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・テーマ「聖夜」

 加速し始める世界を見降ろしながら、歯車は回り続けている。
 
 心地よい風が凪いでいた。何も無い真っ白な平野。風だけが揺れている。
 あまりにも平坦で起伏の無い世界だというのに、煮えたぎる意志があった。
 その心は、真っ黒に染まっている。憎しみに燃え、後悔に叫び、悲しさに咽び、寂しさに震え、泣いていた。
「どうしたんですの?」
 ぽつりと、言葉が現れる、問いに心は悲しみを叫ぶ。
「まったく、いつものことながらうじうじと」
 呆れましたと、言葉が笑う。だから、心は寂しさに揺れた。
「しっかりなさい、はっきりなさい。ほら、背筋を伸ばして。あごを引いて。胸を張って。目が真っ赤ですわよ?」
 こつりと、頭をたたかれた気がした。
 銀色の風が揺れる。心が辺りを見回した。銀色の風はゆっくりと周りを流れている。
「大丈夫ですわ。ずっといっしょですもの」
 声が聞こえる。銀色の風はゆっくりと流れている。
 
 
 ――グラスミア城、玉座の間。
 既に日は落ち部屋は薄暗く、鮮やかな赤い絨毯すら今は色を失っている。
 部屋には、遠くから届く叫び声に近い喧騒が届いていた。式術防護により、部屋の中の温度は一定だが、ひとたび窓から顔を出せば寒さは肌を付き刺す。
 小太りな体を必死で揺すりながら、アキメネスは城下を見下ろしていた。
「一体、何をしているんだ! 押されているではないか!」
「王、お顔をお引きください。いつ流れ矢が飛んでくるともしれません」
 城下では、既に戦争が始まっていた。中央の兵は、城の防御式術ぎりぎりの範囲に忽然と現れた。銀色の式術で、空間すら切り裂き兵を移送してきたのだ。アキメネスの兵達は急遽集めた雑多な兵しかおらず、ゆっくりと押されていた。
「この高さまで矢が飛んでくるか、馬鹿モノ! それより早く二陣を用意しろ。式術団は、まだ用意が終わらないのか!」
「は、今しばらく……」
 中央の兵達は、城下の民に興味は無いらしく城の周りを取り囲んでいる。王の従者は城下を横目で確認し、心の中でため息を付いた。
 これほどまで、国民に嫌われる王も珍しい。誰一人として、城が攻め込まれているのに軍に加勢しようとすらしない。従者の男は昔この場に来た式術師を思う。黒髪と、黒いメイド服を着た、伝説の体現者の弟子を。
「城下の民は一人も加勢しないとは……あれほどまで目を掛けてやったと言うのに。使えないゴミどもめが」
 窓から顔を出していたアキメネスは城下へと唾をはく。
「……王、お下がりください」
 男は言葉を搾り出すように呟いた。

 ――最果ての町。
 アキメネス王の領内で、もっとも離れた町。日は落ち、冷たい風が山から降ってくる。断続的に轟くのは、火薬の炸裂音。それを背後に聞きながら、アシは走っていた。
「スモモ、お前はアキメネス王のところまで行くんだ」
「え? アシは」
「俺は、ここで町の人を逃がす。避難が済んだらすぐに追いかけるから」
 そういって、アシは無理やりスモモを城下へと行かせた。スモモが飛んでいった軌跡は既に夜空に溶けて見えなくなっている。
 だが、彼女が最後にくれた防御式術は確かに体に残っていた。まるで一緒に居るみたいだなと、アシは思う。
「感傷すぎるか」
 苦笑を背後に、アシは再び加速する。日没と同時、背後で喊声があがっていた。たぶん、日没を合図に、同時に占拠を開始する手はずだったのだろう。いくら自分の師であるサンショウが火薬という軍にも配備されて居ない武器を持っているからといっても、あの数を全て押さえ込む事は不可能だろう。私怨にかられ、サンショウに兵が全て集まるとも思えない。
 ――幾人かはこの町へくる。
 既に軍服は脱ぎ捨て、アシは作業着である半纏を着ていた。紺色に染め上げられ、背中には炎の一文字。
 彼は力一杯、肺に空気を吸い込む。そして火薬の破裂音の中でも届く、しゃがれた声で彼は叫んだ。
「軍だ! 軍が攻めてきたぞぉ! 中央の軍隊が攻めてきた!」
 一斉に町に火が灯る。窓が開けられ、町を見下ろす丘の爆発を認め、彼らは騒ぎ出す。
「逃げろ! 急いで逃げろぉ!」
 アシは、ありったけの声で叫ぶ。一人でも生き残ることが出来るように願いながら。

