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・テーマ「手紙」

 循環精霊機関の駆動音は、いやに耳に痛くてテルルはその長い耳に思わず手を当てる。もとより、それは音というよりは霊圧の唸りだから、そんなことで防げるはずも無かった。
 ぴりぴりと肌を突き刺す霊圧に、循環精霊機関が順調に動いていることだけは判った。
「二〇……三〇……五〇。予定圧到達を確認。螺旋生命環、回転開始」
 オペレーターの声を聞きながら、テルルは頷いた。目の前であまりの霊圧に空気がプラズマ化し、ぱちぱちと音を立てている。
「角速度安定。フェイズ二二から二三へ移行します。サーカムスタンスディスプレイチェック。精霊紋章の起動を確認。五番までの基礎唱陣への霊圧正常。六番の起動まで残り四〇」
 引っ切り無しに繰り返される確認事項をBGMに、テルルは目の前に聳え立つ巨大な円柱状の構造物を見上げた。ロケット。流線型には程遠いが、無骨とはいえほとんど二ヶ月でつくった物にしては上出来だ。
「まだ、無駄なことしてるのかよ。いい加減無駄な事なんてやめろって」
 いきなり後ろからかけられた軽薄な声に、テルルは眉をしかめる。
「六番起動確認のち、状況停止。外部の減圧管をチェックして。二二からやり直し」
 彼女は後ろの声の主には振り返らず、オペレーターに言葉を飛ばす。
「無視かよテルル。こんな感傷ごときに何ムキになってんだよ。やめちまえやめちまえ、な? もっと楽しいことしようぜ。それに、コレだってタダじゃねーだろ。いくつ精霊を殺した」
 ぬらりと、テルルの前に立った男は彼女より頭一つ大きい。じっと見下ろしてる男を、テルルはにらみつけると邪魔だとばかりに、男を払いのけた。
「精霊も、私たちも、全員志願よ。吸霊陣も、集精石もつかってない。邪魔、どっかいって」
 突き放すように、いや視線すら合わせずテルルは吐き捨てるように呟いた。
「ソレ聞いて安心したよ。ってことは、そこの試験管に入ってる精霊しか燃料がねーってことだよな? ははっ」
 下卑た笑い。いやな予感に、思わずテルルは振り返る。
「ジェト!?」
「もう、お前たちも諦めろよ。どうせ助からないんだ。後三日――」
 ジェトと呼ばれた男の手の先に、淡く光る試験管が並んでいる。自ら力を貸すと志願してきた精霊たちが其処には居た。
「世界は滅びるんだからさ」
「やめて!」
 ガラスの割れる甲高い音と、叫ぶテルルの声が響き渡った。


 最初に気がついたのは、いつも小高い丘で空を見上げていたオパールという娘だった。
「お星様が近づいてるよ」
 その時は、誰もそんなこと信じなかったし、信じてもその先を予測できる物なんていなかった。仕方がない、彼女たちはいまだ天蓋の外へに興味すらなかったのだから。
 脅威だと気がついたのは、有名な星座占いをしているオババだった。すでに皺くちゃになった口と、垂れ下がった耳をもごもごさせながら、彼女は言った。
「星が落ちてくる」
 始めはとうとうボケたのかと、皆に思われたがしかしオババはそれでもいまだ発言力のある有名な占い師で、彼女が一人危険を叫び続けたおかげで、世界は始めてその危機に気がついたのだ。
 必死で今いる技術者を集め、出し惜しみ無く金と場所をかけた集団が出した調査結果は。
 隕石墜落まで残り数ヶ月。そして、最悪の答え。調査と研究の結果、回避策は、
 ――皆無。

 意外とパニックは起こらなかった。皆諦めたのだ。だったら残りの時間を楽しもう。そういう流れにのり、連日連夜どこもかしくも祭り騒ぎになっていた。バカ騒ぎで忘れようとした者もいた、バカ騒ぎをしてる中には、隕石が落ちて来るなんて信じてないものもいただろう。だが、思惑がどこにあっても関係はなかった。皆で騒げば、それだけで忘れられたし、騒げないものは最後に大事な者とともに時間をすごしたり、やりたいことをやりはじめていた。
 祭りは加速し、狂乱のうちに数ヶ月が過ぎていく。そのはずだった。
 そんなやけくそにもにた騒ぎのなか一つの動きがあった。最初に作られた金と場所を惜しみなくかけて設立した集団のなかで志願者だけがのこった部隊があったのだ。
 世界が滅びるのなら、せめて我々が生きた証を。
 いまだ天蓋を生物が抜ける方法はなかった。だが、彼らの技術と知識は軽い物だけなら天蓋を抜けられる。世界が諦めに染まってるなか、彼らだけはいまだ空に在る日々大きくなる星を憎憎しげに見上げていた。せめてあの向こうへ、何か自分たちが生きていた証拠を残したい。すでに重力異常が起こり、世界の魔力バランスが崩れ始めている。まともに術すら行使できる状況じゃないのに、巨大な自動術式を積んだ機械なんて作り上げられるものか、揶揄は尽きない。しかし、彼らの上に立った女性は、腕を胸の前で組んだまま、揶揄を鼻で笑って言った。
 ――別に貴方に、頼んでない。


