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【ツナガルオモイデ】




・三題話 第031回 デッドホッカイロ

お題 :「残暑」「首筋」「疲労」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   道を走りながら、元気な笑い声を上げている子供を見送る。自分の足取りは重くて、風すらただの不快感でしかない。絶対頭上の太陽は、子供好きの危ない奴に違いない。でなければ、何故こんなに自分は暑くて仕方なくてへばっているというのに、子供は元気にはしゃぎまわれるのか納得のいく説明が欲しいところだ。
 昼過ぎの部活が終わった帰り道。横を歩く先輩は涼しい顔をしている。さすが先輩だ、こんなにも暑い中を、しかも部活で疲労した帰り道なのに平気な顔をして歩いている。首筋には、さすような熱い日差し。
「それにしても、今日は暑いですね」
 あまりの暑さに、視界も歪みそうだ。さっきかった冷たいジュースを流し込みながら先輩の後ろを必死でついていく。
It does not arrive, even if it utters voice.
「そうかな? 特に暑いこともないけど?」
 サッカー部の主将である先輩は汗一つかかずに振り向いて答えた。言われて周りを見ればたしかに、日差しはそこまできつくない。残暑とはいえ、なんだか暑すぎるきはするのだが日差しを見る限り普通のようだ。
「俺だけ異常気象!?」
 なぞは全て解けた、太陽は子供好きの変態ではなくて、俺に恋しているに違いないのだ。
「大丈夫か? コンビニでもよってこうか」
 ああ、先輩。先輩の優しい心遣いに涙が出そうであります。高速で頭を上下にふると、先輩は笑いながらコンビニに向かって足を進めだした。背後からは、強烈な日差し、しかしコンビニに入ればコチラのものである。
 変態ストーカーの太陽の日差しから逃れられれば勝利は目前。しかし太陽は男なのか女なのか、そこが問題でもある。もし、女だったら、まぁそれは良しというものではないだろうか? しかし抱きつかれたら蒸発だな。男だったらなおさら勘弁だ、ホモの上に抱きつかれたら蒸発だなんて、若い身空でそれは寂しすぎるというものである。
「どうした、難しい顔して。水取っとけ倒れるまえにな」
 言われて、とんでもない思考に頭を埋め尽くされている事に気がつく。急いで言われた通りに持っていたジュースを飲み干す。冷たい液体が喉を通った瞬間だけ頭が元に戻った気がした。コンビニの中に飲みかけのジュースを持ち込むのも気が引けるので、そのまま最後まで飲み干す。自動ドアをくぐる前に空き缶を投げる、ナイスショット。野球部に入ったほうがよかっただろうか? そんなことを考えながら先輩の背中を追いかけてコンビニの中に足を踏み入れた。
「ひょー、コレでストーカー対策もばっちりですよ!」
 涼しい風にあたって、一気にテンションが上がった。ビバコンビニ、人類最高の英知の結晶といっても過言ではない。コレほどまでに、感謝できる日がくるだなんて思いもしなかった。
「ストーカー? 暑さで頭がやられたか?」
 珍しく、先輩が気を使ってくれる。いつもであれば、ここで110番にかけた電話をいきなり渡してきて、小声でこうささやくのだ。「さぁ、ストーカーに悩まされているのだろう? 早く警察に連絡しないとな」俺はびびってすぐさま携帯を引っ手繰り、電話を切る。しかしきる瞬間、携帯から音が聞こえてくるのだ。「ポーン 午後2時15分をお知らせします。ピッ ピッ ピッ……」そして、よく見ると携帯は自分の携帯であり、先輩は大笑いしながら走って逃げていく。コレがいつものパターンだというのに。そこまで苦しそうに見えたのだろうか? 先輩も鬼じゃなかったのだ。
 確かにクーラーで、体は冷えてきたしかし日に当たりつづけた首筋はいまだに熱かった。まるで、日焼けしすぎてひりひりするようにそこだけはほてっている。汗でべとついた服がクーラーの冷たい風に吹かれてやけに気に障る。もう家も近くだし、飲み物をかって早く帰るのがいいに違いない。そう考えて飲み物を持ってレジに並ぶ。
「もう大丈夫か? 先出てまってるから」
「はい」
 先輩は、先に買い物を済ませていて袋をもって外に出ていった。俺も、早々に会計を済ませると先輩の後ろを追う。自動ドアが開いた瞬間、まるで触れる事ができるのではないかというような暑く湿った空気が滑り込んでくる。首筋がさらに熱くなった気がした。俺が出てくるのを確認した先輩は、そのまま振り向かないで歩き出す。背中を追いながら買ったばかりのジュースを口に運んだ。背中が熱い。熱さにボーっとしながら歩きつづける。時間間隔も危うい状態で何とか家の前についた。
「んじゃ、お疲れさん」
 先輩はそういって、熱い日差しの中を歩いていった。強烈な暑さで挨拶もそこそこに、俺は家に滑り込んだ。へとへとになって、玄関になだれ込む。廊下からひんやりとした空気が漂ってきていた。
「あら、お帰り。どうしたの? 首にホッカイロなんか貼って」
 やっぱり先輩の仕業だった。



コレの所為だと今でも思っている。 とくに、こいつのシャツ。




・三題話 第032話 ロードランナー

お題 :「結婚」「風鈴」「直球」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   お姉ちゃんが結婚する、お兄ちゃんはそれをきいて何も言わなかった。高校を卒業したらすぐに日本から居なくなるって言っていた、だから夏休みの内に式を挙げるそうだ。私はまだ小学6年だからよくわからない。それに、式といってもテレビでやってるような式じゃなくて写真だけの式だって言っていた。ウェディングドレスは着るのってきいたら、お姉ちゃんは嬉しそうに笑って頷いてた。そういえば、恭にぃちゃんはお姉ちゃんの事が好きだっていってた。恭にぃちゃんは、最近こっちに引っ越してきた人で、お兄ちゃんのお友達だ。お兄ちゃんがいうには、友達になってやったんだて言ってた。それを恭にぃちゃんに聞いたら、笑ってたのを覚えてる。私も恭にぃちゃんと遊ぶ事が良くある、クラスのお友達とは家が少し離れているのであまり遊べないからだ。
 恭にぃちゃんが私の家に遊びに来るときは、大体お母さんが居ないのでお姉ちゃんがお菓子とかを出してくれる。絶対、恭にぃちゃんはそれを狙っておうちに遊びに来ているのだ、私はわかってる。恭にぃちゃんはお兄ちゃんと違って、しっかりしているし面白い。だから、私はお姉ちゃんと、恭にぃちゃんがしゃべってるのが気に食わないのだ。この前、お姉ちゃんにそのことをいってみたら笑って私の頭を撫でた。子ども扱いしないでって怒ったら、お姉ちゃんは「美甘。私、結婚するわ。そしたら恭君一人いじめできるじゃない?」そう言って笑った。横で聞いていたお兄ちゃんは少し寂しそうにしてた。だから、私は恭にぃちゃんにそれを言おうと思ったのだ。それを知ったら、恭にぃちゃんもきっとお姉ちゃんの事をあきらめるに違いない。
 お姉ちゃんは今日、結婚式だ。写真だけとるから見にいけないっていってた。でも私はどこで写真をとるのか知っている。こっそり、お姉ちゃんが教えてくれたのだ。そのまえに恭にぃちゃんの家によって結婚の事を教えよう。私は、自分の考えに満足して恭にぃちゃんの家に向かった。
 恭にぃちゃんの家は駅に向かう途中にある、家には遊びにこないでくれって言われてるけど、お姉ちゃんの結婚の事を伝えるだけだし大丈夫だろう。そういえば、前になんで行ったらダメかってきいたとき、ヨーシだからっていってたけどそれが私にはナンなのかよくわからない。とりあえず、遊びに行っちゃダメらしいそれだけは判った。外からみた恭にぃちゃんの家は、すごい綺麗で大きい。庭のほうから風鈴の音が聞こえてくる。フーリューだ。ピンポンを押すと、私の家と違いなんだか上品な呼び出し音が鳴った。なんだか全体的に私の家より上品な気がしてならない。しばらくすると、恭にぃちゃんのお母さんの声がピンポンから聞こえてきた。
「はーい」
「あ、美甘ですっ。恭にぃちゃんいますか?」
 言ってからしまったと思う。正しく名前を呼ぶべきだったのだ、それなのに私は緊張のあまりいつもの呼び方で言ってしまった。ピンポンからは、ちょっと待って下さいねという声が聞こえてきた。後悔の念で頭を抱えていると、扉が開いた。
「ああ、美甘ちゃん。どうしたの?」
 きちゃいけないといっていたのだから、普通なら怒るべきところなのに恭にぃちゃんは何もいわなかった。やっぱりお兄ちゃんとは違う。
「お姉ちゃんが、結婚するの。今日が式なの」
 言った瞬間、恭にぃちゃんは飛び出して私の肩を掴んでいた。お姉ちゃんには私じゃかなわないらしい、恭にぃちゃんの必死な目をみてわかってしまった。
「どこ? 式はどこでやってるの?」
 言われて、私は式がある場所を教えてしまった。隣の駅にある有名なブライダルショップは、この街からだと一番近くにあるので小学生の私だって知っている。聞いた瞬間、恭にぃちゃんは走り出していた。
「恭にぃちゃん、待ってよ!」
 後ろを追いかけて走り出す。日差しが幾分和らいだとかいっていたけど、全然そんなこと無い。走り出せばもう空気は体にべっとりと張り付いて、すぐに汗が噴出してきた。
 恭にぃちゃんは走りつづける、絶対TVの影響だ。たしかこの前皆でみたTVで花嫁さんを後から来た恋人がお婿さんから奪うという話があった。間違いない、恭にぃちゃんはそれをやるきなんだ。高校生ぐらいの男の人が二人歩いていた、その横をすり抜けて恭にぃちゃんは走る。私も追いかけて、その二人組みのよこを走り抜けようとする。
「まってよ〜、恭にぃちゃん!」
 横の、二人組みがまるでほほえましいものを見たような表情をした。こっちはそれどこじゃないというのに、大人は変な人が多い。しかも首にシップみたいなのを貼っていた、家のおじいちゃんみたいだ。我に返ると、恭にぃちゃんはどんどん先に行っていた。もうすぐ駅、一緒の電車に乗らないと置いていかれてしまう、そんな恐怖が頭を掠める。
「美甘ちゃん、大丈夫」
 顔を上げると、恭にぃちゃんが立っていた。気がつけば、もう駅についている。切符売り場を背に恭にぃちゃんは私に話し掛ける。
「一緒にくる?」
 そう言って切符を渡してくれた。まるでデートみたいだ、恭にぃちゃんはお姉ちゃんに会いに行くだけなんだけど、それでも私は嬉しかった。喜んで切符を受け取る。電車はもうホームに来ていて、私と恭にぃちゃんはまた走り出した。なんだか、さっきから走ってばかりだ。
 荒れた電車の中で整えると、すぐにトンネルに入る。海と山に囲まれた街だから、電車は登りも下りもトンネルなのだ。私はトンネルが大好きだ、とくに抜ける瞬間あの暑いような強烈な光が差し込んでくるところが好き。息を整えて顔を上げると、そこには恭にぃちゃんの顔があった。あまりに近かったので一瞬息が止まる。暑い中を走っていたのとは違う理由で顔が火照っていくのが判った。
「大丈夫? ずいぶん走ったけど」
  The master has the head better than I.
質問に、なんとか頭を上下して答える。瞬間、辺りが真っ白に染まる。トンネルを抜けたんだ。すぐに光に目がなれて辺りに色が戻ってくる。トンネルを抜ければすぐに次の駅だ。ブレーキの音が車内に響く。電車の床を空き缶が転がる。拾おうと手を伸ばすが、思ったより勢いがあってそのまま遠くに転がっていってしまった。そして電車は停止する。ゴミを見捨てるのは忍びないが、この駅で降りないといけないのであきらめて降りよう。遠くなる空き缶を眺めながら思った。扉の開く音が響く。扉の隙間から、走り出す恭にぃちゃん。
「恭にぃちゃん!」
 私も慌てて追いかけて走り出した。人の波を掻き分けて走り出す、切符を落とさないようにしないといけない。人の波をまるで直球の様に抜き去り先頭にでる恭にぃちゃんを見つけた。必死で私も恭にぃちゃんが開けた隙間に体を滑り込ませて追いかける。
 人の波を抜き去った足ですぐにブライダルショップにたどり着いた。駅からほとんど離れていないこの店にお姉ちゃんがいるはずだ。入り口で立ち止まっている恭にぃちゃんに追いついた。
「どうしたの?」
 声をかけても反応しなかった、荒れた息を必死で整えているのがわかった。そして、深呼吸すると一言、よし、とつぶやく。
 扉が開く音、軋むような音が響く。大きく息を吸い込んで恭にぃちゃんが叫んぶ。
「ちょっとまったーーーーーー!」
「いらっしゃいませ」
 小学生の私でもそれはそうだと思った。



