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・テーマ「闇」

 でも、一つ思い出して欲しい。
 既に選択肢は、一つしかなかったって事。
 
 遠い地平線の向こう、遠近法すら無視した歯車がゆっくりと回っている。
 
 賭けだった。でも、それは勝てる賭けだった。そんな物は賭けとは言わない。イカサマというのだ。だがイカサマも露見しなければ、正当な勝負になるのだけれど。
「動くな、動けば、ススキさんの命は無いっす」
 自分を絶望の底から助け出した恩人の首に、手から離れるだけで命を奪える凶器を突きつけている。それでもアサガオは、その事に恐怖も不安も覚える事はなかった。しっかりと目の前の男の目を睨み、いつだってナイフを振り下ろす準備をしている。
 アサガオの行動に、式術近衛団は戦慄した。彼らは、どうしてもススキの身柄が欲しいのだ。
 フィリフェラを人質にとられ、団長のカトレアは殺された。彼女が率いる式術近衛団の面々と、三人の子供の前で。
 殺された。
 最後に、彼女がつぶやいた言葉を、副団長を務めていた男は聞いた。「娘をお願い」その、たった一言の言葉。それがどれほど重いものだったか、彼以外にはわからない。
 唯一つ、尊敬し敬愛していた団長の最後の願いだから。その最後の願いの為ならば、彼はいや団員達は犬にだってなるつもりだったのだ。円環の終着駅にいる、ウンジンとススキの両名を捕らえ、必ず生きてつれて来い。ただその命令を、なぞればよかった。正面衝突で、自分達が全滅するのなら、それも良しと納得していたのだ。
 殺すつもりはなかった、はじめから。殺されるつもりしかなかった。進退窮まるような事になんて、誰も予想していなかったのだ。
「こ、ろせ無いでしょう。ススキ殿は、貴方の恩人だ」
 だから、彼は並の揺さぶりしかかけられない。
「そう思うのなら、動けばいい」
 一瞬にして空気を凍りつかせるような、冷え切った言葉。声色すら変わったその様相に、団員達は動けなかった。
「私は、私が生きていられるのなら、どんな事だってするつもり。貴方なんかに渡さない。渡すぐらいなら、無くなったってかまいやしない」
 年端もいかない少女の言葉には聞こえなかった。あまりの威圧感に、呼吸すら押しとどめられるような感覚が襲う。
「引け。私の手は、長く持ちそうに無い。でなければこのまま落ちるのを待つだけだ」
「なっ……」
 真っ白な肌に、行く筋もの赤い線を引き、細い腕が奮えている。手には、無骨なナイフが一つ、血に赤く濡れていた。
「引け」
 静かに、そして重たい言葉。アサガオの視線は、必死を通り越し殺気すら帯びていた。
「副団長」
 声をかけられ、男は我に返る。
「ここは引いたほうが」
「だめだ。ここで引けば、時間を与える事になる」
「しかし予定時間をもうすぐ超えます!」
 その言葉に、全員が反応した。悔しさと、そして後悔に彩られた波は一瞬にして、アサガオたちを取り囲む近衛団全員に波及する。
「いえ、もう時間ですよ」
 拍手が一つ。まるで、その場の空気を切り裂くような音が辺りに響く。
「な、なりません! もう少し!」
 恐怖よりも、悲しみに満ちた叫び声にアサガオはいぶかしげに視線を向ける。
 男はアサガオに背を向け、誰かに対して叫んでいた。
「いえ、もういいです。それに、こうなる事は判ってました。問題はありません」
 嫌な感じがする。声は遠く小さくてよく聞こえないが、子供のような声だ。そして、その声がゆっくりと此方に近づいてきている。
 足音と、もう一つ別の音。なにか、巨大な質量を引きずる音がした。
「覚悟は出来ています。そうでしょう、姉様」
「うん」
 声が聞こえる。声の主が、男の影から姿を現す。
「あ……あぁ……そんな」
 白い髪の毛が顔を出した。物腰の柔らかい目は相変わらずで、短く切った真っ白な髪の毛、真っ白な肌、真っ赤な目をもった少年。色無しの少年。そして、寄り添うように立っているのは長い髪の毛に、小さな体に不釣合いな巨大な剣を携えた少女。目つきは鋭く、口は引き結ばれていた。
「シュンラン……フウラン……」
 答えるように二人は、構えた。少年は両手の指にはめた銀色の式具を。少女は、四肢にはめた銀色の式具と、あの日捨てたはずの巨大な剣を。

