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・テーマ「静寂」

 重巡宙艦”プルタブ”の外観は、のっぺりとした紡錘形をしている。そしてゆっくりと天球儀の軌道上数千キロのあたりで静止していた。眼前に据えるのは、ブラックホールを内包したダイソン球、背後には、幾千の戦艦が控えていた。その全てはたった一条の何もかもを薙ぐ破壊兵器のための船団である。
 連結型惑星殲滅砲。それは、何隻もの戦艦に備え付けられている物理融解ジェネレーターを連結して作り出す、破壊の権化。その威力は、広宙域連邦が威信をかけて作り上げた最強最悪、絶対無比の破壊兵器。
 弦は既に引き絞ぼりきられた。もう、誰も止められない。存在ごと全てをなぎ払うその光は、容赦なくその矛先を天球儀へと定めていた。
 世界は――少なくとも彼らの世界はあと五分で熱と電磁波に変わる。

 艦橋では、壁を殴りつける音が響き続けていた。天球儀を写すディスプレイになっている壁は、ススキの拳がぶつかるたびに振動する。
「くそっ! ここを出せ! 早く! 艦長の命令だぞ!」
 既に壁はススキの拳から出た血に赤く染まりはじめ、しかし艦の外を映す事をやめていない。まるで空中に浮かぶ血痕だ。
「だせません。艦長とはいえ、自殺を図る真似を助けることは出来ません。ご了承ください」
「じゃぁ、死なないようになんとかしろよ! くそが!」
「ススキ様、天球儀へ帰るおつもりですね?」
「そうだよ!」
「現在全船団統一行動中のため、艦を動かすことが出来ません。この艦のHUBICシステムでは、数千キロ離れた天球儀のHUBICシステムの効果範囲まで届きません。ゆえに、宇宙空間でのたれ死ぬのが関の山かと判断します」
「言いたいこというじゃねぇか。くそ、テメェが手伝わないなら自分でやる!」
 左手の指が折れる音を聞きながら、ススキはそれでも見えない壁を殴り続けてる。


 城の一階。大広間には熱気でむせ返るほどの人が集っていた。城の庭園などに入れられていた人たちも、すでに大広間に集まっている。上階の騒ぎで、壁が崩落し皆危ないと逃げ込んだのだ。
「走らないで下さい! まだお城は崩れません! 落ち着いてください!」
 戦争が終わったと告げたとたん、人々はつげにきたスモモとシュンランを押しのけて外へ出ようと大挙していた。入り口はそれなりに広いとはいえ、大広間を埋め尽くさんばかりの人数はそう安々と人を吐き出せない。
 ありったけの声で、スモモは叫ぶ。同じく入り口から出た人を先導しているシュンランも、ありったけの声で叫んでいる。
「急がないで! まだ大丈夫だから!」
 シュンランの叫び声に反応したのか、謁見の間の壁が一部崩れ落ち始めた。下から見上げてもあまりに巨大。とんでもない大きさの壁が、ちょうど最悪のポジションへと、人が流れ出している大広間の入り口の真上へと転がり始める。
「イヤァァァ!」
「逃げろ!」
 叫び声が、一瞬にして大量の人間をパニックに陥れる。事情がわからない大広間の中の人間は急いで外へ出ようと、外にいた人間は城の中に逃げ込もうと、最悪の状況はそのまま最悪を纏って大きくなっていく。
 そしてちょうど、人がぶつかり合うその真上に、壁がふってくる。
『刹那』
 叫んだ瞬間、式術はもう使えないという事実を、シュンランは思い出した。
 が、手に返ってきた感触は、体中の慣性と重力を振り払う前進する力。どうしてという疑問を捨て去り、シュンランは剣を力強く握り締める。切っ先にヴェイパートレイルを引き、それでも速度が足りないと叫ぶ。半分に切り裂くのでは足りない。
 ――大丈夫、誰も救えない人殺しの剣だって。
 立ちはだかる物を粉砕することはできる。剣を掌で九〇度回転、同時とんでもない風圧に体が下へ引っ張られる。切るのではない、粉砕するのだ。風の抵抗を殺しきれない式術が軋む。それを無理やり振りぬこうとした体中がさらに軋む。
「おおおおおおおおおおお!」
 快音。
 己の身長の数倍もある巨大な石の塊は、シュンランの剣に弾かれ吹き飛んだ。
「おおっ」
「すげぇ」
 見上げていた人たちが、歓声を上げる。その歓声を背にシュンランは剣を星の見える空へと突き上げた。
「……」
 あの空にススキは行ってしまった。こんなことをしても、もう死ぬのだといわれた。シュンランは思う。
 ――じゃぁ、今やったことも無意味なのかな。
 そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。ゆっくりと体が重力加速度にまけはじめ、傾いでいった。
 地面が見える。所在の無い、他人任せの歓声が聞こえていた。


