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【クモノダイチ】


・三題話 第071話 前奏曲 prelude
お題 :「仁愛」「駅」「ボールペン」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 水の音が響く。洞窟内の風は冷たく、そしてとどまることを知らない。水が奏でる鋭くとがった音と風が奏でる狂想曲は暗闇の中で荒れ狂う。ザックは、いつの間にかに自分が気絶していた事に気が付いた。
「……」
 無言で体を確認する。地面に倒れこんで、そのまま気絶していたらしい。彼は上体を起こすと、ボサボサの頭をかきむしった。風塵洞窟とはよく言ったもので、ひっきりなしに水しぶきと小石が風にのって飛んでいる。ザックの髪の毛にも小石がいくつも入ってきていた。この洞窟は、弱い岩盤が風にと水に削られ作られたといわれているが、実際そんなことを知っている人間は少ない。現に、聞いたときは風神洞窟だと皆が勘違いするぐらいなのだ。そして、中に入ってから思い知るのだ。風神ではなく風塵だったと。風と飛び散る水の所為でたいまつは役に立たず。飛び交っている小石の所為でランタンは割れる。闇に閉ざされた洞窟は今も、叫びつづけている。
「……帰るか」
 ザックの脳裏に、出発する時に切った啖呵がよぎる。
『風神に会って、俺は風の王になるんだ!』
ついたため息は風にのって消える。諦めて立ち上がろうとザックは膝に力を入れた。
「おあっ」
 とたん、眩暈がして倒れこむ。頭に手を当てると、巨大なコブができていた。そこでやっと、彼は大き目の岩に当たり気絶していた事に気が付いた。
 何度か頭をふり、気合を入れて立ち上がる。地面を転がる石が、足のアーマーに当たって金属音を立てた。
 鞘に入ったままの剣を杖代わりにザックは洞窟を後にする。こんなところ、財宝もなければ、風神もいるわけがない。水と石が飛び交う洞窟を、ボロボロになりながらザックは後にした。ここは、入り口から100mほどの場所である。

 大抵未到達域がある場所の近くには、村が出来る。街道を作り、宿を作り、厩舎をたて、店を作り、気が付けば村が出来上がる。村が出来た場所からは、さらに遠くへと道が出来ていく。村と村を行き来するのは大抵はギルドの者たちだった。駅のごとくに点在する村を渡り歩き、情報を集め、ギルドへと送る。受け取ったギルドは、情報を整理し、ギルドに属するものたちへ情報を掲示する。所属することも抜けることも簡単だが、地位を得ることだけは難しい。その、世界唯一のギルドの名をクシポスと呼ぶ。
 クシポスの役割は、情報伝達を主においたギルドである。まず、未到達地区を発見すると、クシポス所属の者はその場所で、オッキオと呼ばれる物を使用する。簡単な魔法器具だが一応使用者を判別する機能があり、いろいろな査定を受けた後第一発見者はクシポスから褒賞をもらうことができる。形状はボールペンのようなもので、透明なガラスの中に芯のようなものが入っている。キャップを外し地面に埋め込めば信号を発し始める仕組みだ。どこから金が出るのかといえば簡単な話で、新天地を目指す行商や、新しく店舗を増やしたい店。引越しを希望する家族など、彼らに情報を売るのだ。情報自体はクシポスに所属していればほとんどただで手に入るので、その情報は基本的には、クシポスに入るときの手続き料と何ら変わらない。格安で、冒険者個人から情報を買うものもいる。むしろ最大の収入源は、その新天地への移動に必要な人員の貸し出しである。つまりは護衛兼荷物運び。次に、村から依頼される討伐や賞金首の情報掲示などである。
 ザックは、使い古されて映りも悪くなった情報石を眺めながら一人ため息をついた。あたりはもう夜が降り、背中越しに酒場の盛り上がりが聞こえる。酒場から漏れる光を肴にザックは酒を煽った。
 情報石は、クシポスから送られてくる賞金首や討伐以来、そして未到達地域の到達情報、そして冒険者のたわいのない情報交換を次々に映し出している。ずいぶんチャージしていないため、光は薄く力をこめないと情報が読み取れなくなっている。本来は、クシポスが開いている冒険者用の店にいき、情報石の魔法力チャージなどを行うのだが、ザックが今いる場所は未到達地域に近い。まだクシポスがソコに店を開いてはいのだ。表向きは笑顔のクシポスであるが、結局のところ、裏では金貸し、暗殺、情報操作などなど、噂は耐えない。ザックはそれが嫌だった。だから出来るだけ店にも行かないなどという、なんとも足しにもならない反抗をしているのである。
「いよぉ、チビ。不景気そうな顔してんじゃねぇか。風神様には会えたのか? それとも仁愛の女神様にでも会ってきたか? ギャハハハハハ」
 
聞きなれた講釈に、ザックは目すらよこさない。空になったコップを、声の主に向かって投げつける。
 軽い音とともに、コップが転がった。
「お前がいると酒がまずくなる」
 つぶやいて、ザックは立ち上がった。
「酒の味がわかるのか、ガキのくせに!? そいつぁすげぇな!」
「黙れ、キューイ! 犬はおとなしく犬小屋に帰れ」
 ザックが蹴り上げた足は届かなかった。しゃべる犬のキューイはすばしっこく、後ろに跳び退った。
 と、いきなりあたりが暗くなる。酒場から漏れる光が少なくなった。睨み付けたキューイが一瞬ザックの後ろをみた。キューイにつられてザックは振り返った。
「ザック、そいつは、あんたの食器だったけかねぇ?」
 天井に届かといわんばかりの巨体を扉から突き出し、玄界灘亭の女将が顔を出していた。
「だっ、えーっと……」
 駆け出す音が聞こえる、ザックが振り返るとキューイが走って逃げているところだった。
「なっ、キューイ! お前!」
 追いかけようと、踏み出す。が、足は空をかいた。
「ザック、話があるんだけどいいかね?」
  ザックはカクカクと頭を縦に振った。


・三題話 第072話 譚詩曲 ballade
お題 :「悌順」「図書館」「カッター」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ペディオンの大地は広大ではかり知れない。かつて小さかった大地で、神々が戦争を起こし、海が干上がったと伝えられているのみ。生い立ちはおろか、大きさや海の向こうすら判っていなかった。人々が知っていることといえば、空はいつも雲に覆われていて、その雲の先をみるには、高い高い山に登らないといけないということぐらいだった。
 真っ白な空の向こうに、太陽が昇っている。ひときわ白い雲の向こうにいるはずの太陽を、直に見たものはほとんどいなかった。
 ザックは、重い足取りでまだ整備されきっていない街道を歩いている。
「だまされた……」
 手にもっているのは、簡易ではあるが正式な依頼書。内容は、先の街にいって買い物をしてくるというものだ。
 第零都市カーンボン、ソコから離れる方向を先、向かうほうを後という。いままで、ザックがいた村は、第十一村ケラス。数字がカーンボンから離れている村の数を表す。道と村の名前はすべてクシポスの管轄で取り決められており、国などの統括機関がまったくない。そのため自治はすべて村、町の中で閉じており、犯罪者はそういうものが整っていない数字の多い村へと逃げる。それを追うために、賞金稼ぎも集まり、外にいけばいくほど治安という文字はゴミのように扱われている。そのなかで、唯一クシポスにも属さず、勢力をもつのが教会。どこの世界にも宗教だけは存在している。
 ザックはため息をつく。宗教は嫌いなのだ、しかし玄海灘亭の女将には逆らえない。やつは間違いなく、クシポスの位持ちに違いないなどと噂すらたつほどだ。あの村で一人、店を切り盛りする豪快さは、贔屓目にみても人間ではない。ザックは、手にもっている依頼書を広げる。女将に押し付けられた簡易依頼書は先の街で買い物をするというものだった。怖くてそれを受けたのは否定しないが、買うものを聞いてはいなかったのだから、無効だと、ザックは叫びだしたかった。品目の中に、教会でしか購入できないものがまじっているのだ。しかもザックが一番きらいな仁愛の女神 リゥボーフィ。考えれば考えるほど足取りが重くなる。しかし、目指す村はもう目の前だった。ザックは諦め顔で村へと入っていく。
 ケラスよりは小さいとはいえ、第十二村パーリェツは開拓の最先端に近い。今はこっちの村のほうが人は多いぐらいだ。しかも村は小さいため、人口密度だけで言えば十分都市に匹敵する。柄の悪さは、比べ物にならないのだけれど。
「いらっしゃーい」
 こういう場所で、若い女性の声を聞くのは珍しく、ザックは足を止めた。もちろん、玄界灘亭の女将は女どころか人間ではないので勘定に入らない。
「いいのはいったよー」
 威勢良く声をあげているのは、エルフの女だった。普通の村娘がいるとはおもわなかったが、まさかエルフだとは、とザックは頭をかいてため息をひとつ。以来された品目が描かれた紙を取り出しその店に近寄っていく。
「やっぱ買うなら、むさくるしいおっさんよりはこっちだよな」
 紙を差し出し、あるものだけくれとザックは話しかける。
「少々お待ちください」
 愛想のいい返事にうなづきながら、品がそろうのを待つ。これじゃ、子供のお使いだな、などと自嘲していると。

