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・テーマ「夏祭り」

 のっぺりとした夜空の向こう、静かに歯車は回りつづけている。

 街行く人たちの足取りはどこを見ても軽く、話し声は笑い声が常に混ざっていた。
 夜の空は雲もなく、殺風景をそのまま体言したような寂しい空だった。だがその真っ暗で、飾り気のない夜空すら染め上げる活気は、空気すらも振るわせている。
「にぎやかだな」
 祭の喧騒に負けない、はっきりとした声。黒髪に黒いメイド服、ともすれば夜空の闇に溶けそうな彼女は、楽しそうに隣の少女に声をかけた。
「一年に一度ですから。ススキさんは、降臨祭ははじめてですか?」
 降臨祭と呼ばれるこの祭は、歯車だけで出来ている世界に、初めて人が降りた日を祝う祭だ。丸い土の世界を飛び出し、安住の場所を探し此処にたどり着いたとされている始祖。赤い髪と、金髪の夫婦だったそうだが、詳しいことは記録されていない。
 ただ、その二人と共に此処へたどり着いた巨大な建造物は、今でも歯車と共に世界のどこかを回っているらしい。
「いや、ずっとまえに一度きたかな。もっと静かな祭だったけど」
 見下ろした少女は、綺麗な金髪を揺らして横を歩いている。
 どうやら始祖は金髪の方が優勢遺伝だったらしい。そんな下らないことを、ススキは考えながら歩いていた。
「ここ最近、花火大会とか始めて、それで人が増えたみたいです」
「式術の?」
「殆どはそうですけど、中には本物の火薬のもあるんですよ」
 彼女らの歩みの先は、この国の中央に位置する大きな公園だ。花火が打ちあがる大会の開催場所でもある。
 近付くにつれ人通りは多くなり、人々の声は次第に賑やかになっていく。そして、皆浴衣を着ているので、見た目までが賑やかになる。
「ススキさんも、参加すればいいのに」
「スモモ、私は祭を楽しみに来たんだ、祭をしに来たんじゃない」
 そういって、少女の頭を軽く叩く。
 スモモの言う参加というのは、花火大会のことだ。彼女らの目の前には、参加者募集のビラが壁一面に貼り付けられていた。
「絶対、ススキさんが一位とれるのに」
「私が出たら、それこそフェアじゃないだろ。一応、世界最高峰の式術師の弟子らしいしな。それよりスモモ、お前が出ればいい。一位になったら、ウンジンの弟子にしてもらえるかもしれないぞ」
 世界最高峰、伝説の式術師と呼ばれるウンジンの一番弟子。自分の経歴はそれだけで他の参加者を遠ざけてしまうだろう。それは祭としてダメだと、彼女は思う。
「わ、たしは……」
「そうだった、もう弟子にならなくてもいんだったな」
 けけけけ、と意地悪く笑いながらススキはまたスモモの頭を叩いた。
「ほ、ほら。もう始まりますよ」
 そういってスモモが指をさした上空、巨大な光る花が夜空に咲く。祭の開始合図だ。そして、大会の開始の合図だ。出店を覗いていた者も、道行くものも、みな空を見上げ歓声を上げた。
 大きな大きな、式術による花火が空を彩っていく。