 謁見の間に、歓声が届く。
 その騒ぎにフウランは立ち上がり、崩れた壁から下階を見下ろした。けれど、いまだ霧が完全に晴れたわけではないので、見通すことはできない。
 ただ少なくても、あの声は喜びにの声だ。壁が崩れ落ちたのに、そんな声が上がる物ものかと、フウランは苦笑する。
 振り返ると、じっと空をにらんでいるアサガオとうつむいたまま微動だにしないウンジンがいる。フィリフェラは、アサガオの傍で銀色の腕輪を握り締め声を上げずにずっと泣いていた。
 ニノ・ブレストは、世界をこんなになるまで陥れて生き延びたかったのだろうか。フウランは三人を見ながら思う。こんなにボロボロになっても、結局終わりがやってきた。アサガオは右腕を失い、フィリフェラはきっともう上を見上げることはないまま終わる。フウランは、姉を救うことができなかったことだけが、心残りだった。もうすぐ世界が終わるという現実が、その心残りを体に切り刻む。
 外の歓声もそう思うと、なんだか羨ましく聞こえるから不思議だった。


「おねがい、ゆっくり! みんな出れるから!」
「走らないで!」
 窮地から脱しても、結局大衆の動きを変えることは出来なかった。数百人近くの人間をたった二人で御することなんて、到底不可能なのだ。
「もー、お願いだから言うことをきいて!」
 スモモとシュンランは、できるだけ離れないように寄り添いあうようににして、立っている。ゆっくりと人は確実に門をくぐり帰路についているが、やはり門付近は押し合いになりけが人すら出ている。
「おねがい! とまって!」
 声は人数にたいして小さすぎた。
「おねがい!」
「……」
 シュンランは叫ぶのをやめる。どうせ死ぬのだし、そんな考えが頭をよぎった。
「お願い! あせらないで……」
 体から力が抜けていく感覚。と、背後になにか気配を感じた。
「シュンラン、スモモ。お前たちの手は飾りか? 口しか動かないのか? 通れないなら開けてやれ。無いのなら、作ればいい」
 凛と、響く声。思わず振り返るシュンラン。
 だがそこには人ごみしかなかった。
 ――幻聴?
 だが、スモモをみると彼女も振り返っていた。
「ねぇ、シュンランちゃん」
  誰も居ない。けれど、誰がいたか二人はわかった。スモモはシュンランの手をとる。
「うん」
 ゆっくりと、シュンランはスモモの手を握り返した。
 諦めなんかとっくに捨てたはずだったのに。二人は苦笑する。視線には力が戻り、握り締めた剣と式具はしっかりとその感触を返してきた。
 ――無いなら、作ればいい。
 一瞬にして、シュンランはスモモを掴んで上空へ飛ぶ。
 体の力が戻っている。二人が向かう先、望む先は人々があつまる門の両端。
 無言で、二人は頷きあい、式具を、そして剣を構えた。
『回旋・塵芥の瓶覗』
『刹那』
 二つの轟音がほぼ同時に響く。
 何もかもを突き崩す衝撃。けれど誰一人傷つけず、その破壊は完遂された。
 一瞬にして広がる出口に、人々はやっ帰路へと動き出した。


