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・テーマ「血縁関係」

 最初に広がったのは、鉄錆の匂い。血の匂いだ。体液特有の、すこし饐えた臭いが後ろからゆっくりと顔を出す。
 まるで前衛芸術的な幾何学と抽象性を取り入れた奇怪なオブジェ。ススキの腹を中心に、均等に並び突き刺さっている真っ黒な棒は、否応なしに現実を突きつけている。
 
 即死。
 
 ただの二文字が思いのほか手の届かない場所にあって、辺りの空気がそれを理解するまでに時間がかかった。スモモもアサガオもフウランもシュンランも、反応が出来なかった。目の前で血を浴びたフィリフェラだけが、その事実を無理やり押し込められ叫んでいる。
 声が遠いと、アサガオは思った。目の前の光景が頭に入ってこないまま、スモモは呼吸を忘れ、現実が理解できないままシュンランとフウランは動きが取れなかった。
 ただ一人、皺を刻み続けた老獪な陰だけが、
 躊躇いも。
 加減も。
 意識すら追いつかない先へ。
 火を噴きそうなほどの演算と、暴れだしそうになる理の先。
 紡ぐ言葉はただの一言。
『滅月・侵削の黒』
 過程を飛び越し、結果がその場に現れた。ススキのソレとは根本的に違う、殺すための式術。全くの躊躇も、加減も、尻込みも、逡巡も、迷いも、戸惑いも、何もかもがない、圧倒的で絶対的な色。
 押しつぶす圧力というよりは、それは抉り取るような衝撃。
 謁見の間のおよそ半分、ウンジンより後ろ入り口側が全て真っ黒に抉り取られた。重圧に圧縮された空気が流れ込んでいき、始めて風が動いた。
 音もなくごっそりと、赤い髪の持ち主が居た場所を抉り取った黒い光霧散する。残るのは、何も無いという言葉のみ。
 眼前に繰り広げられた光景にアサガオは、腰を抜かしへたり込む。その音がやっと回りの空気を動かし始めた。
「え、あ……ウンジン様?」
 スモモの声に、ウンジンが振り返る。
「大丈夫――」
 ウンジンが呟こうとした言葉が終わるまえに、巨大な物が震えるような音とともに、彼の足元が爆発した。
 いや、爆発したように見えた。はじき飛ぶように床がめくりあがっていく。足首を掴まれる感覚に、ウンジンは下を見る。ありえない光景に、思わず悲鳴のような声が漏れた。
「なっ」
「よう、ずいぶんな挨拶じゃないか」
 衝撃。視界がぶれ、体中の血が足に集まるような感覚。投げられたのだと、ウンジンが理解した瞬間には、部屋の壁に激突、そのまま壁が崩れるのを彼は背中で感じている。
「ウンジン様!」
 まるで玩具のように、吹き飛ばされたウンジンをみて、スモモが走り出す。が、その手をアサガオが掴んだ。
「アサガ――」
 掴かまれた手が震えているのに、気がつきスモモは口を噤む。無言で首を振るアサガオをみて、スモモは足を止めた。
「邪魔をするなよ。預けたもんを、返してもらうだけさ」
 気がつけば、目の前に立っている女性に、アサガオは体中を硬直させた。
「ユウさん……やっぱり、もうこの世界は」
「ご明察。期限切れだ」
 にべもない答えに、アサガオは表情を硬くするが横にいたスモモはわかっていないのか首をかしげる。
「勝手に作くっといて、勝手に殺すんですか! そんなことが――」
「勝手? 人聞きの悪い事を言うなぁ。失敗したから壊すだけだろ」
 まるで作ってきた物が失敗したから捨てる、といった簡単な物言いでユウはススキへと歩み寄っていく。けれど、もう彼女に対して誰も反応ができなかった。
「お願いです、もう少し期限を……」
「私に決定権はねぇよ。広宙域連邦が既に結論を下した。おい、ツバキ」
 ユウの言葉に反応するように、短く震えるような音が響いた。
 ちょうどユウとアサガオの間にかすかに光る人間の姿が映し出される。
『特例承認〇‐三B五五三三一〇。特異点内包型ダイソン球リング状生活圏E−B〇九FA七六五、俗称天球儀。その存在全てを無益と判断する。なお、天球儀破壊は特異点内包形のため、連結型惑星殲滅砲の使用を認める。広宙域連邦総督府』
 目の前に、読めない文字で書かれた親書のような物を突きつけられ、アサガオは何も言えなかった。
 いや、それよりも目の前の空中に浮いている女性の服に目を奪われていたのだ。
 ――ススキさんと同じメイド服。
 それが否応なしに、我々は関係者であるという現実を突きつけている。
「すでにここは、広宙域連邦が保有する最強最悪の惑星破壊兵器に照準を合わせられている。この世で唯一、ブラックホールを蒸発させる事ができる馬鹿げた兵器だ」
「……」
「え? なに? どういうこと?」
 事体を把握できないスモモは、きょろきょろと周りを見渡した。目の前にススキと同じ服をきた女性がいきなり現れ、なんだかよく判らないことをいったらアサガオが倒れた。
 その程度にしか認識出来ていないスモモは、アサガオの手を思い切り振りほどく。驚きに、顔をあげたアサガオを無視して、彼女は走り出した。
「ススキさん!」
 飛びつき、ススキに突き刺さっている黒い棒を引き抜こうとした瞬間だった。
「!」
 全く動かない。どれだけ動かしても、髪の毛の先ほども動かない撓らないそれが、無理だと叫んでいるようで、スモモは泣きそうになる。
