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・テーマ「天使」

 窓の外から見える歯車は、もう……見飽きた。
 
 黒い王様は、大変な食いしん坊で手の届くもの全てを食べてしまいました。周りの者達は、皆困り果て、食いしん坊な王様をどうにかできないか、と方々手を尽くしました。
 ある者は、王様にもう止めてくれと叫びました。けれど、王様はその声を食べてしまいます。
 ある者は、石を王様に向かって投げます。けれど、王様はその石も食べてしまいます。
 とうとう皆は、あきれ果て、諦め、いなくなってしまいました。ですが、それを見ていた神様が、三人の天使を使わしたのです。
 三人の天使は大きな玉を作りました、王様に壊されない頑丈で、大きな大きな玉です。そしてその中に、王様を閉じ込めることに成功したのです。
 安全になった場所は王様が食べつくした後で、もう何も残っていませんでした。人が住める場所も、草木が生える場所も。そこで、三人の天使はその玉の周りに地面を作りました。
 そうして大地は王様を中心にまわることになったのです――

「おーう、見舞いに……ありゃ」
 強く開け放たれた扉と大きな声に、アサガオは驚き読んでいた本を取り落としそうになる。
「わっ……わわ」
 細い腕が、必死で大きな本を抱き上げようとするが、ベットに体を預けていたのもあり上手いことつかめずに、逆に弾いてしまった。
「おっと」
 床に落ちかけた本を、横からのびてきた手が受け止める。
「脅かしたか、わるかった」
 そういって、アサガオが寝ているベットの上に本が置かれた。
「あ、ども」
 余りのことに、動転しながらもアサガオは頭をぺこりと下げた。銀髪というよりは、白髪。しかし白髪のような艶のないものではなく、ソレはまるで……。
「アルビノ……か」
 アサガオの顔を覗き込みながら、少し驚いたように入ってきた女性は呟いた。そこで初めてアサガオは声の主の顔を見た。
 余りに綺麗な黒い色に、アサガオは硬直する。メイド服と髪の毛はまるで染めたように黒く、そして対比するように肌は白い。
 ソレは、先ほどまでアサガオが読んでいた本に出てきた、
「黒い王様……」
 そのもののような気がした。
 目の前に立つ彼女の困った顔に、アサガオは慌て、そして本を開いた。
「あの、ほらこの王様。黒い髪の毛なんて、私はじめてみたから」
 そうやって、アサガオは王様の挿絵が載っている場所を指し示す。そこには、丸々に太った黒髪の王様が座り、岩や川を食べている姿が描かれていた。
「……私が?」
「そうっス!」
 力強く、アサガオは頷く。
「……このデブと」
「……あ……」
 丸々とした王様を指差しながら、アサガオは引きつった笑顔を黒い髪の女性に向ける。
「あ〜……、ははははは」
「ははははは」
「はははははははははははは」
 乾いた笑い声が病室を埋め尽くしていく。
 白い壁に白いカーテン、汚れ一つない窓の向こう白い雲が浮かんでいる。そんな白い病室で、白い白い少女は引きつった笑みを浮かべる。傍では、真っ黒な服をきた真っ黒な髪の女性が青筋を立てて笑っていた。

