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連作モノです。ログはこちらへ。
・テーマ「紅茶」

 喧騒と屋根の向こう、歯車の欠片が窓から顔を出している。

 少し薄暗い店内で、ツユクサは椅子に腰掛けてため息をついた。あいも変わらずに店には閑古鳥が鳴いている。
 人通りの少ない店の前の道を見ては、ツユクサは憂鬱な顔をする。常連以外に足を運ぶことがない紅茶専門店。昔は紅茶を客に淹れていたが、いまはただ葉を売るだけになってしまった、古臭い店だ。
 惰性で続けてきたことに、ツユクサは後悔していない。ただ、問題が一つだけあった。
「暇……」
 ふと、鮮やかな色彩が窓の前を通り過ぎた。燃えるような赤。見るだけで熱くなるほどに鮮やかで、そして強烈な色。
 だからそれが髪の毛の色だなんて、ツユクサにはすぐに理解できなかった。
 呆然と、店内に入ってきた赤い髪の毛に見とれ微動だにしないツユクサ。
 動かない店員をみて、赤い髪の毛の客は訝しげに眉をひそめる。
「おーい」
 小さいくせに、余りに存在感のある重く意志の詰まった声が腹に響く。ツユクサは我に返えり、バランスを崩し椅子から転げ落ちそうになる。
「ひあ、ぁ、はい」
「ここってさ、紅茶出してなかった?」
 煩雑に紅茶の葉が入っているビンを眺めながら、女性が言う。
「え、あ……昔は出してたんですけど」
 どこかに同じような雰囲気を纏った知り合いがいたような気がして、ツユクサは首を傾げる。
「あちゃー、そうかぁ。ヒイラギのおっさんはいる?」
 ツユクサは懐かしい名前に、目を瞬かせた。
「あ……祖父は、亡くなりました」
「ありゃ。そうか、すまん。じゃましたな」
 そう言って、赤い髪の女性は背を向ける。
「あ、待ってください――その、私でよろしかったら紅茶、淹れられますけど」
 ツユクサの言葉に振り返ると、女性は口元を引き上げて笑った。
「そうか。じゃ、お願いするよ」
 昔使われていたカウンタには、今は紅茶の葉が詰まったビンが所狭しと並んでいる。ツユクサは、それを簡単に片付けると客を招いた。
「こっちには、たまにしかこないからさ。この店残っててうれしくてね」
 祖父を知っているという割には、女性は若く見える。紅茶を淹れる用意をしながら、ツユクサは口を開いた。
「祖父をご存知なんですか?」
「ん? ああ、知って――」
 扉が勢い良く開けられた。
 扉の向こうには一人の女性。ダークブラウンの髪の毛をポニーテールに結わえ、肩で息をするたびに髪の毛が揺れている。
「み、つけた――赤髪……」
 鼻にかかった高い声が彼女の姿にはピッタリだったが、その目は余りにも疲れきって、食いしばった歯から今にも血が流れそうな形相をしていた。
「ん? 俺かぁ? わりぃが、俺はお前なんかしらねぇよ」
 カウンタに座ったまま、赤い髪の女性が興味なさそうに呟いた。すぐに視線をはずし、彼女はツユクサを見る。
「俺は、ユウ。あんたは?」
「ツ、ユクサ」
 ツユクサの返事に満足したのか、ユウはにっこりと笑うと店の奥にあるコンロを指差す。
「沸いてるぜ、ツユクサ」
「あっ」
 慌てて、コンロに飛びつき火を止める。丁度二人の客に背を向けた格好になったとき、声が聞こえてきた。
「貴方が知らなくても、私は知ってる。ずっと探してたの、ずっと待ってたの! 貴方を!」
「あっそ」
 興味なさそうにユウが返事をする。
「あの空に、黒い影が――いいえ、コウチュウイキセンが来るのを待ってたの」
 ツユクサには、入ってきた女性の言っている言葉が理解できなかった。かといって聞き返すわけにも行かず、手元のポットに視線を落とす。
 ただ、赤い髪の女性がその言葉で反応したことは背中越しにも判った。
「わかったわかった。話ぐらい聞いてやんよ。ツユクサ、こいつにも一杯お願いできるか?」
「は、はい」
 言われるがまま、ツユクサはカップを二つ用意する。