 アシ・ニルドは走っている。一年に一度の大会に出場するためだ。両手に抱えた大きな箱に、丸い弾が大量に入っていた。火薬による花火である。
 アシのいる花火工房、サンショウ花火の主人は、職人として余りに妥協を許さない完ぺき主義だった。一人二人と同僚や先輩が辞めていくなか、アシは師匠であるサンショウの下で一人花火を作りつづけていた。
 アシとサンショウの二人になっても。
「花火は、紳士にしかつくれません。丁寧に、そして確実に。湿気ないようにすばやく。式術が作り出す炎は一瞬でしかくみ上げられない、薄っぺらい炎です。私たちの作る花火は、丁寧に時間をかけて作る、美しい炎でなければなりません」
 不器用だが、彼の師匠はそれだけ情熱をかけていた。そして、そのひたむきな情熱は、重なる歳の前に倒れた。
 倒れる前に作っていた最後の一玉をのこして、サンショウは入院してしまったのだ。
「ただの疲労です、少々無理をしすぎたみたいですね」
 そういって、白いベットの上で体を横たえたサンショウは、急に老け込んだように見えた。いつもピンと張った口ひげも、今は力なく垂れている。
「しっかりしなさい、アシ。最後の一玉は貴方が仕上げなさい」
「師匠、私には……」
 確かに、アシは何度も花火玉を作り上げた経験がある。だが、サンショウが最後に手がけていたのはアシが作ってきた花火玉とは段違いの大きさだった。
「大会では、楽しみにしてくださっている人がいます。それに、式術なんかに負けるわけにはいきません。あんな薄っぺらな物に、私達の炎は屈するわけには行かないのです」
 他に方法もなく、アシは頷く。自信のあるなしではなくなった今、やれることをやるのが正しい、そう信じて。 
 殆ど不眠不休で、アシは期限までにその大玉を見事作り上げた。
 一足先に会場に運ばれていくその大玉を見ながら、アシは緊張から開放される思いだった。
 それがいけなかった。
 倒れるように眠って起きたときには、本当に大会の開始ギリギリだったのだ。
 抱えて運べない大玉は既に運び込んでいたが、小さな花火玉は自分で持っていくつもりで部屋の片隅に積み上げられている。
 真っ青になりながら、用意をし花火玉が入った一抱えもある箱を抱きかかえ、アシは工房を走り出したのだ。
 アシは走っている。人ごみを避け、裏道から会場の裏口へ。その道は暗く、人通りはない。
 その安心が、まずかった。
「ススキさん、こっちなら空いてますよ」
「お、い。スモモ」
「向こうに、高台が――」
 抱えていた箱に衝撃が走る。同時、体のバランスが崩れアシは自分が倒れていくのを感じた。空に大輪の花が咲く。赤と黄色に彩られた光に、あたりの輪郭がはっきりと浮かび上がる。
 その視界の中、花火玉が中を舞うのが見えた。
「きゃぁ!」
「どあ」
 ゴロゴロと、軽い音を立てて花火玉が地面に転がる。真っ青になったアシは、箱を探り当てるとおぼろげな光のなか、玉をもどしていく。導火線は、発射ミスが無いようにかなり燃えやすいつくりになっている、それだけならいいが早打ち用の、発射火薬付きの玉も混ざっているのだ。
「す、すみません」
 スモモの声に、アシは顔をあげた。
「ああ、いや俺も悪かった。すまねぇが、拾うの手伝ってくれないか?」
 背を花火に照らされた少女の顔は今にも泣きそうだった。付き添っていたメイド服の女性は既に転がっている花火玉を拾っている。
「明かり点けますね」
 ――え?
 止めるまもなく、少女は背からバトンを取り出し、振った。
『円取・集下の猩々緋』
 赤い炎を司る構成媒体は、そのまま赤い光へと形を変え少女の足元に陣を描く。変化は一瞬、その時間を持って陣はそのまま炎へと転化した。
「!」
 炎に照らされたそれをみて、スモモは青ざめる。足元に、一つ花火玉が転がっていた。
 ぱしっ、とまるで小さな破裂音をつれ導火線に火がつく。それは、あまりに簡単に終わりを告げる炎。
「ふせろっ!」
 とんだ声と同時、スモモは頭を押さえつけられた。制御を失った炎は霧散していくが、導火線についた炎は消えることは無い。
 火のついた花火玉を、ススキが蹴りあげた。軽い音と共に、玉は真上に。
 だが、火薬を使って打ち出すほどの高さは得られず、三人の頭上で、
 炸裂した。
 小さいとはいえ、眼前で爆ぜた炎の塊は暖かいで済むものではなく、あたりに火の粉を降らせる。しかも粉というよりは、まるで火球だった。重たい音と共に、まだ火のついてない火薬が地面に当たる音すらする。
 抱えていた花火玉をそのままに、スモモをかばうようにススキは覆い被さっていた。背に強烈な熱を感じ、それでも彼女は動こうとしない。
 が、すぐにその熱は背を舐めるように広がり始める。服が燃え出したのだ。
 周りを確認すると、花火玉には奇跡的に引火していなかった。後は自分だけだとばかりにススキは持っていた玉を投げ出す。
「ススキさん!」
 広がっていく炎を地面に押し付けるようにススキは後方にとび、背から地面へと着地した。
「ぐっ……」
 炎にただれた背中の皮膚が、猛烈な痛みを叫ぶ。が、同時に熱は収まった。
「ススキさん!」
「おい、あんた!」
 駆け寄ってくる二人を一瞥すると、真っ暗な空に咲く花火が見えた。痛む背中なんか、ちっぽけだといわんばかりの大輪。
 まったく、なんて綺麗な炎だろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 駆け寄ってきたスモモは、傍らで座り込み泣いている。
「いま、病院のやつよんでくる。まってろ」
 その声に、ススキはアシの手を掴んだ。
「その花火、火薬をつかっているやつだろ。私はさ、それを見にきたんだ。早く会場にいけ、私は問題ない」
「だが……」
「それに、あんた怪我してるだろその肩。スモモ、手伝ってきな。私は一人で病院ぐらいいける」
 体を起こすと、引きつるような痛みが背にはしり一瞬ススキは顔をしかめる。
「ごめんなさい……」
「違う」
 軽い音がして視界がぶれる。一瞬スモモは、殴られたのだとわからなかった。
「ごめんなさい、じゃない。任せてください、だ」
 スモモの滲んだ視界のなか、ススキは笑っていた。

