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・テーマ「空」

 太陽が笑っている。夏だ、と叫んでいるような豪快な笑い。あまりにむかついたんで、石を投げてやった。飛んでいった石は、重力のヤツに跳ね返されて帰ってきた。空にすら石は届かなかった。 重力が憎いが、それより太陽が憎い。
 地面に軽い音を立てて跳ね返った石は、転がってすぐ横の川にダイブ。熱さに倒れていた川が、驚いて流れ出した。川が動き出すと、一緒に風がつられて走しりだす。ようやく息ができる温度に下がると、僕は一度頷いた。結局頭の上で笑ってる太陽は変わらないのだけれど。

「海に行こう」
 そういって君は、一人車を走らせ海岸に走り去っていった。そりゃ、君の車は一人のりで、僕は乗れないのだけれど、あんまりといえばそれはあんまりではなかろうか。
 汗に湿った頭皮と掻いて、僕はのんびりと海岸に向かって歩いている。
 また、川がへばって倒れた。流れが無くなりお供を無くした風は、所在無さげにゆらゆらとゆれて消える。手近な石を探したけれど見つからないので、叫んでみる。
「コラー、休むなー」
「いや、むり」
 なんともやる気の無い返事が返ってきたところで、風だけが一人で流れ始めた。うんうん、風は勤勉でよい。川とは大違いだ。とおもったら、むっとするような草いきれを連れていた。嫌がらせにも程がある。青い青い湿気に、僕は一度咳き込み川を見る。風の嫌がらせも無意味に終わったようだ。
 酸素濃度が下がり始めた水の中、抗議の声を上げるように魚が跳ねる。それでもやっぱり、川はピクリともしなかった。
 程よく溶け始めたアスファルトを、踏みしめながら歩いていると目の前に白い砂浜が見えてくる。じき海につく。
 と、踏み出した足が、溶けたアスファルトに取られ滑った。
「どぅわっ」
 情けない声と、べちゃりという水っぽい音を立て僕はアスファルトに沈む。目の前に広がった大きな青空。手を伸ばしたけれど、届きやしない。アスファルトに埋もれながら、手をはたはたと振っていると、太陽がまた大声で笑った。
 僕のことを笑ったわけではないのだろうけど、その声にむかつき体を起こす。手ごろな石はやはり転がっていなかった。
 立ち上がり、振り返ると事故現場のように、僕の体の型がアスファルトに残っている。ついでに、滑ったところは盛大に捲れあがっていた。
「わるいわるい」
 適当に謝りながら、捲れあがったアスファルトを踏みつけて戻す。ぐにぐにと、戻っていくアスファルトの感触は、なかなか気色悪いものがあった。
 草いきれをつれた風が、楽しそうに走り去っていく。僕は、その背中を見送ってため息。砂浜は見えても、まだ海まではかかりそうだ。

 ふらついた足取りで角を曲がると、国土庁の派遣公務員が川に氷を投げ入れているのがみえた。投げ入れられた氷に、川が驚き流れ始めている。始めはすぐに流れ出したのだろうが、味を占め氷を貰ってもすぐに倒れて更に要求してくる。要求されるたび、公務員は機械的に氷を投げ入れる。公務員的この上ない。
「ここの川は、そんなんじゃ駄目ですよ」
 横を見ると水から、熱を切り取ってる機械がゴトゴト揺れていた。こいつで熱を切られると、水は氷になるのだ。横から、熱と少しばかり切り取り損ねた水が混ざって流れている。
 話し掛けた僕を、呆けた面で見ている公務員を無視。僕は、その熱が溜まってる箱を取り出した。機械から出た瞬間、爆発的な水蒸気を上げて熱が空へと向かって飛び上がっていく。
「でぇぇい!」
 熱が逃げないうちに、僕はその箱に入っていた熱と少しばかりの水を川に投げ入れた。
 数秒の空白。上司に怒られるという雰囲気を垂れ流し始めた公務員の目の前で、川が、
「ぎゃあぁっ!!」
 跳ねた。
 街を縦断する巨大な川が跳ねた。強烈な爆音と共に吹き上がる水しぶき。噴水のように空に舞い上がった川は、二拍の後、重力に殴られ元いた場所へと落ちた。
 盛大に水しぶきを飛び散らせながら。
「……」
 川は、熱の入った箱を持っている僕を見てしぶしぶ、無言で流れ始めた。
 空まで舞い上がった水しぶきが、熱を吸い取って雲になっていく。それをみて、僕は一度大きく頷いた。
 相変わらず太陽は大声で笑っている。 その下で、空は興味なさそうにユラユラと揺れていた。

 砂浜は、一発キめたのかというほどのハイテンションで僕を迎えた。その向こうには、遥かに広く青く海が。
 そして、海と境界線をなくした空があった。
 僕の横には、まだエンジンが冷えきっていない君の車。この暑さじゃ、当分冷えることはなさそうだけど。
 視線を海に向ければ、君が一人波と格闘してるのが見えた。まだ見つけられてないけど、このぶんじゃ永遠見つけてもらえそうにもない。君は、向かってくる波に向かって正拳付きを一つ。しぶきが上がって虹が生まれる。波も波で、彼女に負けじと、更に高い強く、そして早く彼女へと向かう。
 そして、彼女と同じぐらいの大きな波が来た。それをみて、彼女は深く腰を落とし正面から構える。背中越しに、彼女が笑ったのが判った。波が、彼女を覆うようにして広がる。一歩。
 乾坤一擲。
 ほとんど、爆砕音に近い音を響かせて、波が割れた。後に残るのは、水しぶきと大きな虹。
「おーおー。綺麗だなぁ」
 とぼけた感じで声をかけると、君は振り返って笑う。
「遅いぞ」
 スポーティーなビキニに身を包んだ君が、腰に手を当てて僕をみた。
 いきなり、あたりが暗くなった。何事かと目を見張ると、彼女の背に迫る2m近くの波。
 気がつけば、僕は君に手を伸ばし、腰をホールド。
「ゃ」
 なんだかんだ言って、かわいい悲鳴を上げるのを波の近づく音の後ろに聞く。
 力いっぱいそのまま腕を振り浜辺へと君を投げ飛ばした。
 瞬間、背に冷たい感触。高く、空を覆いつくすような、波が、
 
 気がつけば、海の中だった。
 特に沖に流されたわけでもなく、浅瀬に僕は仰向けになって沈んでる。
 手に彼女の腰の感触が残っていたはずなのに、波に持っていかれたみたいだ。エロ波め。あとで返してもらわないといけない。
 僕の上をあざ笑うように波が言ったり来たりしている。といっても仰向けに寝ている僕が完全に海に沈んでるので波の感触はほんの少ししかない。
 手を伸ばすと、海面に手が触れた。一瞬、波紋のように海面が揺れる。真っ青で、どこまでも広がっていて……
「ああ、ここも空だったか」
 向こうから、君が走ってくる音が聞こえた。

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