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・テーマ「花火」

 どんなに栄えても、あの歯車を覆い隠すことは出来ない。

 窓から流れ込んできた、肌を刺す冷たさにツユクサは身震いを一つ、視線を窓へと投げた。木の窓枠の向こう、暗闇の中を突き刺すようにのびた光の中で、雪が降っている。視線を降ろすと、漏れた光に照らされた地面だけが白く雪を積もらせているのが見えた。
 厚い雪雲に覆われた空は、真っ暗で雲の形すらわからないどころか、降っているはずの雪すらも多い隠すほどに暗い。
 街で唯一の紅茶専門店を営むツユクサは、冷たい窓に手を乗せてため息をついた。家の中でも、ほんの少し息が白く染まる。
 祖父がつくったこの店は、既に古くあちこちがたが来ていて好きではない。それどころか、紅茶の葉が保存されてる倉庫なんか、街の外れで不便この上ないのだ。
 両親は既に居なくなって長く、店を畳むタイミングはいくらでもあったように思う。なのに、なぜか店を続けている。
 ――惰性だろうか。
 自分が店に縛り付けられているような気がして、ツユクサは肩を落した。
 嫌いでもないが、意味もない。客は常連ばかりで別に流行るわけでもなく、かといって閉めざるを得ないほどに寂れても居ない。
 なんとも、はっきりとしない気分である。
「あー、ひまだ」
 先ほどから窓枠につけていた手が、冷たさに痛みを叫びだす。手を離せば、窓ガラスに自分の手の跡が白く残っていた。
 と、いきなりその窓の向こうに白い塊が飛び出した。
「ひっ!」
 化け物か何かかと、驚き飛び退るツユクサ。
「よう、ツユクサ」
 しかし、その白い化け物は人の言葉をしゃべった。しかも聞き覚えのある、常連客の声で。
「あ、過ち犯しけむ雑雑の罪事は、天津罪と畔放、溝埋、樋放、頻蒔、串刺、生剥、逆剥、屎戸、許許太久の罪を天津罪と法別けて、国津罪と――!」
「落ち着け。私だ、ススキだ」
 凛としたよく通る声。言葉と同時、窓の向こうにいた白い塊は掻き消え、すぐ横のドアからメイド服の女性が顔を覗かせた。生きる伝説、稀代の式術師、世界を塗りつぶせしむ者……エトセトラ。二つ名が数え切れないほどにあげられる天才式術師ウンジンの、唯一の弟子にして雇われメイドのススキである。とはいえ、彼らが住まう『円環の終着駅』とよばれる場所からさほど離れていないこの街では、彼女らは伝説というには、余りにも身近ではあるのだけれど。
「う、あ……ススキしゃん」
 へたりと、床に倒れこんで見上げたススキは、ツユクサを見下ろして苦笑。
「大祓いとは、嫌われたな。いつものあるか? 切らしちゃってね」
 扉をくぐり彼女の黒い髪の毛は真っ白に雪を被っていて、黒を基調としたメイド服にも雪がつき、いつもの黒いメイドさんから、白いメイドさんへとクラスチェンジしている。
「んあ……御免なさい今丁度切らしてて。れれ、いつもより早くないですか?」
「ああ、ちょっと客が立てこんでね」
「そうですか……。今日中に倉庫いってきますよ。明日取りにきていただければ」
「そう? 雪なのに悪いね。んじゃ、これやるよ」
 そういって、ススキはエプロンの裏から赤い筒状の物を取り出した。式術を使う上で必須である、世界を塗り替える構成触媒の塊。式弾だ。赤い軌跡を描いてそれはツユクサの手に綺麗に収まる。
「わ、銀朱……良いんですか?」
 銀朱とは、式術の赤の種。熱を司る世界の構成だ。
「ん。嫌な客燃やすもよし、嫌な奴の家に火をつけるも良し、好きにしな」
 いいながら、ススキは手を振って店を出て行った。手には鮮やかな赤い弾が一つ、なんだか持っているだけで暖かくなりそうな赤だった。