 絶望は加速する。

「な、んで」
 力なくつぶやいたアサガオの言葉は、静寂に吸い込まれていく。
「カルミアさんの演技の真似、完璧でしたよ。さすが、アサガオさん。筋肉の動き、視線の動かし方、声の抑揚、まさかそれだけであの雰囲気を出せるとは思いませんでしたけど」
「そんな……」
 知らず涙が出た。なぜこんな事をするのか。誰がこんな事をするのか。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。悔しさに加速された疑問と憤りは高速をもってアサガオの頭の中で回り続ける。視界がぼやけたのは、絶望からだろうか、それとも涙だろうか。
「気が付くべきだったんだ。でも、もしかしたらって。もしかしたら、もう一つの選択肢を貴方なら見つけてくれるって、そう思ったんです。でも、だめだった」
「……え?」
「気が付かないんですか」
 フウランがアサガオを見る。
「既に選択肢は、一つしかなかったって事」
 瞬間、視界が闇に染まった気がした。
「既に結果は決まっていたんです」
 あの時、朝家の前にスモモが走りこんできたときから、自分は一本道を歩かされていた。それに気が付いた、いや気が付こうとしていなかった。目をそむけていたのだ。
 一本道を一つでも踏み外せば、ゲームオーバー。そして外さないで歩いたところで、行き着く先はゲームオーバー。万事休す。積み。
 どこから間違えていたのかではない、既にもう遅かった。きっと、中央の王が死んだときには全て決まっていたのだ。後は、ただ定石をうつだけ。
 先に待つのは、世界中が炎と血に染まる大戦争。
 あの時、アサガオがススキの家にたどり着けなければ、ナイフを刺されその場で拘束。
 あの時、アサガオが偶然目を覚まさなければ、そのままススキは刺されて拘束。
 この場で、アサガオが式術近衛団と正面を切って戦っても、勝てるわけも無く――。そして、例えススキを人質に脅しても、フウランとシュンランに拒まれて、
「……お終い」
 それだけのために、カトレアは殺され、そのためだけにフィリフェラはつかまり、そのためだけに、カトレアをフィリフェラが誕生日の日まで家に帰さなかった。
 どこで間違えた。アサガオは叫ぶ。どこで間違えた! 自分はどこで失敗した! この先はどうしたってお終りしか待っていない! どこで! 暗闇の中、アサガオは叫ぶ。血の減った脳は、悲鳴を上げて叫びを繰り返す。どこで! どこでという問いに答えはない。どこで! あえて言うのなら気が付く前に。どこで! ほかに選択肢は無かったのか。どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! 体中から力が抜けていく。どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! ずり落ちそうになったナイフを、どこで! どこで! どこで! 何とか、ススキの喉からずらすのが、どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! 精一杯だった。どこで! どこで! どこで! どこで! 神様はいなかったけど、どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! だからといって、どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! 諦めるつもりは、どこで! どこで! これっぽっちもなかった、どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! でも、どこで! でも、もう。どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! どこで! もう、どこで! 体に力が入らない。
「貴方がナイフを突き刺させないのはわかってます。ナイフを離して。アサガオさん。お願いだ、これ以上もう」
「フウラン、ためらったら、お姉さまが死ぬ。……ごめんね、アサガオ――」
 シュンランが一歩前にでる。瞬間、姿がぶれた。だけど、アサガオにはそんな物はじめから見えていない。ぶつぶつと呟き、焦点の合わない視線をどこか空に向けていた。
『既済』
 巨大な剣は、まるで重量を失ったように風を切り裂く。
 アサガオは見ていた。空を。
 焦点が合っていないのではない、シュンランなんか見て居ない。彼女は、もっとずっと遠く。空の向こうにある天蓋をみていた。
 頬を涙が伝うのがわかった。諦めたくないのに、もう選択肢はない。
 神は自らたすく者をたすく。私はやれる事をやれただろうか、とアサガオは空を見ながら思う。どれほど自分を信じても、結局だめなときはだめなのだと、今更ながら当たり前の事実につきあたり、アサガオは自嘲気味の笑いを浮かべる。
 だいたい、自分たちの世界に神様なんていなかった。
 いたのは天使が五人、そのうち三人は生物ですらない。もっと早く気が付くべきだったのだ。
 神様なんか居ない。だって神様すら、天国なんて信じてないのだから。
 だったら、何を信じたらいいんだろうか。
『惹起!』
 終わりの刃が振ってくる。青い空を切り裂くような闇色の大剣。振りかぶったシュンランの頬に、涙が見える。まだ手に収まっていたナイフを、アサガオは握った。
 奇跡も神も無い。
 在るのは人の思いのみ。
 青い空に、一本の雲。白い白い、雲が見える。シュンランの背後に、雲が見える。
 一本の、ヴェイパートレイル。
 音速超過した、物体が空に描く軌跡。
「……あ」
 思わずもれた言葉を断ち切るように、真っ黒な刃が飛んでくる。
 音は聞こえない。シュンランは気が付いていない。彼女の背後で、式陣が展開したことを。
 飛行機雲をたなびかせ、その先頭に居る少女が腕を突き出した。
 声は聞こえない。けどアサガオは確かに聞いた。
『回旋・塵芥の瓶覗』
 音速超過をした移動座標軸へ、水滴が出現する。その全てが音速超過。一粒一粒がヴェイパートレイルを引いて、空が真っ白に染まる。が、瞬間真っ黒な刃が目の前を覆って――
「姉さま!」
 叫び声に剣が一瞬止まった。
 フウランが駆け寄ってくる。でも、もう遅い。音速を超えた式術がもうすぐそばに追いつく。
 時間稼ぎは無駄じゃなかったのだと、アサガオが笑う。
 神様なんて信じない。でも、何を信じようか。
 ――だったら、私は人を信じる。
「そうでしょ、スモモちゃん」
 水滴が、爆音とそして音速超過をもって迫る。一瞬にして、空力加熱が起こり水滴は二〇〇〇度以上の高温にさらされ水蒸気爆発を起こした。水は液体から気体へ変化するのに、体積を一〇〇〇倍にもする。
 万遍無く降り注いだ水滴は、一瞬にして超高温の指向性をもった爆圧となって降り注いだ。
「ねえさ――」