 ――最果ての町外れ。小高い丘。
 幾人を吹き飛ばしたか。闇夜に紛れ、煙の中で動くこともままなら無い素人を相手にするというのは、思いのほか楽だった。
 サンショウは、肩で息をしながら口元に笑いを浮かべる。
 近接戦闘用の剣しかなく、暗闇という悪条件で、さらに火薬による煙の中で彼らはほぼ統率の取れない野党へと成り下がっていた。
 半数を占めていた徴兵された町の人々は、既に散り散りになり、残った半数の軍族のうちまともに剣を振ろうとしたのはさらに半数。
 日没と同時、町へ攻め込み始めた幾人かを逃したが、ほとんどサンショウは一人でその進軍をとめていた。
「どこだ! あの花火屋はどこだ! くそっ! ごほっ」
 煙の中で行動する事すら出来ない、煙の中で先を見通すことも出来ない、声すら爆音に消される集団。とはいえ、その差は三桁を数えている。
 彼は懐に入っている火薬の数を数え、心の中で頷きを作った。そろそろ限界ではあるが、足止めは十分だろう。
 アシも既に町に付いて避難を呼びかけているはずだ。ゆっくりと、軍から距離をとりながらサンショウは笑う。
「十分だといっても、背を見せるなどという失礼はしません。安心して――」
 両手に抱えられるだけの花火。導火線は一斉に火花を散らし始める。
「爆ぜなさい」
 爆音が何も無い夜空を振るわせた。

 ――グラスミア城、玉座の間。
 アキメネスは玉座に座って腕を組んでいる。玉座の間の扉には、数人の近衛兵が必死で扉を開かせまいと踏ん張っていた。
「王、お逃げください。そちらに隠し通路があります」
 従者の言葉に、アキメネスは視線すらよこさずつぶやいている。
「役立たずどもが……」
 既に、場内には中央の国の兵士が乗り込みほぼ完全に制圧されていた。あちこちで火の手が上がり、叫び声があがっている。
「なぜこんなにおちるのが早い! 兵は何をしている!」
「そ、れは……」
 それは、ほとんどの兵がまともな交戦もせずに、降伏していたからだ。中央の兵士達は、ただ降伏勧告をしながら、剣を振りかざし抵抗する者とだけ戦っていた。
 だが、その抵抗する兵士なんてほとんど居なかったのだが。
「王、早くお逃げください! もうすぐ扉も破られましょう」
 アキメネスはため息混じりに、玉座の後ろにある壁と同じ色の扉を見てため息混じりに従者を見る。その扉の幅は――
「あんなものに、体が通ると思ってるのか馬鹿者! なんとしても守りきれ! 守りきれば褒賞を与えるぞ!」
 むなしい叫び声は、城のあちこちで上がる叫び声にかき消されていく。
 
 ――最果ての町。大広場。
 アシは、夜空を響かせた爆音の出所を無言で眺めていた。赤、青、緑、白、紫。鮮やかな炎も、丘にたまっている煙にぼやけて見える。
「おい! あんたも逃げろ! なにしてんだ!」
 声をかけられ、アシは無言で手を上げる。そして、
「あ、おい! そっちは丘だぞ! 中央の軍がきてるんだぞ!」
 声を振り切るように走り出した。
 ほぼ町人の避難は済ませた。あとは、師匠の仕事を完璧にするための手伝いが残っている。既に数人を退け、町の避難の確認も済んだ。アシは後一仕事だと、自分にいい聞かせる。
 丘へと続く、町の門へやってくると数人の集団が見えた。軍服を着込み、支給された剣ではなく軍採用の剣を持っている。
「……」
 無言で、アシは煙玉を夜空に放った。
「貴様、花火屋の!」
 両手には、轟音を作り出す炸裂玉。それをためらわず投げ込んだ。
「なっ!」
 炸裂。強烈な音は、一瞬人間の体を硬直させる。同時、煙を噴出しながら煙玉が空からおちてきた。一瞬にして、煙のカーテンが降ろされ辺りは見えなくなる。
 兵士が顔を上げたときには、既にアシの姿はその場に無かった。
「なに、気絶してもらえればいいんだ。難しいことじゃねぇ」
 真後ろから聞こえた言葉に、兵たちは驚き反応できなかった。同時、閃光と爆音が轟く。
 消えいく意識のなか、兵士は聳え立つ炎の一文字を見た。

