≫行間160%
≫行間200%
≫freefontsize
・テーマ「本」

 無音。
 三度ひっくり返っり、五度燃やされ、六度流された。既に世界という言葉は考古学の用語の一つに成り下がり、地平線なんていうのは都市伝説と変わりはしない。
 遠くから見たそれは、星のそれではなく、へこんだボールだった。地球とかつて呼ばれていたその固まりは、ごっそりとスプーンで抉られたような、球と呼ぶにはほど遠い形になっている。既にあった自転は、落としてきた欠片と共にどこかへ置き忘れて幾百。公転していたその速度を全て別の方向に向けてしまった地球は最早太陽系を、空に見上げる位置に達していた。
 太陽系を飛び出してしまった地球は、ただただ離れ行くもと故郷を見上げて極寒の無へと飛び出した。
 月が火星にぶつかったなんて、既にもう他銀河の御伽噺なのだ。
 なんせ、どれだけ大爆発しても音なんか聞こえやしなかったから――
 無音、この空間は何も無い。人々は冷えはじめる故郷を必死の思いで食いつくし、宇宙へと飛び出した。私たちは、貴方から旅立ちますと言った具合に。現実は、もっと冷淡に、そして狂気に満ちてはいたのだけれど。

 結局のところ、新造戦艦といえど新たに開発された何かのテストであることは変わりない。故郷をなくした人々が、生きていくにはやはり地面が必要で、そして血が必要だったというだけのことだった。戦争はまるで暇つぶしの如くに行われ。土地開発と称した、無人惑星の侵略行為はまるで親の恨みかといわんばかりに必死に進められている。
 そんな血みどろの戦区の中を、場違いな戦闘艦が第二宇宙速度でのんびりと通り過ぎていた。
 新型戦艦「こむら返り」、戦闘用に開発されたそれに乗るのはユウという一人の人間。そして、付き添いのように側にいる中枢戦術機。側に居るといっても、本体は戦艦の中央に鎮座した大人10人分ぐらいの大きさの四角い箱だ。ユウの側にいるのは、そのホログラフである。
 ユウは椅子に座りながら、横に佇む場違いなメイド服の女性を睨んでいた。
 こんな技術があれば、もっと平和にくらし、そして無駄に惑星開発をする必要なんか無い。ユウの言い分は最もではあるのだけれど、結局のところ個人の正論などは、大義名分という名の一握りの権力者の趣味によって握りつぶされる運命なのだ。
 無限三次元投影技術は、既に乾電池一本という低燃費でそれを実現している。目の前に居るメイド服の女がそうだ。ユウは、彼女を見てまたため息をつき頭を抱えた。
 今までは、限定空間内三次元投影と呼ばれる定点ホログラフだったのが、新造戦艦になって限定空間内という枠をこえた無限投影の成功を収めたのだ。
「意味が無い」 
 こんなことに心血を注いでいる暇があるのなら、間違いなく低予算で惑星を人が住めるようにする技術を開発すべきなのだ。無駄に予算のかかる惑星開拓は、金を回す為だとしか思えないし、そのために戦争がおこり、そしてまた金が回る。そして、その余波で出来上がったのがこんな技術では、死んでいった仲間たちに申し訳が立たない。
「メイド服はお気に召しませんか?」
「趣味の問題じゃない」
 メイドの声はドコまでも淡々としていて、それこそ人工なのだと言う名詞を背負っている。それもあり、ユウのいらつきは彼女がしゃべるたびに増えていく。
「座標固定機雷、桃色吐血の反応を捕らえました。10.0.0。反応多数。接触まで残り900」
 文句の言い足りないユウの言葉を遮って、報告をつげるメイド。
 そして文句を言い足りないが機雷が迫っているので、中断しないとならなくなったユウ。
「……回頭。170.0.0。右砲戦用意。砲門開け」
 その言葉に、静かに戦艦が揺れる。
 新型戦闘艦「こむら返り」はゆっくりとその機体を左へと傾け、機雷に向け砲門を開いていく。その動きは絶対的に鈍重で、相対的にもやはり鈍重だった。
「これで、新型戦艦なのか……やっかいなもん押し付けられたな。これだったら前にいってた、”立体マスク”の方がよかったかも」