「おまたせしましたー」
 エルフが戻ってきた。差し出された袋を受け取り金を渡す。ついでにザックは手を握る。
「サンキュー」
 振り向かず手を振り歩き出す。背が高ければ、様になっているのだけどとエルフは苦笑していた。

 目の前には図書館。仁愛の女神 リゥボーフィ の神殿が建てたものだ。嫌いな宗教に加え、本しか置いていない珍妙な店。さっぱり意味がわからないとばかりに、ザックはにらむ。しかし、頼まれたものの中に本が混ざっているのだ仕方ない。
 店に入ってすぐ、暗がりの中から店主であろう男が顔をだした。
「これ欲しいんだけど」
 そういって紙を差し出す。いきなり、その紙を男はひったくった。
「おあ! こぇーな。脅かすなよ」
 跳ね上がった心臓をごまかすようにザックは叫ぶ。と、いきなり男が顔と近づけてくる。目が大きく、深く刻まれた皺がさらに異形さを際立たせている。ここまで来るともう化け物と変わらない。
「……悌順であれ、若者」
 しわがれた声。顔に似合ってはいるのだが。にゅっと、また男は店の奥にもどっていった。ザックの心臓はいまだバクバクと破裂しそうに鼓動していた。
「まるで、妖怪ジジィだな」
 と、いきなり鈍い音とともにザックの顔めがけて分厚い本が飛んできた。いつの間にかに、店の置くから男は顔を出していた。
「ごがっ」
 つづいて、ザックが地面に倒れる音。男は、それをみて無言で店の奥に引っ込んでいく。
「妖怪地獄耳……」
 硬い音とともに、ザックの顔の真横にカッターが刺さる。地面に深く突き刺さった刃物をみてザックは声もだせなかった。
「……」
 しばらくして、男が本をもって奥から顔をだした。
「あ……ありがとよ……」
 金を渡して、本を受け取る。ザックの腰は引けていた。

 真っ白な空を吹き抜ける緩やかな風は、村を駆け抜ける。寒くもなく、熱くも無く、ここの土地の者たちは季節を知らない。ザックは白い空を見上げため息をついた。
「あのジジィめ……」
 先にかった食べ物が数個倒れた衝撃で崩れていた。損害を入れてもまだ設けられる文の報酬はでる。それに、またあのエルフに会う口実が出来たと、ザックの口元は少し緩んでいた。微妙に足取りも軽い。曲がり角を曲がれば、エルフがいた店だ。軽い足取りでザックは通りに顔をのぞかせた。
「やめてください!」
  目の前でエルフが、ごつい男どもに囲まれていた。
「べったべただなぁ・……」
 


・三題話 第073話 行進曲 march
お題 :「信望」「役所」「消しゴム」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 目の前で繰り広げられているため息がつきたくなるよう展開は、次第にエスカレートしていった。エルフを囲むように巨躯の男達が立っている。エルフはさほど恐怖を感じていないのか、抵抗を止めない。掴もうとする手を払いのけ、男達に叫ぶ。だが、その行為自体が逆に取り囲んでいる男達に喜ばれていることを、エルフはわかっていなかった。
 ザックは、つぶれたりんごを袋から取り出すと、男達におもむろに投げつけた。
 小気味のいい音をたて、取り囲んでいた男達の一人にりんごが当たる。
「クセェ匂いが少しはましになったかい? それとも、まだ足りねぇかな?」
 ザックは、振り返った男に向かって笑いながら啖呵をきった。
「てめぇ……」
 男の怒声に、仲間達も振り返る。りんごを投げつけられた男は、何も言わずこぶしを突き出してきた。風の切る鈍い音がザックの耳に届く。
「ごふゅ」
 不思議な音を立てて、ザックは通りの逆側に吹き飛ばされていった。ザックの後を土煙がついてくる。
「あれ?」
 あまりのあっけなさに、殴った男が自分のこぶしを確認している。仲間達も吹き飛んだザックと、殴った男を交互にみてあっけに取られていた。
「……ハァ?」
 一瞬の間のあと、笑い声が通りを埋め尽くしてた。消え行く意識のなか、ザックはその笑い声を聞いていた。必ず復讐すると心に誓いながら。

 気が付けばザックは、窓越しに雲をみていた。はて、何で鼻がいたいのだろうか、などと間の抜けたことを考えながら何があったかを思い出そうとする。
「おはよう、オチビさん」
 聞き覚えのある声に、ザックは視線をめぐらす。そこでようやっと彼は自分がどこにいるのかを理解した。
「これでも20年以上いきてんだ。チビっていうな」
 ふてくされて、視線をそらす。部屋はレンガ作りのしっかりした家だ。店を構えるところをみると、多分仁愛の女神の教会がかかわっているのだろう。この村にはまだクシポスは手を伸ばしきれていない。ザックは視線を落とし布団を見る。宿なみのしっかりとしたベット。体には暖かい毛布がかけられていた。
「私は200歳を数えますが、いまだ子供扱いですよ」
 店で声を張っていた人物とは思えないほど丁寧な口調に、ザックは驚く。頭をよぎるのは、玄界灘亭の女将が店以外のときにこういう風になるんじゃなかろうかという恐怖。ザックは一瞬顔をしかめた。
「大丈夫ですか?」
 その顔を痛みと判断したエルフが、ザックに声をかける。
「ああ、大丈夫。あの男達は?」
「店長が追い払ってくださいました」
 ザックはため息をつく。あまりの自分のふがいなさにザックは、いても立ってもいられなくなり立ち上がる。
「世話になった」
 そういってベットを降り、荷物を取る。日が落ち始める、そんなに村と村の間は近くないのだ急がないと日が落ちきる可能性もでてきていた。部屋を出ようとしてザックは思い出したように紙を取り出す。
「そうだ、これもう一度くれ」
 
 新しく商品を手に入れなおして、教会管轄の役所に向かう。足が重い。本を買った場合の届出を出さないといけないのだ、出なければこの村を出ることは許されない。本は貴重なものなのだと、仁愛の女神の教会は教える。だからこそ、ザックは嫌いだった。四柱神の一紳、仁愛の女神。一番信者が多く、信望もある。愛だの、なんだのを語る教義にザックは興味はないが、それでも信者が多く力があるため無視できるものでもなかった。
「これ」
 そういって教会が経営している役所のひとつに顔を出し本を投げる。窓口の年よりは無言でそれを受け取りなにやらごそごそと紙にかいていた。
「名前と、届ける村、それと依頼書を見せろ」
 ずいぶんとぞんざいにあしらわれるが、ザックのほうも気にしない。出された紙に名前と、村の名前を書はじめる。
「っと、間違えた」
 消しゴムなどあるわけも無く、新しく紙が出された。それをみてザックはため息をひとつ。ボサボサの頭を書きながら同じ文字を書き始める。
「ほらよ」
 ザックは書き上げた紙と、簡易依頼書を差し出しす。年寄りは一瞬ザックに視線を送り、それを受け取った。
 静かな時間が過ぎる、ザックは受け付けの机に体を預けてあたりを見回している。客はザック一人。本の管理以外にも、役所はいろいろとやっているはずなのだが人一人いない。埃臭い石造りの役所は、ザックと受付の年寄りの二人しかいなかった。
 しばらくすると、年寄りから本と許可証を渡される。無言で、受け取るザック。外はそろそろ日が暮れ始めていた。村の通りも暗く光を照り返している。相変わらず雲だらけの空の向こうに太陽は控えめに自己主張をしている。
 空を見上げながらザックは嘆息。荷物を背負って村を後にした。
「村についたら夜中だなぁ……」
 とぼとぼと歩く。街道には人通りは無く、道もあやふやだった。所々、草が生えていて、道を隠していたりする。と、夕日に照らされる情報石らしき透明な石を、ザックは見つけた。
「お〜、ラッキー」
 駆け寄って拾い上げる。ちょうど、自分の情報石の魔力が切れかかっていたのだ紛失物ならもらってしまえばいい。そうおもい、ザックは情報石起動させる。「赤?」
 拾った情報石は、通常の緑色の光ではなく赤い光を放っていた。