 ――グラスミア城、上空。
 風の音は、何度聞いてもやかましくスモモは顔をしかめている。肌に当る風は、ウンジンが作った風防式術と自分の式術との差を如実にあらわしていた。音速を超えほぼ無風だったウンジンの式術と、音速すら足元に届いて居ないのに風が付きぬけてくる自分の式術。あまりの力量の差に、スモモは心の中でため息を付く。
 視線の先には、アキメネスが居る城が見えていた。城は既に煙が上がり、城門は破られ城壁も破壊されていた。
 スモモは、城の最上階を見る。
 あそこには、アキメネス王が居るはずだった。町の人々が、特に中央の軍に蹂躙されているわけではないところを見ると、王を捕らえ占拠するつもりなのだろう。
 中央の国から唯一独立していたアキメネスの収める国。それが落ちれば、中央は世界統一という言葉を手にするだろう。そして、それこそが戦争の始まりなのだ。馬鹿な新王に付いて行けない人間達が、己の手で王権を剥奪しようと内紛が起こる。それはきっと緩やかに、しかし絶え間ない戦いの幕開けになる。
 スモモは加速する。城の壁を突き崩すほどの速度を得て彼女は、前に。
 
 ――グラスミア城。玉座の間。
 扉は既に破壊されかけていた。木槌のような物で、何度もたたかれ既に数箇所が内側からでも判るほど破損していた。
「ええい! しっかりしろ! なんとして――」
 王の叫びは、爆音にかき消される。いきなり壁が突き崩されたのだ。
「王!? 王! 大丈夫ですか!」
 従者がすぐにアキメネスの横に走りよってきた。土煙が辺りに立ちこめ、音の残響が柱を城を震わせていた。あまりの音に、扉の外に居る中央の兵も扉を破る事を忘れるほど、その音は大きかった。
 土煙の灰色の向こう、ゆらりと金色の色彩が揺らめく。
「な、なななな。なんだ! 中央の刺客か!」
 アキメネスは取り乱し、玉座の後ろへと走りこむ。
 が、土煙の向こうから現れたのは小さな少女だった。
「だれだ、貴様!」
 従者は剣を抜き、王の前にたった。
 剣を少女へ向ける。アキメネスがもしかしたら無能ではないのでは、その疑問だけを支えに、彼は式術師であろう少女へと歩みよった。
「私は、王様を守りに来ました」
「……は?」
 いきなりの事に、彼は危うく剣を取り落としそうになる。再び大きくたたかれる扉。その木槌の音に、彼は我を取り戻す。その目の前で、少女は彼と王に背をむけ、扉に向き直った。
 扉は数人の近衛兵が必死で押さえている。彼女はそちらに向かって、式具を突き出した。
「や、やめさせろ! 扉を壊す気に違いない!! 早くしろ!」
「……は、は!」 
 従者は走り出す。が、既に式術は発動していた。
『裁定・起居の花浅葱』
 緑色の光は陣を形成。同時に、扉へと流れ込む。流れをつかさどる青緑色が、一瞬にして扉の物理空間を停止させた。振動すら遮断したそれを表現するのは、無音の一言。遠く、式術のかかって居ない壁づたいに、微かに木槌の音が聞こえている。
「扉が……」
 従者は、驚きに足を止める。
「当分は、大丈夫だと思います」
 振り返り、スモモは笑う。が、それに反応したのは従者ではなくてアキメネスだった。
「ひ、ひぃぃぃぃ! 殺される! そやつを、早く追い出せ!」
 逃げ場を失った事に恐怖したのか、アキメネスは壁にまで体を退かせ叫んでいた。
「王……恐れながら、彼女は敵軍ではないと」
「うるさい! 出口をふさいで、私を嬲り殺すつもりなのだ! 何が望みだ! 金か? 権力か? 一体お前はだれだ!」
 スモモは、怯えるアキメネスを静かに見据えている。私は、誰だろうか。その問いの答えを、スモモは持っている。胸をはって言えるだろうか。その不安に大丈夫だ、と言い聞かせる。
 スモモは、ゆっくりとアキメネスを正面に見据え、
「私は……私は、ススキさんの弟子です」
 名乗った。
 ぽっかりと、口を開けた従者の後ろ、アキメネスは気絶していた。

