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・テーマ「スクール水着」

 太陽を運ぶ歯車は、どこまでも遠く影すら見えない。

 規則的に刻まれる、砂と水の摩擦音。耳を澄ましたら、水の蒸発音だって聞こえてきそうだ。肌を削り取るような質量のある光は砂浜に当たっては、じりじりと音を立てている。どこまでも続くのは、白い砂浜ではなくて、湿り茶色くなった砂浜。所々に、思い出したかのような黒い岩が顔を出しているだけで、あとは気分が悪くなるほどの青い青い海。水平線の向こう、青空に溶け出した海は、白い雲になって漂っている。
「連邦のフナムシは、化け物か……」
 岩の上に座った女性が呟いた。砂浜から顔だした岩の上に座り、彼女は手にもった箒で岩に張り付いたフナムシを突付いている。
 突付いているが、全くフナムシには当たらない。すぐに岩陰に逃げてしまうフナムシをじっと女は眺めていた。
「おーい、ススキ」
 声をかけられて、彼女は顔を上げる。海から顔をだし手を振っているのは、彼女の師匠であり、雇い主のウンジンだ。
 干乾びた老人、というのがピッタリ当てはまるその姿とはまるで似つかない生きの良い動きをしている。
「おーい」
 というよりは、暴れている。
「なんか、ワシ足くわれてるんですがー」
 同時、海面をウンジンが跳ねた。彼の足を咥えたサメがウンジンを振り回し、盛大な水しぶきがあがる。周りは赤く染まり、海は見たくもないような色に染まりだしている。
 それを無視して、ススキはフナムシをつつきはじめる。箒が当たる軽い音だけが、砂浜に響いた。
 夏の海は、いたって平和だ。

