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・テーマ「洋館」

 衝撃。
 空気が確かに此処にある、そう実感せざるを得ないような衝撃が辺りを揺らしている。
「120.30.300。敵影補足。接触まで10秒」
 無機質な声が、震える空気を割って耳に届く。衝撃が震えと軋みに変わる頃、すでに戦術画面は警告色の赤い文字に埋め尽くされていた。上は、接触進路警告、法規定速度超過から、下はロックオン警告まで。それを見ながら、艦長席に座るユウはため息をついた。
「だるっ」
 ユウは考えるのが面倒だといわんばかりに、戦術画面に足を乗っけた。強化プラスチックの画面保護板が乾いた音を立てる。足で、画面を叩きながら警告アラートを一つ一つ消去。警告色が消えた画面を見てユウは一度頷いた。
「接触します」
 調子の変わらない中枢戦術機の声と同時、先ほどよりも強い衝撃が辺りを揺らした。
「状況は?」
 そして、こちらも調子の変わらないユウ。
「後部エンジン”フジコA”、”フジコB”の2発大破。外壁"第ニ金田鋼"に損傷。独身空間に湾曲を確認。後方支援砲”タバコのポイ捨て厳禁”の砲塔に軽微の損傷」
 興味なさそうにそれを聞くユウ。
「敵は?」
「後部エンジン”フジコA”と共に反応消えました」
 それを聞いて満足そうに頷く。
「CからFまでは大丈夫?」
「問題ありません。推力は30%減、回頭率は20%減。燃料は誤差修正予定範囲内です」
 ユウは立ち上がる。長身痩躯の体は黒ずくめのマントに覆われ、そのシルエットを隠す。
「飯くってくるよ。港までナビよろしく」
「了解しました。到着予定時刻は2033です」
 席を立ち、ユウはすぐ後ろの扉に消える。静けさが落ちた。
 低い唸りは、後部エンジンの消火活動の音、それも今に消え此処は無音が支配することになる。ときたまに、戦術画面に文字が走る程度で、動きすらしない。此処には人は居なかった。
 艦長席に備え付けられていた戦術画面が、軽い電子音を立てる。
 それにあわせて、遠くでも軽い電子音が響いた。同じタイプの戦術画面だ。
 そういった機械同士のやり取り以外、此処は無音だった。壁の向こうは、真空と低温が支配する空間、音は何処にも無い。

 ユウは、ただ静かに机に座り料理が来るのをまっていた。無駄に広く作られた食堂には、中央を分断するような長い机。全く切れ目の無いその机は、完璧に近い形のテーブルクロスがまたこれも切れ目無くかけられている。等間隔で光を発するキャンドルと、等間隔で並ぶ椅子。ユウはそのテーブルの一番端に座っている。そして、静かにテーブルの切れ目をにらんでいた。
 しかし、点々と連なるキャンドルすらユウの視力では最後のほうは視認できない。
 ユウは睨むのをやめ、テーブルにひじつき食事を待つことにした。
「いったい、このテーブルに何の意味があるのやら……」
 ため息交じりの言葉は、テーブルの中央にも届かないうちに薄れて消えた。
 硬い音が食堂に響く。扉の開く音だ。ユウは、腹を減らしていたことを悟られまいと、身動きせず目だけで扉を確認。
 扉の向こうの照明が部屋を照らす。すぐに扉は閉まり、小さなタイヤがキリキリと音を立てて此方に向かってくる。共に聞こえるのは、気をつけないと聞き逃す控えめな足音。
「ユウ様。お食事をお持ちしました」
 優雅な一礼に、食事の匂いが乗って鼻に届いた。カチューシャが白い円弧を描く。
 鳴りそうな腹の虫を気にしながら、ユウは軽くうん、と頷づいた。
 毎度の事ながら、ユウはまどろっこしい食事にうんざりしている。ワインはあまり好きじゃない、どちらかといえばビールの方が好きだ。肉も一口で終わるようなものを肉なんて呼ばないと信じたい。そんなユウにはこの食事がすでに拷問であった。けれど、空腹には逆らえない。
「いただきます」
 何度も、まどろっこしい食事をやめろと言った。けれど、何度進言したところでそれは叶わない。
 そういうものなのだ、そう上から言われてしまえばすでに反論の余地なんか残されてはいないのだ。
 たまに、食器とフォークが当たる硬い金属音が鳴るほか、食事に音は無かった。
 ユウは、物憂げな顔で機械的に食事を口に運ぶ。
 この場所は間違いなく宇宙だ。
 ユウは思う。音がないところは好きじゃない。ため息をつきながら食事を終える。
 残ったワインを一気に飲み込み、立ち上がる。
 食事の作法については、流石にメイドもあまり口うるさく言わなくなった。機械とはいえ、学習能力的には人間以上だ、その点だけは誉めたいとユウは思う。
「ごちそうさま」
「お風呂の用意をさせましょうか? それとも司令室にお戻りになりますか?」
「一応、戦闘区だしもどる。どうせ突っ切るだけだけどさ」
 そういって、ユウは歩き出した。大またの足が床を振るわせる。その背中を、メイドが静かに見送った。
 扉が開き、通路の照明が差し込みそしてすぐに扉が閉まる。
 食堂を静寂が埋め尽くしていく。

