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連作モノです。ログはこちらへ。
・テーマ「盗む」

 夜空の向こう、歯車はいつまでも回っている。
 
 その日、小さな国の小さな城は賑やかだった。中央から最も遠い小さな国の小さな城。といっても、面積だけなら中央にも負けいない。それ故、人が少ない分閑散とした空気を拭えるものではない。
 ただ、唯一この国のあたりでしか取れない式術の構成媒体があるため、貧乏というわけではない。つまり、土地も金もあるが、人は居ないのだ。人手が無いのだから、城の食事時ともなると大騒ぎなのは仕方が無い。
 さらに、予告状なんて届いたらなお更だった。
「急いで、急いで」
 毎晩のように開かれる食事会の大騒ぎ。その喧騒に負けないぐらいの大声で、メイド長が叫んでいた。
 出来上がった料理を運ぶメイド達が、慌しくメイド長の前を通り過ぎていく。台所からは料理の匂いが、これでもかというほど流れてくる。
 そして、これでもかというほど中からはメイドたちが料理を運び出しているのだ。
 今も、彼女の目の前を二人のメイドが慌しく通り過ぎていく。足音を立てず、手に持った盆は揺れることもなその姿に、メイド長は驚きメイドを視線で追う。
 かすかに揺れるスカートと、黒髪。臨時で、この城の主がつまりはこの国の王が雇ったメイドだった。
 たしか、名前は――
 
「ね、ね。ススキさんって、本当に式術師なの?」
 一緒に歩いていたメイドにいきなり声をかけられ、ススキは一瞬周りを確認する。
「はい、普段は」
「へー、じゃぁやっぱりウンジン様の弟子なんだー、すごいねすごいね」
 見た目、ススキと同い年ぐらいの女性は、嬉しそうに笑う。少し鼻にかかった高い声が元気な笑顔によく似合っていた。
 と、余りに喜んで彼女は手にもった盆を傾けかける。そこにはしっかりと食事が乗っていた。
「危ない」
 開いた手で、ススキが傾いた盆を押さえる。
「わ、わわ。ありがとうありがとう。またやっちゃうところだったよ。ね、ね。ところでススキさんって――」
「この、ワインの産地は何処かご存知ですか?」
 遮るように、発したススキの声に一瞬彼女は目を瞬かせ、視線を泳がせる。
「えーっと、たしかそれは中央の――」
 と、同時カツンと踵の叩く音がした。
 驚きにメイドが振り向くと、メイド長が立っている。
「無駄口はいいですから、早く食事をはこびなさい」
「いえ、ワインの産地を聞いていたのです。聞かれたときに、答えられないと困りますので」
 表情をかえず、ススキが答える。一人取り残されたメイドが、周りをきょろきょろと見回し、すがるようにススキを見た。
 視線に気が付いたススキは、一瞬だけ彼女に視線を向けると薄く笑う。
「そうですか、ならば結構。ヒマワリ、答えられますか?」
「は、はいはいっ。中央で唯一再現された、大昔の製法によるオリジナルのワインです」
「よろしい、あとハイは一度だけですよ」
 そういって、メイド長は二人の前を歩き去っていった。
 そしてメイド長が曲がり角に姿を消すのを見届けると、ヒマワリは大きなため息をついた。
「ふえ、たすかったよ。ありがとうススキさん」
「いえ。急ぎましょう、料理が冷める前に運んでしまわないと」
「そうだね。いこういこう」

