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・テーマ「ほかほか」

 大昔、人は生命の溢れる大地に住んでいたという。
 しかし人々は大地から、何も無い闇へと飛び出した。何も無い闇と思っていたそこは、無限ともいえる広さと、熱量溢れる世界だったのだ。人々は歓喜し、そして蹂躙した。
 呼び名は、宇宙。そんな宇宙も燃やされ、ニ度ひっくり返っり、三度流された。
 気がつけば太陽系第三惑星なんて、考古学の用語の一つに成り下って、幾千。
 既に自転も公転も、どこかのラグランジュ点に置き忘れて、幾万。
 最早太陽を見上げても、七等星にも満たなくなって、幾億。
 そして、そんな話しすらどこかに置き忘れて、幾星霜。

 気が付けば、彼女は最後のページをめくり終えていた。
「……ふぅ」
 白い髪の毛、白い肌、色の無い彼女の表情は曇っている。読んでいた本を閉じると、小さくため息をついて頭を振った。
 徹夜明け、爽やかな朝が少しずつ顔を出し始めている。といっても、本当はこの朝ですら自然現象ではない。知ってしまえば、いつもの清々しい朝はどこかに隠れ、鉄さびと油の匂いが脳裏を掠める。
 あの太陽も、この大地も、そして――
「っ――」
 色無しの彼女は、乱暴に立ち上がった。
 大地は作られた、三人の天使に。人々は作られた、二人の天使に。大昔、まだ土の上で暮らしていた頃は、世界には神様がいた。じゃぁ、神様は何処に行ったのだろうか。
 明け方のまだ熱を帯びていない街は、静かで寂しい。窓から見下ろした路地は、朝日を迎え入れ夜明けを謳っている。
 中央から一番離れた小さな街は、人口は少なく活気もない。だけど彼女にとっては、友人が多く楽しい街だ。――昨日までは。
 疲れきった、力の無い足音が明け方の街から聞こえてくる。窓から身を乗り出し確認すれば、彼女の友人が街を走っているのが見えた。
「あ」
 友人を見つけた喜びの声は、その足取りを見て驚きの吐息になる。なぜならその足音が、まるで世界が終わる音に聞こえたから。
「ア、サガオちゃん」
 幾重にも重ねた肉体強化の式術は既に効力を失い、何度も繰り返した式術の余波で靴は既に用を成していない、そして彼女の足は泥と血にまみれていた。
「スモモちゃん……」
 二階の窓から体を乗り出していたアサガオを見上げ、ボロボロだったスモモはまるで糸が切れるように倒れこんだ。いやに軽い音が、朝靄に沈む町に響いた。
 アサガオは、弾かれるように窓から離れると一気に階段を駆け下りる。こんなとき、自分が式術を使えない事が不便でしかたがなかった。色無しは、確かに式術に反応しない。だからといって式術が使えないわけではない。だが、彼女にはどうしても式術がつかえない。だからそんな自分に歯噛みをする。飛び出した玄関の側、スモモは地面に倒れこんでいた。
「スモモ!」
 倒れたスモモを抱きかかえると、彼女は目を薄っすらと開く。
「よかったぁ……あのね、フウラン君が……アサガオちゃんに伝えてくれって」
 ――私はなんて楽観主義者だったのだろう。いやそうじゃない……。
「銀が折れたって。……ごめんなさいって」
 ――最悪を直視できる勇気が、この時私には無かっただけだ。
 日が完全に地平線から顔を出した。街が朝に染まっていく。
 ――神様、助けてください。どうか……どうか、もう一度だけやり直しをさせてください。


