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連作モノです。ログはこちらのダメイドシリーズへ。
・テーマ「料理」

 間違いのない事実というのがあるのなら、あの歯車は止まらないという真実ただ一つ。

「王手」
 そういって、木で出来た駒を盤面に。乾いた音が響く。
「待っただ! 待った!」
 セミロングの黒髪を揺らして、メイド服の女性が叫んだ。
「えー、ススキさん、もう五回目っすよ」
 困った風な声の割には笑いながら、真っ白な髪の少女がススキと呼んだ女性を見上げる。小さなテーブルを挟んで、二人の間には四角い木で出来た板と、その上に並ぶ駒があった。
「アサガオが強すぎなんだ。あの爺じゃ相手にならないし……」
「じゃぁ、ススキさんの負けね。はい十戦十勝〜、私の勝ちぃ」
 そういって、アサガオが駒を片付けようと盤面に手を伸ばす。
「だから、待った!」
「待ったはもうなしっす。引越し祝は、カルミアちゃんのコンサートチケットで決定だね」
 盤面に崩れ落ちるススキに対して、両手を上げて喜ぶアサガオ。真っ白と真っ黒の二人はそのまま全てを対比させるかのように、テーブルを挟んで座っていた。
「残念ながら、待って貰いますわ」
 新築の家の扉をあけ、声が飛んできた。
 盤面に顔をうずめていたススキが、呆けた顔で玄関を見る。つられて、アサガオも玄関を見た。背には月明かり、部屋の光に銀髪を輝かせ、原色を織り交ぜた中央式術近衛団の制服が揺れる。彼女の肩口にかかっている腕章は、団長を示す幾何学模様が縫い付けてあった。
「んあ、カトレア……久しぶりだな、シュンランとフウランは――」
「ススキさん、申し訳ありませんが貴方を連行に参りましたわ」
 言葉と同時、入り口から、カトレアと同じ制服を来た人間が流れ込んでくる。
 
 
 中央と呼ばれる世界最大の国は、大騒ぎになっていた。その大騒ぎは、城の地下牢にまで響いている。石畳に叫び声が反響し、輪郭をあやふやにした音がススキの耳に届いていた。
 まるで、取ってつけたような適当な鉄製のベットの上で、ススキはあぐらをかき壁に背を預けている。目の前には、銀髪の女性がたっていた。
 顔を伏せ、垂れた銀髪で彼女の表情は見えない。
「申し訳ありません。他に、可能な人物が居らっしゃらないの。ススキさん、貴方意外に」
 ゆっくりと顔を上げる。今にも泣きそうな顔をしているカトレアを見て、ススキは無言で笑みを浮かべた。
「王を殺せる人間は、いないんですの……」

 中央を統べる王が死んだ。
 世界統一、といっても良い中央の警備は常に完璧で、とくに食事に関しては外部からの手が入りやすいため、完璧に完璧を期していた。
 そのはずだった。
 なのに王は食事中、毒見役や給仕、そして部屋に待機していた近衛団や警備達の目の前で、たった一度の痙攣を残して死んだ。毒はありえない、だが、式術も防護式術が張り巡らされてるために、ありえない。
 視線と式術の密室。
 だが、穴はある。それこそが、伝説の式術師の二名。
 ススキと、彼女の師匠であるウンジンが証拠やアリバイなどを無視して捕まえられるのも無理は無かった。
 式術防壁を貫き、王ただ一人のみを殺すなどという、とんでもない芸当は、生きる伝説と言われるこの二人意外に可能ではない。
 それは、誰もが納得する結論だった。
「よく面会できたな」
 薄く笑いながら、ススキが言う。声は、牢屋の中で残響を残して消えていった。
「わたくしは、貴方を疑ってなんておりません。その意思表示のためにこうして無理を言って、ここにたっておりますの」
 旧知の仲であるカトレアが、現在最重要参考人となっているススキに会いに来るには、想像しがたい苦労があっただろう。ススキもわかっているのか、ため息をついただけで反論はしなかった。
「ススキさん、犯人に心当たりはありませんか? 早くしないと本当に犯人に仕立て上げられてしまいますわ」
「アサガオはどうした」
「あの色無しの女の子ですか? あの子でしたら、いま取り調べを受けているところですわ」
 てっきりススキは文句をいって暴れる、と思っていたカトレアは虚をつかれ、素直に答える。
「そうか、ならアイツに現場を見せてやってくれ」
「は?」
「それですべて終わる」
 ススキは笑う。彼女の目に、不安は微塵も浮かんでいない。