 散らばったガラスの破片をかき集める、乾いた音だけが響いている。自らの意志で集まった精霊たちは、楔を外されても四散せず、テルルの周りを飛び回っていた。青白い光に照らされながら、テルルは無言で飛び散ったガラスを集めていく。
 そして、それを呆然と見下ろすジェト。
「なんでだよ、おい! テルル。どうせ成功しようが失敗しようが、なんにもなんねーんだろうが! 誰も助からないなら、こんなことやめちまえ!」
「……」
 何も言わず、テルルはガラスを広い続けていた。
「所長!」
 オペレーター席から数人、テルルに向かって走りよってくる。
「っち。すっかり馬鹿になっちまったなお前。もっと賢い女だとおもってたのによ。そのロケットと一緒に死んじまえ」
 そういうと、ジェトは彼をつまみ出そうと集まってきたオペレーターたちを払いのけて部屋から出て行った。
「所長。大丈夫ですか? あ、掃除は私たちが」
「いいの。それより、状況は?」
「螺旋生命環付近の外部減圧管にたしかにヒビが見つかりました。取り急ぎ交換していますが、場所が場所だけに、フェイズは二〇まで戻さないと無理です」
「十分、急いで。まだ時間はある」
 その言葉に、オペレーターたちは持ち場に帰っていく。
 と、一人だけオペレーターの女が残っていた。不思議に思い、テルルは顔を上げる。
「どうして、所長は何も言わなかったんですか? あの、その……」
「婚約者だった男、に?」
 テルルの言葉に、ピクリと彼女は身を硬くした。
「アイツはね、あれでも気を使ってるの」
「え?」
「この場所は、生き残れる確率は〇。でも、時間をフルにつかって星の裏側までいければ」
「でも、衝突点から最遠地点でも、衝突から二〇秒で空気が蒸発します。あ……あの人は、……知らないんですね」
 テルルは笑うと、オペレーターの頭を撫でた。
「いや、知ってる。良く知ってるはず」
「じゃぁどうしてですか? 何も変らないなら」
「たった二〇秒でも長く生きて欲しいんでしょう。……とても優しい二〇秒。でも、私はその二〇秒を捨ててもやりたいことがあっただけ」
 最後の言葉は回りで飛び回ってる精霊にむかって。答えるように、凛と翅を鳴らし精霊は舞い上がる。
 螺旋を描き、空にそびえるロケットを祝福するように精霊たちは舞い上がっていった。


 既に加速器には火が入れられて細かい振動が研究所に響いている。ロケットの中には、何を入れるか、研究所の皆で案を出し合っても結局決まりはしなかった。だから、結局何も入れなかった。宇宙にでても耐え切れる耐放射線カプセルの中身は空っぽだ。でも、それに蓋をして中に入れたとき、皆はそれで十分だと理解した。このロケットそのものが、自分たちが生きてきた証なのだ。だから、それで十分だった。
 オペレーター席を背に、テルルはロケットを見上げられる位置で立っている。既に火の入った加速器から流れ出す強力な霊圧に、服がなびいていた。
「フェイズ五七クリア。最終チェック。燃霊圧正常。姿勢制御唱陣の完全起動確認。――」
 オペレーターの読み上げていくチェック項目を背中で聞きながら、テルルは空を見上げる。
 感傷だ。そんなことは、自分でわかっていたし、後ろに控えるメンバーもみなわかっている。
 研究所の在るこの辺り隕石の直撃する場所は、もうほとんど避難がおわり残ったのはいまだ信じないもの者たちと、諦めむしろ最初にと望んだ死にたがりしか残っていない。
「――、軌道投入用レールよし。螺旋生命環、角速度安定。精霊紋章、根源からオメガカオスまで起動を確認。フェイズ五七クリア。最終発射フェイズへ移行します」
「さぁ、行こう。大丈夫、貴方はきっと高く遠く飛べる。私たちの星が破壊された衝撃で最後に加速されて、誰よりも早く遠くへ」
「発射カウントコール開始します。60」
 発射口は既に開ききり、空が見えていた。大気圏側の空気は既に以上をきたし、青空はもう見えない。そして太陽より大きい巨大な隕石が見えている。ロケットはその隕石横をすり抜け、衝撃はを受け遠く、ドコまでも飛んでいく手はずだ。
「所長、所長〜」
 呼ばれて振り返る。手をふり、皆がテルルのことを呼んでいた。オペレーター席までいくと、中央の席を勧められる。目の前にあるのは、大きなボタンだ。
「所長が押してくださいね」
「……ああ」
「20」
 カウントは進み続ける。次第に高まる霊圧に、研究所は地震に見舞われたように揺れている。
「10」
 カウントを聞きながら、テルルはボタンに手を置いた。
 ――ジェト。ごめん。
「5、4、3、2、1」
 スイッチを押し込んだ瞬間。がちんという、パイプのつながる感触が返って来る。回路がつながり精励起発光で、あたりが一気に青白く光りだした。回路そのものが光ってるのだ。
 血管のように張り巡らされた研究所の回路がいっせいに、ロケットに向かっているのが見える。光が其処へ集中し、ガラスを割るような甲高い音が聞こえた。
 一瞬にしてあたりの空気が流れ込む大きな風。
「とんだ」
 誰かが呟く。目を開くと、ロケットが飛び立った跡だけが目の前に広がっている。あわててモニターを見ると、ゆっくりと軌道にのっていくロケットの姿が映し出されていた。
「隕石衝突まで……のこり六〇」
「軌道到達確認しました。成功です」
 拍手が上がり、歓声が広がっていく。
「みんな、おつかれさま、そしてありがとう」
 テルルは席を立った。こんな気持ちで死ねるのなら、本望かもしれない。ゆっくりとした足取りで廊下へ。
 背中でにぎわっている皆の声を聞きながら、彼女はゆっくりと扉が閉まるのをまった。