 ――最果ての町外れ。小高い丘。
 火傷という火傷は、何度も経験してきた。サンショウは、口元に笑いを浮かべながら横腹を押さえている。
「全く、エレガントではありませんね」
 つぶやいた文句も、弱々しくそして水気が混ざっていた。闇雲にふるわれた剣にわき腹をもって行かれたのだ。殺意も何も無い剣に刺されるとは情けないと、サンショウは自嘲する。
 血は、己の扱う炎のように熱く、そして儚い。地面にひざを付き、真っ暗な夜空を見上げる。月も今夜は出て居ないのか、のっぺりとした黒い書割にしか見えない夜空。
 この夜空が嫌いで自分は花火を始めたのだと、ふと思い出した。あのただ黒いだけの空を、彩れたらきっとすばらしく美しいに違いない。
 けれど、何度打ち上げても夜空を埋め尽くすというには足りなかった。だからこそ、こうしてやってこれたのかもしれない。自分に満足できないからこそ、こうして走り続けていたのだと、サンショウは思う。
 美しく、優雅に。それだけを追い求め、空だけを見つめていた。気が付けば、何人もいた花火屋は既にアシ一人だけとなっていたが、それでもサンショウは一つも後悔していなかった。
 もとより、自己満足の為に始めたのだから、無理に他人が付き合う必要は無い。
 空が滲んでいる。雲も無く、のっぺりとした空が何故と目をこすり答えを得る。
 ――涙。
「情けないですな」
 ひざをついた足は、既に動かない。わき腹から流れ出した血液は、とめどなく溢れ止まらない。苦しくあえいだ呼吸は、全く酸素を手に入れることが出来ず疲労だけがたまる。
 ――あの、空を埋め尽くす炎には足りなかった。
 アシは、間違いなく町の人を避難させることが出来ただろう。彼とつきあっているという少女が、アキメネスが居る城下町へと飛んで行ったのも確認した。
 足止めは成功し、思い残すことは一つも無かった。
 なのに、どうして涙が止まらないのだろうか。真っ暗で飾り気の無い空が恨めしい。
 ――私では足りませんでしたか。
 ほんの少しの諦めが、胸を締め付けるほどの苦しさと涙をつれてくる。
「居たぞ! 花火屋の爺だ!」
 まだ爺と呼ばれる年ではない、そう反論したかったが既にその力すらなかった。苦笑して、見た先には、軍服をきた男が数人。
「「「殺せ! 殺せ!」」」
 声が重なり合う。あれほど翻弄し、馬鹿にしてきたのだ彼らの憤りももっともだと、サンショウは思う。
 終わりだろうか。しかし、己の弟子はきっと成し遂げてくれるたではないか。死は緩やかな睡眠のようだ。血が熱い。黒い夜空は美しくない。燃え盛る炎は無粋だ。激しく散り、一瞬で燃え尽きる炎こそが、粋だ。色を咲かせ、炎を刻み、音を広げ、夜空を描き換える。花火は美しい。血は美しくない。わき腹が冷えてきた。風が冷たい。目の前に――
「よう。花火は、もうおわりか」
 残念ながら。既に手は動かず、花火玉は底を付き、火打石を仕込んだ手袋は血にぬれた。もう、花火は打ち上げられない。
「そうか、そりゃ残念だ」
 にぃっと、笑ったような雰囲気。真っ暗な空に、切り裂くような風。冷たい風に熱が混ざる。
「あんたの弟子の花火は良かったぜ」
 あれは、弟子だけではなかった。そう、確か、式術師の少女と共に。
 式術の炎は意志ある炎では無いと、そう思っていた。けれど、あの炎は違った。きっと、師の教えがよかったのだろう。出来ることならば、もう一度見てみたい。
「そうか――」
 もう一度。夜空に言葉を叫べるほどの、意志を焼き付けるほどの花火をみたい。
 真っ暗な夜空に、まるで鐘を鳴らすように。夜空を突き、響く花火が見たい。
「じゃぁ、目をあけな」
 それは、真っ白な光。まるで質量があるのではとおもうほど、強烈な存在感を放つ光の奔流。
「でっかい花火を見せてやる」
 強烈な光は、その言葉を待っていたかにように、空へと飛び上がる。喜びを叫び、闇を打ち払い、空へ。サンショウは見た。真っ暗な夜空全てを覆う、式陣を。それは一瞬にして広がり、端が見えなくなる。
 まるで世界中へ、叫びを届ける様に。空を覆い、夜空を切り裂き、どこまでも広がる叫び声。
 
