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連作モノです。ログはこちらへ。
・テーマ「読んでこっぱずかしいもの」

  とおくゆっくりと あなたを追いかけて歯車がまわってる

  愛をかたどって生まれた そんなあなたが

  自分を削って 道を作ってきた――


 夜の町は、水底のように深く静寂に沈みこんでいる。
 月の無い夜に明かりはなく、申し訳程度についてる街灯が町を包んでいた。淡く、そして弱々しく、静かに。
 小さな二階建ての家の上、三角に尖った屋根に三つの影が佇んでいた。
「シュンラン、フウラン……じゃなかった」
 ぺちりと、己の頬を叩いて仕切りなおし、中央に居る女性が胸を張る。
「シエラ、フォックストロット、状況」
 言葉に反応するように、左右に佇む小柄な二つの影が姿勢を正す。
「フォックストロット、問題無し。いつでも」
「シエラ、問題なし。……あの、ススキさんこれに何の意味が」
 左側にいた髪の長い影が、中央の影を見上げて呟く。
 ススキと呼ばれた女性は、返事の変わりにシュンランの頭を軽く叩いた。
「エクスレイ」
「……エクスレイ、これに何の意味が」
「気分だ」
 風が吹く。夜が流れ、闇が揺らぐ。静かな夜に静寂だけが落ちる。少々、引っかかる雰囲気が流れてくるが、ススキは無視を決め込み咳きを一つ。
「……フォックストロット先行、シエラは後続で現場指揮を取れ。状況開始。幸運を祈る」
「「了解」」
 二階建ての屋根から二人は、微塵のためらいも無く飛び降りた。


  紡いで 編んで

  流してきた涙も そこに織り込んだ

  夕映えにさらされた あなたの顔

  輝ける夜に咲く 希望の光――


 風が耳を叩き服に絡まる。
 シュンランは、四肢につけた式具に力をこめて呟く。
「既済」
 音もなく、そして物理法則すら無視して長髪の少女が空中に停止した。
 後から闇夜に染まりきれない真っ白な髪と肌をした少年が、落ちてくる。背に着地、しかしシュンランの体は揺れなかった。
 彼女の四肢についたリング状の式具が、一瞬だけ淡い光を放つ。式術の中でも短圧縮術と呼ばれる大昔の忘れ去られた技術。といっても、簡易式術と呼ばれるあらかじめ式術自体を封じ込めた代物と同じ扱いしか出来ないため、使い手もいなくなった術だ。
 それは結局、使い方次第ではあるのだけれど。
「フウラン、窓を」
 二階中央で制止した二人の前には、窓がある。フウランは、姉を見下ろして頷く。
「姉さま、今はフォックストロットだよ」
「フウランまで……いったいなんなの? そのフォックストロットとかエクスレイとか」
「フォネティックコード。混信中でも聞き間違えないようにって考えださ――」
「あー、いい。わかった、私が悪かった。薀蓄はいいから、いこ。格好より、早く確実に終わらせるほうが重要だわ」
 姉の言葉に、フウランは頷く手を前にかざす。左手には、指すべてにはめられた銀色の指輪。握り締めると、金属の軋む音が一つ。
『既済・連堰の銀鼠』
 拒絶の灰色が一瞬にして、拳の前に式陣を展開。光の帯が、窓ガラスにのびたときには音もなくガラスは切り取られていた。丸く、腕が一本入る程度の穴。切り取られたガラスが、重力にしたがって窓からすべり落ちる。
「よっと」
 それを、フウランは空中で掴み上げる。
「……いつの間に、母様の式術つかえるようになったの?」
 空中で制止したまま、シュンランが背に乗る弟を見上げて言う。
「ん? 大姉さまに教えてもらった。母様は、最近ずっと家にもかえってこないじゃないか」
 言いながら、フウランは穴に手を伸ばし、窓の鍵を外す。一度だけ、軽く蝶番をならし窓は開いていった。
「惹起」
 呟くと空中で停止していた彼女の体は、そのまま窓に吸い込まれるように、窓の向こう広がる暗闇に消えていった。


