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・テーマ「お尻」

 夜空の向こう、闇を汲み出すように歯車が回っている。
 
 風が吹いていた。地面の上に仰向けになってススキは空を見上げている。爆風にあおられ、広場には雪はほぼ吹き飛び、レンガ敷きの地面がむき出しになっていた。
 気絶したフウランと吹き飛んできたアサガオを抱き上げ、シュンランは歩み寄ってくる。既に彼女の体中は式術の余波でボロボロになっている。
「ススキさん……」
 倒れたまま、無言で空を見上げているススキを見下ろしてシュンランが呟く。だが、ススキに反応はない、無表情に空の一点を見上げている。風に雲も吹き飛ばされ、真っ黒な夜空が其処には広がっていた。
「ススキさん」
 力のないその言葉は、ポツリと雪に湿った地面に落ちた。
「泣くな。まだ終わっちゃ居ない」
 シュンランはススキの言葉に、びくりと体を振るわせる。
「どうした? フィリフェラを助けるために、私を捕まるんじゃないのか? それともフウランのお膳立てだったか。あいつをおびき出すための」
 答えが無い事をわかってススキは呟く。視界には、真っ黒な空が見える。
「何をみてるんですか?」
「空だよ、空」
 シュンランは言葉につられて空を見上げた。真っ黒な空がそこに広がっている。が、なにかがおかしかった。
「月?」
「違う、アレは星だ」
「ホシ?」
「天蓋に穴が開いたんだ。たぶんフウランの式具が暴走したときのだろ。式術はあそこまで届かない」
 其処には、小さい光が灯っていた。とても弱々しいが、真っ暗な夜空をバックに開いた穴から星の光が漏れている。エネルギーそのものの奔流は、式術と違い制御を受けずそのまま天蓋に穴を開ける結果になった。上空では空気が流出しているが、地面からでは判らない。ただ、気圧の変化で雲が一瞬で出来上がり、穴へ流れ込むのが見えている。
「さてと、おいアサガオ起きろ」
 体を起こし、ススキはシュンランが引きずってきたアサガオをひっぱたく。
「ん……あ、ススキさん」
「行くぞ」
 今にも倒れそうだが、自力で立ち上がったアサガオは頷きを返す。それをみて満足したのか、ススキは振り返らず歩き出した。
「ススキさん。あいつは……」
 シュンランが背後で叫んだ。悲痛な叫びだった、親の仇は取れず、死体は転がって居ない。溜飲は下げられず、けれど発散する場所もない。行き場を失った恨み言は、体の中で真っ黒な染みになっていく。
「死んだ。敵討ちなんて、馬鹿な事考えないでお前は今のことをかんがえろ」
「で、も――」
 その言葉に続くのは、三〇〇年という長き間をすごしてきた罪。過去がそれ以上を望ませず、記憶が幸せを拒絶し、姉の姿に全てを否定される。
「フィリフェラは必ず取り戻す。私は私のやりたいようにやる、お前も好きにしろ。私はお前の悩みなんかしらないし、興味も無い。だが、カトレアの望まない道を選ぶなら次は容赦なく殺す」
 ススキはアサガオを連れ立って歩き出す。取り残されたシュンランとフウランはただじっと広場にたたずんでいた。
 