 音も、光も、熱も、大地も、何もかもが真っ白な闇の中に飲み込まれていった。



 高熱の風が辺りを焼き、そして速度が凪ぐ。だが、その水蒸気はすでに温度を失っていた。色無し二人に阻まれ、ほとんど全ての熱力を掻き消されたのだ。
 真っ白な湯気の中に四つの人影。アサガオと、シュンランとフウランと、
「スモモちゃん……」
 目の前に降り立った金髪の少女を見上げて、アサガオは呟いた。彼女の足は痛々しい包帯が覆っていて、朝の姿を思い出させる。
「逃げるよ! もう発動するから! 早く」
 スモモが伸ばした手を、アサガオは思わず掴んだ。同時、彼女の足元に式陣が展開。幾重にも重ねられ、その一つ一つがいかなる意味を持ってるのか理解できないほどの多数の式術が、全て駆動し始める。色もわからず、それら全てが混ざった真っ白な純粋な光になる。
「条件発動に、遅延発動、しかも同時展開……ウンジン様か!」
 後ろで、男が叫んでいたがもう式陣は起動を開始していた。なすすべなくなく、見守っているのはシュンランとフウランの二人。
 シュンランは無傷だったが、フウランの背は火傷を負っている。姉を守るために体をはった結果だ。アサガオも、体に数箇所の火傷があったが角度的にほぼフウランがそれを受けていた。
 式は展開していく。ほとんど一瞬の間に、アサガオとスモモはその光の中に取り込まれていく。それは広がり続け、アサガオ背後に倒れていたススキも飲み込んだ。
「シュンラン! フウラン!」
 光の中で、アサガオが叫ぶ。
「きっと助けに来るから。絶対、絶対!」
 アサガオが光の中から手を突き出したが、それでも式術は止らない。陣の向こう、シュンランとフウランは俯き、答えない。
 何かを堪えるようにして、じっとアサガオの声を聞いていた。
「絶対! だから、待ってて! 絶対助けに来る。絶対だから!」
 アサガオは泣いていた。こんな結果なんて信じないと、手を伸ばし叫ぶ。身を乗り出そうとした、アサガオをスモモが捕まえた。
「アサガオちゃん、だめ! もう転送が始まる。空間が切れるよ! 手を引い――」
 空間が切り裂かれ、理屈が断絶していく音。布を切り裂くような、その甲高い音にスモモの声が掻き消された。
 光が消える。
 球に削り取られた一帯を残して、その後には何ものこっていない。
 取り残されたのは、シュンランとフウランと、式術近衛団の一団。
 
