクリイの左肩に食い込んだ。
 うめき声をあげて、ルクリイは下がる。
 そこを、真人がけりだした。
 ルクリイが転がる音に、店員が顔を出した。こういった騒動にはなれているらしく、ただ店内を確認しているといった感だった。
「親父、金はここに置いておく」
 そういって、真人は机に適当な金を叩きつけると、エオナを引っ張り上げてルクリイを追った。
 毎度という間の抜けた声を背中で聞きながら路上に出る。
「あれ? ルクリイは?」
 エオナが辺りを見回した。
「ここだよ、エオナ」
 声は上からだった。気が付くのは遅かった。声を出すということは、もう間に合ったということだ。それでも真人は剣筋を予測してこぶしをたたきつける。
 剣筋は、真人が一番予測したくない最悪の筋だった。
 けれど、侍として鍛えつづけてきた感覚は、音、風、匂い、影、すべてがその筋だと確信する。
 間に合わない。不死化した右手は、ほんの少しだけ、そう髪の毛の厚みぐらい遅れた。しかしそれは十分過ぎる遅れだった。遅れは、真人の逡巡を生み、さらに倍加していく。けれど、世界は一秒たりとも待ってはくれなかった。
 刃はそのまま、真人の後ろをすぎ、エオナに向かう。そして、真人の右手は角度を合わせられないまま、障害物にもなりえないまま手首から切り取られた。
血
「がっ」
 振り返っている真人の目にエオナの顔が映る。
 その顔は聞くまでもなく、信じられないという驚愕の文字が浮かんでいた。エオナの左肩から先に、めり込む剣が音を立てる。まずいのが体中でわかった、この剣は不死化した体ごと殺す。
「エオナ、おまえの形骸は俺が断じてやる」
 ルクリイの呟きが真人の耳に届いた。
 右手が地面に落ちる軽い音が聞こえる。
 夕日で赤く染まった町にエオナの悲鳴がとどろいた。

・三題話 第059話
お題 :「騎士」「硬い」「背中」
  第九話 呟(ケン)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないあの場所はそう呼ばれていた ―――

 体中が悲鳴をあげるような、そんな痛みだった。あのときの中途半端な不死の右腕を落とされたのとは段違いだった。手首が燃えるように冷たい。刺すような熱は、まるでまだ手がしっかりあるかのごとく幻痛を訴えてきていた。手の甲が、平が爪がまだそこにいて、焼け爛れていくかのような痛み。その痛みは、マイクロマシンが記憶した右手の構成を忘れる痛みだった。
 忘れる、忘れてしまう。
 この体に合った右手を、私は ―――
 忘れてしまう。
 それは、生に執着するがあまりの恐怖。完全を求めた故の痛み。存在がなくなるという、死への絶望。形あるものが崩れるという、世界の法則への畏怖。なににも取れないその痛みは、ただ痛みとして真人の体を襲う。それは、ただただ純粋な、
 痛み。

 体中から汗が噴出しているのが判る。自分が欠けるという恐怖が胃のそこに固まりのように落ちていく。真人は、膝をついてその場に崩れ落ちた。でも、それを自分で理解してはいなかった。視界が揺らぎ、音が聞こえなくなる。自分の息遣いがうるさい。背中を伝う汗がやけに気になる。地面が近い。
 ああ、自分は倒れているのか。
 真人は、まるで他人事のように思いながら近づいてくる地面を眺めていた。
 視界に影がよぎる。
 それだけでよかった。それだけで十分だった。思考は一気にクリアに。倒れかかった体の状態を確認、無理やりに足を踏み出して持ちこたえる。踏み出した足が巻き上げる砂煙、今ならそのひとつひとつが、手にとるように理解できる。右腕の痛みがどうした。聞こえるようになった耳で真人が聞くのは、自分の息使いではなかった。半身を断ち切られても、気丈にたっている者が後ろにいるのだ。己の右手ぐらいがなんだというのだ。真人はもう迷わない。
「ん……」
 持ち直した真人をみて、ルクリイが目を見開いた。剣を握りなおす。真っ白で、まるで汚れを知らないその剣は、なぜか光をまったく反射していない。気持ちが悪い色だった、まるで真夜中の星の無い夜空のようなイメージを受けるのに、間違いなく目は白を見ている。
 真人はその剣を見て、理解する。夜の闇ではなお黒く、日の下では、なお白く。今の白は、間違いなく逆光で見えなくなる。後ろでうめく声が聞こえる、猶予は無かった。踏み出した足に力を、右手は握れないがまだ左手がある。真人は、背中を預けるようにルクリイの方へ飛び込んでいった ―――

