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・テーマ「使用不可能な武器」

 いつまでたっても、私の歯車は止まることは無い。

「ススキお姉さま、はやくはやく!」
 それは、遠い日の思い出。
「あ、おい、フィリフェラ」
 目の前を走る少女を、追いかけた記憶。
「ほら! お母様におしえてもらいましたの!」
 丘を登りきり一気に開けた視界の向こう、巨大な歯車が回っている。地平線から雲を突き抜け、遠近法すら無視した大きい歯車だ。 
 そしてその歯車の中央付近に、夕日が差し掛かり歯車が真っ赤に染まっていた。
「すごいでしょう? この国のこの場所でしかみれませんのよ?」
 フィリフェラとよばれた少女は、その夕日をせにススキに向かって上品に笑った。
 目を見張る銀髪が、赤く染まっている。気品漂うドレスも突き抜けた夕日の赤は、世界中を容赦なく染め上げていた。
「ああ、綺麗だ……」
 呟いた相手は夕日だったのか、それともフィリフェラにだったのか。
 遠い向こう、霞がかかるほど遠く歯車は回りつづけている。
 いつまでも。永遠に。永久に。


 中央都市の賑やかさに、ススキはため息をついた。建物と建物の隙間から、彼女はじっと大通りを眺めている。黒を基調としたメイド服はその闇にとけ、彼女の黒髪もやはり輪郭をあやふやにしていた。ただ唯一、白いエプロンだけがその姿をはっきりと誇示している。
「カトレアのやつ……」
 彼女の呟きは、大通りの喧騒にかき消されていく。
 ススキは苦虫を噛み潰したような顔で、数時間前のことを思い出した。

「勝負ですわ! ススキさん、貴方が国に来たくないと言うのでしたら、今此処で白黒はっきりさせましょう。負けたら勝った方の言うことを聞く、という事でよろしいですわね!?」
 原色をあしらった中央式術近衛団の制服が、声の主と一緒に揺れる。
「か、カトレア。お前、こんな事を勝負なんかで……」
 それは、ススキとススキの式術の師であり雇い主であるウンジン、その二人の勧誘である。カトレアと呼ばれた女性は、中央の国の式術近衛団団長の腕章を腕に、必死の形相でススキにくいかかっていた。だが、綺麗な銀髪を振り乱し、顔を真っ赤にしてもなおその美貌は失われることはない。
「幼馴染としてもお願いします。といっても、貴方は首を縦に振らないのでしょう。ですから、勝負ですわ!」
 カトレアとは、古くからの付き合いだった。ススキは彼女の子供の頃から知っている。そして子供の頃から変わっていない性格に、苦笑を混じらせた。
「わかったよ……」
 式術で負ける理由はなく、身体能力で負ける気もしない。例え、天下の中央近衛団の団長であろうともだ。ジャンケンぐらいしか負ける勝負は思いつかない。ススキは、しつこい友人を黙らせるために頷いた。
「では、中央で」
「中央で?」
「逆ナンパ勝負ですわ!」
「はぁ!?」

 思い出してまたススキはため息をつく。
「子供の頃は私と同じだったんだが……」
 そういってススキは自分の胸を見る。同時、胸をそらせ口元に手をあて、オホホホホといやみったらしくカトレアを思い出しヘコむ。更に、綺麗なあの銀髪がまたススキをへこませる要因になっていた。
 五年ぶりに現れたと思ったら、迷惑もいいところだ。ススキは、心の中で一人ごちる。
「くそ……、不公平だ」
 体を支えるように抱きかかえた箒が、彼女の握力で軋みを上げた。
 目の前を行く人間は途切れることを知らず、さすが中央といわざるを得ないほどの人ごみだった。
 箒を杖代わりに、ススキは何とか自分を奮い立たせると深呼吸を一つ。
「やるしかない……」
 諦めれば簡単に覚悟できる。勢い良く息を吐き出すと、ススキは挟まっていた隙間から、大通りへと踊り出た。
 いきなり、建物の隙間からメイドが飛び出したので人の流れが止まる。その状況にススキは耐えられず、そそくさと大通りを去っていった。飛び出す前の決心は、既にどこかへと飛んでいってしまっていた。
「いかん……いかん」
 大通りを横切り、向かいの小道へと逃げ出すといきなり人の流れは途切れる。
 そのことに安心し、ススキは道にしゃがみ込んでしまった。
「あーーー」
 余りに不慣れなことに、なぜか行動を起こす前から羞恥心が体中を蝕んでいる。こんなことをしている間にも、カトレアは逆ナンパに成功しているのだろう。その焦りと、そして恥ずかしさにススキの頭は埋め尽くされていた。
 と、視界を埋め尽くしていた地面が影に染まる。
「あの、大丈夫ですか?」
 顔を上げると、気の弱そうな男が覗き込んでいた。
「これだ!」
「え!?」
 いきなり叫んだススキに、驚き男が仰け反る。
 その男の手をススキは掴むと、力いっぱい引っ張り、
「付いて来い!」
「ええええええええ!」
 走り出した。

