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・テーマ「恋心」

 赤い夕日を浴びて、遠く歯車が回っている。

 地平の彼方まで、血の匂いが染み付いている。熱にこげた風は、血と腐臭を運び水分を奪い去っていく乾いた風。それがゆっくりと、流れている。
 少年は闇の中で震えていた。何も見えない、あるのは匂いだけ。最初は血の匂い。次にきたのは腐り始めた肉の匂い。遠くどこからか声が届く、一緒に突いてくるのは、鉄同士がぶつかり合う硬質な音と、断続的に続く爆音。少年はその闇の中で震え、腐臭を呼吸していた。
 と、いきなり足音が近づいてきた。
 既に前線は移動し、ここには骸しかないと言うのに。そしてゆっくりと、闇を切り裂く赤い光が少年の目に届いた。夕日は燃えるように赤く、熱をもって少年を照らす。
「生きてるのか。おい、生きたいか? それとも――」
 気だるそうな女性の声。少年の上にかぶさっていた、冷たく腐った匂いのする物が退けられ、光が差し込む。水っぽい音と、何か重たい音をたて少年の目の前にソレは討ち捨てられた。
「こいつ等と同じ場所に行きたいか?」
 夕日に照らされることになった、ソレは目を見開き苦悶の表情を固め、既に動かない肉塊。
 少年の父。そして、母と、妹。体を押さえつけられいた物がどかされ、少年は無表情で立ち上がった。目の前には、女が一人少年を見下ろしている。
「……死にたくない」
 殺される、と体が叫ぶ。少年は父だった塊を踏み潰し、肉片を足先に引っ掛け蹴り上げる。
「なっ」
 目の前に居た女は、視界を覆う肉片に後退。それを確認せず彼は走り出した。
 死肉を踏み潰し、骨を掻き分け、死体に突き刺さった槍を引き抜き、脂肪に足を滑らせ、うずたかく積まれた灰になった死体の向こうへ。
 走る。
 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 少年はただソレだけを思い、幼い足を無理やりに動かし、今にも折れそうなやせ細った腕をふるい死体を掻き分け、走る。
「待てよ。坊主」
 しかし、声の主は目の前に居た。少年は驚かない、無言で踵を返し逆へと足を――
「っと、可愛くないやつだな」
「……!」
 とんでもない膂力で、首をつかまれた。そのまま片腕で持ち上げられ、少年は身動きを取れなくなる。逃げ出せないと悟り、少年は体の力を抜く。無駄に体力を使わず、ただじっと彼はチャンスを待つ。
「ふん……やっぱ伝染病だな。おい、坊主。このままじゃどの道、病気で死ぬ。自分でも判るだろ? 判ってるだろう?」
「……」
 少年は無言、持ち上げている女の声は、背中から。後ろからつかまれているから、顔は見えない。
「――死肉なんか食っても腹が満たせないってさ。だから、選ばせてやる。親の後を追うか、それとも生きるか」
 同時、首をつかんでいた手ははずれ少年は地面にしりもちを付いた。
 しかし彼は、立ち上がり逃げようとしなかった。無言のまま、その場で立ち尽くしている。
「……死にたくない」
 ゆっくりと振り向き、少年はつぶやいた。それをみて女は、凶悪で鮮烈な笑みを浮かべ満足そうに頷いた。
 夕日の赤にも浸されない、真っ黒な髪の毛と真っ黒な目。少年は、一生その目を忘れる事は出来なかった。
 そう永遠の命と引き換えに、その目は永遠に彼の頭にこびりつく事になる。
 でも、それは恐怖ではなく――


 アキメネスが治めていた小さな国の、小さな城。
 そういえども玉座の間へと通じる入り口には、巨大な扉がある。ほぼ木で出来ているその扉は格調高く美しく、アキメネスの自慢でもあった。
 しかしその扉は、見る影も無いほどに外側からの圧力にひしゃげ、折れ、元の美しさは失われていた。だがそれ以上は壊れない。遠くから響くような、木槌の音は途切れる事はないが、物理空間を固定する式術によって、扉は完全に固定されていた。
 重ねて言う。式術は、魔法ではない。
 それは、物理空間の固定という最強の盾にも限界があると言う事実。例え、一撃で突き崩せぬ盾も、幾度と無い攻撃に揺らぐのだ。しかし、その事実を知っている人間は実際少ない。
 そして、スモモはその事を知らなかった。
 ゆえに、同じ色の式弾は持っていなかった。
 