 焼け付くような痛みは、意識を鈍らせた。脳みそがパンクするような衝撃に、何もかもがわからなくなった。目の前が真っ赤に染まる。本当は見えてるくせに。耳が白く塗りつぶされる。本当は聞こえてるくせに。体の感覚が吹き飛ばされる、本当はそこにあるくせに。脳が何もかもを拒否した。体はつながりを忘れていく。まるではじめから無かったように。まだ覚えていたい、その思が逆にエオナに恐怖と痛みを与えている。
 冷たい島で生をうけ、心が磨耗し始めて。そして、もう何もかもいらないと思っていた。最後に手に入れたチャンスは、こんな形で終わろうとしていた。でも、エオナは満足していた。外にでて、土を踏めた。地面から見上げる空はとても青かった。ご飯がおいしかった。風が冷たかった。
 ――― もう満足だった。
 なのに、体はまったく諦めようとしていなかった。
 最近良く見る自分の血が、地面に染み込むのを、エオナは静かに見ている。まだ、地面に倒れたくはなかった。風をかんじていたかった、空を見上げていたかった。許されることなら、もう少し街を見て回りたい。
 でも、やっぱり満足だな、とエオナは思う。ダラダラとだらしなく流れる血は、とまらない。視界の端に冷たい島が映った。
 帰りたい ―――
 思い出なんてなかったが、水と雲しかないあそこが自分の生まれ故郷だ。エオナは手を伸ばそうと力を入れた。けれど、左手はピクリとも動かない。いまさらながらに、自分の左肩が体から離れようとしていることにエオナはきがついた。
 ああ、どうしようか。
 頭はとうにまわっていなかった。けれどその目はしっかりと真人を捕らえた。
 すべての、感覚がリアルに戻る。痛みは無視できるようなモノではなかった、一瞬肺から空気が漏れる。息は血の味がした。
 真人の体当たりは、ルクリイを軽く数メートル吹き飛ばす。どこにそんな力があるのだろうか。面白いようにルクリイは地面を転がった。
「最後にひとつだけ質問してやる。完全に不死化した者ならこの傷を治せるのか」
「同じ量の肉体があればな。だが、今から死ぬおまえには関係がない」
 振り払われた剣を交わし、真人は一気に距離を詰める。
 振り下ろしたこぶしは、確かにルクリイの肩をつぶした。
「なっ」
 はじかれるように真人のこぶしがルクリイの肩からはじかれた。猛烈な速度で、肉が再生したのだ。真人は、間髪を要れずにルクリイにこぶしをたたきつける。
「何度やっても、無駄だ。がっ」
 一瞬、ルクリイの顎が壊される。剣を振り上げようとした腕をつぶされる。左手のみで、真人はルクリイを圧倒していた。頭を叩き潰し、肩をつぶし。心臓をつぶし、顎をつぶし。肉のつぶれる音だけが当たりに響いていた。
「大した再生力だな、しかし回復速度が落ちてきているぞ」
 確かに、ルクリイの回復速度は落ちてきていた。あたりに飛び散る血の量は格段に増え。真人のこぶしがはじかれるようなことはなかった。のどをつぶされ、顎をつぶされ、肺をつぶされたルクリイはもうモノもいえず、ただの肉塊に成り果てていた。
 真人が振り返ると、エオナが倒れていた。もうたっている体力も無いらしい。急がないと。ルクリイから剣を奪い取り、治りかけているルクリイに容赦なく振り下ろす。結末は、あまりにもあっけなかった。
 獣のような悲鳴がとどろいた。
 剣を地面に打ち立て、真人はエオナに駆け寄っていく。
「おい、大丈夫か」
 声にエオナが顔を上げる。
「帰りたい ―――
 呟きは、風に乗って青い空に飛んでいった。
 

・三題話 第060話
お題 :「魔法使い」「優しさ」「心臓」
  第十話 終(ツイ)

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 冷たい島。見渡す限り水しかないあの場所はそう呼ばれていた ―――

