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連作モノです。ログはこちらへ。
・テーマ「トリック」

 遠く遠く、霞がかかるほど遠く。地平線の向こうで歯車が回る。
 
 完全な暗闇が、辺りを全て包んでいる。今まで明かりになれていたぶん、突然の暗闇に誰も目が追いついていない。
 足音が聞こえる。目が見えないだけに、音がやけにはっきりと届いた。
「ぎゃあああああああ!」
 野太い叫び声と同時、重たいスイッチの落ちる音。
 目の前に光が落ちた。まぶしさに、ススキは一瞬目を細める。
「ごめんなさい」
 光を浴びているのは、返り血に真っ赤に染まった女の姿。いきなりの事に、ススキは反応できず、息を飲んだ。彼女の居る場所は暗闇が降り注ぎ、黒髪とメイド服の黒が溶け出している。唾を飲み込んだ感触がいやに脳裏に焼きつく。
 また重たいスイッチの音。光が消えた。
 強烈な光に焼き付けられた女の姿は、返り血に染まり寂しげにそして悔しそうに俯いている。頭についている猫耳が垂れ、血に塗れた尻尾が地面に力なく張り付いていた。
 網膜に焼きついたその姿が、ゆっくりと消え始める。
 足音。
「待って!」
 先ほどの女の声が聞こえた。
 今度は、音も無く一気に明るくなる。
「何度、こんなことを繰り返させるの? 何度内臓を切り刻めば、何度四肢を引きちぎれば、何度脳漿を磨り潰せば、私は元に戻れるっていうの! 一体私はあと何人を……」
 泣いているのが見える。頬に伝った涙が、光を反射して輝いている。
「まだだ」
 空から降ってくるような声が、問いに答えた。声の主は見当たらず、ススキは辺りを見回す。
「まだ、足りぬ! 貴様は血をのみ、死肉を喰らい、内臓を着飾り、脳漿で化粧をするのだ。まだだ、まだ足りぬ。まだ、一つとして貴様は満たしてはいない」
 一息。一瞬の静寂が、逆に耳に痛くなるほどの無音を伝えてきた。
「ヒノキよ!」
 同時、いきなり鳴り響く音楽。左右から幕が降り始める。
 ぱちりぱちりと、拍手が波のように広がり、そしていきなり大洪水のような拍手が起こった。
 ゆっくりと、劇場に光が戻ってくる。振り返れば、ほぼ全員が立ち上がり、思い思いに叫んでいる。拍手は止まず、熱気は収まるどころか次第に高まっていった。鬼気迫る演技に飲まれ、呼吸すら忘れていたのか、いやに自分の心拍数が上がっている。
 ススキは、大きく息をすった。

 
 舞台では拍手に呼び出された役者が並び、観客に向かって挨拶をしている。
 ススキは、それを見上げながら立ち上がった。
「いきましょう、ススキさん」
 付き添うように、右側の少女が立ち上がる。後ろで編んだ金髪が、舞台の光を浴びて光った。
「ああ、急ごう。アサガオはどうする?」
 そういって、ススキは左に振り返った。視線を向けられたアルビノの少女は、返事をするように勢い良く立ち上がると、付いて行くと言う様に笑った。
 大人気公演「猫耳魔法少女 抉り出せ☆ヒノキちゃん」は、平然と劇団員が大怪我を負い、最悪死人も出ている。だが、劇団員が出演の辞退をしたり、劇団を辞めるようなことは今まで一度も無い。それほどまでに、人気がありそして彼等にも誇りがあった。
 そのために、こうして伝説の式術師の一番弟子が呼ばれたのだ。流石に、そこまで大仰な冠を引っさげているとはいえ、死人を生き返らせることができるわけではない。
 舞台で怪我をした団員を急いで手当てする必要がある。
 三人は、前に開けた通路を抜け、拍手と熱気に包まれた会場を後にした。
 
『関係者以外立ち入り禁止』
 常套句の看板をくぐり、三人は細い廊下を歩く。
「すごかったですね」
 今だ興奮冷め遣らぬ、といった感じに上気した声面で、スモモが呟いた。
「そうだな」
 ふざけたタイトルからは想像できないほど、悲痛でそして悲しい話に何度つっこみを我慢しただろうか、ススキは一瞬考える。だが気がつけば、舞台を食い入るように見ていたのも確かだった。
 もう一度見るべきかもしれない――そんな事を考えながら目を向けると控え室が見えてきた。
「呼んでくる!」
 叫び声と同時、控え室の扉が勢い良く開いた。
 出てきたのは化粧も落としきれていない、劇団員だった。そして出てきてすぐ、三人を見止め固まった。
「……あ、えーと」
「どいてくれ、すぐに始める」
 呆けた男を押しのけ、ススキは控え室へと入っていった。
 