「純日本風戦艦”立体マスク”ですか?」
 言われ、ユウは頭の中に立体マスクの姿を思い出す。純日本風と謳っているが、ただの長屋。少なくてもアレは、作戦として地上に降りたところで何の役にも立たないだろう。
「照準、機雷群」
 ため息混じりに命令を飛ばす。結局、どっちも変わりはしないというのがユウの答えだった。
 目の前に置かれている本を取り上げ開く。本物の紙媒体だ。ユウはまるで宝物を触るようにそれを開いた。
「おまけにつられたとはいえ……流石に前線には行けない艦だなこいつは」
 紙媒体は、既に宝石に近い価値がある。再生紙という名前の紙ですら殆ど宝物のように扱われるのだ。そして、ユウの手に収まっているのはまごう事無き、パルプ紙。非再生、超一級品。 本の題名は「萌え単」というらしい。らしいというのは、題名からなにから超古代語でかかれているのでユウには読めないためだ。中身も、カラーの部分は酸化し色あせ所々染みがあり、文字も題名並に大きな文字以外は解読不可能だという。それでも、これは紙であること自体に価値があり、こうして開き眺めるだけで、貧乏一家を一生養っていけるだけの価値があったりする。
「磁気誤差、極小重力湾曲の誤差修正完了。ノイズ除去装置の稼動100%、電磁波による影響を全てカット。再計算完了。撃てます」
 巨大爆圧で、機雷を吹き飛ばすのはたやすい。だが既に宇宙はゴミ問題を抱えており、戦区ではデブリによる被害が相次いでいる。「こむら返り」の最新が最新であるが故の理由は、ゴミを出さずに破壊をするというただ一点において特化している。
「撃て」
 言葉が切れる瞬間、艦が一瞬震えた。殆ど発射音が響いてこないまま、ユウの視界に華が咲いた。無音。宇宙は光りと電磁波だけの世界だ。ユウは無言でそれを見上げている。
「機雷群の奥に機影を確認。数……たくさん」
「てきとうだなぁ!」
「桃色吐血は罠でした。再装填までに、200。IFF応答なし、敵艦です」
「数は?」
「索敵範囲内からの、敵軍予測数は、3千を超えます」
 ありえない数字だった。艦隊戦であれ、この御時世ではありえない。殆ど一国全軍勢といった数字である。そんなものが、なぜ新型戦艦一機を目標に現れたというのか。
「はん、エコロジーが売りの戦艦ごときに3千だと? 祭り騒ぎにも程があるぞ」
 そういって、ユウは立ち上る。
「エコロジーが、狙われる理由にはならないと、予測します」
「いいや、スポンサーをつけるには体のいい宣伝文句なのさ。ゴミの出さない、戦闘艦。スポンサーさえついてしまえば、この膠着状態の戦争を終わらせることが出来る。そのための”こむら返り”だろ?」
「いえ、前方の艦隊のIFFはわが国の敵対国どれにも当てはまりません。宙賊かと思われます」
「はぁ!?」
 愕然とする答えだった。どこの軍にも属さない宙賊が、これほどの数を揃えてくるとなどとは、ユウには考えられなかった。目の前の戦術板に映し出される敵艦は、「こむら返り」を囲むようにして進んでくる。
「敵艦隊からの通信が入っております」
「つなげ」
 ユウが言ってから一瞬の間があく。すぐにノイズと共に前面に髭面のオヤジが映し出された。
「用件は?」
『インク先生を帰せ!!』
「撃て」
「了解しました」

 三度ひっくり返っり、五度燃やされ、六度流された。既に世界という言葉は考古学の用語の一つに成り下がり、地平線なんていうのは都市伝説と変わりはしない。そして、史実には、もう一つ付け加えられた。
 三度ひっくり返り、五度燃やされ、六度流され、一度破壊された。ユウは、新造宇宙戦艦「こむら返り」を駆り、名実共に歴史に名前を刻んだ。

 宇宙は無音だった。何処までも容赦なく、そして冷淡だった。
「で、なんでまだメイドなんだ?」
 ユウの言葉だけが、響く。慣性航行にはいった「こむら返り」は、全く音を立てずに宇宙を行く。ユウの横にいたメイドが一瞬考えるように視線を彷徨わせ、そして、
「図書館ですから」

.

▼戻る