 衝撃は、一瞬にして耳を劈く甲高い音へ。
 空間に入るヒビが立てる音は、ガラスの割れる音を幾重にも重ねたような、強烈な音。
 そして続いて耳に届くのは、重たい扉が打ち破られる轟音。足音と喊声に彩られ、それを突き破るような大声。
「突撃ぃ!」
 ありえないはずの事実に、スモモは動けなかった。唯一動けたのは、扉の近くに居た近衛兵。手に携えていた槍を前に、入ってきた中央の軍隊へ向ける。
 しかし、そのことごとくは突撃してくる盾によってはじかれ、いなされた。聞こえてくるのは、足音の連続。硬い靴底でたたく床が立てる耳障りな金属音。槍を突き崩す大盾が立てる、鐘のような重たく響く音。
 そして、叫び声。
「おおおおぉぉぉぉおおおぉ!」
 一瞬にして、玉座の間の中央まで進んできた軍隊に、スモモは我に返って式具を振りかざす。
『難渋・峻拒の錆鉄御納戸』
 色は、緑に近い青。世界を書き換えろと色が吼える。停滞の光は、玉座と入り口のちょうど中央に展開。中央の兵を押しとどめた。
 足を踏み出した中央の兵が、式術の光に押し戻されて床にしりもちを突き、取り残された近衛兵は、その事実に気づくと逃げ出しはじめる。中央の兵は抵抗しない相手に興味が無いのか、そのまま式術によって作られた壁の前に集まり始めていた。
「子供!?」
「どういうことだ! あんな子供が居るなんて、聞いていないぞ」
「抱えの式術師じゃねぇ!」
 光の向こうで、ざわめきが起こる。幾人かは、木槌をもって同じように光を叩こうとしているが、ただの光、木槌が触れるわけもなく床に激突するだけだった。生体のみの、限定停滞術に、武器は意味を持たない。弓矢のような飛び道具が無いのは救いだった。
 ――でも、これも長くもたない。
 スモモは式具を握り締めながら、兵達をにらむ。時間切れが来る前に次を考えないと行けない。スモモはゆっくりと息を吸い込む。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせるように。
「この術をどけなさい! そこに居る男の首さえ取れれば全てが終わるんだ。ここを通しなさい! その男さえ居なくなれば世界は、平和に――」
 叫び声が聞こえる。その言葉に、スモモは椅子に身を隠したアキメネスを見た。すでに意識を取り戻し、小さくなって椅子の後ろへ身を隠している。
「平和になるんですか?」
 スモモは男に振り返り、つぶやいた。
「そうとも! その男の今までの所業をしっているだろう? 民の為に何もせず、私腹を肥やすことしか考えて居ない。こんな男に政治を任せておいては――」
「でも、今まで戦争なんて無かったじゃないですか」
 スモモは式具を握りなおし、前に一歩を踏み出す。乾いた音を立て、式具に式弾が装填される。その音に、中央の兵士達は怖気、色めき立った。
「その男をこれ以上野放しにしておけば、結果は一緒だった!」
「これ以上って、どれぐらいですか? 百年ですか? 二百年ですか? それとも三百年? フィリフェラちゃんを捕まえて、カトレアさんを殺して、ススキさんを捕まえて、戦争は収まるんですか?」
 また一歩前に。絨毯を踏みしめる静かな音だけが、玉座の間に響く。
「そ、それは……」
「これで、アキメネス王がいなくなったら戦争は収まるんですか? カトレアさんは浮かばれるんですか?」
 世界統一。それは、いわば薄い一枚岩だ。いつ割れてもおかしくなく、幾度も綻びが現れることになる。終わり無く綻びを埋める作業、それは永遠に続く戦争。
 スモモは歩く。式具を眼前に構え握り締め、ゆっくりと。
 時間がやってくる、式術の存在圧力は限界に達し、ゆっくりと世界へ溶け込み霧散し始める。
「その男さえ居なければ、世界は救われる!」
「……」
 言葉は無意味なのだと、スモモは口を閉じ式具を振り上げる。バトン状の式具から、光が緩やかにあふれ出した。
 同時、式術は霧散する。音も無く、役目を終えたと言わんばかりに色を失い消えた。
「そこを退け! 抵抗するなら切る!」
 それは怒号だった。式術への恐怖と正論を突かれた苛立ちが怒りを加速させていた。スモモの小さな体は、その怒号に縮みあがった。
 その一瞬、距離にして数歩、男はその距離を一気に詰める。
 死の間際の鋭角な神経が見せる世界の中、スモモは綺麗な銀閃を見た。ゆっくりと、綺麗な円弧を描く銀の閃き。音も聞こえず、ただその銀色がゆっくりと己の首へと進んでくるのが見えた。
 感情が追いつかない、体の反応はもってのほか。
 だた、スモモはその銀色の円弧を眺めていた。首へ、到達する。
 ――えっと……
 衝撃を体中に感じ、目の前が真っ暗になった。


