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・テーマ「おもちゃ」

 目の前に原色をあしらった制服の群れ。体は激痛を訴え、息すら薄く、目の前に広がる人の群れをアサガオは絶望した表情でみていた。
 神は居なかった。ススキが目を覚ますような奇跡も、ウンジンがやってくる奇跡も起きない。目の前には数百人に上る、原色に染める服を着た一団。絶望だけがそこにあり、結果はすでに目に見えている。
 神は居なかった。
「そこを、退いて頂きたい! 我々は、王の命により危険分子であるススキ殿を拘束に来た」
 腕には銀色の腕輪。腰には、式具にもなる近接武器。制服は豪華な見た目に反し、あらゆる式術が付与されている。礼装であり、正装であり、武装。
 だがアサガオは、一瞬何かに引っかかった。呆けた顔をして、目の前の男を見上げる。男はただ、じっとアサガオの返事を待っていた。


 窓ガラスの向こう、輪郭を滲ませた歯車が回る。
 
 昔話でもしよう。つぶやいた言葉は、小さな町の小さな紅茶専門店の中を漂って消えていく。
 静かな町ではあったが、どこと無く張り詰めた空気が漂っていた。そんな空気が、店の中まで染み込んでいている。
 赤い燃えるような髪を揺らして、女性が顔を上げた。横には、すでに墓に片足を突っ込んだような老人が座っている。
「昔話ですか」
 答えるように老人のしわがれた声が、店内に響く。
 こんな時に? と嘯く老人の言葉に、赤い髪の女性は薄く笑ってカップに口をつける。
「ウンジン、お前はいったいどこまで知ってる」
「情報など無意味でしょう。求めて得たものなんて、まったく約に立たなかった。勝手に未来を恐れ、勝手に解決しようとして、救世主たらんとしてしまった子供の頃が懐かしい」
 稀代の式術師。伝説に名を連ねるウンジンは、紅茶に手をつけずじっと視線を落としたまま、視線を外そうともしない。
 俯いたその表情は読み取れず、ただ少し寂しげな言葉だけが店内に響く。
「広宙域連邦は、破棄を決めたぞ」
 その言葉に、ウンジンはピクリと反応した。
「それは、貴方達の問題でしょう。私がどうこう出来るものではない。そして、ススキにも何も出来やしない。貴方達やるといったら、防ぐ方法はひとつだって在りはしません」
 ウンジンは、ため息混じりに言葉を吐き出す。赤髪の女性は、肩をすくめた。
「式術が在るじゃないか。あれはイレギュラーもいい所だ」
「式術なんて何にもならんでしょう。なにせ、おもちゃだと言ったのは貴方だ」
「だが、三連戦術機に権限も無しに介入するなんて、考えられない。一体どうやった? 教えろウンジン」
 刺すような視線にも、ウンジンは微動だにしない。ただ、一度だけゆっくりと息を吐いた。
「創世記に記されている黒き王。不可視の星。事象の地平面。ブラックホール。チャンドラセカール限界の向こうにある、物理法則すら曖昧な特異点。すべてを吸い込むと思われたブラックホールは、あらたな物理法則を滾々と生み出す泉。それを制御し手中に収めんとして作り出された戦術機。端末は軽量化の末に、神経接続が選ばれ――」
「バカ。そりゃ、式術じゃなくてHUBICシステムの歴史だ。Hyperdimension UBiquitous Interface Central System。戦術機を使った技術体系そのものの話だろう。そんな小難しい話されても、俺ぁわかんねぇっつーの」
 ウンジンの頭をペシペシとたたきながら赤髪の女性は笑った。
「それになぁ、ウンジン。話をはぐらかすのはいけないなぁ?」
 彼女はウンジンの頭をつかみ、俯いていた顔を自分の方へと向ける。必死で抵抗するが、筋力でかなうわけもなく、じわじわとウンジンの顔は女性の前へと角度を変えていった。
「も、ももうしわけありま……せっんん!」
 首の骨が折れるようないやな音がして、ウンジンはテーブルに放り投げ出された。顔面から、突っ込むが、紅茶は無事。けたたましい音だけがそこに残った。
「答えろ。戦術機の扱うHUBICシステムは本来式術がやってるような事なんかするようにはできちゃいねぇ。普通はこうやって使うんだ」
 女性は手を前に。一瞬光がはじけたような、軽い音が店内に響く。手の場所に、スクリーンが広がった。そこには等高線の引かれた地図のようなものが映し出されている。
「この場所は……」
 ウンジンが顔を上げながらつぶやく。
「そ、テメェの家。おー、大ピンチ? 二五二人……か。ススキはっと……ん? 気絶してやがる。胸部に刃物による損傷。火傷……。ふん、情けない」
「もう、攻め込まれてましたか。そうか、近衛団は空間断絶の式が」
 必死で、話をずらそうと冷や汗ながらにウンジンがいう。
「本来こういう使い方をする。艦内乗組員の健康状態や現在位置を調べたり、移動したり、てめぇはわかってるだろ? なのに、あのおもちゃは何だ。存在熱量の無駄遣いだ。どうやって権限もなしに介在してる。答えろウンジン」
「い、たた。いたい。いたい。もげる。あっ……あー」
「答えろ!」
「あ、だめっ……そこは! たたっ。私だって知りませんっててててて! 大体、前のウンジンが広めたんだから、知るわけたたたたたたたっ……ないでしょう!」