 王の崩御で、国は大騒ぎになっている。葬儀に跡取。問題は山済みである。不老処理を受けた王が、死ぬなどという事は考えられてなかったために、混乱は混乱を呼ぶ。
 城は、慌しくメイドや下男、騎士団に各大臣たちが廊下を走り回っている。
 王が死んだ場所、視界と式術の密室の入り口に立ってカトレアはため息をつく。横にはちょこんと色無しの少女がついてきていた。
「おぉ、豪華ぁ。すごいっすねぇ」
「えーと、アサガオさん。遊びにきたんでないんですのよ」
 少し困った顔をしながら、カトレアはアサガオを部屋に導く。部屋は薄暗く、入ると少々圧迫感があった。窓は無いので風は吹き込まず、唯一の明かりである蝋燭が、点々とテーブルに並んでいた。
「で、ススキさんは貴方がここにくれば全部終わるといっておりましたが?」
 カトレアの言葉にアサガオはいまいち理解できていない顔で首を傾げた。
「はやく、ススキさんの疑いを晴らしてくださいな」
 暫く目を瞬かせていたが、理解できたのかアサガオはポンと、手を叩き辺りを見回す。
「えっと、王様の直接の死因ってわかるっすか?」
「たしか毒ですわ。でもそれが? 式術で毒を生成することは可能ですし、料理とお皿の数から言っても、先に盛ることは不可能ですわ」
 食器はすべて、数百ペアが用意され、料理自体も何十という皿が用意される。その中から選ぶのは王自身で、残った皿は王より先に毒見役が確認する。そして、王が食べた食器意外から、毒は見付からなかった。
「さらに、王が料理を選んでから食事を終えるまで、誰も食器にすら触れておりませんわ」
「だから、式術だっていうんだね」
 アサガオの言葉に、カトレアは頷く。
「ねぇ、カトレアさん。この部屋は、式術つかえないんだよね」
「そうですわ、それにあの大勢のなかで気が付かれず式術を行使するのは不可能。暗闇の中で蝋燭に火を点してばれないわけがありませんわ」
 ススキほどではないとはいえ、式術近衛団が部屋ではにらみを利かし、部屋自体も式術の行使は不可能、外側からとなれば防護式術をぶち破る必要性がある。
 カトレアは歯噛みをする。生まれてからずっと、共に歩んできた友人一人救うことが出来ないのだ、母を追い式術近衛団の団長にまで上り詰め、それでも雲の上に居る友人の足元にすら届きはしない。そして、手に入れた物もいま全く役には立たない。それが、歯がゆかった。握り締めた拳が、軋む。
「ねぇ、カトレアさん。王様って式術かけられたんだよね。不老の」
「え? ええ。発動した物そのものが入るのは可能ですわ。でないと、この場所を通るたびに、高価なエンチャント品が全部だいなしになってしまうでしょう? あ――」
 そこまでいって、カトレアは一瞬驚きに立ち止まる。
 長いテーブルは今も静かに、部屋の中央に鎮座したままだ。
「じゃ、じゃぁ王はエンチャントで……」
 時限式、条件発動式、他にも色々、確かにそれなら――
「ちがうよ。エンチャントなら、近衛団の人が気がついてるっすよ」
「あ……、じゃぁどうやって……」
 後少しでつかめそうだった尻尾は、一瞬にしてするりと手から逃れていく。
「そりゃ、毒いれたんじゃないかな? 普通に」
「へ? どういうことですの?」
「だから、料理に毒入れられたんだよ。犯人はもう逃げたかな、うーんメイドさんとかに紛れ込んでたら特定できないっすね。誰でも出来るし」
「ちょっと、アサガオさん? 犯人が、って貴方わかったんですの?」
 アサガオは笑いながら、一つ一つ確認するようにテーブルの周りを歩く。
 そして、中央から少し外れた場所で、一度確認するように辺りを見回した。
「ここだよね、王様すわっていたの」
 そういって、カトレアを見た。
「なっ……なんでそこが」
 テーブルは、長さにして十メートル近くある。その一つ一つに食器が並べられ、王はいつも座る場所を自分で選びそこで食事をする。特定することは不可能だったし、いま王が座っていた場所が判る名残は一つも残っていなかった。
 だが、アサガオは王が座っている椅子の前に立っている。
 そして、部屋を一通り見回して笑った。
「あまりに下らなくて、誰も気がついてないだけっすよ。状況と、式術防護があるから安全だと思い込んでるだけ。こんな謎、私が料理するまでも無いね」
 壁があるなら、回り込めばいい。アサガオはそう言うと、人差し指を立て胸を張る。
「さぁ、少なくてもススキさんじゃないよ。私もススキさんもかえっていいっすかね?」
「ちょっとまってください、わたくしには判りませんわ! ちゃんと説明してくださいまし」
 カトレアが、テーブルの向かい側で叫んだ。
「あの……」
 声に振り返ると、部屋の入り口でメイドが一人、顔を出していた。
「お茶お持ちしました」
 鼻にかかる高くかわいらしい声と、容姿が余りにもピッタリでカトレアもアサガオも一瞬驚きに目を見張る。
「あ、ええ。すみませんが、彼女にもお願いしますわ」
「はい、わかりました」
「それと、ススキさんと関係者の皆様を、呼んできてくださいまし」