 国が一望できる丘、その場所にカトレアは立っていた。傍には長身痩躯の男性が一人。彼女の綺麗な銀髪は、丘を吹く風に、まるで流れるように揺れていた。
 式術近衛団の制服は着ておらず、豪華なドレスのような服に身を包み、毅然として立つ姿はそれこそ威風堂々といった風である。
「遅かったですわね、ススキさん」
「……くそ」
「あら、あらあらあら。ススキさん、貴方ナンパに成功したんですの?」
 その言葉は、心底驚きに満ちていた。
「あ、たりまえだ!」 
「本当に? その方のお名前は?」
「うっ」
 引っ張られて来ただけの男性は、何が起こっているのかわからない、といった風に辺りを見回している。
「どうやって?」
「……引っ張っ……」
 カトレアの言葉にススキは口篭もる。
「え?」
「引っ張ってきた」
「はぁ? ススキさん、それはナンパじゃなくて拉致ですわ!」
「う……」
 その言葉に、ススキは手を離す。
「あの、行っていいんですか」
「ああ……」
 ススキの言葉に、男は丘を下りていく。途中何度か振り返るがススキは彼を引き止めなかった。彼女は俯き、うなだれたままだ。
「私の勝ち、ですわね」
「神は死んだのか……」
「もう行って、いいですわよ」
 カトレアが、横に立っている男に伝えると男は、いきなり姿勢を正し、
「はっ! 失礼します」
 そう行って、一度式術近衛団の敬礼をして踵を返す。
 ススキの横を抜けるときに一度頭をさげ、彼は丘を下っていった。
「……」
「……減給……ですわ」
「カートーレーアー!」
「ま、まぁ落ち着いてくださいまし。え……とほら引き分けという事で、ね?」
 相変わらずの物言いに、ススキは毒気を抜かれ崩れ落ちる。
「全く、お前は……」
「ススキさんが、まともにナンパしてくるなんてありえませんしね……どうしても、近衛団にはきてくれませんか」
「……すまん。私は、ああいうところは無理だ」
 座り込んだまま、ススキは丘から国を見下ろす。大きな国だ、そして力強い。
「ですわね……。始めから、わかりきったことですが――」
「お母様!」
 幼い声が後ろからとび、ススキとカトレアは振り向く。
 視線の先、カトレアを同じく綺麗な銀髪をした三、四歳程の女の子がこちらに向かって走ってきていた。
 疑問におもったススキは、カトレアを見るとカトレアもススキを見て罰の悪そうな顔をする。
「え? は? もしかして、おまえの」
「……そうですわっ」
 言い訳も無理だと諦めたのかカトレアはため息混じりに呟く。
「お母様!」
 追いついた少女は、飛び込むようにカトレアに向かってじゃんぷした。驚き、カトレアは手を伸ばし少女を受け止める。
「フィリフェラ、危ないですわよ」
「! フィリフェラ……」
 懐かしい名前に、ススキは硬直する。
「そうですわ、私の祖母から名前をもらいました」
 言いながらカトレアは娘を抱いた。フィリフェラは彼女の首に抱きつき、安心したのか目を瞑る。そしてすぐに、安心しきった寝息を立て始めた。
「時間が流れるのは、早いな」
 幼い頃を知っているからこそ、その思いは強く。
「貴方が立ち止まっているから、そう思うのですわ」
 己が置いて行かれている事実に、それは更に強くなる。
「私はいつも置いてけぼりだ」
「私が、貴方を置いていきまして?」
「いつか、お前も老いて死ぬ。お前の母がそうだったように、そしてその子と同じ名の女性がそうだったように。でも、私はそのままだ」
 顔を伏せ、ススキは丘から下に広がる国を見下ろす。次第に傾きだした太陽は、色を赤くそめ始めていた。
「安心してくださいまし。私がいなくなっても、この子がいますわ。この子がいなくなれば、この子の子が貴方と共にいます。私たち一族は、貴方と共にあります」
「……ふん」
 照れくさそうにススキは鼻を鳴らす。辺りが夕日に赤く染まりだし、彼女の顔も赤くそまっていた。
「友は、共にいるからこそ、ともと言いますのよ。貴方と私たちは友達ですわ。母も、祖母も、曾祖母も、ずっと貴方は一緒にいてくださったではありませんか」
 その言葉に、一瞬ススキはカトレアを一瞥した。
「ふん……私は、女同士の友情には懐疑的なんだ」
「あらあら、女の武器も満足に使えない人が女性と!? オーホホホホ、飛んだお笑い種ですわね。そう言うことは、ちゃんと女性らしい体つきになってからおっしゃってくださいまし」
 胸をそらし、口元に手を当て体をそらす。大きな胸が彼女の笑い声と一緒に揺れた。
「なっ、てめぇ!」
「ホーホホホ、悔しかったらその貧相な胸、式術で大きくしてみたらどうですの? ススキお姉ぇさま?」
「カトレアぁ!」
 立ち上がり、ススキが箒を振り上げたときには、既にカトレアは走りだしていた。
「まちやがれ!」
 ススキの叫び声が、夕日に染まる丘に響き渡る。


「ススキお姉さま」
 記憶にあるのは、あの夕日の丘。
「どうした」
 揺れる銀髪を、軽く撫でながらススキが言う。彼女の目前には、車椅子の上に座った老婆がいる。足腰も既に思い通りにならず、歳を刻んできた肌は皺だらけだ。しかし、そんな彼女の銀髪は余りにも美しく、そしてつ艶やかだった。
「わたくしは、貴方と共に、いれましたか?」
 丘には二人の影しかない。ゆっくりと流れる風が、丘に生えている草花を揺らす。その控えめな音は、丘をぬけ空へと舞い上がった。
「ああ、一緒だったさ」
「カトレアを、宜しくお願いします」
「……フィリフェラ」
「わたくしたち一族は、ずっと一緒ですわ。ですから、泣かないで」
 そういって、フィリフェラは顔をあげ、眩しそうに夕日を見る。
「……夕日、綺麗ですわね」
「ああ、綺麗だ……」
 夕日が沈む。
 ススキは、薄暗くなった空を見上げていた。風が彼女の黒髪を揺らす。頬が風に冷たかった。
 美しかった銀髪は、もう、揺れない。









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