 そして、アサガオの腕。
 
 ゆっくりと、削り取られた部分に流れた空気が風を作る。無言に支配された円環の終着駅は、静かにたたずんでいた。
 と、いきなり声がその静寂を破る。
「お疲れ様。お疲れ様。さぁ、じゃぁ本陣にもどろうか。シュンラン? フウラン?」
 甲高い、鼻にかかった声。二人の側に、ヒマワリが立っていた。
「さ、君達が動かないならフィリフェラさんが死ぬだけかな。大変だね? 大変だね? ま、私はどっちでもいいけどね」
 そういって、ヒマワリは笑う。
「さ、いこうか。何の問題もない。だって――」
 風がゆっくりと吹いている。ヒマワリだけが笑っている。
「全部予定通りだもの」



簡易用語解説:
瓶覗
 被染物を、藍瓶の薄くなった液に、一寸浸した藍の極淡い色を言う。「覗色」とも呼ばれる。 #B5E6E3

ヴェイパートレイル「vapor trail」
 飛行機雲。かっこつけるとこんな感じ。日本人の、アメリカ信仰を如実に現す表現方法。やんきーごーほーむ。

空力加熱「くうりきかねつ」
 大気圏突入時に、スペースシャトルが高温にさらされるときに起こっている現象。空気との摩擦熱ではないので注意。試験に出ます。答えられれば一〇点、NASAに就職。(NASA:ナス アナル 挿入 あふん)
 別に、スモモの式術が不思議な力でパワーアップして、水滴の攻撃から、水蒸気爆発の攻撃へ転化したようなことは、欠片も無い。夢の無い話しである。もっと夢は見るべきだと思う。
 

簡易人物紹介:
ススキ
 なんかあれ、忘れられてる悪寒。寂しいので、最初に紹介してみるモノの、特に紹介するような物でもないので、なんだか最近天中殺。

アサガオ ――初出:第11回「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 連続三回の大活躍の末、主人公の座を奪ったかのように見えたが、実際冷静にみると、叫んだり、ナイフ振り回したり、神様に唾吐いたりと、あまり活躍してない。あと、隻腕になったのでキャラクタ性アップ。おめでとう。

シュンラン ――初出:第12回「大切な記憶の願い事」
 百合ツンデレ属性ではない。結局のところ、平然と人殺しを出来る、一般人ではない側の人。トイレで拭くのがどうしても納得がいかず、アイデンティティーをかけカトレアとバトルして、生死の境をさまよった経験あり。

フウラン ――初出:第12回「大切な記憶の願い事」
 馬鹿共の尻拭いをする、不幸キャラ。白い=風=フウ で覚えると、二人は見分けが付きやすい。三杯目はそっとだが出す、あえて四杯目は勢い良く。育ち盛り。

スモモ ――初出:第05回「土中入定! 即身仏」
 長距離弾道ミサイルへ、ジョブチェンジ。風をさえぎる式術のおかげで、まだ生きてます。実は空気がなかなかすえないので、結構苦しいのは秘密。止まる時は、色無しにぶつかるという、セメント方式。外れたらミンチ。 




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