 テーブルには、むさ苦しい大臣の面々や、その場にいた給仕のメイドや下男、警備をしていた式術近衛団などが顔を連ねていた。
「さぁ、教えてくださいな。アサガオさん。どうやって王が殺されたのか」
 一同の視線を浴び、アサガオは曖昧な笑みを浮かべる。
「あは、あははは。えーとっすね、そんなオオゴトにされるとやりづらいっていうかなんていうか。ほんと、下らないんで」
「では、その下らないトリックの証拠はあるのですか?」
「ほへ、あるっすよ。ほら」
 といって、アサガオは人差し指をピンと立てる。
 みなが、アサガオの人差し指を見るが、そこには何も無い。
「犯人は、この部屋にはいなかった。かといって、城の外にもいませんでした。そして、殺されたのは式術による毒性変異の中毒ではなく、毒を直接料理に入れられたということです」
 それじゃ、といってアサガオは立ち上がる。
「ちょちょちょ、待ってくださいまし! どうやって入れたんですか?」
「上っす」
「はぁ?」
 アサガオの人差し指が刺した先、皆が天井を見上げた。
 そこには、良く見ると小さな穴が何個も開いている。
「犯人は、王様の場所を確認するために、一度この場所にはいっているっす。そのあと部屋をでて天井裏へ移動。天井に穴をあけた。後は、料理の真上に入れるために何回か開けて、紐を通しそこから毒を伝わせて垂らすっと。王様のお皿にだけ毒が入った経緯です。……んじゃ、帰っていいっすか?」
 めんどくさそうに、説明をしてアサガオはため息をつく。
「ちょっと待ってくださいまし、天井裏なんて……それに糸なんか垂らせばすぐにわかりますわ! それにあんな穴なんかあけたらすぐわかるでしょう!?」
「えー、そこまで細かく料理しなきゃだめっすか……」
 がっくりと肩をうなだらせ、アサガオは上目遣いでカトレアを見る。
「アサガオ、私が帰れない。たのむよ」
 そういって、ススキが両手を上げる。彼女の手には手錠がかかったまま。しかも、周りは式術近衛団に囲まれている。
「判りました……。天井は一段さがってるの、多分防護式術のための余裕だと思う。この部屋に入ると、へんな圧迫感があるのはそのため。設計図調べればわかるっす」
 ゆっくりと、並ぶ面々を見つめてアサガオが語りだす。
「それと窓もなくて、蝋燭しか明かりが無い部屋で、細い糸垂らして見つけられる人は多分、いない。色も黒か絨毯の赤に合わせれば完璧だよね」
 皆に、背を向けアサガオは語る。ゆっくりと歩く歩調が、まるで歌を歌うようにリズムを刻んでいた。
「穴あけも、たぶんどうでもよかったはず、つまり逃げ切るだけの時間があればよかった。城に居る人なら、誰でも可能な時点で特定は不可能。でも、その日城にいなかった私とススキさんは関係ない。というわけで」
 くるっと、振り向き指を立てる。
「帰っていいっすか?」
 アサガオの言葉が終わると同時、勢い良く立ち上がる音が響いた。
「確認!」
 カトレアの叫びに、数人の式術近衛団が走り出す。すぐに、入り口で天井の高さを確認し、カトレアに向かって頷いた。
「ススキさん、貴方の言ったとおりになりましたわ。申し訳ありません、もうかえってよろしいですわ」
 ススキは、苦笑しながら立ち上がる。 
「アサガオ、三七飛車成、王手だ」
 ススキの言葉に、アサガオが目を丸くした。
「げ、もしかしてススキさんずっと考えてたんじゃ」
「三万五千八百四手、けっこう骨が折れたぞ」
「うーん」
 唸るアサガオの肩をおし、ススキは部屋を出て行こうとする。
「カトレア、今度は牢屋じゃなくてちゃんと招待してくれよ」