 体が冷たかった。とめどなく心臓から流れ出す血が、まだ生きることを諦めていと訴えているようだった。エオナの体から流れつづけている血はとまることを知らず、地面に赤い道を残していく。通常なら一瞬で死ぬであろう出血すら、不死の体はそれを許さない。治らない傷口から流れ出した血を埋めるために、体中が新たな血を作り出しつづけている。傷口は治らず、体力は血といっしょに外に流れ出していく。エオナの息は荒く、目もうつろだった。真人は抱えながら海へと走りつづける。抱えた手にエオナの血が伝う。袖は血を吸いすぎて黒くそして重くなっていた。自分の右手からの血なのか、それともエオナの血なのか判別はつかない。真人は村を行く人々を無視して海に向かって走りつづけた。
「無理……だよ。たどり着く前に私は干からびる」
 そんなことは真人もわかっていた、最新式の船ですら世界樹には三日以上かかったのだ、こんな漁村にある船では何日かかることか。それどころか、たどり着く前に難破するのが落ちなのはわかっていた。
「諦める必要がどこにある」
 短く呟いて、真人は駆ける。すぐに海が眼前に広がる海岸だ。
 防波堤になっているのかどうか、怪しい崖の上にでる。夕日が崖の上にたった二人の姿を照らし出した。血でまみれ赤黒くなった二人をさらに赤く染め上げるその光は、あまりにも強い。
「綺麗」
 エオナの口から呟きがもれた。何も無い冷たい島から見る夕日とは比べ物にならないほどあたりが赤く染まっている。はじめてみるその光景に、エオナは満足のため息をついた。真人は一瞬エオナを覗き見ると崖を飛び降りる。高さは、人の背の高さぐらいで低いものだった。砂を踏みしめる音が響く。真っ赤に照らし出された砂浜を真人はあるきだした。
「お客さん」
 聞き覚えのある声が背中から聞こえる。振り返ると、先ほど飯をくった店の店員だった。血だらけで息絶え絶えのエオナを抱きかかえながら、真人は静かに相手の言葉をまつ。
「船がいるんだろ?」
 そういいながら、店員は歩き出す。真人がついてくるかも確認していない。ただ、静かに店員はあるきだした。真人は、一瞬エオナをみる。そして、歩き出した。距離を開けて、二人は歩く。海岸沿いに、いくらか歩いたところで真人は足に硬いもの感じた。あたりを見回せば、岩場になっている。さすがに、止血したとはいえとめどなくあふれる血は体に負担をかけていた。エオナと違い、真人はほとんど普通の人間と変わらないのだ。思考がちぎれとぶような不快感に見舞われながら、真人は前の店員を必死で追いかけた。
 入り組んだ岩場の置く、少し開けたところに船はあった。店員は、船の目の前に立つと、真人がたどり着くのをじっとみていた。
「すまない」
 真人は呟く。
「もうすぐ、戦争が始まる。いそぎな」
 それだけいうと、店員は元来た道を一人ひきかえしていった。

 漕ぎ出した船は、静かに赤く照らし出された海を進みだした。エオナの体は申し訳程度に、真人が着ていた服で止血が施されている。それでも、すでに船の中は血が染み込みはじめていた。真人は疲れの知らない右腕を舵に縛り付け、漕ぎ出す。漕ぐたびに血が吹き出るが手を止めている暇はなかった。遠くにかすかに見えている、島。冷たい島、あそこに行けばきっとなんとかなる。真人は信じて右腕を動かす。一瞬、エオナが身じろいだ。光が足りないといわんばかりに体をよじる。しかしその力は、本当にかすかなもので寝返りにすらなっていなかった。真人は無言で舵をとる。右腕は黙々と動きつづけている ―――
 日が暮れ、あたりが暗くなりはじめたときだった。轟音がとどろいた。
「なっ」
 振り返れば、出た街が暗くなったあたりを照らすほど赤く燃えていた。一瞬で村は燃えついただろう、赤い村を眺めながら真人は思う。いまの炎ひとつでどれほどの人が救われるのだろうか、大儀に掲げられた国の発展はどこにいったのだろうか。大儀に掲げた権利の奪還はどこにいったのだろうか。人を殺して、優しい人を裏切り、死体の上に築きあげた平和と発展と権利はいったい誰が喜ぶのだろうか。運良く知り合い一人も死にもせず、家族もなくさず、怪我もせずに生き残った人間がいるのなら、素直に喜ぶだろうか? 子供が死に、泣き叫ぶ親の前でか? 死んだ親を理解もできず起こそうとしている子供の前か? それとも、腕がちぎれ血を流し痛い痛いと叫んでいる人の前か? いったいどこの誰が喜ぶのか。一瞬で幾千の命を焼き殺すことができるようになった。そして、幾千の犠牲の上に生産するのは、また幾千の命を奪う武器でしかない。
 真人はため息をつく。犠牲なくては人は生きていけない。犠牲を出さずにいきたいのなら、不死化して水を飲んでいろ。それができぬのなら、自分で墓をほってそこに埋まるがいい。真人は思う、自分が殺してきた人間たちのことを。兵になり、戦争にでて、先陣を切って命を奪ってきた。けれど、たった一人の命すら自分は救えない。たとえ、今この世にある技術を集めても、エオナを救うことはできないのだ。
「一瞬で幾千を殺す技術は、一人すら助けられないでいる……」
 ちぎれた右腕に力をこめる。それでも、船は一向に早くならなかった。
 