 むせ返る血の匂い。久しく嗅いでいないその臭いに一瞬眉をひそめ、ススキは部屋の中央で寝かされている男を見下ろした。
 腹部に、三本の赤い線が走りそこから溢れるように血が流れていた。
 ススキは舌打ちを一つ。
「ススキさん」
 スモモが、箒をもってやってくる。ススキが使っている、式術を行使するための式具だ。
 それを無言で受け取ると、エプロンの裏側に縫い付けられていた式弾を取り出した。色は、鸚緑。生命や流れを示す緑色。
 箒が中央から、スライドするように割れる。小気味の良い音と共に顔を出したのは、シリンダーだった。そこに、緑色をした式弾を叩き込む。同時、スライドしていた柄はバネ仕掛けのようにもとの形に戻った。
『追補・充溢の鸚緑』
 箒から、緑色の光が走る。光はススキの足元に、陣を形成。モチーフは歯車。キリキリと、回りだしそのまま陣は拡大、男の体を包み始めた。
「どうして、ここまでしてやるんだ。何故、劇が終わる前に病院に行かない」
 傷がゆっくりとふさがっていく。だが、血は今だ流れつづけ倒れている男の顔色は悪い。
「それと、なぜ劇が終わるまで治療が禁止なんだ」
「そんなの、劇団員なんだから当然でしょ?」
 ススキの疑問に答えたのは、丁度控え室に入ってきたカルミアだった。まだヒノキの衣装もつけたままで、返り血もこびり付いたままの姿だった。
「当然……なんすか?」
 男の脈を取っていたアサガオが顔を上げる。
「それがプライドだもの、あたりまえよ」
「あなたが、一歩引けばそれだけでこの人は怪我をしないで済んだっす。それにあの衣装についている爪、もっと柔らかい物に変えれば――」
「ふざけないで、私は完璧に演じてるわ。こいつが、一歩前に出てきた結果でしょ? それに、爪かえたらリアリティがなくなるわ」
「――! そんな理由で!」
 跳ねるように、アサガオが立ち上がる。が、カルミアは動じずアサガオを見下ろしていた。
「そんな理由? 貴方にはわからないでしょうけどね、こっちだって必死なのよ! 何も知らない人が、かってなことを言わないで!」
 鋭い視線が、アサガオを貫く。余りの気迫にアサガオは一瞬息を詰まらせた。
 頭を振り気を奮い立たせるように拳を握る。足元には、真っ青な顔をした男が倒れていた。
「確かに、遺跡に残ってる娯楽に、私達の技術も精神も追いついてないっす。新たに作られた娯楽なんか、酷い劣化模倣にしかなってない。本の内容、画像、ゲーム、遺産技術すら扱えない私達には、その過去の娯楽に勝てる道理が無いっす。そんなの、私だってしってるっす!」
「だったらわかるでしょ。娯楽はお金にならない。だけど、私達は今やっとそれを乗り越えられるところに来たの。貴方にはわからないでしょう? 私達がどれだけ苦労してきたのか。私達は飢えで死ぬのなら、舞台で血を流して死ぬことを選ぶわ!」
 カルミアの叫びに、他の劇団員が頷いた。
「だったら、せめて式術をつかって――」
「劇団に、式術師はいないわ。儲けにならないもの。お抱えの式術師になったほうが全然まし。ここにいるのはね、これっぽっちも式術が使えない人間ばかりよ」
「――静かにしてくれ。アサガオ、邪魔をするなら出て行け」
 ススキの言葉に、アサガオはビクリと震え口をつぐんだ。沈黙が落ちる。
 重たい空気が室内に、立ち込めている。肌を舐めるような気持ちの悪い空気だ。
 その沈黙を破ったのは、スモモだった。
「でも、あの劇場には式術が」
「――え?」
 劇団員の人間がそろいもそろって呆けた顔をした。
 