まぁ、出だし順調・・・地獄は後々。




・三題話 第033話 仲良し

お題 :「朝日」「ダッシュ」「放心」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   眩しくて目を開ける。残暑が厳しいとはいっても、日が完全に昇る前は十分に過ごしやすくなってきたと思う。朝日を横目に、伸びをする。あまりの、気持ちよさに包まっていた毛布をかき集めて抱きしめて見る。なんともいえない、自分の匂いと御主人の匂いがして思わずため息がでる。もう一眠り、この幸せは何事にも変えがたい。毛布を丸めて顔をこすりつける、匂いをかいで今度は噛んで見る。体の中から、なんともいえない感情が湧きあがってきて思わずごろごろと転がってしまう。毛布と戯れていると、眠気はどこかに飛んでいっていてどんどんテンションだけがあがっていく。待て、毛布。投げては飛びつき、又丸めて抱きつく。と、いきなり体を叩かれて我に返った。御主人が私を見下ろしている。御主人の言うことは私にはわからないが、多分朝ご飯をくって用意をしろといっているのだろう。というか目が怖い。遊んでいたことを咎められた気がして、ションボリしながら朝ご飯を取ることにする。台所にもそもそと移動し、用意してあるご飯を食べる。アレだけ暴れた後なので、意外と胃もビックリしないで食事を受け付けた。仕上げにミルクを飲んで立ち上がる。
 と、背中に気配を感じて振り返ると御主人が私を見ていた。食事の間、そうやってずっと見ていたのだろうか? 食器を片付けろということらしい。御主人は私に期待過剰すぎる気がする。でも、ご主人の鋭い視線でにらめつけられると何もいえなくなってしまうのだ。仕方なく食器を片付けて出かける用意。さっさと用意をすませ、玄関で待っている御主人の下に向かう。御主人は私をみると、さっさと外に出て行ってしまった。御主人はいつも後ろは振り返らない、私が付いてくるのが当然といわんばかりに堂々と歩いている。と、前を歩いている御主人がきょろきょろし始めた。そしてすぐにダッシュした。私は御主人を見失うと道がわからなくなるので必死でついていく。御主人のダッシュは意外とゆっくり目というか、御主人がとろいのかあまり速度は上がっていない。もしかしたら、御主人は私を気遣って走っているのかもしれない。後ろを小走りでついていく、今日のる予定の電車にでも間に合わないのだろうか、時間的には全然余裕のはずなのだが。商店街をとおり駅に一直線、御主人の後ろを私は走る。途中、いつもお世話になってる魚屋の店長が店先に出ていた。目の前を通るときに店長が笑いかけてきたので、とりあえず頭を下げる。あそこの魚は美味しい、インスタントの朝ご飯よりやはり魚が食いたかったなと思う。
 御主人は有名で、人ごみの中でも御主人を見つけると道行く人達は御主人に視線を送る。どうも私とセットらしく、時々噂話になっていることもある。曰く、どこどこで例の一匹と一人を見ただの、たわいも無い話ではあるのだけれども、外にでて変なことができないのは少し厄介だと思う。変なことがしたいわけではないのだけれども。ただ、ありがたいのは、こういった人ごみにいくと人が道を開けてくれる、それがなんとも気持ちよくはある。夏休みも終わりに近づいているので、最後の一遊びとでも言わんばかりに駅の周りは込み合っていた。御主人と一緒に電車に乗る。駅前は混んでいたのに電車はとくに込んでいなかった。しまる寸前に息を荒げながら入ってきた子供が二人。兄妹だろうか? 顔の違いを見分けるのは苦手なので私にはよくわからないが、多分そんなところだろう。スカスカの車内をすることもなく見回していると、足元を転がる空き缶を見つけた。それをみて、ああ電車が止まるんだなと理解する。妹のほうが空き缶を眺めて名残惜しそうにしていた、落としてしまったのだろうか? しかし扉はあいて妹のほうは兄について電車を降りていってしまった。どうも私は動くものから目が離せない性質で、気がつけば転がる空き缶をじっと見つづけている。ふと、御主人をみると御主人も空き缶を見ていた。もはや、車内で一番人気に踊り出た空き缶はそのまま発車による加速で逆がわに転がりだす。ころころと、右に行ったり前にいったり、左に転がって忙しい空き缶だ。そうやって、誰も拾わない空き缶を眺めていると目的の駅に到着していた。もちろん、御主人が篭を叩いたからわかったわけではなくて、はじめから判っていた。ホームに降り立てば眩しさに目を細める、少し暑くなったか下からむわっと熱気が立ち上っていた。御主人はホームに差し込む光を浴びて放心している。御主人に合わせて私も差し込む光に目を細める。篭を叩かれて、また我に返る。
 ホームをでた時には太陽は高く上っていた。いやもう落ちかけているのか、とっくに昼はすぎていたが、ご飯を食べてないので時間がよくわからない。御主人の用事が済んだらご飯を食べようそれがいい。目的の場所にたどり着く、動物病院だ。扉が自動的に開き、中から冷たい空気が流れてきた。座って待っていると、すぐに名前が呼ばれる。御主人は先立って歩いていった。いつも通り、私は後ろからついていく。振り返らない御主人の背中なのに、なぜかコチラをちゃんと見ている気がする。私はその背中を追うのが好きだ。診察室にいくと、なじみの主治医が座って待っていた。
「こんにちわ、今日は定期検診ね」
 恰幅のいい獣医が立ち上がる。
「よろしくお願いします」
  To a favorite master sake
頭を下げる、診察台に乗せられた御主人という名の黒猫がニャアと鳴いた。