 数分後。
 テーブルにつっぷしてウンジンは泡を吹いていた。横では、赤い髪の女性がめんどくさそうにため息をついている。
「あの、ユウさん。ウンジン様は大丈夫なんでしょうか……」
 カウンターの向こうで、二人のやり取りを聞き流していた女性が心配そうに立ち上がった。控えめな目がメガネの奥で赤い髪の女性を見ている。
「ん。大丈夫だろう。それにしてもツユクサ。お前は何も聞かないんだな」
「え? あははは。式術は、ブラックホールの中心にある物理法則さえ壊れてる場所から、新しい物理法則を持ってくる技術だって事ぐらいしかー」
「……」
 ユウはぽっかりと口を開け、ツユクサを見た。
「戦術機のセキュリティーホールをついて、権限ごまかして使ってるんですね!」
 指をピッと上に立てて、ツユクサがいう。呆けたユウの顔が青ざめていった。
「お、お前一体」
「遺跡娯楽にある、漫画とか小説じゃそんな感じでしたよ。えっと、首の後ろになんかコードを刺して、ハックだーとか。俺の目を盗んだなーとか」
 楽しそうなツユクサを尻目に、ユウは頭を抱えた。
 何もいうまいと、心の中でつぶやくユウ。その横で、やっと気がついたのかウンジンが顔を上げた。
「おはよう! 新世界! おはよう! お花さ――がはっ」
 ウンジンは、突っ込みに、もう一度テーブルに倒れる。 
「ウンジン、そんなにのんびりしてていいのか? テメェの弟子死にそうだぜ?」
「……自分の娘でしょうが……」
 ウンジンは歯を食いしばって、「お前の所為だ」という言葉を飲み込んだ。
「――私は、星が見たかった。星が。本物の星空ってのが、見たかったんですよ。でもまぁ、叶いそうにはない願いですね。空は天蓋に覆われて、地面も一〇〇〇mも掘り進めばダイソン球の周りを回る歯車の下に突き当たる。それでも、若いころの私は何とか出来ると思ってた。でも、若いころの考えは、時間が立つと恥ずかしいものですな」
 たはは、とウンジンは頭をかいて笑う。ユウは何も言えず、ただウンジンを静かに見つめていた。
「ススキには、もう助けがきているでしょう。これ以上は無粋ですよ。それに別でやらなければいけない事がある」
「来たときも用事すませてきたと言ってたが、まだあるのか? ひ弱なアルビノ一人しかいねぇみたいだが」
 先ほどからユウの目の前に浮いている半透明の光るスクリーンのようなものには、人が光点で表現されていた。ススキは小屋の玄関付近で倒れ、玄関を出たところ数歩のあたりに光点がひとつ。そして、扇のように小屋を囲んでいる大量の光点が表示されている。
「神は居ませんが、もうやれる事はしました。それに彼女は――」