 円環の終着駅。
 そこに至る道は、けして険しいわけではない。一番近くの街から、歩いてニ、三日かかる程度。だが、そこに住む伝説の式術師とその弟子を懐柔するのは、およそ不可能。道は安けれど、無駄足にしかならない。
 そんな道をアサガオは走っている。既に心臓は一音に染まりそうなほど早く打ち、足は気持ちが悪いほど重たい。呼吸はどれほど繰り返しても苦しく、今すぐにでも諦めてその場に寝転がりたい欲望と戦っている。
 生まれてこの方、運動らしい運動をした事が無い。アサガオはそんな自分に歯噛みする。
「はーっ……はー」
 歯を食いしばり、歩いているのか走っているのか判らない速度でアサガオは進む。目指すは、円環の終着駅。
 スモモは家に置いてきた。彼女があのままススキたちに会いに行ったら――そう思うと寒気がするほど彼女の足はボロボロだった。式術に飛行するような便利な物は無い、きっと彼女の師であるススキと同じく自分の足元を爆破させ、反動で飛んできたのだ。何度も、何度も自分の足に感覚がなくなっても止めようともせずに。
「だっ、いたい……はっ……私は……肉体労働担当じゃ……はっ……ないのに」
 かといって、あの街に皆を知っている人間は少ない。今更ながらに選択肢が少ない事に悪態をつきながら、それでもアサガオは足を止めようとはしなかった。
 フウランが自分に言ってきたのだ。それは、スモモが円環の終着駅まで体が持たないという理由で変わりに選ばれたのではない。最後の「ごめんなさい」に続く言葉は。
 ――後は任せました。
 目がさめたら、スモモは自分を追いかけるだろう。アサガオは、恐怖する。ただひとつの伝言のために、彼女は己の体一つ振り返らなかった。
「今度は……私が……はっ……がんばらないと」
 体の悲鳴を無視して必死で思考を整える。集中を始めると幾分体が軽くなるのを感じた。拳を握り、背筋を伸ばし前に。
 自分の息遣いと足音を聞きながらアサガオは思考する。
『銀が折れた』
 銀とは間違いなく、銀色の式術師と呼ばれるカトレアの事だ。中央の近衛式術団の団長を務める、現存する最強。
「折れた? 折れた……」
 その言葉を、アサガオは反芻する。フウランは回りくどい言い回しをするような人間ではない。その彼が、わざわざ『銀が折れた』などと言うのだ。そのときの状況を聞けなかったので情報が少なすぎる。回りくどい言い回しに、スモモの慌て様。
 大体スモモは、カルミアの舞台で式術師として演出にまわっていたはずだ。公演は残っている、その約束すらすっぽかしてやって来た。
「はーっ……はー」
 多分最悪の結果なのだ。アサガオは何度も思考する。少なくともフウランがつかまった。という事は新しく王位を継承した人間が、カトレアを邪魔だと判断したのだ。
「そうか……、じゃぁもう……」
 カトレアと、その三人の子供はつかまった。三人の子供を人質に、カトレアは前王との誓いを捨てさせられた。戦争がはじまる。目標は間違いなく、生きる伝説の二人。
「はーっ……はー」
 建前は、自分の住む町が属する小さな国を攻め落とすというところだろう。
 生きる伝説を、伝説のまま葬ってしまえばいい。何度あの二人の家に中央から勧誘がきていただろうか。邪魔で邪魔で仕方が無かったが、前王は強行手段には出なかった。しかしその王は既に死んだ。
「あれ?」
 アサガオの脳裏に、疑問が浮かぶ。死んだからと言って、そうそう戦争っぱやい王が継承するだろうか。それとも、偶然か、必然か……
「――まさか」
 それすら狙われたのだ。
 しかも、王殺しが誰であるか――
 あの時、王を殺した犯人を見た。彼女はヒマワリと名乗り……。なぜ、名乗る必要があった? どうして彼女は、アサガオに名乗る『必要』があった。ススキが居ないときじゃないといけなかった?
「……しまった」
 愕然として、一瞬膝から力が抜けアサガオは倒れそうになる。
「はっ……読まれてた……」
 王を殺したのが、ススキであれば審問にかけ師をおびき寄せ二人とも殺せばよかった。もし、ススキが逃げ出したら、王を殺した罪でいくらでやりようがある。
 もし……。
 もし、王を殺したのがススキではないとばれたら?
「手のひらで踊っていたのは、こっちだったっすか……」
 ヒマワリという名を追って、中央から一番離れた小さな国、その国のアキメネスという王が雇っていたメイドにヒマワリという名があった。
 贔屓目に見ても、ヒマワリはアキメネスが雇った暗殺者という答えが出てしまう。
「……ぐっ……」
 アキメネスにウンジンとススキは守られていた。それは勢力や軍事力のような物ではない、政治という名の最強にして最悪の盾。いくらあの二人が規格外でも、国というシステムを相手に勝ち目は無い。もし戦いを挑めば――
「三〇〇年前の繰り返しっす……」
 そして、政治は傾いた。最後の支えだったカトレアが折れた。王位継承第一位が都合よく、戦争を起してくれるかという問題も、関係がなくなる。なにせ、大義名分として戦争がおこせるのだから。
 王の敵討ちでもいい、目障りな小国を統一するという野望でもいい、結果、伝説の式術師二名の命さえ奪う事が出来たら――
 一瞬最悪の未来が見えた。もし、あの二人が死んだ後の未来が。
「まだ、間に合うよ……」
 策を練れ、思考をまわせ。考えろ、最悪を見てその手を離さないで済む選択を。
「はっ……私は……だいたい……頭脳労働担当だし……ね……はっ」
 ススキの家にやって来るのは、現存する最強以外にはない。あの二人に唯一対抗しうる可能性を持っているカード。
 カトレアとススキが殺しあう前に、つかまった三人の子達を何とかできれば。
 顔を上げれば小屋が見えてきた。足の感覚は無く、倒れたら二度と立ち上れない気がする。はじけそうになった心臓を押さえ込み、歯を食いしばって前に。
「なんとか……はっ……しないと」
 視界がかすんだ。
 落ちる。意識が。アサガオは手を伸ばす。
 誰も死なない、死なせない選択を選ばないと。休んでる暇は無い。耳鳴りがする。
 酸欠になったと思った瞬間、視界が真っ白に染まった。