「ススキさん!」
 必死で引き抜こうとしているスモモを横目に、アサガオはユウに視線を戻した。
「私達は、たしかにあなた方が望むレベルに発展できなかったっす」
「そうだ、だから私達はおめぇらを失敗と判断した」
「しかしこうして生きている人間を大量に殺すことが――」
「残念ながら、広宙域連邦が認める生物の定義のなかには、生物クローンもクローン同士の子供も含まれない」
「!」
「私が殺した三九億九九九九人から作ったクローンであるお前達には、人権も無ければ生物としてすら認められていねぇ」
 アサガオを見るユウの目は余りに冷たい。
「神気取りっすか?」
「何とでも言え。人間であるススキだけは、こうして救出にきた」
「……最低っすね」
「だから、何とでも言えよ」
 退くようにアサガオが飛んだ。
「フウラン! シュンラン! 逃げるっす!」
 まるで弾かれるように、アサガオの声に反応して二人は動き始めた。地面に転がっていた大剣をホールド、シュンランはそのまましゃがみこんだ動きで剣を振り回しユウへと振り下ろした。ほぼ同時、フウランの指輪が空間を切り取る。
 切り取ったのは、ススキが貼り付けられた床そのもの。まるで示し合わせたかのように、動きが判っているかのようにアサガオは全く二人を確認しないまま、しゃがみこんだままのフィリフェラの傍に着地した。
 二人の視線のあいだに空間の亀裂が走る。何者にもおかされぬ、物理現象の届かない境界が。
 アサガオは、それを確認するとそのままフィリフェラを抱きしめスモモの傍に体を寄せた。
 彼女はみる、目の前でシュンランが剣がユウのシルエットに重なる瞬間を。
「逃げるか、いい判断じゃねぇか。でも……」
 ゆらりとまるで風に揺れる布のように、まるで抵抗もなくユウの腕がシュンランの振り下ろした剣を受け止めた。音もなく、吸い込まれるように動きは止まる。同時、ユウが腕を振りかぶる。
「逃げられると思ってんのかよ!」
 光を突きぬけて、拳が視界に飛び込んできた。
「!」
 崩された式術が、ガラスが割れるような音をたてて破砕する。まるで卵の空がわれるように散らばる空間を切り裂いた爪痕は、そのまま空気にとけて消えた。
「そ……んな」
「あああああああああ!」
 背後から、飛び掛るシュンラン。空気を切り裂き、剣が円弧を描く。
 が、その剣はまたユウの掌に収まり、動きを止めた。
「あきらめろ、お前達じゃ無理だ」
 振り向きざまにはなった拳が、シュンランの腹部を射抜いた。
「がぁ……」
 うめき声にすらドップラー効果をかけ、まるで弾丸のようにシュンランは吹き飛んだ。
 壁を突き破る轟音。そして、静寂がやってくる。
「もう、時間切れなんだよ。進歩の無い世界を見守るほど広宙域連邦は甘くないし、それなりに時間もまってやった。だが、お前達が生み出した技術は、HUBICのバグをついた違法使用のくだらない技術だけ。技術を消すための戦争を繰り返させたのは正解だったが、無い物にすがりつくらしいな。最後にゃ、新たな技術進化のための戦争だ? 人殺しの道具が役に立つまでに世界が滅びることもわかってない。お前達は失敗作なんだよ。だからリセットする。諦めろ、抵抗しても無駄に苦しんでつかれるだけだ」
 ススキはまだ息があった。
 動かせない体で、視線でユウを見ている。それにユウが気がつき、バカにするように鼻で笑う。何も出来ず、見ているだけのススキを心底バカにしたように。
「諦める? なぜっすか?」
「あぁ?」
「諦める必要なんて、これっぽっちだって無いっす。だって、ほら――」
 アサガオは笑っていた。頭がおかしくなったのかと、ユウは一瞬眉をしかめるが、同時メイドの叫び声が聞こえた。
「ユウ様! ウンジン様が!」
 振り返ったさき、まるで衰えをしらないような動きで、ウンジンが迫ってきていた。
『傲岸・外在の――』
「ツバキ! HUBICにロックをかけろ!」
『黝色!』
 叫び声だけが、半分になった謁見の間に響く。
「……え?」
 何も起こらなかった。
 空中に描かれた陣は霧散し、ウンジンは普通にその場に着地する。
「三柱を停止……そんな、馬鹿な」
 掌をみつめ、ウンジンが呟いた。静かになった謁見のまえに、声だけがポツリと落ちる。
「停止じゃねぇよ。停止したら、一瞬で崩壊するじゃねぇか。新規コマンドのロックだ。新しい式術はつかえない。お前達は、ただの客人にもどった」
「ユウ様、そろそろ――」
「判ってる。ススキを牽引しろ」
「は」
 ツバキとよばれたメイド服の女性が一礼をした瞬間、ススキはまるで魔法のように掻き消えた。
「ススキ!」
「せいぜい、地面に這い蹲って喚いていろ。式術がなければ呼吸もままならない失敗作ども」
 そして、その言葉を最後に、ユウとツバキも消えうせた。音もなく、光もなく、ただスイッチをけしたかのように。
 風がゆっくりとながれ、本当に居なくなったのだという現実だけが、目の前に降ってくる。
「そ……んな」
「ねぇ? なに? あの人がススキさんのお母さん? なんで? どうして?」
 スモモがアサガオに詰め寄るが、自失呆然としたアサガオは絶望の表情をスモモに返すだけだった。
「どういうこと!? ねぇ、ちゃんと説明してよ!」
 スモモの叫びだけが、謁見の間に響く。