何処までだませただろうか、追いかける辺りのシーンでばればれかなぁと意気消沈。 はじめから騙されないという罠もあり。 短いながらも、お気に入り。




・三題話 第034話 死に行く前に

お題 :「王子様」「触手」「さわやか」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   残念ながら、私は只の犬で何の力もない。されど、我が主は私を傍におき。我が友人は私のために涙する。だからこそ、老犬に成り果てた己の体が憎かった。今すぐにでも食いちぎり、噛み砕きそして埋めてやりたいほどだ。悔しくて唸っても主の家族に心配させるだけなのだ。私は生まれてすぐ、今の主の家に引き取られたその前は私もよく覚えていない。ただ、そのときに私に名をくれたのは主であり、その時から私はこの家族の守りをまかされた。そのころ、主には娘が生まれていた。私は子犬で、私の傍らには主の娘がいた。お嬢はそれはそれは乱暴で、物心つくまでは私を突きまわしては喜んでいた。そのころの恐怖は今でも体に染み付いている。お嬢が大きくなってからは、お嬢は私に懐いてくれた。
「オリバーに乗って王子様が迎えにきてくれるの!」
 お嬢は、よくそんなことを言いながら自分で私の上に乗っては大騒ぎしていた。オリバーとは主に貰った名で、守護神の名前だそうだ。しばらくして、ボールをける競技の守護神だった事をしり、愕然としたが。
 お嬢は体を動かすのが好きで、よく私を公園に引きずっては無理やり一緒に遊ばせる。私は主から、お嬢の事を頼まれているので仕方なく遊んでやった。悪魔でも仕方なくだ。大きくなったってからは、さすがにお嬢も私の上に乗らなくなったがよく枕にして寝ることが増えた。大抵、公園に引きずりだされて無理やり遊ばされた後私を枕にお嬢は昼寝をする。それがお嬢の休日の日課だったし、私の日課でもあった。平日お嬢は学校に行ってしまうので、私は主の妻と散歩に出る。彼女が作る食事は絶品であり、私はどらいふーどなるものを食べたいとも思わないし、食べている輩の事も理解しがたい。夏になると主の妻はあまり外に出たがらない、私にはよくわからないが、その所為でお嬢が学校から帰ってきてからの散歩になる。お嬢も、夏になると私を枕にすることは少なくなるが、秋口のさわやかな風が流れるころにはやはり枕にされる。私は腹が苦しくなるのであまり枕は好きではないが、主から言われているので嫌がるわけにはいかなかった。もちろん、お嬢の匂いが好きだったわけではない。断じて。
 その日は、お嬢が病気になった日だった。よくわからないことが多すぎるが、お嬢は体調が優れないのは犬の私でもすぐにわかるぐらいだった。主の妻に体を洗ってもらい、私はお嬢の部屋に通された。お嬢の部屋は本当に質素で、私でも心配してしまうほど物がなかった。居間にある大きなテレビとは比べ様にもないほど小さなテレビと机。半分も入っていない小さな本棚。ベッドで荒い息をしているお嬢に近づくとお嬢が目を開けた。
「オリバー、あんた風邪うつるわよ」
 たしかそんなことを言っていた。部屋に入るなという事を言っているらしいが、私は聞かないでお嬢の寝ているベッドの横でうずくまる事にする。しばらくして、お嬢の手が伸びて私を撫でた。その手がビックリするほど熱かった事を今でも覚えている。
 主は、本当に時々家にずっといるときがある。夏の暑いさなかと、冬のすごい寒いときだ。多分、すごしにくい温度になると主は長い間家にいることになるとおもっていた。だから、長い間暑い日が続いた日はできるだけ家にいたりしていた。だが、不思議と家の中に入ると暑くないのだ。コレでは主が帰ってこないと思い私は庭にでる。いつもその繰り返しだ。大体そうやって数日繰り返していると主が長い休みを取る時期になっている。主が昼に家にいると私を散歩に連れ出してくれることがある。お嬢とよく行く公園につくと、ひとしきり主は走り回る。お嬢より元気なんじゃないかと思うこともある。あと、主の指は嫌いだ。私を撫でるときの、主の指はまるで触手のようにうねうねと私をくすぐる。たまらなくなって逃げようとするが、強烈な力で押さえつけられる。
「オリバー、覚悟〜」
 主の戯れには困ったものだ。そういうときは、とりあえず主の妻の所に逃げれば大丈夫と相場が決まっている。必死で声をあげると、主の妻が止めてくれるのだ。今でも主の妻には感謝している。
 私はこの暖かい家族の一員になれたことを誇りに思っている。生まれたての私を選び家に連れ帰ってくれた主はもちろん、美味しい食事を作ってくれる主の妻にも、そしていつも私と一緒にいたお嬢、私はこの家族と共に在った。犬の上に神がいるのかは知らない。町を歩く猫たちには神がいるらしい。私達犬にも神がいてくれるのなら感謝したいところだ。しかし私は老齢で、もうお嬢と一緒に走り回ることはできなくなったし枕になることもできない。主の触手攻撃にも必死で逃げる力がなかった。主の妻が作ってくれる食事は上手いのに全てを食べることができず、己が老いている事が何よりも悔しかった。この悔しさは神が癒してくれるものなのだろうか。
 その日も、お嬢と散歩をしていた。昔の様に公園ではしゃぎまわれるほど私は元気ではなかったし、お嬢も子供ではなくなっていた。
「あら、御主人ちゃん」
 お嬢が向けた視線を追うと、そこには黒猫がいた。猫たちに神と呼ばれるモノだった。私は、前々から己の老いを感じ神を探していた。だから、散歩のときに聞いた猫の神の話を私はずっと覚えていたのだ。猫の神ならば犬の神のことも知っているに違いない。そう思った、犬の神の話は全く聞かなかったが、猫の神は実在しているのだから。そして、散歩の途中少しずつ情報を集めていた、猫の神の姿を。猫の神は黒猫で、金色の目をした猫だという。そんな猫はいくらでもいると私が言うと、情報を教えてくれた猫は笑ってこういった。見れば判る、出なければ神でもなんでもない。そして、それは確かにそうだったのだ。黒い猫は畏怖堂々とした姿で塀の上にたたずんでいた。
「犬、私を探しているという話をきいた」
 猫の神は私を見下ろし言う。私は猫の神の雰囲気に飲まれ息すら忘れていた。
「私を探して何とする?」
「犬の神を私は探している。猫の神、貴方は犬の神をしらないか?」
「犬の神は、ここにはいない。それどころか犬、貴様の前にいる猫もまた猫の神ではない」
「では、神はいずこに?」
「拠り所、猫は拠るモノがいないが故、他の猫に神を求める。犬、貴様はなぜ神を求める」
「私は・・・」
 言葉に詰まっていると、猫の神と呼ばれている只の猫はコチラを向く。そして、ニヤリと笑うと塀から降りてどこかにいった。
To a favorite master sake
「あ、御主人ちゃんいっちゃった」
 お嬢が寂しそうに言っていた。だが、私の耳には届かなかった。散歩が終わっても私は猫の言っていた言葉が頭を離れなかった。老いた己には時間があった、だからずっとその言葉について考えていた。老いを先延ばしにしたいからか、ただ感謝したいためか。死を恐れる犬はいない。老いは寂しく悔しいがいかんともしがたい事も知っている。感謝したいのなら、すればいい、そこに神がいようがいまいがそれは関係のないことだ。では、私はなぜ神を望んだのだろうか。
 そんな事をただひたすら考えていた。お嬢に撫でられ、主とともにあり、主の妻の用意してくれた食事をとる。日々体は衰え、そして体は動かなくなった。
「オリバー!」
 その日、暑い日が続いていたわけではなかった。主の長い休みはとっくに終わっていて、すごしやすいさわやかな風が流れるような日だった。なのにそこに主がいた。朝から私の体はおかしくて、堰がでて目もよく見えてない状態だった。主の妻はなにやら、廊下で話していた。よく、主の妻はそこで一人で話す事がある。時折、そこでは何かがけたたましい音を立てているので、それに向かって話しているのだろう。
 程なく、主の妻が私を連れて車に乗せた。私が病気になると連れて行くところだ。しかし今回はそうではない、それは私が一番分かっていた。無駄だと言おうとしたが、吼える力もなかった。車の揺れにうとうとしていると体を持ち上げられた。気がつけばそこは何度もきたところで、やっぱり私の予想は正しかった。しかし、あの屈強な人間は苦手なのだ、こんな状態で会いたくはない。そうして、顔をあげた瞬間だった。
「犬、まだ神をさがしているのか?」
 からかうような、その声は紛れもなく猫の神と呼ばれている黒猫だった。黒猫は、台に寝かされ屈強な人間に何かをされていた。
「もう、寿命か。速いものだな」
「私は、神を見つけられなかった」
 その言葉に、猫は立ち上がった。毛を逆立たせ叫ぶ。
「貴様、それでも犬か。お前の後ろで泣いているものを何とする! 家でまつモノをなんとする! もう一度問う、犬。貴様は何を求めている」
 車に運ばれるとき、お嬢が泣いていた。主はお嬢の肩をつかんで心配そうに私を見ていた。主の妻は今私を抱きながら涙を流していた。私は何もできない老いぼれだった。言葉も伝えられず、何もいえない。体を起こし、主の妻の頬をなめる。主の妻は私を力強く抱きしめた。私はただ感謝が伝えたかった。泣いて欲しいわけがなかった。
「猫、私は神に望む」
「貴様! それでも ―――」
 猫の言葉をさえぎって言葉を紡ぐ。
「私は、この家族が安心して生きていくことを望む。私にとって主は神ではなかった、主の妻も神ではなかった、生まれたときから一緒にいるお嬢も神ではなかった」
 咳こむが、一向に構わない。
「私の拠り所は主ではない、共に生きてきたのだ。神は別にいると理解した。私は神に願う。どうか、私が滅びた後も家族が立ち止まらないで進む事を」
 黒猫は、黒猫の主に運ばれて帰るところだった。私の言葉に笑うと一言。
「犬よ、猫の神がその言葉確かに受け取った。安心して逝くがいい」
 果たして神がいたかどうかは、老いぼれで只の犬の私にはわからない。猫の神と呼ばれていた黒猫に私は頭を下げる。
 残された短い時間、私は生まれたときから一緒にいた家族に感謝しながら過ごす事ができそうだ。