・三題話 第074話 舞踏曲 tango
お題 :「勇敢」「学校」「定規」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 本来、魔法による発光現象というのは、根源の光と呼ばれる青緑色をしている。これはどんな魔法力にも例外なく言えるもので、ほかの色になることは決してない。発光現象自体が無いものはあるが、発行現象が起こるような魔法はすべて根源の光の色になる。四柱神の力を借りる奇跡の中に、発光現象を伴うものがあるが、これにいたっては無色の純粋な光である。
 だから、ザックは不思議に思った。発光していない状態では、間違いなく情報石のような形状。しかし起動させると、赤い光を発し、情報が出るようなそぶりは無い。光の量でいえば、かなり魔力の蓄積はされているようだが、これが情報石と同じような光かたをするのか、そもそも魔法で動いてるのかすら判らない。
 赤いガラスをつかって、発色を変えている可能性はあった。蓄積され、発光現象を起こしているものが四柱神の奇跡の力ならなおさら判りやすい話である。しかし、それをする理由がみあたらなかった。手品でもするのだろうか。光量はあるが、さすがに足元を照らすような量ではない。光を出す魔法はある、発光現象ではなく魔法で起こす光だ。もしそのなかに赤い光を出すものがあれば納得がいく色ではある。だが、ザックは頭をひねる。本当に赤い光を出す魔法があるのだろうか? 魔法学校などに行ったことも無いザックには判るものでもなかった。
 赤い石をいじりながら、ザックはとぼとぼと街道をあるく。背中に背負った荷物が音を立てている。街道を歩く人間はほとんどおらず、静かに闇が落ちていく。さすがに、時間を食いすぎたのか、もう太陽は完全に落ち、あたりは真っ暗だった。はるか後ろのほうに、出発してきた第十二村パーリェツの灯が見える。振り返る道は遠めだと定規で引いたようなまっすぐな道だ。けれど足元を見れば、途切れ途切れの今にも消えそうな道だった。まるで己のようだと、ザックは笑う。足元だけが不確定、通ってきた道も行きたい道もあるのに。
「やーっと見つけたぞ!」
 ザックの思考は、叫び声にかき消された。声に誘われて顔を上げると目の前に闇に溶けかかっているキューイの姿が見えた。風が無いのに毛がゆれている、走ってきたのだろうか。
「なんだ? 迎えか?」
「残念、逆だ」
  いった瞬間キューイはザックに飛び掛る。
 ザックには捕らえきれないほどの速度で、キューイは胸に。
 そして、すぐさま胸のアーマーをけって背後に飛び移る。
「なっ」
 ザックが、叫び声をあげた瞬間にすべてがすんでいた。キューイは一瞬の内に背後のリュックに飛び移り、中身を奪って地面に着地している。
「てめぇ! 返せ!!」
 ザックは、それを見て飛び掛るが、キューイを捕まえられず地面に突っ伏した。
「おーおー、元気だねぇ」
 倒れこんだザックの頭をキューイが押さえ込む。頭を押さえられザックは苦しげにうめいた。体が変な風に倒れこんだせいで、頭を押さえられただけでザックは立ち上がれなくなっていた。
「テメェ、何のつもりだ……」
 動かない頭と地面の隙間からザックがうめくように言う。
「お前の帰りがおそいんでな、女将さんが俺にも依頼してきたわけよ。んで、前金もらって、お前から荷物を奪って、報酬ももらってぼろ儲けってワケ。どうだ、すばらしい計画だろう? ギャハハハハハハ」
 ザックが悔しそうに声をあげるが、すべてキューイの笑い声でかき消されてしまった。と、唐突にキューイの笑い声が途絶える。
「すぐに追いつかれても困るな……」
 キューイはザックを見下ろしながら呟やいた。そして、
「がああぁぁっ!!!!」
 ザックの肩を力いっぱい爪で引き裂く。夜の闇に、ザックの叫び声が響き渡る。キューイは容赦なく、何度も同じ傷口に爪を立てつづけた。断続的に叫び声があがる。しかし、街道を通るものはいなかった。
 しばらくして声がやんだ。
「っち、クセェ血がついたな」
 地面に前足をこすりつけながらキューイは立ち去る。背中には依頼の品を背負っていた。と、キューイの進む足が止まった。
「ん? こりゃなんだ? 情報石・・・じゃねぇな」
 それは、ザックが手にもっている石。しかし、キューイがそれを起動させると、赤い光がともる。
「……なっ……ネポスリトス……」
 キューイがあっけに取られた瞬間。ザックの手がはしった。軽い音をたて、石はザックの手の中に。
「―――っ!」
  逆の手で、荷物を奪い返す。
 そして、一瞬でザックは間合いを開けた。石がザックの手の中で起動している。赤い光がこぶしから漏れていた。キューイの興味はもう荷物にから石に移っている。じりじりとザックとの間合いを詰めながら、キューイは語りかけた。
「お前、その石をどこで手に入れた……」
「さてね……」
「勇敢なのはいいが、勇気と蛮勇を履き違えると痛い目に会うぞ、ガキ……」
 
「ネポストリスってなんだ?」
 ザックは、下がりながら聞く。知らず知らずに、石を強く握りこんでいた。暗闇のなか、ザックの手から漏れる光に照らし出されたキューイの目は赤く光っている。
「質問に、質問で答えるなっ!」
 一瞬でザックはキューイの姿を見失った。しかし、狙ってくる場所はわかっている、ザックは石を守るように胸に抱え込む。
 その瞬間、何かがずれる音がした。キューイにも聞こえていたらしく、目の前で着地するとあたりを見回す。
「なんだ……ザック、なにかしたか?」
「……」
 静かな夜に、一人と一匹の息遣いだけが聞こえる。虫すら息を潜めるその闇の中で、ザックの胸のあたりが、赤い光を漏らしていた。
「これか……」
 胸に抱え込んでいた石を出す。
「製作……」
 今まで出現しなかった、製作者の情報が地面に映し出されている。そこには、
「製作所、第三都市カルコス、シデーロス神殿……」
  四柱神のひとつの神殿の名が刻まれていた。



・三題話 第075話 受難曲 passion
お題 :「礼節」「公園」「のり」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 製鉄の豪神シデーロス ―――
 技術と道具の神。油と鉄にまみれ、火に焼かれ岩を砕く豪神。山を砕き、川をせき止め、海を埋め立てる。発展の神。それゆえ、すべてのものと共存しようという考えの仁愛の女神とは、真逆に位置する。礼節を重んじる仁愛の女神は唯一製鉄の豪神だけを敵視している、それほどまでに逆を行く教えなのだ。人々に鉄を与え、進む先を教えた鉄の神。姿は四本足と二本の手。すべてが鉄で出来ているが、見た目は蜘蛛のような姿をしている。今もシデーロス神殿に行けば、その姿をかたどった鉄の像が巨大な公園の真中に鎮座している ―――

「ガキと遊んでる時間はねぇな」
 ザックの血に汚れた右前足を振ると、キューイは一つ吼える。呼応するように、キューイの首輪が光りはじめた。緑の光があたりを淡く照らし始める。
「げっ」
 荷物を守りながら、ザックが後ろに跳び退った。光は少しずつ光量を増しながら、あたりを緑色に縁取っていく。
「おせぇよ」
 声と同時にキューイの姿が光の筋を残して消えた。航路法に属する移動魔法の一つ、超短距離高速移動術の発動は、風すらまとわずにザックの懐にキューイを運んだ。キューイに追いついてくるのは、魔法発動時に起こる発光現象の光のみ。瞬間、ザックは左手に鋭い痛みを感じた。が、その行為すら目で追える速度ではなかった。
 ザックの左手から荷物を奪い取ると、キューイは走り去る。後に残ったのは、風のいやな軋みと、キューイに引っかかれた左手の痛み。
「残念だったなぁ、ギャハハハハハ」
 風に乗って、キューイの声が耳に届いた。
 雲しかない代わり映えの無い空に太陽が昇っている。その少しの光を求めて、木は高く高く、上へと伸びる。光を取得する競争に負けた植物達は、地面に広がり、そして面積でそれを補おうと広がりつづけている。結局それすらかなわず、ほとんどの植物はこの雲の底で育つことは無い。荒涼とした大地は相変わらずで、遠くに見える山の上のほうに少し緑が見えている。ここは雲の底、太陽の光はほとんど届かない。
「ててっ」
 ザックのうめき声があがる。肩口の傷はほとんど血を吐き出さなくなったが、変わりにひどく痛むようになった。消毒をしなければとおもうが、荷物はすべてキューイに奪われている。足もおぼつかないまま、ザックは村に戻ろうとしていた。肩口の破れた服は、まるでのりづけされたがごとく、血で張り付いている。ソコが動くたびに、傷口が激痛を訴える。視界がぼやけてくるのを感じたときには遅かった。耳鳴りに続き平衡感覚を無くしたザックはそのまま倒れこむ。耳鳴りでほとんど聞こえなくなった耳に、なぜか倒れる音だけがしっかりと頭にこびりついた。

