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・テーマ「月」

 書割のような黒一辺倒の夜空に、ぽっかりと穴が開いたように月が浮かんでいる。
 
 目の前を歩いている、黒い姿を追いかけて真っ白な影が走る。
 髪の毛どころか、肌にも色が無いその姿は「色なし」と呼ばれる先天性白皮症の姿だ。つまりアルビノとよばれる肌。世界は特に紫外線に満ちているわけではない、まして夜にもなれば無いのに等しい。
 彼女は久しぶりに外出を許され、こうして散歩をしていた。
 夜空にはいつものように、月だけが浮かび、夜の公園をおぼろげに照らし出していた。
「まって、ススキさん」
 言うものの、目の前を歩く黒い姿は一向に速度を緩めない。
 夏には、花火大会までやって賑わう公園だが、こうして時期を外せば人通りは全くといっていいほど無かった。
 レンガ敷きの歩道を抜け、黒い姿がそのまま闇に解けて見えなくなった。
 逆に、彼女の白い姿はどれほどの闇の中でもしっかりと己の輪郭を忘れない。
「んー、やっぱ不便」
 本来人通りがあると、自動的に人間に反応し式術が街灯に明かりをつける。だが、色なしの彼女には、全く反応しない。追いかけていた黒い姿も見えなくなり、彼女は一人で街灯をつける方法がなくなった。
 世界を支える式術は、世界中を便利に住みやすく変えた変わりに、彼女のような色なしには不便極まりない世界を作り出してしまった。
 それでも彼女は笑顔を絶やさない。
「ま、街灯ついたら、この月は見えないっすからね」
 そういって笑った。
 と、奥の茂みの方で木々が擦れる音が聞こえる。こんな夜中に出歩いている人間はいないだろう、となればそれは先ほどはぐれた――
「ススキさん!」
 音が聞こえた方に、彼女は走り出す。
 病院から借りた、白い入院服のワンピースに彼女の名前が書き込まれている。
 『アサガオ』そうかかれた服を揺らし、彼女は茂みに体を滑り込ませていった。鼻に、秋の乾燥したにおいが届く。

 茂みを抜けると、眼の前が一気に開けた。
 真っ黒な広場の中央に、ポツリとライトが光っている。アサガオは一瞬目を凝らす。目の前にはススキが座り込みその小さな明かりを覗き込んでいるようだった。
 丸く、切り取られた林の中、真っ黒なコントラストの中央にライトが光っている。
「ススキさん?」
 一瞬、黒い姿が身じろぎ、アサガオに振り向く。
 すぐに彼女は、元のライトに視線を戻し、そして手を前に置く。
 
 それは一瞬だった。
 広場だと思っていたそれは、湖面だったのだ。
 彼女が揺らした湖面に、つきの明かりが乱反射し、光が乱れ飛んだ。
 まるで、それは桜の花吹雪みたいな光景。
 耳に届いたのは水の音ではなく、風とともに歌う花びらの賛歌。
 広場が光の粒に埋め尽くされていく。
「う、わぁ……」
 ゆっくりと、静まっていく湖面。光は中央に集まり、また月の形をとり始め、揺れては離れ、そしてまた戻っていく。寄せて返す波につられ、月は静かに形を崩しまた戻り、ソレを繰り返す。
「綺麗――」
 湖面は次第に平静を取り戻し、また黒い平面へと戻っていく。
 音を立てるだけで、その平面が崩れてしまう気がして、アサガオはゆっくりゆっくりと足音を立てずに歩み寄る。
 良く見れば、草が途切れて湖面に切り替わる境界が見えた。
 佇んでいる彼女の傍らに、アサガオは座り込む。
 そして、横の彼女がしたように湖面に手を伸ばす。黒くのっぺりとした、その平面にゆっくりと指が触れる。
 そしてまた、世界に光が乱れ飛ぶ。角度を変え、形を変え湖面に光る花びらが舞う。
 座り込んだまま、二つの影はその光の乱舞を長めている。
「ねぇ、ススキさん。私ね、退院することになったんだよ。なのに、お母さんは泣くんだよ、変だよねぇ」
 ススキは無言のまま、中央の月を眺めている。
「引越しするんだって。またやり直そうって、言うんだよ? へんだよねぇ。でもね、私はちょっとうれしかったり。へへへへ」
 そういって、アサガオは自分の頭を掻いて笑った。
「もうね、この国は飽きちゃった。いーっつもおんなじ景色なんだもん。でも、引越ししたらススキさんに会えなくなっちゃうな」
 ゆっくりと風が吹き始めた。真っ黒な樹を揺らし、木々達は抗議の声を控えめに上げる。夜空の向こう、月の明かりを頼りに自分の輪郭を刻み込み、木々がそして草が揺れた。
「向こういっても、頑張るよ。ススキさんも元気でね」
 アサガオが立ち上がる。
 ススキが、それにつられてアサガオを見た。
「バイバイ、ススキさん」
 そう言うと、ススキはゆっくりと首を傾げ、
「ニャ」
 と返事をした。
 手を振り、アサガオは走り出す。ススキと名づけられた黒猫は、また視線を月に戻してゆっくりとあくびをする。
「クァァ」
 月が揺れた。
 





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