  叫んだ 声は 届かなくて

  追いかけた 背中は とおすぎて

  枯れ果てた 喉は 血をながし

  枯れ果てた 涙は もうでない――


 二階建ての家の屋根は、尖っており存外居心地が悪い。
 ススキは落ちていった二人を見下ろしながら、じっと立っている。
 古くからの友人が、親の居ないあの二人を養子に迎えた。三〇〇年前の、忘れ形見。大戦で生み出された、不老の子供。いまは、二人にかかっていた呪いもとけ、同時にそれまでの記憶もなくした。ハズだった。三〇〇年の記憶は、以外にもしぶとく二人の体に染み付き、式術の素養として残った。
「ま、あって困るものじゃない」
 口元を引き上げながら、ススキが呟く。古くからの友人の教育で、二人はまっとうに育っている。素直に育ったはずなのだが、慇懃無礼な部分もしっかりと教え込まれ、古くからの友人が一度に二人も増えたようにすら思える。
「私が預かれば、少しはましだったか……」
 全然ましな事は無いのだけれど。
 窓から潜り込んで一分を数えたとき、ひょこっと頭が窓から飛び出た。
 ススキにむかって無言で頷いたのは、姉のシュンラン。長い髪の毛が窓から垂れ下がって風にゆれている。
 ススキも無言で頷き返し、同時ためらいもなく屋根から飛び降りた。
 シュンランとフウランも、彼女を追うように窓から飛び降りる。
 無音の着地。
「目的の品は奪取。気付かれていません」
 フウランが手にもった分厚い本を、ススキに見せる。
 ススキはソレを受け取り、中身を確認。
「……よし。フォックストロット、シエラ、退却するぞ」
「まだそれやめないんだ……」
 シュンランがため息混じりに呟いた。


  終わらない 夢を見よう

  あなたの夢は わたしの夢

  いつか見た夢が さめないように

  いつか咲いた花を わすれないように――


 円環の終着駅と呼ばれる、小さな小屋その中の小さなテーブルを囲んで、三人が本を覗き込んでいる。
 一人は真っ黒、一人は真っ白、もう一人は茶色い。三人は、顔を突き合わせ本のページをめくっては眉をしかめ、顔を真っ赤にしていた。
「……こ、れは流石に……」
 フウランが顔をそらして呟く。横でシュンランも、顔を真っ赤にして肩を震わせていた。
「キツイな……」
 ススキも顔を手で覆い、震えていた。
「ここっ……これとかヤバイよ……」
 シュンランが指を刺すと、とっさにススキが顔をそむける。
「……っぶ!」
 我慢も限界だといわんばかりに、フウランが吹き出した。


  あなたと わたしだけの
  
  Never Ending story


「あなたとわたしだけのNever Ending story――だって!」
「ダメだ! ありえん!」
「ね、姉さまそれは……っぷ」
「ぎゃははははははははははは」
 そして、三人は決壊したように笑い出した。机を叩き、床を踏みしめ三人が騒ぐ。
 そんな騒音を切り裂くように、扉が軋む。開いた扉の向こう、一つの影が立っていた。
「ひっひひ……ん? ――!」
 ススキが、涙目を凝らし扉を見るとそこには、よくみしった人物がいた。
「スモモ!」
 真っ青になったススキの叫びに、シュンランとフウランも顔面を蒼白にする。
「こんにちわ、ススキさん」
 口は笑っているが、目が笑っていない。
「いや、そのこれはだな……」
「よければ、皆さんが、持って、いった、私の、日記、返して、くれませんか?」
 ススキはスモモの背後に炎を見る。一言一言で、胃に穴があきそうな威圧感がある。シュンランとフウランはスモモの殺気に尻餅をついていた。
 ゆっくりと、歩みを進めるスモモ。なぜか、足音に床の軋みが混ざっている。
「Never Ending story――」
 ぼそりと、シュンランが呟く。
「……」
 とっさに顔をそむけるススキ。
「……ぶっ」
 フウランが我慢しきれず、噴出した。それが合図になった。
「コ、ロ、ス!」
 とんでもない速度で、背に背負っていた式具を取り出す。
 既に式弾は装填済み。
 全てのプロセスをぶっ飛ばし、スモモが式具を振った。
『烈々・寛大の紅樺』
 燃やすのではなく、侵食する熱。質量をもったような熱がそのまま渦巻き始める。
 存在を許さない熱量。まるでスモモの怒りの如くそれは鎌首をもたげ、
「くらえ! フウラン爆弾!」
 拡がりつつあった式陣に、フウランがとんだ。いや、投げられた。
 唖然とする、シュンラン。予想だにしえなかったものが飛んできて、怒りすら忘れてを手を止めたスモモ。なぜ、自分が飛んでいるのか判らないフウラン。
 式陣にフウランがぶつかり、色無しが色無したる所以そのままに、式陣がキャンセル。物理現象として発現していた熱すらも、あっさりと消えていく。
 確認するまでもなく、フウランを投げた張本人のススキは背を向けて窓から飛び出していた。
「うわぁ」
 放物線を描き、式陣を突破したフウランはそのままスモモと激突コースに乗る。
「フウラン!」
 シュンランは我に返ったのか、フウランを助けるために拳を握る。
「退歩! 惹起!」
 短圧縮術の連続使用というとんでもないことをさらりとやってのけ、シュンランが飛ぶ。
 シュンランの四肢につけられた式具が一瞬光を発する。そして、前に。フウランを追いかけるように飛んだ。
 スモモの反応は、余りにも的確だった。飛んできたフウランを避けるでもなく、殴り返す。フウランの速度が変わり、飛んできたシュンランにぶつかる。
 完璧なタイミングで、完璧な動作で、シュンランの式術がキャンセルされた。
 驚きに反応できないシュンランの腕を、誰かが掴んだ。
「退歩」
 その、在り得ない事実にシュンランは目を剥く。
 式具は使い手を選ばない。只の道具でしかない。故に、体から離れない式具は安全である。手放した式具を敵に奪われ式術が使えない、などという事態が起こらないから。
 でも、近接でもしその式具に触れられたら。そう、それは机上の空論。
 それが、目の前で起こっていた。シュンランの腕を掴んでいたのは、スモモの手。しかもリングの式具しっかりと掴んでいる。
 そして、既に発動させられた。短圧縮術をだ。
 驚愕よりも先に恐怖がくる。この状態で、四つのリングを別々に吹き飛ばされたら、自分の四肢は千切れ飛ぶ。
「――っひ!」
 想像した瞬間、シュンランの体が強ばった。まだ、フウランを使ってそれをキャンセルすることができれば、間に合っただろうに彼女は恐怖にまけた。
「惹起」
「!」
 加速の力が四つの式具に走る。シュンランは目をつぶった。が四肢が引っ張られる感覚はなく変わりに、体中の血液が片寄る感覚に目眩を覚えた。
「シュンラン爆弾!」
 スモモの叫びと同時、シュンランは吹き飛んでいた。走って逃げ出しているススキの背中に。
 扉をぶち壊し、綺麗な放物線を描いてシュンランが飛ぶ。
「姉さ――、ま」
 姉を追おうと走り出したフウランの首に、ヒンヤリとした感触。
「ス、モモさ……ん」
 振り返ったスモモは、笑っている。とてもとても綺麗で透明な笑顔だった、まるで猟奇殺人鬼が浮かべるような――。フウランは思う、きっとこの笑顔は一生忘れられない物だ、と。
 フウランはその場で気絶した。
 