「だからぁ、いいかげん別の艦への転属願い受けいれろよ!」
 ユウが艦長席から身を乗り出し、正面の戦術画面に叫んでいる。
『残念だが、ユウ艦長の乗っている艦は最新鋭です、これ以上別の艦を用意しろといわれましても』
「ちげぇ! 此処が嫌なの! わかる?」
 何度も出している転属願いが、受理されなかったのだ。口論はいつものことなので、画面の向こうの司令部もうんざり顔である。
 と、いきなり画面にアラートが浮かび上がった。
「ん?」
「後部エンジン”フジコF”炎上を確認。”フジコA””フジコB”の消火中に燃え移ったようです」
 中枢戦術機が告げた。
「……おっさん、転属可能な艦のリストアップしとけ。もうこいつは駄目だ」
『なっ、ユウ艦長!――
 耳障りな音を立てて交信が途切れた。
「消火状況は?」
「”フジコE”への二次災害への処理は終了しました。”フジコF”の炎上は、隣接する”フジコA”とデブリ郡が原因かと思われます」
「はぁ? なんでデブリごときに穴ぁあけられてんだよ」
「後部エンジン”フジコA”、”フジコB”の爆発による、非接触外部装甲”金田三式”の破損が原因かと思われます」
 エンジンが三発もやられれば、港につくまで時間がかかる。それに、戦闘区を抜けるのにすでにデブリが問題になるレベルまで装甲がはげているということだ。ユウは、大きなため息と共に椅子に体を沈めていった。
「艦長、この艦はご不満でしょうか?」
「ん? 不満だね」
「では、こういうのはどうでしょうか?」
 中枢戦術機が一瞬唸りを上げる。辺りにある戦術機もすぐさま呼応するように光をともしていった。一気に明るくなる司令室。
 そして、戦術板と呼ばれる中空ディスプレイに一人の女性が映った。
「……」
 ツーテールの髪の毛を腰の下まで伸ばし、ふりふりのメイド服を着ている。
「お気に召しませんか? 御主人様」
「なーんで、メイドなんだ。食堂も、意味のわかんない長いテーブルだしさ……なに考えてんだよ」
 呆れ顔で、ユウは戦術板を見上げる。
「それは、この艦が洋館タイプだからだと思われます」
 宇宙を行く最新戦艦「メリケン粉」は、地上に降りた場合の作戦行動の利点から、建築物の姿をしている。
 ユウは肺に残った空気を一気に吐き出した。腹にたまった全ての文句を、吐き出そうとするように。
「……で、何でお前がメイド姿なんだ?」
「洋館にはメイドがつき物と決まっております」
 そういって、空中ディスプレイに浮かぶ少女が言う。うんざり顔のユウが頭を抱えた。
「お気に召しませんでしたか?」
「媚を売るなら、もっと気の利いたものにしろ! 大体なんでそんな姿なんだといってるんだ! 何で女なのかと! 私は女だ!」
「問題有りません。よく言うでは有りませんか。こんな可愛い子が女な訳無いだろう! と」
「根本的に間違っている!」
 ユウの叫びと同時、通信回線の応答アラートがなった。自動で回線が開き、空中ディスプレイにはむさいオヤジの顔が映し出される。
「ユウ艦長こういうのはどうかね? 最新和風戦闘艦――」
 通信は強制的にきられた。
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