 騒がしいが懐かしい音が聞こえている。左肩の痛みに一瞬うめくと、ザックは寝返りをうった。食べ物の匂い、騒がしい声。見慣れた場所は、玄界灘亭でザックが自分が借りている部屋だった。急激に意識を取り戻したのか、ザックは痛みを無視して跳ね起きる。
「ったぁ―――」
 肩口の傷は正直に痛みだけを訴えている。あまりの痛さに、傷口に手を添えると、包帯が巻かれていることに気が付いた。
 不思議に思いザックは、部屋を見回す。誰が連れてきたのか、誰が手当てしてくれたのか、何か残っていないだろうかと。
「請求書?」
 ベットの横にある小さな机に請求書が一枚おいてあった。内容は、包帯や薬の値段が細かく書かれていた。そして、最後に玄海灘亭のサイン。ぼったくりではないが、それでもとんでもない金額がかかれている。
「……たけぇ」
 間違いなく、報酬はもらえないだろう。経費は返す必要がないとしても、経費自体買い物に必要な金額程度しかもらっていない。それ以上の請求は確実にむりだ。それに加え、この治療費である、ザックはため息をついた。
「起きたか。傷口はどうだい?」
 扉が開く音と同時に玄海灘亭の女将が部屋に入ってきた。
「あ、あぁ。大丈夫だ。ソコに財布あるからとってくれないか?」
 無言で、女将は財布と開けると勝手に金を取っていく。
「キューイがあんたが倒れてるのを教えてくれたんだ、今度あったら礼をいっておきな」
 ザックはその言葉に、一瞬叫び出しそうな言葉を飲み込む。何をいったところで、証拠はなく下手をすれば、自分の信用問題にまでかかわってくる。
「わ……かったよ」
 搾り出すように、ザックは返事をした。と、廊下から足音が聞こえた。こんな時間、自分の部屋に戻ってくるような輩は普通はいないはずなのだが。
「お、来たようだね」
 女将が振り返ると、扉のところに玄海灘亭の店員が立っていた。
 風にのって、食事の匂いが漂ってくる。
「サービスだよ、くっときな」
 
そういって、女将は店員の背中をたたいて中に入れる。店員の手には昼食のセットがのった盆があった。少し前から見るようになった女性の店員だ。彼女に手をだして、女将に吹き飛ばされているバカどもを何人も見ている。最近は、無理にちょっかいをだすような奴は減ってきている。
「ああ、ありがとう」
 盆を受け取り礼を言う。一瞬、女店員の匂いが食事の匂いに混じって鼻を掠めた。
「ザック。手だしたら、命は無いとおもいな」
 一瞬でくぎをさされ、ザックは愛想笑いを返す。背中にいやな汗が伝うのを感じた。
 女店員はそのまま一礼すると、店内に戻っていく。早速食べようとザックは食事に手を出した。
 が、それに体が追いついてこない。しこたま体力を奪われたのか、それとも特に腹が減っていないのか。けれども、食べなければ体力は戻らないだろうし、傷も治らない。ザックは無理やり食事を腹に詰め込んでいく。
「ザック、あんた買ったものはどうしたんだい?」
 食器から顔をあげて、ザックがいぶかしげに女将を見る。
「なくした」
「そうかい、じゃぁその傷は?」
「モンスターに襲われただけだ」
「……」
 女将は、じっとザックを見る。ザックはそれを無視して食事を続けていた。しばらくの間食器が鳴らす高い音だけが部屋に響いていた。
「その傷、モンスターにしては小型だね、そのわりに深い。しかも何度もえぐられてる。入念にだ」
「……覚えてない」
 また沈黙が落ちる、太陽はとっくに上りきっている。騒がしかった店の騒ぎ声も少しずつ減ってきていた。女将はため息をつくと、背を向ける。それを静かにザックは見送る。
 と、女将が扉のそばで立ち止まった。
「――― 本当に?」
 女将はザックを見ない、ザックも女将を見ない。
「ああ、本当だ」
  店のほうから出発を告げる叫び声が聞こえてくる。食器が軽い音を立てた。


・三題話 第076話 夜想曲 nocturne
お題 :「考察」「診療所」「ノリ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 いつか、あの雲の向こうを見たことがある。無理やり連れ出され、上った山の上で雲を見下ろした記憶がある。見たこともないような、青と白。くすんだ黒い青の海と、灰色の雲ではない、あまりに鮮やかで、あまりにまぶしい世界を見下ろした。世界が反転したような、目眩を覚えた。知らずにあふれでた涙が、自分の言葉を代弁しているようだった。いつか、もう一度あの空を見るために、鎧をまとい、剣をもって歩き出した。いつか、あの青い青い空をもう一度見るために ―――
 赤い光を発するネポスリトスは、ザックの手の中で転がっている。赤い光を見ると、昔雲の上でみたあの太陽を思い出す。ザックは、一度ため息をつくと光をとめ立ち上がる。肩が痛むが、治療が上手かったのかほとんど気にならない程度だった。このぶんなら、診療所による必要もないと判断、ザックは痛みを無視して服を着る。
「第三都市かぁ」
 本来なら、あまりに奇妙なものはクシポスに届けてしまったほうが、あとくされが無くて良い。キューイが何かを知っているようだったが、教えてくれるわけもなく、教えてもらいたくもなかった。誰かが落としたものであるのなら、間違いなくクシポスに届けるべきではあるが、これは銅考えてもクシポスに奪われるたぐいのものだ。出なければキューイがあれほど反応を示すはずはない。売れば高くつくか? それとも、落とし主を見つけ出して吹っかけるか。判っていることは、製造元が第三都市の製鉄の豪神の神殿であることと、第十一都市ケラスから第十二村パーリェツへ通じる街道の中ほどに落ちていたということぐらいだろう。しかし、そんなことよりザックの頭を埋め尽くしていたのは、この石がどんな物なのかという簡単な好奇心だった。
 気が付けば、ザックは宿をでて街道を歩いていた。目指す先は第三都市カルコ、鎧や剣、そのほか鉄鋼製品の最大の都市。製鉄都市と名高いカルコの中心には、大きな公園とその中央にシデーロスの神体が祭られている。シデーロスの神殿と呼ばれる場所は、公園の地下にある巨大製鉄所だそうだ。ザックは、一度だけ行ったことのあるその神殿を思い出しながら、ため息をつく。あの強烈な熱気と、うるささはあまり好きではないのだ。
 日が暮れても、第十村にはたどり着かなかった、後へ向かうのは久しぶりだったためザックは距離を見誤っていた。短かったのは第九から第十だっただろうか、そんなことを考えながらザックは愚痴る。しかし、そんなことをしたところで、後の村にたどり着くことも、先の村に戻ることもない。なおさら、ザックは気分が落ちていくのを感じた。
「あら、お客さん」
 軽い声に、ザックは振り返る。けれども、闇が落ちた街道で、声の主の顔を判別することはザックには出来ない。変わりにザックは考える。夜闇で目が利くとなると、妖精か神殿関係者の奇跡を使えるものか……その中で、ザックのことを客と呼ぶのは
「ああ、パーリェツの店の―――」
 というか、そんな考察よりも声でわかったのは、ザックの心の中に秘めて置く事にする。
「覚えていてくださったんですか?」
 格好も、表情もわからないが喜んでるのが声でわかった。ザックは、そのうれしそうな声にああ、と小さく返す。
「どうしてこんな夜中に街道を? しかも後方向なんて」
「あ……んと、情報石の魔力がなくなってね。チャージにいくつもりなんだ」
 エルフの店員の声のほうを向きながら、ザックは答える。それだって、夜中に行く必然など微塵もなかった。慌ててザックは話をそらそうとした。
「そっちは、買出しかい?」
「いえ、神殿のお使いです」
 ザックは、その言葉に軽く目眩を覚えた。
「えっと、仁愛の女神の?」
「ええ、リゥボーフィのヒペリオンです」
 ザックは一瞬よろめく、予感を事実へと変えられた衝撃と、はかない希望の光をさえぎられたショックで。司祭のなかでヒペリオンといえば第三位、一人で神殿を持てるレベルの位だ。ということは、あの街の神殿の最高司祭はこの店員のエルフということになる。
「情報石のチャージは、私では出来ませんし……申し訳ありませんお役に立てなくて」
 どうやら、ザックの言葉はそのまま受け取られたようだった。複雑な心境だが、とりあえず胸をなでおろす。さすが仁愛の女神の司祭といったところだろうか。
 リゥボーフィの司祭ならば、確実に男などに目をくれることなどないだろう。酒もご法度、食事にすら誘えない。これだから、仁愛の女神は嫌いなのだ。ザックは頭痛を覚える。しかも、ノリが悪い。まぁ、このエルフに関して言えば意外と軽いノリのような感じもするが。とりあえずとばかりに、ザックは話し掛ける。リゥボーフィの司祭とはいえ、ザックはリゥボーフィとは関係ない。それに位を気にするほどザックはまともには生きていなかった。ヒペリオンの単語を頭を振って追い出すと、何とか口を開き話し掛ける。
「店員さんも、後方向?」
「ラテナです」
「えっと、ラテナは後方向にいくの?」
 言い直すと、少し笑った雰囲気が伝わってくる。やはり、意外と軽いノリのようだ。
「はい、後方向です」
「あっと、すまなかった。ザックだ」
 ザックは、長身痩躯のエルフに向かって手を差し出す。姉と弟のような位置関係に,まったくはたから見ると様にはなっていなかった。
 闇はさらにあたりを埋めつくし、あまりの暗さに寒気すら覚えるほどになってきた。村の光も見えず、空におぼろげながら出ているはずのつきも今日は見えない。闇に埋め尽くされ、虫の鳴き声すら遠くへ飛ばない。そんな中をザックとラテナは並んで歩いている。
「すまねぇな」
 頭をかきながらザックが呟く、対してラテナは微笑みを返すだけだ。ザックには見えていない。暗闇の中を進むのは不可能とみて、野宿をしようとしていたザックを、ラテナが先導することで先に進むことにしたのだ。ザックの目でも、何とか目の前を歩くラテナの姿は見えている。二人の足音が、静かな闇を払うように続く。
 ふと、一瞬だが、ザックは違和感を覚える。息遣いが多い気がする。立ち止まりあたりを見回すが、やはりザックには何も見えなかった。
「ラテナ、なにかいないか?」
 呟くと、ラテナが立ち止まる音。つづいて、聞こえたのはラテナの声ではなかった。
「ほんっとーに鈍いよ、お前」
 あたりが、緑色の光で照らし出されていく。そこにいたのは ―――
「キューイ……」
 