 
 何度宇宙が焼き払われたか、もう誰もおぼえて居ない。かすかに残ったメモリの中に、五桁の数字が浮かび上がるだけだ。
 点々と存在する星が彩る視界の中央、幾重にも重なったリングのような物で構成されている巨大な建造物が浮かんでいる。俗称、天球儀。
 それを前にして、ユウは椅子に深くこしかけ、頬杖をついていた。
『艦長。ススキノ艦長』
 出所がわからない、声が辺りに響く。それにあわせて、暗闇からゆっくりとメイド服の女性が姿を現した。
「繋ぎますか?」
「ああ」
『ススキノ艦長!』
「うるせぇ! 聞こえているよ」
『おお、居たか。そろそろ発射準備が完了する。連邦は、いまでも君の気がかわって停止命令を発令してくれることを祈っているが』
 いやにあせっているというか小心者のような声がする。ユウはため息をつくと、たたずまいを直した。
「バカを言え。自分でまいた種だ。自分でけりをつける」
『しかし……きみが言えば、連邦もとりあえず期限を延ばすのはやぶさかではないと』
「はっ、その程度じゃ足りないんだよ」
『え?』
 すっとんきょうな声に、ユウの視界の中央で何かが動いた。
「う……」
 声は、そのユウの前で倒れている黒い塊からだった。
「ツバキ、回線をきれ」
『あ、ちょっと! ススキのかんちょ――』
 短いノイズを残して、声が途切れる。
「よう、お目覚めか? ススキ」
 ススキは声を掛けられ、やっと意識を覚醒させた。己の腹を確認して、傷どころか服すら元に戻っていることに驚き息を呑む。
「久しぶりだなぁ? おい」
「ここは」
 ユウをみつけ、ススキは身構える。
「私の船だ。広宙域連邦の重巡宙艦"プルタブ"の艦橋さ」
 どうでもいいとばかりに、ススキは辺りを見回した。真っ暗だが、ユウが座っている椅子とその横に立っているメイドだけは輪郭すらはっきり見える。不思議な感覚だった、それ以外の周りは夜空というには明るすぎるが、かといって明るいとは言いがたいものだ。
 振り返り、巨大な構造物をみつけ、ススキは一瞬ひるむ。
「そいつが、お前が住んでいた星。惑星としての申請も通っていない、俗称しか名前の無いちっぽけな建造物、天球儀だ」
「帰せ。私をあそこに戻せ」
 振り返り、ススキが言う。鼻でわらったユウは、メイドに顎で合図をする。一瞬にして、ススキの目の前に別のものが現われた。
 驚きに、ススキは一歩後退った。
「まるで、科学技術に驚く未開拓惑星民のようだな? そいつは、この艦の後ろに控える船団だ」
 豆粒のように見えるなにかが、大量に光を発していた。星の光とはまったく違う、揺らぎをもった光。それは、まるで鼓動のように点滅し中央へと光そのものを集めている。
「センダン?」
「軍隊だよ。しかも星を壊すためだけに集められた戦艦達だ」
「!」
「あの星は失敗した。あそこがテストケースの一つだったのはお前も知るところだろがな。失敗したからには、破壊されるのは道理だ。諦めろ、戻ったら死ぞおめぇ」
 気がつけば、ススキはユウの目の前まで歩み寄っていた。
「関係無い。戻せ! でなければ殺す」
「実の娘をわざわざ死ぬのが判っている場所に、送り出す親がどこに居る」
 ススキの手がわずかに震えた。
「何を言ってる。お前が? 親?」