 木と埃の匂い。その向こうで、紅茶の匂いが鼻を掠めた。驚きに、アサガオは体を跳ね上げる。
「っ――」
 体中に激痛が走り、変なポーズでもう一度倒れこんだ。部屋を見回せば、小さな部屋、窓が一つと寝かされているベット。もう一度鼻をすすれば、記憶にある友人の匂いがした。
「ススキさんの部屋」
 足音が聞こえる。部屋の目の前にきて、足音が止まると扉が開いた。
「お、起きたか。どうだ、調子は」
 ススキが顔を出す。伝説の式術師ウンジンとその弟子のススキ。黒い髪の毛と黒い目に、黒いメイド服とススキはいつ見ても真っ黒だった。
 と、やっと自分がここに来た理由を思い出し、アサガオは上半身を起した。
「ススキさん、大変っす!」
「ん?」
「中央が――」
 玄関の方で、扉の叩く音がした。
「お届けものでーす」
 良く響く青年の声。ススキは、首だけ玄関に向け客を確認する。
「スマン、アサガオ話はちょっとまってくれ」
 笑ってススキは扉から姿を消した。足音が去っていく。その足とがどうしても嫌な音に聞こえた。まるで置いていかれるような恐怖。アサガオは痛む体を無視して立ち上がる。
 急いで追いかけないと。

 扉にたどり着き玄関を見る。小屋の入り口で、少年がススキと話していた。
「はい、確認しました。ありがとうございます。荷物はコチラになりますね」

 胸のあたりが軋んだ。知らずアサガオは、胸を押さえて二人を見る。歯の根が合わない。
 
「んで、なんだ? その荷物は」

 ――ダメだ、それを受け取っちゃいけない。
 軋む体を必死に起こす。間に合えと叫ぶが、息すらままならない。
 
「これはですねー」

 ――私は、あきれるほど楽観主義者だった。
 
 青年がススキの前に、テーブルほどの高さの木箱を運ぶ。床が、重さに軋んだ。
 
 ――最悪を直視できる勇気が、私には無かった。
 
「なんだぁ?」

 ――お願いです、助けてください神様。

「死にたてほかほか、カトレアさんの死体を直送ですよー」
 木箱の側面が一つ、軋みを残して開いた。
 赤い。
 白い。
 銀色。
 木箱にみっしりと、カトレアのバラバラになった体が詰め込まれていた。

 ――神様どうか、もう一度だけやり直しをさせてください。
 歯車は回る。偽りの大地が血に染まろうとも、回り続ける。




簡易人物紹介:
ススキ
 魔法っぽいのを使う駄目なメイド。略しておジャ魔女。じゃなくてダメイド。黒い。主人公。

アサガオ ―初出:第11回「早起き少女アサガオと絵本の天使」
 白い。病弱。引きこもり。病院で引きこもってたら、なんか黒い人に引っ張り出された。

スモモ ―初出:第05回「土中入定! 即身仏」
 金髪少女。借金を帳消しにするため、ウンジンに弟子入りしようとして失敗したので、しょうがないからウンジンの弟子の弟子になってやった。話のわかるやつ。

カトレア ―初出第10回「ピンチ! ナンパが出来ない!」
 態度がでかい銀色。でかいので箱詰めにされた。「ほぅ」
 魍魎の匣

ウンジン
 干物。



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