 二度目の爆音に、フウランは身を乗り出して外を見下ろす。
 人が霧にかすんでも見えるほど集まっていた。そしてその集団はゆっくりと、しかしたしかに、城の外へと流れ出している。城門を広げるように左右に、巨大な穴が見える。
 ――式術。
 下へ降りた姉とアサガオだろうかと、フウランは首をかしげる。二人の姿は、フウランの居る場所からではよく見えない。
 振り返り、式術が使えるようになってることを伝えようとするフウラン。
 だがその意欲は一瞬にして消えうせた。下階とは違い謁見の間は、諦めと停滞が支配している。
 空をにらみ続けていたアサガオは、フウランの視線に気がつくとゆっくりと立ち上がった。
「カトレアさんは、誰に殺さたっすか?」
 その言葉に、フィリフェラは体を硬直させる。フウランも、思わず身構えてしまった。今更、なぜそんなことを蒸し返すというのか。
「なぜ、そ――」
「誰に殺されたっすか?」
 その視線は有無を言わせない力があった。頭の隅っこでフウランは、アサガオが全く諦めていないのではと希望的な予測に苦笑。
「ニノ・ブレストです。新王と、ウラジロもいっしょでした」
「そう……」
 ゆっくりと立ち上がる、アサガオ。
「酷いことするっすね……ねぇ? ウンジン様?」
 アサガオの動きは緩慢だった。ただでさえ、アサガオは病院ずっといたのだ。退院したのはつい最近、なのにあれほど彼女は動きつづけ、じっとなんかしていなかったはずだ。いつ気を失ってもおかしくない、くぼんだ眼窩がそれを物語っている。
「そ、うだな」
 歯切れの悪い、受け答えに一瞬フウランは引っかかる感じを受ける。
「ねぇ? このまま死ぬらしいっすよ?」
「何が言いたい」
「二人の前で言っていいなら、躊躇わないっすよ」
 ため息交じりにアサガオは言葉を吐き出す。ゆっくりと部屋をめぐり、新王がフィリフェラに突きつけていたナイフを取り上げもてあそび始める。
「よく、その結果に行き着く。証拠はないだろう?」
「白、つかったのは決定的っすね」
「ワシも同感だよ。全く……」
 ウンジンはため息をつくと、空を見上げる。
「全く、星が綺麗だ」
『ふざけんな!』
 同時、いきなり怒号が振ってきた。驚きにしりもちをつくアサガオ。フウランは、思わずフィリフェラに駆け寄る。
『なーにが、星が綺麗だ、だ! てめぇ! この! くそじじぃ!』
「す、ススキィ?」
 面食らったウンジンのひっくり返った声。彼らの上に、空中にススキの顔が映し出されていた。
『時間がねぇ! あと四分! 急げ、天球儀の式術効果範囲をこっちにひろげやがれ! 宇宙のやつらの最強兵器とかそんなのが狙ってる!』
「ちょっと、どうなってるん――」
『いい! じじぃには頼まん! アサガオ!』
「は、はいっす!」
『できるか? 式術の効果範囲は、天蓋辺りだ。そのまま直線上に――何キロだ! えーと、三五〇〇! いいか、射線軸にこれから向かう、それまでに何とかしろ。三分だ、間に合わせるんだ。そうしたら――』
 一呼吸の間。決して折れ曲がらない意志を宿す目が、四人を見下ろしている。
『私が止める』
「――二分で十分っす!」
 その答えをきいて、ススキは口元を引き上げる。そして、唐突に空中に浮かび上がったススキの顔が消えた。
 静寂が戻る。
「ウンジン様。ニノ・ブレストの件はもういいっす。それより、式術の効果範囲を」
「なんだ、方法もわかって無いのに安請け合いしたのか」
 呆れた顔で、ウンジンがアサガオを見る。
「ススキさんは、私たちを信じた。きっと、ユウさんののってきた船からおりて、極低温極低気圧の世界に飛び込むつもりっす。私たちが間に合わなければ、死ぬっす。何もしないで、出来ないって諦めるつもりですか!」
「……わかった、とりあえず方法はある。が、それには――」
 ゆっくりと、顔をめぐらせウンジンは謁見の間にいるほかの三人を見る。
「みなに、手伝ってもらわないとねぇ」
 当然だというように、アサガオとフウランが頷く。フィリフェラはゆっくりと顔を上げると、フウランの手を掴み立ち上がった。
「やりましょう。もう、無くすものなんてありませんもの」