 式術は誰がやっても発動しなかった。それどころか、構成触媒すら作成する事はできなくなっていた。
「ねぇ、私にも説明してくれない?」
 スモモのつぶやきが、不安そうに半分になった謁見の間に響いた。アサガオは目を伏せると、まるで自分の役目では無いとフィリフェラの前に座りこむ。そして彼女についたススキの血を拭き始めた。
 それをみて、ウンジンはため息。軽く頭をかくと周りを見渡す。
「長いからなぁ。面倒くさいんだが……何も知らずに消えるより、ましかね」
 空を見上げると、星空が広がっていた。ユウが船に戻る時に壊していったのだろう。既に空気の流出は止まっているが、地上を守る外殻は大きく穴を開けていた。
「この世界は、テストケースの一つでな。昔、ユウが……ススキの母親が乗っていた宇宙船が故障したのがそもそもの始まりだ。四〇億人と船長を乗せた巨大輸送船は、事故で立った一人の乗客と船長だけを残して動けなくなった。その二人も重症で、船は自己判断で体を休めるための場所を作る必要があると判断した。船そのものの自重とすぐ傍にあったブラックホールの重力の所為でな、そこに居場所を作るのが一番手っ取り早かったんだろうよ」
 よく判らないといった風なスモモをみて、ウンジンは薄く笑う。
「つまり、ススキの母親は事故を起こしてしまい、しかたなくこの場所を作った。船にはじめから乗っていた約四〇億人は死亡し、その遺伝データをつかいクローンが作られた。生まれたばかりの赤ん坊の為にだ。一人では生きて行けないからな。ユウは夫の死を看取ったあと、宇宙にかえっていったよ。そんとき、ワシにススキを預けていった」
「いまさら、世界の始まりをしってなんになるんすか!」
 アサガオの叱責にウンジンは苦笑を返す。ため息をはきだしながら、見上げた夜空の向こう大きな船の陰が見えた。
「ユウの居る世界じゃ、星が有用かどうかを認めるのに、承認が必要なんだそうだ。いらないものは宇宙から消す。無駄な消費を抑えなければ、宇宙全ては一瞬にして枯渇してしまうのだと。ワシらには全く想像のつかん世界なんだがね。この場所はテストされてたんだ。もし、ユウの居る世界が我々を有益と認めるだけの何かがあればこのまま存続し、しかも彼らの恩恵を受ける事が出来る。しかし、認められなければ――」