『本日、月が中天にかかる時、お宝頂きにあがります』
 飾り気の無い予告状が届いたのは、太陽が丁度空の真上に差し掛かったところだった。
 金と土地に関しては、唸るほどあるがそれを守る人間が少ないのが現状。そんな小さな国、の王は仕方なく、国の近くにすむ伝説に名を連ねる式術師を呼ぶことにした。
「というわけだ、前金はない。守りきったら、褒美をやろう」
「時間になるまでは、どうしたらよいでしょうか」
 ススキの疑問に、脂ぎった顔をしかめ王は考える。
「ふん、メイドの服を着ているのだ。そのまま、メイドの手伝いでもしていろ」
「かしこまりました」
 と、只の気まぐれでススキは臨時の雇われメイドをすることになったのだ。
 視線は鋭く、始めてみる彼女の髪の毛の色、さらには噂に聞く伝説の式術師ウンジンの一番弟子ともなると、殆どのメイドと下男は一歩を引いた。それは、ススキにとってもありがたい話だったが、ヒマワリだけは違った。だが、どっちかといえばヒマワリのほうが補佐される側だったのだけれど。
「やーっとおわったねぇ」
「そうですね」
「ね、ススキさんこれから皆でご飯なんだけど、ススキさんもくるよね?」
「いえ、私は仕事がありますので」
「あ、そかそかぁ。ススキさん盗賊捕まえにきたんだよね。がんばってね」
「ありがとうございます」
 ススキは、上品に笑うとヒマワリに一礼した。風も立てず、衣擦れの音もせず、けれど完璧に。まるで、彼女の髪の毛が流れる音が聞こえてきそうな、完璧な礼だった。
 ヒマワリが、ススキの姿に呆けていると「それでは」と、一言を残しススキは歩いて廊下の奥へと歩き去っていった。
「おー」
 あとには、呆けたヒマワリが取り残されるのみ。

 警備は万全だった。ひとところに集められた、城の金品に城の警備の殆どを使い見張らせる。その時点で盗み出せる方法は限られてくる。完全な、強行突破と、式術による幻覚や物体移動などだ。しかしそのことごとくは、伝説の式術師ウンジンの一番弟子であるススキがいる時点で、現存する式術師では実行不可能となった。
 事実上、金品を盗むことは不可能。つまり、それ以外は――

 城の最上階。アキメネス王はその脂ぎった顔を月明かりに照らし、ため息をついた。
 背も小さく、腹はだらしなく膨らみ垂れ下がり、いやみったらしく笑いつづけた皺が口元に張り付き、薄くなった頭の上に、全く似合わない冠が一つ。
 最上階から見下ろした己の国は、静かに夜に沈んでいる。風が部屋に吹き込み、豪華なカーテンが揺れる。
「やはりそうか」
 そのまま、窓から国を見下ろしながらアキメネスはつぶやく。
「大方、盗りに来たのは」
「そう、取りに来たのは」
 女性の、凛とした声が背後からいきなり響く。
「わしの」
「貴様の」
 闇に溶けず、まるで月明かりのように鋭い声が笑う。
「「命」」
 中天に差し掛かった月明かりが、窓枠を照らす。アキメネスは微動だにしないまま、背後の女に、いや自ら招いた結果に笑った。
「『黒』が……やはり予告状は貴様か」
「……その名前で呼ぶな」
 柔らかな絨毯を踏む音が、ゆっくりと近付いてくる。
「では、こう呼んだほうがいいか。ススキノ・ススキ。齢五百以上を数え、三百年ほど前の戦乱、ウンジン・ベルベッドとともに何十万をくびり殺し、安穏とわが国の影に隠れて生きる寄生虫――っが!」
 とてつもない膂力で、アキメネスは部屋の奥に吹き飛ばされた。扉に背を打ち付け、盛大な音が上がるが警備の人間はやってこない。
 