 
 肋骨が三本。左上腕部から先は既に無い。出血は止まったが、なくなった血を補填できるすべは無かった。
「……くそ」
 本来の式術ではなくHUBICシステムを使った治療であるなら、義手だって一瞬だというのに、権限のない己があまりにも恨めしかった。
「……くそっ。このままじゃ、世界が」
 右腕には身長ほどの巨大な式具と、銀色の輪が二つ。持っていて正解だったと、内心でため息をつく。コレがなければ、間違いなく赤によって原子分子のこらず分解されて居ただろう。けれど、体中を蝕むのは生きていてよかったと言う安堵よりも、計画の失敗への怒りだった。
 メイドに扮してアキメネスを脅し、そのままの足でウェリエガツムを殺した。世界は崩れ、即位した中央の新王が最後の一押しをしてくれた。
 全て予定通りだった。あとは、ススキを拘束。ススキを人質にウンジンを拘束し、世界は終わらない戦争へと流れ込むはずだったのだ。
「くそっ!!」
 足元の雪を蹴り上げる。完璧だったのだ。あの瞬間、色無しが飛び込んでこなければ、全て上手く行くはずだった。
「くそがああぁぁぁ!」
 ニノ・ブレストはだれも居ない裏道で叫ぶ。だれも居ないはずの、裏道で。
「穏やかじゃないなぁ。坊主」
 そのしわがれた声が聞こえたのは背後。雪に音を沈ませ、しかししっかりとニノへとむかって発せられた言葉。
 驚きに、ニノは飛び退る。
「はっ、元気なことだな。ニノ・ブレスト」
「ウンジン……なぜ俺を知ってる。あのダメイドがそういうことをいう人間には思えないが」
「色々しってるぞ、ワシは。お前が戦争を起こして何を望んだか、お前がどうして戦争を望んだのか、そして本当に欲しかった物を」
 ウンジンはそういって、銀色のディスクを懐から取り出した。
 夜の闇にとけ、輪郭ははっきりとしないがそのディスクは間違いなく遺産品のそれだ。
「……それは……なんだ」
「お前の祖父が発掘した遺産品。世界に一つしかない、複製不可能なしろものだ。お前さんがアサガオに渡した、思惟にまみれた編纂情報ではないオリジナル。この世界の期限が、そしてこの世界に何が望まれてるかが記述されてる情報ディスクだよ」
「!」
 二ノは思わず懐を右手で確認する。祖父が残した遺産品が奪わたのだと、彼は恐怖する。
 が――
「な……に」
「まだまだ子供だな」
 ディスクは間違いなく、ニノの懐に入っていた。右手で抑えれば硬い感触が返ってくる。
「……ち」
 そして、ウンジンにディスクを持っている事をしらせてしまった。
「その情報はもっていてはならない代物でねぇ。答え合わせする前に、答えを見たんじゃ意味が無い。幸い、言いふらさなかっただけ――」
 ウンジンの発する雰囲気が一変する。
「三〇〇年前の繰り返しにならずにすんだ」
「やはりそういうこ――!」
 驚きに声が詰まる。全くの初期動作なしに、式術が放たれたのだ。色は銀色。全てを拒絶する銀色が伸びる。式具も、初期動作もなく、ただの無音のうちに目の前が銀色の光に染まっていく。
「その式具。返してもらうぞ」
 銀色の光の向こう、ウンジンが飛び出した。ニノの目の前で、式術の光は動きを変え空へ向かっていく。しかしその軌道でニノの視界は銀色一色に染まった。
 ウンジンの腕が光の向こう側からニノの右腕へ伸びる。狙うのは、リング状の式具。
「なっ」
 抵抗すらなく、ニノの手から銀色の腕輪が奪われた。
「こいつは、馬鹿な弟子の大切な友人のもんなんでな」
 同時、ニノは体中に衝撃を受ける。体の芯を射抜かれるような攻撃。
「がはっ」 
 一体何が起こったのか理解できないまま、ニノは路地裏を水平に吹き飛んだ。痛みに持っていた式具を取り落とし、地面に激突。勢いは止まらずそのまま雪の上を転がるように吹き飛んでいった。
 ――殺される。
 恐怖が体中に火をつけた。それは、死への恐怖ではなくこのまま目的が達成できないという恐怖。こんな所で終われば、また世界は繰り返し期限を迎える事になる。
 ――まだだ。
 まだ死ね無い。ニノは雪にまみれながら、軋む体を起き上がらせた。目の前にウンジンが立っている。式具はなく、式弾もない。だから、ウンジンは油断しているはずだ、ニノは思う。
「お前一人がんばらんでも、世界は大丈夫だ。だいたいその年で世界を、なんて恥ずかしくて良く言えるよお前」
 そういって、油断しきった顔でウンジンは笑っていた。ニノを見下ろし、まるで勝ち誇ったかのように。
「ま、正義に駆られた若気の至りといったところか。全く、恥ずかしくて涙がでそうだ」
「……」
 右腕をウンジンの死角へ移動させ、ゆっくりと背に。式具ではない、ただの無骨なナイフに右手が振れた。