 困ったようなため息が、”プルタブ”の艦橋に落ちた。ツバキは新たに艦長になったススキの考えなしの行動に肩を落とす。
「というわけだ。この船からでても問題ない。問題ないから、出せ!」
「天球儀のHUBICシステムの効果範囲が広がりきったのを確認してからです」
「この船の効果範囲ぎりぎりまで先に行けばいいだろう! 時間が惜しいのがわからないのか!」
 つかみ掛からんばかりのススキの叫びに、ツバキは眉をしかめた。
「この艦の効果範囲でも、射線軸上にでれますが」
「出力たりるのかよ。こんなちっぽけな戦艦のジェネレーターで出力がたりるのか!」
「――」
「諦めろ、説得しようたってむりだ。他に無い」
「しかし、ススキ様がでなければ――」
「そんな選択肢、はなっからねぇ!」
 怒りに任せ、ススキは壁を殴りつけた。重苦しい音が響き、壁が軋む。しかし、壁は破れる事は無く、彼女の拳の形にへこんだだけだ。
「……わかりました。ではHUBICシステムで、効果範囲ぎりぎりまでお送りいたします。天球儀のHUBICシステムにはススキ様のご登録がありますので、向こうの効果範囲に入れば、極寒極低気圧のそして高濃度の放射線から身を守ることが可能です。宇宙空間にでても、数秒であるのなら生還した例もありますから、天球儀の効果範囲にとどかないとおもったら、戻ってくることも可能です」
「もどってはこない」
「では……艦長」
「開けろ、時間がない」
 残り三分。ススキは目の前に開いていく空間に息を呑んだ。
 画面でみるものとは全く違う、どこまでも永遠に広がっている世界。音もなく、風もなく、そこにはただ光だけがあった。
 ゆっくりと、踏み出すと体が重力から解き放たれる。足元は深遠、頭上は果てなく、眼前は終わりを知らず、なにも彼女を支えてくれない世界。しかし、ススキは一つも恐怖していない。
「まってろ」
 そして、外へと飛び出した。


 目の前に、何が起こったかわからないという顔をした女性。その女性を覗き込んで、ウンジンは一度頷く。
「うん、カルミアちゃん。大変なところ悪いけど、たぶん君が一番都合いい。世界をすくってくれないかな」
 先ほどまで、小屋にいた。目が覚めたら、ツユクサという女性が彼女の前にはいて怪我の手当てと服をくれた。暖かい飲み物を貰って、ツユクサの住んでいる家に案内され、二人で色々話しながら、そろそろ寝ようかといときだった。
 目の前に、銀色の閃光を見たのだ。気がつけば、目の前にウンジンがいた。
「あの……世界? 救う? ウンジン様、どうしたんです?」
 世界一の女優はたじろぐことなく、笑顔でウンジンを押し返す。仕方なく、ウンジンは事の詳細を話し始めた。