犬はすき、大型犬はちょっとこわい。




・三題話 第035話 二度と戻らない

お題 :「夕日」「罪」「疑惑」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   夕日が嫌いだった。あの赤い色に染められて、双子の兄は天井から釣り下がっていた。学校から帰ってきた制服のまま、兄は首を吊っていた。部屋に差し込む赤い光を今でも鮮明に覚えている。糞尿で汚れた畳と、よだれと鼻水で汚れた兄の顔、赤い夕日に照らされて嫌にキラキラ光っていた兄の顔が頭から離れない。なまじ双子だったのも最悪だった、己がそこで死んでいるのだ、生まれたときから一緒だった片割れがそこで。遺書はなかったし、行動におかしなところもなかった。冷静に俺が警察に電話したのも問題だったのだろうか、自殺ではなく他殺だという疑いがもたれ、当然その疑惑の矛先は俺に向けられた。当時両親は共働きで、家には俺と兄しかいなかった。だから当然といったら当然だし、疑われるのは仕方ないと思っていた。葬式などの段取りを親がしている間、俺は警察に付きまとわれ、時には取調べに出向いたこともあった。兄が死んだ理由は警察にはわからなかった、俺はいわなかったし家にいない両親がわかるはずもなかった。双子だから、兄弟だから俺はわかっていた、兄が死を選んだ理由を。彼は絶望したのだ、この先の未来に、自分が立っている世界に。親は顔を合わせれば喧嘩をし、働いて帰る家はここではなくて愛人の家。警察は俺にそのことをいわなかったが、多分秘密にできてるとでも思っているのだろう。さめた家庭のなかで、俺たちは育った。世界は真っ暗闇だった、たまに帰ってくる両親の暴力と夫婦喧嘩。事あるごとに学費の話を持ち出し、育ててもいないのに親の顔をする。兄は、俺と違って少しだけ心が弱かった。それだけだ。あの日、夕日を背にし、体から全てを吐き出して釣り下がっていた兄はそこが限界だった。俺だって、死んだほうがましだと思っていたが兄と違い己の命を絶つほどの勇気はなかっただけだ。
Language has been stuck. 兄の葬儀も一段落したとき、葬式の費用でもめている両親を見て俺は泣きたくなった。自分の子供の弔いすら金がでないのか、それほどまでに俺たちはじゃまだったのだろう。気がつけば俺は、親の前で叫んでいた。
「警察には何も言わないでおいてやる、金だけだせ。そして早いところ愛人の家にかえってくれ。早く!」
 たたきつけるように扉を閉める。一言俺がしゃべれば虐待は全て浮き彫りになる、兄の死因がわからない警察は飛びついて捜査を始めるだろう。しまった扉の向こうで息を飲む音が聞こえた。赤い夕日に染まった廊下に立ち尽くす自分は、まるで兄の血で体中が染まったのかと思えるほど赤かった。兄はこうなることがわかっていた、俺より頭のいい兄だ、年なぞ変わらないというのに兄貴面していつも俺の事を考えていた。二人して、高校に上がり大学に行くことはどう計算しても不可能だった。兄の学力であるなら特待生で大学まで進めるかもしれなかったが、俺は兄と違ってそこまで頭はよくなかったのだ。俺がいけないかもしれないということを、兄は良しとしないで色々と走り回っていたこともしっていた。結局頭がいい割に、バカな兄が思いついたのはこんな方法だたのだ。自分をダシに親を脅して高校に入り大学に入れというのだ。くそったれ、働きながらでも方法はいくらでもあったというのに。
 そして、兄を殺し親を脅して勝ち取った学費を使い俺は高校に通っている。背中に背負っているのは罪ではなくて只の罪悪感。あの葬儀から、両親は一度も家に足を運ばなかった。それどころか三回忌にも顔すらださなかった。金だけは一通り入っている、生活費と学費。めんどくさい、早く離婚してしまえば良いのに世間体だけを気にしてこんなくだらない家族ゴッコを繰り返さなければならないなんて。けれど俺はやめるわけには行かなかった。双子の兄が命をかけて開けた道を立ち止まるわけにはいかなかった。たとえ泥を啜ってでも俺はこの家族ゴッコを続けていかないといけない。しかしだ……世の中無理なものは無理で、本日の進路相談で大学は無理とまでいわれた。どうしたって無理なものは無理なのだと思い知らされる。赤い夕日に照らされて俺は誰もいない家に向かってとぼとぼと足を進める。さすがに浪人する金はない、それどころか進学塾に入る金もない、独学で勉強したところでもとからできの悪い俺がどうやってもそれは不可能だった。
 中学から使っているカバンすら新しく買わないで、友人との遊びも金のかかることはできなかった。特例によるバイトもたいした額は貰えず、育ち盛りの腹を満たすだけに成り下がっている。進路指導で休んだバイト分食費を削ることだけを考えてとぼとぼと町をあるいた。
「有賀くん」
 声に、振り返ると同じクラスの女子がいた。名前は、なんだったか。覚えてない、女子とはあまりかかわっていないので顔に見覚えがある程度だった。
「ああ」
 とりあえず、挨拶してまた歩き出す。いまは、女子より飯だ。冷蔵庫には何がのこっていたか、財布にはいくらのこっていただろうか? 横を並ぶ気配に視線をやると、先ほどの女子がいた。カバンに目をやると、自分と同じ学区の公立中学の指定カバンだった。
「ん? カバン?」
 自分の目線に、女子が答える。不思議におもって、自分のカバンとみくらべても、やはり同じカバンだった。
「もしかして、中学でも一緒だったのおぼえてない? 色々あったから覚えてないか」
 その言葉に眩暈を覚える、他人から兄の事を言われるのはかなり久しぶりで息がつまった。背中に嫌な汗を感じながら、それでも平静を装って考える。たしか、中学でもいたか、あまり記憶にないがカバンを見る限り一緒のだったにちがいない。
「かわいいね」
 言われて顔を上げれば、犬の散歩を女子が見ていた。犬も、猫もよくわからない。ペットフードは意外と食べれると聞いたが、値段的に食う必要はなかったので食っていない。そして、同意を求められていることにやっと気がついた。
「あ、ああ」
 口をつくのは生返事。どうも、バイトを休むと頭の中は食事の事でいっぱいらしい。気を取り直して女子の方を向く。
「お兄さんね、貴方に嫉妬していたの」
 意味がわからず俺は足を止める。
「私、中学のころ貴方のお兄さんと付き合ってたんだ。自殺って聞いてわかってたのにショックで私は葬式にもでれなかった。それに彼に止められてたから」
 意味がわからなかった、兄が女性と付き合ってるなんて聞いたことがない。それに警察もそんなこと言っていなかった。それもそうだ、警察にも判らないような付き合いだったのだ、いくら身近とはいえ俺にはわからなかっただろう。なにせ、兄をまともに見ることができなかった俺に。
 いきなり、胸に衝撃が走った肺の空気を押し出され咳き込む。見下ろすと、女子のカバンがそこにはあった。
「すまない……」
 突いてでた言葉は謝罪の言葉、兄より俺が死ぬべきだった。そんなの、親戚から何度もいわれた。腐った親でも親戚は口をだしてくるらしい、親が味方でない俺には親戚の言葉は直接俺に投げつけられる。そんなのはじめからわかっていた。
 襟首を締め上げられ、息を詰まらせる。女子とは思えないような力で首がしまっている。
 殺される。
 そりゃそうだ、彼氏が命をかけてまもったのは自分ではなくできそこないの弟なのだ。
 この人には俺を殺す権利すらある。
 俺は抵抗しないまま、域が詰まって白くなってきた視界から女子をみた。
 涙?
「いいかげんしなさい」
 え? と思った瞬間には体が中にうき、壁にたたきつけられる。なんちゅーちからだ。
「謝罪が欲しいなら、とっくにしてる。自分だけが悲しいだなんて思ってない」
 手を踏みつけられる。まるで立場が逆だ、体は痛みを通り越して熱い。
「あの人が、決めた道だから私は見守った。なのになんだ、その格好は。やればできるって、あの人と同じ血が流れてしかも双子だからやればできるって思ってたのか」
 痛いところをつかれ何もいえなくなる。ため息をつき、女子はカバンを拾い上げ立ち去ろうとした。
「やんなきゃできない。カバンの中開けたことあるか? 遺書がないなんて、思ってた?」
 女子はそういって去っていった。あっけに取られる。なんだ、なんだ。一体なんなんだ。言われたとおり、久しく開けていないカバンを開ける。しかし、中にはなにもなかった。気がつけば夕日が町を照らしていた。カバンの奥に紙切れが入っている、見覚えのない紙切れ。紛れもない兄の遺言だった。
 そこには、謝罪がかかれていた。悲痛な叫びだった。拠り所を探してつくった彼女に迷惑をかけたことや、言わなくてもいいような罪のざんげだった。そして最期に別れの言葉と一緒に一言、兄は俺のために死んだわけじゃないという旨がかかれていた。
 涙で紙がぬれる。外にいるのを忘れたかのように鼻水の涙もとまらなかった。嗚咽を我慢できない。俺は兄が死んで初めて泣いた。夕日が優しく辺りを照らしていた。