 なぜ、わざわざ名乗りを上げるのだろう。なぜ、わざわざ返事を待っているのだろう。
 アサガオは周りを見渡す。式術近衛団の面々の表情は、皆一様に硬く緊張していた。ススキは倒れている。そんなものは、一目瞭然。自分はボロボロで、ただの色無しの子供だ。
 ――なぜ?
 ススキを生かしておきたいのは判る。殺すには単純に勿体無い戦力だし、捕らえればウンジンをどうにかできる可能性まで出てくる。
 だが、何かが引っかかる。
「どいて頂きたい」
 もう一度男が言った。ならば何故、無理やりどかさないのか。
 それは、多分最後の蜘蛛の糸。アサガオはすがるようにそれを掴む。ほんの少しでも可能性を広げるために。ほんの少しでも、前に進むために。
「王……。カトレアさんが使えていた王なら、崩御されたはず。何を言ってるんですか」
 男が、一瞬反応する。躊躇いの表情だ。
 ――まだ、やれるかもしれない。
「どいて頂きたい」
「嫌だ。ススキさんは、最後の抑止力。状況がどれだけ変わっても、それは揺ぎ無い現実です。どうしても嫌なら、私を殺してからにしてください」
 箒を杖に、振るえる足を無理やり動かした。ボロボロの体が悲鳴を上げている、腕一本それだけでも重たい。
「無駄な殺しはしません。もう一度言います、どいて頂きたい。でなければ実力行使をさせて頂きます」
 男の声には、躊躇うような引っ掛かりがあった。間違いない。アサガオは心の中でうなずく。
「どうぞ」
「……」
 答えるように男が無言で剣を抜いた。同時、柄に仕込まれていた式弾が装填される音。乾いた音と一緒に、空を切る剣。
『躍進・修祓の藍気鼠』
 陣は展開しなかった。断ち切る灰色はすでに剣の中に陣を展開している。ただ、切り裂くためだけに研ぎ澄まされた断罪の刃。地面をえぐるような剣閃は、そのままアサガオの足を切り裂くように逆袈裟に――
 だが足に灰色の光が届いた瞬間、ガラスを割るような音が響いた。
「!」
 アサガオに到達するまで地面を切り裂いていた剣閃は、間違いなく当たった筈だった。
 色無しは、式術の大半が必要とする対象座標を持たない。ゆえに、座標喪失が起こった瞬間式術は消えうせる。だが、それが完璧をもって消えるわけではない。アサガオのワンピースを切り裂き、太ももからは鮮血が溢れだし始めた。
「何をしました? なんか、蚊がとまったような……。そんな玩具で遊んで、私が怯えて道を開けるなんて思ってますか? ふざけるのもいい加減にしてください」
 アサガオの挑発に、男の顔が赤く染まっていく。それを見てヒマワリを突き刺したナイフを、知らず握り締めていた。あとちょっと、あとちょっとだと自分に言い聞かせるように。間違いない、自分の予想にアサガオは頷く。
 色無し相手に、何故式術を使う必要がある。疑問は予想へ、そして確信へと変わった。
「アサガオ殿。フィリフェラ様がつかまっているのです。そして団長が……私達に……頼むといったのです。引くわけにはいきません。我々は世界を語れるほど大きくは無い!」
 こぶしを握り締め、唇を噛み、男は叫ぶ。
「我々は、ただ一人を守るだけで精一杯なんだ! 貴方達のように、世界を考える余裕なんて在りはしない! お許しを――」
 剣を上に掲げる。
「そして、お覚悟を」
 剣が振られた。それが合図になったのか、一斉に抜刀の音が響く。二五二人分の剣が唸る。
「謡え! 我等が握るは、無限の剣閃!」
「称え! 我等が誓うは、絶対の忠誠!」
「答え! 我等が進むは、道無き人道!」
 ――歌? 呪文?
 構成術式ではなく、印を踏んだ言葉。意味は無い……はずだった。アサガオは身構える。
 二五二人分の叫びが、地面をそして空気を振るわせていく。
「断て! 我等が刻むは、拒絶の銀色!」
『『『『躍進・修祓の藍気鼠!』』』
 完全同時の大合唱が奏でる式。微塵の狂いもなく、一片のためらいも無く、歌うことによってすべてを一にする合一式術。
 灰色の光は、総てを一へ。式術は通常合成が出来ない。だが、同じ術で同じタイミングならば可能だ。そう一部の狂いも一部の隙もない完璧であるのなら。
「――!」
 灰色の剣閃はアサガオを切り刻む。容赦も躊躇もなくただ一点に注がれる剣閃。
 風が切り刻まれ、地面が切り刻まれ、何もかもがアサガオへ。しかし、色無しの力は変わらず。けれど、総てを無効に出来るわけも無く。
 轟音。
 アサガオは、灰色の剣閃と巻き上がる土煙の向こう、男が泣いているのを見た。
 