「わかりました。もうすぐこの地上が破壊されるんだってことは。で、私はなにを?」
「ウンジン様。計算できたっす。ココから南南西に。この場所がやっぱり中心みたいっす」
 アサガオの言葉に頷き、ウンジンは一つ咳をしてカルミアを見つめなおす。
「式術の効果範囲は、あの天蓋までだ。しかし、十分な構成触媒があれば効果範囲を伸ばすことが出来る。式術をありったけ打ち込んでパイプをつくる」
「え? で、わたし式術はつかえないんですど」
「今から、世界中にカルミアちゃんの姿をライブ中継で流すんだ」
「……はぁ?」
「世界中の人間が空にはなった式術を、ワシが纏め上げる。世界中の人間に式術を放たせるのはカルミアちゃんというわけだな」
 さて行こう。ウンジンは呟くとアサガオの指差す方向を見定め、掌を向ける。
「あ、あの……どうやって世界中に?」
 混乱するカルミアの前にフウラン、アサガオ、フィリフェラが並ぶ。
「まぁ、初めてっすけどね。上手くいったらほめてくださいっす」
 アサガオが言いながら手を広げ前に突き出した。あわせるように、フウランとフィリフェラがその手を掴む。
「アクセス・グループ「アサガオ・トリコロル」「フィリフェラ・アルミナ」「フウラン・アルミナ」ボード、議会モード。ディスプレイ」
 式術とは全く系統のちがうHUBICシステムへの直接介入。久しぶりの正規アクセスに、天球儀は震えた。
『アクセス確認。議会モード提案により、ディスプレイ表示権限の一部解除を行います、引き続き範囲指定をお願いします』
 反応は、上からきた。ドコから響くでもなくその場の空気がしゃべっているような抑揚の無い女性の声。
「把握できてる全生物に向けて!」
『議会モードを開始します』
 一瞬にして、夜空が明るくなった。電灯をつけられたような人工的な光は、その一つ一つがカルミアを移す空中ディスプレイ。まるで光の波のようにそれは世界すべてへ広がっていく。
 驚き、倒れ、恐怖に逃げ出す人間も中にはいたが、カルミアだということにきがついて、ほとんどの人間が見たことも無い光に映し出されるカルミアを見返した。
『皆さん、夜分遅くごめんなさい。カルミアです』
 遠く城下町で、歓声があがるのが聞こえた。
『どうか、驚かないで聞いてください。そして、できることなら私に――私たちに力をかしてください――

 まるで雪の降り積もるような光景だった。街の人々の居る場所に追いかけるように現れた光る空中ディスプレイは、どんな場所にも現れた。
 点々と夜の街を照らす小さな光はしかし集まり大きくなる。
 広場にあつまっていた人たちをみながら、ツユクサは薄く笑う。カルミアの後ろを、長髪の少女が走り去ったのだ。手には巨大な剣。きっと、ススキがいってたカトレアの養子だろう。
 みんな、生きてるのだとツユクサは安心し、ため息をついた。