グロいっていわれた。いっぱいいっぱいだった。 こうなるとは思わなかった。今もぐロではないとおもっている。




・三題話 第036話 意地と恥

お題 :「月光」「罰」「信頼」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 夜に属する者ですら、結局昼に生活をせざるを得ない。そんな時代に家柄も何もあったものじゃない。終局は双子の自殺によって幕を閉じた。先に死んだ兄の葬儀に出席したとき、弟の顔を見ればもう失敗なのはわかっていた。有賀の名を冠した有羽の腹から生まれた双子は、双方の家に殺されたのだ。兄が死んでから、弟が死ぬまで3年。アレだけの矛盾を孕んで片割れがいなくなっても3年も生きていた。それは失敗ではあったが十分な成果だといえた。
 私から見れば、失敗ですらなく成功にしかみえなかった。有賀の家の事もわからず、有羽の家の事も知らされず彼らは死んだ。ただの人間として一生を終える事ができたのは、知っている側の私にとっては喉から手が出るほどうらやましい状況だった。双子の両親は罰という名目で別々に幽閉されている。多分、寿命が尽きるまで月の光を浴びる事はないだろう。双子の弟の葬儀を終え、私も気がつけば中学になっていた。有羽の家の事はわからないが、有賀の家では、あの双子の事はなかったことにすらされている。私ですら覚えているのに、誰もがそれを忘れたかのように振舞っている姿は、滑稽である。いまや力を無くし、昔から引きずっている権力にすがっている家を見ても滑稽ではあるが。
 いまさら、有賀の技術を誰が欲しがろうか。たとえどれだけ鍛えても、銃を撃たれれば死ぬし、火を放たれれば焼ける。その程度のものなのだ、ミサイルの一つで手も足も出なくなるようなそんな技術に誰が頼るというのか。街を明け渡し、その代わりに手に入れた未来は従属による安定であり時代の移り変わりという現実だった。もはや有賀に権力も力もない、それを浮き彫りにしただけだ。残ったのは腐ったプライドと、それを守ろうとする腐ってるくせに硬い頭の爺どもだ。
 いくら夜に属する者だからといっても、働かざるもの食うべからず。中学生のうら若き乙女ですら夜の街を徘徊しなければならない。何もない夜の街を月光の照らす街を飛び回る。残暑だ残暑だといっても、夜の街は十分涼しく建物の上ともなると冷たい風が吹いていた。病院の給水塔にたって街を見下ろす。夜更かしは天敵だというのに、全く何故私がこんなことをしないといけないのか腑に落ちない。不満からため息が漏れた。
「先客か、それとも自殺志願者かな?」
 振り返る、誰もいないはずの闇のなか、病院の屋上にいたはずの私に声がかけられた。目の前には……
「なっ」
 あまりの事態に体だけは反応していた。給水塔から飛び退り、一気に距離を開ける。最悪だ、最悪。本当に最悪だった。まさか、まさか……
「夢魔っ」
「ああ、有賀の家の者か。厄介なのに声をかけてしまった。あまりに気配が薄くてね。それとも、誘いだされたのは私かな?」
 色がわからない長髪、高校ぐらいの容姿。聞かされていた、聞かされていたのだ。だが、私が夜を回るようになって2年、ただの噂だと思っていた。一番気が抜けた日に、出会うなんて。しかし、相手は子供。私も子供だけど。連絡しないでも、自分ひとりでなんとかなるかもしれない。何とかしなければ。聞かされていた要注意の夢魔に容姿だけにせた別の夢魔かもしれない。全くといっていいほど、相手からは何も感じ取れない。腰を沈め、構える。いける。
「やれやれ、私は何もしていない。罪も犯してないのに消されてしまうのか。有賀の家はこわいねぇ」
  Since it dies, are alive.
芝居がかったように大きな身振り手振りで夢魔はしゃべる、まるで演説をしているかのように月の明かりを照明に彼女はしゃべる。
「人を食わずに、夢魔が生存できるわけがない」
 いるだけで罪だというのには、それなりに理由がある。そもそも、呼吸をするように人間の夢を食らう夢魔がいるだけで罪ではないというのなら、何をさばけばいいというのだ。
「私は、夢魔じゃないんだけども」
 疑問。その言葉に、一瞬構えを解いてしまった。気がつけば視界から、夢魔は消えている。辺りを振り返っても夢魔はいない。どこに?
「有賀にしては、鈍いね。駆け出しかな? ま、今日のところは退散させてもらうよ。」
 そんな言葉が風にのって聞こえてきた、振り仰いでもどこにも夢魔はいない。そして、心に染みてくるのは安心感。自分が生きているという只それだけの安心感だ。幼いころから、叩き込まれていた夢魔に対する恐怖は、まるで嫌悪感に近いものがある。簡単にいってしまえば、ゴキブリと一緒なのだ私にとって。言わば、ゴキブリ掃除屋。考えただけで鬱になれる。もう、夢魔の気配も音も聞き取れなかった。
 今日は帰ったほうがいいだろう、御楼にも報告しなきゃいけない。御楼というか、御老の乾物なのだが。家に戻ろう。そう決めて、何の気なしに屋上から飛び出してきがついた。
「あっ」
 気がついた時には遅かった。呼吸を乱し、心を乱した私は、有賀ではなくただの人間だった。風の音が耳に届く、これじゃ只の飛び降り自殺だ。自虐的に笑いながら落ちるまでに呼吸を整えられるか、試してみた。だが、風の音が心をみだし一向に呼吸は整わない。落ちる。
 瞬間、強烈な痛みが足に走った。
「飛び降り自殺とはね」
 逆さになっている、頭に血が登るのは決して重力の所為だけじゃなかった。首に力をいれて足を掴んでいる奴の顔を拝んでやろうとする。
 スカートで視界が覆われていた。反射的に手でスカートを戻す。しまったと思ったときには気が抜け、視界が真っ暗になっていく。気絶する、わかってはいたが止められない。
「ん? 気絶したか」
 むかつく声が足のほうから聞こえた。

 気がつけば、病院の門に寄りかかっていて。しかも人だかりができていた。人が覗き込んで声をかけている。
「嬢ちゃん、大丈夫かい? おーい」
 声にビックリして立ち上がった。体を確認するが特になにもなっていないようだ。夏休みでよかった、制服だったら大変なことになっているところだ。大丈夫だと、言いながら人ごみから逃げ出す。ヤバイ、知り合いがいたら非常にまずい。群集というほどはあつまっていないが、それでも数人の人がこっちを見ている。その人たちの隙間を縫って走り出す。彼らに背中を向けて走り去る。呼び声を振り切って商店街に。巻いたら家に帰ろう。
 が、一向に追いかけてくる気配はなかった。しかし、先ほどの噂が広まったのか、何故だか道行く人々が視線を向けてきている。それは、巧妙なほど一瞬の視線だったり、遠慮を知らない嘲笑の視線だったり。
I also want to run in when.
いくら田舎とはいっても、こんなに噂が広まるのは速いわけが無い、気になって体を見返すがやっぱり変なところはなかった。顔になにかついてるのだろうか、とりあえずどこかの店に入って確認しよう。丁度視界にファーストフードの店を見つけ急いで駆け込む。視線は店の中でも突き刺さる。背中にあつまる気持ちの悪い視線を振り切って私はトイレに駆け込んだ。すぐさま鏡で顔を確認するが、いつもの顔だった、もちろんお風呂にも入ってないから、汚いのは否めないが。それだって、あそこまで視線が集まるのはおかしい。鏡の前でくるくる回ってみる。と、体が横になったとき変なものを見つけた。背中になにかある。紙? 紙が張られていた。引き剥がして文面をみる。
「夏休み自由研究:ノーパン健康法の効果について実地試験中」
 間違いなく、あの女だった。紙を丸めて、ゴミ箱に投げ捨てる。何故だか、頭にアイツの笑い声が聞こえる。
「ぜぇぇぇったいゆるさない!!!」
 叫び声が響き渡った。



有賀でた。




・三題話 第037話 自己主張

お題 :「雲」「光」「平穏」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   そうだね、すこし昔話をしようか。僕にもまだ少し時間が残されているらしい。周りにいるのは兄弟さ、皆同じだよ。あんまり差はないんだ、やっぱり成長が早い奴とかはいるんだけどね。生まれた場所は、そう空が青くてね。ここは田舎田舎っていうけど、全然田舎じゃないよ。僕が生まれたところは、それはもう何も無くてね。見渡す限り青空と山。他に見えるものなんて、兄弟達と雲ぐらい。たまに鳥とかもみるけどね。ここはやっぱり少し空気が悪いんだ、そりゃもっと都会に行けば全然だろうけど。僕が生まれたところは、それはもう綺麗でね。染み渡るっていうの? そんな感じだよ。ほんとお勧め、君も一度いってみるといい。え? まぁ、無理かもしれないけどあきらめるよか良いんじゃない? そうそう、ポジティブじゃないとね。おっと、話がそれたね、昔話だ。そう、昔話。僕たち兄弟って、ほらはや生まれじゃない、だからさそれなりに大切にされたんだよ。でもさ、結局僕らは売り物だからね。ただ、箱詰されてはこばれるだけなんだ、それまでの関係でしかない。そんなの、他の奴らからもきいてたし覚悟もしてた。兄弟のなかには、そりゃちょっと抵抗しようって気になってた奴もいたみたいだけどね。でもさ、いままであんなに手をかけてくれたのにいまさら抵抗するわけにもっていうのもあるじゃない? ミカンにだって義理人情はあるわけよ。そうそう、だからほとんどは抵抗なんかしないで素直に箱詰めされていったよ。でもな、俺の隣の奴がすごかった。簡単に箱詰めされるかって暴れだしたんだ。結局そいつは箱詰めされたんだけどね、そ、俺が落ちたの。ただのとばっちり。全くこまったもんだよね、そいつは暴れるだけ暴れて僕を落としたら、箱に入ってのほほんとしてるんだからね。そりゃね、僕だってただ詰められるのを良しとするわけじゃないさ。自分のことだし、そりゃなんだかんだいっても自分が一番なのは変わらないよ。だから、落ちた瞬間しめたっておもった、でも落ちてから思ったんだ。このままだと、俺はどうなるんだってね。それが頭をよぎったときは最悪だったね、もう頭から離れない。最悪のシナリオだけが頭をかすめるわけ。あれほどの、恐怖はやっぱりないよね。文字通り手も足も出ない。そりゃそうだ、手も足もないんだけどな。ハハハハ。
 箱詰めの作業ってのはさ、手作業だったんだよ。機械でやってるところもあるんだろうけど、僕のところはそうだったわけ。だから、作業のぼっとうしてるんだよ。そ、来客があっても気がつかないぐらい。周りも五月蝿いから、ちょっとやそっとじゃ気がつかないの。だから、俺が落ちたとき全く気がついてもらえなかったわけ。ひどいよね、商品だよ? なのに、気がついてもらえない。今まではすごい気をかけてもらって、いざ箱詰めとなったらこの程度かっておもったよ。さらにヘコンだね、それはもうどん底ってかんじ。今まではさ、兄弟と一緒に空見上げてぼけーっとしてたわけよ、平穏無事に過ごしていたというのに俺だけ違う世界に飛び込んだ感じ。兄弟はさ、そのまま平穏に箱に詰まって出荷されていくんだなとかかんがえるとさ、どんどん悪い方向に頭がまわってね。んで、全然気がついてくれないわけ。んで、俺はあきらめたんだよ。もう、このまま腐るのかってな。あきらめたら意外と楽になってな、つらくなくなったわけよ。諦めが肝心なんていうけど、あの時はたしかにそうかもしれないなんて思ったね。でも、箱詰めが終わって兄弟の半分ぐらいが運ばれていくのをみちゃってさ。そしたら、諦めじゃなくてやせ我慢だったって気がついた。寂しくて泣きそうになったよ、実際泣けるわけじゃないんだけど。でもなにもできなくて、そうやってずっと上をながめてた。上で光ってた蛍光灯の光がまぶしかった。このまま腐る前に干からびるんじゃないのかっておもった。でも、もう諦める気にはなれなかったね。でもできることは無いからずっと祈ってた。神様にあの時初めていのったよ。
 いきなり暗くなったんだ、上の蛍光灯が影で隠れたんだってわかった。したらいきなり自分が高いところに飛んでった。いや、じつは飛んだんじゃなくてただ持ち上げられたんだけどな。そう、見つけてもらえたんだよ。その農家の子供だ。両親は箱詰めで忙しくてな、そこに手伝いに来た子供が俺をみつけたってわけ。泣いたね、諦めの悔しさとかそういうんじゃない。感動ってやつだよ。ほんと、感動した。神様がいるなら感謝したかったよ。いないかもしれないけど、今でも感謝してる。もしかしたらいるかもしれないなら、祈るだけならいいだろ? だから ―――