「認められなければ、消す」
 ユウの声が、艦橋に響いた。
「ふざけるな! そんなこと認められるわけがない!」
「認められなかったあいつ等は、認められないまま終わるんだよ。既に秒読み段階だ。十分に時間はやった、しかしそれももうしまいだ。認められたかったら吼えろ、それが出来ないなら強者に食い尽くされるだけだ」
 挑発的なユウの目を、ススキは真正面から見据える。
「そういうことか。じゃぁ、死ね!」
 ススキは足を踏み出す。ユウまでの距離は、数歩。足の裏に重力を感じ、走ると言うより前に飛ぶ。
 風を切る音を聞きながら、ススキは拳を振りぬいた。拳が当る瞬間、目の前でユウの姿がぶれた。空を切る拳の音に紛れ、もう一つ風を切る拳の音が聞こえる。
 ――まずい。
 思考と同時、顔面に衝撃がやってきた。
 床に叩きつけられ、それでも勢いは殺せずそのまま勢いに任せてススキの体が跳ねる。身をまわし、何とか体制を整えるススキ。そして、それを面白そうに見下ろすユウ。
「式術はここじゃ使えないからな。残念だが、お前はただの客人だ。式術っつーのは、船の航行システムに使われているHUBICシステムの不正利用でしかない。しかも、認識IDが登録されている人間のみしか使えない。この船に、ススキお前の名前は登録されちゃいないんだ」
「しるか! まずお前が死ね!」
 前に。ただひたすら、ススキは前に向かう。激突する音が、艦橋に響き渡った。


「登録? そんなの、した事ないですけど」
 スモモはウンジンを見上げるが、ウンジンはずっと空を見上げたままだった。
「名前だ」
「名前?」
「この大地の元になった船、その船にのっていた四〇億人のなかに同じ名前があれば式術が使える。そのなかで、また才能によってわかれてくるが。同じ名前を持たない者は、全く使えない客人扱いだ」
「あの、ウンジ様。何で船が関係あるんですか?」
「船にある、HUBICシステム。それを掌握しているのが、三連戦術機。三人の天使の話しは、知っているだろう?」
 ぽんと、スモモは手を叩く。
「え? でもそしたら、後にきた二人の天使は?」
「ユウとその夫だろうな。三人の天使は、今も動いている。正確には三基の戦術機だが。いまその三基に強制的にロックがかけられた。だから、式術がつかえないわけだ」
 そうなんですか、とスモモは顔を伏せた。ススキはどこかに消えてしまった。式術は使えなくなり、もうすぐ世界が消えるのだと言う。
 よく判らないままだったが、スモモは諦めるつもりはなかった。立ち上がると、体についた埃を払う。
「カルミアさん気になるから、私もどりますね」
「「はぁ?」」
 思わず聞き返したのはウンジンと、アサガオ。
「なにいっているの? アサガオちゃん? もう、世界は滅びるんだよ?」
「もしそうだったとして、まだ滅びて無いのに、諦めちゃうの?」
「――!」
 スモモは自分の式具を拾い上げると、床が消えて崖になっている場所を覗きこむ。
 すぐ下の階までは、そんなに距離は無い。けれど、同じ広さでえぐられているため、単に飛び降りたら地面までまっさかさまだ。
 首をかしげどうしたものかと、スモモが見下ろしていると彼女の視界に影が降ってきた。
「私もいく」
 顔をあげるとシュンランがいる。大きな剣を担ぎ、彼女は笑っていた。
「うん。もう、戦争はおわったって、お城につかまっている人にも教えないと」
「そうだね」
 おもむろにスモモを抱き上げると、シュンランはそのまま階下へと飛び降りた。