 ふて腐れたメイド服の女性は、ススキと名乗った。今は、少し落ち着いて――といっても今だ怒り覚めやらぬといった感じではあるが――ベットの横にすわっている。
「創世記に出てくる黒い王……か。渋いもんよんでるな」
「えへへへへ。暇なもんで」
 アサガオは頭を掻きながら笑う。
「でも、色無しの視力は殆どないって聞いたんだが、文字とかは大丈夫なのか?」
 色無し、アルビノとよばれるその症状は、体が色素を作れずに起こる病気だ。ソレは体中に及び、本来なら光を色素が遮るはずの眼球は、それを行えず視力が落ちる。
「私は良くわからないんだけど、なんか式術のおかげで大丈夫みたい」
「色無しには、式術の効果がないはずだが……」
 そういってススキは、アサガオの目のあたりに手をかざした。彼女の目のあたりに手をやると、一瞬暗くなったように見える。
「……なるほど、空間固定で直接作用させてるわけじゃないのか」
 何度も、アサガオの前に手をやり彼女はソレを調べる。朝顔の目の周りには、光量を押さえるための式術がかけられており、ソレが彼女の視力を守っていたのだ。
「ススキさんも、式術師なの?」
「ん? ああ、一応な」
「私ね、体がよくなったら式術師になるんだ! 伝説の式術師ウンジン様と、その弟子のススキ……」
 自分で言った言葉に、アサガオは一瞬視線を中に彷徨わせる。
「……す、すき?」
 そういって、ススキを指差す。
「ああ、私の名前はススキだ」
「伝説の……?」
「なんてよばれてるかまで、私はしらない」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!」
 盛大にひっくり返ったアサガオは、布団から滑り落ちた。派手な音をたて、およそ少女とは思えないような格好で、無様に床に倒れこむ。
「面白いな、おまえ」
「うぅ」
 ベットから落ちた、アサガオはずり落ちた布団に埋もれてうめいた。
 白い病院服と、白い彼女の肌は輪郭を溶かしあやふやにしかみえない。
「さて、今日は別の奴の見舞いにきてるんだった。もう行くよ。悪かったなじゃまして。病気しっかりなおせよ」
 ススキはアサガオの手を取るとゆっくりと起こしてやる。立ち上がったアサガオの足は、殆ど包帯に覆われて肌は見えない。
「あ、あの。またきてくれる?」
「そうだな、気が向いたらな」
 そういって、真っ白なアサガオの頭をススキは軽く叩く。
「私、……来週手術なんだ」
 少し沈んだ声に、ススキは笑って頭を撫でた。
「わかったわかった。来週までには絶対来るから。治ったら、式術教えてやるよ」
「ありが……え!? ほんと!? マジで!? きゃーーー! やった!」
 まるで病人には見えないような動きで、アサガオは飛び跳ねて叫ぶ。
「絶対、絶対約束だよ」
 余りに嬉しそうな顔に、ススキもつられて笑った。
 
 三人の天使は、大地を作り力尽きてしまいました。
 王様の周りに住める場所はあるのに、そこは誰も居ない大地になってしまったのです。
 長い間、その大地は誰もいない寂しい所でした。
 其処にまた天使が二人やってきました、赤い髪の天使と、金色の髪の天使です。
 二人は誰もいないこの世界にたどり着くと、世界を彩り、そして人々を作りました。
 人々は増え、そして大地に満ちました。気が付いたときには天使は彼らの前から姿を消し、そして人々だけが残りました――