『ですから、皆さんはただ空に向かって式術を――
 カルミアの演説は続いている。残り時間は誰もわかっていない。だが、全く諦めを宿していないカルミアの眼をみて、アシは強い女性だと思う。
 と、いきなりカルミアの後ろを少女が駆け抜けた。
「スモモ?」
 先ほど通りすぎた女の子を追いかけるようにでてきた金髪の少女に覚えがある。彼は、体中に安心がしみこんでいくのをかんじ、手を握り締めた。
「よかったですね」
「師匠」
 振り返ると、サンショウが立っている。彼の眼は空に浮かぶカルミアの姿を見ていた。
「私たちは、式術を使えませんが。仲間はずれでしょうか」
『式術を使えないひとは、式弾を空に放り投げてください。お願いします。構成触媒は、多ければ多いほど、ウンジン様のお弟子さんの生き残る確立が高くなります。お願いします、ありったけの――
 なるほど、とサンショウは頷くと、懐から大量の式弾を取り出した。
「なっ、師匠! なんですかこれ!」
「いえ、辺境襲撃隊の仲間が逃げていってこれを置いていった物ですからね」
「……」
「式術も悪くない、とおもって研究につかおうとおもいましたが。ま、こういう風に使うほうがどれほどか、ましでしょう」
「そうですね」
 老紳士は頷き、ドコに入っていたのか判らないほどの式弾をばら撒き始めた。あたりにいた、式術をつかえない人間たちが、こぞってその式弾を手に取る。
『おねがいします! たった一人で、世界を救う気になってる大ばか者に!』
 歓声が上がり始めた。
『皆が居るって』
 思い思いの式具が空に。掌に式弾を握り締めた拳を天に。
『教えてやってください!』
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 歓声は世界中から上がった。
 叫びは光をよび、地面を揺らし空気を振るわせる。思い思いひ広がった式術は、しかし、全て中央にある城にむかって放たれていた。
 誰も何も言わないのに。
 はじめから知っているように、ただ其処にめがけ。後は頼んだとばかりに、ありったけの光が集まる。夜空は一瞬にして光に駆逐され、風すら其処をかけることはあたわず、疾駆する式術の光。あるものは、途中で力尽き霧散し、あるものはいくつもの式術を破壊し前に。
 しかし、皆が皆すべてその先を望んでいた。
「ウンジン様! 来ます!」
『参集・拱手の貝紫』
 空が吼えたのかと思うようような衝撃が降って来た。
 糸を紡ぐように、世界中の式術を束ねる。すでに距離は遠く、これほどまでに大量の式術でもなければ、城まで構成触媒が届くことは無かっただろう。
 光だけの存在になったそれは、ウンジンの紫色の光に束ねられ一心に空に。
「いっけー!」
 スモモとシュンランが空を見上げて叫んでいる。カルミアを移していた画面は、いまは空に登っていく皆が放った式術の先を追っていた。既に距離は天蓋をこえ突き抜ける。同時、天蓋のほぼ全てが消失した。一気に広がる夜空は星が瞬き、いつもののっぺりとした夜空ではなくなる。光はつきぬけさらに先へ。  天蓋のあたりを抜けると一瞬にして光は細くなるが、かといってその程度でなくなるような量ではなかった。弾き飛ばされ地に降り注ぐ構成触媒を式術が広いもう一度空に登っていく。光は渦を巻きけれど先を望んでいた。
「むっ」
 ゴムがきれるような嫌な音が、その場に響いた。
「ウンジン様!」
 両肩から式術の反動で出血が始まっているのだ。既に感覚がないのか、指の先は震えにまかせぶらぶらと力なくゆれ、腕の先は紫色の光に食い殺されるように動いている。
「ん……」
 心配そうに見つめてくる周りに、ウンジンは余裕の無い表情で頷いた。
「ウンジン様……」
 誰かが呟いた。と同時、ウンジンの両腕がまるで切り刻まれたのではと思えるほど、赤くはぜた。
「ぐおおお」
 暴れる式術は手を蝕み、ウンジンですらその制御はほぼ不可能なほどにまで膨れ上がっていた。周りは呆然としてただ彼を心配そうに見るだけ、近づくこともできないほど風と衝撃があたりを覆っているのだ。
「くそ、まだか。ススキ!」
 震える手を無理やりに上に、何も無い世界をこじ開けるように式術の光が走る。
「三連戦術機、手伝え! 貴様らが居ないと一人では――このままでは、ススキが!」
『ウンジン・ベルベット――アカウントは、パワーユーザー。ウンジン様のアカウントは、三連戦術機各機と同じアカウントになっております。パワーユーザーは、互いに不干渉になっております。アカウント設定をかえるには、アドミニストレイターか、ルート権限での介入が必要になります』
 声はノイズすら残さずに途切れた。
「ウンジン様!」
 アサガオが叫ぶ。
「いいかげん、諦めたらどうなんすか! このままじゃ、皆死んじゃうっす!」
 諦める? 皆が皆疑問をを投げかけるが、アサガオもウンジンもその問いには答えない。
「ほかに、ないかねぇ」
「私たちが呼んでも、助けることは出来ないっす。あくまでスレイブとして働くのだから、マスターからの呼び出しじゃないと、むりっす。貴方じゃないとだめなんです!」
 二人は、なにかを物々つ呟き続けている。
「ねぇ? 何の話?」
 スモモの疑問は、巻き起こる風の音にかき消された。