「アキメネス、誰のおかげで生きていられると思ってる。あの戦乱のなか、救ってやった理由を忘れたのか。もう脳細胞が劣化したのか。貴様も三百を超えた立派な化け物だろう」
 窓を背に、ススキが立っている。只それだけで、まるで押さえつけられるような圧迫感があった。
「糞尿とたらし、私の足元で懇願した約束。もう一度思い出させてやろうか。もう、二度と戦争を起こさせない、そのために助けてくれ。必ず、その約束を守ってみせる――だったか?」
「今も守りつづけているではないか!」
「式術師を集め何をしている、金を集めて何をしている」
 ゆっくりと近付いてくるススキから逃れるように、アキメネスは座り込んだまま後ずさりをする。
「あ、あれは、中央が色無しやらを集めているから、コチラも抑止力が……」
「その循環の先にあったのは何かもう忘れたのか。もういい、やはり――」
 そういって、ススキが一歩踏み出した瞬間だった。
「失礼します。警備の報告にきました」
 鼻にかかる高い声がした。同時、アキメネスが背にしていた扉が開く。
 顔を出したのは、ヒマワリだった。
 見知った顔に、一瞬ススキの注意がそれた。そして、それで十分だった。
「ひゃぁっ」
 アキメネスの腕は、その一瞬の間でヒマワリの体を掴むとまるで物を扱うように己の前に盾にする。ヒマワリの腕を逆手に極め、首を締め上げるようにして立たせる。
「ははははは、わしはついている。残念だったな、ススキ」
「そう思うか」
 何もかも、塗りつぶすような冷たい言葉にアキメネスは言葉を詰まらせた。
「え? え? 王様? あれ? ススキさん? どういうことどいういうこと?」
 ヒマワリは、つかまれたまま動転し、必死に声を出している。
「貴様に殺せるか? 何も知らないメイドを、何も知らない人間を」
 勝ち誇ったようにいうアキメネスを見て、ススキは鼻で笑う。
「――殺せないとでも?」
「ひっ」
 一気に部屋の温度が、下がったような錯覚。肌を削り取るような殺気に、アキメネスは体を振るわせた。
「戦争は、近く必ず起きる。避けられない、いや避けられたはずだが貴様のせいで決定的になった。いま、約束は果たされる。貴様の命は此処で終われ」
 メイド服のエプロンの裏、縫い付けれていた式弾を一つ取り出した。色は、月明かりに映える赤い赤い燃える色。
「だめ! だめだめだめ! ススキさん、人殺しはだめだよ!」
 ヒマワリの叫びに、ススキは一瞬手を止めた。
「戦争がはじまる。そうなれば、一人二人の犠牲ではすまない。小を切るのは、当然の判断だ。そこの下種を殺せば、全て丸くおさまる」
「そんな、人を助けるために人を殺すなんて間違ってる。そんなこと!」
 腕をつかまれ、首を締められてもヒマワリは叫んだ。
「そんなこと王様の仕事だもん!!」
「!」
 一瞬にして、静寂が部屋を覆った。アキメネスの腕は力を失い、ススキの持っていた式弾は床に落ちる。
「そんなこと、ススキさんがすることじゃない! それに、王様が居なくなったら戦争はじまっちゃうじゃない!」
「……」
 何も言えず、ススキは拳を握り締める。
「ひっ、ひぃぃぃぃ!」
 アキメネスはいきなり背を向け走り出した。扉を殴るように開け、廊下へと逃げ出す。
 それを見てもススキは追いかけられなかった。ヒマワリが、唇をかみ締めススキを睨んでいたのだ。
「――どけ、ヒマワリ。でなければお前も殺す」
 見たことも無いような殺意を向けられ、ヒマワリは一瞬体を振るわせた。しかし、目は一度もススキから離れない。じっと、彼女を見つづけていた。
 ススキが、仕方なく身構える。それをみて、ヒマワリは――
 笑った。
「? 怖くないのか? それとも、メイドのプライドか? いいメイドを雇ったな」
 ススキの言葉に、ヒマワリはゆっくりと首を振る。
「だって、ススキさんそんなことしないでしょ?」
「……何でそんなことがいえる」
 ススキは構えを解かないまま、ヒマワリを見た。
「だって、優しい人だもん」
 ススキは苦笑した。そんな、真剣な目でそんなことを言われて殺せるわけも無い。彼女は、構えを解き、ヒマワリに背をむける。
「ススキさん?」
「……わかったよ。あの下種に伝えておいてくれ、戦争がおこったときには真っ先に殺しに来ると。ま、どうせ、今日は脅しに来ただけだしな」
 言うが早いか彼女は、窓から身を躍らせた。
「まって!」
 ヒマワリがかけより窓から身を乗り出した。
 窓の下、仰向けになりながらススキが落ちている。ヒマワリを見止め、一瞬薄く笑った。
 闇に黒いメイド服が、黒い髪が、溶けていく。そして、すぐに見えなくなった。


 月は傾きかけ、夜は一層深まっていた。風は冷たく、音も無く闇が沈む。
 誰も居ない夜道を歩きながら、ススキはポケットから――
「へへへ」
 銀色のネックレスを取り出した。
「まぁ、手ぶらっつーのもな」
 傾いた月明かりを受けて、ネックレスが踊るように光る。









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