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・テーマ「デート」

 遥か遠く、霞が掛かる地平線に大きな歯車が回っている。

 石畳の舗装路とは違う、寂れた裏路地とも違う、雨ざらしになり誰も踏み込まない場所で、黒を基調としたメイド服が揺れた。建物と建物の隙間というと聞こえが悪いが、事実隙間に挟まっているので、なんともいい様が無い。
 黒髪に黒いメイド服のおかげで、息を殺して蹲ると、目の前のとおりからは殆ど見えなくなる。
「やはり、アンパンと牛乳が必要だった……」
 建物から顔半分だけ出しながら、彼女は一人ごちる。
 隙間に挟まっているだけなら目立たないが、顔半分でもだせば目立つことは請け合いだった。
 道行く人に、奇異の視線を向けられていることに気が付かないまま、彼女はそのままの姿勢で、じっと通りの先を睨んでいる。
「ススキさん」
 頭上から声をかけられ、ススキと呼ばれた女性は、視線だけを声のするほうに向けた。
「……」
「ススキさん?」
「ばれた!」
 驚きに、ススキは建物の隙間へと潜り込む。
「あの、どうしたんですか?」
「ツユクサ、何で私が判った」
 隙間に挟まりながら、ススキは目の前の女性に言う。彼女の大きな眼鏡に、建物の隙間に溜まった闇が移りこんでいた。
「顔出してたらわかりますよ。それより何してるんですか?」
「くそ……やっぱり、アンパンと牛乳が……」
 見つけられたことが悔しいのか、ススキは難しい顔をして考え込み始める。
「ススキさん?」
「ん? 尾行だよ。爺がデートに行くって言うから。とうとう、幻覚見え始めたのかとおもって、観察してるんだ」
 彼女の言う爺というのは、伝説の式術師でススキの式術の師で、そして雇い主だ。ツユクサは、生きる伝説級の生き物が、目の前でこんなことをしている事実に、慣れてしまった事にため息をつく。中央に行けば、街一つ破壊してもお咎めなしだというのに、隙間に挟まって尾行だというのだ。
 ため息をつくなという方が、難しい。
「ススキさん……尾行にはアンパンも牛乳もいりません」
「な、なんだってー!」
 黒髪で、黒いメイド服で、生きる伝説の内の一人で、自分の店の常連に、ツユクサはもう一度長いため息をついた。
 いやみったらしく。
 
「な、なぁ。本当にこれでいいのか」
 尾行なら、変装です。
 そうツユクサに諭され、気が付けば彼女の家で着替えさせられていた。
「なんかモサモサするんだが。なぁツユクサ」
 情けない声をあげるススキ。ツユクサは背を向け、なにやら小物を取り上げては鼻歌を歌っている。ススキは気が付いていない、ツユクサの眼鏡が怪しく光っていることも、彼女の口元が獲物を見つけた肉食獣のような笑みをたたえていることも。
 そして、自分が、人気舞台『猫耳魔法少女 抉り出せ☆ ヒノキちゃん!』の主人公、ヒノキのコスプレをしていることも。
 猫の耳と尻尾が気になるのか、引っ張ったり突付いたりと、ススキは落ち着きなく自分の格好を確かめている。銀髪のウィッグに、ヒラヒラな短いスカート、無駄につけられた装飾。どれ一つ、ススキには馴染みの無い物だった。
 小物を一通り選び終えたのか、ツユクサは振り返るとススキに満面の笑顔を向ける。
「じゃぁ、尾行再開しましょう!」

