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・テーマ「まぼろし」

 無音。
 宇宙はどこまでも冷たく、無慈悲で、無機質だった。感情よりも論理が、道徳よりも法則がすべてを支配している。
 昔人は一つの星に住んでいたという。なんとも窮屈で、なんとも閉塞的で、なんとも自虐的で、そしてなんて―――
 平和だったのだろうか。
 宇宙は燃やされ、ニ度ひっくり返っり、三度流された。既に太陽系第三惑星なんて考古学の用語の一つに成り下って幾千。
 遠くから見たそれは、星のそれではなく、へこんだボールだった。地球とかつて呼ばれていたその固まりは、ごっそりとスプーンで抉られたような、球と呼ぶにはほど遠い形になっている。既にあった自転は、落としてきた欠片と共にどこかへ置き忘れて幾万。
 公転していたその速度を全て別の方向に向けてしまった地球は、最早太陽系を空に見上げる位置に達して幾億。
 太陽系を飛び出してしまった地球は、ただただ離れ行く故郷を見上げて極寒の無へと飛び出した。だから月が火星にぶつかったなんて、既にもう遠い世界の御伽噺なのだ。
 なんせどれだけ爆発しても、音なんて届きもしやしないのだから―――
 
 宇宙に飛び出したという言葉が、進化論の一用語になっても人は戦争を止めることは出来なかった。巡航艦『ドアノブ』は、テスト航行を終え母艦へと帰頭中だった。薄暗い艦橋に、人間が一人。艦橋は照明の殆どを落とし、たまに思い出したようにアクセスランプが点滅する程度だった。最新鋭の戦術機のテストを兼ねた航行は、予想以上に退屈で艦に補助要員を乗せるべきだったと、ユウは一人舌打ちをする。そして開いた口から漏れたのは歌。
「貴様と俺とは同期の桜〜」
 艦長席に体を投げ出し、戦術版に足を投げ出したユウは一人寂しさを紛らわすように歌を歌っている。
『航行プロセス八〇%クリア。航宙母艦『アイドル声優』への定時連絡を開始します』
 流れる無機質なアナウンスは、最新鋭と謳われている戦術機の声。確かに発音に違和感はなく、今までの戦術機なんか比べ物にならない性能を見せつけた。
 根性空間湾曲移動の出現座標算出までの時間は、ゆうに十分の一という速度をはじき出したし、取るデーターが片っ端から規格外の数値をたたき出す様は、いくら無機質なアナウンスでも許せるほどではある。いまや母艦に詰まれている三連連結戦術機『まぎっぽい』すら足元に及ばないであろう。
「同じ兵学校の庭に咲く〜」
 アナウンスを上の空で聞きながら、ユウは上機嫌で歌をうたっている。
『定時連絡を終了します』
 そういって、アナウンスはぶつりと途切れた。
「おい!」
『お呼びでしょうか、艦長』
「つっこめよ!」
『なんでやねん』
 盛大な音があがる。目の前に広がる、広さ八畳ほどの戦術板にユウは突っ伏していた。
 ため息をついたユウは戦術板に体を乗せたまま、仰向けに転がる。
「おまえ、さ。なんか無いわけ? もっと最新鋭っぽいところとかさ」
『テスト項目中全項目百%能力を発揮できていると――』
「割合なんてきいてねぇよ! たとえばさほら」
 そういってユウは、天井を指す。現在艦橋は、全天モードに設定されており、艦橋の外が見えている。ソレは、ガラス越しのようなものではなくて、カメラに映った映像では有るのだけれど。
小惑星6562、TAKOYAKIでしょうか?』
「そうじゃなくて! 一杯光ってるだろう?」
『恒星がなにか?』
「綺麗だろ?」
『三ルクス』
 戦術機の言葉に、ユウは大きなため息をついた。どうしてもユウは、今見ている銀河団の綺麗さを誰かに伝えたかった。まるで、花のように広がり広大な星。煙り様に広がる星空。
 まるで――
「桜みてぇじゃねぇか」
『艦長は、幻覚を見ていると判断します』
「確率は?」
『六十九%』
 間もおかず帰ってくる数字に、ユウは頭をかかえ、またため息をついた。
 その瞬間、いきなりけたたましく電子音が響く。驚き跳ね上がるユウの頭の上で、アナウンスが告げた。
『根性空間湾曲移動を確認。根性タイプは敵船団の、主戦力部隊に九十八%酷似。敵戦力と判断します』