 幾度と無く拳がぶつかり、数え切れないほど蹴りを放つ。
 呼吸は荒く、気を抜けばブラックアウトしそうになるぎりぎりのところで、何とか踏みとどまっている。
「そら、もうすぐ時間だ。諦めたらどうだ?」
 さすがに余裕はないのか、ユウも肩で息をしているが表情は余裕そのものである。
「ふざけんな!」
 守っていると、思っていた。己は強く、弱気を守っているのだとススキは思っていた。
 拳を突き合わせながら、呼吸を繰り返しながら、ススキはあせる気持ちを必死で押さえ込んでいる。
 守ってなんかいなかったのだ。自分はあそこで生まれあそこで育った。その間、一体だれが自分を守っていたのか、ススキは自問自答をする。明確で、誰でも判る答えだ。
 ――皆だ。
 あの世界の皆が、ススキを守っていた。
 ――なら、今こそ。今度こそ。
 拳が弾き飛ばされ、たたらを踏む。風を孕んだメイド服が重たく体を引っ張っている。
 ――私が守る。
 勢いに任せ、体を振り回しそのままの体制で蹴りを放つ。
 快音。
「がっ」
 ユウが吹き飛ぶのを、視界の端で確認したススキは、そのまま筋力だけで体に制動をかけた。
「死ね!」
「お前に、私がころせるかよ!」
 激突。
 そして、その音を最後に艦橋は一瞬で静まり返った。
「――がっ」
 首を締め上げられ、うめき声を上げたのはススキだった。両手でユウの指を剥がそうとするが、びくともしない。
 万力のように締め上げられススキの手は力無くユウの指を引っかくにとどまる。
「船のバックアップも受けられないただの客人のお前に、艦長である私がどうして負ける?」
 一瞬にして呼吸と血流を止められたススキは、体を動かすことぐらいしか出来なかった。
「がっ、ごほっ」
 上がるのはうめき声ばかり。
「残念だったな、あと数分だ。このまま気絶してその時を待てよ」
「かっ……」
 うっすらと目をあけ、ススキはユウを見下ろした。指が、首にめり込み視界が白くなる。
「か……」
 ユウが見上げている。指の力は容赦がなく、後幾ばくも無く意識は白い闇に落ちるだろう。ススキは必死に息を吸い上げ、
「……かあさん」
 呟いた。

「――!」
 ユウの表情が驚愕に彩られる。一瞬、ほんの一瞬首に食い込んでいた指の力が抜ける。
 ススキは真っ青な顔のまま、凶悪な笑みを浮かべていた。それにユウが気づいた時には、既に遅かった。
 血が流れ込むのが判る。一気に息をすうと、ススキはそのまま力の限り体をそらした。
 指が首から離れるのを感じながら、ススキは渾身の力で足を振り上げる。
「ぐ、はっ」
 顎に直に入った蹴りはそのまま振り抜かれる。そのまま一回転していく視界のなかで、受身を取れず倒れたユウの姿をススキは見た。
 着地。ユウが起き上がるそぶりは無かった。完全にきまった蹴りで、気絶したのだろう。
「ごほっ、ごほっ」
 つまった喉をさすりながら、咳をしてススキは姿勢を正す。向き直るのは、ずっと艦長席の傍に立っていたメイド服の女性。
「艦長が意識不明だ。艦長の親族である、私が艦長代理になる! 認証しろ!」
 一瞬おくれて反応があった。
「ススキノ・ユウの意識断絶を確認しました。特務規定により、艦長代理の認証を行います」
 メイドは少し目を伏せると、手を広げる。
「お名前をどうぞ」
「私の名前はススキだ」
 薄い駆動音のようなものが聞こえたかとおもうと、すぐにそれもきえ艦橋は静寂に包まれる。
「認証しました。親族確認。確認しました。ススキ様。ご命令を」
「天球儀のHUBICのロックを解除しろ」
「不可能です。越権行為になります。艦長代理アカウントの代理解除を行ってください。限定解除は艦長本人の許可、もしくは艦長の親族が望む場合のみとなっております」
「はっ! ついてる。代理解除、天球儀のHUBICのロックを外せ!」
「艦長代理アカウント代理制限の解除をします」