 俺が傷物なのは仕方が無いけど、売れるからそのままにして欲しいなって思うわけよ。

 ほら、みろよお嬢ちゃんが走ってる。って、なんか背中にはってるな。へんなの。あの子も売り物かなにかか? え? そりゃ、僕は漢字なんかよめないしな。数字は意外とわかるんだぜ? ってなんで追いかけていっちゃうわけ。っていうか、あんた店主だろ! あ、おーい。って、やっぱ俺の声ってきこえてないの。っていうかその、鼻の下伸ばして追いかけるのやめろよ。っていうかまだ子供だろ、おい! あーいっちゃったよ。まいったね、いっちゃったよ。泥棒とかきたら、最悪だよね。兄弟もそう思う? ま、ぶっちゃけ食ってもらえるなら売れ様が売れまいが関係ないんだけどね僕たちは。そこまでぶっちゃけちゃうと、店主も泣いちゃうかもしれないしな。なんだか声聞こえてなさそうだけどね。まぁいいじゃな、そんなもんそんなもん。
 あれ? 兄弟たちが。うお! なんだよ、言ってる傍から泥棒か? うは、マジっぽいし。あーあ、店主ごめんな。ま、傷物の俺が盗まれるぐらいどうってことないか。って、なんだか低いな。子供か? あ、走るな。危ない。商店街は人がおおいから、危ないってば。おいきいてますか? ってやっぱ聞こえてないんだね。いまなら店主が帰ってきてきがつかないかな? やっぱむりかな? うお、商店街ぬけちゃったよ。ここまで着ちゃうともう怪しくなくなっちまうな。ま、食ってくれるなら僕は満足だからいいけど。ああ、太陽がたかいや。水の流れる音も聞こえてきた。ああ、そういや近くに土手があったんだっけか。ああ、昼なのに人がおいね、いいからそろそろ立ち止まらないか? こけたら大変だよ? おーい。あ、視界がぶれた。ヤバイ。
 あー視界が回る。 
 世界が。 
 地面が。
The airplane tore apart the darkness of my heart and flew.
 グチャ。



ミカンみかんみかん




・三題話 第038話 浮かぶ沈む

お題 :「流れ」「闇」「希望」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   風が揺れる。地面に生い茂る草が風の形を教えてくれる。揺れる空気の波はそのまま駆け抜けて、水面を撫でていく。向かい岸が影に覆われていた、上を見上げると雲が太陽を隠そうとしていた。やけにくっきりとした影が風に流されて動いている。走ったらあの影に追いつけるだろうか、目だけが雲の影を追った。無音の世界に住んでもう1年、ずいぶん周りを見ることができるようになったと思う。事故によって奪われた聴覚は今だ回復しない。世界はいまだに音の無い世界だ。
 世界は最悪だった。あの日、あの人がいなくなってから。最期にかけた言葉はなんだったろうか、もう覚えてすらいない。事故は一瞬だった、ほんの数秒であの人は命を無くし、私は音を無くした。音の無い世界というのは、光を失った感覚に近い。物は見えているのにまるで暗闇のなかのようだ。流れる水に手を差し伸べても、一瞬温度も水の感覚もなかったりするのだ。見えているのに感じない感覚というのがコレほどまでに恐怖だとはおもわなかった。けれど、私はそんなことより私の音を連れて行ってしまったあの人が私の中で重要だった。私には何もかもなくなってしまったのだ。世界は色あせ、感触をなくし、温度をすり減らしていった。そして、気がつけば感じる事すらできなくなっていった。家で一人になれば、己を傷つけ。病院にいってもらった薬で眠る毎日。始めは家族ですら、それが音を無くした反動だと思っていたらしい。しかし、私には音どころか色も温度も何もかもなかった。病院に通いつめては、薬を貰っているおり、あの人の家族にあった。何度も家に訪れては謝罪をして、日に日にやつれていったあの人の両親を見るのはとてもつらく私は一度も顔を合わせてはいなかった。その日は、ちょうど薬が切れて病院に向かう途中だった、家の前に来ていたあの人の両親が私をみつける。ご両親は、私に何度も頭を下げたが私は声を聞くことはできなかったし、二人を思いやるほど余裕もなかった。ただ、謝られれば謝られるほどあの人がもういないという事実を突きつけられる気がして私は逃げるようにさっていった。運転していたのはあの人だ、そしてあの人は私を庇うようにして死んだ。血まみれの顔でつぶやいた彼の言葉はもうすでに私には聞こえなかった。唇の動きはしっかりと覚えているのになぜか言葉がわからない。たまに、鏡をみて唇の動きを真似てみるが、やはりその言葉が私にはわからなかった。
 病院では、カウンセリングなどもうけた。手話がなかなか覚えられない私は、気がつけば唇を読む事のほうがらくになっていたし、喉はつかえたのでコチラから何かを伝えるのには苦労しなかった。そのためもあって、今でも手話は苦手だ。カウンセリングはもっぱら筆談で行われ、私はただ学校や仕事にいくような感覚で作業を淡々とこなした。あのころの私は、まるでロボットの様に淡々と命を消費しているだけのモノでしかなかったから。一通りのカウンセリングを受け、薬を受け取り家に帰る。家に帰ってもただ部屋から一歩も出ずに己の手首を傷つけるだけだ。たまに思いついたようにあの人の唇の動きを追ってみるが、やはりあの言葉はわからなかった。私の生活は自傷と鏡をみて唇を動かすだけの生活になっていた。その間もあの人の両親は私の家にきていたりしたが、私は二人にあわなかった。
 世界は真っ暗で、早く死にたくて、それでも死ねなくて、己の勇気の無さに何度もないた。涙もかれるほどないて、諦めがついたとき私は世界に憎悪ににた感情を抱いていた。何も感じず人形の様に生きるよりはましだったのかもしれない。世界はくだらなくて、冷たかった。死ぬのが怖くなくなったが、死のうとも思わなかった。ただ、自暴自棄になってただけなんだろう。外に出れるようになったのはかなりの進歩だった。大学をやめ、仕事につこうかともしたが、やはりこの体ではできるような仕事は限られていたし、やりたいような仕事も無かった。結局のところ外に出るようになっても何も変わらなかった。外にでたら、事故に遭えるんじゃないだろうかという、なんだかよくわからない期待もしていた。そんな折だった、あの人の両親にあったのは。始めに会ったころから比べれば二人ともやつれ、今にも倒れそうなほど血色がわるかった。私は頭を下げるとその場を後にする、話すことは無いし私の意思は親から伝えてもらっている。視界から外れれば、私は何も感じなくなる。
 気がつけば、世界は色を取り戻していった。私の感情とは別に心は回復していた。まるで体といっしょだ、傷つけても傷つけても生きろといわんばかりに直ろうとする。自分で全く自由にならない環境に憤りすらかんじていた。それでも、世界は色を取り戻し光を取り戻し温度を取り戻しつつあった。川べりを歩いては周りを見渡す、世界は風すら取り戻していた。風が揺れる。地面に生い茂る草が風の形を教えてくれる。揺れる空気の波はそのまま駆け抜けて、水面を撫でていく。向かい岸が影に覆われていた、上を見上げると雲が太陽を隠そうとしていた。やけにくっきりとした影が風に流されて動いている。走ったらあの影に追いつけるだろうか、目だけが雲の影を追った。無音の世界に住んでもう1年、ずいぶん周りを見ることができるようになったと思う。最悪な世界にこんにちわ。私は残された分だけ生きていけそう気がした。それは時間が癒した結果なのか、医者のカウンセリングの結果なのか、飲んできた薬の結果なのか、それともなにかきっかけがあったのか。体は自然と回復し、心も自然と回復していく。私の感情とは裏腹に世界は勝手にまわっていた。癖になった、あの人の唇の真似をしてみる。なんと言おうとしていたのだろう、やっぱり判らなかった。立ち上がると、私の横をエアプレーンが横切った。風の音を、きいた気がした。
 まだ、音があったことに振り返る。飛び去っていく飛行機を目が追っている。まだこの体は音を感じることができるのだ。
 瞬間、世界が広がった気がした。頭につっかえていたなにかが落ちた感じ。世界は広かった。とんでもなく大きくて、ずっと私の事を見下ろしていたのだ。吹き抜ける風が肌を叩く。光に満ちた世界が喜びの声をあげた。思わず川べりまで走りこんでいた。川を覗き込むと水面に歪む自分の顔が見えた。手を伸ばしてかき混ぜる。
It can hurry, can hurry and is an urgent alarm.
冷たい感触が体を駆け抜ける。水は流れていた。手を引っ込めて水面が落ち着くのをじっと見てみる。自分の顔が水面に移る。静かになった水面に向かってあの人の唇のまねをする。
 あの言葉は、謝罪ではなかった。あの時私に投げかけた言葉はそんな言葉ではなかった。
『愛してる』
水面に落ちたしずくが、波紋を作った。