 スモモは、玉座の間から夜空に広がる真っ白な陣を見た。
「あ……」
 つぶやいた、言葉は玉座の間にゆっくりと広がって消えていく。横で従者がともに空を見上げていた。
 
 アシは、兵士を縛りあげながら夜空を埋め尽くす陣を見た。
「あれは」
 まるで産声を上げるような式陣に、彼は目を細める。
 
 サンショウは、町を見下ろす小高い丘で、陣を見上げる。
「すばらしい……」
 世界を目覚めさせるほどの、巨大な光の陣。
 
 ツユクサは、誰も居なくなった倉庫から夜空を見上げた。
 そして光の奔流の大元を見て、一度頷いた。
 
 光は叫びを、陣は思いを、純白という純白を重ね、夜空を白で埋め尽くし、闇を切り裂き式陣が走る。モチーフは歯車。
 世界中を埋め尽くし、闇を振り払い、産声を付き上げる。
 キリキリと、歯車が回りだす。今か、今かと、その時を待つように、軋み、歓喜に打ち震えている。
 掲げるのは、身長よりも長い箒のような式具。凶悪で鮮烈な笑みと、意志に溢れる目。
『天動・蜂起の灰桜!』
 白が染め上げろと走り出す。疾走は、既に流れ星のように幾重にも重なり、世界を覆いつくす。空気すら凍りつかせたその式術は、一つの現象を起こした。
 一瞬で冷やされた空気は、一気に体積を変化させ、それは振動となる。空気そのものが震え、そして空からやってくるのは、音。

 それは夜空を打ち鳴らす鐘の音だ。

 硬質で、まるでガラスを割った音が響く。その澄んだ音色は、音階を重ねまるで聖なる夜を歌い上げるように広がっていく。
「よう、私の花火はどうだ」
 暗闇を払い、夜空を白く染め上げた光のなかで、なお黒くその輪郭すら失わない黒が笑う。
「花火ですか……そのわりには――」
 サンショウが、掌を空に向けて笑う。ゆっくりと彼の掌に舞い降りたのは、
「雪……ですか。灰ではなくて雪とは、これはまたしゃれていますな」
「粋ってやつさ」
 そういって笑ったメイド服の女性に、サンショウは苦笑を返す。
「さて、ではそろそろ迎えに行かなければなりますまい?」
 ゆっくりと、サンショウが立ち上がる。
「そうだな、おたがい弟子には苦労させられる――」
 ススキは手を差し出し、口元をゆがめて笑った。ススキの後ろから、雪に消えそうな真っ白な髪の毛と真っ白は肌をした少女が顔を出す。
「アサガオ。まだ行けるか? まだ、間に合うか?」
「もちろんっす」
 雪が降る。
 雪が降る。
 真っ黒な夜空を背に、真っ白な雪が降る。
 夜に歓喜を歌い、鐘を鳴らし、まるで生誕を叫ぶように雪が降っている。


簡易用語解説:
花浅葱 はなあさぎ #154B5A

灰桜 はいざくら #CCB4AF


簡易人物紹介:
ススキ
 主役奪還。おめでとう。結構寂しがりやなので、かまってあげないと目を覚まします。

アサガオ ――初出:「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 やっともとのポジションに返り咲き。安心するも、でしゃばった代償が利き腕一本は高すぎると、現在告訴を考えている。
 
スモモ ――初出:「土中入定! 即身仏」
 最近人間核弾頭が染み付いてきた感。もっと、おしとやかなのにという愚痴は、既に音速のかなたに消えた。
 
サンショウ ――初出:「病院にいったの!? 執事の花火」
 いい加減、治療してくれよ。ってたぶん髭の奥で思ってる。でも紳士なので、顔にはださない。紳士だから。

アシ ――初出:「病院にいったの!? 執事の花火」
 サンショウの弟子。花火師。ロリコンのうわさが立ってる。

アキメネス ――初出:「王様はツンデレ!」
 デブ。




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