 何度聞いても、背骨をかき回されるような不愉快な警告音。ユウは頭を振りながら、立ち上がり艦長席へと体を移した。投げ出すように椅子に体を預けると、すでに彼女の顔は指揮官のそれになる。
「戦闘準備。それと『アイドル声優』に連絡」
『戦闘開始の確認は?』
「なしだ、相手はまっちゃくれない」
 了解の一言を残し、声が一瞬消える。同時、艦橋を埋め尽くしていた暗闇が晴れ渡っていく。駆動音が静かに響く、遠く全天モードのスクリーンに移る星ではなくて、
「多いな」
 敵艦。
 機影はまるで光の海のように、その姿を銀河を背景に横たえていた。
『敵船団、三個大隊。三十秒後に接敵』
「非接触外部装甲展開、全通路隔壁閉鎖、テスト用機材はセーフモードへ」
『了解いたしました』
 まったく間を空けず、隔壁が落ちる音が静かに響く。三十秒はほとんど一瞬。気がつけば、全天モードのスクリーンに次第にナビ情報が増えはじめ、空は騒がしくなってきた。
「空がみえねぇ……」
『接敵します』
 言葉と同時、いきなり船がゆれる。空に広がるエラーの文字と、破損部分の詳細情報。光る文字にうっすらと照らされ、ユウは苦々しく舌打ちをひとつ。そして彼女は、席から立ち上がり、空を見上げた。
「右舷、2秒正射。腹ぁみせないで、爆風に突っ込め。ケツに回って一気に押し込む」
 命令は一瞬、実行も一瞬。スクリーンの右側にマズルフラッシュが二秒咲いた。すぐに感じたのは、加速の重さ。一気にスクリーンの星が流れ出した。
『左舷、ハイドエフェクト弾確認。避けられません』
「まったく色気のひとつもありゃしねぇ。右、最大加速。衝撃にがせ」
 声と同時に加速がきた。駆け抜ける慣性を追いかけるように、衝撃がひとつ。
 無音の宇宙を轟かせたのかと思うほどの強力な衝撃に、ユウの体が跳ねた。宇宙がゆれたと、勘違いするようなそんなゆれだった。
「うおっと。おい、大丈夫か?」
『非接触外部装甲破損、第三装甲番まで貫通』
「そうじゃねぇよ。大丈夫かときいてるんだ」
 倒れそうになった体を起こしながら、ユウが言う。その間も『ドアノブ』は、全身を前に。
『問題はありません』
「そうじゃねぇ、痛くないかどうかだよ。お前、大丈夫か? まだいけるのか?」
 いらついたユウの言葉が飛ぶ。
『問題は――』
「心配してんだよ! 分かるだろ、お前ならさ。だから……大丈夫か?」
 椅子に体を投げ出し、ため息をつく。爆炎の中を突き抜ける『ドアノブ』の全天スクリーンは、真っ白に咲き乱れ、艦橋を明るく照らし出していた。
 ユウの言葉に、戦術機は答えをためらっているようにも、考えている様にも思える。無言を放ち、ただ前に。たまにゆれる艦橋と、ゆれに軋む音だけが当たりを満たしていた。
『――ありがとうございます』
「はっ」
 ユウは加速の重さを体全体で受けながら、口元を引き上げた。
「いい答えだ」
 爆炎を抜ける。背中に光と熱を置いて、『ドアノブ』が行く。目の前に広がっているのは、誰もいない星々が眼前に広がる姿。まるで、
『桜――』
 その答えに、ユウは目を閉じ静かにうなずく。そして一拍を置いて、口を開いた。
「回頭! いっきにたたく」
『お言葉ですが艦長。応援が来るまで、待つべきと思われます』
「はっ。夜空には、花火が付き物だろ? いっちょ、盛大にいこうや」
『なるほど』
 回頭の慣性に、体を傾けながらユウは前を見る。次第に広がるのは夜空に広がる無粋な光。それをみて、戦術機はユウの言葉を実行に移す。
「勝てる確立は?」
『確立は――』
 戦術機はそういって、言葉をとめた。一拍。静かに艦橋でこだまする、唸るような駆動音。
『いえ、確立なんて、くそ食らえ。です』
 その答えに、ユウは一瞬目を丸くした。そして、
「いい答えだ」
 獰猛な笑みが彼女の顔に浮かんだ。

 無音。
 宇宙はどこまでも冷たく、無慈悲で、無機質だった。感情よりも論理が、道徳よりも法則がすべてを支配している。
 宇宙は二度燃やされ、ニ度ひっくり返っり、三度流された。
 無音の宇宙に咲くのは銀河の花。そして、咲き乱れる花火のような閃光。
 幻のような光景に、賑やかな祭りが始まる。


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