 背中にシュンランがぶつかり、ススキが転倒していた。制御を失った式具に翻弄されつづけているシュンランは、ススキにぶつかった後どこかに飛んでいった。
 何とか体を起こし、ススキが振り返ったそこには、
「スモモ……」
 鬼が居た。
 右手に式具、左手にフウラン。フウランは反抗のそぶりすら見せず、ぐったりとうな垂れている。
「コ ロ ス」
「ま、まままままて! スモモ! そのあれだ、ちょっとした興味というやつで。お前がアシと付き合ってるって、その、さる情報筋から」
「……」
「それを確認しようと! まさか、あんな日記ともポエムともつかないものだとは思って無かったんだ。悪気は無い、悪気は!」
「へぇ」
 感情のこもっていないスモモの返事。ススキは死を覚悟した。
 おもむろにスモモはフウランを掲げると、彼の指にはまっている式具に触れる。
『既済・連堰の銀鼠』
「なっ!」
 驚きに反応が鈍り、ススキは灰色の光に包まれた。断絶する光、何もかもを切り裂く光の束。
「うわあああああああ!」
 叫び声が、青空に響き渡る。

 風がゆっくりと流れる。静かな草原には、小さな家と、地平線の向こうでゆっくりと回る歯車だけ。のはずだった。
「どわっ! な、何やってんだお前等」
 ウンジンの叫び声が、上がる。
 彼の目の前には服を切り刻まれ素っ裸になったススキと、地面に埋められたフウランが醜態を晒していた。



とおくゆっくりと あなたを追いかけて歯車がまわってる

愛をかたどって生まれた そんなあなたが

自分を削って 道を作ってきた――

紡いで 編んで

流してきた涙も そこに織り込んだ

夕映えにさらされた あなたの顔

輝ける夜に咲く 希望の光――

叫んだ 声は 届かなくて

追いかけた 背中は とおすぎて

枯れ果てた 喉は 血をながし

枯れ果てた 涙は もうでない――

終わらない 夢を見よう

あなたの夢は わたしの夢

いつか見た夢が さめないように

いつか咲いた花を わすれないように――

あなたと わたしだけの

Never Ending story


 紅樺 べにかば #B6564B
 銀鼠 ぎんねずみ #99A0A0



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