・三題話 第077話 瞑想曲 meditation
お題 :「忠誠」「墓地」「はさみ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 暗闇を切り裂いた緑色の光は、ザックが背負っている袋に向かって伸びていく。しかし、着地を無視した体移動でザックはぎりぎりでキューイの牙から逃れる。ザックが地面に倒れこむ音と、キューイが着地する音が同時。緑色の光も消え、闇の中に溶け込んでいく。そして、静けさが降りる、まるで墓地の中心にいるような嫌な静けさ。獣の遠吠えが、遠くからかすかに届く。その瞬間、ザックの左肩に衝撃が走る。
「ネポスリトスをわたせ、お前には過ぎたものだ」
 ラテナが息を呑む、一瞬、緑の光があたりを包む。同時に、石がつぶれるようなそんな鈍い音が聞こえた。
「―――!!」
 続いて辺りに響くのは、ザックの悲鳴。彼の左肩はありえない方向へ曲がっていた。
 声にならない声が響き渡る。闇の中に響き渡る声は、まるで獣の慟哭だった。その、叫び声の中、ラテナが動きを見せる。緑の光ではない、純粋な光が辺りを照らしだす。

「リゥボーフィの司祭!? 厄介なもんかこんでやがる」
 キューイが飛び退る、一跳躍で人間三人分以上は離れた。光は一瞬で収まる。音も風も、何もおきない。ただ光は静かに自己主張を止め、やがてあたりは闇に戻る。
「わりぃが、依頼なんでね」
 キューイが呟やいた。同時に、緑色の光が辺りを照らしはじめる。答えるように、ラテナが構えた。無色の純粋な光がラテナを照らす。光にはさみ囲まれたザックは、一瞬だけピクリと手を動かした、手が砂を掴む。それが開始の合図だった。
 魔法の発動に必要なのは意志。神の奇跡を起こすのに必要なのは、祈り。光は同時に光の筋へと変わる。そして、初めての音が鳴り響く。ラテナの、断絶法に属する、局所結界術にキューイが突っ込む音だった。だが、力の拮抗も一瞬、ガラスが割れるような快音とともにリゥボーフィの奇跡の力は砕ける。辺りには、光のしぶきが飛び散った。
「なっ」
 ラテナの驚愕の声は、局所結界術の綻びが生む断続的な悲鳴にかき消されていく。その、騒音の中、キューイはネポスリトスをザックから奪い取っていた。
 ネポスリトスを咥え、エルフを見据えるキューイ。
「流石に訓練されてるな、どうした? 何もしないのか?」
 小器用にキューイは口に物を咥えながらしゃべる。
「何のことでしょう? 私はザックさんを守ろうとしただけですけど?」
 ラテナはそういいながら、次の局所結界術への祈りに入る。
「ックククク、つまらねぇ茶番はいい。用も済んだ」
 キューイは言うと、一瞬でその場からいなくなる。緑色の光が、ラテナの目に一瞬だけ筋を残して消えていく。ラテナは、それを無言でみていた。

 キューイははしる。口に咥えたネポスリトスを落とさないようにしっかり咥えて。長距離の高速移動に伴う消費が、激しいが無理やりこらえる。もとより、持っていた魔力のチャージが少ないので、そのぶん変わりに消費する体力の減りが激しい。こういうとき、自分で魔力を操作できないことが疎ましいと、キューイは心の中で毒づく。
 それにしても、ザックがネポスリトスを手に入れてくれたことは行幸だった。クシポスに連絡して、依頼が出るのを待ち、こうやって依頼を正式に受けてからザックから奪い取る。すべて予定通りだ。笑い出しそうなところをぐっとこらえて、しっかりと口を閉じる。第十村の光が見える。クシポスの大きな支部は第八まで後に向かわないといけない。今日は休んでいくか、とキューイは魔法を解き村に入ることにした。後からあのガキが来るというのは判っているが、流石にエルフの結界を割るのに体力を食いすぎた、キューイはため息をつくと唯一村でやっている店の屋根に登って体を丸めて休めることにした。屋根の下では、酒場独特の騒がしい声が聞こえる、一度忠誠を誓った主人を思い出し、キューイはくしゃみを一つ。眠りに落ちていく。夜の村、唯一ある酒場は灯を落とさない、騒ぎ声と、食器がぶつかる音が響きつづける。それでも静かに、闇が染み込んでいた ―――
 村の入り口に、人影が伸びる。黒い影は、静かに村の入り口に佇んでいた。辺りは闇だらけで、誰もそれに気がつくものはいない。しばらく入り口でまどろんでいるように。じっとしていた影は、ゆっくりと動き出した。静かに、しかし早く。村唯一の酒場はまだ明るく、騒がしい。その光に照らされて、影は少しずつ輪郭を取り戻していく。しかし、その姿が完全になる前に影はその場から掻き消える。酒場にいる誰もが気が付かなかった。たとえ、酒場から外を見ていたところで、判らなかっただろう。酒場の屋根で寝ているキューイは一瞬、嫌な間隔に顔を上げるが、自分の口にまだネポスリトスがあることを確認すると、もう一度眠り始めた。
 影は、そのまま酒場の裏に移動している。静かに、身じろぎもしないその塊は、まるで生物ではないようなイメージを受ける。大きさは、普通の人間と同じぐらい。しかし、先をほとんど闇に溶け込ませていて細部までは、しっかりと見る方法はなかった。ただ静かに、影は佇む。まるで、時期を待っているかのように身じろぎ一つしない。と、酒場の扉が開く音があたりに響いた。一瞬大きくなる店の中の喧騒。扉の閉まる音は聞こえないが、その代わりに、大きくなった喧騒が小さくなっていく。そして、先ほどと同じ闇が降りる。違うことといったら、足音が一つ見せの裏に近づいていることぐらいだ。
「あ〜、便所便所……」
 酔っ払った独り言が、影の佇む辺りにまでとどく。影はその音をきいて、一度だけゆれる。けれどその後は、また動かなくなった。足音はだんだんと、影に近づいて大きくなってきている。影は動かない。
 そして ―――
「あー」
  影に気がつかず、酔っ払いは店の裏を歩いていく。と、影が揺らいだ。そして、店の裏はまた、元の静けさに戻った。店の中からは、喧騒が聞こえる。闇の降りた店の裏には影が佇んでいる。屋根の上で、キューイが一瞬顔を上げた。