 二人は、ススキが挟まっていた場所までやって来る。たまに、道行く人に奇異の目で見られるが、特にそれススキが気がついた風ではなかった。
 二人の視線の先には、一店の喫茶店があった。
「あそこですか?」
 ツユクサの言葉に、ススキは頷く。一緒に猫耳が揺れるのが面白い。
「私が来たときに、丁度入っていくところだったんだ。多分まだ出ていない」
「じゃぁ、このまま喫茶店はいりましょう」
 軽く言うツユクサに、ススキは疑いの眼差しをむけた。
「ばれないか?」
「ばれませんよ」
「あ、おいツユクサ」
 ススキの手を引っ張り、ツユクサは喫茶店の中へと足を運んだ。
 扉につけられていたベルが、乾いた可愛らしい音を立てる。同時、それに気がついた店員が、二人に顔をむけ、
「いらっしゃ……ぃませ」
 一瞬引きつったが、何とか持ち直した。猫耳魔法少女ヒノキといえば、中央から一番離れてるこんな小さな街でも有名な舞台である。
 その姿は、どうしようもなく目立つが、変わりに中身が誰だかわからないほどに印象があるのも確かだった。
「二名でー」
 動じないツユクサは、一瞬で店の中を見回しウンジンを見つける。
 ススキを引っ張り、彼女は近くに開いた席へとついた。
「ツユクサ……ん?」
 ススキの目の前に置かれた、紙製の使い捨てテーブルマットには、女の子がドレスを着て立っている姿が印刷されている。
「どうしたんですか、ああ、カルミアちゃんですか。有名な歌姫ですよ」
「ふぅん。歌手か、珍しいな」
 目の前で、紙に印刷された女の子は嬉しそうに笑っている。
「お待たせしましたー。コーヒーと紅茶です」
 ススキは、店員が運んできたカップを受け取る。
「ヒノキちゃんですか? かわいいですねー」
「ヒノキ?」
「『猫耳魔法少女 抉り出せ☆ ヒノキちゃん!』の主人公のヒノキちゃんですよー。お客さん、ヒノキちゃんのコスプレでしょ?」
 店員の言葉に、ススキの顔は疑問詞が張り付く。その前で、ツユクサは視線をそらして知らぬ顔をしていた。
「しらないんですか? 人気舞台なんですよ。あ、ほらほらこの子が演じてるんです」
 そういって、テーブルマットを指差した。
 次第に状況を飲み込みはじめてススキの額は、小刻みに痙攣している。
「そ、そうなのか。一つ聞きたいんだが」
 心なしか、ススキの声も震えている。
「はい?」
「その、舞台の内容は、どんななんだ?」
「えっとですね、神様に魔法を授かったヒノキちゃんは、人の願いを無差別にかなえてしまう体になってしまって、偶然に猫耳少女萌えな人の願いをかなえてしまい、猫耳と尻尾が生えてしまうという出だしで……」
 いよいよ、命の危険を感じ始めたツユクサは、ゆっくりと座る位置をずらし始める。ススキの表情は俯いて見えないが、震えているのだけは判った。
「ほ……ほう。で?」
「えっとですね、その男を倒すために、爪で眼球を抉ったり、内臓を抉ったり、悪と戦いながら頑張るお話で」
「……」
「決め台詞は、『大人しくしないと、抉り出しちゃうぞ☆』です。大人しくしても、抉り出すところと、舞台で実際に抉り出すのが人気なんですよー。もう、公演やるたびに劇団の人減っていくし、とってもエキサイティングで〜」
「……ふーん」
 ゆっくり、まるで錆びた蝶番が軋みを上げながら動くように、ゆっくりとススキの顔が上がっていく。
「あー、ススキさん私、用事……が」
「ツ、ユ、ク、サ?」
 口元は笑っているが、目が笑っていない。
 ゆっくりと立ち上がるススキの姿は、それだけでトラウマになりそうな代物だった。
「ひぃ!」
 無意識に上がった叫び声と同時、
「ススキ? なにしてんだ?」
 ウンジンが、気がつき振り返った。
 無言で見詰め合う、師弟。銀髪、猫耳、肉球グローブの弟子をみて、ウンジンは首を傾げる。
「や、しつれい。ヒノキちゃんでしたか。うちのダメイドに声が似ていて……」
 そこまでいって、ウンジンは前を向く。
「おや、ヒノキちゃんが二人?」
 ウンジンの言葉に、ツユクサが彼のデートの相手をのぞき見るように体をそらした。
 そこには、銀髪セミロング、切れ目の目に上品な笑顔を浮かべた女の子が一人。おどろきに、ツユクサは言葉を無くす。目の前にカルミアがいるのだ、有名具合から行けば多分世界一といって間違いないほどの、歌姫が目の前に。あまりのことに、ツユクサは目を丸くして固まる。
「ウンジンさま、私はここですよ。あの人は、私のコスプレをしているんですよ」
「おー、なるほどなるほど」
 判っていないだろう爺、という突っ込みが客全員から無言の視線となって行われるが、ウンジン本人が気が付くことは無い。
「それじゃ、そろそろ行きますね」
 その笑顔と立ち振る舞いは、それこそ売れっ子の舞台女優のそれだった。
「あぁ、あなた」
 そういって、ススキの目の前に立った女の子は、ススキの肩ぐらいまでしか背が無い。しかし、その慇懃無礼な態度が彼女を小さく見せない。
「今日は特別よ? どこがいいの?」
 何を言われているか判らないススキは顔に疑問符を浮かべたまま猫耳を揺らしている。
「ちょっと、はっきりしなさいよ。私、忙しいんだけど」
「え? あ?」
 判らないままススキはうめく。と、頭を掻こうと上げた手をいきなりつかまれた。
「ほら、サインかくから動かないで」
「サイン?」
 判っていないススキの手を開き、カルミアは手持ちのペンでそこにサインを書き込んでいく。
「はい出来た、それじゃ〜ね〜」
 呆然周りすべてをよそに、カルミアは喫茶店を一人軽い足取りで出て行った。
 ススキは無言でツユクサを見る。視線をそらし、ゆっくりと逃げようとするツユクサをススキが後ろから捕まえた。
「まちやがれ! ツユクサ!」
「あははははははははは……ねぇ?」
 襟首を掴み上げられ、なすすべなく持ち上げられるツユクサ。ススキは、開いた手でウィッグを剥ぎ取り床に叩きつけた。
「この!」
「あーススキがいる!」
 黒髪があらわれ、やっと弟子の存在に気が付いたウンジンが叫びをあげた。
「ススキ、ほれほれ『猫耳魔法少女 抉り出せ☆ ヒノキちゃん!』の次回公演のチケットてにいれたぞ。変わりに、劇団員の治療の契約させられたんで、ススキ今度いってくれ。でもチケットはやらないぞ。すごいだろ、いいだろー、あげな――ぐべ」
 はしゃぐ老人にツユクサが飛んだ。まるでボールを放るように、そして綺麗にヒットする。
「殺す! 何もかも!」
 テーブルを持ち上げ、ススキが吼えた。
 ツユクサの下敷きになりながら、ウンジンが顔をだす。 
「ところで、ダメイド。なんでそんな格好して――」

 その日、平和で田舎の小さなまちの喫茶店が火を噴いた。
 街を後にしたメイド服の女性の後ろ姿には、とり忘れた尻尾が揺れていた。









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