 同時。
 ススキの視界が真っ赤に染まった。
「がっ――」
 思考は数字に埋め尽くされ、耳障りな音が鼓膜が破れそうなほどの音量で響く。
「なん……だ!」
 焼け付くような衝撃に、ススキはその場に座りこんだ。
 ぷつっという血管の切れるいやな音が頭の奥で聞こえた。そして、鼻から血が流れ出す。思わずススキは手をあてようとして、倒れこんだ。
 体の自由が聞かないどころの騒ぎではなかった。意識が薄れかかる。必死で唇を噛んで抵抗するが、頭から脊髄にかけて杭を打ち込まれるような衝撃が断続して襲ってきた。
「よう、艦長になった気分はどうだ?」
 ユウが意識を取り戻したのか、立ち上がりススキを見下ろしている。しかし、当のススキにそれに反応できる余裕はなかった。
「おもしれーだろ。それ、配下の船団の全情報だ。お前に扱えるか? それとも脳みそが焼ききれたまま死ぬか? 死にたくなかったら、権限を放棄しな」
「HUBICシステムの、ロックを解除しました」
 メイドの声をきいて、ユウは舌打ちを一つ。けれど何も言わず、ススキを見下ろしていた。
「あ……あっ!」
 一隻につき、乗組員全員の身体状況、所在、行動予定、現在の行動、さらに船自体の出力、位置情報、予定航路、現在の航路、予測航路、etc……。
 それは、なれ無い人間では一瞬で気が振れるほどの情報だった。
「これがなけりゃぁな、もう少しまともなシステムだとおもうんだがねぇ」
 ユウはススキを見下ろしながら笑う。
「あ……あぁ……くそがああああああ」
「なんだと……」
 平衡感覚もなくなり、吐き気と倒れそうになるほどの頭痛。視界はぐるぐると回り焦点は合わず、呼吸は乱れ、体に力が入らない。
 けれど、やらなきゃいけないことをススキはしっていた。
「て、天球儀を狙っているやつを止めろ。停止させろ!」
「本艦だけでは、停止命令は出せません。広宙域連邦へ連絡をとります」
 頭をかかえ、ススキはうずくまる。
『ススキノ艦長! やっと止める気に……だれだ!?』
「止めろ! 天球儀を狙っているやつを!」
『いかん、"プルタブ"がジャックされている! 仕方ない、発射を急げ!』
 回線が切れるノイズをのこして、声は途切れた。
「……」
「はっ、残念だったなぁ。ま、そりゃそうだろうな。というわけで――」
 いい終わらず、ユウがふき飛んだ。ススキの拳を腹にうけ、壁に激突する。
「やっと……はっ……慣れてきたぞ。残念だったな……ごほっ……」
「ちっ、だったらどうする? もう連結型惑星殲滅砲は止まりはしない!」
「うるせぇ!」
 勢いで殴りつけた拳は、よけようとしたユウの左腕を捕まえる。
 水っぽい嫌な音とともに、鮮血が広がった。
「ぐ……、私を殺してなんになる。たった一人の肉親だぞ」
「だから、どう、した」
「なんだと?」
 ススキはうつむきユウに表情は見えない。肩で息を繰り返し、ススキはゆっくりとユウに近づいてくる。
「肉親? 私を、育てたのは、天球儀だ。私の親は、お前なんかじゃ、ない。血のつながりだと? その程度で縁をかたるな。私の親はウンジンで、私の友人はあそこにいる。私は、あそこに帰る。ススキノ・ススキは、ススキノ・ユウと『ただ』血が繋がっているだけの関係だ。調子にのるな!」
 握り締めた拳に、力が入るのが判る。頭に流れ込んできている情報にも慣れてきた。
 ――今度は、守る。もう誰も。
「死なせてたまるか!」
 振りかぶり、ユウの顔面を狙って拳を――
「連結型惑星殲滅砲の発射準備が整いました。発射五分前」
 感情も抑揚もない声が響いた。
 優しさも、気遣いもない現実が突きつけられた。

 遠く、真っ暗な宇宙の真ん中で、天球儀は回っている。




黝色 ゆうしょく #404048

簡易人物紹介:
ススキ
 家庭内暴力大勃発。
 なんで今まで黙ってたのか、それが許せなくてすねてるツンデレ。だとおもうと、笑える。

ユウ ――初出:「トラウマの世界へGO!」
 まじDOMESTIC VIOLENCE。
 ちょっと、奥さん聞いてください。うちの娘ったら、ぜんぜん言うこときかなくてぇ。
 むかつくんで、ちょっとぶっ殺したくなったり。とか、そんな感じのガチンコ井戸端会議。

ウンジン
 じつは、台詞に矛盾がある。注目。アサガオにばれた。大ピンチ。
 年なので、おしもの閉まりが悪いのです。ちょっとちびった。

スモモ ――初出「土中入定! 即身仏」
 博士、博士、○○って、なんで□□なの〜。それはねぇ、▲▲だからだよ。へぇ〜そうなんだぁ〜。の聞く側。

アサガオ ――初出:「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 物分りがいいぶん、結構諦めやすかったりする。でもいま、それどころじゃない事に気がついて、頭パニック。あとは犯人がぼろをだせば、全てのピースがはまるっす!
 真実はいつも一つ! バーロー!

フウラン ――初出:「大切な記憶の願い事」
 控え選手、ベンチウォーマー。活躍の場は無し。影は薄い。色も薄い。頭もきっと薄くなる。

シュンラン ――初出:「大切な記憶の願い事」
 少女大剣。周りが頭がいいなか、多分一番のバカ。ウンジンのいったこともよく判らない。
 とりあえず、なんか、大変らしい?






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