・三題話 第078話 変奏曲 variationen
お題 :「智識」「美術館」「筆」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 喧騒というのは、どこにいっても至って平均的な物になる。喧騒に慣れてしまえば、それはもう無いのと同じになってしまう。その代わり、喧騒が静まったときの静寂は、逆に耳につく。野次馬のたわいの無い会話ではなく、それは息を飲む音。喧騒とは程遠く、恐怖と嫌悪が混じる音。それは静寂に少しばかりの雰囲気を混ぜたような、空寒い感覚。キューイは、その違和感に目を覚まし顔を上げた。口の中にあるネポストリスを確認すると、そのまま違和感のする方向へと足を向ける。朝日が出ている、雲が薄くやけに空が明るかった。
 しばらく静寂に包まれていたが、堰をきったように不安と恐怖が辺りを支配し始めた。次第に広がる恐怖は言葉になり、疑問になり、そして最後には喧騒に落ち着く。キューイはそれを見下ろしていた、喧騒の発端になったモノを。静寂で辺りをつつんだ原因を眺めていた。それは、男の死体。けれど、ただの死体であればこの村にいる人間の誰一人として声をあげるようなことは無かっただろう。それほどまでに見慣れているのだ。つまりはそれが普通。喧騒の騒がしさが静寂に思えるという日常。それと同じほど人が死ぬことは日常であった。なのに、辺りは後一歩、誰かが叫びだしただけで恐慌状態に陥るのではないかという、張り詰めた空気が充満していた。智識も経験も、プライドも理性もすべて灰燼となりえるその恐怖が髪の毛一本向こうに存在している緊張感。キューイは、その原因を静かに見ている。犯人の素性を気が付けば考えている。このような状態にする手順が頭の中で組み立てる。しかし、何度考えてもそれは、答えにたどり着かない。だからこそ恐怖する。凶器も、方法も、目的も何もかもが不明瞭だった。あえて表現するのなら、美術館に展示されている『芸術作品』といったところだろうか。意味もわからず、だた見る者の感情をむやみやたらにかき回すものという意味では、間違ってはいない表現である。
 赤に彩られた死体は、まるで血の赤ではないといわんばかりに、明瞭で鮮やかな赤色を誇示している。しかし、誰もが知っている血そのものだ。劣化しないまま、体から噴出した美しい赤は否が応でも死を連想させる。突き立てられた黒い棒のようなものは、その死体を固定させるためなのか、直接の死因なのか図りかねるが、間違いなくバラバラの体をそれが固定していた。黒い棒は、地面から飛び出たかのように先を天頂にむけ、バラバラのパーツを一つずつ丁寧に串刺しにしている。そして、その黒の棒だけは、赤く塗れていない。キューイはそれを見ながら考える。間違いなく、あの黒の棒は魔法か奇跡の類で、物理的にさしたわけではない。今もなお、空気にふれ劣化しているのが分かる。じわじわと形を失いながら、棒は身震いするように震えている。それは、見た目にはわからないが、刺さっている死体の一部がゆれ、赤い液体が震えるので確認できる。赤いのは間違いなく、殺された本人の血液だ、これも匂いで判る。たとえ、空気に触れ酸化し黒くならなくても、それは間違いなく血そのものだ。キューイは静かにその『作品』を眺める。血液に直接何か魔法なりがかけられているかというとそうでもない、多分あの黒い棒がすべての原因だとみて間違いない。キューイは立ち去る。
 キューイには魔法と奇跡の差はわからないし、調べる方法ももっていない。もう見ていても仕方ないとばかりに、キューイはその場所が見下ろせる屋根から立ち去った。けれど、違和感というものはやはりぬぐえない。不安は、そこかしこから染み込んでくるものなのだ。キューイは、自分の荷物を屋根に降ろし確認していく。すぐそばであんなことがあったのだ、間違いなく近くで自分はねていた、キューイは口にくわえていたネポスリトスを吐き出す。屋根に石がぶつかる軽い音がした。
「なっ……」
 ころがったものは、ネポスリトスでも情報石でもなくて。
「石っころ。くそっ、最悪だ」
 石をそのままに、キューイは屋根を飛び降りる。犯人ははっきりしてる、そしてあの黒い棒の正体もだ。殺された後に、棒に突き刺されたのは少々キューイの中で意外だったが、かといって、それがいまさらどうということは無かった。人が集まってる飲み屋の裏手に背をむけて、キューイは大通りに飛び降りる。匂いを探るが、酒の匂いがきつくてわからない、けれど行く場所はわかっていた。
「あのエルフめ、とんだ食わせ物だな」
 キューイは村を飛び出してく。筆の房ような尻尾を一振り。後に残るのは、緑色の光の軌跡。

 ザックは知らない場所にいた。部屋の中にいるのはたしかだが、やけに外が賑やかでザックは驚く。辺りを見回すと、ラテナが立っていた。
「おはようございます。傷大丈夫ですか?」
 ラテナの声に、ザックはようやく頭がはっきりとしてくる。窓から見える空は、珍しく雲が少なく明るい。体の痛みもほとんどなかった。試しにザックは、左肩を触ってみるが痛くない。体を動かしながらザックは答える。
「あ、ああ。大丈夫 ――― ここは?」
 言って見回すが、見たことも無い場所だった。外の人の声の多さからはだいぶ人通りが多い事がわかる。かなり後の方へきたのではないだろうか、ザックは思案する。
「第四都市バハールの宿です」
 いつの間に移動したのだろうか、間違いなくラテナの仕業ではあるが。
 聞けば、ラテナの航行法で飛んできたらしい。仁愛の女神の神殿に飛べるという、司祭には便利な奇跡だそうだ。ただ。神殿に寝かせるわけにもいかないので、こうやって宿に運んだとのことだった。ザックは体を起こすと荷物を確認する。
「ラテナ、ネポスリトスってしってる?」
「ええ、それなりに存じ上げてます」
「教えてくれ」
 ラテナは一瞬戸惑うように眉をひそめる。キューイがあれほどまでに、執拗になる理由でもあるのかもしれない。
「あの雲を吹き飛ばすことの出来る唯一の奇跡です ―――」
 ぽつり、ぽつりとラテナは語りだす。雲を吹き飛ばすだって? あの空を取り戻す代物だというのか。ザックはつばを飲み込む。
「第三都市カルコと第二都市プラテアドにまたがる巨大な山の上で生成された純粋な結晶です。情報石の元にもなってる結晶化の技術です」
 第三と第二の間にある山は、たしか雲の上に突き出した巨大な山だ。ザックは、あの山の上に言った記憶を思い出す。目が回るようなまぶしいほどの光と、目眩を覚えるような真っ白の雲の海。魂が抜けそうな真っ青な青い空。
「ということは、太陽の光の結晶ということか。」
 ザックの問いにラテナは無言で頷く。
「外部を、情報石と同じもので包み込んでいるので、通常では使用できないようになってます。使用を間違えれば、都市三つは昇華される力だと言われてます」
 それはそうだ、あの雲を貫き吹き飛ばすだけの力なのだそれぐらいはゆうにあるだろう。そんなものを握りこんでいたのかと、ザックは一瞬背筋に嫌な汗を感じる。
「そりゃぁ、取り返さないとな……」
「取り返してどうするんですか」
「キューイはクシポスに売る気だ」
 ザックの言葉をラテナは静かに聞いている。
「クシポスなら、多分本来の目的と違うものにつかうだろ。それに、持ち主の表記をみた、持ち主に返す。世話になった、今度また買い物に行くよ」
 そういって、ザックは立ち上がる。体の傷はほとんどいえており、問題なく動いた。
「そうですか……」
「あんたは神殿の使いがあるんだろ? ここでお別れだ。じゃぁな」
 手を振って、ザックは宿の扉を開く。きしむ音すら立てず、扉はスムーズに開いた。
「ああそれと」
 廊下にでたザックが、部屋に顔を覗かせる。
「ネポスリトスは返してもらったから」
 