 砂浜に、シートを引いて横に大きなパラソルを広げる。肌を焼くつもりのないススキは、その陰に潜り込むと静かに本を開いて読書を開始した。
 波の音は、耳に心地よく届き静かな海はそれだけで一つの風景だった。
 砂浜は、日の照り返しで白く染まり、ウンジンは赤く染まり、所々に突き出た黒い岩とのコントラストがまぶしい。
「情景描写とかしないで。助けてっ!」
「なんだ? 海の家の不味い焼ソバとか食いにいくのか?」
 ススキは本から顔をあげ、目の前の砂浜に横たわるウンジンを見る。足から流れた血が、波打ち際から点々とウンジンの足まで続いていた。
「大体客いないし、おかしいと思ったんだ……」
 うつぶせに、砂浜に横たわりながらウンジンが呟く。
「なんだ、知らなかったのか。てっきり残り少ない余命を、有意義に消費するためにサメの餌になるのかと思っていたんだが」
「こ、ろすきかー!」
 押し寄せる波を切り刻むように、サメが飛び跳ねた。尾ひれが巻き上げる水しぶきが、太陽の光を反射して虹を作る。
「アレを海岸からはなせっつったってなぁ」
 ウンジンは、こんななりをしていても生きる伝説、希代の式術師と呼ばれる世界最高峰の式術師だ。隠居のような生活をしていても、大抵はこうやって厄介な話が回ってくることが多い。
「海に行こうなんていうから……」
 涙を流しながら、それでもその場から動かないウンジンを見つつ、ススキはため息を一つ。
 人食いサメが出るから、どうにかして欲しい。といわれ、ウンジンが寝ているのを無視してその仕事を受けたのだ。
 海水浴と勘違いしたウンジンは喜び勇み、水着を持ち出してきた。そして、何も聞かないまま飛び出していったのだ。ススキは、自分の師は頭がかわいそうな人なのだと、一人納得し後ろをついてきた。結果、目の前でこうして横たわる結果になったわけだが。
「老人虐待だ……」
「餌でつって、沖合いまで誘導すればいいな。よし」
 ススキは一人ごちると、立ち上がりおもむろにウンジンの水着を掴み引きずっていく。
「え、あ……ちょっと。ススキさん! スク水脱げる! 脱げる、あっ、いやー!」
 ウンジンの水着は、紺色のブリーフタイプのスクール水着だった。老人の干乾びた肌には似合わないことこの上ない。
 その水着を掴み、ススキは波打ち際まで歩いていく。目のまでえは、波を打ち払い暴れているサメが居る。浅瀬でこれ以上進めず、かといって先には餌が居る。進みたいが進めないのでサメはグルグルと同じ場所を回ってはまるで威嚇するように海面を尾ひれで叩いていた。
 ススキはサメの居る方向に向かってウンジンを振りかぶった。
「どっせい!」
「だ、ダメイドやめっ――あー!」
 語尾は、どんどんと遠ざかり小さくなっていく。青空に、綺麗な放物線を描いてウンジンが飛んだ。
 遠くで、ウンジンが海に激突する音が可愛く響いた。
 サメが餌を見つけたとばかりに、水面を打つ。
「ぎゃわー!」
 小さい悲鳴が聞こえる。しかし波の向こう、余りしっかりとは聞き取れなかった。
 サメが飛び掛るようにして、ウンジンの居る場所へ大きな口をあけて突進するのが見えた。
『過渡・分筆の紫紺!』
 瞬間、光が走った。それは、海の青を切り裂くような巨大な陣。式術が世界の構成を塗り替える式陣である。紺色に染め上げられた巨大な円陣、紫色の光が突き刺さる。
 ウンジンが紡ぎだす式術は、そのままの勢いでサメを飲み込みススキに向かってのびる。海の深い色を模したその光は、そのまま海その物を押し流しススキに向かって突き進んできた。それは、強大な鉄砲水。しかも先頭では、サメが口をあけている。
 ススキはそれをみて、箒を持ち上げ装填されたままになった式弾を確認する。式弾とは、式術を使うために必要な構成触媒だ、色は殆ど灰色のような紫色。滅紫である。
 それを確認し、式具である箒に再装填する。ばちんと、軽快な音を立てて展開していた箒は元の形に戻る。
『毅然・縦貫の滅紫!』
 陣は一瞬にして展開。黒い紫色の光は、そのままススキの周りを一瞬凪ぐとそのまま前に進む風になる。
 海を突きすすむ、紫色の強大な水の流れに、黒い風がぶち当たった。
 まるでほつれるように水の流れは霧散、本当の意味で海が割れる。
 遠くでウンジンが叫んでいるが、発動した術が途中で止まるわけもない。サメは風に乗ってウンジンの方向へと飛んでいく。サメにしてみれば、大迷惑きわまりないことだろう。
 ウンジンの目の前の海が割れる。
 風におされ、重力に引かれ、そして、
「ぎゃー」
 サメにぶち当たった。同時風は収まり、割れた海は下の形に戻ろうと、大きな顎を閉じていった。地震のような重たい音と共に海が揺れ、大きな飛沫が上がる。ウンジンもサメも、その飛沫の向こう見えなくなった。
 静かな海だけが広がっている。まぶしい空を見上げると、コントラストの高い綺麗な雲が浮かんでいる。
「だーーめーーーーいーーーどーーー!」
 水を掻き分ける音とともに、水しぶきが次第に近付いてきていた。ウンジンがサメの猛攻を凌ぎきりもどってきたのだ。
 が、途中まで近付いてきたウンジンは一向に水から上がろうとしない。上半身を海の上からだしうろうろとしている。
「あの……ススキさん? できれば、荷物から水着とってもらいたいんだが……」
「……」
 サメに水着を持っていかれウンジンはもじもじと海の中に体を沈めていた。年寄りの姿は醜すぎる、ススキはうんざり顔でため息をつき荷物を取りにもどっていった。

「ほらよ」
 紺色の、スクール水着が空に舞う。
「おお! ススキ! さすがはメイド! すばらし――なんじゃこりゃー!」
「私に着せようとしていた水着だ。人がメイド服しか持っていないことをいいことに……。安心しろ、名札だけは外しておいた」
 ウンジンの目の前には、買ったばかりのスクール水着(女性用)が波に揺れていた。
「鬼ー!」
 ススキは、ウンジンの叫びを背にうかながらメイド服を翻し砂浜に戻っていく。が、一瞬立ち止まり、振り返る。
「ああ、サメ戻ってきてるぞ」
「え?」
 遠くに、サメの背びれが蛇行しながら近付いてくるのが見えた。ゆっくりと、しかし確実にウンジンをねらって向かってきている。
「……えーと、あー」
 目の前のスク水(女性用)と、サメを見比べるウンジン。
「血の匂いによってくるっていうしな。ま、頑張れ」
 広い砂浜に、黒いメイド服が揺れた。



*絵師さまは、作者とは別の方です。


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