 プルタブから飛び降りて、ススキは宇宙を進む。いつもなら聞こえる風を切る音も、はためく服の音もない、音の伝わらない世界。
 一度、体を回して見上げたプルタブは、紡錘状の真っ黒な戦艦だった。
 体をもう一度まわして、前に。HUBCシステムの使い方は、艦長になった時に無理やり頭に書き込まれた。代償はあの痛み。すこしだけ割に合わない気もすると、ススキはため息をついた。
「ススキ様。聞こえますでしょうか。そろそろ、プルタブの効果範囲を外れます。効果範囲どうしは干渉しあわないため、そちらに天球儀からの効果範囲がとどいているのかは、確認がとれません。天球技からの連絡もありません。戻るのでしたら今すぐをお勧めいたします。残りは二分です」
 約束の時間になっているはずだ。と、頭の中で頷きをつくると、ススキは天球儀を見下ろした。天球儀の一部、歯車に載っている割れた卵の殻のようなところから光がこちらにむかって走っているのが見えた。
 ――来ている。
 だが、まだ遠すぎる。見えているだけで、たどり着けるほど近くには居ない。
 そしてその速度は、さらに距離が伸びるにつれて遅くなっていた。
 ――間に合わないか。
 ぞくりと、背筋に寒気が走った。ススキは、足元に浮かぶ天球儀を見下ろしながら顔をしかめる。手をのばすと、プルタブからの効果範囲を超えたのか、指先に激痛がはしった。
「った……つめてぇし、あちぃし。こりゃ、一分はもたないか」
 光は伸びてきている。だが、その光は弱々しくそして遠かった。ツバキの声がきこえなくなると、あたりは完全に己の呼吸だけが支配する。光だけが、せわしくあたりを飛びまわっていても、音も温度もないその世界は、どこまでも寂しくそして冷たい。
「急げ……ウンジン」


「早く、もう時間が! 残り一分きってるっすよ!」
「……」
「今更、世界と心中して罪から逃げようなんて、絶対許さないっす! 貴方は償わなきゃいけないんだ! どれだけ時間がかかっても! どれほど世界が流れても!」
 アサガオの叫びに、ウンジンは一瞬顔を伏せた。一瞬の間をおいて、顔を上げた。
「答えろ、三連戦術機。ワシの名前は、――
 いいよどみ。
 首を振り。
 息をすって空を見上げる。
「ニノ・ブレスト! 世界の大罪人はココにいるぞ! さぁ、答えろ! いくつもの時間をめぐり、今ここで誓いを果たす時が来た。つどえ、三連戦術機。ススキを――」
 出血で元の形すらわからなくなった両腕を天につきだし、叫ぶ。
「あいつを助けてくれ!」

『認証クリア。ニノ・ブレスト。お帰りなさい、ニノ……』

 同時、全くべつのところから光の柱が三つ。天に突き刺さるように伸びていった。
「え……? ニノ……ウンジン様が?」
 呟いたのは、フィリフェラ。
「どういう……」
 フィリフェラの呟きをよそに、強大な光が揺れるようにして光の柱に巻きついていく。
 太さを幾倍にもした光の柱はそのまま天に向かって伸びていく。
「ねぇ! どういうことなの!」
「理由はしらないっす、理屈はしってるっす。証拠はないけど、予測は成り立つっす」
 アサガオはフィリフェラに掴みかかられても、うつむいたままだった。
「おねがい、どうして? どういうこと? 私のお母様を殺したのは!」
「――それは、本人……」
「わかりませんわ! 説明してください!」
 了解を求めるように、アサガオはウンジンを一度みる。無表情で、ウンジンは頷きを返す。
「白の式術は、何が起こるか判らないんです。でもそれを、ウンジン様は使いました。何が起るか判っていないかぎり、白なんて使い道はないっす。暴発すれば街一つ、下手しなくても世界がなくなる可能性すら孕んでる。何が起こるかわからないそれを、平然と街中で使ったというのは、それだけで術者は何が起こるかを知っていた。もしくは、向こう見ずのバカ。どっちかしかないっす」
 うんうん、フィリフェラが頷く。
「あのとき、ニノの逃走経路を完璧に予測し、さらに一騎打ちの結果白をつかった。それ以外にも、予測ではなくて、あらかじめ知っていたとしかいえないような行動ばかり、ウンジン様はとっていました」
「じゃなくて、白つかったらなんでウンジン様がニノなんかになるんですの」
「――未来はけっして予測できないっす。もし、知っているのなら……それは、未来を見たことのある人間とかんがえるのが、順当っす。あのとき、ニノとウンジン様、二人以外にはいなかったはず。住民は全て城に、帰ってきたのはウンジン様だけ。結果、ニノ・ブレストが過去に吹き飛ばされ、同じ時間がくるまで生き残り、本人つまりウンジン様が白をつかったというのが一番確立が高いっす」
「そんな……」
「あくまで確立。でもそれ以外に、あの状況下で白をつかう理由がおもいあたらないっす」
 ウンジンは眼をふせ、アサガオの言葉を聴いていた。反論もせず、じっと。
「ねぇ、ウンジン様。この世界のドコまで戻られたんですか?」
 フィリフェラがウンジンを見据えていった。
「六〇〇〇年前。誰一人、クローンすらいない世界だ」
「……」
 残り三〇秒。


