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・テーマ「嘘」

 見上げた空はどこまでも青く、遥か高く。手を伸ばしても届くわけは無いけれど、力いっぱい手を広げ、振り上げ、そして叫びたくなるような空。
「待ちやがれぇー!!」
 ベオル王国から五十飛と言えば、王国近衛騎士団の青竜を使ったって三回は夕日を拝むことになる。大陸中に名をとどろかせる有名も有名な「天突く城」すら、ここからは見えやしない。
 隣国との境に近いこの村はそれなりには大きく、生活に必死になるほどではない。
 ではない、と言えども、もちろん首都のベオルとは天と地の差がある。それでも概ね平和な村には違いないのだ。
「へーんだ、嘘つきエルフの癖に! 悔しかったら、魔法使ったらどうなんだー」
「殺す!」
 平和な村には違いない……のだ。

 土煙を上げ、走り回る子供が四人。それを追い掛け回しているのは、一人で四人分以上の土煙を上げるエルフの娘。耳の先まで真っ赤にして拳を振り上げ子供を追い掛け回している。見た目は双方とも同じぐらいに見えるが、その実、よく考えてみればエルフの長寿からして彼女の年齢は推して知るべし。
「今日という今日は絶対許さん!」
 およそ年齢に似つかわしくない言葉を吐き捨て、彼女は方向転換。近くの家へと飛び込んだ。彼女の住まいである木造の良くある普通の家だ。唯一エルフが住んでると判るのは、彼らが使う大きな煙突が屋根から突き出ていることぐらいだろうか。
 しばらくしても出てこないエルフに、四人組みは少し不安になりはじめていた。誰かが言ったわけでもないが、少しずつ少しずつエルフが飛び込んだ家へと足を進めはじめた。
 覗き込むように、そして音を立てないようにゆっくりと上体をそらし、ぽっかりと開いた玄関の中を覗こうと―――
「でりゃああああああああ!!」
 飛び出した。
 彼女の手にしっかりと握られている物が描くのは、青空に白く生える銀弧。
 あまりの勢いと形相に、子供の一人が腰を抜かしその場に倒れこんだ。
 振り下ろされる銀弧の先に、尻ついた子供が一人。
「バカッ!」
 遠慮のなく振り下ろされた剣は、重力という火薬に推され地面へと向かって一直線に飛んだ。
 既にエルフの膂力では進む剣を停めることは叶わない。
「うわぁぁぁ!!」
 吸い込まれるように、物理法則をなぞる銀弧が子供を捕らえていた。
 
 剣というのは、残念ながら綺麗な音を立てるものではない。それがエルフの英雄が携えていた白銀の剣であろうともだ。作りこまれ持ち手の力を伝える、ただそれだけのシステムになるように鍛え上げられた白銀は、震えすらも持ち手に伝える、音など一切立てない無音の剣。
 その剣が、風を切り空を舞っていた。
「ああぁぁ……」
 尻餅を突いた子供と、剣を弾き飛ばされたエルフの間に、青銅の使い込まれた剣が割り込んでいた。
「ラト……」
 青銅の剣を携えた男の名をエルフが呼ぶ。声と同時、青銅の剣が音も無く鞘へと収まった。
 鞘には警護団の小隊長証である、赤と白のストライプの布が揺れていた。
「プルー、冗談でも丸腰の相手に剣を振り上げるな。例えその剣が、エルフ族の英剣でも人を殺す道具には変わりないんだから」
 静かで透き通るような声に、プルーと呼ばれたエルフは顔をそむける。視線の先、地面に音もなく突き刺さっていた剣が、空を映して青く輝いていた。
「ふん、ラトまでそいつらの肩持つんだ……」
「そういうことを言ってるんじゃないだろ。大体――」
「うるさいな! 幼馴染だからって説教たれるのやめてよね! どうせ私はエルフで、あんたは人間でしょ。あんたもそいつらと変わらない! どうせ私の父さんは嘘つきで、私と母さんは捨てられたんだって言うんでしょ!」
 背を向けプルーが走り出す。地面に突き刺さっていた剣を抜き、その足で自分の家へと走り去っていった。
 手を伸ばし呼び止めようとしたラトは、言葉につまり何もいえないまま、プルーを見送る。
「なー、ラト兄ぃ。遊ぼうよ、あんな怒りんぼなんかほっといてさ」
 四人の中で、リーダー各の少しガタイのいい子供が言う。ラトはその子供の頭を軽く叩いて、
「全く、お前らも変なこというなよ。危うく怪我するところだったんだからな」
 俺がいたからいいものの、と付け加えラトはため息混じりに苦笑いする。
 プルーの父親は、エルフ族の英雄の一人、人間との間に友好関係を気付くために尽力をつくし、そして十年前姿を消した。友好の証に、王国全土に広がりつつある猛獣やゴブリンなどの妖精の類を静め追い払うという約束をして。そして、それはいまだそれは為されていない。
 エルフはいまだ王国の首都の地を踏むことは許されていないのだ。
「あそぼう、あそぼう」
 ラトの周りで子供が騒いでいる。
「ごめんな、今から隣町に行く商隊の護衛しないといけないんだ。そうだ、どうせ何も無いだろうし、一緒に来るか?」
「いくいくー!!」
 はしゃぐ子供達をたしなめながら、ラトは村の外に向かってあるきだす。村の周りに作られた塀の向こうに商隊の馬車が見える。ラトは後ろを振り返り、プルーの居る家を見た。
 静かに煙突から煙が昇っている。幼馴染の姿は見えなかった。