ひらひらと、赤く発光する石をちらつかせてザックは廊下へ消えていった。



・三題話 第079話 狂詩曲 rhapsody
お題 :「忍耐」「展望台」「芯」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 都市を結ぶ街道は、もう街道ではなくてほとんど大通りという意味合いに近いものになっている。広く、舗装された道の脇には、店が建ち並び人通りが絶えない。今日は明るいこともあり、かなりの人が通りにあふれ返っていた。
 ザックは、第三都市カルコにむかってはしっている。人ごみとはいえない程度ではあるが、それでも今まで先の村にいつづけたザックには、驚きの密度だ。人をよけながら、ザックははしる。しばらくすると、巨大な柵が見えてくる。柵は、第三都市の境界を担うものだ。いまや、それは第三都市所有の土地だという標としてしか機能していない。昔は外敵の侵入を防ぐという柵としての役割もあったが、今となってはほとんどシンボルで手入れもまったくされていない。柵の上には物見櫓があるが、いまはただの展望台と化している始末だ。平和日よった都会の人間の中を、ザックは押しのけながら走りつづける。途中、スリを何度もかわしながら第三都市の入り口についた。軽くあがった息を整えながら、一度後ろを振り向く。押しのけた人が何人か振り返りザックをみてはいるが、特に追いかけてくるような動きを見せるものはいなかった。ザックの視線は漂い続ける。エルフが追ってきていない。荷物を担ぎなおし、周りを見回す。第三都市にリゥボーフィの神殿は無い、追ってくるなら足で来るに違いない。ザックは第三都市を背に大通りをじっとみる。
「ほー、司祭から奪いかえしたか? よく気が付いたなガキ」
 背中から聞こえる声にザックは考えるよりも先に飛び退った。
「キューイ……」
「ま、司祭が歩いてるつーだけで、おかしいと気がつかねぇガキには、違いないが」
 そういって、キューイは人目をはばからず笑う。動物がしゃべるのをみて、都会の人間は一瞬息を呑む、それはそうだエルフのように人間に近い種族でも、有名でもないのだからモンスターにみえるのだろう。人語を解すモンスターのほうが有名なだけあって、それはしかたのないことだ。辺りの人間に、キューイは一瞥をやると声を張り上げる。
「わりぃな、ザック! どうやらクシポスは本気らしくてな」
 
まったく悪びれてない声と同時に、人の流れに違和感を感じる。1,2,3,4……コチラに近づいてくる人間。その数は10をくだらない。ザックは辺りを見回し、毒づく。
「油断した……」
「おめぇは油断ばっかりだろうがよ! ギャハハハハハハ」
 キューイに雇われたクシポスの人間に違いなかった。鎧や武器はおのおの統一性の無い装備。構えも、都会で流行ってる流派から、まったくの素人。雇われただけの、しかしそれでも荒れた大地を切り開いているもの達がそこにいた。
 気が付けば、通りを歩いていた人間はどこかにいってしまった。危険を察知する能力だけはしっかりとあるらしい。第三都市の入り口はほとんどクシポスの人間でうまっている。ザックは、少しずつ下がる。足が地面をする音が、やけにあたりに響く。
「いけ、情報料以外は自分のもんだ」
 キューイの呟きに反応して、辺りを囲んでいた奴らがザックに飛び掛ってくる。ほとんど無言。魔法師を確認するが見当たらない、流石にあつめられなかったのかと、ザックは安堵する。大体、キューイの情報料以外は、自分の取り分という台詞を信じたバカばかりだ、そういうのがいるとも思えない。ザックは一歩、また一歩と後ろに後退しながら考える。
「まて!」
 そういって、ザックはネポスリトスを眼前に掲げて叫んだ。いきなり事に、飛び込んできた人間の動きがとまる。
「こいつは、街三つを一瞬で昇華するしろもんだ」
 何も聞いていなかったのか、一瞬であたりに動揺が広がるのがわかった。ザックは、口元を吊り上げて笑う。
「動くな、今ここで開放してやってもいいんだぞ?」
 ザックの、まるで自分は安全なんだといわんばかりの表情に、後ずさりするものまで出始める。少しずつ前進を開始する、ザックとそれをよけるように道を開けるクシポスの傭兵。
「ガキ……だまされんな、奴は開放の仕方なんぞわからねぇ!」
 キューイの言葉に、何人かがザックに飛び込んでいく。しかし、キューイの声も聞かず逃げ出し始めるものも幾人か。
 ザックは、囲んでいる傭兵たちを一瞥、前へと走り出した。隙間だらけの囲いを抜けながら走り抜ける。
「あばよ、クソ犬」
 キューイの横を走りさりながら、ザックは笑う。後ろからザックを追ってくるが、やはり短距離移動術はつかってこない。傭兵を集めていることといい、間違いなくキューイは今現在魔法のストックが無い。振り切ってシデーロスの神殿までたどり着けばキューイは追ってこれない。
 神殿は不可侵、どんな者であれ神殿で武器を振るうこと、暴力をふるうことは許されていない。たとえ忠誠の戦神ラーストの神殿でもだ。
 ザックは、はしる。後ろをみると、キューイと幾人かの傭兵が追いかけてきている。神殿は、中央公園の近くのはずだ。ザックは記憶をたどりに街の中心にむかってはしる。公園が見えたはじめる、ザックは最後のスパートとばかりに足を踏み込む。
 と、目の前に白い服の集団を見つける。次第に鮮明になってくる集団。
「お待ちしておりました、ザック様」
 中央に立つのは、長身痩躯のエルフ。
「ラテナ!」
 神殿に入られては、もう手が出せないと待ち伏せしていたのだろう。神殿にしか飛べないなどと、ラテナはいっていなかった。神殿に飛ぶことが出来る術がある。ザックは、舌打ちを一つ。一瞬息が乱れるが無理やり耐える。
「遅かったですね。待ちくたびれました」
 そういって、司祭の杖を振り上げる。
「そりゃ、どうも、ずいぶん、忍耐強いなっ」
 憎まれ口をたたきながら、それでもザックは足を緩めない。相手はヒペリオン、司祭第三位、司祭最高位のフェーベは死人すら生き返らせ、神をも召喚するという。第三位がなぜこんな場所に出張ってるのかすら、ザックはわからなかった。それほどまでにネポスリトスは重要だというのだろうか。
 ザックは、思考を追い出して前を見る。一歩、地面をける。
 ラテナを中心に、横に列になるエルフたちが一斉に杖を掲げる。
 服の装飾から行って第十位のテティスと第九位テレスト。
 ザックは目の前が暗くなる気がした。一瞬足がよろめく。
 歯を食いしばり、ザックは一歩。足を踏み出す。
 奇跡の識別は出来ないが、大体構えで攻撃か防御かぐらいは判別がつく。
 中央ラテナが攻撃、その周り第十位テティスが防御断絶。
 囲むようにたつ第九位テレストが攻撃。
「しっかり統制までとってやがる……」
「ネポスリトスは返してもらいます!」
  宗教家特有の理論展開に、ザックは苦笑いを返す。
 もう一歩。ラテナの攻撃が開始される。
「馬鹿どもめ」
  呟きとともに、急制動。
 ザックはわざとかかとを地面いめり込ませ砂煙を上げる。
 体は芯がはいったかのようにザックの足が地面をえぐる。
 砂煙で前が見えなくなるがザックはかまわない。
 完全に慣性を殺すと、一気に後ろにとんぼ返り。
「なっ」
  声をあげたのはキューイ。後ろから追いかけてきていたのだ。
 背中にキューイの驚愕の声を聞きながら、ザックは言う。
「あなたの、行く先に愛あふれますように」
  それは、リゥボーフィの祈りの一句。もっとも有名な、リゥボーフィの神の言葉だった。 着地をしたザックの目の前で純粋な光のしぶきが上がる。
 視界の悪さと、急制動でキューイはリゥボーフィの奇跡をよけられなかった。
 衝撃が、砂煙を吹き飛ばす。後ろに吹き飛んでいくキューイを横目にみて、ザックは前へと走り出した。