「どうぞ」
 カウンタにカップを置くと、入ってきた女性がユウの横に座った。
「紅茶が冷めるまでに終わらせてくれ」
「……わかりました」
 二人の会話は、ツユクサには殆どわからない会話だった。ただ、後からやってきた女性は必死だったことだけはわかった。
「どうやって調べた。ここに、そんな資料が残ってるわけがねぇ」
「ホシブドウに残ってました。殆ど丸々」
「なるほどねぇ。あの三馬鹿トリオめ……」
「少なくとも、まだ私たちは貴方の望むようなところまで到達していない。だけど、もう少しだけ待ってください。もう少し……必ずそこへ到達してみせるから!」
「はっ。やけに回りくどい言い方するじゃねぇか」
「無駄に情報を漏らしても意味は無いです。それに、貴方が私が思ってる人かどうか調べる方法もない。ただ、私が思ってる通りの人なら、十分伝わるはずです」
「ははっ。なるほどね、人違いなら意味がわからないからってか。そりゃぁいい」
 ユウはそういって皮肉めいた笑いを口に浮かべる。
「でも、なんでそんな焦ってるんだ?」
「ばっ……馬鹿にしないでください!」
 カウンタに乗っていたビンが一斉に揺れるほど強く、テーブルが叩かれた。
「もうすぐ、期日が迫ってるはずです。私たちが到達しなければ、確実に終わる。そんなの、ヒュービック達がした事を考えれば十分に判る結果じゃないですか。コウチュウイキレンポウが、こんな世界だまって見過ごすわけが無い!」
「漫画の読みすぎだなぁ。そんなこと――」
「無いなんて言わせない。言わせない。期日がいつかなんて私にはわからないけど、もしもうすぐならもう少し待ってください。きっと、必ず、そこへ到達して見せます。だから!」
「まるで世界の代表者だな、おめぇ」
「ふざけないでください、だってこのままもし期日を迎えたら、貴方の娘だっ――」
 一瞬だった。一瞬にして空気が凍りついた。
 それは二人から離れていたツユクサですら、感じる事が出来るほどだった。。
 空気が一瞬にして刃物に変わる瞬間。まるで、心臓を握りつぶされたような衝撃。
 殺気ではない。命をやり取りするようなそんな物ではない、もっと原始的で判りやすい物。
 純粋な怒り。
 驚きに二人を見れば、ダークブロンドの女性は真っ青な顔をして口を噤んでいて、ユウはというとただ座っているだけだ。だけどユウの周りの空気は、一変している。
 純粋な怒りが空気を固まらせている。風すら流れることを忘れ、遠くの音すら届くことを躊躇い、何もかもが停止していた。
 そんな中、ゆっくりとユウはカップを手にとり紅茶を飲む。カップがソーサーに当たる乾いた音だけが店内に響いた。
「で? その世界の代表者さんは、そんなことを言いにここに?」
「ヒュービック達が取った選択は、今も正しいと信じています。だか、ら、私はそれを無駄にしたく、ないんです。このダイソンキュウの周りを廻る歯車の世界は、必ず貴方達の望むところまで到達して見せます。だからっ!」
「古臭い言い回しだな。そういや史実は消してなかったんだっけ」
「はぐらかさないでください!」
「――私も三馬鹿トリオが間違ったとはおもってねぇ。だがな、方法があるならとっくにやってんだよ」
「だから、私がこの世界を必ず!」
「もし、糞みてぇな事してみろ」
 ユウの左手が閃く。音もなく、女性の首元を掴むとそのまま締め上げ始めた。
「いいか何をする気かしらねぇが、これだけは覚えておけ。もし糞みてぇなことしてみろ。必ず俺の娘がお前を殺しに行く」
「もう……止められないんですよ。――は……ははっ。私にも、貴方にも……フフフフ、大丈夫世界はきっと到達する。大丈夫。大丈夫ですよ、見ててください。必ずそこまで行って見せます、そのために出る犠牲なんてちっぽけじゃないですか。はっ――ハハハハハ!」
「てめぇ!」
 ユウは、空いた手を振りかぶった。だが既にそこに女性はいなくなっている。首を傾け、扉の目の前に立った女性の姿はまるで操り人形のように、コキッと首を回す。