駄作。デキソコナイを勢いでまとめたかんじ。 こんなのでも、挿絵は書いてくれます。




・三題話 第039話 無断飲食

お題 :「衝撃」「停滞」「情緒」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 有羽家、一般的に財閥として有名なその名前は、財閥に属する者たちのみが語る名である。つまり家をで財閥と関係のないものは、たとえ長男として生まれたとしても有羽の名を捨てる必要があった。意外と血は希薄で、ほとんどが養子で成り立っている。ただ、権力にすがりついた金の亡者達の集まりというのがこの国での一般的な知識となっている。だから、有羽の名はそれだけで、さげすみの対象でありねたみの対象であった。向けられる視線は、金にあやかるためのなめ付けるような視線であり。向けられる言葉は、心にもない世辞である。だから、有羽常人は有羽の名を捨てた。そして、やっと彼は周りと思っていた人間達が隣にいるという幸せを手に入れた。国を三度ひっくり返す金と、国を一言で潰すだけの権力を捨てて。
 しかし、実態は違ったのだ。薄いと思われている有羽の血は、物理的な血のつながりでしかなかった。本来のつながりは血族を超えた場所にあったことを、常人は思い知らされることになる。有賀の男にたぶらかされた叔母から聞かされた言葉は呪いの様に常人体の中に染み込んでいった。『有羽の志はこの中に』子供のころに聞かされたその呪いは常に常人の胸の中に残っていた。どれだけ腐っても、有羽は人を守るため在るのだと。それは、子供だった常人にはまるでヒーローになったような喜びを与え、いい様のない責任で縛り付けられるのろいだった。
 子供のころにあこがれたヒーロー像とは、真逆といってもいいほど今の有羽は常人からみても腐っていた。人を人として守るためにあった家はいまや、人のまま人を食いつぶす只の腐った塊だった。人を守るために人を捨てた有賀のほうが健全ではないだろうか、常人は思う。まったくもって、高校に入る前に有羽を出て正解であった。
「まぁ、俺には関係ないわけよ」
 原付のエンジン音にかき消されたつぶやきに常人は一人頷きながらアクセルを吹かす。風は夏の暑さを吹き飛ばすような心地よい風で、そろそろ秋が来るぞと告げている。強いはずの日差しすら今はこれっぽっちも苦痛ではない。土手から見下ろすと、川岸には飛行機を飛ばして遊ぶ子供たちや、川を覗き込む女性が見える。
 余所見をしていると、危ない。それは世界の共通の決まりごとであり、常人もそれにあぶれなかった。一瞬前輪を取られへんなスリップを起こして常人の原付は回転した。
「おおおあああああぁぁ」
 奇声を上げながら、ブレーキを力いっぱい握る。何度も手に響く衝撃を無理やり押さえ込み数メートルを常人の乗った原付は横滑り、砂煙を上げてとまった。常人が安堵のため息混じりに振り返ると、濡れて色が変わった地面が見えた。よく見ればそれはミカンの汁であって、前輪を見ればミカンの皮や身がすり潰されてこびりついている。それを認めて常人は大きく肩を落として再度ため息をついた。また、洗わなくてはならなくなった。まったく、さっき横切ったミカンをもった少女の所為だ。常人は、今度あったら文句を言ってやろうと心に決めて原付の向きを直す。軽快なエンジンの音がまた土手に響きだした。いっしょに、常人の腹からも軽快な音が響く。
「緊急警報ぉ! 急がねばぁ!」
 妙なテンションのまま常人はアクセルを握りこむ。一際エンジン音が高くなって常人を乗せた原付は駅前の商店街、彼の行きつけのファーストフード店に向かっていく。
 いくら田舎町といっても、住民はそれほど田舎だとも思っていないし不便だとも思っていない。駅前の商店街に行けば、大抵のものはそろうし小さいながらも大学まである。常人はここに越してきたばかりなので、田舎だと思っている。電車で二つ。そこには有羽の本家がある街が広がっている。そこは有羽の家を中心に栄えいま常人がいる街と比べれば天と地の差があるのだ、その分情緒はあるのだけれど。近々、この平穏な田舎町にもビルを建てる計画があるという噂は聞いているが、一向に進む気配はない。もしかしたらこの街を治めているものがいるというのは間違いないのかもしれない、常人は思う。駅前に集中して店があるために、いついかなるときも駅前の商店街はこんでいる。24時間営業の店も多いため、夜になっても人通りが絶える事がほとんどない。そんな中を原付を走らせるわけにもいかず、常人は原付をとめ、商店街にはいっていった。相変わらず、ここで事件がおきたら次の日には街の住民全員が事件を知るだろうというぐらい人がいる。人ごみを空腹をこらえながら常人は歩く。目的のファーストフード店をみつけ、ふらふらと店内に足を踏み入れた。傍から見れば、死にかけといっても過言ではない。消え入りそうな声で注文をし、商品を受け取った。しかし、ここに来て常人の膀胱に限界が見えた。
「ぐおぉぉぉ、神よ私が何を・・・」
 ポテトを一掴み口に入れて租借しながら、常人はトイレに駆け込む。目の前に男性用トイレ、手を伸ばす。その瞬間、常人の視界がぶれた。
「ぜぇぇぇぇったいゆるさない!!!」
 叫び声は大きく、しかし常人の耳には自分の頭が開いた扉で壁に押し付けられる音を聞く。
「ぐふぉ」
 奇怪な声をあげながら、常人は膀胱の限界信号を何とか我慢する。顔は横から開いた女子トイレの扉と壁に押し付けられている、しかも未だその扉を開ける力は収まらない。
「ん? ふんっ!」
 嫌な掛け声と共に扉に力がかけられた。骨が軋む音か、それとも扉が軋む音だろうか、常人は声すら出ずにその軋む音を聞いていた。
「げっ」
 涙を流し、扉に挟まれて顔を半分出している男をみつけ、扉を開けようとしていた女性が声をあげた。二人の視線が交差する、その場だけ時間が停滞していた。

 店内には顔に赤い線をつけた男性に、ひたすら謝る女性の姿があった。
「ほんとーにすいません!」
「いやまぁいいって」
 ポテトを食べながら常人が答える。出すものを出して入れるものを入れたらなんだかどうでも良くなってきたのだ。今なら、何でも許せる気がする。ポテトを食べながら常人は思った。まだ顔がひりひりするが、女の子はかわいいしまぁ良しとしよう。なにせ、正義の味方は心が広いものなのだ。
「もぐ……ちょっと頭に血が上ってて……もぐ」
 そうかそうか、と常人はうなずく。
What turns to a front surely has itself.
「もぐ……ほんと、顔大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫、ってなに食ってんだ!」
 女の手には、ハンバーガーが一つ。常人のトレイからハンバーガーが無くなっていた。
「あ、つい……もぐ」
「まだくってんじゃねぇよ!! うおおお、緊急警報がぁぁ!」
  叫び声が響く。背中に変な張り紙をしながら入ってきた女性と、奇怪な叫び声をあげる男性のカップルを店内の客たちは訝しげな目で見つづけていた。
 店の前を通った黒猫が、クスリと笑って立ち去っていく。