 店の在庫は、全部といっていいほど倉庫に頼っている。というよりは、倉庫の在庫が無くなったら店を閉めようとツユクサは考えていた。だが、今の今まで倉庫の在庫が少なくなったと思えるような事態には出くわしたことが無い。売れる量が少ないのもあるが、そもそもにおいて大量なのだ。というのも、式術によって、物理遮断保存をされた紅茶の葉は全く腐らない、それに味を占め、祖父が大量に仕入れた結果がコレである。
 真っ暗な、街外れをとぼとぼとツユクサは歩いている。見上げなくても空は真っ黒で、地面に積もった雪は、闇と混ざって灰色だ。前を向いても暗闇で、雪が降ってるかどうかもわからない。ただ、肌に突き刺さるような冷たさと、フードを叩く音だけが雪の存在をおしえていた。
 小屋は山裾に立っており背後は大きな崖になっている、そのため吹き降ろしの風が強く真正面から風が吹いている。風の音はうるさく、視界は嫌味なほどに悪い。
 白い息に混じって、小屋が見えた。
 ツユクサは安堵と疲労に大きな息をつき、フードの雪を払いながら小屋へと近付いていった。
 逃げ込むように小屋に入ると、いきなり辺りが静かになった気がした。
 暗闇の中で、ツユクサは明かりをつけようと照明用の式具に手をかける。照明用とはいえ、普通の式具と構造は殆ど同じで、ただ火を留めるための芯や、周りを覆うガラスがあるというだけの物で、オールドカントリータイプの石油ランプのような形をしている。
 その下部に、式弾をはめ込む穴があいていた。ツユクサはポケットからいつもの式弾を取り出し装填する。手馴れたものだと、自分であきれ返るほどだ。
 息を吸い込み精神を集中。式術は心と力で制御する。とはいえ、落ち着いていれば普通の式術程度であれば誰でも使えるものである。
『励起・糾合の東雲色』
 何かがはじける音がして、一瞬ランプのガラスで覆われている中で陣が溢れた。モチーフは、触媒の反応効率を上げるための呪字。呪字に埋め尽くされ、すぐに陣が消え、残るのは炎――
「あ、あれ」
 いつもとは違う反応に、ツユクサは驚きランプを持つ手を離した。瞬間、制御をなくした陣はガラスを突き破り解けるようにして天井へと広がった。
「銀、朱だ」
 ススキに貰った式弾を間違って装填してしまったらしい。式弾の色を取り違えた発動は、確実に暴発という結果を導く。間違えた数式が、答えを出せないようにまるで式術が発するエネルギーは行き場を失いそして、爆ぜた。
 運がいいといえば運が良い。爆炎は上へと向かい、在庫は無事で済んだ。
 ツユクサは、在庫が大丈夫なことに安堵している自分に、苦笑いを一つ。呆けた顔で穴のあいた天井を見上げた。燃えては居ない、というより屋根にのった雪で上手いこと消えたのだろう。
 ツユクサは立ち上がると、ススキに頼まれていた紅茶の葉を一袋ケースから取り上げて一息つく。
「天井、直さなきゃなぁ」
 天井には大きな穴があき、まるでぽっかりと口をあけているように見える。風は強くないが、それでも雪が振り込んできていた。
 帰ろう、そう呟きフードを被りなおす。此処からまた、街を殆ど横断する距離を歩かなければならないと事実と、穴のあいた天井の修繕を考えると嫌がおうにも足は重くなる。
 扉を閉めて上を見上げる。穴は一部ですんだおかげで、見た目は特に変わったことはなく、大きな崖を背後に、小屋はいつものように佇んでいた。
 ――燃えなくて良かった。
 店を続けることが嫌だと思ってるくせに、安心している自分をみつけツユクサは複雑な顔をする。
 暫く眺めたあと、ツユクサは背を向けて歩き始めた。
 フード越しに、当たる雪の音が聞こえる。目の前は真っ暗で雪の粒は見えないけれど、肌に当たる痛さがそれを教えている。
 足から染み込むような冷たさが感覚を奪うが、特に気にした風もなくツユクサは歩みを進めていた。夜は静かで、耳に届くのは雪を踏みしめる音と、フードを叩く音以外に無い。
 だから、その音はすぐに気がついた。
 何か、大きなものが擦れる音だ。いや崩れる音。音といよりは、振動のようなそんな低い低い唸り。
 背筋に走る悪寒に、ツユクサは振り返る。だが視界の先には、少し小さくなった小屋だけで、他には何も見えない。
「……」
 それでも、嫌な予感は全く収まらず彼女は小屋をじっと見ている。
 唸るような音、地震のように響く重たい音。連続してそれは確かにツユクサの耳を打っている。
 ――もしかして。
 思いついたときには、ツユクサは小屋に向かって駆け出していた。
 爆炎は確かに上に向かっていた。後ろは崖で……出てくる答えはたった一つしかない。