 光が来た。まるで後追いするように、光が向かってくる。その光は全く速度も落とさずに、ススキの居る場所を突き抜けるとそのまま先へと飛び去っていった。
「残り、二〇。十分だ!」
「ススキ様!」
「――母さんをたのんだ。艦長権限を放棄する」
「……了解いたしました」
 同時、体を支えるなにかが消える。しかし、すぐにその感覚は無くなった。
 切り替わったのだと、確認するように箒を一振り。
「さてと。覚悟はいいか、お前ら」
 バネ仕掛けのように箒が展開する。柄に仕込まれていたシリンダが開き、勢いにゆっくりと回転していた。躊躇わず、ススキはエプロンの裏に縫い付けられている式弾を引きちぎる。
 四つ。
 青、黄色、赤紫、そして黒。
 一気にシリンダにそれを叩きつけると、同時に箒は元の形に戻った。
「お前ら全員、まとめて――」
 光が駆ける。宇宙の闇すら飲み込むほどの、深遠の黒が広がっていく。
「塗りつぶしてやる」
 

「権限放棄を確認しました。現行の艦長である、ススキノ・ユウ様に権限を戻します」
「ふー、いってぇ。あのバカ。ツバキ、左手治してくれ」
 一瞬にして、なくなっていた腕が感知する。神経がもどったことをかくにんし、ユウは一度左手を握り締める。
「作戦の予定は現在九九%完了を確認。連結型惑星殲滅砲の発射まであと一〇秒」
「回頭九十! 全速前進!」
「回頭完了、全速前進」
「ススキをつれて帰れないのは残念だが、諦めるしかないか」
「もとより、その予定です」
「全砲門開け。一斉射撃準備」
「残り五秒。一斉射撃用意完了」
「あばよ、ススキ」
 一度だけ、ユウは天球儀を守るように宇宙に浮かんでいるススキをみる。
 ――いい眼だ。
「打て」
「〇秒 発射します!」
 宇宙に、巨大な光が二つ。
 音はなく、衝撃はなく、そしてそこには眼を開けられないほどの光が広がっていった。



簡易やる気がない人物紹介:
ススキ
 なんか、とりあえず黒い。あと、すごい。

ユウ ――初出:「トラウマの世界へGO!」
 なんか、とりあえず赤い。あと、出番少ない。

ウンジン
 なんか、とりあえず皺。あと、ニノだった。

スモモ ――初出「土中入定! 即身仏」
 なんか、とりあえず金色。あと、器物破損。

アサガオ ――初出:「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 なんか、とりあえず白い。あと、隻腕。

フウラン ――初出:「大切な記憶の願い事」
 なんか、とりあえず薄い。存在とか。

シュンラン ――初出:「大切な記憶の願い事」
 なんか、とりあえずバカ。あと、剣。

アシ ――初出:第09回「病院にいったの!? 執事の花火」
 なんか、とりあえずちょっとでた。

サンショウ ――初出:第09回「病院にいったの!? 執事の花火」
 なんか、紳士。

カルミア ――初出:「コスプレ不合格!? 本人登場」
 なんか、とりあえずアイドル。

ツユクサ ――初出:第06回「東雲色は雪崩の始まり」
 なんか、とりあえず神隠し? おいてけぼり。



ツバキ
 ぞんざい。





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