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・テーマ「鏡」

 遠く遠く、霞がかかるほど遠く。地平線の向こうで歯車が回る。

 歯車の大地は地平線の向こうまで平で、草がどこまでも覆っていた。中央から一番離れた小さな国、その国より更に離れたところに小さな小屋が建っている。
 円環の終着駅。大仰な名前で呼ばれているその小屋は、近付いてみてみれば拍子抜けするほど、簡素な木造の小屋である。
 家主は家の大仰な名前に負けない、伝説の式術師ウンジンなんて呼ばれている。実際にみてみれば、ただのしなびた爺でしかないので、がっかりすること請け合いである。
 彼が雇っているメイドと、小屋で二人で暮らしている。が、メイドの姿は小屋になかった。
 ウンジンは、うな垂れテーブルをじっと見ている。小屋にあるその小さなテーブルを挟んで、向かい側に座っているのは、真っ白な髪と真っ白な肌をした女の子だ。名を、アサガオ。
「いや、ほんと申し訳ない」
 ウンジンの言葉に、アサガオは白い顔を更に白くして愕然としていた。
「ねぇ、なんとかならないの? むしろ、どうしてこんなことに」
「いやほんと申し訳ない。ワシが――」


 ウンジンが目覚めたときには、既に日は中天にかかろうといった時間だった。
 老人の朝は早いというが、残念ながらこのしなびた干物には通用しない言葉のようだ。
「ん……」
 上半身を起こし、彼は寝起きの頭をふる。ふとみれば、ベットの横のテーブルに、銀色の円盤が置いてあった。
 前日アサガオが、調べて欲しいとおいていった代物である。遺跡に残る、遺産品。円盤といっても、厚みはけっこうなもので、指二本分ぐらいはある。それを手にとり、ウンジンは目の前でかざす。
 アサガオは記憶媒体だといっていたが、これは記録の複合化も行うしろものだった。中に入っているものは、大体検討がつく。検討がつくからこそ、ウンジンはため息をついた。
 少なくてもこの情報は、アサガオにこれを渡した人物にはわたっているのだから。
「なんとかしないとなぁ……」
 何も考えられない馬鹿であるのなら、問題は無い。だが、そんな都合のいいことも無いだろう。少なくてもこれの元の持ち主は、中央の王を殺したのだから。
 手にとった円盤の中央を押すと、音も無く円盤が中央から割れるように開く。
 外装は、細かいパイプや良くわからないものがのた打ち回っていたが、開いた内部は綺麗な鏡面をさらしていた。
 覗きこんだ自分の顔がうつっていて、ウンジンは顔をしかめる。
 彼は、円盤を閉じて立ち上がった。

 居間にはいつものように誰も居らず、外に続く玄関を覗けば真っ黒なメイドが座っていた。
 髪の毛も服も黒く、遠めに見ると黒い塊にしか見えない。ウンジンは、彼女を横目に台所へと向かった。
 いつものように紅茶をいれ、戻ってきてもメイドは玄関で座り込んでいる。
「おーい、ススキ。紅茶はいったぞ」
 メイドの癖にメイドの仕事をしないメイドが、声に反応して立ち上がる。この世界に、誰一人として持ち得ない黒い髪がゆれ、黒い目がウンジンをみた。
「あいよ」
 大き目のズボンのポケットで、円盤が小さい自己主張をした。
 
「中央は後継ぎ問題で大騒ぎだ」
 ススキがため息をつく。ススキの雇い主で、式術の師でもあるウンジン相手に、彼女はまるで対等な態度をとっているが、ウンジンはなれたもので眉一つ動かさない。
「そうだな、あの王が居なくなれば次に即位するのが誰であれ、戦争は避けられないだろう」
「また、三〇〇年前の繰り返しか」
 不満をぶつけるように、ススキはカップをあおり、紅茶を一気に飲み干す。
「むしろあの小国が、中央から独立したまま三〇〇年持ったほうが奇跡だろう」
「そりゃ、中央の王のお人よしと、人間としては最悪だが政治交渉だけは天才のアキメネスだったからだ。どっちもが崩れなければ良かっただけの話」
 はき捨てるようにいうと、ススキは席を立つ。
「だが、死んだ。アキメネスの坊主から仕掛ける事は無いだろうが、中央に新しい王が即位したときにはもう遅い」
 空になったカップを弄びながら、ススキは台所に向かう。
 ウンジンは振り返って、目を細めた。
「両方居ないと成り立たないか……」
「そういうことだ」
 ウンジンの声が、思いもよらないところから聞こえて、ススキは振り返る。
 だが、座っていたはずのウンジンはいなくなっていた。目を細め、周りを――
「っち、ドロワーズか」
 メイド服の下に、銀色の円盤をさしこみ、ウンジンが呟いていた。
「もっと、こう、色気の……」
「……」
 視線が無言でかち合う。
「や、やぁススキさん。この鏡は、すばぎゃ!」
 持ち上げていた銀色の円盤を貫き、円盤ごとススキの蹴りが顔に突き刺さった。
 顔面を蹴り上げられ、ウンジンは面白おかしく部屋を跳ねながら吹き飛ぶ。
「戦争がおこったら、肉の壁にしてやるから安心しろ」
 鼻血を抑えながら上げた視界の中、ススキが鬼神のような顔で見下ろしている。
 視界がいきなり暗転。同時、とんでもない衝撃を受けてウンジンは吹き飛んだ。
 ――ああ、ワシ蹴られたのか。
 気がついた時には、すでに意識は向こう側へと落ちていくところだった。


 アサガオの呆れ顔を直視できず、ウンジンは目をそらす。
「……そんなことで」
「しかし、こんなこともあろうかと!」
 ウンジンはそういって、ポケットから一枚の銀板を取り出した。
「しっかりと複製しておいた!」
「……」
 じと目のまま、アサガオはウンジンの持っている銀板を見る。鏡のような鏡面加工は、紛れも泣くあの円盤と同じものだった。
「それって」
「ん?」
「どうやって、複製したの?」
「どうって……あの円盤をくっつけてな。これは光で記録するものだから光を当てればいい。本当は、もうちっとめんどくさい事をしないといけないんだが。今回は、時間も無かったし。そのまま――」
 胸をはって、ウンジンが説明を始めるが、それをアサガオは遮った。
「鏡にうつったものは、左右逆なんすけど」
「あ」
 ウンジンの手から、円盤が落ちる。ガラスの割れたような音がした。







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