 一通りの治療を終え、人の居なくなった舞台にススキ達は集まっていた。
「つまり――」
「この舞台の人気は、式術によるものだ」
「そ……んな……、だって。だって……」
 舞台の中央で、力なくカルミアは崩れ落ちる。
 舞台ではなく、観客席。そこに張り巡らされた式術は、至って簡単な物だった。余りにも簡単で、式術に敏感な者でも舞台演出の一部か劇場の装置に使われている式術だろう、と勘違いするほどのものだった。
 だが、かけられた式術の本質は違う。
「心拍数を直接上げる式術だ。興奮、驚きには十分に効果的だろうな」
 ススキは舞台から見下ろして呟く。
 血が飛び散り、過剰な光と音の演出、観客は知らずに興奮し、そしてそれは式術によって加速させられる。
 それは、絶叫マシンのような手軽さで、しかし中毒性のある興奮。
「そんな……、オモチャみたいなトリックで。……だったら、私達のやってきたことは」
 カルミアは俯き唇を噛み締めていた。
「解除することは可能だが、どうする?」
「解除したら、どうなるの?」
「さぁな。どうなっても、責任はとらない。決めるのは、あんた達だ」
 ほんの数分で、やつれたようにすら見えるカルミアが、ゆっくりと顔を上げた。後ろに立っている劇団員は、総じて覇気の無い顔をして俯いていた。
「どうなるかなんて、わかってるわ。また、昔に戻るのよ。劇団員の知り合いだけがくる、寂しい劇場にもどるだけだわ!」
「そうか。……帰るぞ、スモモ、アサガオ」
 ススキは舞台から観客席へ飛び降りると、振り返りもせず歩き出した。
「あ……」
 追いかけるように二人も舞台を飛び降りる。軽い足音が二つ、劇場に響く。
 舞台には、うな垂れるカルミアと呆然と立っている劇団員たちがいた。
 薄暗い観客席をつっきり、突き当たりの扉をススキが開く。少し軋んだ音と一緒に、溢れるように光が観客席に流れ込んでいく。よどんでいた空気を押しのけるように、扉の向こうから少し冷たい空気が流れてくる。
 光に紛れ、真っ白な肌と真っ白な髪の毛のアサガオは見えなくなる。その光の洪水のなか、彼女は振り返った。
「幻滅した。あなた達のプライドって、そんなものだったんだね」
 アサガオの声に、カルミアがぴくりと反応した。
「私は、色無しだからこんな式術に……トリックにだまされない」
 冷たい床を蹴り付ける、硬い音が劇場に響く。
「舞台、最高に面白かったけど――あなた達は、最低だね」
 

 完全な暗闇が、辺りを全て包んでいる。今まで明かりになれていたぶん、突然の暗闇に誰も目が追いついていない。
 足音が聞こえる。目が見えないだけに、音がやけにはっきりと届いた。
 重たいスイッチの音が、響く。
 目の前に、光が降り注いだ。
「もう、私は偽らない! この姿で――この体で生きていく!」
 光の中央にたっているのは、猫耳をつけた少女。しかし、目は少女のそれではなく余りにもはっきりとした、苛烈な意志が映っていた。
 答えるように、劇場そのものが唸る。
「差別され、卑下され、それでもその姿で生きていくというのか。貴様には無理だ! さぁ、捧げるが良い血肉を命を魂を!」
「精々わめくがいいわ。私はもう、自分を恥だとは思わないことにしたの。さようなら、そしてありがとう」
 背をむけ、彼女は俯いた。返り血もなく、綺麗な衣装がライトの光を反射してきらきらと光っている。猫耳の横、セミロングの一部をまとめた房が揺れる。
 ゆっくりと光が小さくなっていく、同時幕が降り始めていた。
 小さく音楽がなり始め、それにつられて次第に拍手の波が広がっていく。
 観客席が明るくなったときには、既に客はみな立ち上がり拍手をしていた。
「いやー、やっぱすごいね、カルミアちゃんは。大人気」
 席に深く腰掛け、アサガオが拍手をしながら呟いた。
「どさくさに紛れて、式陣壊して帰って癖に」
 横でスモモが笑った。
「スモモちゃんだって、あのあと噂が漏れないように色々走りまわってたじゃん」
「な、なんの話?」
 ススキを挟んで、二人は顔を寄せ合う。
「さぁ、なんの話?」
「公演のチケット、受け取って喜んでたのはだれだったっけ?」
 うんざり顔のススキが、二人の頭を力いっぱい掴んだ。
「そら、顔を上げな。今日はちゃんと最後までみてられるんだから」
 いわれ、二人は顔をあげた。
 ちょうど幕があがり、劇団員が姿をあらわすところだった。みながみな手をつなぎ、一列になって観客の方を向いている。今日は誰も欠けていない。
 手を繋いだまま、劇団員がいっせいに礼をする。拍手が一層激しくなった。
 三人の目の前に、カルミアが居た。
 あの日かえる時、観客席に張り巡らされた式術をアサガオは壊していた。その場に定着している式術は、場を防がれるだけで壊れる。彼女は、ただ床を力強く蹴り付けるだけでよかったのだ。
 しかし、その事実を伝える前にススキのところにカルミアはやってきていた。
 どうか式術を破壊してくれ、と。
 まぶしそうに目を細め、ススキは舞台を見上げる。カルミアと目があった。
 笑ったススキに、カルミアも笑い返した。
「ありがとう、アサガオさん」
 三人にだけ聞こえる小さな声で、カルミアが呟いた。
「わ、私はなにも」
「だって貴方が私達の舞台、はじめての本当のお客さんだもの」
 拍手が大きくなる。


■鸚緑 おうりょく




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