・三題話 第080話 交響曲 symphony
お題 :「義理」「温泉」「鉛筆」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ザックは、違和感を感じている。なにかがおかしい。あまりにも些細か、もしくは根本的すぎて忘れてしまっているのか。キューイを吹き飛ばした奇跡は、砂煙を吹き飛ばし、再び新しい砂煙を上げている。その衝撃を背中に感じながらザックは考える。足は緩めない。
 何故、キューイはネポスリトスを見せてないのに奪いかえしたと言ったのか?
 ラテナは間違いなくザックを追ってきていた。移動するだけなら、個人で魔力を操作できる者が、歩くことのほうがおかしい。間違いなく、ネポスリトスを持っていることを知っていた。
 シデーロスの司祭たちは何故出てこない? これだけ騒ぎが起こっているのに。
 ザックの通り過ぎた場所を、奇跡の光がなめる。その瞬間、黒い鉄杭のようなものが地面から何本も突き出てくる。音はない、まるでそこに元から在ったかのように杭が空へと伸びている。埃にも塗れず、光も反射しない奇跡の産物は空気に触れしばらくすると劣化し崩れ落ちる。テティスの奇跡は、流石にラテナと違って狙いも甘いし、発動も遅い。けれど、数が多い。それを確認して、ザックは走る。と、ラテナが次の攻撃に移る構えを見せる。しかし、ザックにはそれを見てやる義理も責任もなかった。また、横から掠めるようにテティスの奇跡が地面に着弾する。一瞬、早い発動に、ザックの服が杭に持っていかれる。ザックは、服が切れるのを無視、軌跡を発動しかかっているラテナに蹴りを一発。届かない。
「―――!」
 けれど、足が蹴り上げた砂埃はラテナの奇跡を暴発させるのに十分だった。暴発すれば奇跡は当たらないと、ザックは余裕を持ってラテナをよける進路に足踏み出す。
 しかし、行き場を無くした奇跡は、ザックを目指して発動する。目標発動地点からはかけ離れてはいるが、杭自体がザックを狙って伸びていく。テティスが発動する杭の速度とは段違いだった。伸びる瞬間すらザックは知覚できない。
「がっ!」
  気が付けば、左足が貫かれバランスを崩していた。しかも、杭はまったく劣化しない。骨はいかれていない、ザックは瞬時に確認すると ―――
「ふんっ!」
 無理やり杭に貫かれた左足を引き抜いた。
「えっ!?」
 驚愕の声をあげたのは、ラテナだった。肉が裂ける音とともに、ザックの足は開放される。唖然としてるラテナを押しのけて、ザックは神殿に走りこむ。やはり神殿には司祭も神官もいない。左足を動かすたびに激痛が走るが、無視。ザックは神殿の中へと倒れるようにはしった。左足の激痛か、ザックがバランスを崩す。
「行かせるか!」
 キューイの声が響く。最後に残していたのだろう、超短距離移動術の魔法が発動していた。緑色の軌跡は、倒れこむラテナの近くをすり抜けザックに向かう。
「いかねぇよ……」
 倒れながらキューイが飛び込んでくるのを確認すると、ザックは手を伸ばす。まるでその場所に飛び込んでくるのが判っているかのように。
「お前、いつもこの場所に飛んでくるからな」
 呟きながら、ザックはこぶしを握った。
「ラテナの防御断絶も割ったぐらいだ、テレストのなんか紙切れ同然だろ」
 衝撃。キューイは体が浮くのを感じた。緑色の軌跡をこぶしが捕らえる。そのままザックは前へとたたきつけた。
 光のしぶきのなか、神殿を囲むように打ち立てられた断絶法は崩れ去っていく。ラテナの時と違い、しぶきは一瞬で劣化、消え去る。
「ザァァァァァァァァァァック!!!」
 怒号にも取れる叫び声を聞きながら、ザックは立ち上がった。連鎖するように、防御断絶が崩れていく。断絶法は、崩れては消えそして崩れだす。まるでそれは、滝のような光景だった。ザックは、左足の痛みをこらえて振り返る。神殿へと続く道でラテナがコチラを見上げていた。ザックと目が合う。一呼吸。ザックは、そのまま神殿の中へと消えていった。

 シデーロスの神殿は、鉄の神といわれるだけあって外見は石造りだが中はほとんど鉄の装飾品ばかりだった。装飾品といっても、それはすべて何らかの装置であったりするがザックにはその用途は理解できない。焚かれた松明の熱で、外より幾分温かい感じがする。ザックはその中を、左足を引きずりながら奥へと進んでいった。
「落し物を届けにくるなんて、どんなお人よしかと思ったら」
 奥から声が聞こえる。石や木の家になれているザックには鉄の神殿で聞く音は新鮮に聞こえる。
「ああ、やっぱりそうなのか……」
 ザックの侵入がわかったように出てきた男をみて、ザックは納得した。ポケットからネポスリトスを取り出す。起動させれば、赤い光がともる。その光に照らされながら、ザックは顔を上げた。すべての謎が解けたとばかりにザックは笑う。
 何故、キューイはネポスリトスを見せてないのに奪いかえしたと言ったのか?
 何故、ラテナはザックを追ってこれたのか?
 何故、シデーロスの司祭たちは何故出てこないのか?
 すべて、このネポスリトスが場所を教えていたのだ。周りを包んでいるのは、情報石ではなかった。キューイはザックがネポスリトスを手に入れたのをしって、その場所を知るための準備をし、ラテナは元からその情報をおってやってきた。シデーロスは入れ違いといったところだろうか。
「帰りたまえ、それは君に上げよう。いらないのなら壊せばいい」
 近づくにつれ、男の姿が見えてくる。一瞬モンスターかとザックは目を凝らした。肌が黒い。いや、黒ではないけれど自分の肌と比べて黒い。光の加減だろうか、ザックは考える。
「そいつは、雲を吹き飛ばすために作られたものだ。光があれば草木も生え、人々は飢えから開放される」
 神殿関係者独特の、芝居がかった言葉があたりに響く。
「そんなものが、何故いらない?」
「この肌を見たまえ」
 そういって、男はローブを脱ぐ。黒いのは見間違いでは無かった。
「これは、太陽に焼かれたなれの果てだよ。君は太陽を見たことがあるかい?」
 言われて思い出す、あのまぶしい光を。
「その後、体に変調は?」
 言われてザックは思い出した。関連性がないと、かってに記憶から消し去られていたものが思い出される。体中から熱が出たようなそんな日が数日続いた。風呂にも入れず、肌が赤くなったのを覚えている。
「あるんだね? それがネポスリトスのいらない理由さ」
「どういうことだ」
「人の肌はもう太陽光に耐えられない。作物は育っても人が育たないんだよ。だから、いらない。必要ないんだ、売って金を手に入れるのも使用して雲を吹き飛ばすのも好きにしたまえ。もしかしたら、太陽光に耐えられる人間がいるかもしれないしね」
 意味がわからなかった、けれどあの体中を焼くような痛みを思い出す。
 足音が聞こえた。キューイの足音だ、爪が床を引っかく音が聞こえる。
「ガキ! そいつを壊すな! クシポスにうりゃ、位持ちになれるほどの金がはいるんだぞ!」
 もう一つ足音が聞こえる。ラテナだろう。それをみて、前の男が少し驚いた顔をしたのでわかった。リゥボーフィとシデーロスは仲が悪い。普通、好き好んで相手の神殿に入ってくることはまずありえないのだ。
「壊してはいけません! それは危険なものですリゥボーフィが管理すべきモノです」
 ラテナが、必死な声を出しているのをザックは上の空で聞いていた。左足から流れ出す血が、思考を鈍らせる。ザックは、ふらふらしながら周りを見回した。
「好きにしろ、お人よし。その石に封じられているのは源泉。言ってしまえば、雲を吹き飛ばすためのものですらない。どこまでかはしらんが、ある程度の願いならかなえられる」
「だから、やっきになってるわけだな……使い方は?」
 
「握りつぶして叫べ ―――」
 男が言い終わらないうちに、ザックは石を握りつぶす。あっけない音が神殿に響いた。
「そうだな、酒がのみてぇ」
「なっ ―――!!」
「ザック!!」
 呟きはザックの後ろの二人にかき消された。
「でねぇじゃん」
 視界が傾ぐ、ザックは貧血で倒れこんだ。ザックの手には、割れたネポスリトス。辺りは静けさに包まれている。
 コツンと、屋根に何かが落ちる音が聞こえた。

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