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石沢先生 薗田充 猪野義夫 雨宮淳 高島賢次 北岡治郎 佐々木昭 高林尚志 泉邦寿 新田弘一 泉可彦 田辺正夫 |
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●1955年 泉邦寿(部報より転載) | |||||||
7月22日 昼から学校に集まりパッキングした。僕の荷物は6-7貫あった。共同装備として2-3貫の袋とザイルとナベが当たった。ナベが当たったのはあまりよくない。何かかっこうが悪いようで・・・。4時ごろから(10時15分の汽車にのるのに)待つとはなんてばかばかしいとは思いながら新宿の駅にいって見ると、もう先着が居るのにおどろき、あきれてしまった。乗車する時はものすごい、皆けんかゴシである。やっとすわって安心したら急におなかがへって弁当をたべた。 7月23日 塩尻についた時は、雨はしょぼしょぼ降っていた。荷物をおろすのに一苦労!キュークツなバスにのって上高地まで、オシリがいたくていたくてイヤンなっちゃうよ!上高地についても雨がふっている。何人か横尾に入るのがおっくうなようで歩けなくなるようである。明神のあたりまで来たらくつずれが出来て痛くなってしまった。それからもがまんして徳沢まであるいた。前来たときよりも徳沢までの距離が長くなったようである。雨がふって困難なので徳沢園にテントをはることになった。なかなか杭(ペッグ)が入らないので何度もやり直した。やっとテントがたって、さて食事用意となってもなかなか火が付かないのでてこずった。カンパンを食べ、みそ汁を飲んだ。暖かいみそ汁が腹わたにしみとおった。この日は早く寝てしまった。 7月24日 天気は晴れのようである。薪をとりにいき火をたいてご飯のしたくを北岡君や雨宮君がやってくれた。ダシのかわりにスルメをそのままほうりこんだりしてひどいみそ汁ができた。昼ごろからとてもよく晴れてきたので横尾まで入ることにした。横尾まではそうとうあった。だいぶこたえた。泉氏の「BCまでもう少しもう少し」もあてにはならないなんてみんな言っていた。本当である。あぶなっかしい橋をふらふらしながら渡り横尾の岩小屋付近に BCをガッチリとはった。場所はとてもよいところである。屏風岩が真正面にそびえ何かこわいようである。ライスカレーを作ったがその辛いこと辛いこと、みな「辛い方がうまいんだ」なんて負け惜しみを言いながらみんな食べていた。 7月25日 この日はみんなが疲れているので停滞することになった。この合宿へ持っていったカンパンのすごいこと、乾燥剤の袋がやぶれて粉が出てカンパンに付いてしまって、それが付くと唇がはれてしまって困ってしまう。今日もそのカンパンであった。タワシでこすって食べていた。こんな情景は東京では見られないですな!この日、田辺氏が来た。ちょっと体の調子が悪いそうです。・・・・・ |
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