 プルーはと言うと、部屋で蹲り泣いている。ラトだけは自分の味方だと思っていたのに……。悔しさが目から水になって流れ出る。プルーの視線の先には、鞘に収まった父親の剣が立てかけてあった。エルフ族の英雄セタ、白銀の英剣を携え、エルフ族に文化を与えた英雄。その英雄の娘はと言うと、魔法も使えず日々村の子供にバカにされる生活を送っていた。
 村につき、同い年の人間の男の子と一緒に育った。彼女にあるのは、病弱な母親と父が置いていった英剣と彼女の右手に納まっている質素な指輪。それと、幼馴染のラトだけだった。
 裏切られた気がして、プルーは涙を流しつづける。
『この剣はな、プルー。持っただけで強くなれるスゴイ剣なんだぞ』
 父親が嬉しそうに剣を持って笑っている姿が、多分一番最後の父親の記憶。右手の中指にはめられている質素な銀色の指輪が、プルーの泣き顔を更に酷くゆがめて映していた。
『お前の父ちゃんは嘘つきだ! 全然モンスターがへらないじゃないか』
 大人たちは、そんな簡単なことではないと理解してくれている。だが、子供達は違う。親がモンスターの所為で怪我をしたり、追いかけられれば必ずといっていいほどバカにされる。
「私が魔法を使えれば……」
 布団に寝転がり、プルーは体を丸める。涙が鼻の上を通ってこそばゆい。
 目をつぶっても、バカにする子供達の声と、嬉しそうな父親の声は頭から離れなかった。

 木の弾ける音が聞こえる。聞きなれた焚き火の音。
「プルー!」
 母親の声に目を開ける。気がついたら寝ていたらしい。
「あ、母さん。おはよう」
「おはようじゃないよ! 早く起きて! 逃げるよ!」
 言われて目を開けた瞬間、プルーの目に赤が飛び込んできた。
 赤、熱、火、燃、赤赤赤赤! 理解できないほどの光量がプルーの目に焼きつく。
「え!? 火事?!」
 布団からとび上がる。殆どを土と木で作り上げている家は既に燃え始めていた。煙が天井を覆い隠している。
「ガーベルの軍隊だよ! 護衛団が出払ってるところを狙ってきたみたい……ゴホッ」
 咳き込む母親に肩を貸し、プルーは父の剣を掴み家を飛び出す。
 村の外へと走る人たちの、叫び声。それを追いかけているのは、ガーベルの軍隊だった。画ーべルはベオルと敵対する国の一つで、一番ベオルに近い国だ。多分、貿易拠点となっているこの村を叩こうという腹だろう。商隊を逃がしたのは、友好関係を結んでいるだけの隣国には手を出さないという考えか、商隊自体が潜入部隊だったか。
 そんなことプルーにはどうでも良かった、父が建てた家が燃えているのが我慢ならなかった。
「おばちゃん、母さんをお願い!」
 そばを通りかかった、仲のいい叔母さんに母をたのみ、プルーはガーベル軍の声の聞こえる方向へと走り出した。
『この剣はな、プルー。持っただけで強くなれるスゴイ剣なんだぞ』
 剣を抜き放つ。音を立てず抜き放たれた剣は、炎を写し赤く光る。
 背で、叔母さんの声が聞こえるがそれを振り払うように加速。火に煽られた風が、プルーの金髪を揺らしていた。
 声が聞こえる。肉の焼ける嫌な匂いと、鎧を貫かれるくもった音。
 プルーは父の剣を構え走り出す。
「でりゃああああああああああああああ!」
 強くなれる。その言葉を信じてプルーは剣を振り上げた。それは、意地。父親が、未だにエルフ族のために戦いつづけている、そう信じるための意地だった。
 赤い炎を引いた銀線が、ガーベル正規軍の緑色の鎧に吸い込まれるように走る。
 獣を切るのとは全く違う手ごたえに、体中に嫌悪感が走った。けれど、プルーは力を緩めない。そのまま踏み込み、
「ああぁ!」
 振りぬいた。
 確実に赤い炎ではない赤に染まった剣が弧を描く。同時、プルーに襲いかかろうとしていたガーベル軍の男は地面へと崩れ落ちる。
「やった!」
 けれど、それは最悪で、凶悪な隙。
 右肩に熱を感じた瞬間、音を立てないはずの剣が、ガツと地面に落ちた。
「え?」
 疑問に右肩が答える。本来空気に触れないはずの部分が空気にふれ、激痛を叫びだすまでに時間はかからなかった。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
 叫び声が、赤く燃える戦場に響く。
 