 最果ての町から、アキメネスの城までは山一つか二つ程度。真っ白な式術に埋め尽くされ、冷え切った夜空の空気を切り裂くように、ススキは空を飛んでいた。
 右手に箒、左手にアサガオ。
「くそ、あの馬鹿……」
 つぶやいたススキの声は、一瞬にして後ろへ流される。
「たぶん城下町は襲われてないっす。あの最果ての町を落として、城下への牽制。後はアキメネス王の首さえとれば降伏勧告を出して終わり。必要最低限の被害だけで、制圧完了って筋書きだと思うっす」
 右腕が無いのが慣れないのか、アサガオは風にさらされてる右肩を左手で撫でながら言う。
「ってことは……」
「スモモちゃんなら、お城に突っ込んでアキメネス王を守ろうとしてるかな」
 腕に抱えられたアサガオは、夜空の向こうにアキメネスの城を見た。
「全く、力量をわきまえずにおせっかいなんて、自殺マニアか、真性マゾか?」
 毒づいたススキを見上げ、アサガオは苦笑。
「おせっかい好きは、全くもって師匠譲りっすね」
「……私は、可否ぐらいわきまえてるさ」
 ススキは目をつぶり風に体をゆだねる。この歯車の上に広がった世界の人間を、守っていると思っていた。自分は、それだけの力があり、唯一の存在で、だからこそ守り手だと思っていた。ひ弱で、何も出来ない人を守っている、そう思っていた。けれど違ったのだ。
 胸に差し込まれた傷が刺し込むように痛んだ。
「スモモちゃんは、一生懸命な人っす。いつも自分に力がないって嘆いて、だからこそ頑張ろうと思う、頑張り屋さんっす……」
 自分は、いろんな人間に守られていたのだ、ススキは目を伏せ思った。自分の為に右腕を失った少女を抱え、自分のふがいなさに死地へ走った弟子を思う。そして、自分の弱さ故に失った親友を思う。守られていたのは自分だった。
 ならばもう一度。
 今度こそは。
 必ず。絶対。
「もう、誰も殺させない」
 答えは要らない、すでに決めたと言う決心を加速の二文字へ。
 肌を切るような冷たい風を、白と黒のモノトーンが切り裂き走る。
 