「でもまぁ、世界なんかいいわけにしなくても、望みは達成できたんじゃないか? ん?」
「しねっ!」
 腰から抜き放ったナイフを、そのままの動きでウンジンの胴体めがけて振り上げた。
「……なぁ、ニノ。お前の望みは半分叶ったって言うのに、まだやるのか」
 まるで予測していたというような動きで、ウンジンは半身でそのナイフをやり過ごす。そのままの動きで、手刀一つ。二ノは手からナイフを落とした。
「そら、星が見える。本物の星だ。お前の見たがってた……星が見えている」
 何事もないかのように、ウンジンは空を見上げている。思わず星という単語に、ニノは反応し空を見上げた。
「……」
 真っ黒な夜空の真ん中に、ちっちゃな穴が開いていた。歯車の世界は天蓋に覆われているため、宇宙をすかしてみる事は出来ない。しかし、いま何かしらの影響で、天蓋に穴が開いていたのだ。穴の向こう、ぽつぽつと点のような星が見える。
「星……だ」
 体中から力が抜けた。ただ、星の川というものが見たかった。光輝く“ホシ”の川が見たかった。寂しい夜空を埋め尽くす、星の川が。あれほど望み、幾度となく思いはせていた星が空に浮かんでいる。
 星が見たいが故、祖父の発掘した文献をあさり、そして気がついてしまった世界のからくりに涙をした。
「この天蓋から飛び出すには、この世界に望まれた物が必要……といったところだろう。ガキの考えそうなことだな。しかし、オイタにしては少々度が過ぎる」
 鈴の鳴るような音。しかし、二ノにはそんな音は届かない。ゆっくりと、銀色の腕輪を掲げ、ウンジンは呟くように式術を構成する。カトレアの持っていた、式具がウンジンの手によって鈴のような音を立てる。本来の力を発揮できる喜びに打ち振るえ、そして歓喜するように叫ぶ。
『赴進・背進・基点の白』
 純白の光が、辺りに広がっていった。無音のまま、光に包まれるニノはゆっくりと視線を落とす。
「なんで、そんな事知ってんだ」
 誰にも言った事はなかった。ススキに、昔偽者だが美しい星を見せられてからその思いはずっともっていた。空にでたい。ずっと、空を望み、星を望んできた。
「なんでかなぁ」
「……誰にもいってないのに」
「そうだなぁ」
「……糞ったれ。これで世界はまた一から出直しだ。もう期限はすぐ其処にせまってるのに。そんなんでいいのかよ!」
「大丈夫、世界はお前に助けを求めるほど腐ってない。お前さんは一から出直せ」
 ウンジンが、光の向こうで笑う。
「まぁ、星を見たんだ。迷わず成仏してくれ。弟子の尻拭いは、師匠が付けないといけない決まりらしくてな。それと、自分の尻拭いぐらい自分でしないとやはり恥ずかしい。ま、向こうへいっても元気でやることだな」
 光に包まれ空間が関係を無くしていく、紐の千切れるような音。しかし、その真っ白な光の向こうに星がまだ見えている。
「あぁ……ちくしょう」
 星が見えている。あれほど恋焦がれた星が。世界を救わなければという焦点の定まらない願いは、霧散し体中が喜びに溢れていた。そして、その事実がまた悔しかった。コレほどがんばってきたというのに、結局何も成せなかった自分にニノは歯噛みをする。不条理だと、涙が出る。不公平だと、体が叫ぶ。
「くそ……世界は最悪だ」
 光が爆発するように広がった。音はなく、ただ光だけが路地裏を照らし一瞬にして消える。
 ゆっくりと、ニノが居なくなった部分へ空気が流れ込み風が起こった。
「そんなに、不条理でも、不公平でも、最悪でもないんだけどねぇ」
 皺くちゃの顔を歪ませ、ウンジンは笑う。
 
 
 

簡易人物紹介:
ススキ
 いい加減、ただの傍若無人な自分を見返してきになってみたり、ならなかったり。
 

アサガオ ――初出:「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 起こすのに、ひっぱたくのはどうかとおもいます。

フウラン ――初出:第12回「大切な記憶の願い事」
 気絶中。出番ないよ姉さま。首根っこ引っ張って引きずるの止めてください。
 
シュンラン ――初出:第12回「大切な記憶の願い事」
 置いてけぼり。状況だけに、付いていくとも言えずなんとも居心地がわるいです。一応空気読めるので変な事いえませんでした。 

ニノ ――初出:第03回「王様はツンデレ!」
 星を望み、結局偽物じゃ満足できなかった欲張り少年、ここに堕つ。
 
ウンジン
 白は秘密。ニノの事を知ってたのも秘密。秘密老人です。老人語をしゃべらないのは、若いと信じてるちょっと妄想癖とボケの所為です。嘘です。







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