 見上げた空はどこまでも赤く、遥か遠く。手を伸ばしても届くわけは無いけれど、もう伸ばすだけの手も無かった。泣きながら傷口を焼き、止血をした右肩は既に肉の焼ける匂いすらしない。綺麗な自慢の金髪は、血と炎の赤にやられて所々黒く汚れていた。
 ガーベル軍は止めなどさすよりも、村の占拠に執心で、村人が逃げるのもお構いなしだった。前線基地を作るつもりなのだ、無駄に血を流す必要は無いのだろう。だけど、自分の血はかなり流れてしまった。プルーは真っ青な顔で木にもたれかかって空を見上げている。
 剣は強くなれる剣なんかじゃなくて、村一つ守ることも出来ないただの剣。人間でみたら、どう見ても十歳前半の小さな体では、大の大人に叶うわけもなかった、例えそれがエルフの体でも。力なく、赤く染まる村を見つづけている。煙の黒と炎の赤の向こう、母親は逃げられただろうか。商隊に追いつけたら、きっとラトが守ってくれる。それに、軍はこの村から離れるつもりも無いだろうから安心だ。
 涙すら出なかった。父親の剣は、嘘の剣。事実がプルーの頭を叩く。
 お前の父は、大法螺を吹いて逃げ出したのさ。所詮エルフは首都の地を踏むことすら出来ないのだ。逃げ出したのか、モンスターと戦って死んだのか、そんなことはもうプルーにはどうでも良かった。
「どうせ……剣は偽者で、父さんは嘘つきで……」
 自分の肩を焼いた剣は、既に赤黒くそまり昔の白銀の輝きは無かった。生きるために使ったとはいえ、流石に少しは罪悪感もある。けど、どうせただの剣だものね――
「そんなことは無い」
 目の前で、地に突き刺していた赤黒い剣が引き抜かれる。
「!」
 驚きに顔を上げると、そこには見知った幼馴染。もう人間でいうと成人もして髭も生やしていいくせに、絶対髭も伸ばさないその童顔をプルーに向けて薄く笑った。
「大丈夫か?」
 薄汚れた髪に覆われた頭を、ラトはぽふっっと軽く叩いた。
「ラト……」
 どうしてなんて、口からは聞けなかった。疑問よりも、嬉しさでかれたはずの涙がこぼれる。
「ゴメンな、すぐ終わらせてくるから」
 ラトは立ち上がり、プルーに背を向け歩き出した。
「いっちゃだめ! その剣は強くなんてなれやしない! ただの剣なの! それは嘘の剣……そして父さんは嘘つきで、私は嘘つきの娘……」
 言葉はどんどん尻すぼみになって消えていく。ただ行って欲しくないなんてプルーには言えなかったし、そしてついて出た言葉に、現実を思い知らされ言葉が消えていく。
「お前が親父さんを信じないでどうする」
 プルーが顔を上げる。右肩の傷口が、疼いた。赤く染まっていく空に、黒い煙が影を落としている。街が燃えていく匂いと自分の血の匂いに、プルーは一度咳き込んだ。右手がないのが不安なのか、それとも目の前で背を見せる幼馴染がいなくなるのが不安なのか。彼女には判別がつかなかった。
「ラト……」
 かけた声に、ラトが振り返る。炎に彩られた赤い輪郭と、炎を映す赤い父親の剣。伸ばせない手は、もう助けを呼ぶことは出来ない。
 行って欲しくない。けれどその思いは声にはならなかった。
「俺が本物だって、証明してやる」
「……帰って……きてね」
 頷き、ラトは炎を映す剣を携え、駆け出す。
 嘘をついた口が、涙にぬれた。

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