 すまなそうに、カトレアが頭を下げる。銀色の髪が流れるように揺れた。
「ご案内します」
 メイドの一人が二人の前にでて一礼。廊下を歩き始める。
 メイドの跡を追いながら、二人は歩き出す。
「六七桂馬打」
 ポツリと、アサガオが呟くとススキの顔が一瞬にして蒼白になった。
「……まいった」
「ススキさんも、まだまだっす。カルミアちゃんのコンサートチケットですよ」
 負けを認めたのか、両手をあげてススキが、大きなため息をついた。
 迷路のような廊下を、メイドについて二人は歩いている。相変わらず、城は騒がしかったが廊下を人が走り回ってる気配は無い。それどころか、三人以外廊下を歩いている人間はいなかった。
「カルミアちゃん、ねぇ……そういや、爺もいきたがって。あ!」
「あ!」
「牢屋に忘れてきた! すまん、アサガオ先に外出ててくれ。すぐおいつく」 
 言うが早いか、ススキはもと来た道を走り出す。
 残されたのは、メイドとアサガオ。誰も居ない廊下でぽつんと二人が取り残されていた。
「どうしたっすか? とりあえず、あの、案内してほしいんすけど」
 立ち止まっていたメイドが、アサガオの声に振り返る。
「ねぇねぇ、どうしてお茶をのまなかったの?」
 メイドのいきなりの質問に、アサガオは首を傾げ、
「そりゃ、毒入りのお茶なんて飲まないっすよ」
 笑った。
 同時、一気に膨れ上がったのは、緊張。
 弾かれたようにメイドが、アサガオから距離をとった。まるでバネ仕掛けのように一瞬。
「ちぇっちぇ、やっぱり特定してたのか。よくわかったね」
「犯人は、簡単に特定できるっす。最近、新しく雇われた人間。給仕。あなたのメイド服は、他の人に比べて皺が少ないっす。なのに、少し汚れている。天井裏にいったときの埃、叩ききれてないっすよ」
 アサガオの言葉に、一瞬の動揺もせずメイドは彼女を睨む。
「ありゃ、ひっかからないかぁ。私からも質問いいっすかね?」
 視線をそらしてくれれば、逃げられると思っていたアサガオは、ため息混じりに苦笑した。
「……」
 無言で、メイドはアサガオをみている。王を殺す意味を考える。私怨や雇われではないのは、見て判る。だいたい、雇われなら既に居なくなっているだろう。
 となると、出てくる答えは馬鹿げた結果。
「なんで、戦争を引き起こそうとしてるっすか」
「――想像もできないの想像も?」
「うーん、馬鹿げた予想なら……え、でもそんな。ありえないっす! そんなわけが」
 人が死んで何の役に立つのか。間引き、世界のやり直し、統一、技術進歩。そのどれもが意味が無い。創生記に世界を作った三人の天使、人間を作ったつがいの天使。空から落ちてきた天使。空の向こう。
 アサガオは思考する。うまれてこの方、病院の中で培ってきた知識が音を立て、頭の中で渦巻きはじめる。何度予測しても、何度考えなおしても、結果は一つだった。
 ありえない予測。その答えに、アサガオは恐怖する。
 同時、丸い円盤がアサガオに向かって飛んできた。ゆっくりとした放物線を描き、アサガオの手にそれは綺麗におさまる。
「これは?」
「遺産物の、記憶媒体。そこの中央のボタンが起動スイッチ。信じるか信じないかは、好きにして」
 顔を上げたときには、メイドは遠くまで離れていた。
「あなた、名前は!」
 アサガオが叫ぶ。
「ヒマワリ」
 廊下にはもう誰も居ない。銀色の分厚い円盤が一つ、アサガオの手の中で鈍く光っていた。
 城の喧騒が今も尚聞こえる。






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