「アサガオ」
 よばれた声に、アサガオは顔を上げる。
 気が付けば、母親が傍に立っていた。派手な服装で、指や首にはきらきらと光るアクセサリがつけられている。自分の家は貧しかったはずだ、アサガオは思う。
 いつの頃からだろう、こんなに、母親が派手になったのは。
「お母さん」
「体調はどう? どこもおかしくない?」
「う、うん。大丈夫だよ。いつも心配しているねお母さんは」
 香水の匂いに、一瞬アサガオは目眩を起こす。
「あたりまえでしょ、貴方は私の大事な大事な天使なのよ」
「天使?」
「そうよ、天使。アサガオ、貴方は私の大事な天使なの。だから頑張って生きて頂戴、どこかおかしいときはすぐに言うのよ」
 張り付いたような笑顔に、アサガオは頷くしかなかった。いつこの頃からか、母親は変わった。でも、いつの頃だろうか、アサガオには思い出せない。いつの頃から……。
「何かほしいものはない? 何でも買って上げるわ。もうすぐ手術よ、がんばりましょう」
 自分がほしい物は……。
「お母さん」
「なに? 何が欲しい?」
「私、治るのかな……私、何回手術したっけ……ねぇ、この肌の色は、この髪の毛は、この目は治る……のかな」
「治るわ、時間をかければかならず。お医者様がいってらしたもの」
 扉が、けたたましい音を立てて開いた。
「今……なんていった……」
「だっ、誰ですか! 貴方!」
 扉の向こうに立っていたのは、黒いメイド服を着込んだ黒髪の女性。ススキだった。
「ススキ……さん」
「アサガオ、今なんていった!」
 ススキはベットの傍までやってくると、布団を叩き詰め寄った。
「え……治るかなって。この病気」
「アルビノは、色無しは……病気じゃない、先天的な疾患ではあるが、ハンデではない。そして、手術なんかで治りなんか――」
「貴方! なんなのいったい! 勝手に人の娘に変なこと、吹き込まないでください!」
 ススキの言葉を遮って、アサガオの母親が叫んだ。
「……」
 つかみ掛かられたススキは、冷ややかにアサガオの母親を見下ろしていた。
「出て行ってください!」
「そのネックレス」
「!」
「……貴様、実の娘に何をさせている。いや、言わなくて良い。大体……わかる。アサガオの足に巻かれている包帯、あの下はどうなってる。おい、もう一度聞く」
 一度言葉を切り、ススキは息を吐く。
「お前は、娘に、何をした?」
 アサガオの場所からは、ススキの顔は見えない。けれど、彼女の声は余りにも恐ろしかった。部屋の温度が急に下がったような、腹に刺さるとてつもなく重たい怒り、そして憤り。
「あ、アサガオ? お母さん、用事があるから行くわね? それじゃあね」
 そういって、ススキの手を払いのけた彼女は、逃げ出すように病室から走り去っていった。
「ススキ、さん?」
「なぁ、この病室四人収容の病室だよな」
「そうっす……」
「他に病人はこなかったのか?」
 ススキに言われて、アサガオは友人になった友達のことを思い出す。色々な人が入れかわり、立ち代りはいっていた。
 彼女等に共通するのは、
「ううん、いたよ。えーとね、私と同じ色無しの子――」
 ブチリと、何かが切れる音が聞こえた。肉のさけるような、嫌な音だ。低いくせに、良く響くその音と同時、部屋は更に温度を下げた。
 けれど、アサガオは背に嫌な汗をかいている。緊張。息苦しく、寒気がする。なのに、なぜかちりちりと、肌が焼けるような感覚。
 アサガオはしらない、決定的な殺意という物に遭遇したことのないアサガオには、それが何なのか判らなかった。
「アサガオ……お前は病気じゃない。お前は手術を受ける必要はない、拒め。いいな?」
「でも、そしたら私は……」
「創世記の、力尽きた三人の天使はどうなったか知ってるか?」
「え? 力尽きてそのまま死んだんじゃ」
 アサガオは首を捻る。流れるように髪の毛が彼女の背を滑った。
「三人の天使は大地を支えるために、生贄にされたのさ。今だに搾取されつづけている、奪われつづけているんだ命も、時間も、何もかも。アサガオ、お前は天使なんかじゃない、いいか。手術はこれ以上受けるな」
 ススキはゆっくりと病室の扉まで歩み寄ると一度だけ、アサガオを振り返える。
「まって!」
 その顔をみて、反射的にアサガオは声を出していた。悲しみに染まりきり、
「まって、ススキさん。行かないで……。私は、……手術をうけるよ」
「ダメだ、お前は自分が何をされているかわかっていない。いいか、私の言うとおりに――」
「知ってるもん!」
 アサガオの言葉に、ススキが一瞬震えた。
「知ってるもん。――知ってる、もん。自分の体だもの……」
 包帯の巻かれた足。手術の後はいつもこうなる。その前は両腕と肩だった。その前はお腹。そしてその前は……。いつもそうだ。染みるような痛みは治まらない。手術の後の方が体が痛い。何が起こっているか自分でわかるのだ。
「私の……皮。売られているんでしょ?」
「……」
 ススキが目をそらす。
 昔、まだ戦争が日常だった頃。アルビノは重宝された。彼等は、式術の対象にならないのだ。世界を彩る理から外れた者たち、色無しは最強の盾だった。
 幾つもの、非人道的な武具すら作られた歴史もある。彼等の皮を剥ぎ、縫いつけた対式術用の盾。槍の先に縫いつけた、式術無効化兵器。おぞましいその技術は平然と利用さて、アルビノとして生まれた人間は、死ぬまで永遠にその皮を剥がれることになる。
 その事を、アサガオが知ってるはずはなかったが、それでも気がついたのだろう。
 ススキは目を伏せ何も言わない。
 体の皮が一部とはいえ、剥がされているのが気がつかないほうがおかしい。
「だったら、なぜ」
「えへへへ、私ね入院する前はねずっとお母さんに迷惑かけてきたんだ。ほら、殆ど何も見えないし、それに……私の家貧乏だったから……。こんな私でも役に立てるなら……手術、うけるよ」
 布団を握り締め、何かに耐えるようにアサガオは言葉を吐き出す。
 それをみて、ススキは何もいえなかった。
「えへへへ、式術おしえてもらえないね」
「私は……そんなこと認めない……そんなことを許すわけには――」
「ススキさん」
 アサガオの声は穏やかだった。まるで諭すような、静かな響きにススキは口篭もる。
「伝説の式術師ウンジン様の最初にして最後の弟子。私は、ススキさんが何をしようとしてるかわかる。でもね、いいの。いいの……ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」
「だが!」
「そんなことしたって、誰も救われないんだよ?! お医者様を止めたって、私のお母さんを止めたって誰も幸せになんかなれないんだよ! だから――」
「自分はいいのかよ!」
「私は……私は、幸せだよっ! 世界一、幸せ! だから、この幸せを奪わないで!」
 その言葉に、ススキは座り込んでしまった。行き場を無くした怒りは、彼女の唇を噛み切り、握り締めた拳を赤く染めている。
 アサガオはベットから下りた。足には包帯がきっちりと巻かれている。痛みはもうない、ずいぶんと前に手術した跡だ。
 冷たい床をしっかりと踏みしめ、彼女はススキに歩み寄る。
「御免なさい。ススキさん。私は、手術を受けます」
 アサガオは泣いていた。
「いいの、か」
「うん。私は、天使だから。何も言わないまま、皆のために尽くしている天使だから」
 その笑顔は、きっと永遠に忘れられない物になるだろう。
 ススキは、彼女の濡れた頬を拭った。