「よう」
 目の前に、人が立っていた。
「ジェト……逃げないの?」
「……ふん」
「ごめんなさ――」
 謝ろうとした唇を無理やりふさがれ、テルルは目を見開く。
「残り何秒だ?」
「……二〇秒ぐらい、かな」
 既に隕石はすぐ傍に来ている。重力異常で世界がゆれ、磁場が乱れ空には発光現象が起こっていた。巨大重力に、まるで落ちるように岩が空をとび、風が吹き荒れている。研究所はいまだ健在で、金を賭けただけの堅牢さでその場で隕石を見上げていた。
「そうか、二〇秒か。ずっと待ったんだ、だからおれに残りの二〇秒ぐらいくれよ」
 そういうと、テルルの唇がまたふさがれた。
 世界が崩れていく音が聞こえる。
 最後の優しい二〇秒が終わりを告げ、世界は空白になった。


「人工の漂流物を確認。かなり高速です」
「なんだぁ? カプセルの避難者か? 生命反応は?」
「ありません。軌道からの逆計算では……三七七二F−一四一七CFDあたりから発射されたものと思われます」
「CFD? 未開惑星か。そんなもん発射できるのか? 計算間違いじゃねぇのか」
「三七七二F−一四一七CFDは、数年前に同質量の漂流彗星と衝突。現在は四散した欠片が残るのみです。速度から、惑星衝突の衝撃を利用して加速した物と思われます」
「回収しろ」
「……了解」
 無骨な円柱のロケットの速度にいとも簡単に同調した巨大な紡錘型の宇宙船は、すぐ真横にその巨体をつける。
「まて。モニタ」
 声にあわせ、ほぼ真っ暗だった艦橋の中央に無骨なロケットが映し出される。
「……」
 しかしその姿は無骨な外観とは違い、
「発光現象の原理はまったく未知の技術によるものです。小型ロケットそのものも走査しましたが、建造理論の根幹から完全に未知のもので組み立て上げられています。回収しても技術的な利益はなく――」
「しねぇーよ」
 一瞬その艦長の言葉に、無機質な声は安心したように言葉を止める。
「影響を与えない程度に走査したら離れろ。こいつはメッセージシップだ。しかも構造どころか、速度そのものまで作った奴らが生きていた証だ。回収はしなくていい」
「了解」
 数瞬の間を置いて、ゆっくりと紡錘型の宇宙船はロケットから離れていく。
 モニタに写っていたロケットもゆっくりとはなれていく。
 光の尾を引いて、ロケットは宇宙を突き進んでいた。宇宙を背に光の尾を引く彗星のように一心不乱に前に進むその姿は、あまりにも美しくそして力強かった。
「意志は受け取った。広宙域連邦へ連絡しろ。アレは、あのまま宇宙の果てまで届く」
「了解しました」
 広い広い宇宙に、精霊の力を借りて突き進む一条の彗星がゆく。いつか、果てまで届くと信じ、自分たちが生きていたという証を振りまきながら。


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