 幾日がたった。エオナの血は、途切れず永遠と流れつづけている。少し大きく見えるようになった世界樹は、静かに遠くにたたずんでいる。後ろを見れば、街はとうにみえなくなっていた。血の道だけが、船が進んできた道を教えてくれる。ずいぶん先に進まなくなっていた、流れは近づけば近づくほど真人たちが乗る船を押し出すように流れる。それでも、真人は右腕を止めようとはしなかった。疲れはない。ただ体力だけはとうに空っぽだった。
「ありがとう真人、でももういいよ。ほら、傷が広がってる。あなたの右腕もそう。あなたは人間の部分が残ってるから大丈夫、でも私はもうだめ。心臓がやられればいくら何でも、細胞は死滅するし脳が死ねば、私は私じゃなくなる。だから、もういいの……」
 意外としっかりとした声は、見渡す限りの海原に染み渡るように響いた。
「おまえの命はあの時俺がうばった、おまえに自由はない。だから、かってに死ぬな」
「むちゃくちゃすぎ……」
 
 不死は機械のようなものだった。魔法使いが作り上げたのもではなく、しっかりとした技術体系の上に成り立った機械のようなものだ。機構さえ生きていればエネルギーで永遠に動きつづける。ただ、ひとたびエネルギーが途切れれば情報は復活しない。機構は永遠でも、魂は永遠ではないのだ。その昔、強化人間とよばれていた不死化した人々は、いまの不死化した人々より死に安かった。心臓が止まれば普通の人間として死ぬし、脳が止まれば体は滅びる。だから、人々は研究を重ねた。たどり着いたとき、不死が永遠の苦しみだと彼らはしった。そして、人間に戻るために彼らは研究した。不死のままいきたがる人間はそれなりにおおく、彼らは彼らだけの場所をつくり隔離されていく。世界樹は、不死化した人々が作った人口の島なのだ。

 何日がたっただろう、久方振りに見上げる世界樹は、あまりにも大きく雄大だった。真人はもう動かない体で、世界樹を見上げている。ここまで来たのに。しかし、不思議と彼の心の中は穏やかだった。横ではエオナが静かに目を閉じていた。とっくに彼女は魂を失い、体は機構を維持するためだけに血を流しつづけている。いまや、血を流すだけの塊にすぎなかった。それでも、真人は彼女の体を世界樹に持ってこれたことを満足していた。自分の体もここで朽ちるのは間違いなかった。それでよかった。
「ほう、わざわざ届けてくれるとは」
 それは、聞き覚えのある声。真人の落ちかけていた意識は引き戻された。しかし、体はもううごかなかった。
「エオナも、立派な巫女になるだろう」
 船がゆれる。エオナのいた方が軽くなる感覚。薄く開いた目には、持ち上げられているエオナが映った。どさりと、何かが真人に投げられる。エオナの止血に使っていた服の切れ端だった。
「これで、エオナも立派に世界樹を支える巫女になれるな」
 それを最後に、真人の意識は落ちていった ―――

 しばらくして、世界樹が一瞬赤い赤い血の色に染まる。
 冷たい島。見渡す限り流れ出る血で作られたこの場所は、そう呼ばれていた ―――


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