  アシの背を追うように、スモモは走っている。アシの背中には、大きな火傷の跡がある。降り注ぐ火の粉から、花火玉を守るために負った火傷だ。
 そして、自分が追わせた火傷だ。
 スモモは、走りながらその傷から目をそらす。不注意と慢心が生んだ結果が目の前にある。少しはススキに認めてもらえているという慢心が、それこそ花火のように散っていった。
「すまないな、わざわざ手伝ってもらっちゃってよ。本当は、師匠の付き添いしたかったんだろ?」
 始め、スモモはアシが何を言っているのかわからなかった。師匠? 誰が、誰の? 思い至った時には、恥ずかしさとやるせなさと、情けなさが胸にジワリと広がった。そして、ほんの少しだけ嬉しかった。
「師匠、だったら良かったんですけど……。私は力不足で」
「そうだったのか、わりぃわりぃ。あのメイドさんのあんたを見る目、俺の師匠が俺を見る目に似てたからさ、そうおもったんだ」
 そんなものなのだろうか、ウンジンもススキをそんな目で見ていたのだろうか。首を傾げながら、スモモはアシの後を追って走りつづけた。
「そら、もうすぐだ。裏口にでるぞ」
 示された先が、一気に開ける。先ほどまで裏道から、林道へと移り変わっていた景色はいきなりその姿を二つに分けた。
 余りにいきなり開けた視界に、スモモは一瞬目眩すら覚える。
 そこは、いつも正面から見る広場とは全く違った姿だった。まるで舞台に踊り出たような、そんな錯覚すら覚える。
 視界いっぱいに広がるのは、人、人、人。すり鉢状になっている会場の底から見上げた人の川は、余りにも大きく息が詰まりそうなほどだった。
 空を彩る花火が破裂する。その音と同時、わっと歓声が上がる。その音の波に、スモモは一瞬倒れそうになった。
「す、ごい」
「向こうだ、式術と違って火薬の花火は下準備が大変なんだ。もう用意しないと間に合わない。手伝ってくれ、えーと……」
「スモモです」
 そうか、とアシは頷き走り去っていく。会場は、式術師が大勢並んでは順番をまったり、他人の花火を見上げて研究していた。
 そんな裏方の向こう、大きく開けた場所でアシが手を振った。
 また、空で花火が咲いた。一瞬に彩られた鉄杭が本来の姿をあらわす。地面から突き出しているのは、鉄杭ではなくて筒。それが束になったり、規則的に並んだり、辺り一面に鎮座している。
 その中を忙しく駆け回っているアシ。目を凝らし見てみると、筒の中に花火玉を入れている。
「もう、入れちゃうんですか?」
「あ? ああ、こっちはね。順番があるから、俺がやるよ」
「何か手伝えることはありませんか」
 運ぶだけでなんて、きっとススキが怒るに違いない。スモモは、自分の頭を叩いたススキを思い出す。何かしなければ、そう焦った瞬間体の中心が冷えた。
 ――そうやって、焦った結果はどうなった?
 ススキに怪我を負わせ、目の前の青年に怪我を負わせ。自分は尻拭いをしてもらっただけじゃないか。
 しゅんとしたスモモの頭を、火薬の匂いがする手が軽く叩いた。
「頼りにしてるからな。大役だ、しっかり頑張れ。俺の右手の代わりじゃなくて、あの――」
 そういって、彼は観客で溢れかえる向こうを指差した。大きな建物が花火の炎に照らされて、その姿を浮き上がらせる。
 病院だ。
「大事な観客のためにな」
 病院の屋上に、人がいるのが見えた。豆粒ほどだが、柵ではなく確実に人だ。ススキだろうか、目を凝らすがわからない。
 でもスモモは、ススキがあそこで見てくれいるようなきがする。
 だから、息を吸い込む。こう言うときは胸を張るのだ、そう……ススキがするように。
「はい、任せてください!」