 ――雪崩!
 足を雪に取られて、それでも小屋に向かってツユクサは走る。一歩、一歩が重たく、体の体温が一向に上がらないくせに息だけが上がっていく。
 ああ、こんなにも自分はあの倉庫が大事だったのだ。そんなことに今更気がついて、涙が出そうに成った。消えるかもしれないという恐怖を突きつけられて、やっと気がついた答えは遅すぎる。ポケットに入っている式弾は、いつもランプをつけるために使っている東雲色一つ。
 銀朱があれば……。今更自分の失敗に泣きたくなるほど情けなくなる。
 そして、その瞬間まるで地震がきたような揺れが響いた。
 滝のような、爆発のような、あたりを揺るがす振動という振動。
 ツユクサは持っている式弾を振り上げ、式具無しの式術行使をしようと振りかぶる。
 ――自分にできるのか?
 本来、式術は式弾という燃料と、式具というエンジンがあって初めて力を発揮するのだ。理論上、双方共に無くても式術を行使できるのは確かではある。
『励起・糾合の東――
 瞬間、闇の向こうに真っ白な壁を見た。世界を覆い尽くすような、何もかも飲み込むような、絶対的で余りにも絶望的な質量が空から振ってくる。
 ツユクサは、その余りの巨大さに息が詰まった。
 と、目の前に黒が踊り出る。闇夜すらも寄せ付けない、漆黒よりも暗き純粋な黒。
『狂沸・馴化の鶯』
 その声は、雪の爆音を貫くような凛とした声。何者にも屈せず、ただ前を進む意志が一気に緑色の光に乗って走った。体が浮き上がりそうなとんでもない風だった。今まさに覆い被さろうとする雪の塊が一瞬にして空に爆ぜる。
 ツユクサは、余りの風にへたり込み、手にもっていた東雲色の式弾を落とす。
「全く、無茶をするな」
 振り返った黒い髪の毛、白よりも綺麗な白い肌。ススキが目の前に立っている。
「ど、うして」
「んー。傘を、届にね」
 そういって笑った。手にもって箒は彼女の式具。今だ緑色の淡い光を残しているそれを一振りで振り払う。
「傘なんか……、持ってないじゃないですか」
 泣きそうな声で笑ったツユクサに、肩をすくめ忘れたんだとススキが言った。
「あ、そうだこれ……。ご注文の品です」
 懐に入れていた紅茶の葉を差し出すとススキは目を丸くした。
「マイペースだな……。ありがと、振込みは明日な」
 呆れ顔で、ススキはそれを受け取って空を見上げる。
 舞い上がっていた雪は、やっと落ち着きを取り戻したのか元のように空から降り始める。
「そら、ツユクサ。良いもんがみれるぞ」
 言われて、ツユクサも空を見上げた。
 式術の風は雲すらも払い、風に乗った雪だけが降り注いでいる。
 空にぽっかりとあいた穴からは、大きな月が顔を出し始め、
「うわぁ」
 あたりを一気に銀色に染め上げる。まるで雨上がりようにそれは広がり、雪は月光を受けて踊るように夜空を舞っている。
 雪の輪郭は、月明かりを受けて夜空に銀色の軌跡を刻む。
 それはまるで夜空一面に咲いた、
「花火……」
 雪は、空に溶ける火の粉のように、ゆっくりと空から降っている。
 小屋は静かに、月明かりを浴びていつものように佇んでいた。それをみて、良かったと思える自分に、ツユクサは薄く笑った。
 まぁ、乱暴だけど優しい常連が来てくれるうちは続けようか、そんなことを考えながら見上げた夜空。モノクロームの花火は空にその姿を広げていた。


*注 絵師は作者ではありません。




銀朱:ぎんしゅ
 天然に産する真朱に対し、銀朱は水銀を用いた人造の朱のことである

鶯:うぐいす
 鶯の羽の色からきた色名。鶸色より暗い黄緑色。

>「あ、過ち犯しけむ雑雑の罪事は、天津罪と畔放、溝埋、樋放、頻蒔、串刺、生剥、逆剥、屎戸、許許太久の罪を天津罪と法別けて、国津罪と――!」
読み:
 あやまちおかしけむくさぐさのつみごとは あまつつみと
 過ち犯しけむ雑雑の罪事は 天津罪と 

 あはなち みぞうめ ひはなち しきまき くしさし いきはぎ さかはぎ くそへ
 畔放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸

 ここだくのつみをあまつつみとのりわけて くにつつみと
 許許太久の罪を天津罪と法別けて 国津罪と

 『大祓祝詞』の一節。訳すとなると余りにも大量になるので割愛。ネットで探せば見付かる程度のものですので。興味がある方はどうぞ。





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