 土煙が上がっている。
 さすがに、家の裏にいた者は式術を打たなかったのか小屋は無傷。
 だが、その小屋の前の地面は大量の線が一点に向かって走っていた。その総ては、小屋の前にいたたった一人の少女に向かっている。土煙がゆっくりと揺らいでいた。少女は見えない。
「副団長」
 声に、男が我に返る。頬に伝った涙を服でぬぐい、大きく息を吐く。
「酷い話だ。報われない話だ……。いけ、ススキ様を確保。アサガオ殿の治療――」
 視線の向こう、灰色の土煙の中に赤い色が見える。そしてその赤色にすら汚されない白が揺らいだ。体中を血で覆い、箒を抱えるように守ったアサガオがそこにいる。
 そしてゆっくりと、顔を上げた。
「一つ、いい事を教えてあげるっす。貴方達の城下にある病院――」
 男は驚愕に後ずさった。例え殺せ無くても、立てるような物ではない。いや、もとより殺すつもりは微塵も無い。だが、あれほどの式術をその身に受け、それでもなおアサガオは意識を保ち、そして立ち上がった。手には箒と血に塗れたナイフ。
「あの病院、麻酔が式術の麻酔しかないっす。薬の麻酔も用意したほうがいい――」
「な、なにを……なぜ、立って……」
「貴方達には、わからないっす。貴方達には……。生きながら、生皮をはがれ続けた、あの苦しみを! 貴方達は理解できない! この程度の、痛みなんか、この程度の苦しみなんか!」
 一団はアサガオの怒気に身構えた。攻撃がくる。その恐怖に体を守るように。
 その一瞬で十分だった。アサガオは跳ねるように後ろへ。ススキの目の前に転がるように着地した。
 手にはナイフ。それは、胴体を突き刺すほどの長さと、相応しい重さを持った凶器。
 それを、
「動くな、動けば――」
 ススキの喉元に突き立てるように構えた。
「ススキさんの命は無いっす」
 唯一つ。諦めず。すがる様に、蜘蛛の糸を掴んだ。


「彼女は、たぶん世界で一番不幸な人だ。親に道具のように扱われ、体中を切り刻まれ、それでも諦めず戦い続けてきた人だ。あんな玩具としか遊んだ事しか無い、それこそ人を殺した事も殺す勇気もない軍隊なんか、相手にもならんでしょう」
「信じてんのか。かっ、くだらねぇ」
 店を出て行くウンジンの背中を見送りながら、ユウが鼻で笑った。展開したままのスクリーンで、人を表している光点はまったく動いていなかった。




藍気鼠 あいけねず #496060


簡易人物紹介:
ススキ
 肺と気管に穴が開いた。気胸っていう病気とはちょっと違うけど、そんなかんじ。唯一の友人をなくしたので、目下引きこもり中。目指せ新世紀主人公。サルベージ予定は未定。

アサガオ ――初出:第11回「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 白から赤へ転職。でも赤魔って正直微妙。装備は刃渡り四〇センチのナイフと箒。バイオレンス魔女っぽい。現在人質を伴って絶賛立てこもり中。今なら半額。

ユウ ――初出:第08回「トラウマの世界へGO!」
 赤い。俺女。一児の母。でも、子育て放棄に家庭内暴力と、だめ人間。この親にしてこの駄目メイド。ドメスティックバイオレンス。

ウンジン
 東奔西走中。年寄りなので走ってない、徒歩。やる気無し。未発達文化のため、老後保障を受けられてない。夢は、星見 葬 荘という介護老人ホームに入所する事。

ツユクサ ――初出:第06回「東雲色は雪崩の始まり」
 紅茶専門店。さいきん、紅茶の葉をうるだけではなく淹れるサービスも始めた。オタク。オタクだから、人の話は余り聞かない。眼鏡装備。


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