「必ずそこに。ハハハハハハ。そのための血や肉なんて、いくらでも捧げてあげますよ! 何がお望みですか? 魂ですか? 内臓ですか? 耳下腺、骨髄、甲状腺、胸腺、肝臓、下垂体、脊髄、舌下線、舌扁桃、虫垂、胆嚢、唾液腺、脾臓、副腎、リンパ管? アハハハハハハ! 何人死んだってかまいやしない! そうでしょ? ユウさん。三十九億九千九百九十九万九千九百九十九人を殺した、貴方ならわかるでしょ? このヒマワリが生き残る必要すらないの! 男と女一つずつ残ればいいだけでしょ?! 貴方がしたよう――」
 女性の声を引き裂き扉が粉砕された。
 だがそこに女性の姿はなく、扉だった残骸が無残に散らばり、煙がゆっくりと揺れているだけだった。
「あ、やべ……すまん、ツユクサ」
 そういって、ユウは立ち上がると自分の頭を軽く小突く。何が起こったか判らないまま、椅子に座っていたツユクサは、呆然と崩れ落ちた扉を見ていた。

 ユウはカウンタに座り窓越しに町を見ていた。日は傾き、赤い空が窓から顔をのぞかせている。
「あの、紅茶もう冷えてますよね。淹れなおしますね」
 ずいぶん淹れてから時間が経っているはず、とツユクサはカップに手を伸ばして、
「あれ? まだ暖かい」
 驚いてカップを見る。
 だが、何も変哲の無いいつものカップのままだ。ユウもカップを見て首を傾げ、次にソーサーを見て、舌打ちを一つ。
「やられた」
 彼女が持ち上げたソーサーには、小さい式陣が一つ浮かんでいた。
「保温用の式陣だ……あの坊主」
「坊主?」
「ああ、ヒマワリ……だっけか? あれは式術で編みこまれた幻影みたいなもんだ。触れるが、術者の周りにしか発生しない。中身が人間だから簡単にいったら変装だな、骨格も声も変えられるやつだ」
「へぇ……あ、おかわりどうぞ」
「ツユクサは、何も聞かないんだな」
 カップを受け取り、ユウは自嘲気味に笑う。
「ああ、えーと……紅茶美味しいですか?」
 一瞬、ユウは目を丸くしてツユクサを見た。
「……ぷっ。ハハハハ」
 よほど面白かったのか、ユウは腹を抱え、机を叩いて笑い出す。
「えぇ〜」
「ひはははは。ああ、面白いなぁ、ヒイラギのおっさん譲りだ、そのボケは」
「う……、正直二人の話は私にはわからないですし。わかろうとも思いません。だって、聞いてもユウさんは教えてくれないでしょ?」
 そういって、ツユクサが眼鏡越しに笑う。
「あ、ああ。そうだな……紅茶、旨いよ。私は紅茶の味の差が判るほど舌は肥えてないが」
 姿勢を正し、しっかりとツユクサを見る。
「淹れてくれた人の愛情ぐらい、こんな舌でもわかるさ」
 目には力強く、何者にもゆるがせない意志。ツユクサは首を傾げ、ユウを見る。どこかで同じような目をみたことがある。
 ああ、そうだあの人に似てるのだ。一人納得すると、ツユクサも笑う。
「ありがとうございます、ススキさんのお母さん」
 ばつの悪そうな表情になりユウは目をそらす。ススキと同じ癖だ、ツユクサは思う。
「さてね、誰だい? ススキってのは」
 苦笑しながら、ユウは席を立つ。
「さてとそろそろ行くよ。幾らだ?」
「えーっと、――これぐらいですね」
 ツユクサは両手を広げて前に差し出す。
「なっ! 馬鹿言うな! 紅茶二杯で……」
「紅茶二杯と、扉の代金になります。あ、娘さんにツケでもいいですよ?」
「ススキにそんな甲斐性がっ……あ」
 ありありと失敗したといった風な表情になるユウをみて、ツユクサは笑う。
「ふふっ、ほんとにそっくり。御代はいいですよ、その代わりまた寄ってください」
 ツユクサの言葉にユウは頭をかいた。
「わかった。またくるよ」
 じゃあな、と言ってユウは店を出て行く。扉の無くなった戸口び、彼女の髪の毛と同じ赤い空が広がっていた。



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