 三人の天使は力尽き、そして自分たちの作った地面に伏してしましました。飛ぶ力もなく、彼等は地面に体を横たえて時がたつのを只ながめていました。
 天使の一人、エクス=マグイスが言いました。
「ああ、我が朋友にして永遠の隣人達よ。一つ、私に提案がある」
 マグイスの言葉に、マキナ=アリヴィが顔を上げて首を傾げました。
「どうしたのだ、マグイス。われ等に力はなかったのだ、歯車で出来た大地を作ることは出来ても、命を育てるだけの力はのこっていない」
 アリヴィの言葉に、デウス=ドライヴも体を起こしました。
「そうだ、我の隣人にして盟友のマグイスよ。我々にはもう、力はない。此処でただ何も出来ずに時間がたつのを、待つしかないのだ」
「いいや、我が朋友にして永遠の隣人達よ、まだ我等にはやることがある、そしてやれることがある」
 立ち上がり、自分たちが作り出した大地を見下ろします。草の一本、動物の一匹すら居ないこの命のない大地には、静かに彼等の下で回っていました。
「あそこに、いつか命が生まれたとき。どうか、苦しまずに生きていくために」
 マグイスの言葉に、アリヴィが驚きそして立ち上がりました。
「そうか、われ等が礎になれば」
 二人を見上げて、ドライヴが寂しそうな顔をします。
「われ等のことを知って、嘆くものは不幸になってしまう。犠牲は、出来れば避けたいと思うのだ、我の朋友にして永遠の隣人よ」
「確かに、犠牲は美しくない。だが、皆が平等に幸せになることもまた不可能。我等は、このまま朽ち果てるのみならば、役に立たなくなったのならば」
「そうか、そうだな」
 マグイスの言葉を遮り、ドライヴも立ち上がりました。
「そう、まだ我には、そして我等には出来る事がある。命が、苦しまないように、嘆かないように、私たちが支えよう」
「そうしよう」
「そうしよう」
 そうして、三人の天使はわかれ、方々に分かれ大地に命をささげたのです。









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