 アキメネスの城が目の前に迫る。最上階にある、玉座の間に当る部分の壁が崩れていた。その中に、何人かの影が見えた。
 金色の髪の毛が床に倒れている。
「スモモ!」
 加速に加速を重ね、一瞬にしてススキとアサガオはアキメネスの城にある玉座の間へと飛び込んだ。
 着地は、荒く轟音が城に響く。その音に驚き、中央の軍服を着ていた人間達は浮き足立つ。
「ま、また式術師だ!」
「式術師が増えやがった!」
「増援だ、逃げろ!」
「逃げろ! 王の命はとった! 急げ!」
「うわぁぁぁ!」
 けれどそんな騒ぎに、ススキもアサガオも目を向けて居なかった。
 スモモは、小太りの男の体を支え泣いている。
「王様!」
「スモモちゃん、これは……」
「わ、たしの変わりに……王様が」
 首を切られる瞬間、アキメネスはスモモを突き飛ばし剣の盾になったのだ。小太りとはいえ、十分に大きいその体は、スモモを凶剣から守りきった。
「王様!」
 胴を半分以上えぐられ、アキメネスの内臓が顔を出している。必死でスモモはソレを押さえようと傷口に手を当てているが、そんなもので出血が収まるわけもない。
「……なぜ、泣く。ガキ、なぜ……ワシの為に泣く」
「だって! 王様が! 王様が!」
「……はっ、ススキみたか。ワシの人徳を、くっくくははは……」
 アキメネスの視線は彷徨い、ススキを見つけ薄く笑う。既に力はなく、笑い声すら空気が漏れるような小ささだった。
「だって、王様ずっとがんばったもの! 一人で、中央からずっと独立を維持してたんだよ? アサガオちゃんがいってたもの、アキメネス王はただ一人中央から独立を守り続けた、すごい王様だって!」
 その言葉を、アキメネスは鼻で笑い、
「三〇〇年か……」
 しわがれた声でつぶやいた。
「アキメネス」
 ススキは、アキメネスの目の前にひざを突き覗きこんだ。
「もう良いんだ、アキメネス」
「お前は、いつまでも美しいな……、この体を見ろ。死肉を食らってまで、生き……延びようとした卑しさだけは、三〇〇年経っても変わりはしなかった」
 延命調整を受けた体が、ゆっくりと回復し、そして出血と内臓露出にもう一度千切れ落ちる。見ていて痛々しいほどに、その肉体は血を噴出し、肉を千切り、呻いていた。
「民は、誰も傷ついて……いないか?」
「はっ! 誰一人、城の防衛には参加……しておりません」
 従者の男が答える。
「それならいい……ススキ、ワシはもうつかれた生きるのにも、嫌われるのにも……」
 ただ一人も理解者もなく、ただ一つも誉められず、ただ一度も称えられることもなく、少年は三〇〇年という時間を一人きりで戦い続けてきた。いつ戦争が起こっても、己の命一つで済むように。そして、戦争が起こるまで国を維持し続けた。悪評を集める事で、中央への弾劾を一身に向けさせる、影の国。憎まれるためにだけ存在する弱者。その国の王は、ただ一人でその責務を果たし続けていた。
「二度目になるな……アキメネス。もう一度選ばせてやる。親の後を追うか、それとも私の為に生きるか」
「ははっ……三〇〇年思い続けてきた、もう休ませてくれ。最後にお前に会えただけで十分だ」
 もう、アキメネスの目は開いていない。それでも体の傷は、生命力溢れる細胞が治そうとあがいている。しかしソレは、間違いなく緩やかな死へ向かう、無駄な足掻き。アキメネスに苦痛を与えるだけの代物だ。延命調整は不死ではないのだから。呼吸も浅くなり、血を流し続けたアキメネスの顔は真っ青になっていた。
「ゆっくり休んでくれ」
 ススキは、アキメネスの額に手をかざす。
『末葉』
 ぱちん、と乾いた音。
「王様……」
 スモモの呼びかけに、一瞬だけアキメネスの唇が動いた。しかし、声は出ず乾いた息だけが口から漏れる。見る見るうちにアキメネスの体は干からび、一瞬にして灰化。
 そして灰すらも風化した。

 冷やされた空気が、風を起こす。空から吹き降ろすような、冷たい風が主の居ない玉座の間にも吹き込んでくる。
「行くぞ、フィリフェラを奪還してさっさと終わらせる」
 ゆっくりと立ち上がったススキは、うつむき表情は見れない。ただ握られた箒が、細かく震えているのだけが見えた。
 風が吹く。すぐにでも雪が降りそうなほど冷たい風が吹いている。




簡易用語解説:
錆鉄御納戸(さびてつおなんど)#0a5447
 錆は寂しく鈍い、鉄は暗い緑味の青色。納戸は暗い青色をさすから、緑味の暗く鈍い青色を言う。


簡易人物紹介:
ススキ
 最近まで、アキメネスの事を忘れてました。でも、それはそれこれはこれ。

スモモ ――初出:「土中入定! 即身仏」
 デブにも分け隔てなし。内蔵にも分け隔てなし。実は結構キモすわってたりします。

アキメネス ――初出:「王様はツンデレ!」
 故デブ。

アサガオ ――初出:「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 いきなり、影うすくね? おかしくね? あれ? ちょっと、まとうよ? ね?






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