ちょっと、お気に入り。




・三題話 第040話 くだらないオモイデ

お題 :「生命」「変化」「喜び」
  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   生まれたときから、命を研いでいた。どれほどに研いでも納得はいかなかった。暗闇のなか、光が雫になって零れ落ちるほどに研ぎ澄まされた命は、限界ともいえる。
please together...
四角く直線に切り取られた空の下、抱きかかえられたときの恐怖を今も覚えている。朝焼けを見ていると、あの時の事が鮮明に思い出された。安堵という名の恐怖は、己が培ってきた全てを否定する気がしたのだ。そして、気がつけば山をこえていた、本来猫の私にそんな長距離を全速力で走るだけの体力はあるはずがない。無意識の内に感覚を早送りしたのだろう。見上げると、雲がすごい速度で流れていた。夜明けの雲は朝焼けに照らし出され、赤い輪郭を浮き上がらせている。ああ、まだ感覚は早送りされたままだったのかと、急いで元に戻す。体力の戻りやめんどくさいことにはとても有意義だが、やはり反応が鈍くなるのは考え物だ。流れがもどったときには、空に太陽がしっかりと全貌をあらわしていた。目を細めて早朝の山を下れば街は朝もやを振り払うように伸びをするところだった。
 生まれたときから、命を研いでいた。あの時の手の思い出は、恐怖の思い出ではなく。それは、朝焼けに対する畏怖の思い出でもなく。それは、懐かしい昔話でもない。ただ生まれたばかりの自分の最初の記憶だ。猫は時間を旅する、自分が生まれ滅びるまでの時間を自由に旅するのだ。かといって同じ時間を繰り返せるわけではないのだけど。だから、子供だった私は自分を飼ってくれる人間を知っていたし、家の場所もわかっていた。初めてその人間を見たときは、私はその人間の布団の上で寝ていたときだった。わけもわからずいきなり人間の家にいた私は驚き、家中を引っ掻き回した。人間にしてみれば、今まで一緒に暮らしていたのにいきな自分を忘れたかのような振る舞いに困惑しただろう。いや、あの人間は特別製みたいだからそうでもないのかもしれないが。一応今でもそのことは反省していたりする。人に属さないとはいえ、人の傍にいると弊害というのはやはり出てくるものなのだ、最近は時間を旅しない猫もいると聞いた。猫も人も大きな流れにのって少しずつ形を変えているのだ、それは自分が生きている時間の流れではなくもっと大きなもの、たとえば生命の流れのような誰しもが逆らえない流れだ。
 生まれたときから、命を研いでいた。今もまだ研いでいる。それでも気ままな猫は、思案しよう、朝もやが晴れはじめる。この家の人間が起きるまでまだ時間があるので、屋根に登って街を見下ろす。こうして猫の目でみる人間は、本当に何もかもを外に求めているように見えた。生きる意志を見失ったものをみる、彼女は人生全てを外に求めた。それが無くなって、彼女は全てを失った。比べるものを外に求めたものもいる、比べるものが比べられる事を拒否したとき彼女は支えを失った。昔、外にある片割れに指針を求めた男がいた、片割れを失い歩く先を見失った。己に望めば失うことはない、己が己を裏切ることはないのだから。己に自身がないものたちがおおいのだ、己を信じることができないでいるものがいる。自分の心の叫びを無視して、他人に答えを求めて彼らは何処へ行こうというのだろうか。猫の私ですらそれは間違いだとすぐにわかるというのに。この家の人間を起こしに行こう、大きな流れに乗り遅れないように。
 今もまだ、命を研いでいる。従属が幸せだとは言わないし、孤独こそが高貴ともおもわない。ましてや、変化を進めるわけでもない。ただ、己の言葉が聞こえない輩に他人の声は届かない。己に貴く生きている猫の私達に人間の怠惰は目に余るものがある。しかし、押し付けるものではないし押し付けられるものでもない。朝食を用意させてじっとまつ。何がいいたいかっていうと、自分の声が聞こえるなら、是非私の空腹の声も聞いていただきたいということである。この家の人間は動作がとても鈍い、お陰で変にものを考える癖がついた。以前は早送りして何も考えず朝食が置かれる瞬間まで移動していたのだが、それはなんだかもったいない気もした。自分も少しずつ変化しているのだ。朝食を食べ終え家を飛び出す、背中に声をかけられた。
「御主人〜、明日病院だからね、ちゃんと家にいてねぇ〜」
 つまり、朝起こしてくれといういみだ。それにしても、この人間私が言葉がわかってることに気がついてるのだろうか。一方的な会話はペットを飼う人間には良くあることだというが、なんだかおもむきが違うきもする。声をあげて返事をして、町に繰り出す。虫を取りに、土手にでもいこうか、そんなことを考えて歩き出す。
 今もまだ、命を研いでいる。川べりを見下ろしながら、土手を歩く。土手と川べりの間にはちょっとした広場があって、そこで人間の子供が遊んでいた。と、土手に腰掛けている人間をみる。何もかもを失った人間は、ただ無表情に川を眺めていた。少しだけ。私は他の猫よりお節介なのだから仕方ない。そして、それが私の信じている道だ。だから、少しだけソレを見ないふりしてくれればと願う。飛び去った飛行機を驚いたような表情で追う人間をみて、頷く。自分の中にまだ音が溢れている事に気がついてくれただろうか。もう大丈夫だろうか、しかしこれ以上猫の私に許されてることはないのだ。そのまま土手を歩きつづける。と、目の前にミカンが一つ。このまま食われずに、ミカンは転がるのみなのかと思ったら食べずにはいられなかった。皮は苦手だが、一応実は食えるのだ。ミカンを一口。ちょっとすっぱくて走って逃げた。それでも、誰にも食われないままよりは多分ましであろう。
 何処までも、命を研いでいる。砂煙を上げて土手を爆走する五月蝿い乗り物の音が聞こえる。足を止めて振り返れば、なんだか判らないような奇声を上げてコチラに向かってくる乗り物と人間。感覚をスローにして走って逃げる。叢に逃げ込んで、元に戻す。砂煙はそのまま走り去っていってしまった。微かにミカンの匂いがした。目を閉じて黙祷。空が青い。
 何処までも、命を研いでいる。商店街というのは、私は大好きでよく歩いている。大抵は、一人なのだけど時々家の人間と一緒に来るときがある。私が案内しないと、人間はすぐに迷うので困りものだ。私が通ると、大抵の人間は私のために道をあけるか、食べ物をくれる。ソレをみていたほかの猫が私を猫の神と勘違いしてたりする。多分、私の後ろをついてくる人間とセットで有名なだけだとおもうのだが。見上げると、化学調味料のどきつい匂いが充満した店の前だった。人間はよく、好んでこんなものを食べるものだ。あげた視界の中に先ほど私を五月蝿い乗り物で轢き殺そうとした人間がいた。彼は、内に求めるものがあるのだろうしっかりと地に立っている。
「まだくってんじゃねぇよ!! うおおお、緊急警報がぁぁ!」
 前言撤回。店を後にした。
 何処までも、命を研いでいる。商店街をぬけて、駅に出る。そろそろ日も頂点に達する時間だろうか。駅前の人間の数は多い。感覚をスローに、人の間を抜けるのは至難の業だ、だけどしっかり抜けておく、時間は飛ばさない。長いこと旅に出ていない自分もやはり大きな流れに影響されているのかもしれない。人間と一緒に生きるのも悪くないのかもしれない、見てないと危なっかしい人間が家にいることだしなおさらだ。人ごみを抜けて、近くの塀に登る。家の屋根が暖かそうなので、そのまま近くの家の屋根に登った。
「まってよ〜、恭にぃちゃん!」
 下から、人間の子供の声が聞こえる。風が流れている、この街は風が心地よい。子供が走っている。なんだか眠くなってきたので、子供に釣られて私も走り出す。今日は何処で寝ようか、屋根から屋根に飛び移りそんなことを考える。
「やぁ、猫」
 後ろからかけられた声に、立ち止まる。そこには人間ではないが、人間の格好をしている奴がたっていた。
「今は眠い、邪魔をするな」
「おお、こわ。猫の飼い主、猫をさがしてたよ」
 じゃあね、とそいつは去っていった。猫より身軽なソレは、音も立てずに屋根の上を跳ねていく。その後姿を見送って、家に帰ろうと思った。
 いつまでも、命を研いでいる。帰りみち、首筋に暖かくなる奴が張ってある人間をみた。その、今にも倒れそうな人間をみる。明らかに熱中症のになりかけだ。少しだけならいいか、とまた私は世話を焼く。
「大丈夫か? コンビニでもよってこうか」
 不幸を嘆かず、人生を楽しむ人間に幸あれ。振り仰げば家が見えてくる。近くを神を探している犬が散歩していた。まだ神を探しているのだろうか、犬は私に気がつかないまま飼い主と散歩を続けていた。家に入ると、人間は寝ていた。しかも私の愛用の毛布を抱きかかえながら。
「ごしゅじーん」
 探しつかれて、夢の中でまで私を探しているのか。ため息をつきながら、人間の頬を叩く。が、一向に人間は起きなかった。もぞもぞ動く姿はまるで新手の動物のようだ。
 命を研いでいる。あの初めてつかまれた手の感触を思い出す。大きな流れの中で、猫は旅することを止め、そして人と歩むことを覚えた。朝日の中を走り抜けるとき、体についた水滴の感覚を思い出す。外に求めては失ってしまう。だから、怖かった。感覚をずらして走りつづけたときに見上げた雲の流れを覚えている。けれど、己の中の言葉に嘘を突くのはいやだった。己に貴く。感覚を戻して見上げた空と、後ろから追いかけてきた息遣いの音に涙が出そうになった。
 命を研いでいる。共に歩くと決めたときから研ぐ手は止まっていたのかもしれない。私を見つけ、抱き上げた手の持ち主は。どれほど逃げても追いかけてきた。そして、私が立ち止まったのを見届けるとそのまま気絶した。あの時の風の匂いを覚えている、あの時の光の感触を覚えている、あの時の土の声を覚えている。倒れた人間の傍に座り、頬を叩いた。あの時から、一緒に歩くことを決めていた。未来に旅をする必要も、感覚を早送りする必要も、あの時から意味を無くしていた。目を覚まし、私を見つけ嬉しそうに抱き上げた時の手の感触を今でも覚えている。
 もう、命は研いでいない。一緒に生きると決めたから。頬をたたきつづけていると、やっと夢から戻ってきたのか、人間が体をおこした。
「あ、御主人。おかえり〜」
 抱き上げる手は今でも同じ感触で、あの時の事を思い出す。
「そうだ、御主人さがしてたんだよ? あのねあのね」
 床に私を置くと、部屋の奥に引っ込んでいく人間。忙しい奴だ。帰ってくるのを毛布に包まって待つことにする。人間の匂いがついていた。毛布に顔をうずめて目を閉じる。
「あのね、御主人」
 うとうとし始めたときに、人間が帰ってきた。そういえば、探し回っていたのだったか。仕方なく眠い目を開け、顔を上げて人間を見る。
「明日、病院に着て行く服どっちがいいかな?」
 つぎは、爪を研ぐ事を硬く決心した。



かなり気に入ってるのだけど、大失態。 書き直すには全部なおさないといけない。


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