 メイド服は別に一着しかないわけではない。だが、メイド服以外に服を持ってはいないし、こんなところに着替えを持って歩いているわけがなかった。
「くそ、スモモじゃなかったら十回は焼き殺していたのに……」
 病院は、夜遅くまでやっていた。祭で出るけが人の対応に、おわれていたのだ。
 すぐに火傷の手当てはしてもらえた。おかげで今は痛みも引いていたし、もとよりこの程度の怪我で参るような体はしていない。
 だが、ススキの精神は限界まで磨り減っていた。
 主に、火傷の手当てをしたのが男性だということと、着慣れないメイド服以外の服を着ていることだ。
 ススキは破れたメイド服でかまわないと言ったのも関わらず、看護婦があつまってきてススキに無理やり着せていったのだ。黒髪というのが珍しかったのだろう。
 結局、浴衣を着るハメになるとは。
 苦虫を噛み潰したような表情で、ススキは病院の屋上で夜風に当たっている。 花火を見に来たといった手前、なんだか見なければ行けない気がしたのだ。
 賑やかな街の喧騒は、病院の屋上から聞くと中々に心地の良いBGMだった。式術の花火を見上げながら、ススキは火薬の花火の番を待つ。
「せっかくのお祭に、怪我ですか?」
 と、背中から声をかけられススキは振り返る。
 そこには、口ひげを蓄えた老紳士がたっていた。といっても身なりは普通に患者が着る入院服だった。けれど、服装など関係の無いようなにじみ出るその雰囲気は、紳士という言葉に相応しいものである。
「ちょっと、火傷をね」
「それはそれは……その匂い、火薬ですね?」
「ん? ああ、火薬の花火が暴発してね。まぁ、小玉だったし他のには引火しなかったから、たいしたことはない」
「……弟子が失礼なことを。申し訳ありません」
 老紳士は、ススキの横に並ぶ。静かに二人視線を合わせないまま、同じ方向を見ている。連続して輝く花火が、二人を照らし出した。
「べつに、アンタの気にすることじゃないさ」
 そういって、ススキはおかしそうに笑う。
「ん、始まったか」
 同時、式術の花火とは比べ物にならない音が空に咲いた。
 空に咲く大輪は、力強くそして繊細な光の尾を残し広がる。
「綺麗だな」
「ありがとうございます……ん? あの炎は……」
 老紳士は眉をひそめる。いつもと打ちあがり方が違う。温度が違うのだ。これは、火種を使った炎ではない。
「私が勝手に式術師を一人つけた……あんたの弟子も、肩を火傷したんだ。すまなかった。勝手なことをした」
 一瞥した、老紳士の目が余りに寂しげだったのでススキは思わず謝る。きっと、火薬にこだわる理由が彼にはあるのだろう。
 だが、老紳士はゆっくりと首を振る。 
「いえ……、そんなことはありません。打ち上げのタイミングは、素晴らしい。よい、お弟子さんをお持ちですね」
「弟子?」
「大事な弟子を見守る目をしておられます」
「はは、そうかもな。そんなもんかもしれない」 
 二人は無言で打ちあがる花火を見ている。きっと、あの下では忙しく立ち回っている二人がいるに違いない。
 また大きな花火が一つ夜空に上がる。

「右! 三号、四号点火」
「はい!」
 目の前で打ちあがる花火の爆音に、かき消せないほどの大声が飛ぶ。
 青年が、空を見上げ叫んでいる。その前で、金髪の少女は杖を握り締めていた。そして、彼女の足元には赤い炎の陣が揺れていた。
「左、連筒、点火!」
「はい!」
 青年の声にあわせ、彼女の足元から炎がねらったように綺麗な放物線を描いて飛ぶ。
 それは、吸い込まれるように青年の指示した筒の中に落ち、程なく風切り音を上げ花火が打ちあがる。
「前と右、連筒!」
「はい!」
 同時、空を埋め尽くすほどの大量の花が咲いた。
「最後だ!」
「はい!」
 彼女は、大きく杖を振り上げる。
 その動きに合わせて、足元の陣からは炎が綺麗な弧を描いて飛んだ。
 とび先は、二人の後ろ。巨大な筒の先。音もなく、炎はその筒に吸い込まれ、
「耳を塞げ!」
 とんでもない衝撃と共に、打ちあがった。
 
 どんな量を使っても、そこには届きはしない。空一面である。空一面なのに、花火ほ大輪は一つ。爆音が、病院の屋上すらも揺るがすほどの大きさ。
「よくやった、スモモ……」
 大空一面を体言した花火は、ゆっくりと空に吸い込まれていく。
 名残惜しむ間もなく、あたりは静寂に包まれた。
 いきなり訪れた静けさは、それこそが花火の名残だといわんばかりにあたりを浸し――
 そして破裂する。
 湧き上がったのは、辺り一面から上がる歓声だった。
「式術も、捨てたものではありませんな」
「そりゃ、私の弟子みたいなもんだからな」
 




猩々緋:しょうじょうひ
特に強い調子の黄みを有した赤い色。






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