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・テーマ「仕事」

 矢一(ヤ ハジメ)の唯一の自慢は、自分の名前の短さである。
 容姿も性格も能力も平凡な自分が、唯一個性と呼べるものはそうだと信じていた。事実、彼をしった新学年の学友は名前をネタに話し掛けてくるし、一度覚えれば忘れられないという意味でも、十分にその名前は効力を発揮しているのである。
 だからこそ、名前には愛着をもっているし自分が男で、結婚してもこの名が変わらないという事実に彼は常人が理解しうる範囲以上に執着心をもっていた。好きでたまらないからといって、大事に保存することも、毎日磨くこともできない。だが、それでも彼は成長と共に歩んできた己の名前と言うものに対して宝物のように接している。
 ときたま、大きな買い物をするときは学生だというのに領収書をきっては店員に名前を書かせて悦にひたり、無駄とも思えるほどの店の会員に入り名前を書いている。それは、既に彼のライフワークであり、習慣であり、癖だった。
 事実、彼が名前を伝えれば、店員は驚き彼を見上げ、会員の登録書に書かれた名前をみては驚きの顔をする。それを見るということ、それ自体がハジメが「矢一」という名前に対してしてやれる最大限の慈しみなのだ。
 そんなハジメは、いやそんなハジメだからこそ、彼は自分の家族が許せなかった。
 特にユウキが許せない、彼は思う。矢優樹。なぜにまた、無駄に画数が多いのかと彼はいつもユウキを呼ぶときに思う。せめて由木にすればいいのに。もしくは夕己。それならば、家族ではあるし自分のより年下のユウキのことも許せる気がする。
 しかしユウキ本人に罪はない、だからハジメの怒りは両親へと向かうのだった。自分にはまともな名前をつけたくせに、何故ユウキは優樹なのだと。
 そんなことを、頭の隅っこで考えながらハジメはコントローラーを握っている。
 最近でた超人気作品の「踏絵、踏んだれ十二」略してFF12をやっているのだ。もちろん主人公の農民の名前は「ー」である。ハジメと入れていた若いころもありました、そう彼は懐かしむように天井を見上げ物思いにふける。大体ーと一の差を、ゲームの解像度の低いフォントで見分けるのは不可能、しかも皆はカタカナでしか入力できないところを、自分は漢字である。これも、彼が自分の名前を好きな理由の一つでもある。
「おにーちゃん、早くかわってよー」
 ユウキの声に、ハジメは振り返る。風呂を上がったばかりなのか、ユウキはバスタオル一枚で身を乗り出してくる。ソファーのに座るのではなく、フローリングに座りソファーにもたれかかるような格好でゲームをやっているハジメ。彼に手を伸ばそうとユウキは、ソファーの後ろからもたれかかるように体を滑らせる。
「五月蝿いわ! 貴様にやらせるゲームはない、ええいよるなよるな平民風情が!」
 肩をつかまれたハジメは、身じろぎしそしてユウキの手を振り解いた。
「ゲームの影響うけすぎだよ……、大体主人公に変な名前つけるのやめた方がいいよ?」
「なにぃ聞き捨てならぬ! 大体貴様の主人公の名前はユハジメキなどという、ふざけた名前ではないか!」
「ユハジメキってなによ……、ユーキでしょ」
 うんざり顔で、ユウキが言う。ソファの形にそったポーズで、だらしなくハジメに突っかかるユウキ。
「ねー、おにーちゃーん。やらしてよぉ。そうだ、私のアイスあげるよ、アイス」
「いらん! いま良い所なんだよ、終わったら代わってやるから……って、お前バスタオルとれてるぞ」
 振り返ると、ソファの上をはいずったのが悪かったのか、ユウキの体を包んでいたバスタオルはめくれ上がっていた。ユウキの綺麗な背中が見える。
「えー。あ、ほんとだ〜。それより、かわってよー」
「うるさい……くそ、やっぱ火鉢ていどじゃダメージが当たらないっ」
「そこはね、隣村の与一のフンドシを装備するといいらしいよ?」
 ユウキが物知り顔でいう。
「マジか」
 振り返ると、ユウキが仰向けになってバスタオルを巻きなおそうとしていた。胸が見える。
「うん、お客さんが言ってたから間違いないよ」
 その言葉にハジメは、まだそんなことをしているのかと、頭を抱えた。
「だって、お仕事たのしーよ?」
「お前、学生じゃねぇかよ。補導されてもしらんぞ。そんなことに人生かけるなんて、理解できないな」
 ハジメの言葉に、ユウキは少しむっとした顔で姿勢を正した。いつのまにかにバスタオルは巻きなおされている。
「私は、おにーちゃんのその名前に執着する趣味のほうがわかんないよ!」
「お、おれのはライフワークだ。そう、人生をかけた仕事だよ。一生涯の趣味ってやつだ」
「じゃぁ私もそうだよ、それにおにーちゃんとちがって、ちゃんとお金だって貰ってる。文句をいわれる筋合いはないもん!」
「それとこれとは話がちがうだろ、大体なんだって学生のうちにそんなことしなきゃいけないんだよ」
「そりゃ、ショタのうちじゃないとねぇ?」
 ハジメはため息をつく、弟の馬鹿げた言い分に何も言い返す気力がなくなる。
 テレビ画面では、ゲームオーバーの文字が踊っていた。
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